オープニング

 シド・ビスタークに一枚の書類が提出された。『導きの書』を呼んでいた彼はサングラスの横から書類を見て
「あぁ、レビトーサ地方は今依頼を止めてるんだ、すまんが後日改めて依頼を出してくれ」
 無言で書類が戻され、小さな違和感を感じたシドが顔を動かし依頼人――リリイ・ハムレットを見ると小さく声を漏らした。大柄なシドを見上げるリリイは何も言わず、ただ微笑んでいる。
 普通、ダメだと言われたらどうしてなのか聞いてくるものだが、リリイは依頼を出す事に慣れている。だからこういう場合は“自分で依頼を出さなくても、ついでに頼めばいい”事を知っている。だから決して自分から教えて欲しいとは言わない。偶然聞いてしまい、じゃあついでに、とお願いするのだ。
 そうなると困るのが担当の世界司書だ。本来なら依頼されるはずの件が一つ無くなってしまう。リリイは自分のナレッジキューブを減らす事なく依頼が達成され、世界司書はリベルの説教が始まり、チャイ=ブレへの“お話”も一つ減ってしまう。
 タイミングの悪い事にシドはリリイの出した依頼――ブルーインブルーのレビトーサ地方の依頼――を出す事になっている。じゃぁな、と一言告げ歩き出すがその後をリリイは付いてきてしまう。何か良い案は無い物かと考えているシドにリベル・セヴァンが書類を片手に近寄って来た。
「シド、先程のレビトーサの件ですが」
 リベルに任せれば大丈夫だろうとシドがほっとするのも束の間、リベルは書類をシドに手渡すとそのまま話を進めてしまう。
「私と貴方の依頼は同時期の物でした。貝殻を詰んだ船が海魔と海賊に襲われる事に間違いはなさそうです。バラバラに依頼を出すより一度に纏めて依頼を出し、戦力を分散させた方が良さそうで……どうかしましたか」
 眉間に皺を寄せ、空いた手の親指と中指でサングラスを押し上げるシドの後ろからリリイがひょっこりと顔を見せる。小柄なリリイはシドの身体に隠れてリベルに見えなかったようだ。多少なりとも驚いた筈のリベルだが、その表情は変わらない。
「この場合、俺は説教か?」
「勿論」
「おまえの説教はどうするんだ?」
「後で考えます。先に依頼を出しましょう」

 ブルーインブルーへの依頼を見かけた君たちは、リベルの言葉に耳を傾ける。
「皆さんには船の護衛をしていただきます。護衛する船は二隻の大型漁船、皆さん以外の乗組員は各10名、彼らは戦いに参加しません。積荷は大量の貝殻で、貝殻を狙って海魔と海賊船が襲ってきます。前方の船にて海魔と交戦、後方の船にて海賊を迎撃いたします。海魔と交戦していただける皆さんはこのまま、この場にお残り下さい。私が担当させていただきます。海賊の迎撃に対応していただける皆さんはあちらへ、担当者シドより詳しい話を聞いてください」


  ■  ■  ■


「リベルが言った事の復唱になるから海賊に関する所まで省くぞ。おまえ達が迎撃する海賊船は後方より接近する。大きさは乗ってる大型漁船とそう変わらない。よって、横付けされたらあっという間に海賊が乗り込んでくる。ま、その方が戦いやすいならそれでもいいが、乗組員もいるから気をつけてくれ。海賊に船の舵を取られたら前方の船も危ないからな」
 シドはそう言うと先程まで一緒にいたもう一つのチーム――リベルの説明を聞いている旅人達――を指差した。
「それから、不可解な事が二つある。一つは海賊が貝殻の詰まった箱を奪っていこうとする事だ。売っぱらっても海賊にとっちゃ雀の涙程度の金だ。わざわざ奪っていく理由はわからんが、一応、奪われないよう気をつけてくれ」
 君たちが頷くのを確認すると、シドはもう一つの不可解な事を説明しだす。
「今回の依頼、俺とリベルの『導きの書』に現れた内容は殆ど同じだが一カ所だけ……海賊船に襲われる船は天候が悪い。目の前にもう一隻の船があるのにそれだけは今も変わらない。日時、行き先、同行する船の数。どれを変更してもこの船、“虹色の貝殻を詰んだ船だけ天候が悪くなる”それがどうも気になるんだ。何事も無いかもしれんが、気をつけてくれ。以上だ、頼んだぞ」
 

品目シナリオ 管理番号375
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメント こんにちは、桐原です。ブルーインブルーへのお誘いです。

 このノベルは「【仕立屋リリイの発注書】純白の貝殻」と同時刻となります。同じPCさんでの重複参加はご遠慮ください。


 戦闘メインのノベルです。
 どなたでもご参加いただけますが、ノベルの内容により「接近戦が得意」「とにかく暴れたい」という方が参加しやすいと思われます。戦えない方は、戦闘に参加しない変わりに何ができるか、がポイントになります。


 依頼内容は船の護衛、積荷である貝殻を狙い襲ってくる海賊船と闘っていただきます。荒くれ者の海賊は容赦なく船を壊しにかかります。非戦闘員の乗組員も危険ですし、何やら天候も不安定の様子。
 OP内にあるように、こちらの行動によって前方の船に影響がでる可能性もございます。


 仕立屋リリイは貝殻を欲しがっていますが、皆さんが海賊から船と貝殻を守り通せば、貝殻は彼女の元に届きます。

 それでは、皆様のご参加、おまちしております。


 いってらっしゃい!
 

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
陸 抗(cmbv1562)ツーリスト 男 17歳 逃亡者 或いは 贖罪に生きる者
晦(cztm2897)ツーリスト 男 27歳 稲荷神
李 飛龍(cyar6654)コンダクター 男 27歳 俳優兼格闘家

ノベル

「すいません、虹色の貝殻って知ってますか?」
 相沢優と李飛龍はトラベラーズノート片手に道行く人にそう声をかける。知らないと言う人には丁寧にお辞儀をし、知っているという人には自分が旅人であり、貝殻について調べているので少し話を聞かせてくれないかと交渉をする。
 二人はブルーインブルーに到着してからずっとこうして情報を集め、聞いた内容を簡素にわかりやすく、ノートに記している。それというのも、純白の貝殻を護衛するチームの少女探偵エレナに協力を要請されたからだ。相沢達の受けた虹色の貝殻護衛とエレナ達の純白の貝殻護衛は、別々の船で出航するが行き先は同じだ。そして、どちらも襲われ戦闘になると“導きの書”が記し、片方が失敗すればもう片方に負担が行くとも教えられた。エレナが協力して欲しいと言ってきたのも頷ける事であり、誰もが協力する事を了承した。ただエレナが誰よりも早く行動しただけではあるが、少女は誰よりもこの依頼の原因と答えに近かった。逆にいえばだからこそ誰よりも早く行動したのかもしれない。
「虹色の貝殻に言い伝えや伝承はまったくないみたいですね」
「あぁ、それどころか滅多に取れない貝殻だとよ。そこそこ価値はあるみたいだが」
「わざわざ取るような物とも、思えないですよね」
 李と相沢がいままで聞いた話を纏めていると、路地裏から一匹の狐がするりと姿を現した。その後ろには風船が一つ、ゆらゆらと浮いている。
「聞き込みしてきたぜ。ドンピシャだ」
「どいつもこいつも海賊船や幽霊船のせいでこの港に立ち寄った、ってぼやいとったわ」
 狐の姿になれる晦と、身長17.5cmの陸は港に停泊している船に忍び込み、積荷を運んでいる船乗り達の話を聞いてきた。忙しいせいかぴりぴりとした空気で積荷を運ぶ彼らに話をする時間を作ってもらうことはできなかった為だ。
「ここまで同じ事ばかり聞けると少々不安になるぜ。よし、灯台へ戻るぞ」
 李がトラベラーズノートを仕舞い歩くと、相沢達も揃って歩き出す。元々貝殻についてやどうして海賊と海魔が同時に襲うのか等の疑問を持っていたのはエレナだけではない。李を始め全員が何かしらの疑問を持っていた。だが、それをきちんと話し合い、集める情報が纏められているのはエレナが皆を集め、相談する場を作ってくれたからだと、李は思っている。
 俳優業をしている李は大人びた子供と仕事をした事もある。子供は子供なりに仕事に自信とプライドを持っている。自分が誰よりも一番偉いのだと思っている子もいた。大人しくても、カメラが回った瞬間人が変わる子もいた。俗に言う天才子役にも、会ったことがある。李は始め探偵のライセンスを持っているというエレナも、その子達と同じだと思っていた。どんなにしっかりしていても、ひょんな事から子供らしさというのは仕草や行動にでるものだ。実際、エレナは子供らしい笑顔や話し方をしていたし、少女が自分たちを集めたのは、気になることがあったから、みんなで相談したい、という思考回路だと思ったのだ。
――残念だけど、あたしじゃ大人はきちんとお話してくれないと思うんだ――
 そう少女が言ったとき李は、エレナが自分の知っている子供達とは違うのではと、思う。何が、やどこが、はまだ解らないが、少女は確かに、自分の知っている天才子役とは違うようだ。灯台の下でピンク色のドレスを汚す事に何の躊躇いもなくガラクタを抱える少女をみて李は漠然とした思いを巡らせた。 
 李達がエレナの待つ灯台下に到着するとタイミングよくレナ、アコナイトも戻ってきた所だった。灯台の上から玖郎が降りてくると、レナは直ぐに集めた情報を話し始める。
「純白の貝殻は海底や海中の壁面にあって、がりがりと削るように取るんですって。たまに、ほんの少しだけ虹色の貝殻が混ざっている事があるんですって」
「で、ここレビトーサに来てる貝殻は殆どが海賊や幽霊船騒ぎで進路変更して集まったみたいよー」
 アコナイトがそういうと、李の隣にいた相沢が頷きこう続ける。
「殆ど同じかな。虹色の貝殻に天候に関わる伝承とかはなかったし、取れるのも純白の貝殻に混ざって取れる程度でそれなりに高値がついているみたいだ」
「だが余り流通してないので海賊に狙われる事は今までなかったらしい。換金するのに面倒なんだろう。が、今回の様に虹色の貝殻だけが積荷の船は初めてなんだと。決まりか?」
「ありがとう! これで今回の件は、幽霊船を率いてる海賊が計画的に仕組んだ事だって胸を張って言えるよ!」
 満面の笑みでエレナが言うと、李はあぁそうか、と一人心の中で納得した。自分で考え行動し、必要な情報を手に入れる為に自身を客観的に見る事もでき、何が必要なのかを把握している。この少女は大人びているのではなく、本当に大人なのだ。その事に気がついたからといって、李のエレナへの対応が変わるわけではない。ただなんとなく気になっていた事がすとん、と綺麗に落ちたので気持ちがスッキリしただけだ。
「海魔が“異様なほど”出現するのは、餌である純白の貝殻を追いかけてきたんだね。問題はどうして幽霊船を装う海賊が、そう、“わざわざ騒ぎを起こして一カ所に貝殻を集める”なんて事までして虹色の貝殻を欲しがるかなんだけど……これはみんなが海賊を捕まえれば、わかる事だよね」
 小さな探偵の言葉に、虹色の貝殻を海賊から護る四人の男は力強く頷いた。




 
 船の後方で覗いていた望遠鏡を離し、相沢はうんと身体を伸ばして背伸びをする。体中に感じる風と潮の香りに、不謹慎だとわかっていても心は弾む。天候が悪化する情報が間違いなのではないかと思うほど空は綺麗な青空で、海は穏やかだ。船の揺れも少なく、のんびりとした航海。日陰で丸くなっている子狐の前を通る船乗りは、気持ちよさそうにしている姿に笑みを零しうりうりと頭を撫でて行く。コン、と慣れない鳴声を披露する子狐の姿に相沢と李はつい笑ってしまう。風船の影がふよふよと相沢の顔をゆっくりと横断し、肩へと降り立つ。
 皆と笑いあい、のんびりと寛ぐ時間を過ごしていると天候悪化や海賊が襲ってくる事など本当は無いのではないかと、期待してしまう。“導きの書”に記された物事に変更はない。それは必ず起こる事、もしくは、これから起こりうる未来しか記されないのだ。
 強い風が吹き、前方の船から一つの影が飛び立つのが見えた。はっと息を飲んだ相沢が後ろを振り返ると、霧が発生していた。空も海も変わらず穏やかだというのに、どんどん酷くなる霧は相沢達の乗る船を飲みこもうと近寄ってきている。
「さぁさ、幽霊船がおいでなすった! 早く船内に入れ!」
 相沢の肩から空中へと移動した陸がそう叫ぶと、船員達は急ぎ船の奥へと移動する。ばたばたと掛ける音が少なくなるのに比例して霧中の幽霊船が次第にハッキリと見えてくる。相沢が古ぼけた剣を強く握ると、陸がいた場所にフォックスフォームのセクタン、タイムが移動してきた。
「大丈夫、大丈夫。護るんだ。貝殻も、船の人も、みんなも。大丈夫」
「来たな……奴らのほとんどは刀を持っているようだな。では、トンファーで行く」
 そう言うとリストバンドが2本のトンファーに変形し、李の手の中に収まっている。がたんごとんと大きな音を立て、幽霊船から一本の橋が渡されると怒号をあげた海賊達が、相沢と李が駆けだした。海賊からしてみれば、目の前にはたった二人しかいないのだ。怒号と嘲笑、歓喜の雄叫びを上げ刀を振り上げて飛び降りてくる。その目の前に、いきなり小さな人間が現れたら、どうなるだろうか。
「な、なんだぁぁぁぁ!?」
 屈強とはいえ、想像もしないものが見えた海賊は驚きの声を上げ足を止める。だが、その直ぐ後ろには彼と同じように飛び出してきた海賊達が続いているのだ。止ろうとする海賊は後ろから押され、押すなと叫ぶ。後ろにいる海賊達は彼が目にした人物に気がついておらず、早く行けと急かす。
「まぁそう急ぐなよ」
 彼らの頭上で風船を持った陸がそう言うと、海賊達は口をあんぐりと開けて呆け、その顔のまま、どさどさと倒れだした。
「さーて、ちゃっちゃと終わらせようか!」
 陸はできるだけ一撃で彼らを気絶させるか、彼らの武器にダメージを与える事に専念する。武器が無くなれば怪我をする確率も減り、倒すのも楽になるからだ。小さな彼はすばしっこく空中を移動し、海賊達の武器を狙う。陸の姿に動揺する海賊を、相沢と李が仕留める。中には自分の武器が壊されていると気がついていない海賊までいて、李に向けて大きく刀を振り下ろすが、李がトンファーで刀を受けると粉々に砕け散った。
「ほぁちゃあ! あたぁ!」
 李は刀が砕けた海賊に回し蹴りを食らわせると、すぐ別の海賊へとトンファーを突き出した。休む暇も、迷っている余裕もないが幸か不幸か、周りは海賊だらけだ。自分の攻撃が味方に当る心配をしなくて良い。クンフーをマスターした事でロストナンバーとなった李に勝てそうな海賊は、その場に居なかった。
 がきぃんばきぃんと、鞘から抜いていない剣を振り回す相沢に海賊達の視線が集まりだした頃、彼らの足下を一匹の獣が通りすぎる。するりとしなやかに動く毛皮を見た海賊の一人が
「なんだぁ? 犬? そこのボウズのペットかね?」
 近くにいた仲間達とげたげたと笑い、毛皮は売れるか?食うか?と信じられない言葉を口にする。ふわふわとした毛先が足に触れ、さらりとした感触が伝わった。足下を通り過ぎたのは獣だ。毛先がちくりとして今もむず痒さが残っている。だが、海賊の後ろに居るのは、紛れもなく人だ。細い白煙の立ち上る煙管を口に銜え、じじじと燃える音が海賊の耳に聞こえる
「なんや、イヌやのうてキツネや、狐。間違えんといてや」
 ふーーー、と煙を吐いた青年に海賊達は悲鳴にもにた雄叫びを上げて斬りかかった。いや、斬りかかろうとした格好のまま、どさどさと崩れ落ちる。狐から人の姿になった晦はもう一度煙管を加え、ふーーと息を吐くとこう呟いた。
「海賊が貝殻なんぞ奪って、可愛らしくネックレスでも作る気なんか? ほんなら浜辺で砂山でも作りながら探してきたらええやろ」
 逆の手には彼のトラベルギアである漆黒の太刀が握られている。鞘に描かれた紅葉の絵柄は霧の中でも鮮やかだった。
 相沢は依頼を受けた時に人を傷つける事への覚悟は決めていた。覚悟はしていたが実際に相手を殺さない様に人を殴り、合気道で投げるのはやはり精神が疲労する。今は闘うべきであり、相手を大人しくさせる事が最優先だと理解しているので、足手まといや邪魔にはなっていない。だが相沢の手に残る感触が、彼の思考回路の邪魔をする。
「考えるな、動け。今は、護るんだ」
 無意識に声を出していた相沢の頭上から、陸の声が落される。
「優! あんまり無理するな!」
「まだ、いける!」
「……いけるんだな?」
「大丈夫だって、そろそろ俺と李さんで踏ん張らないと、だろ?」
 ごがしゃっ、と相沢が振りかぶった鞘が海賊の刀を粉砕する。
「今のうちに行ってこい!」
 少し離れた場所から李の声が聞こえると、晦が子狐の姿に変わり陸に言う。
「非常事態やんな、乗り! 今回だけやで!」
「おう、直ぐ戻る! おみやげ追いてくから、ちょっと頼む!」
 陸は風船を手放しうさ耳帽子を放り投げると子狐の背中に飛び乗った。背中に重みを感じた晦が左右にステップを踏み海賊達の足の間を駆け抜けていくと陸のうさ耳帽子が後ろを追いかけ、海賊達の足を傷つけ追い越していく。くるくると回転するうさ耳帽子が陸の手元に戻ると子狐が幽霊船に消えていった。




 殆どの海賊が出撃しているのか幽霊船の内部は静かだ。何度か五人組の海賊を見かけはしたが、海賊もまさか子狐が進入してくるとは想像していないだろう。海賊が通り過ぎるのを待ち、二人は幽霊船の奥深く、船底へと向かう。報告書を見ていなければ、濃い霧の中でこの幽霊船を見ていたら信じていたかもしれない。破れた帆や斜めに傾いた帆柱、どす黒い船体等で偽装された船は外見こそ幽霊船だが、内部は綺麗な物だ。晦の持ってきた爆薬を船底や廊下に設置した陸は改めて船内を見渡す。
「やっぱり幽霊船モドキか」
「せやけど、何で貝殻なんぞ欲しがったんやろな?」 
「さぁ? とりあえず帰ろうぜ。優と李も心配だけど、あんまのんびりしたら俺達も巻き込まれる」
 陸が背に跨ると晦はまた船内を走り回る。来たときと同じように、海賊が居たら様子を伺い通り過ぎるのを待っていたのだが、進入した時よりも人の配置が厳しくなっていた。5人組だった海賊達が二人組と三人組に別れチームの数を増やしているのだ。更に面倒なのは二人組は歩き回らず、一カ所で警備警戒している事だ。
「進入したのがバレたか」
「しゃぁない、ちょい遠回りして行こか」
 海賊を避け晦が走り続け、見覚えのある廊下に戻った。もう少しで出口だ、と言いそうだった陸は慌てて自分の口を塞ぐ。廊下の向こうで複数人の気配がするのだ。
「もうちょいやのに、あぁもう、もどかしい」
 晦は低く低く伏せ、陸を乗せた頭だけをそっと廊下の向こうへと出す。見るからに手応えのありそうな男達の中に一人、仮面を付けた男が混ざっている。
「たかが漁船に何を手こずっている! 貝殻一つまともに強奪できないのか!」
 仮面の男がくぐもった声でそう叫ぶと、屈強な男達が身体を小さくする。
「し、しかしジャコビニ船長に、急に人があらわれて、ありゃ幽霊ですって」
「幽霊船を使ってるお前達が幽霊に怯えるのか。笑い話にしてもくだらなすぎるだろう!」
 ジャコビニと呼ばれた仮面の男がカツンッ!と手にした杖で床を鳴らすと、男達の身体が小さく跳ねた。一人の足がふいに晦の顔へと向けられ晦が避けるが、大きく動いてしまった為海賊達に気がつかれてしまう。小さな人間を乗せた一匹の子狐に海賊達の視線が注がれた
「侵入者……そうか、きみ達が邪魔していたのか。全員に通達しろ! 幽霊だなんだとそんなものは存在しない! 敵はジャンクヘヴンの犬……ただの旅人だ! どんな姿であろうと、どんな攻撃をしてこようと、同じ人間だ! 殺せ!」
 ジャコビニの言葉が終わるより先に晦は走り出した。
「あいつ、あの仮面の男! 俺たちがロストナンバーだって、知ってるんじゃないか!?」
「あぁ、そんな言い方やったな!」 
 晦が甲板に出ると、ドンッと爆発音がして幽霊船が大きく揺れた。晦と陸が設置した爆薬とは違う場所から火の手が上がっているあたり、どうやらジャコビニはこの船を捨てるようだ。前方に立ち塞がる海賊の隙間から覗き見ると、船と船を繋いでいた橋は落されている。後方から追いかけてくる海賊も含め闘って負ける相手ではないだろうが、今は急いで船を脱出し、出来るだけ船同士を引きはがさないと爆発に巻き込まれてしまう。
 ドン、とまた大きく揺れた瞬間晦は甲板の上を走り抜け、幽霊船から飛び出した。想像以上に船と船の間は離れていたが、晦と陸は無事船へと着地する。二人だけでも仕留めようとした海賊達のお陰で、船は巻き込まれるは無いようだ。
 少しずつ離れていく幽霊船が燃え崩れているのを眺めていると、その向こう側に、極端に霧が濃い場所を見つけた。四人がじっとその場所を見ていると、一陣の強風が吹き霧を飛ばす。霧の中に小船に乗った仮面の男、ジャコビニの姿が確認できるが直ぐに霧に隠されてしまった。


 船を護りきった四人は前方の船は大丈夫だろうかと船首へ移動した。望遠鏡を使うまでもなく、先方の船でゆらゆらと動いている蔦が見え、向こうも無事に終わった事を告げていた。こちらも無事を知らせる為、大きく手を振った。
 四人は気を取り直し船内に避難させた船員に全てが終わったことを伝えると、目が覚めて暴れられるとやっかいな海賊達を紐で縛り始めた。甲板の上で伸びている海賊達を少しずつ縛っていると、相沢はきらきらと輝いている物を見つけた。手に取ってみるとそれは薄く虹色に輝いており、船員の一人が虹色の貝殻だと教えてくれた。
「取られてない、よな?」
「海賊が持っていたのか、それとも爆発した拍子でこちらに飛んできたのか」
「どっちにしろ、海賊は虹色の貝殻が必要で、幽霊船を使ってでも欲しかった、って事やな」
 相沢の手の中で、虹色の貝殻はきらきらと輝いている。
 



「まぁ、貝殻を届けてくれたの?」
 虹色の貝殻を受け取ったリリイは嬉しそうに微笑む。
「アクセサリーやボタン等の装飾品に加工もするのだけど、虹色の貝殻は上質なオイルが取れるのよ。ほんの一滴ミシンに挿すだけで機械の持ちが違うの。これから沢山作業をするから、早めに手元に来てくれて助かったわ。本当にありがとう」
 リリイは以前作ったという、君たちが護った虹色の貝殻で作った装飾品や染め布を見せてくれる。キラキラと輝く装飾品は透明感があり、影にも虹色の輝きを映し出し付ける者の目も楽しませる。
「これで安心してファッションショウに向けてミシンをめいっぱい使えるわ。そうそう、近いうちにファッションショウをやるのよ。よかったら、貴方達もいらしてね。モデルや舞台設置等の協力も嬉しいけど、見に来てくれるだけでも嬉しいわ。観客のいないファッションショウなんて、つまらないでしょう?」
 

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
この度はご参加、ありがとうございました。

同時時間軸ノベルですので、もう一本【純白の貝殻】と一部内容が繋がっております。よろしければ、そちらもご覧頂けると嬉しいです。


それでは、ご参加ありがとうございました。
公開日時2010-05-24(月) 19:30

 

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