「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に~、お団子に~」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼――という名のお花見大会が行われることになったのである。◇ うららかな日差し。満開の桜。 その桜の下では、早速カップルたちがいちゃこらいちゃこらいちゃこらいちゃこら………… そしてそのアツアツな様子を遠巻きに、嫉妬に燃えた、あるいは物欲しげな瞳で見つめる女々しい野郎どもの姿を見逃すポラン様ではなかった。「フッ……みじめなものよのう、彼女イナイ歴=年齢というものは」 そんなことを呟きながら歩いていると、桜の木の下で、数人のロストナンバーの子供たちが、オリガ・アヴァローナを囲んで座っているのが見えた。どうやら絵本を読み聞かせてもらっているらしい。 オリガがこちらの姿を認めたのに気付き、ポランは『美少女モード』に変身して近づく。「あら、オリガさんもお花見ですか?」「ええ。せっかくの良い天気だから、この子たちにも桜を見せてあげたくて……ポランちゃんも一緒にどうかしら?」 そう言って誘いかけたオリガの膝の上には「かぐや姫」の絵本が開かれていた。この春の陽気だというのに、わざわざ月のお姫様の話もないだろうと思いつつも、そんなことは一切億尾にも出さず子供たちに混じってオリガのお話しを聞くポラン。(……それにしてもこの『かぐや姫』、可愛い顔をしてけっこうえげつないことをする。気に入らない男どもに無理難題を押し付けては破産させたり、果ては命の危機にまで陥れるとは……おお、いいことを思いついた!!) 次の日、ターミナル中のそこかしこに、こんなポスターが貼られていた。【春の特別企画『萌えよ! ラブラブチャレンジャー!』参加者募集】ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。見知らぬ貴女と見知らぬ貴男の恋を取り持つ、お見合いゲーム大会を開きたいと思います。ラブラブな春を迎えたいあなた! 男の子も女の子も、みんな遊びに来てね☆ カラフルなポスターとその内容に色めき立つ男子たちを眺め、ポラン様は一人ごちた。「うむ。良いことをしたあとは気持ちが良いのう。さて、準備を始めるとするか……」 そう言って彼女は、早速準備に取り掛かった。その口の端に「ニヤリ」と笑みが浮かんだように見えたのは気のせいだろう、たぶん。========!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。
その日、お花見会場の一角は、確実に異様な熱気に包まれていた。 カラフルなポスターにおどる「お見合いゲーム大会」の謳い文句に釣られてきてみれば、ステージ上に立つ司会進行役は、あの世界司書きってのイロモノにして「歩く罰ゲーム」の異名も高いポラン様。 (だ、騙された……) 一気に虚脱感を感じる彼らであったが、せっかくの脱非モテ男子のチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。否、むしろここまで来ておいて逃げ帰ったら、あのジト目で「哀れなものよのう。明日の夕方にはスーパーのお肉コーナーで『3割引』のシールを貼られて売られることが確定済みの養豚場の豚の様な瞳をしておるわ」と上から目線で蔑まれるに違いない。 引くに引けず、そして己の欲望にも抗えぬ、悲しき男の性(さが)であった。 「というわけで、よくぞ集まってくれた我が精鋭たちよ!」 そんな男たちの葛藤を意に介さず、壇上のポラン様は開口一番、高らかに宣言した。 「今からお前らには、あそこにおわす『かぐや姫』のハートを射止めるべく、様々な競技に参加してもらう。さあ、全世界群のみじめチャレンジャーどもよ。己の情熱と魂と煩悩の赴くまま立ち向かうが良い!」 早速挑戦者たちが、一人ずつ壇上に上がり自己PRを始める。一応飛び入り参加も可能ではあるが、先手必勝、少しでもかぐや姫へのアピールは早いに越したことはない。 貴賓席にはターミナルのファッションリーダーの一角たる『アリス・ドール』のバイヤー、ハッター・ブランドンの姿も見えた。派手なゲーム大会の雰囲気に興味を覚えてか、それとも麗しの『かぐや姫』の姿を一目見んとしてか、一般客も続々と集まりつつある。 「OK! お前らの気持ちはよーく分かった! お前らを待ってる『かぐや姫』はあちらにいる! しかーし! お前らが見る前に、恒例の……ポラン様~、チェック!!」 そう言ってポラン様は、三人の『かぐや姫』が座る特設シートの方に向かった。左から順に、紅のドレスも艶やかな美女『ニファル』嬢、身長17.5cmの超ミニマム系美少女『りこ』嬢、そして褐色肌に緑の髪の自然派美少女『森間野コケ』嬢。タイプは違うが、いずれ劣らぬ美人揃いである。 「ふむふむ……オヨヨ……ほう、これはこれは……」 『彼女たち』の見目麗しい姿と、渡された資料に目を通し、ポラン様は何やらぶつぶつと呟いているようだ。その口の端が、ほんの少し釣り上がっているいるように見えたのは気のせいだろうか。 しばらくの沈黙の後、ポラン様は男たちに向き直った 「……喜べ、お前らの前には『薔薇色の未来』が待っているぞ!」 「おおーっ!!」 薔薇色の未来、の一言に挑戦者たちは一斉に色めき立ち、場内のテンションは一気にヒートアップした。 しかし、その言葉の裏に隠された「本当の意味」を、今この時点では誰ひとり知る由はなかった。 ★体力部門「バトルロイヤル馬車馬レース」 かぐや姫の紹介も終わったところで、早速「体力部門」が始まった。 「位置について……よーい、ドン!!」 合図と共に、一斉にスタートを切る男たち。しかしただのレースと違い、挑戦者は皆、両手に重い荷物を持ち、背中に赤ちゃん人形を背負っていた。ポラン様曰く「走力は勿論、荷物持ちとしての持久力、そして将来のマイホームパパとしての資質を試す」という目的もあるらしい。まあ、ポラン様の言うことだから、どこまで本気かは分からないが。 荷物のせいで身体にかかる負荷と、普段と勝手の違うバランスに苦労しながら、彼らはヨタヨタと広大なチェンバー中を競走する。 しかもこの競技、対戦相手への妨害工作まで許可されているという代物だった。早速出場者の一人、虎部隆が、袋の底に開けた穴から大量の小さな玉を撒き散らす。後続のギリアム・ウル・ケーナズがひっかかって盛大に転倒した。目には目を、歯には歯をとばかりに、ギリアムも火球を飛ばす。ところがこれが追い風になり、尻に火がついた隆はロケットダッシュで駆け抜け、ライバルたちを引き離していった。 レースはこのまま、隆の独走で終わるかと思われた。 かぐや姫の一人『りこ嬢』こと陸抗(実は男)は、まるでおやゆび姫のように、挑戦者たちの熱戦をチューリップの花の中からそっと覗いていた。 その恥じらうような奥ゆかしい姿が、それまで客席で観戦していた武闘派女子高生・日和坂綾の萌えツボにクリーンヒットしたらしい。 「か、可愛い、ヤバイぐらい可愛い……むしろ家に持って帰りたい。あーん、私、私もう我慢できなぁ~~い!!」 突然大声で叫ぶや否や、綾は陸抗を遠くからパシパシ写メで撮り始めた。そんな綾の肩をポラン様が叩く。 「……そうか。抗がもろにツボか。もしお前さえ良ければ、特別に女性の競技参加を認めても良いぞ。ポランが許す。愛に年齢性別身長体重種族は関係ないからな。さあ、愛は惜しみなく戦い勝ち取り奪い取れ!」 何か周囲が聞いたらあらぬ誤解を受けそうなセリフだが、ついでに言うなら、ニファル嬢に色めき立つ挑戦者たちの方を見つめる瞳が、何やら酷く邪悪に見えなくもなかったが、そんなことを気にする綾ではなく。 「ほ、本当にいいの? ありがとうポラン様! よーし、私はりきっちゃうぞ!!」 ポラン様の許可も下りたところで、早速綾は乱入した。セクタンのエンエンが放つ狐火操りと武闘派の名に恥じない猛ダッシュは、ギリアムをリタイアに追い込むにとどまらず、トップを走る隆に肉薄するほどの勢いだった。 客席では、ミトサア・フラーケンがチアガール姿で綾の応援を始め、会場は一層華やかな雰囲気に包まれる。 そしてゴール直前、ついに綾が隆を抜き去った。 「試合しゅーうりょーう。体力部門トップは、日和坂綾!」 「わ……私やったよ!!」 ぜーはーぜーはーと肩で息をしながら、綾は陸抗に向かってVサインで微笑んだ。 しかし競技はまだ始まったばかり。 この後には「知力部門」と「精神力部門」が挑戦者たちを待ち構えているのだ。 ★知力部門「桜ハラハラ・バラマキクイズ」 体力部門の激戦を終え、ぜーはーぜーはーと息を切らす挑戦者たちに、ポラン様は容赦なく次の競技の開催を宣言した。 「それではお待ちかね。これより知力部門を開始する……あれを見ろ!!」 彼女が指差した先、遥か向こうにある何本かの桜の木の枝に、いつの間にかくす玉が結び付けられている。それらが一斉に割れ、中からたくさんの封筒がハラハラと舞い落ちてきた。 「今からお前らには、先ほどこの会場中にばら撒かれた、問題用紙の入った封筒を取りに行ってもらう。先にこのポランのところへ戻ってきた順に出題する。制限時間までに、より多く問題に正解した者が『知力部門』トップとなる。勝てば天国、負ければ地獄。さあ、己の知力・体力・時の運を総動員するが良い!!」 「……また走るのかよ!!」 壮絶なツッコミを残し、挑戦者たちは問題用紙を求めて、満開の桜の下に再び駆け出して行った。 ばらまかれた問題用紙を拾ってきた挑戦者たちは、一列に並び順番を待つ。そして正解・不正解にかかわらず、回答の後新たな問題用紙を求めて、彼らは再び広い会場へと駆け出してゆく。 挑戦者が全員出払って列が途切れた時、『ニファル嬢』ことファーヴニール(こいつも男)がポラン様にそっと耳打ちした。 「……で、ポラン様、本当に俺で良かったんですか?」 彼は彼なりに、男の娘であることを微妙に気にかけているようだ。 「何、ここまで来て今更不安になったというのか? そんなお前に、ポランからこの言葉を送ろう」 『こまけぇことはいいんだよ』 「面白ければポランは許す。そこで起こる悲喜劇もまた、酸いも甘いも噛み締めた人生を彩るスパイス。大丈夫。愛があれば、何も怖くない」 「……で、ですよねーっ☆」 無責任極まりないポラン様のお言葉に、どうやら彼も何か吹っ切れたらしい。 (……いいね、実にいい……。これは俺も盛大に馬鹿が出来るぞッ!!) お色直し用の白いゴシックドレスなどを用意しながら、目の前で駆け抜ける男達を見据える。天使の笑顔の裏に小悪魔チックなな悪戯心を忍ばせながら、彼は男心を弄ぶという特権を有意義に、そして最大限に楽しんでいた。 主催が主催なら、かぐや姫もかぐや姫である。 もっとも、かぐや姫が全員そんなんばっかりでもなく。 実は全かぐや姫中で“唯一”正真正銘の女の子だったりする、森間野コケの場合、 「みんな、すごい……がんばれ」 次々と難問に正解する挑戦者たちの知力に、そして休む間もなく走り続ける驚異的な体力に驚いたり感動したりで、そのたびに頭に色とりどりの花が咲く。 ハッターが見立てた緑色の妖精服と相まって、その姿は正に花の妖精そのものだった。 そして、ファーヴニールと同じく、男であることを隠して『かぐや姫』になった陸抗はと言えば、 (あいつ……あんな表情も出来たんだ……) 確かに、最初はただの賑やかしとして『かぐや姫』になったはずだった。それに綾とは、以前から『友人として』親交はあった。しかし、全力で競技に挑み走り回る彼女の、初めて見るひたむきな姿に、何か『別の感情』が沸き起こるのを感じずにはいられなかった。 そんな自分にほんの少し戸惑いつつも、 「みなさーん、がんばってくださいねー♪」 彼もまた『りこ』として精いっぱい可愛らしい声を上げながら、綾をはじめとする挑戦者たちを激励するのであった。 体力部門以上の激戦、というかむしろ「体力部門パート2」じゃないのか? と思われる知力部門を制したのは、またも日和坂綾であった。終盤のライバルたちの誤答に助けられた面もあるが、現役女子高生として日々学業にも励む彼女の知力は、本人が思っていた以上の地力があったのだろう。 体力・知力の両部門で走りまくらされ、すっかりグロッキーになっている挑戦者たちに、ミトが特製鉄人餃子と角煮丼を振る舞う。美味そうな餃子の山を見て、腹ペコ戦士たちは一斉に群がり貪り食った。 この後に「真の恐怖」が待ち受けているとも知らず……。 ★精神力部門「耐久わんこそばデスマッチ」 そして、ついに最後の競技『精神力部門』。 目隠し用のカーテンが外れると、テーブルの上に沢山のお椀が並べられている。お椀の中身は全部同じ、一見何の変哲もない「そば」のようだが。 「前の二部門で走り回った後の空きっ腹に、このポランが食事を用意してやった。『わんこそば』のルールは知っておろう? お椀の中にちょびっと入ったそばを、どれだけ多く食べられるかを競う簡単な競技だ。しかも降参するまで、無限にそばは『おかわり』されるのだ。良かったな。食事代が浮くぞ?」 相変わらずの悪魔的スマイル。しかし、先刻ミトの鉄人餃子をたらふく食ったばかりの挑戦者たちには、拷問以外の何物でもなかった。ちくしょう、こんなことなら腹八分目、いや六分目で我慢しとくんだったぜと思っても後の祭り。 更にポラン様は、恐るべき事実を口にした。 「しかもただのそばではない。『ボンダンス・マンドラゴラ』を原料にしたそば粉使用の十割そばだ!!」 ボンダンス・マンドラゴラ……その言葉に恐怖した一部の者の顔色が、一気に青ざめる。 (ほ、本当に食うのか!? 世間では『ゲロマズ』って噂のアレ) (そういやさっき舞台裏で悲鳴上がってたよな? それってもしかして……) (でも、かぐや姫の前でカッコ悪いところは見せられないし……) (下手にゴネたら後でポラン様に何されるか……) 哀れな犠牲……もとい挑戦者たちの思惑が交錯する中、ポラン様の無慈悲な声が響き渡った。 「さあ勇者達よ、己の限界を突破し、更なる高みを目指すが良い!!」 挑戦者たちは皆一様にげんなりした顔で着席した。それでもライバルたちがいる手前、ここまで来たからには逃げ帰るわけにもいかない。 お父さんお母さん、そして愛しのかぐや姫。先立つ不孝をお許しください。 覚悟を決め、彼らは目の前のお椀を手に取り、そばをすすり始めた――。 それは正に、地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景だった。 吐き出しそうになるのをぐっと堪え、強引に水で流し込む。ミキサーで液状にして飲む。炎で焼いて炭化した粉末を水に溶かして飲む。あの手この手で何とか胃の中に収めようとするが、それでも舌を撫ぜる不味い感触は、否応なしに挑戦者たちの精神を苛んでいった。 こういう時、味覚が分からない体質の者は実に有利である。ディブロもその一人で、かりそめの身体に憑依せず、本来のクラゲ状の姿に戻った時の彼は、何でもおいしくいただくことができるのだ。 ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる。 周囲の悶々とした表情の意味を理解できぬまま、黙々とそばをすするディブロ。 しかし、そんな彼の内部容量にも、やはり限界はあるわけで。 身体をひっくり返して水を飲もうとするも、詰まったそばが邪魔してそれもままならず。 ぷちっ。 【しばらくお待ちください】 ディブロの姿が突然モザイクに包まれたかと思うと、番組が中断。数分後に復旧した時には、既に終盤の猛攻とばかりに、涙目でそばをかきこむ挑戦者たちの姿が映し出されていた。その中にディブロの姿はない。彼は救護スペースの一角で、額(?)にデコピタクールシートを張ってうんうん唸りながら横たわっていた。 「ディブロ、不思議……すごい……」 そんな彼の姿を、特設シートからコケが心配そうに見ていた。 人とクラゲの『2つの姿』を持っていた、挑戦者の中では一番おいしそうにマンドラゴラそばを食べていた、そして何より(自主規制)な姿になるまで、最後まで懸命に頑張っていた彼の姿に、口数少ない彼女が何を思ったのか。それに気づいた者はこの会場の中でもそう多くはなかっただろう。 過酷な食のデスマーチの果てに『精神力部門』を制したのは、木乃咲進であった。 トップ賞の景品「ボンダンス・マンドラゴラづくしの詰め合わせギフト」を見て、進は「来るよ……マンドラ軍団が襲ってくるよ……」と感涙(?)にむせび泣いたという。 ★クライマックス「告白タイム」! 驚天動地、阿鼻叫喚、そして様々な悲喜こもごもを経て、無事(?)三部門全ての競技は終了した。 「さーて、いよいよお待ちかね『告白ターイム』!!」 二度にわたる激走とマンドラゴラ無間地獄に半死半生になっていた挑戦者も、このイベントの「真のメイン」たる告白タイムの開始宣言に、失せかけていた気力を一気に取り戻した。実は先の3つの競技に優勝しても景品がもらえるだけで、必ずしもかぐや姫が告白を受けてくれるとは限らなかったりする。じゃあ今までの苦労は何だったんだと言いたくなるかもしれないが、それはそれ、これはこれ。 虎部隆は悩んでいた。彼はニファル嬢とコケ嬢の二人のどちらに告白するか、決めあぐねている様子だった。 「うー、やっぱ二人は駄目かー。えーと……」 さんざん迷った末、彼はニファル嬢の前に進み出る。 「ああ…! 美しいかぐや姫! 貴女のために頑張りました! この愛を捧げますから、どうか手をお取り下さい!」 「ちょっとまったー!」 そこへ突然、藤枝竜からの割り込みが入った。 「えーと、第一印象から決めてました! よろしくお願いします!」 そう言って、隆と同様に手を差し出す竜。もっとも、彼女の目的はどちらかというと賑やかし、そして隆の妨害にあるらしい。 差し出される二つの手。ニファル嬢はほんの少し迷うように首をかしげた後、にっこりとほほ笑んで、隆の手を取った。 「いよっしゃあああ! ついに俺にも春がきたぞー! っしゃー! ごめんな竜。やっぱり女同士よりかは俺の方がいいらしい。男としての魅力が勝っちまったな!」 ガッツポーズを決めた後、得意満面で小躍りする隆。今まで生きてきた人生の中で最大の、幸福の絶頂にいる彼には、竜の、そして他ならぬニファル嬢=ファーヴニールの思惑など気づくはずもなかった。 隆とは別の意味で、日和坂綾もまた悩んでいた。生徒手帳の1ページに何やら色々書き殴っていたようだったが、結局ビリビリに破いて放り投げた。 「止め、文章考えるの止めっ!! 考えれば考えるほどナニ言ってイイか分かんなくなっちゃう。……もうストレートに玉砕するっ!!」 そして彼女は、肩を怒らせて抗の前に歩いていく。その姿はどちらかというと、愛の告白というよりはラスボスに立ち向かう勇者、あるいは俺より強い奴に会いに行く格闘家のように見えなくもない。 「抗……じゃなくて『りこ』さん! 私、どうしてもメルヘン満載のおやゆび姫のポートレートが欲しいのっ! 1枚で我慢するから、写真撮らせて下さい、お願いします!!」 耳まで真っ赤になりながら、思いっきり直球なセリフを叫ぶと、綾はお辞儀と共に右手を差し出した。 その掌に抗はふわりと降り立ち、満面の笑みを浮かべて肩の上に乗ると、そっと耳打ちする。 「……この距離ならもう、隠す必要もないな。いいぜ」 「ほ……ほんと? 良かったあ……」 緊張の糸が解けた綾は、喜びに顔をほころばせて、抗に囁いた。 「あのね……知力部門の優勝賞品でもらった『イケメン☆スーツのオーダーギフト券』なんだけど……もしよかったら、これ私にじゃなくて、抗のために使ってあげたいんだけど……どうかな?」 「いいのか? せっかくだから綾が自分の為に使ってもいいんだぜ? でも、俺ぐらい小さな身体なら使う布の量も少なくて済むし、その金額なら多分綾の分と俺の分で1着ずつ作っても十分足りると思う……そうだ、二人でペアルックってのもいいかもな」 抗はそう言って悪戯っぽく笑うと、綾の頬にそっと口づけた。 「え、え、え、ええええええええっ!?」 ペアルックの言葉と突然送られたキスに、更に真っ赤になって照れる綾。天下御免の武闘派女子高生も、やはり素顔は可愛い女の子なのであった。 体力を回復し、再び人の姿に戻ったディブロは、最後に残ったかぐや姫・コケの前に進み出た。 「貴方様を見ていてその穏やかな心に惹かれました。どうか、こんな自分でも、お付き合い、出来ますか」 姫君を前にした騎士のように、ディブロは恭しく膝まづいて手を差し出す。 まさか自分がという戸惑いと、人とクラゲの『二つの姿』を持つディブロへの興味から、コケはしばし考え込んでいたが、 「……!」 急いで荷物から「れんあいしなんしょ」を取ってくると、じーっと読み始めた。そして。 「……いっぱい知る、大切。まずお友達になる。ディブロは、どう?」 花と一緒に首を傾けて、手を差し出した。 「ええ、喜んで」 握り返される手。相手への興味と親近感から始まったこの感情は、恋と言うにはあまりにもほのかで、ささやかなものかもしれない。 それでも、人が他人に興味を覚え、もっとお互いを知りたい、仲良くなりたいと願う時、そこに『絆』は生まれる。 今この時咲いた絆の花を、どんな風に育んでゆくのかは、これからの二人次第だろう。 「ほう、これはめでたい。ここに見事、3組のカップルが誕生した!! おめでとう、おめでとう!!」 祝福の言葉と共に、客席から一斉に拍手が鳴り響いた、エレクトーンが奏でる結婚行進曲に似たファンファーレと共に、紙吹雪が舞い、背後の電光掲示板に鮮やかな「ハートマーク」が映し出される。紙吹雪は舞い散る桜の花びらと混じりあい、彼らを祝福しているように見えた……とその時、 ……ドカーン!! ニファル嬢の掌で一瞬「パチッ」と静電気が弾けるような音がしたかと思うと、轟音と共に『何故か』背後の電光掲示板が爆発した。ステージは煙に包まれ、客席も出場者たちも一瞬喧騒に包まれた。 しばらくすると煙が晴れ、ツインテールをアフロ状にチリチリにしたポラン様の姿が見えた。派手な爆発の割には火の勢いはさほど強くなく、幸い電光掲示板を丸ごと灰にしただけで、それ以外の大事には至らなかったようだ。 「ケホッケホッ……おや、『ニファル』嬢の姿が見えないようだが?」 「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 確かに、さっきまで手を握っていたはずの彼女が、いつの間にかいなくなっている。唖然とする隆に、ポラン様が一言、 「こいつは正に……『大どーんでーんがーえし』!!」 「姫ー!どこー? え? もしかして今から魔王の城へいく流れ? 待っていて下さいニファル姫!! この虎部隆、たとえ火の中水の中、必ずあなたを迎えに参ります……って、クロウてめー、いつの間に俺の携帯を!? わーっ! 返せーっ! 人の秘密を暴露するのはやめれーっ!!」 ミトや進、クロウ・ハーベストら、謎の美女・ニファル嬢の『正体』に薄々感づいていた一部の者は、「ふう、やれやれだぜ」といった表情で互いに顔を見合わせ、苦笑した。特にクロウは、いつの間にか奪った隆の携帯から「青春の恥ずかしいポエム」を読み上げ、取り返そうとする隆と追っかけっこを始める。 「……世の中には、知らない方が幸せなこともあるかもね」 「ああ、全くだ」 「まあ奴は今の方が見ていて面白いから、しばらく黙っておいてやるか……よっと、その程度じゃあまだまだ姫にふさわしい男にはなれないなぁー?」 「ちくしょー! クロウ、覚えてやがれーっ!!」 果たして、引き裂かれた(?)二人は再会できるのか? 今度こそ隆に「薔薇色の未来」は訪れるのか? 頑張れ隆。負けるな隆。明日はきっといいことあるぞ! ……たぶん。 一目会ったその日から、恋の花咲くこともある。 命短し、恋せよ乙女。否、老若男女種族出身世界趣味嗜好を問わず! ポラン様は、全世界群のラブチャレンジャーの奮闘を期待しているぞ!! <おしまい☆>
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