降り注ぐは灼熱の陽光。 天にあるのはディラックの空ではなく、地面に広がるのも砂ばかり。 取り囲む者達は何やら騒いでいるが言葉は分からず、周囲に眼を遣っても覚えのある顔や物体などは見当たらない。 一体何が起こった。浮かび上がる思考と、それに伴う台詞。「ここはどこだー!!」 とりあえず、そう叫んだのは間違いではないだろう。 トレインウォーにて、タグブレイクにより12人のロストナンバー達が異世界に強制転移された。トレインウォー以後の対応やタグブレイクで転移されてしまった者達の救出で慌しい中、瑛嘉は「導きの書」を手にして話を切り出した。「皆、トレインウォー御疲れ様。捕虜の扱いや今後の動向については、また追々言う事になるでしょうけれど……カンダータ側の手によって、12人のロストナンバー達が強制転移されてしまった事は知っているわね? 他の世界司書からも異世界への救出依頼が出されているから分かると思うけど、皆には12人の内の一人、『ホタル・カムイ』……ちゃんか君、どちらを付けるのか迷うわね……ともかく、其方を保護・救出して貰いたいの」 世界図書館から支給されたチケットを使用して移動した訳ではないので、通常のトラベラー達とは違い現地の言葉が通じない。ただ、当該の人物についての所在は分かっている為、合流・保護自体は直ぐに出来るのでその辺りの心配はしなくて良いらしい。「転移先は『不毛の熱砂・ナイアーラト』。壱番世界で言うと、中世アラビア風って所かしら。大地のほぼ全てが砂で構成された世界で、昼間は非常に気温が高くなる所よ」 簡単に言ってしまえば、砂漠世界という所だろうか。 転移した当初、軽い混乱はあったものの荒事が必要になるような心配はしなくても良いという事だった。 転移場所は分かっているので発見に苦は無く、保護自体はそこへ赴くだけではあるので簡単。だけど、と瑛嘉は困ったような笑みを浮かべて言葉を続ける。「ナイアーラトには、多く遺跡が存在していてね。そういったモノの発掘をしていた人達に保護された訳なのだけれど……元々の人手不足や転移での一時的な混乱があった所為か、発掘の後片付けとかを手伝って欲しい、という事になったの」 身柄の引き渡しは、その手伝いと等価交換。尤も、現地の者達の方も悪意の類は無く、世界図書館側としても存在こそは確認されていたが調査などは行われていなかったのでこれを機会に、少し調査をしても良いだろうという事だった。 発掘の手伝いといっても遺跡などに赴く訳ではなく、掘った地面の砂を埋め直したり、発掘された物品の汚れを掃除したり、荷物を運んだりと非常に地味な類。トラベラー達がそこへ到着するのは昼頃なので非常に暑いという点が、気を付ける所といえばそうなるだろう。「皆が場所に行って、保護の事を言えば問題は無いと思うわ。……トレインウォーから立て続けで、皆の手を煩わせて御免なさいね」 それじゃ行ってらっしゃい、と瑛嘉は一礼と共にトラベラー達を送り出した。=========<重要な連絡>「ホタル・カムイ」さんは、このシナリオに参加しなくてもノベルなどに登場します。プレイング締め切り日時までに、NPC「エミリエ・ミイ」宛のメールという形式で、600字以内のプレイングにあたるものをお送りいただけましたら、それをもってこのシナリオのプレイングとして扱います。このメールの送信がなかった場合、「救出後すぐにロストレイルに収容され、調査には参加しなかった」ことになります。エミリエ宛のメールはこのURLから!https://tsukumogami.net/rasen/player/mex?pcid=cttd4156※強制転移したロストナンバーの方は「世界図書館のチケットによって移動していない」ため、「現地の言葉を話せません」。この点のみ、ご注意下さい。
高い位置に昇った太陽の光が地面の砂を照らし、熱風によって巻き上げられたそれが黄金色に煌めく。 全てが砂に隠れ、埋もれてしまう世界。それが、不毛の熱砂とも称されるナイアーラトである。 トレインウォーの際、カンダータ側の手によるタグブレイクで強制転移されてしまったロストナンバーを助けるべく、トラベラー達は新しい異世界へと向かう。トラベラーズノートで連絡は取れていた為に居場所は直ぐに分かり、一先ず合流をしようと現地へ移動した。 「こんにちはー? ぼくら、ホタルさんを迎えに来ました。あと、発掘の手伝いも」 現場はロストレイルから降りて、程近い所。そこに辿り着くと、何人かの姿が見える。上下一枚の服に布と紐の環で帽子のようなものを被った者達の中、代表者らしい者はわからなかったがディガーはとりあえず此処に来た旨を伝える。初対面を考慮したというよりも生来の為であるのかのんびりとした調子のその言葉に、此処で発掘をしているらしい人々が暫くざわめいた後、一行をそこよりも少し離れた場所へ案内する。 容赦無く照り付ける日差しを避けるような建物は辺りに無く、足元も動きを制限するような砂ばかり。現地の人々もそれは充分に分かっている為なのか、大きな布を屋根にした急ごしらえのテントのような場所を作っていた。 あまり大きくない為に数人程しか入れなさそうなそこに、他の人々とは違う姿が在る。天に君臨する太陽よりも情熱的な赤い髪と共に、近付いて来る一行の方へ振り返った。 「ああ、来てくれたのか。こんな羽目になるとは思わなかったし、言葉が通じなくて」 現地の人々とは違う出で立ちをしていた為に直ぐに分かったらしい件の人物――ホタル・カムイは陽気に笑い飛ばす。服装はナイアーラトの人々とは全く違いながらも、元・太陽神というべきか砂に溢れたこの大地には中々似つかわしく見えていた。 「ホタルさんですか? 図書館から迎えに来ました。ご無事で何よりです。あ、ぼくはディガーです。はじめましてー」 「ホタルさん、ホタルさん、怪我はないですか? 無事で良かったです。私は、春秋 冬夏です。イスタさんもディガーさんも初めてですよね、冬夏って呼んで下さい!」 見た所、怪我や衰弱している様子も無い。深刻に考えるような事は無さそうだと判じてほっとしつつ、ディガーと春秋 冬夏が口々に言う。自己紹介の台詞に春秋が背後を振り返り、そこに居るイスタ・フォーもそれに頷き返した。 「他が如何なっているのも気になるが……えーと、本当に、ここ、どこ?」 「此処はナイアーラトという世界であるらしいな。余も砂漠地帯に参るのは初めてなのだ」 如何やら、同時期に転移したロストナンバー達は其々博物誌には載っていない異世界に飛ばされたらしい。それについては現在、救出依頼が出ているようでホタルの方もそれの例に漏れなかった。 とにかく目に付く砂の大地は、世界全体を見なくとも此処が砂漠の世界だという事がよく分かる。昼間の為に最高気温に近い熱で、遠くの景色が揺らめいて見えていた。 「成程、『不毛の熱砂・ナイアーラト』か。こうして聞いてみると、分かる気がする」 「二度もディアスポラに遭うなんて……大変だったよね」 「やー、言葉通じない上に文字読めない現象は、約二年前に飛ばされた時以来だったから、最初は戸惑ったなぁ。私に何が起こったのかよく分からんかったし、わらわらと人が集まって来た時は、如何したものかと思ったな」 タグブレイクによる強制転移、世界図書館では「セカンドディアスポラ」と命名したその事についてディガーが呟くと、ホタルはロストナンバーに覚醒した時の事を思い出す。覚醒した時も、場所は違えどこのような心境だっただろうか。 ホタルが少しの感慨に耽っていると、興味津々な様子でトラベラー達を見ている現地の人々の輪を掻き分けて一人の少年が出て来る。 上下までを覆い、ゆったりとした白地の服に頭をすっぽりと被せたフード付きの砂避け外套。然程特徴的でもない黒髪と緑瞳で壱番世界の「人間」と変わりないその少年は、トラベラー達に「ロウ」と名乗っていた。 「その方で間違いありませんか?」 「はい! 此処まで案内有難う御座います!」 「うむ。何事も無いようで何よりなのだ」 ロストレイルから降りて程近い場所とはいえ、これまでほとんど調査が進んでいなかった新しい世界。地図など図書館側で用意されていなかった事もあり、彼――ロウが此処までトラベラー達の案内役をしていた。 春秋とイスタの言葉に頷き、ロウがホタルに向かって一礼する。そこから、ぐるりと現地の人々を見回した。 「作業……一時混乱があったから御手伝いをして貰う、という形なのに今でも手が止まったままなのですが」 言葉遣いは丁寧だが、含められている意味は辛辣。トラベラー達との合流に水を差すな、と含んだロウの物言いに現地の人々が押される形で各々散って行こうとすると、ホタルがそれを止めた。 「あー……一つだけ、皆に言いたい事がある。ああ、保護してくれた現地の人含めてだ」 そう言った後、少しだけ改まったようにホタルは告げる。 「心配掛けてごめんな。そして、ありがとう」 それは、短い謝罪と感謝。そういえば他のトラベラー達には言葉は通じるものの、現地の人々には通じなかったかと思い返す。けれどもその旨は伝えたくて何とはなしに他の面々に視線を寄せると、それに気付いたディガーが代わりにその言葉を翻訳した。 人伝えの翻訳の御陰もあるが、たとえ言葉が通じなくともニュアンスは充分に他の現地の人々にも伝わったらしい。気にするなと言うように、照れ臭さも含んで其々が笑顔で返される。 「皆に伝わっているようだぞ。余も無事で何よりだと思うぞ。気にするでない」 「そうですよね! あっ、あと、お握りとかクッキーとかも持ってきたので、良かったら皆さんも後で一緒にどうぞ!」 若干ロウの急かしもあって作業に戻る現地の人々に春秋が声を掛け、それからホタルに世界図書館からの説明をする。保護と一緒に現場の手伝いをして欲しいという事を聞き、ホタルは成程と再度首肯した。 「探すついでにPちゃんを飛ばしておいたから、呼び戻せばロストレイルにまで連れて行けようぞ」 「そうか……ああ、私も手伝うよ。だって、今まで私を保護してくれてた訳だろ? じゃあ、それのお返しをしなきゃ、気が済まない」 見知らぬ世界の見知らぬ人達。言葉は通じないながらも、これといった危険に晒される事は無かった。訊く限りでは怪しげなものでも無さそうで、それくらいで済むのなら安いものだろう。チケットを持っていない為、他のトラベラー達の傍で通訳を頼む事にはなりそうだが。 そう思いながら、それに、と言葉を更に続ける。 「……偶然、転移先に人がいたから、そうも感じなかったんだけれど。私は一人になるのが怖い。救出されて、ロストレイル内で待つってのが、多分、耐えられない。車掌さんがいるのはわかってるけどさ。それでもなんだ。我が侭言って、ごめんな」 言って、閉じた瞼の裏に浮かぶのは全てを焼き払った後の世界。誰も居ない、ただ独りの中。 場所も違う。誰も居ない訳ではない。待つのは長くない時間だと分かっている。けれども、浮かび上がるのはそんな思いで。ホタルが僅かに申し訳無く頭を垂れると、面々は首を緩やかに横に振った。 「そんな事無いです! 一緒に御手伝いしましょうね」 「御送りするのは皆さん御一緒に、という事で宜しいでしょうか。少しの間ですが、御助力御願い致しますね」 春秋の言葉の後にでは、とロウが纏め代わりに再度一礼したので、トラベラー達も作業の手伝いをしようかとそこから離れる。 作業自体は発掘が終わり、その後始末のみ。トラベルギアのシャベル片手に、ディガーが遺構らしき場所を覗き込む。 「わぁ、おっきいねぇ。深いね。此処まで掘るの、楽しそう」 四方面積は小さな小屋一つ分、深さは子供の背丈くらいといった所だろうか。それなりに深さと広さのあるそこに、掘った時はどんな風だったのだろうかとディガーは思いを馳せる。 見慣れぬ砂ばかりの景色に少し気分が上がりつつ、しかし見た目は普段の服装にゴーグルと手袋を付け足して露出はほぼ無しの状態で傍目からは分かり難いどころか逆に怪しいと思われかねない所。出身柄仕方無い部分があるとはいえ、其処の人々と比べると如何しても目立つ。 「あ、怪しい者ではないですよ! ちょっと太陽光が苦手で……えーと、こっちに積み上げられている砂を戻せば良いのかな?」 砂山のようになっている場所にシャベルの先を入れると、軽い砂音がする。見たまま砂漠の砂そのものだったが重量はある為、一回ずつ丁寧に掘った場所にディガーは戻していく。 「ほんとに砂! 砂だね! 砂だけ! ……海の砂とは、ちょっと違うね。崩しやすいけど、逆に掘りにくいかも」 土とは違った砂の手応えに感想を零しながらも、作業そのものは真面目に行う。目を焼きそうな日差しではあるが、天を仰ぎさえしなければゴーグルもしている為にそこまで苦にならない。 割と良いペースで埋め直し作業をするディガーの様子を見ながらの一方で、イスタは現地の人々に教えて貰いつつ砂の上に広げられた布の上に出土品を整理するように並べていく。細々とした物も多い為、持って来た小さな掌サイズのロボットも布の上でトコトコと走り回りながら手伝いをしている。分かりやすく整理番号も並行して付けられているようで、それを覗き込んでみると世界司書がこの世界を説明する時に「中世アラビア風」と言っていたが、使われている数字も如何やらアラビア数字のように見えた。 「また、詳しく調べるのであろうか」 呟きのように問うてみれば、その通りだと答えられる。ただ掘り出して、その場で直ぐに全てが分かるという訳ではないのだろう。 出土品や記録はまた何処かに保管されるのだろうか、とその行方を追うようにイスタが周囲を見回してみると、春秋が麻に似た大きな袋を持とうとしている最中だった。 「む、運ぶのならば、使うが良い。片付け用の道具も、データがあるものならすぐに幾らでも用意出来ようぞ」 能力を使って運搬に使う一輪車を出し、その上に袋を乗せる。その一輪車の取っ手を春秋は掴んで運ぼうとしたが、予想よりも重かった事と砂地の進み辛さで思わず転びそうになった所を慌ててホタルが支えた。 「わわっ……す、すみません。地面熱いし、ちょっと火傷しちゃいそうですね。気をつけないと……」 「力仕事なら、ぼくやれるよ? 細かいのは……得意じゃないけど」 傍にある砂山にシャベルを入れては、掘った所に戻していきながらディガーが言う。砂山も埋めなければならない所もまだまだある為、延々と暫く続く訳だが怪しげな風体はともかくとして何となく楽しそうに見えなくもない。 埋めるのも割と好きだが、掘る方はもっと好き。しかしながらまぁ、それは今回御預けという所だろうか。 「うむ、手作業の方が向いているであろうな。他に細かな作業は無いだろうか」 「それなら、この袋にあるかもしれないガラス細工の欠片を探す事と……ハケでの砂取りを御願いします。怪我に気を付けて下さいね」 イスタが尋ねると、ロウが幾つかの袋を持って来る。発掘時にガラス細工の欠片が見付かったらしく、袋の中身はそれが見付かった所の周辺の砂を集めたものらしい。 「『あるかもしれない』って事は、何も無い事もあるって事だよな?」 「何だか宝探しをするみたいですね。遺跡って、興味があるんですけど、今回は直接見られないのが残念かな」 ディガーが埋め立てをしている場所も遺跡のひとつと言えばそうなるのだが、そう括るにはあまり広くない為に些かそのイメージが薄い。 袋を受け取りつつ言ったホタルの的確な突っ込みに苦笑し、春秋の言葉にロウは頷く。 「何かあるとは限りませんから。皆さんには、遺跡探索の御願いを申し上げる事もあると思います」 ナイアーラトには、多くの遺跡があるという。このようにして調査は行われているものの、危険性が高いという所もあってまだ手付かずの場所は数え切れない程残っているらしい。今回の目的はホタルの保護だったが、後々そういった遺跡の探索も世界図書館を通して頼む事があるだろうという事だった。 シート代わりの大きな布の上に、袋の砂をぶちまける。そこから砂を避けつつ、手作業で何かあるだろうかと探していく。一袋丸々砂だけ、という徒労に近い結果もあるのは、確実にある訳ではないという可能性の証明ではあるのだろう。 「む、先程何か光ったな」 「本当だ。……これか?」 陽光に反射した瞬間を見逃さずイスタが一点を指差し、ホタルがそこにあるものを摘み取る。微かに翡翠色の混じった透明なガラス片が、光を受けて眩しく煌めいた。 「この発掘は、何処の何のものだったのだ?」 「ガラス工房の跡、といった所でしょうか。年代としてはかなり新しい部類なので、時代考証やらをする必要も無いものですね」 だから、ガラス片が砂から出て来るのだろう。 どちらかといえば、文化芸術的な方向を調べるにあたって役に立つという。ディガーが埋め立てを行っているスペースは、所謂作業場跡らしかった。 「へー……地下までずっと砂なのか、表面だけなのか……気になるなぁ。遺跡も、砂地に建てるのって、結構大変だと思うんだけど……土台はどうしたんだろう。それとも、建てた頃は土だったのかな?」 「そうですよね。沢山の遺跡があるなら、それを作った人達を支えるだけの資源が必要だし、昔はこの世界も緑に溢れていたのかな? 何があって、こんな風になったんだろ。それとも、元からなのかな?」 遺跡、というよりは地質に比重を置いているような口調でディガーが埋めているその場所の地層を手袋越しになぞる。足元は説明していたように工房の跡という事で床面の石のような跡が残っていて、それを隠していた砂は確かに全て砂ではあるのだが微妙に色が異なっている。それが幾重も層になっており、下の方は土が混じっている所もあるらしかった。 埋めている所は元々石造りだったらしいものの、ディガーの言葉に春秋も頷きながら疑問を呈する。 「……そうですね。昔――それがどのくらい昔なのか、それすらもはっきりとはしていませんが、嘗てこのナイアーラトは緑に溢れ、そして同時に機械技術が非常に発達していたらしいです」 豊かな自然と、優れた機械文明が共存していたのが昔のナイアーラトの姿であるらしい。 しかし、ある時――それが何時なのかもまだ分かっていないが、何かしらが原因で今の「不毛の熱砂」と称されるような砂の大地になってしまったのだという。 いつを転機としたのか、何が原因だったのか、それは今でも分かっていない。それは遺跡の探索含めて調査中で、これから明らかになるかもしれないが今は全て砂の中。遺跡は嘗て砂の大地になる前に出来たものからそれ以降に出来たものまで幅広くある為に、一概には言えないようだった。 現代に生かされる機械的な技術はもう無いに等しく、そして、とロウは一行が来た方向を見る。 「そういえば、あそこのあの巨木は何だ?」 「周囲は砂ばかりであったが、少々気に掛かるものであるな。周辺で他に大きな街は無いようであるが」 視線につられたように、ホタルがその方向にあるものを示す。 そこには街一つを覆い被さるようにして巨大な樹が一本立っており、傍らには同じくらいの高さのある塔が見えた。 ホタルの方は転移の為にその近くを見てはいなかったが、他の三人はロストレイルから降りた直ぐ近くだった為にそれを間近で見ている。確かに、周囲は砂だらけなのに青々とした巨木が聳え立っている光景は些か不思議に思えるだろう。 この世界の文化を知るがてらに小型カメラ搭載の小鳥ロボであるPちゃんを飛ばしていたイスタも、面々がロストレイルから降りた場所よりも大きな街は近くに無さそうだと述べる。 「皆さんがロストレイルから降りた場所はナイアーラトで最も栄えているのですが、あそこに生えている木は万能の力を持つと言われています」 葉から枝、実や皮まで、まるで魔法の一種かのようにその樹はあらゆる恩恵を地に与えている。ただしあれ程の巨木や特殊な力を持つものはあの樹くらいしかまともに確認されていないようで、世界全体が裕福になっているという訳ではないらしい。 その樹に寄り添うようにして建つ塔にはこの世界の「王」が居るという事だったが、軍隊も政治も無い同然の為に形だけの認識であり、誰も姿を見た事が無いとの言だった。 「何だか見た事ないものばかりで目移りしちゃうな。こうして出土品のお手入れしているのも面白い! 昔の人がどんな生活をしていたのか考えるのも楽しいし、組み立てとかもしてみたいけど、崩しちゃいそうで恐いな……」 ふーっとハケで砂埃を取り払い、息を吹き掛けてから春秋がそう漏らす。新しい場所というものは、新しい発見があるというもの。此処以外にも、様々な見た事が無いものがあるのだろう。 「この世界の神話とか昔の話とか教えて貰えたら嬉しいんだけど……灼熱の大地でも息づくものだって、見られたら良いなぁ」 それも誰かに聞いてみようか。そう思って春秋が気合を入れるように伸びをすると、同時に視界がぐらりと揺れた。襲う眩暈に身を傾けた春秋を、今度はイスタが支える。その顔色をロウが確かめ、ホタルが如何なのかと問い掛ける。 「熱中症か?」 「……話し込むあまり、失念していました。陽が暮れてしまうとそれはそれで少々厄介なので……」 ロストレイルに戻るには、頃合なのだろう。現地の人達への礼はそこそこに、相変わらず行きも帰りもシャベルを手放さないディガーが春秋を背負って元来た道を戻っていく。 行きの時は気付かなかったが泉の下にある地下シェルターのような所に停車したロストレイルの車内席の中で、大分眩暈が治まった春秋が恥ずかしげに呟いた。 「はしゃぎ過ぎちゃった……うう、失敗した」 「水分補給は忘れずに、とは思っていたんだけどな」 大丈夫かと気遣わしげに見遣るホタルの一方で、イスタがクーラーボックスから氷を取り出してそれを差し出す。その中のアイスやら他に救急セット、水筒まである辺り用意万全である。 「一応本を読んで、用意してみたんですけどね。皆さんは平気なんですか?」 長袖と長ズボンにフードコートと日焼け止め、砂が入らないようにブーツにサングラス。水分と塩分対策に水と塩も持って来たのだが、予想と実際は中々合致しないものらしい。暑いからと頭では分かっていても、身体に及ぼす影響は想像よりも上回っていたようで。冷たい氷でクールダウンさせつつ春秋が他の面々に尋ねてみると、多少所作は違うものの応答としては同じものだった。 「すごい太陽で、雲も無かったし眩しかったねー。あ、暑さは平気」 「余は耐熱機能があるゆえ、故障をきたす事は無いであろうが……ああ、金属が剥き出しになっている部分は熱せられておるであろうゆえ、触らぬようにな」 「私も熱さはあまり苦にならなかったけどな。ははは、旧き太陽神を舐めるなよ?」 紫外線には弱くても頑丈故と、熱さに耐性のあるロボットに元太陽神。割とその辺は問題無いらしい。 それぞれが全く問題無さそうに言葉を返していると、ロストレイルの窓の外からロウがトラベラーの方に覗き込んでいる。窓の縁には、戻って来たイスタのPちゃんが大人しく羽を休めていた。 「御加減如何でしょうか? すみません、気が回らずに……」 「もう随分良くなりましたから! 私こそまだ沢山見てみたいものあったのに……」 慌てて言う春秋の様子に幾らか安心しつつ、ロウが手伝いの感謝とまだまだこの世界について言い切れなかった事ばかりだった事を謝罪する。 今回はただの発掘の後片付けの手伝いだったが、これから他の事も依頼するかもしれない。ナイアーラトに住まう者達の事や危険など、伝えられなかった部分はこれから機会を以って知る事になるだろうという事だった。 「世界図書館の方にも、まだ見ぬロストナンバーの方々にも、宜しく御願い致します」 「ん? 今気付いたが、普通に私達の事知っているみたいだよな」 一礼して告げた言葉をそのまま流しそうになったホタルが、ふと今更ながらの疑問に気付く。 現地の人々に、トラベラー達含め真理に目覚めた者は真理に関わるものについて話してはならない。その世界や人物に、思わぬ影響を与えてしまう事があるからだ。咄嗟に普段は意識しない真理数を確認してみるが、ロストナンバー達のように真理数が見えないという訳ではない。 では何故なのだろう、という思考を読んだのか、ロウは短くそれに答えた。 「前までは、皆さんと同じでしたから」 「ほう、それなら知っているのも道理であるな」 再帰属者。他の世界でも元ロストナンバーが世界図書館と世界に対する仲立ちや現ロストナンバー達の手助けをする事は珍しくないから、そういう事なのだろう。 あっさりと疑問が解けた所で、ロストレイルが発車し始める。 異世界を行き交う列車が旅立った後も、砂の地は変わらず風と共に音を立てて砂を流していくばかりだった。 了
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