「大砲を担いだワニガメに乗って、その大砲を撃ってみたいとは思わんか?」 いや、その構図もどうなのか。大砲を担ぐ事が出来るほどの巨大なワニガメに跨る姿が、とてもかっこいいとは思えなかったが、世界司書アドルフ・ヴェルナーはキラキラと子供みたいな目をしてそう切り出した。但し、子供というには随分濁った目をしている。 それはさておき彼の物言いから察するに今回の任務ではそれが出来るとでもいうのだろうか。 自分が行って、是が非にもやりたいオーラ全開で延々熱く語られる、彼のどうでもいい大砲ぶっ放し計画を間引いて要約するとこういう事だった。 ブルーインブルーには、かつてこの世界を支配した文明の残滓がそこここに残っている。その一つがトマトマ海域の小島で見つかったらしい。とはいえ今回はその古代文明遺跡の発掘・調査が目的ではない。 何と言ってもメインは大砲を担いだワニガメなのだ。 つまりは、発掘・調査を行う学者を護衛し、海魔に狙われる予定のその学者を守れという事だった。 どうやらその海魔が、先ほどからヴェルナーが無駄に熱く語っている『大砲をぶっ放すワニガメ』らしい。 とすると、ワニガメは撃退・討伐の対象であって、ワニガメに乗って大砲をぶっ放すというのは無理ではないのか。 いや、それ以前に。 ――それ、本当に海魔なのか? だが、そんな疑問には全く頓着なくヴェルナーは続けた。「なぁに、案ずる事はない」 そう言って相変わらずの自信満々っぷりで何やら怪しげなものを取り出した。「カメノコンじゃ!」 テーブルに置かれた、それ。まるでタワシのような、それ。胡散臭いにもほどがある。「壱番世界にある手榴弾を真似て作った麻酔弾じゃ。ここの安全ピンをはずして投げ込むと、5秒後に爆風がいくつもの神経針を飛散させ相手を眠らせる仕組みなんじゃ」 手榴弾というよりも、やっぱりタワシにしか見えないカメノコン。恐らくは一度も試したことがないだろう代物だ。 大砲をぶっ放し口からは火を噴き、更に人を踏み潰すワニガメ海魔に、これで対抗しろというのだろうか。 だが、何ともお気楽な調子でヴェルナーは付け加えたのだった。「おお、そうじゃった、そうじゃった。なんでもそのワニガメ、全身、鉄で覆われとるらしいぞ」 ――何故それを先に言わない? 果たして麻酔針は刺さるのだろうか。 *** ジャンクヘヴンを出立した船は、クルーと学者とロストナンバーたちを乗せ、やがてトマトマ海域の大海原にポツンと浮かぶ小島にたどり着いた。 歩いて一周出来るほどの小さな島には緑が全く見えず、鳥などの姿もない。砂色の不毛地帯にうっすらと隆起した何かが見える程度だ。地殻変動でひょっこり飛び出した島だろうか。古代遺跡は地面に埋もれているのかもしれない。 ――と。 船を島の入り江へと近づけた刹那、その行く手を阻むように突如それが姿を現した。「わぁ!! 海魔が出たぁ!!」「鉄の怪物だあ!」 逃げ惑う乗組員たちに、ロストナンバー一同は目を見開く。 確かに大砲を担いだワニガメだ。 だが、それは鉄の鎧を着た海魔というよりも、明らかに鉄で出来た人工物に見えたのだった。
中天からこれでもかと暑い日差しを投げてくる陽光を遮るように青い海と白い砂浜に大きな影を落として、蒼き翼を掲げたブルードラゴンが咆哮をあげた。 羽ばたきは大気を震わせ水面にいくつも大きな波紋を描き、小さな島をも震動させる勢いだ。 それに対峙する機械海魔――ワニガメの甲羅がメタリックに太陽の光を乱反射させ、両足でしっかと地面を掴むと、ブルードラゴンを迎え撃つように、その雄雄しき頭を掲げ伸ばす。咆哮の変わりにあがるのは擦れあう金属音。搭載されたガトリング砲の照準がブルードラゴンへと合わされたのだ。 睨みあう両者。 その姿はまるで海の覇王と空の覇王が最後の覇権を争うかのようであったかもしれない。 ブルードラゴンがワニガメに向かって突進したのと、ワニガメの秒間20発という6つの銃口が火を噴いたのはどちらが先だったか。 炸裂する弾丸に爆煙があがり両者を煙が飲み込んだ。 その爆煙を遠目に船上で相沢優は舌を出していた。 「いきなりここでたわしか……」 太助が半ば呆気にとられたように呟く。 「すみません、つい」 優は視線をさまよわせた。 事の起こりは少し前に遡る――。 》》》 1基どころではない大量の武器を背負った機械海魔が突如出現した。それも今正に近づきかんとしていた小島の砂浜に海から乗り上げるようにして。 距離にして200mほどだったろうか。 「大砲を担いだ……亀?」 太助は首を傾げた。確かに甲羅があってそこから頭と両手両足と尻尾が出ている。だが、聞いてはいたが目の当たりにすると自分の想像からは少しはずれているような気がした。 とりあえず体長――尻尾を合わせて目算で20mくらいと感じた。但しそこに根拠はない。この距離ではっきり見てとれるのだから実際にはもっと大きいのかもしれなかった。或いは実はもう少し小さいか。小島に木の1本でも立っていればそれと比較することも出来ただろうが。 「アレをはじめにワニガメと言ったやつはなかなかえらい」 マントで身体を覆ったベヘル・ボッラが目深に被ったフードの下で無表情に呟いた。 メタリックカラーの海魔はヴェルナーが語った通りワニガメの形をしている。内心で生け捕りに出来ないかななどと考えてみた。鉄で出来ている事には敢えて触れない感じだ。 「これ絶対海魔じゃないだろ!」 海魔が出た! 護衛なら何とかしろ! と騒ぎたてる学者やクルーたちの声を背に優が突っ込んだ。 傍らのベアトリス・アーベラインも全くだと言わんばかりに頷いた。 「もしかして古代文明の遺産ってやつかしら」 錆びないのだろうかと余計な心配をしてみる。何と言っても海の中から現れたのだ。鉄は純水よりも塩水の方が酸化しやすい。 「あの島を守ってるようにも見えるね」 ベヘルに言われ、ベアトリスはなるほどそういう見方も出来るのか、と関心した。古代文明の遺産ならそういう事もあるかもしれない。という事は、あの小島にはとんでもない遺跡が眠っているという事かもしれない。 「でも鋼鉄の亀って、あからさまに、人為的臭いんだけど……」 レナ・フォルトゥスは溜息混じりに呟いた。つい最近、どこかで似たような竜と戦ったような気がする。レナは嫌な事を思い出して視線をさ迷わせた。自分は魔女っ娘ではなく魔道士よ、と誰にともなく呟き内心でげんなり失意体前屈して、視線をワニガメへと戻した。 過去の文明の遺物だというなら人の手によるものであったとしても、人為的と呼ぶには違和感があるだろうか。 「あれじゃ、まるきり人が乗るロボだな」 太助が言った。確かに機械海魔は見るからにメカメカしい。0世界で見たマンガに出てくるそれだ。 「やっぱりか!」 某メカ怪獣なんてものを想像していた優はどうやらそんなことを考えているのが自分だけではなかったと知れて胸を撫で下ろす。 それにメテオ・ミーティアが頷いた。 「確か司書は『大砲を撃ってみたい』と言ってたわね。ならば、その正体は誰か人が乗って動かしている人工物……という可能性はあると思う」 「!?」 「そうだね。このワニガメモドキは実は頭で、島が本体。ピンチになると島が変形して立ち上がるってわけか」 小さな子供が目をキラキラ輝かせ――というには程遠く抑揚のない口調と真顔で話すベヘルに5人が一瞬固まった。 「…………」 ――それは、さすがにないない。 誰もが内心で突っ込む。 それはさておき。 万一船を壊されてはワニガメを倒したとしてもジャンクヘヴンに戻れなくなってしまうだろう。一同はとりあえず慌てふためくクルーたちを宥めて船をその場に止めさせた。不用意に近づくのも危険だが、背中を見せるのも危険だ。 この時点ではまだ、クルーたちもそれなりに正気を保っていた。 「ここは僕に任せて」 メテオが島に向かって飛び立つ。偵察に向かったのだ。ワニガメの持つ大砲の射程や射角を見極め、それによって船の退避先を決めるためだ。わかった情報は逐次トラベラーズノートで仲間に知らせる。 それを受け取り優がクルーたちに退避を頼んだ。 ワニガメからメテオへの砲撃が始まると同時に、ベアトリスがトラベルギアの装甲列車を召喚。それを足場にレナと共に島への上陸をはかった。 メテオは高速飛行でワニガメを翻弄しながら船の退避を待つ。 その船上では――。 「俺たちは退避が完了するまで船を守るぞ」 船に残った太助の言に優とベヘルが頷いた。クルーたちが島から、或いはワニガメから遠ざかるべく船を旋回させる。 その直後だったろうか。上陸していたレナがブルードラゴンを召還したのは。 船のクルーたちは“新たな海魔出現”に浮き足だった。彼らにとって異形のものは全て海魔なのかもしれない。 半ばパニック状態の彼らに、ブルードラゴンは味方だ、なんて言葉は届かなかった。 猛スピードで逃げようとするクルーたち。しかし、その行く手を阻んだのは、仲間を置いていくわけにはいかないベヘルたち――ではなかった。 「また、海魔が現れたぁ!」 クルーの悲鳴に船の後尾から島の様子を見ていた優たちが船首へ駆ける。 そして言葉を失った。 やっとの思いで優が声をあげる。 「一匹だけじゃなかったのか……」 「島の頭部じゃなかったってことだね、残念」 「まだ、そんな事考えてたんだ……」 とにもかくにも、どうやらワニガメはもう1体いたらしい。これで船内は完全にパニックに陥った。 「もうおしまいだ!」 と喚き散らしながら甲板を右往左往するだけのクルーたちに、それを鎮めようとベヘルがギアを展開する。だがそれよりわずか早く、優が無造作にピンを抜いてカメノコンを甲板に投げていた。 ――というわけだ。 《《《 「たわしってこの為だったんだ」 麻酔で眠らされ静かになったクルーたちを見下ろしながらベヘルが言った。 「違うと思うけどな」 優が苦笑を滲ませる。不可抗力みたいなものだ。ちなみにカメノコンを投げた直後、優が自らのギアで3人に防御壁を放ったので、彼らだけは眠らずに済んだのである。 「それより、こいつは俺たちで何とかするしかないな」 太助がワニガメを振り返った。 「ああ」 優とベヘルも頷いて、迫りくるワニガメに身構えたのだった。 *** レナのブルードラゴンは囮だった。 体の大きいブルードラゴンはワニガメにとっては格好の的になったことだろう。ガトリング砲の銃撃をブルードラゴンのアクアブレスが粉砕する。 撒き上がる爆煙に紛れて装甲列車を足場に跳躍していたベアトリスが船で調達したナイフを魔弾として放った。ナイフはそのワニガメの頭頂部表面に当たってグニャリと潰れ、そこに小さな凹みを作っただけで落ちる。 爆煙を切るように突撃していたメテオの常人を遙かに上回る目がそれを見止めて不審に歪んだ。 だが、考えている暇はない。 間髪入れずワニガメがそのあぎとを開いて火炎放射を放ったのだ。それをベアトリスの装甲列車が盾となって受け止める。 空から滑空するように突っ込んだメテオが熱線銃を放った。 「!?」 ワニガメの火炎放射が終わった瞬間を狙ってベアトリスがカメノコンを魔弾として投擲。 やはりというべきか、ワニガメは麻酔針を意に介した風もなくガトリング砲の照準をブルードラゴンに合わせた。内部まで鉄で出来ているという事か、麻酔は効かないという事か。いずれにしても生体部位はなしと判断。それはとどのつまり完全な機械であるという結論。 だが。 メテオはワニガメから距離を取るように上空へ退いた。ワニガメのガトリング砲とは別にもう一つある主砲がこちらを向く事はない。 射程はもう少し長いのか。ワニガメがそれを使ってこないのは、ベアトリスがこの状況で列車砲を使えないのと似たような理由だろう。至近では不発になるという砲弾の構造は、放った当人が爆撃を被らないように設計されている。 だが問題はそこではない。熱線銃が効かなかった。 そもそもただの鉄製なら、ベアトリスが心配したように錆びるだろう。当然、そうならないようなコーティングが施されている。しかしベアトリスがナイフを撃ちこんでもそれらしいコーティングは剥げもしなかった。凹んでも傷付かない。どういう技術がそこに使われているのか。 しかもそれだけではない。最初にブルードラゴンの突進を受け止めてみせたのは何だった?――メテオは息を呑む。 ブルーインブルーと名付けられたこの世界に、ガトリング砲や戦車砲を有し、更に水陸両用で動く機体を作るだけの科学力が存在する。あまつさえ、2重の偏向シールドまで持つなどと。 「まさかカンダータの連中?」 だが、そう言い切るにはどうにも腑に落ちない。どこかチグハグとしたものを感じるのだ。 「それとも新たな敵対勢力か?」 もちろん、これが滅んだ文明の過去の遺物で、実はただこの場所を守ろうとしている……そんな可能性もまだ消えたわけではない。だが、メテオの思考は結局一つところに向かった。 この大きさでこれだけの動きなのだ。遠隔操作などではない。人が操縦するメカ。 メテオは特殊焼夷弾――ハイパーナパームを握る手を開いた。人が乗っている可能性がある。ナパームの威力はその火力だけではない。周囲の大量の酸素を奪って加熱するのだ。熱が届かぬ距離でも人を窒息死させられる。 だが人がいる、それを意識した攻撃ではあの2重の偏向シールドを破る事は出来ないだろう。 今更その覚悟がないわけでもない。ただ――。 そんな思考を遮るように遠く離れた彼女の声が、メテオの特殊な耳にまで届いた。 レナが呼んでいる。 *** 優がトラベルギアを握り締める。 前方1時の方向半海里(900m足らず)離れていたはずのワニガメも気付けばその距離を500mほどに縮めていた。身体が大きいワニガメなら死角も多いだろうと考えていたが、それ以前にこの状況では死角に移動することもままならない。船を動かせる人間はたった今自分でお休みさせたところである。 ごつごつと凹凸だらけの甲羅の中央に積まれた大砲が船に向けられている。間もなく射程圏内。 だが。 「大丈夫」 ベヘルの声が言った。 先ほどのボケ倒しと全く変わらない口調に、若干不安を感じつつ太助がツバメへ変化し船を飛び立つ。とりあえず鳥なら砲撃される事もないだろう。 そうして太助はワニガメに近づくと、まずは観察してみた。先刻メテオがメールで情報を送ってくれた通り、甲羅には戦車砲のような主砲があり、左右にガトリング砲を搭載している。今、船を狙っているのは主砲だ。見た目は確かにワニガメのようだがこれではまるで潜水可能な水陸両用戦車である。そして今は海面を優雅に泳いでいた。 太助は着亀出来そうな場所を探す。 一方、船上では。 ワニガメを見据えトラベルギアの柄を握っていた優が傍らを振り返った。 「タイム」 声をかけるとフォックスフォームのセクタン――タイムが彼の肩に乗る。 同時にワニガメの大砲が火を噴いた。 放たれた砲弾が船に届く前に爆発して散る。ベヘルのギアが作り出す振動波によって破壊されたのだ。 爆煙を切って船に突っ込んでくるワニガメに優の剣が鞘走った。距離が100mを切ったところで蛇腹状の首を伸ばしてワニガメがその口を開く。そこから吐き出される火炎を優のギアが作り出す防御壁が受け止めた。 ワニガメの火炎放射が止んだところでタイムが火炎弾を飛ばす。 その半分がワニガメの鋼鉄の頭部を叩き、半分は何かによって遮られた。 *** 「人が乗ってるかもしれないなら、私に考えがある」 ここは魔法の出番でしょ、とばかりにレナが言った。 それにメテオとベアトリスは異を唱える理由がない。 破壊するだけならメテオの戦闘力でもベアトリスの攻撃力でもさほど難しくはなかった。 要するにそれは加減と選択の問題である。 もし人が乗っているのなら生け捕って情報を得た方がいいに決まっているのだ。 その為の方法があるならそちらを優先して採用する。 「ワニガメの装甲に直接魔方陣を描いて装甲を溶かしてやるわ」 レナの提案にメテオは考えるようにワニガメを振り返った。 「直接……描く」 それにはワニガメを包む偏向シールドを突き破る必要がある。 いや、ベアトリスの魔弾はワニガメに当たった。 「ワニガメが攻撃している時なら、シールドも途切れるわね」 メテオの言に2人が頷く。 「もう一度ブルードラゴンを囮に使う」 「わかった。防御は任せて」 ベアトリスが請け負うのにメテオが笑みで応える。 「私がレナさんを運ぶわ」 3人は顔を見合わせ互いに目で確認しあうと一呼吸置いて誰からともなく駆け出した。ミッション開始。 メテオがワニガメの鼻先を掠めるように飛ぶ=挑発。相手が視認出来るスピードを維持しながら飛び退くと入れ替わるようにブルードラゴンが影を落とす。 ブルードラゴンの飛翔にワニガメのガトリング砲が牙を剥いた。ドラゴンの背後からベアトリスが装甲列車で弾幕を放つ。 ワニガメとブルードラゴン、或いはワニガメとベアトリスの間に煙が撒き上がり視界を覆った。 しかしメテオにははっきり見えている。 地上にいたレナを高速飛行で迎えに行くと、生身の人間が耐えうるぎりぎりの風圧でワニガメへ飛んだ。 ブルードラゴンの咆哮と突進に、ワニガメがそのあぎとを開く。 火炎放射が飛び出すコンマ以下の瞬間を狙って、メテオとレナはワニガメの甲羅へ滑り込み着亀に成功。 間髪いれず、瞬時に描かれ、或いは現出した魔方陣にレナの詠唱が続く。 「天上天下、高熱を司る異界の精霊パヰオニカ、我との契約により、魔法発動を許可願う。アファリエヌ・アボカンドロス。儀式魔法発動・ヒー……ッ!!」 レナの詠唱が途切れた。 刹那、全く予知しない方角から飛来した一発の大砲がワニガメを揺るがしたのだ。 地響きに傾くワニガメにレナがもんどりうつ。メテオは、いやベアトリスも驚いたようにそちらを振り返った。 距離にして500mくらいだろうか。それでもメテオにはその影がはっきり見てとれる。 ――もう1体いたのか!? ベアトリスが魔弾を構えた時には、レナを助け起こしたメテオが、もう1体のワニガメに肉薄していた。 *** レナがワニガメの甲羅の上で詠唱を始める少し前。 ベヘルはトラベルギアを展開しエコーロケーションの要領でワニガメを分析していた。 鉄を浮かべるにはそれなりの浮力が必要だ。やはり中にはそれなりの広さの空間がある。そして、恐らくは人も。 太助がワニガメの後方、その死角から甲羅へ降り立った。 ツバメの変化を解く。 大砲は自分自身には撃てない。他に仲間がいたとしても味方には撃てまい。思う存分調査が出来るというものだ。それでも万一の時はイルカに変化して海の中に逃げ込めばいい、とお気楽な調子でぽこぽこと甲羅やガトリング砲を叩いてみた。 音の違いを聞き分けようとしているとベヘルが何かに気付いたように舳先を蹴って跳んだ。 彼女の跳躍力ではワニガメまで届かない――と、彼女のギアが途中で彼女を支えた。ギアを足場にベヘルはワニガメの甲羅へ転がりこむ。 それに気付いたワニガメが頭を後ろへ向け自らの尻尾を鞭のようにしならせながらベヘルを捕らえようとした。 ついでに太助の存在にも気付いたか。ワニガメと目が合ったような気がして、太助は万一の時かとばかりに海へ飛び込む準備にかかる。 だが。 「タイム!」 優の声にタイムが火炎弾を撃ちこむ。ワニガメは優の攻撃に再び頭を船上の優へと戻すと、その大きな口を開いた。 「来い!」 ワニガメが三度火炎放射を放つ。 優の防御壁がそれを防いだ。 同時にベヘルは尻尾の攻撃が止んで転がるようにそこに辿り着いていた。 「ここ」 その場所を指す。 海に飛び込まずに済んで太助がその辺りを撫でると突起のようなものが彼の指に触れた。押すと跳ね上がり取っ手が飛び出す。ベヘルと太助は顔を見合わせた。 取っ手を回してゆっくり引っ張りあげるとマンホールくらいの大きさの円がうっすら口を開く。 太助とベヘルは互いに頷いた。 ベヘルがポケットから無造作にカメノコンを取り出しピンを抜く。 太助は取っ手を引いてカメノコンが入るくらいの隙間を作った。ベヘルがカメノコンを投下すると同時に蓋を閉める。 それから5秒数えて太助は蓋を開いた。 それは丁度、火炎放射が止みワニガメの攻撃も動きも完全に止まったのを見て優がワニガメの頭に飛び乗ったところだった。 ベヘルが中を覗く。 「みんな寝てる」 「もしかして乗れるのか!?」 優がタイムを連れてこちらに駆けてきた。 「ああ、やっぱりロボットだったんだな」 興味津々にベヘル、太助、優の順で中へと進入した。 外観の巨体に比べて中は乗用車より狭い。巨体の大半は動力とそれから浮きで占められているのだろう。 中には2人の男が麻酔で眠り倒れている。起き出して暴れられても困るのでベヘルがロープで縛りあげた。 太助と優はちゃっかり操縦席に座っている。だが、座席が2つしかない事と、それからもう一つ理由があって、1つをレディーファーストとベヘルに譲り、太助は優の膝の上に座った。 太助が操縦棹を握ると、優は太助の最もモフり具合が心地よいお腹を抱え、太助の足が届かないペダルに足を置く。 助手席で計器やカメラの動きをチェックしていたベヘルがサムズアップした。 「よし!」 太助が操縦棹を動かし、優がアクセルペダルっぽいそれを踏み込むと、ワニガメはゆっくり動き出した。 「やった!」 「すごいな。ちょっとワクワクしてきた」 人型ではなくとも機動ユニットは男のロマンである。高揚感が優や太助を包み込んだ。 無表情でわかりにくいがベヘルも面白そうだと思っていた。 このまま仲間たちの応援に向かうぞとやる気満々だ。更に、ワニガメを1体制圧した事をトラベラーズノートで知らせると事など、有頂天になっている3人は全く考えなかったかっこよく助けに行くぜ、ってなもんだ。 但し、当たり前のことだが現時点で彼らは操縦方法など全くわかってはいなかったのである。 それについて太助は帰りの列車でベアトリスに聞かれてこう答えた。 「まぁ、やせいのかんってやつだ。気にすんな」 そんなこんなで紆余曲折を経て。 「これかな?」 「これじゃないか?」 「こっちだと思うな」 太助と優とベヘルは、そこら辺にあるレバーやスイッチを弄りまくりながら、とうとう島にいるワニガメに向けて大砲を放つ事に成功した。 「やったぁ! やったぁ! やったぁ!」 両手を挙げて3人は万歳三唱した。当然、ワニガメの上にレナやメテオが乗っていたことのなど、全く気付いた風もない。 だが直後、モニタに高速で迫るメテオの姿が映し出された。 「うわぁぁぁ!!」 慌てて優と太助が立ち上がりワニガメの中から飛び出す。 「え?」 攻撃に出る瞬間、ワニガメの甲羅の後方部が開いて中から出てきた顔ぶれにベアトリスは慌てて魔弾を放つ手を緩め、メテオもハイパーナパームを引っ込めた。 「俺たちだ!!」 優と太助が両手を振っている。 「どういう事?」 思わず呟いていたが、その答えは一つしか考えられない。 「どいてどいて」 太助の言葉にメテオはその意図を察して、ワニガメの甲羅に乗ったままのレナの元へ戻ると彼女を抱き上げ飛び退いた。 カメラ映像を見ながらベヘルが照準を合わせる。赤い十字がそこにロックオンさせた。 「発射!」 呟いてベヘルはボタンを押した。先ほどは出鱈目に押し捲ってとりあえず成功した感じだったが今回はバッチリのはずだ。 ベヘルの動かすワニガメの主砲が火を噴く。 しかしワニガメには2重シールドがあるのだ。恐らくワニガメの主砲では効くまい。メテオはハイパーナパームを握りしめた。既に1体こちらが握っているのならば既に捕虜も抑えてあるだろう。万一の時はこちらは最悪破壊してしまっても構わない。 だが爆煙があがり、程なくして晴れたその光景に、メテオは、いやベアトリスもレナも思わず噴出していた。 「ぷっ……なるほどね」 ワニガメを狙えば確かに効かなかったかもしれない。 しかし。 果たしてそれは偶然の産物だったのか、それとも狙ってそうしたものなのか。 抉れた地面にワニガメが裏返っていた。 海中だったならそれでも何とかなったかもしれないが、地上であった事が災いしたようだ。間抜けなその姿に思わず笑ってしまう。 メテオとレナとベアトリスは、丁度優と太助が顔を出しているのと同じ辺りを調べた。程なく搭乗口が見つかる。 これほどの科学力を有していながら、自動ではなく手動で開くそれに、メテオはやはり首を傾げつつ、麻酔銃を手に油断なく突入した。 中では横転したワニガメに目を回したらしい男が2人伸びている。 「ふぅ~」 メテオは麻酔銃をしまった。 天井からはえた逆さの座席と足元にまで並ぶいろいろな計器にレナを物珍しげに見渡した。 「本当にすごいわね」 ベアトリスは何だか自分の出身世界を思い出して懐かしく感じる。 「まさか、乗れちゃうなんてね」 とはいえ海の中を潜水し2重の偏向シールドを張り、大砲を担ぐ機械海魔を作る技術力は、壱番世界の科学力を凌ぐだろうか。それは、しかしブルーインブルーという世界に対するイメージとのギャップがあまりに大きすぎる。 彼らを尋問すれば何かわかるのだろうか。 「取り敢えず、任務完了?」 レナが尋ねた。 「ベヘルの話だと周囲1km以内にこれ以上ワニガメはいないみたい」 ベアトリスがトラベラーズノートを開きながら言った。 「そう」 レナがホッと安堵の息を吐く。 「ただ――」 ベアトリスが続けた。 「ただ?」 メテオが訝しげに眉を顰める。 「まだ――ある」 「何が……って、キャァ!?」 強い振動にレナがよろめいた。なんとか壁に手をつき踏ん張ったが、ベアトリスはトラベラーズノートを落として倒れかけた。メテオがそっと抱きとめる。 「地震?」 レナがワニガメの搭乗口から顔を出し外を見回した。 島が強く震動しているようだ。 この島はつい最近地殻変動で出来たばかりと聞いていた。それは草などが全く生えていないことからも想像出来る。そのため、この島の調査は今回が初めてであり、遺跡どころか島自体何があるのか全くわかっていないのだという。 まだ地殻変動が続いている、という事だろうか。 とにかく島から一度退避した方が良さそうである。 「とりあえず、これで船まで移動しましょうか」 そうしてメテオは2人と共に外へ出ると、ワニガメをひっくり返して元に戻した。 再び中へ入る。 だがメテオは操縦席に座りかけて、オペレーションコンソールに赤いランプが灯っているのにハッとした。 ――まさか!? いつの間に。 「逃げるわよ」 「え?」 メテオがまるで物でも扱うようにそこに伸びていた男の腰紐を掴みあげると、自分の腰に結びつけて、両手にレナとベアトリスを抱きかかえた。 「ちょっ……どういう事!?」 レナが面食らう。 「あ、待って。まだメールがきてる」 ベアトリスがトラベラーズノートを確認しようとしたが、メテオをそれを制した。 「内容は大体想像がつく。間もなく自爆する」 口早に言って床を蹴る。 「えぇぇぇぇ!?」 画面では5という数字がカウントダウンを始めていた。それが5秒なのか、5分なのか、はたまた全く別の単位なのか。 メテオがワニガメを飛び立つと、近くまで船が来ていた。どうやら太助たちもワニガメを乗り捨て船に戻っていたらしい。彼らのワニガメも自爆がONになったのか。 再び大きく島が揺れ、同時に津波があがる。今にも船を飲み込みそうな大きな波をベヘルのギアが吹き飛ばしていた。 メテオは船の甲板に降り立つ。 「どういうこと?」 尋ねるレナにメテオはさて、とばかりに肩を竦めて島を振り返った。 船は島から遠ざかるべく走りだす。 遠ざかる島でワニガメが海に向かって動きだすのが見えた。 「自爆はブラフだったようね」 やられた。遠隔操作で自爆を偽装し、自分たちを遠ざけ回収したという事だろう。確かにあれだけの性能を持つ機体だ。爆破してしまうには惜しいに違いない。近くにはまだ別の仲間がいたという事か。ベヘルからのメールを思い出す。ワニガメはもういない。だが、まだある。その続きがそれだったのだろう。 そして、それはそれよりもっとプライオリティの高い情報によって後回しにされた――とは後で気付いたことである。 「ちょっ……あれ!」 ベアトリスが指差した。 島の中央部辺りがまるで火山のように火を噴いたのだ。 その直後。島が火柱をあげた。 呆気に取られたように5人は島を見つめていた。 ふと思い出したようにベアトリスがトラベラーズノートのメールを確認するとベヘルからのメールには『島が爆発する』と書かれていた。 恐らくメテオの耳もその音を聞いてはいたのだろう、だが、その音を意識野に上らせるかはまた別の話だったという事だ。全ての音を拾うことに集中していたベヘルとは違う。さすがは音の専門家。 ベヘルのサムズアップにメテオは笑みを返した。 遠ざかる島が沈みゆく。 ただそれが、地殻変動などではなく人為的なものえあったと知れるのは、ジャンクヘヴンに戻って、捕らえた連中を尋問した後の事だった。 *** ワニガメに乗っていた4人は船倉に放り込み、ジャンクヘヴンに戻ったら海軍に身柄を引き渡すとして――。 「襲われる心当たりはありませんか?」 島を調査予定だった学者に優が尋ねると、学者は何か思い当たったように口を開いた。 「ここに調査に来る少し前、ジェローム団の誘いを断った。それかもしれない」 「ジェローム団?」 頷いて学者はジェローム海賊団について知ってる事を、噂の部分もあるかもしれないがと注釈付きで話始めた。 ジェローム団とは“鉄の皇帝”とあだ名されるジェローム率いる海賊団の事で、船ではなく移動可能な海上都市を拠点に持つ、恐らくはブルーインブルー最大勢力の海賊団なのだという。 「移動可能な海上都市だって?」 太助が大きな目を更に大きくして言った。学者はああ、あくまで噂で本当にそんなものが作れるかは自分も疑っているのだが、と答えた。 しかし確かに、あの機械海魔を見たら、それくらいの物を作っていそうだと思える。 あのワニガメを限りなく巨大化するか繋げるかすればあの甲羅の上に都市ぐらい作れそうな気がしたからである。 「海上都市もピンチの時には変形して立ち上がるのかな」 ベヘルが言った。 「今、海上都市“も”って言った?」 レナが思わず突っ込む。 「都市ごと動かしてるのか。それなら俺はその戦闘要塞が空を飛んで宇宙を航行するって言われても驚かないな」 太助が真顔で言った。壱番世界から持ちこまれた漫画にはそういうものがあったのだ。宇宙での戦争がそんな感じだった。ちょっと見てみたい。 「宇宙で誰と戦うのよ。ここは海でしょ」 ベアトリスが苦笑を滲ませる。とはいえ、満更でもなさそうだ。 「それで学者を集めていたわけか」 優が考え深げに呟いた。 当然、あのワニガメを作るにはそれだけの学者が必要だろう。更に開発を進めていくためにも、という事だ。 「そして従わない学者は消していく。要するに、科学力を独り占めしたいって事ね」 メテオはやれやれとばかりに肩を竦めた。 という事はこれから先も、学者は狙われ続けるのかもしれない。海魔に、海賊に、というのは今までと、あまり変わらないのか。 しかし、これでメテオは合点がいったように思った。彼らが持つのは文明に即した科学力ではない。 動く海上都市やワニガメを作り出す科学力。その科学力をどうやって得ているのか。それは過去に滅びた文明の遺産から掘り出しているのだろう。とするなら、あの2重の偏向シールドはそこまでの性能を知った上で使っていたわけではないのかもしれない。海軍や他の海賊団がブラスターだのレーザー砲だの使うとも思えず、ならば物理攻撃を遮断するシールドだけでいいはずだからだ。 たまたま発見したそのシステムをそのまま使えそうだからと転用しただけに過ぎないという事だろう。 だからチグハグなのだ。 2重の偏向シールドを使うほどの科学力があるなら、それこそレーザーキャノンやトマホーク、レイルガンなんてものを積んでいた方がよほどしっくりくる。だが実際には壱番世界でも旧型の戦車砲やガトリング砲だったのだ。 だが、だからといって侮っていいわけではない。 彼らはまだ十全にその力を使いこなせてはいないだけだ。しかし将来的にそれを使えるようになったとしたら、それは世界図書館をも脅かしかねない存在となりうる。 「とんでもないわね」 レナが肩を竦めた。 しかし、腑に落ちない事が一つ。ワニガメをあっさり制圧した太助たちの方では、偏向シールドは使われなかったのだろうか。 両者の違いといえばブルードラゴン。たとえば、あれは対海魔用防御システムだったとしたら。だからブルードラゴンを見た彼らはそれを作動させた。結果として、我々はその科学力を目の当たりにすることが出来た。 その一方で、対海魔用システムだったからこそ、船を襲ったワニガメはそのシステムを作動させなかった。だから中に乗り込み制圧するのも容易となって結果として船を守りきる事が出来た。 そんなところか。 とにかく、それなりの成果は得られたわけだ。 「ワニガメに乗れて満足」 ベヘルがぼそっと呟いた。 「メカに乗ってそれを動かす経験なんて滅多にないからな」 太助も頷く。 「うん。それにモフれたしな」 優が笑みを返した。 遺跡発掘は出来なかったが、そもそもの任務は学者を機械海魔から守ることだったと考えれば任務は果たせたという事になる。 しかし。 「まったくカンダータといい、ジェロームといい……」 それほどまでに力を求めるのだろうか。 メテオは哀しげな眼差しを、広がる海へ向けて誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟いた。 「これほどの科学力を有した古代文明は、何故滅んだのかしらね」 過ぎた力は身を滅ぼす。そんな言葉が彼女の心の片隅に小さな波紋を作って消えた。
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