「お花見行きたーーーい!」 ある日のターミナルで、世界司書・エミリエが言った。「お花見と言いますと……壱番世界の?」 リベル・セヴァンが資料から顔をあげて応じた。「そう。サクラの花ってキレイなんだって! それからお弁当に〜、お団子に〜」 どうもエミリエは誰かにお花見の話を聞くか本で読むかしたらしい。 しかしながらお花見の本場、壱番世界はニッポン列島においても、今年は桜の開花が早く、すでに盛りを過ぎつつある地域も多い。いやそれ以前に、ロストメモリーたちがターミナルを離れて壱番世界で花見ができようはずもないのだった。 ところが。「こいつぁ、どうすっかな……」 シド・ビスタークがやってきた。「どうかしましたか」「いや……、無人のチェンバーが見つかったんだ。広くて本当に無人かどうかはわからんので、それを確かめてから閉めちまえってさ。べつだん危険もなさそうだし放置してもよさそうなもんだがなあ……。こんな依頼、誰が受けてくれるもんかね。だいたい、何のつもりかしらんが、このチェンバーの中はサクラの樹しかありやがらねえ」 エミリエとリベルは、あまりのタイミングのよさにはっと顔を見合わせる。 かくして、無人のチェンバーの確認依頼——という名のお花見大会が行われることになったのである。 * * * 桜満開チェンバー出現の報に、無名の司書は萌えた。燃えた。もえた。 なぜなら。 0世界のターミナルからは、日々、たくさんのロストナンバーたちが冒険の旅に出かけている。送り出す立場であり同行はできない司書は、魅力的な彼らに接するたびに、「あああん〜〜〜。もっとじっくりお話したい〜〜ん」 と、名残惜しげに涙目でハンカチを噛みしめていたからである。 思えばいつも、物陰からストーカー、いやウオッチつーかチェックつーか勝手に妄想小説書いちゃったっつーか、まあ同じことだが、心密かに片思いしている乙女のごとく、美少年や美青年や美壮年や美女や美少女や美幼女や美小動物や美生物(?)や究極の美神(??)や美謎物体(???)たちを見つめてきたのだ。 そんな憧れの彼らに! 酔ったふりして接近して迫り倒せる、いやいやそれ犯罪だからえーと、お友達として親しく交流を深められる絶好の機会ではあーりませんか! しかし、司書がそんな下心むき出しでお花見の席を設けたとて、きっと皆さんドン引きだろう。 ここはひとつ、何かステキっぽい演出が必要ではなかろうか。(そうだ、桜の下でのカフェとか、どうかな? 『クリスタル・パレス』に協賛してもらって。よし決定〜!) さいわい、というか、クリスタル・パレス店長、ラファエル・フロイト(30代後半男子。渋系。苦労性の青いフクロウ。うっかりオウルフォームのセクタンに間違えられることも)にとっては運悪くというか、その日、カフェは定休日だった。「ラファエル店長ー! たのもー!」 どどんどんどん。【本日休業! 店長は日々の疲れを癒すため爆睡中! 起こさないでください!】と札の下がった店の扉を、司書は容赦なく叩く。 やがて、しぶしぶといった風情のラファエルが、起き抜けのパジャマのまま、ドアを細めに開ける。「……ふわぁ……。何でしょう? すみませんが今日はお休みなので……」「んまぁ店長。パジャマ姿と無精ヒゲがセクシィ〜」「なんだ、無名の司書さんでしたか。ということは大した用事じゃないですね」「ううん、超急用。あのね」「……これあげますから帰ってくれます? 壱番世界の修道院ビール『ロシュフォール』にインスパイアされたターミナルオリジナル製品です。二次発酵時にモフトピア産のキャンディジュエリーを投入してます」 手近にあったらしきビール瓶を一本押しつけ、ラファエルはドアを閉じようとした。そうはさせじと、司書はブーツの先を、がっ、と、その隙間に差し込む。「もらう! けど帰らない」 レアなビールはちゃっかりしっかり抱えたまま、無名の司書は強く主張する。「ロストナンバーのみんなと一緒に、お花見がしたいの。桜の下でのカフェイベントを考えてるんだけど、ほら、あたし、接客スキルに少々難ありだからプロの手を借りようと思って」「都合のいいギャルソンが必要なら、いつものようにシオンをご利用くださればいいじゃないですか」「うん、シオンくんはさっき、ヒマそーにふらふらしてたところをとっつかまえた。でもまだ人手が足りないの。だってだって、たくさんお客さんを接待したいのぅ〜。うふふ〜〜」「しかしですね……。私は、今日はお休みで……」「お ね が い☆ 協力してくれないと今みたいに、休みのたびに急襲してデートを迫るよ!!」「それだけは勘弁してください。……しかたないなぁ。わかりましたよ」 * * *「わあ、満開ー。きれいねー。今日来てくれた皆さんにはコレあげちゃうんだ。【いい旅プライベート編 〜無名の司書と行くターミナルデートスポット100選〜】」 冊子を山のように抱えて、司書は勝手に盛り上がっている。「うわ、それすごく……いらねぇ。つか、脳内妄想チェンバーを展開してるところ、悪いんだけどさぁ」 テーブルセッティングを終えたシオンが、頭を掻きながら言う。「こんなに席用意して、お客さん来るのかぁ? 閑古鳥が鳴いても、しらねぇぞ?」!注意!イベントシナリオ群『お花見へ行こう』は、イベント掲示板と連動して行われるシナリオです。イベント掲示板内に、各シナリオに対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもシナリオには参加できます。このイベントシナリオ群は、同じ時系列の出来事を扱っていますが、性質上、ひとりのキャラクターが複数シナリオに参加しても問題ありません。
第一幕■こぼれて匂ふ花桜かな 「壱番世界には、鬼が桜を愛で、気高く神々しい声で歌を詠んだという伝説があるの。このチェンバーを作ったのって、そういう風流なロストナンバーかもね」 無名の司書は上機嫌で、鬼が詠んだと言われる歌を復唱した。 浅緑 野辺の霞は つつめども こぼれて匂ふ 花桜かな 「藤原道長の屋敷、京極殿でのことよ。『今昔物語集』によれば、藤原さんちの彰子たん(註:一条天皇の中宮になった美少女っすね)がその声を聞いて、御簾上げてウォッチしたときには、もう誰もいなかったんだって」 「それ、実は鬼じゃなくてナンパじゃねえ? 彰子ちゃんの美少女ぶりを物陰から見たかっただけとかさ」 「そうか! あたしと同じ価値観のひとだったりして!」 「そうか、じゃありませんよ司書さん。お客さま誘致のため、典雅な雰囲気を演出しようと思っての詠唱でしょうが、ビールジョッキを持ったままでは風流台無しです。シオンも、いい加減な解釈を増長させないように」 これでは逆効果もいいところです、と、ラファエルは不安げに辺りを見回す。そこここの桜の下では、にぎやかな、あるいはしっとりした催しが行われており、どこも楽しそうだというのに。 このカフェは、閑古鳥が飛び交ったままお開きになるのでは……。 ——と。 「おっ」 シオンが額に手をかざし、眼を細めた。来客の到来をみとめたのだ。 「すげぇ目立つ長身美形が、こっち向かって歩いてるぞ」 「本当だ。容姿もさることながら、立ち居振る舞いがとても綺麗ですね。モデルさんでしょうか?」 「えーーーっ! どこどこどこー?」 身を乗り出した司書の目に、西迫舞人のすがたが映る。司書は大きく手を振った。 「きゃー! マイトくんだー! お待ちしてましたぁ。ようこそぉ〜〜!」 「あらぁ。あのイイ男とお知り合いなの? 司書ちゃんも隅に置けないわねん」 「ううん、初対面ー。でも、物陰からいつもチェックしてたから名前は知ってるの……って、いつの間にか、あたしの真横にいらっしゃる素敵なあなたはどなた〜!?」 耳元に響く、蠱惑的な声。銀髪のヴァンパイアが、すぐそばに立っていたのだ。送られたウインクに、司書は興奮のあまりずれたサングラスをかけ直し、まじまじと見つめる。 「ラミール・フランクール。司書ちゃんと気が合いそうだと思って、ここにいるの。イイ男やカワイイ男の子やカワイイ女の子とお近づきになりたいじゃない?」 「んまっ。美しいロストナンバーを愛でるのが大好きなのね?」 「ええ、大好きよん」 「あたしたち同志ね! ゆっくりしていってね」 「もちろんよ」 ラミールと司書は、がしぃぃぃっ、と、手を握り合う。 セクハラ予備軍ズが待ちかまえているとは露知らず、舞人は、花吹雪の間をぬって歩み寄ってきた。 ラファエルが引いた椅子に腰掛けて、桜を見上げる。 「——良いですね。この時期の桜は、やはり、何度見てもとても良いものです」 「マイトちゃんていうのねン? お隣、いいかしら?」 「マイトくんマイトくん、あのね、あたし……、ちょ、店長、何で両手広げて立ちふさがってんの〜」 「……西迫舞人さまですね。ようこそ、桜花の中のクリスタル・パレスへ。桜は、お好きですか?」 ラミールと司書の熱烈アタックは、初期段階でラファエルにさくっと遮られた。まだいろんなものに染まってないと思われる舞人を毒牙から守るべく、さりげなく盾になったのである。 「はい。壱番世界にいたときは、桜並木をのんびり散策したものです。すごく気分が良かった。……このカフェは、さまさまな飲み物がありそうですね?」 司書のビールジョッキに目をやり、舞人は微笑む。 「なんなりとご用意いたしますよ。舞人さまは、ソフトドリンクのほうがよろしいのでしょうか」 「そうですね。一応、未成年ですので。……あ、店長さんのことを、マスターと呼んでもいいですか?」 「ご随意に」 「じゃあマスター。ノンアルコールのカクテルをお願いします」 「かしこまりました。では、『シャーリー・テンプル』をどうぞ。1930年代、壱番世界で活躍した名子役の名前を取ったものです」 『シャーリー・テンプル』——グレナデンシロップとジンジャエールを使用した、ノンアルコールカクテルである。 螺旋状に皮を剥いたレモンをグラスに入れてから注ぎ、崩さぬようにステアする。 ほどなく、舞人の前に、螺旋の小宇宙を琥珀色の液体で満たしたような、クリスタルのグラスが置かれた。 「これは——、螺旋カクテル、という趣でございますね」 ふと立ち止まったのは、博昭・クレイオー・細谷である。青褐色のスーツがよく似合う、温和な雰囲気の紳士だ。 「いらっしゃいませ、博昭さま。よろしければ、ご相席なさいますか?」 声をかけたラファエルにうなずいて、博昭は、舞人と同じテーブル席についた。 「西迫と申します。これから、よろしくお願いしますね」 カクテルグラスを少し傾けた舞人に、博昭が同様に名乗る。 「博昭・クレイオー・細谷と申します」 シオンに飲み物を問われ、博昭は純米酒をオーダーした。ラファエルが勧めたのは、壱番世界製の『御代櫻』。火入れをしないまま氷温貯蔵した、なめらかな口当たりの純米吟醸である。 「満開の桜に誘われて、歩いていたのですが。壱番世界では、桜はもう、咲きましたか?」 「そのようですよ。今の私はなかなか、見る機会がないんですが」 「左様でございますか」 舞人の返答に、博昭は心もち目を伏せる。喪った何かを、懐かしむかのように。 「……もう、春なのですね」 (半年、経ったのか。——を、亡くしてから) 博昭の母国は、壱番世界の日本とよく似ている。日本という国は、祖国のような武装はしていないにせよ、文化や生活習慣、季節の移り変わりなども同じなのだ。 シオンが、純米吟醸『御代櫻』を、備前岡山の桜谷釜で作られた酒器に入れ、運んできた。 「お注ぎしましょう」 舞人は自分のグラスをいったん置き、徳利を手に取る。 博昭が静かに差し出した酒杯に、美酒が注がれたとき—— はらり、と。 花びらがひとひら、くるりと舞って、杯に浮かんだ。 花吹雪の中を、少女が駆けてくる。 赤味がかった銀色の瞳を、きらきらと輝かせて。 少女の名が南雲マリアであることを、無名の司書は知っている。世界の摂理からこぼれ落ち、ロストナンバーとなった彼女を世界図書館に迎え入れ、最初の説明をしたことがあるからだ。 「こんにちはー、司書さん。広場でお花見の呼びかけしてたでしょ。走ってきちゃった」 「あらまー、マリアたん。ようこそー。オプショナルツアーぶりね。……すっかり立派な冒険者になって。ほろり」 思わず目頭を押さえた司書は、マリアの隣に、黒髪の青年がいることに気づく。待ち合わせでもしていたかのように、自然な同伴者として。 「そちらの、つやつやストレートの黒髪の彼は、お友達? そそそそそれとも、かっかっかっ彼氏?」 「さっき、お見合いゲーム大会の会場の角あたりでぶつかったのよね」 「さっき、お見合いゲーム大会の会場の角あたりでぶつかったんです」 ふたりは声を揃える。息ぴったりである。 マリアいわく、桜満開チェンバーにクリスタル・パレスが出張するという一報を聞いたとき、ちょうど、桜餅を買い込んで食べかけていたところだったそうな。 で、桜餅をひとつ口にくわえ、他は腕に抱えて走り出した。そんでもって、チェンバー内をぎゅいんと突っ切り、ポラン様主催の、萌えでラブラブでチャレンジャーなイベント会場の角を曲がった瞬間、勢い余ってこの青年にぶつかったのだそうだ。 散らばる桜餅。拾い集める青年。偶然にふれ合う手と手。狼狽えて、謝る少女。 ……なんというか、王道的出会いである。 少女趣味の司書は、目にお星様を浮かべた。 「まあロマンチック。これが学園モノだったら、このつや髪の彼——染めちゃだめよ、そのみどりの黒髪——、ええと、お名前は?」 「黒葛一夜です。特に聞かれてませんが、探偵助手です」 「一夜くんは、マリアたんの通う高校に転校してきたところよね! そしてふたりは同じクラスになるの!」 「……いろんな設定や状況はひとまず置いとくとしても、年齢的にちょっと無理めだと思います。それに俺は」 一夜は一夜で、ここに来るまでの過程があった。 妹を花見に誘ったところ、すでに先約があって断られたため、ひとりでお花見会場に行くことにしたのだ。 ひゅるりら〜と舞う桜を背に、そこはかとなく世の無常を感じながらも、せっかくだから写真でも撮ってお土産にしようとカメラを構えたり、ついでに事務所の所長の分もお土産を物色しようと、よさげな露店が出ていないか、お見合い会場付近をふらふらと彷徨っていたところ、偶然、マリアとぶつかったということらしい。 しかし、一度スイッチの入った司書の妄想暴走はとどまるところを知らず……。 「マリアたんに片思いしている男子や、一夜くんに一目惚れした女子が邪魔をして、ふたりは最初、反発しあうの。顔を合わせれば喧嘩ばかりのふたりだったけど、いつしか誤解も解けて、淡い恋が芽生え……、あらやだ鼻血が。ごしごし」 「おれのエプロンで鼻血を拭くなぁ!」 オーダーを取りに来たシオンが、ようやく、司書の暴走を止める。 「おい無名の姉さん。聞けよ人の話! ……すまんなぁ、一夜。最初っからクライマックスなテンションでさぁ」 「はあ。少し驚きましたけど……。ロストナンバーたちの親交を助けようと考えて、頑張ってらっしゃるんですよね。えらいなあ……」 「いいひとだ……。なんか、心が洗われた気がする」 シオンはしみじみと頷く。 「腹減ってないか? 何でも頼んでくれよ。一夜には大盛りにするぞ? それともビールが先か?」 「ありがとうございます。じゃあ、ソーセージとか、お腹にたまるものをもらいます。ビールのことはよくわからないんですが、司書さんの飲んでるのが、おすすめなんでしょうか?」 「おう。仕入れたばかりの桜酵母ビールだ。それにしてみるか。今持ってくるから、ちょっと待ってな。マリアはどうする?」 「うーん……」 マリアは、ラファエルに勧められた席に腰掛けてはみたものの、落ち着かなそうにそわそわしている。 「わたし、実家が珈琲屋さんで、接客してもらうのって慣れてなくて……。そうだ!」 勢いよく立ち上がり、司書のそばに行って肩を揉み始める。 「店長さんもシオンさんも忙しそうだし、お店のお手伝いします。司書さんも、いつもお仕事でお疲れなんだから、今日はうんとゆっくり羽根を伸ばしてください」 「くぅぅぅ。泣かせるわ〜。お姉さん感激」 「マリアさま、どうかお気遣いなく。お客様にそんな、申し訳ないです」 「平気平気。お願い、働かせて?」 「マリアがそう言ってくれてんだから、今だけ店員やってもらえばいいじゃん。こんなこともあろうかと、【鳥店員が不足してるときに臨時アルバイトを速成するジンジャエール(長ッ)】も用意してあるしな」 かくして、マリアは、【鳥店員が不足(中略)ジンジャエール】を飲み—— その背に、瞳の色と同じ、赤味がかった銀色の翼を持つ店員として、クリスタル・パレスのアルバイトをすることと相成った。 鳥種は、「カナリア」である。 博昭は、純米吟醸の杯を傾けながら、舞人が語る壱番世界でのエピソードに聞き入っている。 ラミールは先ほどから、ディーナ・ティモネンや日和坂綾やレヴィ・エルウッドやテオドール・アンスランなどなどに話しかけ、美男美女ハンターとしての活動に余念がない。 ——少しずつ、客足が増えてきた。 (わぁ……。うわぁ……。綺麗な桜……。お洒落なカフェ……。緊張しちゃう。……それに、人がいっぱいでとても賑やか! これが『お花見』……?) フェリシアはどきどきしながら、あたりを見回した。薄紫色の大きな瞳は、好奇心でいっぱいである。おさげにした、緩やかなウエーブのある金髪が肩先で揺れる。 今ひとつ、お花見事情というものがよくわからないままに参加してみたのだが、珍しい飲み物や食べ物を楽しみながら、異世界からやってきた人々と交流するのはとても楽しそうだ。 「よろしくお願いします!」 ぺこりと頭を下げたフェリシアに、次々に声がかかる。 「こんにちわ、流鏑馬明日よ。この桜が風で散っていくのも、儚いけれど綺麗なのよ」 「はぁい、あたしオウミカナメ! よろしくねっ! 双子の妹が迷子になっちゃって、ココでいったん落ち着こうかなぁって思ってた所なのっ」 「よー、ふぇりしあじゃん! モフトピアぶりー!」 「ご丁寧な挨拶、有難う。初めまして、宜しくな」 「初めまして。響慎二だ。最近コンダクターになった新参者だけど、よろしく!」 「俺は虎部隆ね!」 最初は猫かぶって、いや、おとなしめだったフェリシアも、流鏑馬明日、青梅要、太助、村山静夫、響慎二、虎部隆らと歓談するうちに緊張が解けてきて……。 「あのっ、写メ撮っていいですかっ?」 我慢できずに携帯を取り出して、桜や来客陣を片っ端から撮りまくり始める。 「むむッ、美少女発見! 優等生ふう眼鏡っ娘だが、実は元気印のホットなしっかり者と見た」 そのすがたは、無名の司書の萌えポインツをざくっと突いた。 「それにしても見れば見るほど、かわいこちゃんね〜〜〜〜。その髪、その瞳、お会いしたこともないはずのご両親のプロフィールさえ目に浮かぶような、かわいこちゃんね〜〜〜〜。大事なことなので2回言いましたが必要とあらば3回でも4回でも5回でも6回でも!!!」 「お客さんにセクハラはやめような?」 「お客様にセクハラは控えてください」 フェリシアににじり寄ろうとした司書を、両脇から、シオンとラファエルが羽交い締めにする。 「こんにちは、司書さん。お邪魔してますー。……あっ、いいポーズ。3人とも動かないで!」 煩悩全開、下心ぶっちぎりな司書を敬遠するどころか、フェリシアはにこにこと、写メを撮るため携帯を向ける。 「よかったらわたし、シャッター押しますよ? そしたら他のひとと一緒に写れるでしょ」 きびきびとテーブルを回り、手慣れた口調で皆からオーダーを取っていたマリアが、すっと手を差し伸べる。 「ありがとうございます! ……わあ、可愛い鳥店員さん!」 携帯を渡そうとしたフェリシアは、マリアの有翼ギャルソンヌ姿を見るなり、彼女の写真も一枚撮った。 照れくさそうに、マリアは顔の前で手を横に振る。 「あ、違うの。わたし、今だけのアルバイトなのよ。南雲マリアって言います、よろしく!」 「マリアさんですね。フェリシアです。よろしくお願いします! お花見のこと、初めてでよく知らないのでいろいろ教えてください」 「お花見はね、日本っていう国の伝統行事なんです」 「はいっ」 「春の無礼講っていうか、いつもはイケメンパラダイスなサラリーマンのお兄さんが白鳥のチュチュ着たり、うっかり道頓堀に飛び込んだり、そういうのが名物なの!」 「わあ。奥が深いんですね。もしかして白鳥のチュチュはお花見の正装なんですか?」 「そうよ。古式ゆかしく桜を愛でるための第一級礼装なのよ」 マリアのお茶目さんな説明を、フェリシアは素直に信じ込んで何度も頷く。 「……マリアさま……」 「何ですかラファエル店長♪」 「あまり、無名の司書さんみたいな、おれたちに明日はない的暴走発言をなさらないように。フェリシアさまが本気になさって、白鳥のチュチュを着た誰かを見たい等のご要望が出たらどうするんですか」 「その時は店長が頑張ってください」 「私、が、そんなmkdrfhなb」 恐ろしい想像をしてしまったらしく、ラファエルはさぁっと青ざめた。……いや、もともと青いフクロウであるので、本来の色に戻っただけとも言えるが。 「あれ〜? どしたの店長。何でいきなりフクロウに戻っちまってテーブルの下にもぐりこんでお盆抱えてガクブルしてんの? 職場放棄は困るなぁ、せっかく忙しくなってきたってのに」 シオンは首を傾げながら新しくオーダーされた品を配る。マリアが臨時店員になってから、ぐっと新規客が増えたのだ。 クリスタル・パレス、閑古鳥返上! 喜ばしいことである。 「おまちどうー。ダルマとロディとテオドールが桜酵母の生ビール『ソメイヨシノ・改』、太助が食べ放題飲み放題無制限∞で、武闘派の綾姉さんと和風の綾ちゃんコンビはスイーツ盛り合わせ、ディーナ姉さんはジンジャエールとメニュー左上から右下まで、レヴィはオレンジジュース、ファーヴニールにアイスコーヒー、ウーヴェにミックスジュースな。ローナもヘータもナオトもサングラスだいすきクラブの勧誘に来たイケメン僧職系男子も、ついでに神さまも、何か注文があったら言ってくれ。あと、虚空からもらった差し入れ、切り分けてきたから、テーブルの真ん中に置くぞ」 「ああ……。マリアたんとフェリシアたんの美少女ガールズトークがたまんない……。あらまた鼻血が」 「だからおれのエプロンで鼻血ぬぐうのよせって! ……つか、ガールズトークかなぁ?」 考え込むシオンをよそに、マリアとフェリシアは年齢が近いこともあり、おもに、自身の父や母についての悩みなどを話し合っている。 「フェリシアさんのお父さんって、厳しいの?」 「厳しいっていうか何ていうか。もう、め〜〜〜〜いっぱい、過保護で! 心配過剰で干渉余剰で、男の子と遊びに行くなんて言おうものなら、相手の住所氏名年齢趣味特技成績家族星座血液型、果ては座右の銘まで聞いてくる始末なんです!」 「そうなんだー。フェリシアさんのことが大事でしかたないんだと思うな。わたしの母はね、おっとりしてて、ちょっと世間ズレしてて、でもとても可愛くて……。わたし、こんなだから、ちょっとコンプレックスかなぁ……」 「ええっ? マリアさんもとても可愛いじゃないですか。そのギャルソンヌコスチュームもよく似合ってるし。いいなぁ、アルバイト。したことないから憧れます」 「ん? 何なら、フェリシアもバイトするか? 過保護な父ちゃんも今は口出しできねぇし、店長が使えない状態じゃ、人手不足だしな」 ほれ、と、シオンは、フェリシアにも【鳥店員が不足(中略)ジンジャエール】を渡す。 かくして—— ラベンダー色の翼を持つギャルソンヌが、誕生した。 鳥種は……、マリアと同じく「カナリア」である。 「ねー。さっきもらったミックスジュース、何か入ってた?」 つんつんとエプロンを引っ張られ、シオンは振りかえる。 足元には、なんと、もっこもこ、ふっかふかの羊型アニモフがいるではないか。 「うわぁ、枕にしたら気持ちよさそうだなぁ。すげぇ安眠できそう。……って、どちらさま?」 「羊さんって毛がもこもこしててあったかいねぇー。でも誰かの枕になるのは嫌かなぁ。重そうだし——じゃなくてさ、なんか僕、いつの間にかこんな姿になってんだけどぉ?」 「あああ、その声。わかった、ウーヴェだ! 何でそんな癒し系なことになったんだ? 隠し芸か?」 聞きながらもシオンは、いやんな心当たりに気づく。原因は、自分かも知れない。 (やっべぇ。モフトピアの【アニモフの泉】から汲んできたジュースを、うっかり混ぜちまったかも……) しかし、羊型アニモフと化したウーヴェ・ギルマンはそんなに動揺していなさそうだ。 「さぁ? これもお花見のお約束なのかな?」 言って、ふかふかの愛らしい両手をぴっと伸ばす。 「それはともかく、シオン君。追加注文ー。僕、今、なんか無性に甘いもの食べたいんだよねぇ」 「おう。いいなあマイペースで。何がいい?」 「ケーキとか食べたいかなー。ホールで」 「……え?」 「ホールで」 大事なことなので2回言いました、とばかりに、羊アニモフ@ウーヴェは真剣である。 「……かしこまりました。今すぐ、お持ちいたします」 気圧されて丁重になったシオンは、すぐさま『桜づくしのシフォンケーキ』をワンホール持ってきた。 「こちら、桜餡を使って焼いたシフォンケーキの上を、桜の花びらに見立てたパステルピンクのチョコレートで飾らせていただきました。散りばめた桜の花の塩漬けが味のアクセントとなっております」 「どうもー。切り分けなくていいからね、フォークだけくれればいいからー」 ケーキワンホールを皿ごと受け取って、ウーヴェはよろめきながらも、楽しげに歩き出す。 「「いらっしゃいませ。カフェ『クリスタル・パレス』に、ようこそ」」 美少女ギャルソンヌふたりの華やかな出迎えに、神ノ薗紀一郎は、やや困惑ぎみであった。 マリアとは別の場所で話していたこともあり、彼女らがこの店のスタンダードな店員ではなく、来客の転化であることが一目でわかったからだ。 「可愛らしか店員さぁになったな。背中に羽ば生えちょる」 「「こちらの席にどうぞ。何かお飲みになりますか? おすすめは、桜酵母入りビール『ソメイヨシノ・改』になります」」 「はは。そげんに言うなら、そんビールを持ってきてくれんごっか」 それでも、一杯引っかけてきたがゆえの上機嫌で、紀一郎は勧められた席に座る。 「ようこそ。無名の姉さんが騒がしいけど、まあ、気にしないでゆっくりしてってくれ」 シオンが、飲み物のメニューを紀一郎に渡す。 「桜酵母入り以外にもいろいろあるから、もしよかったら他のビールも試してみるといい。ビール関係の種類の豊富さには、わけあって自信があるんだ」 「あいがとう。ゆっくい飲ませてもらうとしもんそ。……見れば見うほど見事な桜なあ」 マリアが運んできた中ジョッキを手に、紀一郎はふと、ひときわ幹回りの太い巨木に目を留める。 「特に、あん大木は立派ござんで」 「さっすが神ノ薗さん。お目が高いわぁ〜。『狩宿の下馬桜』ってご存じ?」 紀一郎のテーブルにやってきた無名の司書が、その桜を指差す。 「源頼朝さぁが富士の巻狩いに行かれて、馬からおいたとき、こん桜に馬をつんだと言われとうではなかったんそかい」 「やっぱり、壱番世界の日本と似た伝説があるのね。それそれ。『駒止めの桜』とも言われる樹齢800年のヤマザクラ。でも、今は、台風の影響とかで、最盛期のすがたを残してはいないの。……壱番世界の特別天然記念物になっている、リアル狩宿の下馬桜のほうはね」 「そいどんこん木は、堂々たう巨木ではあいもはんか」 「そうなのよ。だから、このチェンバーを作ったひとは、伝説の桜を再現したい気持ちがあったのかも」 樹高35m、幹囲り8.5mの、 在りし日の、『狩宿の下馬桜』—— 一陣の風が吹き抜けた。 伝説の桜は、ひとかたまりの花吹雪を激しく散らし、カフェを包み込む。 第二幕■心をつなぐ山桜かな (……あ) 舞い落ちるひとひらを、マリアは手のひらで受け止める。 マリアのいた世界にも、桜は咲いていた。 不意に、郷愁に囚われて、少女は涙ぐむ。 (いけない。仕事中仕事中) 「桜の散りゆくさまは美しいものですが、その儚さは哀しみをも喚起させます。感受性が豊かなのですね」 マリアのホームシックにさりげなく気づかぬふりをして、博昭はにこやかに呟く。 「え? あはは、そんなこと。……あっ、徳利が空ですね。何かご注文なさいますか?」 「そうでございますね。司書さんがご推薦くださる銘柄をいただきましょうか」 「きゃーー! ありがとうございます博昭さん。あなたのむめっちです☆ ちょうど良かった、これ飲んでいただこうと思ってスタンバイしてたんですよー。ヴォロス産の野生米の酵母とブルーインブルーの海洋深層水で醸した純米大吟醸『零世界スペシャル』です」 大きな徳利を抱えてすっ飛んできた無名の司書は、新しい杯を博昭に渡す。 「博昭さん、お酒、お強いのね」 「それほどでもないと思うのですが、今まで酔ったことなどはございませんね」 「んまぁ頼もしい。さささ、ぐーっとお飲みになって。ぐぐーーーっと」 「これはこれは。いたみいります」 おだやかな態度を崩さずに、微笑みながら杯を受けた博昭は、勧められるままに飲み干す。 ——やがて。 終始にこやかだった表情が、いきなり、真 顔 に な っ た 。 シオンが慌てて駆け寄る。 「わわっ、何飲ませてんのっ。『零世界スペシャル』って特殊効果があるじゃん」 異世界産素材の掛け合わせで醸造された純米大吟醸は、酔わないはずの相手を泥酔させる効果が発現するのだった—— 「わたくしたちが生を受けたこの宇宙とは如何なる世界でありましょうか? 世界は多層構造である——それが、知られざる<真理>であるのだとわたくしたちは気づいてしまいました。ならば、宇宙には果てが有るのでございましょうか? それとも宇宙は無限なのでしょうか? この謎を解くには理論的に考えていく以外にございませんが、相対論によって計算してみましても『宇宙は有限で閉じている』という答と、『宇宙は無限に開いている』という答が出てしまうのでございます」 「……すげぇ理性的な酔い方。しっかりしろぉ、博昭」 ひとしきり宇宙哲学的なことを語ってから、ことん、と、博昭は寝入ってしまった。 その寝顔たるや……。 「ちょーーーーっ、なにこの可愛い寝顔。おじさま萌えのハートを五寸釘でメッタ打ちされたわぁぁぁ!!! ああああ、煩悩の暴走が止まらない。ぐほっ、鼻血も止まらな」 「姉さん姉さん、鼻血出し過ぎ!!! マリア、フェリシア、ぞうきん持ってきてぞうきん!」 「しっかりしてぇ、司書さんー!」 「大丈夫ですかっ?」 ぞうきんとモップを持って駆けつけたマリアとフェリシアが、両側から介抱する。 が。逆効果だった。 「まあ……、美少女ふたりがあたしの心配を……、うっとり……、ぐふ……」 などとうわごとのように呟いて、余計に鼻血が流れる始末である。 さらにラミールが、 「あらあら、出血大サービスで鼻血も大繁盛ねぇん。はい、アタシのハンカチも使って良いわよ? そうだわ、思い切ってサングラス外しちゃいましょう? アタシに素顔を見せてご覧なさい〜?」 と、サングラスを外そうとしたり、 ロディ・オブライエンが、 「先ほどから見ていたが、ひどい出血だな」 と、額に手を当てたり、 うさコウモリ型アニモフと化したレヴィ・エルウッドが、 「これ、止血用の飲み薬です」 と、かわいらしい仕草を見せたりしては、止まるものも止まらない。 ひょこっと、ウーヴェが覗き込む。 「っていうか司書ちゃん、すごい血出てるよねぇ。輸血とか必要?」 小首をかしげ、考えてから、あ、そうだ、と、厨房スペースへとっとこ走り、大ジョッキにトマトジュースを入れて戻ってきた。……中にこっそりと【鳥店員が不足(中略)ジンジャエール】を混ぜて。 「トマトジュースとか飲むかなトマトジュースぅー。ほらきっと気付けにもなるよぅ?」 「ありがど……」 半身を起こした司書は、トマトジュースを一気飲みした。 「司書ちゃんも変身したりしないかなー、とかぁ、そんなことは考えてないからねぇー」 大嘘であった。 ぽふん、と、効果音が響き—— 無名の司書は「九官鳥」に変わったのだった。 * * * 「そういえばね。徳川さんちの慶喜さんが、狩宿の下馬桜について、歌を詠んでるの」 めでたく鼻血は止まったが、司書は九官鳥のままである。ぱたぱたと飛び上がり、ラミールの肩にひょいと止まった。 「あらん司書ちゃん。くすぐったいわん」 「今気づいた! 鳥のすがただと、堂々とスキンシップできることに! それはともかく、この辺でもっぺん、典雅な桜の世界を演出していい?」 「いいんじゃないのぉ? 九官鳥が歌詠するのも0世界ならではよね」 あわれその 駒のみならず 見る人の 心をつなぐ 山桜かな ——徳川15代将軍 慶喜詠 「……そうであいもしたか。ここを作った人は、もう、ちがう世界へ旅立ったちゅうこっんそかい」 「あれれ? 神ノ薗さん、もしかしなくても桜の木と会話してる? もしや特殊能力?」 「ううん、紀一郎ちゃんてば、超ごきげんなだけだと思うわぁ。さっきから、ビールメニューを片っ端から全制覇してたもの」 紀一郎のテーブルには、空になった中ジョッキが並んでいた。 生きた酵母はそのままに、若葉の香りを生かした壱番世界製の『若葉ビール』。伝統的なヴァイツェンをあえて濾過した、シャープな味わいの『クリスタル・ヴァイツェン』。ヴォロスの薬都ヴァイシャに自生する珍しいホップを使用して醸造した『ヴァイシャ・ビア』などなど。 「とこいでお願いがあっとだが、おはんに登らせていただけんだろうか。おはんの美しさをよい近くで感じたか。決して、枝を折うよなこっのんごっ約束すう」 「……んんっと、あれは何をお願いしてるのかな?」 「桜の美しさをより近くで感じるため、木に登らせてほしいって言ってるみたいねぇん。枝を折ったりはしないよう気をつけるからって」 「あいがとうござおいもす」 「あ、桜の木が口説き落とされた。登ってオッケーなのね〜」 「俺も行く。100人乗っても大丈夫そうだし」 「私も登ってみたいです」 「ナオトちゃんとフェリシアちゃんも挙手したわん」 (このチェンバーを作ったヒトが、ちがう世界へ行ったのだとしたら、じゃあやはり、ココは無人なんだね) ヘータはひとり、頷いた。 第???幕■さくら、さくら 「誰か他に登いたいひとはおらんですか。引っ張い上げもすど」 「私は、下から鑑賞することにしますね」 「そんなマイトくんに、鳥のすがたをいいことにスキンシップ! 頭に止まっちゃえ」 「……九官鳥になった司書さんが頭に……。カオスですね……」 「司書さーん、私、【いい旅プライベート編 〜無名の司書と行くターミナルデートスポット100選〜】の中の『ドキッ☆執事だらけの洋館:ウィリアム執事クラスの洗練されたおじさまたちがずらっとひざまずいて以下略』に行ってみたいですー」 「フェリシアさま。桜の上でそんな本を広げないように。お父さまが泣きますよ」 「あれ、アルフォート。テーブルの下にいたんですか〜。探しましたよー。ううん、この羽毛のもふもふ感がたまりませんね。癒される」 「一夜さま一夜さま一夜さま。違います。私ですラファエルです。オウルフォームのあなたのセクタンはそちらのテーブルに……。いや、ちょっとあの、そんなところを触らないでくださあぁぁぁぁ……!!! ぜえぜえ、酔ってますか? 酔ってるんですね?」 「いいぞ、一夜! その調子! ついでに一発芸も頼む!」 「了解しましたシオンさん。今から壱番世界の架空有名人の顔真似します。版権に触れない程度に!」 「おお、大人の心遣いだ」 「まずは、長髪で左目を隠し、古めかしい学童服と縞模様のちゃんちゃんこを着た下駄履きの少年!」 「うわ、信じられないくらい似てる」 「次。光の国からやってきた特撮巨大変身ヒーロー!」 「すげぇ」 「さらに次。スタンダードにデフォルトセクタン!」 「ぱちぱちぱち。ていうかもう、一発芸じゃないぞ」 「素敵よ一夜ちゃん。ねぇん、王様ゲームしましょうよ王様ゲーム」 「まあラミール同志! 楽しそうね。……阿鼻叫喚系がいいわね」 「でしょう〜ん? 罰ゲームを思い切りハードにしましょう。勝ったひとが負けたひとに(ぴー)で(ぴー)な感じで」 「食べ物を賭けるとかなら正々堂々、バトルしてもいいですが。でも、あまりハードなのはちょっと……。じゃんけん大会やあっちむいてほい程度にしてほしいです……」 「そ〜お? じゃあカラオケ大会で許してあ☆げ☆る♪ そのかわり、あたしと密着してデュエットしてねん」 「……おや、マリアさん。アナタの髪にも桜の花びらが咲いていますよ。今、取りますね」 「ほほう。さりげなく話題を逸らして爽やかに笑うあたり、一夜さまはなかなか手練れでいらっしゃる」 「はっ……! その声はラファエル店長! 俺は一体……」 「酔いが覚められましたか?」 「今気づきました、すみません俺すごく酔ってました。自分のセクタンと間違えてギューしてハグして撫で回しまくってましたすみませんごめんなさい許してください」 「……よし、みんなの注意が逸れてる今のうちに……、こっそりビール飲んじゃお」 「マーリーアーたーん。だーめーよー。未成年の飲酒は脳を萎縮させやすくて、集中力や記憶力の低下につながるのよぅ」 「ええーっ」 「そうだぞマリア。無名の姉さんなんかなぁ、成人してから飲みはじめたくせしてこんなアレなありさまなんだぞ」 「背伸びしたいお気持ちも、わからなくはないですよ。マリアさまにもノンアルコールカクテルをお作りしましょうか。『バージンメアリー』などいかがでしょう。ウォッカベースのカクテルとして有名な『ブラッディメアリー』から、ウォッカだけを抜いたものです」 「ええー、それってつまり、トマトジュースのことじゃん」 「違いますよ。各種スパイスが加わっていますのでね。この調合は、クリスタル・パレス独自のものです」 「そうなんだ。んじゃあたしにも、マリアたんと同じのちょうだい」 「あなたはトマトジュースをストレートで飲んでればよろしい!」 「あはは、お花見って面白いねぇ」 ガラと明日葉が、店の手伝いに訪れた。 ウーヴェはケーキを食べながら、桜を見上げる。 そして、笑い転げる。 桜に登っているメンバーの中に、ウーヴェと色違いの、黒い羊アニモフが出現していたのだ。 それは、誰あろう神ノ薗紀一郎で……。 そして、紀一郎のビールに、そっと【アニモフの泉】を仕込むイタズラをしたのは、ウーヴェだったからだ。 桜の大樹の、上から、下から、 朗らかな笑い声が、花びらよりも強く舞う。 ——お花見はまだ、続きそうである。
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