「~~~~~~~~?」「え、えっと……その……」「~~~! ~~~? ~~~~~!!」「~~、~~~~? ~~、~~~~、~~~」 アコナイト・アルカロイドは困っていた。 ここはどこだろう。 周りにいる男性たちは壱番世界のような人物たち。しかし何を話しているかわからない。 白い軍服のような服装でアコナイトを囲んで話しかけられている。 ああ、何を言ってるのか全くわからないわ。 ◆ ◆ ◆ その日ロストナンバーたちは世界司書であるジジ・アングラードの前にいた。 彼女は少し考えたような表情をしながら導きの書をぺらりとめくった。 そしてゆっくりと告げる。「トレインウォーにご参加された皆様お疲れ様でした。その結果12人のロストナンバーの皆様が様々な異世界に転移してしまいました。皆様に救出していただきたいのはアコナイト・アルカロイドさんです。異世界は、エンドレス・スリー」 ジジは導きの書を見ながらゆっくりとした口調で言った。「その世界は3つの国が絶えず戦争し合う世界です。……大丈夫です。幸い、その世界はロストナンバーには割と寛大な世界です。アコナイトさんの居場所もわかっております」 不安な様相を見せたロストナンバーたちを落ち着かせるように笑顔でそう告げた。 しかし、一言「ですが……」とぽつりと呟いた。「……アコナイトさんはこちらからチケットを渡した上で移動をしたわけではないので、エンドレス・スリーの言葉を話せません。保護されてはいるものの、言葉が通じず困っているかもしれません」 だから早めに救出し、保護している者たちに事情を説明することが必要なのだとジジは告げた。「保護をしているのはヴァーロンと言う国の辺境の村です。村の辺境警備隊という部隊が彼女の身柄を保護をしております。アコナイトさんの救出はこちらから申し出て下されば大丈夫ですので、少しその世界について、3つの国や……様々な伝承について、少し調べて来て欲しいのです」 どうぞ、宜しくお願いします、と微笑んでジジはゆっくりと頭を下げた。=========<重要な連絡>「アコナイト・アルカロイド」さんは、このシナリオに参加しなくてもノベルなどに登場します。プレイング締め切り日時までに、NPC「エミリエ・ミイ」宛のメールという形式で、600字以内のプレイングにあたるものをお送りいただけましたら、それをもってこのシナリオのプレイングとして扱います。このメールの送信がなかった場合、「救出後すぐにロストレイルに収容され、調査には参加しなかった」ことになります。エミリエ宛のメールはこのURLから!https://tsukumogami.net/rasen/player/mex?pcid=cttd4156※強制転移したロストナンバーの方は「世界図書館のチケットによって移動していない」ため、「現地の言葉を話せません」。この点のみ、ご注意下さい。=========
◆ ◆ ◆ 「(ここはどこかしら……最初のディアスポラ現象の時と状況が似てるわね……)」 アコナイト・アルカロイドは焦っていた。 言葉が通じない。 困惑しているのは彼ら白い軍服のような物を着ている男たちも同じだった。 『おい、旅人が言葉通じないなんて聞いたことないぞ』 『お、俺に振るなよ……この村に旅人が来たなんて初めてのことだからよくわからねーよ』 『……と、とりあえず、飯、俺たちが食ってるもんで大丈夫かな……?』 2人の男たちがおろおろと困ったような表情を取る。 アコナイトも困ったような表情を取った。自分は様々な毒を持っている。しかし言葉で伝えようにも言葉は通じなかった。幸い彼女は彼らに敵意がないことは理解出来た。 「(間違ってわたしに触れてしまうと身体に悪いわ、自分の毒ならすぐに解毒出来るけど……)」 しかし、解毒がすぐに出来ても、不信感を抱かれてしまうだろう。 自分に毒がある、など、言葉以外でどのように伝えればいい? 身振り手振りでは上手く伝わらない。 しかし、この世界はどのような世界なのだろうか。 一見すると男たちは壱番世界の人間たちと同じような容姿。しかし少しだけ古めかしい印象のある軍服やアコナイトの保護されている辺境警備隊詰所。 姿形は似ているが文明レベルは低いのだろうかと思える。 『……えと、……その、め、飯……食べれる、か?』 アコナイトの前に差し出されたのは、パンとたくさんの野菜を煮詰めたスープ、水の入ったカップ。 彼女の姿を見て、普通の食べ物で大丈夫なのか、という不安が彼らにはあったが、不安を煽らせないようにアコナイトはゆっくり頭を下げて感謝を表した。 男たちはほっとした表情で食べてくれ食べてくれ、と勧めた。 「(土と水と日光があれば他に何もいらない身体だけど、食べれる物だし、食べた方が向こうも安心するわよね)」 幸い、詰所は床に何も敷いていない状態だったため、根を張らすことが出来た。 笑顔で自分の前に置かれたパンとスープと食べる。彼らがそれが重要だと認識させないように水を飲んだ。 ここがどのような世界なのかは彼女はまだ知らない。 だが、旅人と敵対するような世界ではないのだろうと理解した。 言葉の通じない自分では――まだ、仲間を待つしか今はなかった。 ◆ ◆ ◆ 「では、行ってらっしゃいませ。寛大な世界だとしても戦乱の中、くれぐれもお気を付けを」 「っと、ジジ」 「はい?」 西 光太郎が、忘れるところだった、と言うような表情でジジに聞いた。 「アコナイトの分のチケットって用意して貰うのって可能かな?」 にっこりと笑い、ジジはゆっくりと頷いて懐から1枚のチケットを取り、導きの書にかざした。 光太郎の手にそのチケットを握らせた。 「ありがとう」 「いえ、……どうぞ、よろしくお願いいたします」 ゆっくりと頭を下げ、黒髪の人形を持ったジジ・アングラードがロストナンバーたちを見送った。 そしてジジは彼らに聞こえない程小さな声で「……努々油断なきよう……」と呟いた。 「それにしても……懐かしい面々が多いな」 ロストレイルに乗りこんだロストナンバーたちは席に座る。 ぽつり、とハクア・クロスフォードが隣に座る光太郎と前に座るアストゥルーゾの2人を見る。自分と彼ら2人、それとアコナイトは北海道遠征探索チームのメンバーだった。 そうだね、とアストゥルーゾは微笑む。 アストゥルーゾは青い髪の毛に金色の目の少女の姿になっていた。彼女……? は自身の姿をどのような姿にでも変えられる。老若男女、人外であろうと別ではない。全ては彼女……? のイメージ次第である。 何故その姿なのかと問われた時、「戦争中って言っても、子供に油断するのは同じだろうしね」と不敵な笑みを浮かべて言った。 皆は納得をする。戦乱の中ではあるがロストナンバーたちには寛大だとジジは言った。更には子供の姿で話しかければ気を許してしまうだろう。 アストゥルーゾの隣に座っているディーナ・ティモンは「へえ」と3人の動機を聞いて少しだけ微笑んだ。 「私はアコナイトにブルーインブルーの冒険で一緒になって、助けてもらったことがあるの。だから探索に参加した。それ以上の理由……必要?」 ディーナはにっこりと笑みを深めた。 彼女は荷物をたくさん持ってきていた。探索をする上で必要となって来る物だ。 「理由など、同じロストナンバー、と言うだけで十分。ディーナさんには文句が付けられない程の理由があります」 白い書を持ったミレーヌ・シャロンは言葉を紡ぐ。 世界の探索はお任せ下さい、と言って真っ白な書物をぺらりぺらりとめくる。 彼女は4人が座っている席とは通路を挟んだ隣の席に座っていた。前にはコレット・ネロが心配そうな表情で座っている。 「(アコナイトさん、大丈夫かな……きっと言葉もわからなくて、不安になっているわよね。早く見つけてあげなくちゃ)」 ぎゅっと胸の前で拳を握ってコレットは心の中でそう呟いた。 ガタンガタンと振動する車内をぐるりと見渡し、外を見る。 ふう、とため息を吐いた。 「大丈夫ですよ」 彼女の不安を落ち着かせるようにミレーヌは笑顔で頭を撫でた。 「……間もなくロストレイルはエンドレス・スリーへ到着します。御荷物のお忘れ物のないようにお気を付け下さいませ」 光太郎はジジから渡されたアコナイトの帰りの分のチケットを握り締め、小さく呟いた。 「どんな世界なんだろう……エンドレス・スリーとは」 ◆ ◆ ◆ ロストレイルから降りた彼らは、その地の荒廃に驚いた。 文明レベルは低い。 木造製の家に道は整備されているとは言えない。家も食べ物も着る物も十分になく、地べたに座りへたり込む少年たち。市場らしき所もあまり活気があるとは言えなかった。 「……酷い」 コレットがそれを見て、眉を寄せた。 「………………」 「き、汚い手で商品に触らないでおくれよっ!」 パシンッ 服を売っていた中年の女性はふらふらと近寄って来た少年の手を叩いた。 ロストナンバーに寛大、と言う言葉だけで少しだけ自分たちは安心していたのかもしれない。 貧富の差が激しすぎる国なのだ、ヴァーロンと言う国は。 それを理解し、持っていた食べ物をコレットは彼らに分けようと持ってきた荷物を探るが、ハクアがその手を取ってふるふると頭を振った。 「全員に施しなんて出来ないだろう。まずはアコナイトの保護が先だ」 「でも……」 「辺境の村ではこうなんだ。国全体を変えないとこう言った類は改善出来ないだろう」 口を開こうとしたコレットは自分にそんな力などないことを理解し、しゅん、と項垂れた。 助けることは出来ないの? あんなに小さく、痩せ細って……。 しかし自分たちは彼らを助けることを目的としているわけではない。 仲間の、アコナイトの救出。 そう思い、彼らを見ないようにと努め、光太郎はオウルフォームのセクタンを空に飛ばせた。 「! 警備隊って、あの人たちかなー?」 アストゥルーゾの視線の先には白い軍服のような物を着た男性が歩いている。 腰には剣を携えていた。しかしそれはさほど新しいわけでも、名のある武器と言うわけでもなかった。ボロボロになって柄頭に巻き付けられた白い布は薄汚れている。 一兵卒に支給された訓練用の剣、というのが一番ぴったりと合っているような気がする。 「ヴァーロンって国、もしかして貧しい?」 「いや、ジジはここが辺境って言ってたから辺境だからこの状況なのかも……?」 情報が少ないな、と光太郎は頭をがしがしと掻いた。 「まずはアコナイトのことを聞くか」 ハクアの言葉に皆は頷いた。 「すみませーん、この村に緑色の肌の女性、えーっと植物とか生えてる女性、いませんか?」 にこーっと笑い、アストゥルーゾが彼に話しかけた。 一瞬、怪訝そうに眉を寄せた彼だったが、すぐにぱっと表情が明るくなった。 「あ、ああ、あの女性の仲間か! 良かった。君たちは言葉が通じるようだ、言葉が通じないし、俺たちとは風貌が違うからどうしようかと思っていたんだ……彼女は俺たちの詰所にいるよ、ああ、良かった。もし万が一旅人に何かあっては俺たちの首が……あ、いや、なんでもないよ」 そこまで言って、苦笑して手を振った。 何でもないから聞いてくれないでくれ、お願いだと、表情が全面に出ている。 「あの、この村は……」 「……彼らか。どうしようにも、資金がなくてね。こんな辺境の地にまで王様の目は届かないよ……おっと、これは悪口になっちゃうかな、内緒で頼むよ」 困ったような表情で頬を掻いた。 そして案内された辺境警備隊詰所。彼が扉を開くと立てつけの悪い扉がギィ、と鳴った。 「皆、彼女の仲間が来たよ」 「本当か!? 良かった!」 中は土間になっており、テーブルや書類整理の机、どれも錆びていたり刃が欠けていたりするが武器が並んでいる。3人の男性が嬉しそうに笑った。 奥でアコナイトがこちらに気付いてぱあっと表情を明るくした。 「やー、アコさん、久しぶりー、元気だった?」 「……こ、」 「こ?」 「言葉が通じるって幸せね! 見知った人のいっぱいいるし……」 良かった、とほっとして身体が脱力するのがわかった。それをコレットは支え抱きしめた。 「アコナイト、ほら、チケット」 「わ、ありがとう!」 チケットを手に取ると、先程まで何を喋っているのか全く分からなかった警備隊の隊員たちの言葉が分かるようになった。 「あ、あの、皆さん、ありがとう! スープ美味しかったです」 「うお、言葉が、分かるように……!? い、いやいや、旅人さんに悪い待遇はさせられないし、我が国は女性を大事にする国なんだ。村は裕福な方じゃないからあんまり良い飯出せなくてすまないなあ」 突然言葉が通じるようになったのを驚いたが、苦笑しながらそう言った。 先程から、『旅人になにかあっては』、『旅人さんに悪い待遇はさせられない』とロストナンバーたちを客人扱いするような言動をしている。 まずは彼らからこの世界の、この国の、この村の事情を聞いて行こうとコレットは口を開いた。 「えっと、何故私たちに、そんなにも親切なんですか……?」 「何故って……おい、知ってるか?」 「え、俺? 知らないぜ、隊長は知ってるか?」 一番奥にいた、この中では最年長になるだろうか、30代後半くらいの年齢の男に話を振る。 「……俺の聞いた話によると、っとその前に旅人さんも疲れたろう、色々と聞きたいことがあるようだし、ビリー、人数分のマンゴー・ソイ・オーレでも買ってきてくれ。俺のおごりだ。お前らの分も買って来るといい」 「うお、隊長太っ腹!」 ビリーと呼ばれた男は隊長と呼ばれた男から金を受け取ると足早に詰所を出て行った。 くっくっく、と楽しそうに笑うと彼は、「俺の名前はフェレ。フェレ・マーレイだ、これ以降出会うかはわからないが宜しく頼むよ」と言った。 「と、さっきの問いだな。旅人さんを歓迎するのはこの村に限ったことじゃない、ヴァーロン王国、更には他2国も旅人を歓迎している。理由としては、技術だ」 「技術?」 「そ、技術。俺が聞いた話では、旅人さんたちが使用している物を見て技術を学んでいるのだよ。例えば、そうさね、高価すぎて俺は触ったことも見たこともないが、銃とか」 フェレはにっと笑ってそう言うが、何故だか納得がいかなかった。 確かに文明レベルは低い。文明レベルの高い所からその知識を得るということは間違ってはいない。しかし使っているだけで銃の内部構造を知ることが出来るだろうか? ロストナンバーたちがその構造を知っているのだろうか? 皆の表情が疑念に包まれる。 「……そう簡単に納得は、しないか。そりゃそうだな。俺はこの村の辺境警備隊の隊長を任命される前は一応ヴァーロン王国の王城の門番だったのさ。色々あって左遷させられてこんな村の警備隊の隊長してる。だからこの村では……いや、1番ではないな、一応国のことはわかってるつもりさ」 前置きが長くなったな、とフェレは苦笑する。 「問題は旅人さんが銃を使ったとして、それを研究者たちが見てすぐにメモを取る。そしてすぐにどういう構造なのかを想像するところから始めるのさ。まさか所持品を解体させてくれなんて言えないしな」 要は有るか無いかの問題だと、彼は表情で言っている。 剣で戦うよりも銃で戦った方が有利な時もある。より高度な文化を旅人の持つ物から技術を盗んで行くために、この世界は旅人を歓迎するのだ。 ただしその昔ロストナンバーが訪れた時に見た銃とこの世界にある銃が同じ構造であるわけではない。 もしロストナンバーが銃の解体をしてもいいと言ったのなら、彼が見たことくらいあってもいいくらいは銃の普及がしていただろう。ただ、弾丸を放つ武器が存在すると理解し、それがどのように作られるか、彼の言う研究者たちが日夜議論し、かなり希少な存在として有るのだ。 「皆さーん、隊長からのおごりのマンゴー・ソイ・オーレっすよー!」 かなり明るい声が響く。 先程出て行った男がトレイに人数分の飲み物を持って入って来た。 「マンゴー・ソイ・オーレ、マンゴーのジュースと豆乳を混ぜた飲み物だ。ここら辺じゃマンゴーがよく育つから王都よりも安く美味く飲める」 釣り銭を受け取りつつフェレは笑ってそう言った。 「……美味しいですね……」 「だろ、酒もいいが、今は勤務中だしな。一応」 ミレーヌの言葉に満足そうな笑みを浮かべる。 「技術を学ぶため、俺たちを、歓迎しなくては、ならない?」 「そういうことだ兄ちゃん。俺たちみたいな権力も力もないような奴らは、王様の命令ってものには絶対だ。背けば一家全員の首が飛ぶ。もし兄ちゃんが王様に俺たちが冷遇したと告げれば、辺境警備隊全員、それとその家族だけでは……済まないだろうな。色々と理由捻じ曲げて村が1つ地図上からなくなるさ」 「……そんな……!」 「だ、だから頼みますぜ皆さん! 絶対に、他の所で俺たちがなんか変なことをしたとか、言わんで下さいよー」 焦ったように後ろで話を聞いていた隊員も眉を下げてそう言った。 彼らは親切にしたのは自分たちの自己保全のためであって、単なる親切ではないとはっきりと言っている。しかしそうしないと自分たちの命はないのだ。 「……どうやら、嘘は吐いていないようです」 彼女は白の書をじっと見ていた。他の者たちはその書物に書きこまれる文字を見て頭に疑問符を付けた。 その文字は彼女の世界の文字であるため、それがなんと書いてあるのかは他の者たちは全くわからない。 「なんて書いてあるの?」 ディーナが首を傾げて聞いた。 「この村はヴァーロン王国所属の熱帯の森が売りのロオン村です。領主の名前はシスカ・レターニア。王都から離れすぎるため観光客も来ず、特産のマンゴーの売上と国の助成金で成り立っているようです。それでも村全体を賄うことは出来ていないようです」 「……すごいな、嬢ちゃん。当たりだ、もう少し王都から近ければ熱帯の森を整備して観光客でも呼びたいもんだが、残念ながら、1度やってみて失敗している。その為に助成金を使い果たして村は一度傾いたらしいしな」 「村の領主様は悪い人じゃないんすけど、ずれてるっていうか……村興しの為に助成金使って観光客用の宿を改築したりしたんすけど、王都から村まで馬車で5日とか観光客が来るわけがないって言う事実がね」 ははは、と笑おうにも笑えない話である。 フェレは少し他人事のような口ぶりだった。きっと彼がこのロオン村に左遷されてくる前に起こったことなのだろう。 「村は……俺たちも見たが、酷い状況のようだね……」 一通り村を見て回った光太郎のオウルフォームのセクタン、空が開け放たれた窓から入って来た。 話を聞きながら、空の見て回った村の様子をその目に映していた。 「……さすが旅人さん、お見通しってか。俺たちは自分の足で立って歩くことなんて出来ないんだ。警備隊以外の男は軍に徴兵されるし、自慢のマンゴー農園は今となっては女たちが働いてなんとか成り立っている。気付けばじじいばばあ、女子供ばっかり。自分たちの今日の飯の為に生きることしか皆頭にないのさ」 その為ならば、労働力にならない子供や老人など平気で捨てる。 「この国全体がこんな様子なのか?」 「いや、王都は同じ国かと錯覚するくらい活気に溢れているよ。ああ、王都に行くことがあったら白馬騎士団の演習を見てくるといい。こんなボロばっかりの警備隊なんて比べ物にならないな」 どうやらヴァーロンの正規の軍は白馬騎士団と言うらしい。 その後彼らはロストナンバーたちに色々と話した。 他の2つの国はシャーラーと言う国とルンドゥーラと言う国であり、大きな戦争は頻繁と言うわけではないが、小さな小競り合いはかなりあるようだ。 戦争を続ける理由については誰もがわからなかった。 歴史の年表を記載し始める前から3つの国として分かれ、互いに敵対していた。 シャーラーとルンドゥーラはこのロオン村からは何日もかかるためあまり詳しい人物はいないようだ。フェレは昔王城にいたと言っても単なる門番、白馬の騎士団として戦争に赴くような役割ではないのでわからないようだ。 しかし、全員の共通意識としてはヴァーロンは正義であり、正義は白。清廉潔白な真っ白な正義らしい。一瞬何を言っているのか皆わからなかったが、とにかくヴァーロンは白で正義なのだと言う。 「この村には図書館や本屋はあるだろうか? 後、地図を見せていただきたいのだが……」 ハクアの言葉に、フェレは困ったような表情を見せた。 「あ、あー……うーん、図書館はないな。王都には王立図書館はある。本屋、というのはないな。えーと、なんていうんだ、本を大量生産する技術、そう言うのは研究中と聞いたことはあるが……」 どうやら印刷技術はまだまだ発達していないらしい。 地図は、と机の上に丸めて置いてあった羊皮紙をぺらっと広げた。そこには、ヴァーロンの国の地図。世界地図はないのかという表情をロストナンバーたちが浮かべる。 「……ごめん、全世界版の地図ってないんだ。んー……領主のシスカ様の館にはあるかもしれないけど、この時間だとシスカ様熱帯の森か農園?」 「さあ、あの人神出鬼没っすからねー」 「呼んだかしらぁ?」 扉を開けたのは巨漢の男性。しかしピンクの華美なワンピースを着用している。サイズはともかく、デザインは女性物でも体格は筋骨隆々の中年の男性。 ロストナンバーたちは何者!? と突如現れたおねえ言葉の男性の圧倒的な存在感に言葉をなくしてしまう。 「はぁ~い、旅人さんが来たって聞いたからぁ、あたしも挨拶しなくちゃって、勝負衣装で決めてきたのぉ」 「シスカ様、違う勝負衣装で来て下さい」 ため息を吐いてばっさりとフェレは切り捨てる。 くねくねといや~んと言いながら、彼はにっこりと笑った。 「初めましてなのよ。あたしの名前はシスカ・レターニア、この村の領主を一応やっているわぁ」 「え、あ、貴方が……?」 「あらぁっお嬢ちゃん、駄目よぉ、人を見かけだけで判断するなんて。あたしは男でもあり女でもあり、中立であるのよ☆」 コレットの引き攣った表情にウインクして答える。 いや、そんなことを聞いているのではない、寂れた辺境の村とは言え、こんな人物が領主でいいのだろうか、と言う問いなのである。 「敢えて多くは語らないわ。お嬢ちゃんお坊ちゃん。こんな寂れた辺境の村だからこそ、あたしが領主なのよぉ」 「……? というと?」 眉を寄せてディーナが聞いた。 「あたしもフェレちゃんと一緒。左遷されて来たの、フェレちゃんが来るずーっと前にね。これでも王族の遠縁に当たる血筋ではあるのよ、でもね、遠縁でもこんなんだから人を汚い物みたいにこんな場所に飛ばして。やんなっちゃうわよね! だから飛ばされた当初は功績を上げれば戻れるかしらって思って、色々やったんだけど……慣れないことはしない方がいいわねぇ」 苦笑してくねくねとそう言った。 「っと、あたしのことは良いわねぇん。世界地図だったかしら、ここにあるわ」 くるくるくる、と羊皮紙を広げた。 「んーっと、世界はドーナッツ型になっているって思ってくれていいわぁ。北がシャーラー、一応一番国土は大きいけど諸々の事情で国は豊かじゃないわ。南西にヴァーロン、東南にルンドゥーラ。ヴァーロンもルンドゥーラも貧富の差が激しいけど、ヴァーロンはまだましね……この村は、この辺り。ちょっと古いから文字ぼけて見えるけど一応ロオンって書いてあるの。王都からも遠くてシャーラーとルンドゥーラの国境からも遠いのよ」 「この真ん中の、Unknownって?」 「あんまり詳しくないんだけどねぇ、丸くぽっかりと空いた穴のような海があるんだけれどぉ、海の流れが激しくって、無事に戻って来た人はいないって話なのよねぇ……今のところ一番のエデン・エンドの候補地なんだけどぉ」 「えでん、えんど?」 「……乙女な解釈をするならば、聖地。その地に至った人物が全てを統べる、なぁ~んて言われているわね。あたしには興味が全くないのでよく知らないけど、上の人たちは興味津々らしいわね。色々調べているらしいし、一度王都かシャーラーに行ってみるといいわぁ」 口元は笑っているが、彼は現状には全く納得はしていないのが見て取れた。 何故だろう。 もやもやと何かすっきりとしない気分になる。 乙女な解釈とは、聖地? まだ到達していないのに存在が許されている? 至った人物が全てを統べる? 全てがあやふやでふわふわしている。一本の線に繋がらない。 「……お嬢ちゃんお坊ちゃん、この世界は旅人さんたちに優しいわ、だからと言ってペラペラと事情を全て話せる――と言うわけではないのよ?」 「何か交換材料が必要、ということ?」 「考えないでもないわね」 シスカはディーナの言葉に不敵な笑みを浮かべた。 「まあ! 綺麗なペリドットのペンダント。こっちはアクアマリン……貴女、やるわね……!」 何をやるのかはわからないが、どうやらご機嫌取りには成功したようだ。 「そうそう、これは保護していただいた警備隊の方々と分けて飲んで下さい。心からの感謝の印です」 ラベルを剥がしておいた酒の瓶を数本置いた。 吃驚した様子を見せる警備隊員を制止しつつ、シスカはにや、と笑う。 シスカ自体は酒に興味はないのか、「皆で飲みなさい」と言った。それと同時に隊員たちから歓喜の声が上がる。 「さすがに領主とは言え、全部買える程裕福じゃないから、家内に1、2個……」 「家内!?」 「あ、坊ちゃん、言ったでしょお? あたしは男であり女であると、ちゃんとした女性の奥さん持ちよ! 超美人なんだから! でも見ーせないっ!」 驚いた光太郎の言葉に心外ね! と言いながらシスカはくねくねとディーナの持ってきていた半貴石のアクセサリーを見ていた。 「あらぁっあたしってば失念してたわ、こっちの通貨は通用するのかしら。何か物々交換の方がいいかしら。えーっと、えーっと、何かあったかしらぁ……」 「どのような通貨なんです?」 「えっと、金貨はさすがに出しちゃうと村が飛ぶわぁ……」 「ええ、飛びますね」 「金貨って見たことないっす」 懐から取り出した布袋から銀貨と銅貨らしきコインを数枚出した。 どちらにも馬のような柄が描かれている。 「これはヴァーロンの象徴である白馬なの。どちらも薄っぺらいけど本物」 「このアクセサリーを村の方々にお売りしても?」 「……止めた方がいいわぁ……見た通り、領主のあたしでさえ1個か2個買えるくらい。他国から攻められる不安はなくても、逆に自国から冷遇されている村よ……いつ助成金が打ち切られてもおかしくないの」 「そんな……! 王様にお願いしては……」 コレットの言葉に困ったような表情を見せる。 言わずとも皆分かった『そんなこと、何度もやって来た』と。 「じゃあ、他の村に移るとかは?」 「お坊ちゃん、出来るなら皆さっさとやってるわ。ヴァーロンはね、厳しいの。ヴァーロンには国民登録票って物があってね、存在証明なの。はい、これがあたしの国民登録票。これ、盗まれるとあたし終わりなのよ。再発行不可。これがあって初めてシスカ・レターニアの存在証明となるわけ」 「というと?」 お坊ちゃんと呼ばれたことにむず痒さを覚えながらも、彼の国民登録票と言ったカードのような物を見ながらハクアは聞いた。 「もしあたしが他の村に移ることになったら、まずは王都に行って申請しなくちゃいけないの。あたしの場合は色々と領主引き継ぎーとか色々あるわけだけども、一般人ならば申請が通って他の村に移ることが出来るんだけども……申請費用が馬鹿高いのよね。しかもその間ずっと王都にいなければいけないから滞在費用も馬鹿高い」 「村を捨てないんじゃないさ、捨てれないんだよ」 この村が好きだからいるというわけじゃない、出たくても出れないのだ。 ではあの子供たちは、親は、と呟くと、それにも困ったような表情を見せる。 「あの子たちは国民登録されてないから、ね……一応国に知られないように炊き出しは何日かに1回はやるんだけどね……。可哀想な子たちばっかりよ。親は登録する費用がないからって違う村からこの村へ捨てに来るのよ」 「国民の登録にもお金がいるの!?」 驚いたような声をアコナイトが上げてしまう。 自分の声に吃驚したのか、はっと口をふさぐようなしぐさをした。 「……まあ、実際そうなのよね。でも今の王様になって少しだけその額は下がったのよ……そこはいいところなんだけどね……。でも子どもたちはそんなこと知らないし、こんな村で学校なんか開けないし、そんな教師ないし、読み書きと言葉だけは覚えさせたいんだけど、中々上手くはいかないわ」 「この村、他からなんて呼ばれてるか教えてやろうか? 子捨て村、そんな呼び名なんだぜ」 「馬鹿にしてるわよねー」 軽い言い方だが、多少の怒りを孕んでいた。 酷い……とコレットが呟く。 「うん、でも、ルンドゥーラよりはマシだと思うし、シャーラーみたいなよくわかんない国にいるよりは断然ましだとは思うんだけどね。20年前は、良かったわぁ……ベルベルと政治の話をするのは楽しかったんだけどねぇ……」 ベルベル? と皆が頭に疑問符を付けた。 警備隊員たちもだった。 「あ、ああ、ごめんなさい。ただの独り言よ。聞かなかったことにして」 手をバタバタと振って彼は苦笑した。 だから村にそういう綺麗な物を持って行かない方がいい、とディーナに銀貨数枚、銅貨数枚を渡し、可愛らしいローズクォーツのペンダントを受け取ると、そう言った。 彼の表情からは疲れが見えた。 少し話の切り口を変えるか、と光太郎。愚痴が見え始めた様子にアストゥルーゾもそれに賛成する。 「では、3つの国の国交ってのはないのか?」 「国対国ではないわね。旅の行商人、国に所属しない人たちならいるけど。ヴァーロンは行商人たちからすると面倒くさい国らしいわ、品物を並べるためにも申請が必要だもの。そうそ、綺麗なペンダントを売ってくれたお礼にこんな物あげちゃう!」 「……! シスカ様……これ……」 「このよくわかんない植物の銅貨がシャーラーの銅貨、こっちのいけすかない女狐……もとい女性の銅貨がルンドゥーラの銀貨。商人に内緒で流して貰ったのよ。あたしが持ってても仕方ないからね、シャーラーの銅貨は貴女に、ルンドゥーラの銀貨は迷い込んだ貴女にあげるわ」 シャーラーの銅貨をディーナに渡し、ルンドゥーラの銀貨をアコナイトに渡した。 「ひとつ、聞いてもいいですか?」 アコナイトは気になっていたことを、少し震えるような感覚を覚えながらも言った。 「わたしみたいに、所謂、モンスター、みたいな生き物はいるかしら」 「人間以外ってことね、一応……。森の奥深くにはエルフっていう種族がいるって聞くわ、後鉱山とかにはドワーフとか。ギガスっていう巨人もいるって言うわね。どれもヴァーロンじゃ国民扱いされないわ。皆迫害を受けないシャーラーに逃げて行って、今じゃヴァーロンとルンドゥーラではいないんじゃないかって言われているのよね。後は、そうね……物凄く頭の良いドラゴンもいるらしいわ。なんでも人の言葉を喋るとか。他は色んな動物ね。お嬢ちゃんのような植物っぽい子は残念だけどいないわ」 ごめんね、と言いながらそう言った。 「じゃあ、わたしが現れた時、どう思った?」 「……これは、フェレちゃん?」 「いえ、初めに見付けたのは俺じゃないです」 後ろにいたマンゴー・ソイ・オーレを買って来た隊員のビリーが手を上げて「俺っす」と言った。 「吃驚したっすけど、エルフでもドワーフでもギガスでもないって思ったら後は旅人さんしか思い当らなかったんで、変わった格好してるな~と……」 「呑気ねぇ」 ◆ ◆ ◆ それから少し話したが、エデン・エンドという地についてはよくわからない、の一点張りだった。 酒場はあるが、行かない方がいいと言われた。きっと柄の悪い男たちがいるのだろうと彼らの表情で容易に予想が付いた。 「もし次にヴァーロンの王都にでも来ることがあったら、シスカ・レターニアの名前を出せば王城には入れてもらえると思うわ。王様に会えるかはわかんないけど」 「その際には……あまり村の状況を伝えないで欲しい」 見送りにシスカとフェレが申し訳なさそうな表情でそう言った。 きっと『酷い状況だった』と言えば、彼らに悪い方向へと進んでしまうのだろう。 皆はゆっくりと頷いた。 「本当に、ありがとう!」 「礼を言われることはしてないよ、むしろ、すまなかった。言葉も通じなくて怖かっただろ。なのに俺たちは自分のことしか考えてなくて」 「そ、そんなことない、スープ、美味しかったわ」 アコナイトにそう言われ、フェレは少し嬉しそうな表情で、笑った。 「あの、皆さん、ずっと戦争してるのって、大変そう……やっぱり、皆平和になって欲しいって、思ってるよね……?」 「勿論じゃない! 誰も皆、人を殺したくて戦ってるわけじゃないのよ……国の為、子の為、妻の為……戦いたくて戦ってるわけじゃないのよ……戦争の理由なんて、知らないけど、皆終わらせてしまいたいのよ! 早く!」 シスカはコレットの言葉に、泣きそうな表情でそう言った。 コレットは「そうよね、そうよね……」と言い、苦しそうな表情の大きな彼の背を撫でた。 ヴァーロン、シャーラー、ルンドゥーラ。 3つの国は争い合うしか道はないのだろうか。 誰がそうさせたのか、意味はあるのだろうか、煮え切らない想いを胸に、ロストナンバーたちは帰路に着くのだった。
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