「な、なんだここは……」 ボルダーは目覚めると見たこともない世界に身を横たえていた。 背の高いビルがそびえ立ち、壱番世界の住人によく似た人々に混じってアンドロイドが歩いている。 壱番世界のバイクや車に相等するであろう乗り物はほんの少しだけ浮き、スムーズに移動していた。「……」 聞こえてくる声。 路地に居たボルダーを見つけた人間達が何か喋りながら駆け寄ってきたらしい。 しかしその言葉は意味不明で、一体何を言っているのか分からない。ボルダーが警戒して睨むと、人間達はポケットから何か小さな機械を取り出した。 それを指先に摘まんだまま、スーっとボルダーに近づけてくる。「ッ! 寄るな!」 ボルダーはそれを跳ね除け、走ってその場から逃走した。 あいたたた、と弾き飛ばされた男が腰をさする。「ったく、翻訳機を忘れたようだから貸してやろうと思ったのに……なんなんだあの宇宙人は」「無闇に現地の生き物と関わるなって言われてるんじゃないか?」 同僚が助け起こしながら言うが、ならこんな街中に居るのもおかしいだろ、と返される。「しかし厄介だな、宇宙人嫌いなヤツも多いってのに、あんな目立つ格好で逃げたんじゃ……」 このマホロバで人間に混じり生活している宇宙人は政府から許可を得た者だ。 その他は未許可でこの星を調査したり、または他の目的で訪れたりしている。そういった宇宙人は時に人間に害を与えるため、恐怖心を抱いている者が多いのだ。「……仕方ねえ、通報される前に探すぞ!」 男は同僚にそう言い、大通りに戻っていった。●0世界にて 世界司書のツギメ・シュタインはいつも通りキチンと着込んだ軍服姿でロストナンバー達の前に現れた。「十二名の同志が行方不明になったのはもう知っているな?」 先日のトレインウォーの結果、十二人のロストナンバーが忽然と姿を消していた。 ツギメは頷く皆の顔を見、話を続ける。「その内の一人、ボルダーの居所が判明した。場所は――近未来巨帯都市・マホロバ」 巨帯都市? と誰かが訊く。「ああ、大都市が帯状になって存在している。この世界の人間はほとんどここに集結しているようだな。……他は科学の進歩と反比例するように環境汚染が進んでいて、住んでいる者は極少数らしい」 ツギメはこほん、と咳払いをひとつした。「だが安心してほしい、ボルダーは汚染された所には居ない」 ボルダーが飛んだ場所はマホロバの西に位置する町だった。 詳しい位置は分からないため現地に赴いて探すしかないが、断片的に分かっていることはあった。「マホロバには宇宙人と呼ばれるものが存在するらしい。ボルダーはそれに間違われ、どうやら数人の人間が彼を追っているようだ」 追っている理由までは分かってはいない。 しかし未開の地で現地民に追われるというのは好ましい状況ではなかった。「更に……彼はチケットを使って異世界へと行った訳ではない。つまり向こうの言葉も話せないし理解出来ない。姿形もはっきりと視認され、記憶に残る」 幸い人間とは異なる姿に多少なりとも慣れた世界だったが、早く助け出すに越したことはない。「皆、情報の少ない世界だが救出に向かってはくれないだろうか?」 無事に仲間を助け出したい。 ツギメは皆に説明し終えると、静かに頭を下げた。「それと――これは余裕があるならば、だが」 そう言って書類に目を落とす。「マホロバの調査も視野内に入れておいてもらえると助かる。全くの未開の世界だが、詳しく調べてみる必要がありそうだ」 ただし広いため、ボルダーを探す途中で出来ることに限られるだろう。 やるべきことは多いが、ロストナンバー達は一様に頷いた。=========<重要な連絡>「ボルダー」さんは、このシナリオに参加しなくてもノベルなどに登場します。プレイング締め切り日時までに、NPC「エミリエ・ミイ」宛のメールという形式で、600字以内のプレイングにあたるものをお送りいただけましたら、それをもってこのシナリオのプレイングとして扱います。このメールの送信がなかった場合、「救出後すぐにロストレイルに収容され、調査には参加しなかった」ことになります。エミリエ宛のメールはこのURLから!https://tsukumogami.net/rasen/player/mex?pcid=cttd4156※強制転移したロストナンバーの方は「世界図書館のチケットによって移動していない」ため、「現地の言葉を話せません」。この点のみ、ご注意下さい。=========
●初めての世界 「ここがマホロバか……高い建物が多いな」 虎部 隆が空を見上げるように首を傾けて言う。 壱番世界によく似た世界だったが、建物はどれも高く、ビルとビルの間に人が行き来するためのパイプが通っていた。 視線を元に戻してみると、立ち並ぶ様々な店の前を色んな人種の人々が歩いている。中には恐らく政府から許可を得ているのであろう宇宙人も居り、通行人の多種多様さは0世界のターミナルを彷彿とさせた。 「早くボルダーさんを見つけてあげなきゃいけないわね」 言語も分からぬ異世界に突然飛ばされ、現地民に追われるのは恐ろしいことだろう。 コレット・ネロが呟くと、それに続くようにアインスが自信があるといった顔で言った。 「ふっ、この私にかかればどんな難題もたちどころに解決にするだろう。はっきり言って、ボルダーを追いかけているという奴らの正体も私には分かっているんだ」 「えっ!?」 驚くコレットを前に、アインスは人差し指をビシッと立てて言い放つ。 「ボルダーを追っている者達の正体……それは肉屋だ!」 にくや? っと、一瞬ロストナンバー達の間に静寂が訪れた。 「……」 指を立てたまま固まっていたアインスは、その指を眉間に持っていく。 「……いや、冗談だぞ。ブラック・ジョークと言う奴だ。幾ら私でも、獣人を食糧として見た事は一度も無いぞ」 「ほ、ほんと?」 「ああ。……多分な」 幸い、付け足した言葉はオルグ・ラルヴァローグの咳払いで掻き消された。 オルグはこの中で一番「宇宙人」と判断されそうな外見をしているため、念のため黒いフードで顔を隠し、尻尾もコートの中に隠している。 ボルダーと違いチケットを使用しているため、かなり目立った行動をしない限りはバレないだろう。 「まずは地図を手に入れたいところだな、案内所とかに置いてないかねぇ?」 「エアメールを使ってボルダー氏と連絡を取ったとして、地図が無いと動きにくいですからね」 オルグの言葉に頷いたのは流芽 四郎。 彼は鹿皮製の手袋と絹製のタキシードに身を包んでいた。目立つかと危惧したが、容姿様々なこの世界ではさほど浮いてはいない。 「ちょい待ち、エアメールって使えるのか?」 隆が疑問符を浮かべて聞くと、四郎は自分の顎に手を当てて考え始めた。 エアメールを使うには顔と名前、そして世界の階層を把握している必要がある。ボルダーの名前は分かっているが、顔を知っている者は居なかった。 そしてもし送れたとしても、ボルダーはこちらの顔を知らない上に階層も知らないため返信が出来ない。 「これは地道に行くしかないようですね……」 「そうか、俺も出来るなら使いたかったんだけど仕方ないなー。じゃ、やっぱりまずは地図だ!」 案内所らしき施設を発見し、隆は意気揚々と歩き始めた。 ここはどうやら西の町の中心部のようだ。 そのため高い建物が多く、人も多いらしい。 「ふーん、中心部から離れた所はかなり普通みたいだな。見た目だけかもしれないけどさ」 案内所で渡された下敷きのような機械を眺めつつ、隆が言う。 下敷き状のそれは全体が画面になっており、写真付きで地図が表示されていた。 「あっ、双眼鏡!」 高い所ならもっと様々なものが見えるのではないか、というコレットの発案により、現在ロストナンバー達は一番近く一番高い建物の中に居る。 アインスが指差した先には、観光客用と思われる設置型の双眼鏡があった。 これで前方にあるガラス越しに町を一望することが出来る。 「無料みたいだな、使わせてもらおうぜ」 オルグがヒョイと覗いてみるが、なぜかそこに映っていたのは黒い雲だった。 「?」 ほんの少し傾けてみると、その雲は一気に見えなくなり、変わりに赤茶けた山々が見えた。 試行錯誤していると係員らしき女性が近づいてきて、双眼鏡の横にあるボタンを押す。 「どうですか?」 「おお、良い具合だ」 「誰かが倍率を弄ったままだったんですね。その横のボタンで調整出来るので、お好きな倍率でお楽しみください」 他に星を鮮明に観察することも出来ると言い残し、係員は笑顔のまま去っていった。 少し使うのに慣れが必要だが、これで細かなところまで調べることが出来そうだ。――そう思ったが、居住区の近くになるとプライバシー保護のために自動でモザイクがかかってしまうため、使い勝手は微妙である。 「おお、あの飯屋美味そうだな!」 双眼鏡を覗いていたアインスが繁盛している飯屋を見つけたらしい。 「そういえばお腹が空いたわね……」 「食文化を調べるのも調査の内でしょう、寄れるならどこか店に入ってみるのも良いかもしれませんね」 四郎の言葉にコレットが笑顔を浮かべる。 「ここの人達はどんなものを食べて暮らしているのかしら、楽しみだわ」 「店に行くならアインスの見っけた飯屋にしない? 近くに図書館みたいなのがあるんだよね」 隆が自分の見ていた双眼鏡を他の皆に譲り、説明する。 確かに近かった。情報を図書館で得てから、その整理がてら食事を摂るのも良いかもしれない。 善は急げ、一行はエレベーターに乗り込むと一階へのボタンを押した。 ●図書館にあるのは? ほんの少し浮いた車は音もさせずに角を曲がり、目的地を目指す。 隆の借りた車には彼を含めた五人が乗っていた。 「帰ったら仲間に見せてやるかな」 途中で購入した携帯電話の画面を見ながら隆が言う。そこには浮いた車の前でピースをする隆が写っていた。 こちらが未成年だと判断され、車が自動運転のものしか貸し出されなかったのは残念だが、浮いた車というのもなかなかに浪漫がある。 『あと五分で到着します』 女性の声がスピーカーから流れ、車は大通りに出た。 「わぁ、凄い……」 コレットが窓越しに見えた光景に息を呑む。 広い道路を渡った左側には大きな広場があり、そこにウエディングケーキのような形をした噴水があった。流れている水は淡く光る水色をしている。 「目を楽しませるための憩いの場ですか」 「騒ぎは起こってねぇみたいだし、ボルダーもまだ捕まってはいないみたいだな」 少しだけ重力がかかり、信号で停止していた車が再度動き出す。 「あれは何だ?」 アインスの視線の先には銀色の両腕を持った女性が歩いていた。 袖の無い服を着ているためよく見える。腕は機械で出来ているようだ。 「あ……」 もう一度よく見る前に、その姿は曲がり角の先に消えてしまった。 「到着ー!」 隆が勢い良く車から降り、背伸びをした。 図書館は専用の地図が必要なほど広かったが、すぐに一行は拍子抜けすることになる。 「本? あー、ごめんね。あれは保管だけで一般公開はしていないのよ」 係員が言うにはデータでの貸し出しが主らしい。 紙媒体の情報は貴重な資料として保管されており、貸し出すために置いてあるのではないそうだ。 マホロバでは簡単な小冊子やパンフレット、チラシ等はまだ紙を用いているようだが、書籍類はほとんどデータになっているらしい。 「あっちの機械で好きなものを選ぶと良いわ、メモリーは売店に売ってるから足りなければどうぞ。……それにしても貴方達、もしかしてあっちからの人?」 係員は天井を指差す。 宇宙から来た人? と尋ねているらしい。どうやらここの住人にとっては当たり前なことを聞いてしまったようだ。 「り、留学生なんだ。ちょっと調べ物があってさ」 隆が急いで取り繕い、さっさと記録端末……メモリーを買っていくつかの本を吸い出す。 ちなみに貸し出しには期限があり、一週間経つと自動でデータが消去されるそうだ。 あまり大量に取っても限られた時間で読みきることは出来ないだろう。なるべく多くの情報が載っていそうな本や教科書類を取り、一行は図書館を後にした。 ●異邦人 「あれっ、ここに置いといたパン知らない?」 「知らないよー。無造作に置いとくから掃除ロボに持ってかれたんじゃないの?」 えー、参ったなぁ、と頭を掻いた男性の右腕は銀色をしていた。 天気は晴れから曇りへと移行する。 湿気を帯びた空気の中、ボルダーは先ほど拝借したパンを食べ終え、思考を巡らせていた。 「……」 ここがどこかは分からない。 確かにあの時自分は戦っていて、訳の分からぬ光に包まれ、気がつくとここに居た。 何が起こったのか想像も出来なかったが、体の自由を奪われた訳ではない。武器だってある。もしあの時の戦いの続きをすることになったとしても、すぐさま反応出来る自信があった。 だからこそ彼は息を潜めている。戦わなければならない、その時のために。 (今は戦うより、あまり良くなくとも……頭を動かす時だ) ならば、まずは水の確保である。 まだ喉の渇きは覚えてはいないが、このままだとどうなるか分からない。 それが完了したら他の仲間も飛ばされて来ているのではないかという可能性を確かめるため、行動を開始する。 もし居るならば合流出来ればとても頼もしい。 「……あっちか」 ボルダーは水の匂いを頼りに、ゆっくりと路地裏を移動していった。 ●飯屋にて マホロバには体のほとんどを機械にする技術があるらしい。 「でも脳の代用品はまだ出来ていないのね」 教科書を読みながらコレットが言う。ちなみにこれはマホロバでは小学校高学年で習うものだ。 完全な機械化にはその問題が壁となっているが、そもそも大部分の機械化は費用やメンテナンス費がかかるため一部の者しか行っていない。 ただし医療的な理由で一部のみ機械化はよくあることだそうだ。 「医療的な理由、か……こうして見ると平和だが、やっぱり物騒なんだな」 そう、マホロバはややマイナスに向いた階層にあるのだ。 呟いたオルグは追加で餃子を注文し、更に読み進めていく。 この飯屋ではカウンターと個室を選ぶことが出来、一行は個室に通されていた。 食べ物はざっとメニューを見た感じ、壱番世界のものとあまり変わらない。ただしメニューには「宇宙人向けの料理は応相談」や「限定品!人工ではない自然の肉を使用!」などという見慣れない一文も載っている。 「手足を失い機械化した彼らは、それを悲観せずにファッションに取り入れる……ああなるほど、だからか!」 アインスはぱちんと手を鳴らす。 あの銀色の両腕を持っていた女性にもそういった背景があったのだろう。 宇宙人事件の問題や環境汚染の問題はかなり身近なものなのだ。 「宇宙人はやはり歓迎はされていないようですね。不法入国……入星ですか? そういう方々は特に」 四郎がここに来るまでの間に剥がしてきた張り紙を見て言う。 張り紙には宇宙人排斥派と思しきグループによる言葉がびっしりと書き連ねられていた。 このまま宇宙人のいいようにしていると星が乗っ取られる、といった大きな文字から、娘を宇宙人に殺されたという母親の体験談まで様々だ。 一方で受け入れている者も居るのか、剥がしてきたもう一枚の紙――求人のチラシには「宇宙人も歓迎!」と書いてあった。 「排斥派、共存派、あとは我関せずな中立派か……この他にも色んな考えの人間が居るんだろうな」 言って、アインスはコーヒーを啜る。 その隣で四郎は得た情報をノートに纏めていた。メモリーを持ち帰ったとしても、ちゃんとあちらでも再生されるという保障は無い。それに一週間で消えてしまう。 「ボルダーさん、ここのどこに居るのかしら……」 「ツギメが言うにはこの町で間違いないらしいが、移動くらいはするだろうしなぁ」 「そうよね……あっ。ありがとう」 コレットは運ばれてきたサンドイッチ――パンはなぜか黄色っぽく、トマトは青色をしていたが――を受け取り、店員にお礼を言う。 「オルグお兄ちゃんも食べる?」 一切れ持ってオルグに差し出すと、 「俺も!」 「私にも!」 ……と、隆とアインスが同時に手を上げた。 会計を済ませ、再び外に出たロストナンバー達は周囲を見回す。 「ボルダーの目撃証言があると良いんだがな。……ああ」 アインスは道を歩いていた女性を見つけ、無駄の無い動きで近づくと声をかけた。 「麗しきレディ、少々お尋ねしたい事があるのだが」 「わ、私のこと?」 「もちろん、他に居ないだろう? 我々の仲間が行方不明になってしまったのだ、心当たりはないだろうか」 「そうそう、顔に傷のあるいかついミノタウロスなんだ」 隆が補足すると女性はきょとんとした顔をした。 「お仲間さんは宇宙人なの?」 「えっと……いや、え、映研のSFXと映画のゲリラ撮影! それに来てたんだけどはぐれちゃってさ」 主役が居ないと困るんだよ~、と隆は困った顔を作って付け加える。 「あら、さっきそんな宇宙人を探している二人組が居たから、てっきり同じ人を探してるんだと思ったわ」 「ふたり……ぐみ?」 「ええ、牛のような宇宙人を探してるって息を切らしながら言ってたわよ」 ということは、この近くに居る可能性が高いのだ。 隆とアインスは顔を見合わせ、女性に礼を言ってからオルグ達の元へと戻る。 「なるほどな、この辺りか……」 「灯台下暗しという感じですね」 四郎は腕を組む。 「よし!ローラー作戦だ!」 そう隆が明るく冗談交じりに提案した。 「二手に分かれよう。俺とコレットはここから東回り、他の皆は西回りで行けばいいんじゃん? まあ帯状都市とかいうのだし、いつか出会うさ」 「ま、待て待て、何日かかるか分からないぞ?」 先ほどの地図を見る限り、徒歩だと数十日以上はかかる。 「でも車なら……って、乗ったまんま人探しするのは難しいか」 「こういう時こそ私の出番だな」 不敵な笑みを浮かべてそう言ったのはアインスだった。 「この辺りに居るんだろう? ならば私が周囲の人間の心中を読む。ボルダーに関係しそうな単語が引っ掛かったらそこに赴こう」 言い終えるなりアインスは周りの人間の意識内に潜りこんだ。 量が多いため、なるべく有益とは思えない情報は早めに切り捨てていく。 角の生えた宇宙人――鬼のような姿をしている――違う。 食肉加工工場の取引相手――違う。 牛――牛柄のシャツが売っていた――これも違う。 古代の文明―― 『おー、すっげーな今の宇宙人。もしかしてミノタウロスってやつのモデルか?』 ――これだ。 ボルダー本人や追っ手の心は捕まらなかったが、有力な情報だろう。 「……可能性の高いものを見つけた」 「居たか!」 「あっちだ、狭い道を通るから車は置いていくぞ!」 もちろん大通りからも行けるが、路地裏から近道をした方が早い。 五人はすぐさま走り出し、道を突っ切っていった。 ●水の香り 噴水広場にはペットの散歩に来た者、休憩に来た家族連れや老人、サッカーに似たスポーツを楽しむ若者達などが居た。 しかし曇ってきたせいか晴天だった昼間よりは人も少なく、今も帰ろうと歩き始める者が多い。 「水……なのか?」 茂みの中にその巨躯を隠したボルダーは、噴水から流れ出る水を見て呟いた。 水は淡く光っており、鮮やかな水色をしている。 とてもではないが天然の水や浄水には見えなかった。 (だがここは見た目が問題ではない……飲めるかどうかが問題だ) 周囲をザッと見て回ってみたが、目立たず動ける範囲の中に水場はここくらいしか無い。 食べ物や飲み物を扱う店は何軒も見かけたが、さすがにこのままの姿で入る訳にはいかないし、他に池も見つけたが柵で入れないようになっていた。 つまりここの水を飲み水として使えるかどうかで、今後の自分の行動が分かれるのだ。 もし飲めるのなら、夜間を狙って水を拝借し、この近辺を拠点にする。 もし飲めないのなら、他の水場を探して移動する。 後者のリスクは大きいが、このままでいて水分不足に陥るのはまずい。 (とりあえず夜か、人が居なくなるまで待つか) どしりと腰を下ろしたその時だった。 少し離れた草むらから、人間の首が生えてきた。 「……!?」 目を丸くしていると、その顔がこちらに向き、「あ」という表情を作る。 「居た! やっと見つけたぞ、目撃証言があったから隠れられそうな場所を探し始めたら……一発目で的中か!」 最初に出会った男達だった。 しかしボルダーには最初と同じく言葉が分からない。 男達は茂みから首を抜き、ボルダーに向かって歩いてくる。 ボルダーにとって、迫り来る彼らは敵でしかなかった。 ●宇宙人とマホロバ 「な、なに……!?」 突然走ってきた若者達をぶつかる寸でのところで避け、コレットが戸惑いを言葉にする。 彼らは明らかに何かから逃げていた。 向かう先、さっき車で前を通った噴水広場には何かにびっくりしたような悲鳴が響いていた。 「ついにボルダー氏が見つかってしまったのかもしれませんね……急ぎましょう」 四郎は足を早める。 先ほど見たウエディングケーキのような噴水の前まで来ると、すぐにその近くで揉み合っている人達を見つけた。 牛のような獣人。間違いない、ボルダーだ。 他にはその腰にしがみつく男と、同じく腕にしがみつきながら別の老人を宥める男。 老人はたまたまここに居合わせただけのようだが、ひどく興奮していた。 「待てって、翻訳機を渡すだけだから! 今より大きな騒ぎになったらどうするんだ!」 「そんな危険な宇宙人に味方してどうする……! 宇宙人は、わしらに不幸しかもたらさんぞ……!」 「じーさんは余計にややこしくするなって!」 ボルダーの腰にしがみついた男が叫ぶと、老人は入れ歯を飛ばしそうな勢いで言った。 「きょ、共存派は間違っとる。宇宙人はさっさと母星に帰れば良いんじゃー……!」 どうやら男二人は共存派で、老人は何か理由があって排斥派の考えを持っているらしい。 「このまま落ち着くのを待つのは難しそうだね……行くか!」 隆が走って男と老人の間に割って入り、オルグが逃げようと暴れるボルダーの前に立つ。 「お前がボルダーだな、0世界から迎えに来たぜ!」 「0世界……」 パスホルダーを見せると、ボルダーは味方が来たと理解したのか力を緩めた。 隆達は男と老人に説明を行う。 もちろんこの場を収めるための嘘の説明だ。 「いやー、見つかって良かった良かった!」 「すまんな。彼は私達の連れなんだ。察しの通り宇宙人なのだが、まだこの町に馴染んでいなくてな」 「連れじゃと……? あんたらも宇宙人か!」 男達は落ち着いたようだが、老人はまだ興奮していた。 「いえ、彼は自分が呼んだ異星人です。大事な用があったのですが、合流する前に居場所が分からなくなってしまいまして」 四郎は老人の肩に手をのせ、少しボルダー達から離した。 「彼はこちらに着たばかりで分からないところが多いために、ご迷惑をおかけしました」 「あ……謝っても何も解決せん! 宇宙人が絡むといつもこうじゃ……! だからわしは……ぐ、ごほっごほっ」 声を荒らげすぎたのだろうか、老人は途中から咳をし言葉を発せなくなった。 「おじいちゃん!」 そこへ走ってきた若い女性が老人の背をさする。 そしてボルダー達に頭を下げた。 「すみません、うちの祖父がご迷惑を……。ほらおじいちゃん、帰りましょう」 「ええい、待たんか! ひっ捕まえて警察に連れて行ってもらうまでは……っ」 しかしまた咳き込んでしまい、睨むことしか出来なくなる。 仕方なく老人は女性に連れられ、広場から去っていった。その去り際、女性は小さな声で近くに居た四郎に伝える。 「ごめんなさい、祖母が宇宙人の起こした事件に巻き込まれて死んでいるの……。通報した人が居るかもしれないから、早く離れた方が良いわ」 「……わかりました」 宇宙人とマホロバの人々との心の壁。 その厚さは人それぞれのようだった。 「二人ともありがとう。彼は私の友達なの。ところで……どうして追いかけていたの?」 コレットはハンカチで男達の顔の汚れを拭いてやりながら訊ねる。 その後、こっそりと彼用のチケットをボルダーに手渡した。 「あー、普通は翻訳機を付けてるもんなんだよ、宇宙人っていうのはな」 男は頭を掻きながら答える。 「でもコイツはそれを付けていなかった。たまに観光目的や事故でここに訪れた宇宙人が、言葉が通じずに困ってることがあったんだよ」 「今回もそうだと思って、わざわざ……?」 見ず知らずの者にそこまでするものなのだろうか。 そう思っていると、もう一人の男がにやついた顔をした。 「嫁さんが宇宙人なんだよ、そいつ」 「ええっ!?」 「ま、待て、言わなくて良いだろそんなこと!」 照れながらも男は咳払いをする。 「き、凶悪な宇宙人も多いけどな、言葉が通じないせいで悪い奴だって決め付けられて裁かれる宇宙人も多いんだよ」 過激な排斥派の人間に捕まれば何をされるか分からない。 宇宙人である嫁にそう聞かされ、男はそれ以来困っている宇宙人を放っておけなくなったのだという。 「それよりも! 連れなんだったらちゃんと翻訳機くらい渡しておけよな」 「あっ、ごめんなさい。渡す前にはぐれちゃって」 「……すまなかったな」 ボルダーがぽつりとそう言う。 チケットを持った彼の言葉は既に男達にも伝わるようになっていた。 初めてボルダーの声を聞き、男はすぐに笑顔になる。 「なんだなんだ、話せるようになったのか!」 「さっきチケ……翻訳機を貰った。手間を取らせたな」 そこへ遠くから近づいてくるサイレンの音が聞こえてきた。 男は大通りを振り返ってから、ばんっとボルダーの背中を叩く。 「いいんだ、もう付け忘れたりするなよ? あと早く逃げろ、ここは俺らが適当に取り繕うから」 「よしボルダー、あっちに車があるんだ。これ被って来なよ!」 隆は被れそうな布を取り出し、ボルダーに手渡してから走り出す。 去り際、コレットが振り返ると噴水の水は水色から淡い赤に変わっていた。その隣で手を振る男達に会釈し、六人は足を早めて進んでゆく。 体の一部が機械な人々。 排斥派、共存派、中立派。 町を歩く市民としての宇宙人。 人に危害を加える宇宙人。 得られた情報はまだまだ少ないが、この世界へ再度来ることになるのもそう遠くないことだろう。 ロストナンバー達はボルダーを連れ、そして得た情報を持ち、ロストレイルに乗って帰路についたのだった。
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