「朱昏(アケクラ)に、また行ってほしいんだ」 儀礼的な挨拶も何もをすっ飛ばして、茫洋とした面差しの猫司書・灯緒(ヒオ)は集まったロストナンバーへ、用件を口に出した。朱金の縞模様は獰猛な威厳を醸し出しているが、眠たげなその眼差しがそれを見事に打ち消している。 四肢を丸く投げ出し、顎を持ち上げただけの悠然とした姿勢で、虎と猫ともつかぬ獣は説明を始めた。 別たれた豊葦原・朱昏。 地理と文化、気候と人種、そのほとんどが壱番世界の日本に酷似した世界だ。かつて世界図書館による調査が行われた事もあったが、何らかの理由でそれは中断され、今また【セカンドディアスポラ】によって調査が再開されようとしている。「前回は、西側の大陸に行ってもらったけど」 導きの書に挟まれた、反転した日本列島によく似た朱昏の地図を足先で指し示し、巨躯の猫は眠たげに首を傾げた。「今度は、東側の大陸」 大河に分断された二つの大陸の内、東から南へと伸びる側を指す。「朱昏は、西と東で文明に大きく差が開いているんだ。大河を渡る術も持たないから、両岸の交流はない。だから、ほぼ別の国と考えていい」 ただ、かつては陸続きだったのだろうと思わせる要素もある。文化がよく似通っていて、操る言葉にも大差はない。どっちも日本に似ている事に変わりは無いしね、と猫は呟き、不意に金の瞳をカウンターの上へと向けた。「西には朱い花が咲いていただろう?」 書類が散乱するカウンターの端で、その視線が止まる。飾り気のないコップに水を張り、摘み取られた朱色の花が萎れる様子もなく咲いているのを眺め、ぞろりと牙の並ぶ口許をゆがめた。 茎を浸した水が、淡い紅に染まっているのが判る。「東には、あの花が咲いていない代わりに、朱い霧が立ち込める。それをエネルギー源として、蒸気機関によく似た技術が発展しているんだ。……そうだな、壱番世界でたとえるなら明治から大正時代辺りだろう」 ひとりの女を妖へと変じさせた西の花、ひとつの国を支える動力を持った東の霧。どちらもが同じ朱い色をしているのだと言い、世界図書館はそれに興味を抱いた。「当面は、朱い花と朱い霧、それぞれが持つエネルギーや二つの関連性なんかを調べたくてね。ちょうど、東の方でひとつ不可解な事件が起きているから、それを調査してきてほしいと。そういうわけだ」 まるで雑事を頼むかのような簡潔さで、そう語る。「かつて、世界図書館は朱昏に出入りしていたことがある。……今回はね、その時の伝手をちょっと使ってみたよ」 まあ、行けば判る。退屈そうに欠伸を零し、虎猫の司書は説明を放棄した。「真都(シント)。東の大陸――≪皇国≫の首都にあたる街だ。そこで、『六角さん』を尋ねてみるといい」 そして、再び朱金の猫の手が、大河のすぐ東を指し示す。 生温く湿った空気が、じわりと旅人たちの肌を覆う。 煉瓦の張られた路を往けば足音が高く響き、灯の燈っていないガス灯がほのかに震える。 歩きがてら、旅人は擦れ違う者に道案内を請う。『六角さん』の言葉を耳にした相手は、皆一様に同じ方向を振り仰いだ。 瓦屋根と茅葺、朱の煉瓦と白塗りの木壁とが入り混じる街並みで、尖塔がひとつ、飛び抜けて空に突き立っている。数多の指が指し示したそれへ向けて、旅人たちは歩を進める。 しばらく進めば、六角の尖塔を頂いた木造の建物が、彼らの視界へと入ってきた。朱色の屋根が曇天の光を受けて煌めき、籠る熱気故に、外から見える上ゲ下ゲガラス戸は全て開け放たれている。 煉瓦の路が、砂利路へと変わる。 敷き詰められた砂が荷重で軋み、蒸した空気の中を緩慢に走ったその音に、車寄に立っていたひとりの男が振り返った。「何用だ」 鋭くも威厳に満ちた眼が、警戒に細められる。臙脂の軍服と軍帽に身を包み、腰に佩いた刀を今にも抜かんとするその姿はまさに、映画から抜け出してきたかのような軍人の容貌をしている。「見ての通り、今我々は厳戒態勢で――」 低く抑えられた声を途中で遮って、旅人のひとりが動いた。事前に猫司書から言われていた通り、金の装飾が為されたパスホルダーを掲げる。「――!」 曇天の陽を受けた鈍い輝きは、男の鋭い目を瞠らせた。驚嘆に溢れるその瞳は、パスホルダーの文字ではなく、その外見をしかと捕えている。「……これは、失礼をした」 やがて男は、長く深い息を吐いた。「懐かしいな……君たちの先達には、何度も世話になったものだ。もう二十年も前の話になるだろうか」 厳しい顔が、懐古に和らぐ。臙脂色を翻して、男は改めてロストナンバーへと向き直った。「真都守護軍第六小隊長、天沢蓮二郎だ。歓迎しよう、遠き邦の同胞よ」 天沢――第六小隊のロストナンバーに対する認識は、他都市からやってきた協力者、といった位置付けのようだった。その他の世界と同じように、彼らが何者であるかを詳しく詮索する事もない。「事件は明け方、霧が深くかかる頃合いに起きている」 旅人たちを兵舎内へと招き入れ、天沢は規律正しく淀みない言葉を用いて語る。静かに据えられた眼は彷徨う事もなく旅人達へ向けられて、彼の率直な人となりをなによりも雄弁に示していた。「被害者はいずれも、腹に子を宿した妊婦。皆腹を切り裂かれて死んでいる」 真都の地図を机上に広げ、朱墨で印の打たれた場所を順に指差していく。男が凶行を語るたび、その眉間に嫌悪の皺が寄った。「……ただ、初めの被害者だけが、内側から引き裂かれたような奇妙な傷痕を遺していた。これが何を示すのかは、いまだに判っていない。そして、今回の件には、目撃証言が幾つかある。――それが、どうにも不可解だ」 表情を翳らせ言葉を続ける男の姿に、彼らをこの世界へと誘った虎猫の姿が重なる。 導きの書を用いて凶行の様子を垣間視た獣は、相変わらず眠たげな様相で首を傾げるだけだった。「何に似ているか、と聞かれれば、鳥、としか答えようがない。それは現地の目撃者も同じだろうけど」 立ち込める霧よりも尚濃い朱色の、醜悪な骨格と獰猛な鉤爪をもった、一匹の巨鳥。ぎゃあ、ぎゃあと、喉を潰された鴉にも、意味を持たずに泣き続ける赤子にも似た声で喚きながら、女の腹部を貪る。 暁の霧に隠れた、惨憺たる凶事。正直気持ちいいものではないよ、と猫は怠惰な表情の奥に倦厭を覗かせた。「……まあ、この辺が、おれが『不可解な事件』といった理由でもあるし、『六角さん』が事件を担当する理由でもあるんだけどね」 事件のあらましを語り終え、ふ、と天沢は表情を緩める。旅人たちのもの言いたげな視線に気づき、軍帽の下で微かに笑んだ。「何故、我々の様な者がこの件を担うのか、と?」 自嘲にも似た口調ながら、翳りや侮恨のようなものは窺えない。むしろそれを語る表情は、何処か誇らしげでさえあった。 「我々第六小隊――『六角』は少々特殊な部隊で、区域を担当しているわけではない」 室内であると言うのに崩す事無く着込まれた臙脂色の軍装、その襟元で逆さの五芒星が煌めく。「別名を『退魔特殊部隊』。我々が担当するのは、『霧』から生まれる真都の闇、そのものだ」 ――そして旅人は、物憂げな猫の言葉を理解する。「……とは言え、ここ数年はそのような事件も少ない。退魔特殊部隊、とは名ばかりでな。若い兵達は皆、怪異の実在を信じていない有様だ」 口端をうっすらと持ち上げて、天沢は照れたように視線を逸らした。彼のようにロストナンバーの訪れていた過去を知る人間は、今の若者からは古臭いと思われているらしい。 ひとつ空咳をして、表情を引き締める。「しかし、君達が再び現れたと言う事は、ひとつの兆しであると私は思っている」 國が変わるのか、世界が変わるのか――それは判らないが、と前置きをした上で、その口許に勲章のように皺を刻み、男は笑った。旧友との再会を懐かしむ老爺の顔にも似て、新たな変化を待ち侘びる童子の顔にも似た、奇妙な表情で。「明け方まではまだ時間がある」 胸元から懐中時計を取りだし、時間を確認した天沢はそう言った。曇天に遮られて陽は見えないが、黄昏が迫るまで、未だ時間は充分に残されている。「君たちにとっては初めての街だろう? しばらくは、自由に散策して回るといい。案内が必要ならば、我々が供をしよう」 そして男は、もう一度歓迎の言葉を口に乗せた。
時計の螺子を巻き、懐へ戻そうとした天沢は、それを見つめる一対の瞳に気付いて手を止めた。彼の肩よりも低い位置から、丸い硝子越しに視線が彼へと注がれている。 「……何か」 あまりにまっすぐなその瞳にたじろぎ、しかしそれを顔には出さずに天沢は問い掛けた。小柄な少年は「いえ」とひとつ短く否定の意を示し、しかし視線を外さずにいる。 「何か、気になる事でも?」 「いいえ」 また、同じやり取りを繰り返す。 愚直な軍人は子供の扱いを知らず、また少年は己の意志を素直に伝える術を知らぬ。意図を測りかねないまま、ただ気まずく視線を交わし合う。 「……その時計。珍しいもんだな」 膠着状態が続いた両者の合間に割って入ったのは、白服の男だった。籠る熱気にか詰襟のボタンを軽く外し、窓の木枠に寄り掛かって少ない風を独占する。日に焼けて濃い色の指先が、天沢の手に握られたままの懐中時計を指し示していた。 桐山 源太郎(キリヤマ ゲンタロウ)に話題を振られ、天沢は我に返ったように相槌を打った。 「ああ。私が入隊してからだから、参拾年になるだろうか。ずっと愛用しているものだ」 「へえ」 「それも、霧によって動いているのでしょうか」 理知的だが幼い声が天沢へと投げかけられる。無垢ともとれる少年、フェイ リアンの瞳は、未だ懐中時計に吸い寄せられたまま。此処に至ってようやくその視線の意味を理解し、安堵に息を吐いた。 手の中に持っていた真鍮の時計を、少年へと差し出す。目を丸くする彼の手にゆっくりとそれを握らせると、小さく首を振った。 「これは螺子を巻く事によって作動している。霧を使って動いているものと言えば……ああ、見たまえ」 興味津々と言った様子で時計を検分し始める少年を、天沢の声が促す。 「ちょうど、機関車が走っていくだろう。あれこそが、霧を用いた我が国最大の発明だ」 隣の窓を開き、その先を指し示した手先を追って、桐山も寄り掛かる窓から外を覗き見た。 燻る空。 石造りの街並みの中を、音を立てて走り抜ける黒の車体。 客車に溢れるほどの人を乗せ、朱みがかった煙を吐き出しながらそれは、彼らが眺める前を通り過ぎて行った。 「SLか」 「?」 「こっちの話だ」 思わず零した言葉に怪訝な顔をする天沢へ、なんでもないと手を振って桐山は機関車の背を胡乱に眺めた。似たような世界と言えど、やはり使用する名詞に違いはあるらしい。もっとも、動力源が蒸気ではない以上、SLと呼べぬのも道理とは思えた。 臙脂色の軍人の隣では、小さな背を必死に伸ばして、フェイが熱心に機関車を眺めている。大人ぶったガキかと思いきや、年相応に幼い部分もあるようだ。 「あれを動かす機関は、何と言う名をしておるのじゃ?」 彼らの後ろから窓を覗き込んだ女が、はためかせていた檜扇を閉じて、す、と優雅な仕種で機関車を指し示す。黒藤 虚月(クロフジ コヅキ)は淡い橙の髪を流してゆるりと首を傾げた。 「機関? ……特に名前らしい名前はないが、動力源となる霧は『朱霧(アケギリ)』と呼んでいる」 「ふむ、朱霧……判りやすい名前よの」 「あの霧が、人を狂わせる事はありますか」 ひとつの国を支える源となるエネルギーならば、人が制御できる以上の力を持っている事も在り得る。 好奇心に満ちた目で機関車の行方を追いながら、しかし理知的な言葉でフェイは問う。 「霧は、生者や器物に害を与える。我々が祓う妖や怪異の類も全て、霧から成る者だ。故に我が国は霧の濃い場所に主要都市を置かぬようにしている」 明瞭な言葉を以って、天沢が答える。素気なく感謝の意を示して、フェイは窓から離れると思索を巡らせた。人を狂わせる霧、霧から生まれる魔物、ならば、今回の件は――。幼い少年の頭の中で、何かが繋がりそうで、しかし上手く纏まらない。 「時に、君は軍の者か?」 「ああ、いや……まあそんなものだな」 不意に視線を移し、天沢は桐山へと問い掛けた。厳密には皇国軍の者ではないが、曖昧に頷いて答える。 「……色が、違うようだが」 戸惑い気味に発せられた言葉は、桐山の着用する白い詰襟服――“本職”の制服を指し示している。どうにも、その色の違いが彼を困惑させているらしい。 真都守護軍のみならず、≪皇国≫の軍装は全て、臙脂色で統一されているようだ。朱に縁の深い世界であれば、その色彩を選ぶのも判らぬでもない。 「ああ、俺もあんたと似たようなもんだよ、隊長さん。特殊部隊」 「……成程」 曖昧な受け答えでも簡単に信じてしまうのは、世界図書館から発行される“チケット”の効果なのだろう。律儀な表情を崩すことなく頷いた男に、桐山は曖昧に首を振った。 「もっとも、そちらで言うところの先任下士官って奴だが」 「そうか」 長年軍に従事する者、として同族意識を持ったのか、厳つい皺に囲まれた双眸が和らいだ。桐山はこの反応を期待して制服を選んだのだが、どうやらその通りに行ったようだった。それ以上詳しい事を突っ込まれる前に、と自ら身を退く。 事件そのものに興味がない、とも取れるその素振りに、聡い少年の視線がこちらへと向けられたが、軽く肩を竦めて首を振った。 「考えるのは頭のいい奴らの仕事だろ」 自身は駒のひとつとして扱われるのみだ、と端的に語り、男はまた窓の向こうから吹く風に身を任せる。室内でのやり取りに興味を喪ったように、視線を流した。 「……では、考えてみるといたしましょうか」 くすりと笑んで、青い小袖の女、流(ナガレ)は木机の上に広げられた地図、遠目に碁盤の目の様にも見えるそれを眺める。興味を示したのか、虚月もその傍にやってきた。 「この、朱墨印が打たれた場所が事件現場、ということでよいのかえ?」 「ああ」 「五箇所、ということは、被害者は五人」 「我々が把握している限りでは」 二人の女が続け様に問い掛け、天沢は律儀に頷きを返す。机の端に追いやっていた筆と朱墨を手に取ると、事件の起きた順に地図上に漢数字を書き足した。 やや背の高い机に齧りついて、少年がその様子を眺める。 「最初の被害者の事件では、鳥が目撃されたのでしょうか?」 「いや……その様な情報は、無いな」 「……最初の被害者は例外と成る点が多いようです。この際除外して考えましょう」 細くたおやかな流の指先が、書き加えられた漢数字を、弐から順に追って動く。 北、南東、西、東、と滑るその軌跡が、或るひとつの形を指し示していた。 「これは」 「……五芒星、か」 中心となる“壱”の数字から、ほぼ同じ距離の場所に在る、四つの朱点。南西にあとひとつ点を取れば、五角の星となるだろう。 「あんたんとこの徽章と同じだな、隊長さん」 からかうように桐山から掛けられた声に、愚直な軍人は怒るでもなく頷いた。神妙な顔つきで、襟元に刺繍された徽章に触れる。 「真都守護軍、つうんだっけか。もう少し詳しく訊かせてくれないかね」 「ああ」 今回の件と関係があるとは思えないが、と前置きをした上で、淀みの無い口調で語り始めた。 「真都守護軍には六つの小隊が存在する。第一から第五小隊まではそれぞれ都内の区画を担当し、我々第六小隊だけが退魔を担当している。……見ての通り我々は逆五芒星を徽章としているが、第一から第五までは我々とは違い、いずれか一角の欠けた正五芒星の形だ」 言葉と共に、空いた紙に朱墨で筆を走らせた。一角ずつ欠けた五芒星を、時計回りに五つ。 「……その順に殺人が起こっている、と言うわけではございませんね」 「単に、星を書きたかっただけのようです」 流の言葉に、指先で星の形をなぞっていたフェイも同意を示す。推理はそこで行き止まり、五人は地図を睨みつけたまま首を捻った。 「……考えてても埒が明かないんじゃないのか。実際に見た方が早い」 あっさりと白旗を上げ、部屋の扉へ向けて桐山が歩き出す。叩き上げの先任下士官、現場肌である彼にとっては、暑気の籠った部屋での考え事など性に合わなかったようだ。 「案内を頼む、隊長さん」 「了解した。何処から向かう?」 前半を立ち去る桐山へ、後半を部屋に残された三人へ向けて、天沢は問うた。顔を見合わせる女二人、その下から、怜悧な顔を上げて少年が応える。 「恐らく、最初の事件が鍵になっていると思われます。そちらへ」 「ならば、明原と参条の交叉する辻だな」 地図も見ずに通りの名を正確に応えて、真都の憲兵は脱いでいた軍帽を被り直した。 煉瓦の敷き詰められた道を、二つの草履が音を立てて歩んで行く。 長く艶やかな黒髪を揺らした流が、あちらへ、こちらへと興味深げに視線を彷徨わせる。澄んだ湖の如くに凛とした瞳が幼子のようにくるくる動き回るその様に、隣を歩む虚月が穏やかな笑みを浮かべた。 「珍しいかえ?」 色の黒い肌に、淡い橙の髪。そして尖った耳をもちながらも、質素な小袖姿が意外なほどによく似合う。初めて降り立った異世界もまるで己が故郷のように馴染み、溶け込んでいるのは、彼女が持つ性質故であろうか。 我が子に向けるような笑みを浮かべ、虚月はゆるりと首を傾げた。 薄青の女ははにかむような微笑みを返し、頷く。 「里に下りる事は、あまりございませんので」 石造りの道、白塗りの壁、火の燈らぬ瓦斯灯。時折視界の端を横切る機関車の音や、忙しなく擦れ違う人々から香る匂い。そのどれもが、霊場である水の城に棲んでいた彼女には真新しい。猥雑だが賑やかな、人の気配に満ちていて、龍の化身である流は優しく目を細めた。 「……引き換えに、神威や怪異は薄れているようですが」 「そうさのう」 ゆったりと返答をかえし、虚月は取りだした檜扇で纏わりつく湿気を扇ぎ払う。 「じゃが、妾、怪異は消えておらんと思っておるよ」 それは不穏な予言ではなく、ごく当たり前の摂理。彼女の故郷――天人に護られた都にもそれは在るのだから、どの世界であってもなくなるはずがない。 「ええ。神も妖も、人の心に棲まうもの……侮ることなかれ、恐れることなかれ」 歌うようにして端正な唇から紡がれる言葉に、夢の民である女は歩みを止めることなく聴き入った。 「人が在る限り、消え去ること非ず」 ――その心に過ぎるのは、神聖なる天の民の、変わり果てた姿。 目的地となる辻は、真都の中心からは大分離れた場所に在った。明原通と参条通、碁盤の目の様に組まれた路の、縦と横が交叉する辻。人通りは日中にしては少なく、しかし閑散としているほどではない。 「……特に気の流れが乱れているわけでもないようです」 目を細め、風を詠むように流は告げた。人とは違う種族である虚月もそれに応じて首肯する。 彼女たちの意見には、桐山もまた賛成であった。特殊なものを感じ取る能力など持たなくても判る。何の変哲もない路地裏、そんな印象しか受けない寂れた場所だ。 曲がり角にひっそりと立つ露店へ近付いて、焼鳥を一本買い受ける。よく見ればその掘っ建て小屋の奥には色褪せた暖簾が掛けられた扉があり、居酒屋の軒先であることが窺い知れた。馴染み深くさえある下町の風情を感じ、串に齧りついた喉で小さく唸る。 「……ついでに訊くが、最近ここで殺しがあったらしいな」 それとなく本題を口に登らせれば、見るからに噂好きと言った体の店主は神妙に顎を引いた。 「この辺に住んでた娘だよ。身重になっても仕事辞めずに、そこの駅から市電に乗ってお勤めしてたらしい」 煤けた指先が指し示す先を眺め、桐山はひとつ頷く。 ここまであっさりと情報を話したのは、仲間たちと共に検分を続ける天沢の徽章の形に気付いていたからかもしれない。連れてきて正解だったな、と胸の内だけで呟く。 「殺された朝もか?」 「私ゃ見てないんだけどねえ、いつも霧のかかる朝早くに乗ってたみたいだから、そうじゃないかね」 人を狂わせる霧。朱に覆われる時間、街を往くひとりの妊婦。呼吸と共に霧を摂取して、毒を体内――胎内に、貯めていたとしたら。 脳裏に、女の胎を破って朱色の鳥が飛び出す、鮮明な映像が浮かんだ気がした。 「恩に着る。……ああ、あとその餅もひとつくれ」 感謝と共に買い求めた大福餅を、桐山は背後に立つ少年へ無造作に差し出した。 「……!」 「食え」 あれだけ興味津々な目をしていて、気付くなという方が難しい。しかしフェイは差し出されたものを受け取ることもできず、ただ零れんばかりに目を丸くするばかりだ。 「どうして、」 「別に俺の懐が痛むわけでもない」 ぶっきらぼうにそう返し、肩の上に乗せていた桃色の狸に触れる。少年がその仕種の意味を悟ったかは判らないが、それならば、とどもるように呟いて、俯きながらも差し出された大福餅を受け取った。ちらちらと戸惑いがちの眼差しが向けられるのを、桐山は知らぬ顔で受け流す。 しばらくして、フェイは諦めたように大福餅を口に含む。所在なげにさまよわせた視線が、辻の向こう側を捉えて止まった。 窓越しに見かけた、漆黒の車体。 市電が止まる駅――被害者が利用していたものだ。怜悧な眼鏡の奥で、幼い少年の瞳が輝く。表情の作り方を知らぬのか、その口元はただ茫と開かれている。 「素晴らしいものよのう」 淡い橙の髪を持った夢人がその隣に並び、感動を語らない少年に変わってそう呟いた。頷くことさえ忘れ、食い入るように見つめる少年を、慈母の如き眼差しで見守る。 「……そうじゃ。乗ってみたいとは思わぬかえ?」 何気なく口にした言葉に、少年が弾かれたように振り返った。 砂利道と煉瓦塀の街並みを、高い音を立てて機関車が走り抜ける。切り裂かれた風が吹き込み、乗り合わせる者たちの袖や髪を揺らした。 漆黒の筒から絶え間なく吐き出され、吹き抜ける風に乗って流れる朱みがかった煙を、窓から身を乗り出してフェイは捕まえた。 「どうするんだ、そんなもの」 「持ち帰ります」 桐山の胡乱な物言いにも動じず、硝子瓶に納めたそれをコルク栓で封じた。空気の流れを遮断され、しかし僅かな空間の中で蠢く煙を興味深げに眺める。 「ターミナルでなら霧の成分を分析することが可能かもしれません」 西の国へ行った調査隊が、朱野と呼ばれる花を持ち帰ったという。それとこの霧を照らしあわせて調べれば、何か解明できるやもしれない。 「あとで、自然発生した霧も採集します」 硝子瓶を懐にしまって、好奇心旺盛な少年の瞳は流れる景色へと移った。 「次は何処へ向かうといたしましょうか」 流れる風に浚われる髪を手で抑え、流が紅潮した頬で微笑む。人里に慣れていない彼女にとり、このような乗り物は胸が逸るのだろう。 「そうさのう……どうせならば、事件のあった順に見ていくとしようかえ?」 虚月もまた、微笑んで応えた。 雲の狭間から微かに顔を見せた陽は、確かに傾き始めている。 夜が明ける。 深い深い、鮮やかな色をした霧が、街を覆う。 薄い膜に覆われた瞳、今にも飛び出して落ちそうな眼球をぐるぐると動かし、血の紅い色を纏ったそれは這うようにして翼をはためかせる。奇妙に捩じ曲がり突き出した嘴からは絶えず涎と呻き声が零れ落ち、飛び交う鴉さえもがその声を聴いて押し黙った。 両目と鼻、嘴の間を除き、全身に隙間なく生え揃うのは、朱く濡れた羽毛。鳥とは似ても似つかぬ骨格で無様に翼を動かして、涙を流す事すら知らず、それは泣いている。 啼いている、還るべき場所を探して。 ――みつけた。 霧の掛かる明け方を、ふわりふわりと覚束ぬ足取りで歩く、ひとりの女。丸みを帯びて膨らんだ腹部が、不安げなその表情に危うさと美しさを添えている。 みつけた。 嘴が無理に引き攣れて、左右に裂ける。生え揃わぬ歯が、その口に並ぶ。 朱い霧の籠る中を、潜るようにして泳いだ。駆けた。飛んだ。いずれの表現も似合わぬ、醜い動きであった。 見下ろす彼女の顔が、恐怖に引き攣る。 膨らんだ腹部。 そこに収まるのは、自分ひとりでいい。 腕を、翼を羽撃かせる。 銃声。 断末魔にも似た叫び声が、霧らふ真都を鋭く走り抜ける。 しかしそれが痛みによるものではないと、桐山は理解していた。 当てるつもりはない。標的と女との間は近付き過ぎていて、桐山のトラベルギア――ミネベアP226では標的だけを狙うことは難しかった。あくまで威嚇として、弾丸ではなく銃声をばら撒く。 反射的に人間の脚で跳び退り、鳥の翼で空を掴む。女から離れたその隙を追って、銃口を紅い羽毛へと突き付けた。 鳥と胎児を合成した、異形。 そうとしか、譬えようがない。 全身の骨格は成長しきらない胎児のものでありながら、肩の関節だけは捩じ曲がって後方を向いている。そこから先の前肢は風切り羽を備え、腕ではなく翼と呼んだ方がしっくりくる。目には薄膜、唇はねじくれて嘴へと変わり果て、ぎゃ、と泣き喚く赤子に似た鳴き声を落とす。 「見れば見るほど吐き気のするバケモノだな、こりゃ」 母の腹を己から引き裂いておいて、還るも何も無かろうに。 自力で逃げ出した妊婦を、追ってきた天沢に押し付け、ミネベアを突き付けたまままた一歩踏み出す。その隣に、虚月が並んだ。 「天沢殿、その者は任せたぞえ」 妊婦を支えた軍人は、ひとつ頷く。この場では己の力は役に立たぬ、と弁えているようだった。懐から一枚の紙片を取り出して、何事かを唱える。紙片に書かれている朱色の文字は、チケットを持つ彼女にも読み取れない。 ひらり、と意志があるかのように天沢の手を滑り抜け、舞ったそれが、二人を包む澄んだ朱色の膜を張った。 「私にはこれくらいしか出来ない。頼んだぞ、同胞よ」 軍帽の下から覗く真摯な眼に、微笑みを返す。 「――かの者らに、加護を」 厳かに放たれた声は、言霊と成り、魔術と成って彼らを包み込む。 それを見届けて、虚月は踵を返すと走り出した。 醜悪な鳥は空を駆け、異邦の旅人は石畳を駆ける。 上空に留まられては機関拳銃で狙うのは至難の業、と桐山は舌を打ち、しかし追う足を止めない。幾ら赤子のバケモノとは言え学習するもの、今逃がしてしまえば次の機会があるとは思えなかった。 追いながら思考を繰り返すその脇を、小さな影が駆け抜ける。 ――気配など、無かった。 「ッ、あのガキ!」 全速力で追いかける桐山を嘲笑うかのような素早さで、フェイの後姿は異形を追って見る間に離れていく。通り過ぎる一瞬に視えた横顔は人形じみた無表情で、子犬のように駆け回っていた少年ととても同一には思えなかった。 長い髪を翻し、全身をバネに変えて跳躍する。自らの身長を越えた高さで跳び、露店の屋根を足掛かりに、更に高く、速く、翼持つ胎児に肉迫する。 丸い硝子の奥で、冷酷な瞳が煌めく。 右手を無造作に振るえば、長い袖の奥から閃く刃が飛び出した。 立ち込める霧を引き裂いて走った刃は、醜態に似合わぬ俊敏さで身を捻った異形の左翼に深々と突き刺さる。飛び立つ紅が、目に見えてバランスを崩した。それでももがき、それでも羽撃く。 無様にも逃げ出そうとするその視界の先に、鋭い光が走った。 「逃がしはせぬよ」 檜扇から飛び出した鋼糸を繰り、建物と建物の間、霧掛かる空に触れれば切れる網を渡す。飛び立つ鳥の行く手を遮り、虚月の銀の瞳が閃いた。 それ以上は飛び立てぬと知った異形は、忌々しげに啼いて身を翻す。捩じれた腕を羽撃かせ、その場に滞空してロストナンバーを見下ろした。翼が上下する度、紅の羽毛が抜け落ちて降り注ぐ。朱霧の隙間を縫うように降るそれを、フェイは無表情で切り捨てた。 雷鳴が落ち、閃光が走る。 霧に覆われた向こうの空で、龍神が激昂する。 渦巻く風、乱れる気流、羽持つ赤子がバランスを取れずにもがいた。 荒れ狂う風に乗って、ひとりの女が走った。薄青の小袖は乱されることもなく、朱籠もる街に清涼な色を灯す。その細腕には、抜き身の刀。 雲を翔ける龍が如き鋭利な刃を提げて、流は霧の中で異形と対峙した。 瞳を覆う膜が、決して流れぬ一条の涙のようにも見える。 この赤子は、ただ生まれてきただけで――ただ、母の胎に還りたいだけなのか。 不意に心に過ぎった疑問は、すぐに確信へと変わる。確かに異形の姿をしているが、その羽毛に覆われた貌は、膜の奥に隠れた瞳は、確かに清らかで、無垢な子供のものだ。 流は瞳を細め、端正な唇に笑みを浮かべた。目の前にいる子供を、安心させるように。 「還りなさい。世の理、輪廻転生の中へ」 そして、その先でまた、出逢いなさい。 凛とした声が、異世界の妖に転生を赦した。 涙を知らぬ赤子は啼くことさえも忘れ、ただ膜に覆われた瞳を瞠って彼女を見上げる。 無垢な赤子の眼差しを受け止めて、雲龍を翻す。 水流にも似た、太刀筋が閃く。 暁の光に揺らぎ、集まっていた朱の霧は融けて消える。霧から生まれ、女の胎から産まれた異形もまた、斬り祓われて、輪廻の中へ融けて消えた。 晴れた視界の向こう側で、陽は昇り、暁の空は朱から紫へと色彩を変える。やがては一点の曇りもない青へ変わるだろうと思わせるその輝きに、流は静かに目を細めた。 「……まだ、出立まで時間はございますね?」 太刀を黒鞘に収め振り返って問うた流に、時計に目をやったフェイが頷く。先程まで見せていた覇気、神威とすら呼べるそれを刃と共に鎮め、龍の化身たる女は穏やかに微笑んだ。 「一箇所だけ、是非とも足を運んでみたい場所がございます」 妊婦を支えて立ち上がった天沢へと向き直り、凛とした声でその場所を告げる。 「……それならば真都のすぐ傍だ。鉄道が出ている。案内をしよう」 天沢は頷き、少し待っていろと告げると、妊婦を支えて兵舎の方角へと歩き出した。 水流の音が、鼓膜を穿つ。 なだらかな風に揺すられて、岸へ向けて波が寄せては返る。起伏の無い岸辺は砂浜に似て、昇ったばかりの陽を受けて水が閃くその様は大海のようでもある。右から左へ、あるいは左から右へ――一目では水流の向きさえ判らない。 「……この向こうに、もうひとつの岸があるなんて」 信じられない、と呟いたフェイの言葉さえも、厖大な水面は呑み込んでいく。しかし、それは確かにふたつの陸地に囲まれた、河であるのだ。 西と東、朱昏と言う世界を二つに分断する、広大な河川。 自身が水神であり、龍神である流は、それに興味を示した。 当の龍神は大河と陸岸の狭間、寄せる波に足先のみを浸し、静かに目を閉じて佇んでいる。その様子を視界の端に収めて、フェイは高く結った髪を翻して空を振り仰いだ。 東南の天辺、青と紫の滲む色に紛れて照る太陽を、悠然と雲が横切っていく。 「何ぞ、視えるかの」 隣に立つ虚月に話しかけられ、フェイは眼鏡越しの視線をそちらへとくれた。ぶっきらぼうにひとつ頷き、まっすぐに流れる雲を指差す。 「私の国では、天候の変化や星の動きは吉凶を示すと言われています」 「ほう。では、あの雲からも何ぞ読み取れるかえ?」 開かれた檜扇が、空を泳ぐひとつを指し示す。少年は少しだけ胸を張り、簡単ですと答えると、真鍮の望遠鏡を取りだした。銀の目を細めてこちらを見おろす虚月の様子に、どこか落ち着かないものを感じる。望遠鏡を伸ばす手がまごつくのも、全てそのせいだろう。 レンズに片目を当てて、青く輝く空へと向ける。望遠鏡を透してもその美しさは変わらず、鮮やかな色に少年の心がざわついた。 ――願わくばこの街に、平和な日々が訪れますよう。 そう、祈りを込めて、流れる雲を見つめる。 空へ向けて望遠鏡を向けた少年の占いを待つ間、虚月は岸辺に立つ一軒の建物へ目を向けた。荘厳かつ澄んだ空気に包まれたその場所は、何かを祀るための社のようでもある。 臙脂の軍装が目を惹く男が、藤色の装束を纏った巫女に何やら話しかけているのが見える。この宮を護る宮司であろうか、と虚月は見当をつけ、それ以上興味を向けるのはやめた。代わりに、緩やかに頭(こうべ)を巡らせる。 この河岸は神威に満ちている、と龍神は語った。 彼女とは違う世界の者である虚月にも、明確にではないが、それを感じ取れる気がする。対岸も見えぬほどに広いためか水の流れは緩やかで、まるで大海を前にしてるかのような錯覚に囚われる。滔々と流れる川に足許を浸し、蒼穹に聳え立つ朱色はいっそ神々しいまでだ。 「瀬戸内海でもないのに、大層な景色じゃねえか」 大河に辿り着いてからこちら、さして興味も無さそうに周辺をうろつき歩いていた桐山が、水面に突き立つ高い鳥居を見上げてぽつりと呟いた。その言葉が差す意味を把握できず、虚月がゆるりと首を傾げれば、男は相槌を打って言葉を続けた。 「壱番世界で似たような光景があるんだよ」 「ほう」 似た文化、似た地形をもちながらも、決して同一ではないふたつの世界。それらが、またひとつ奇妙な一致を見せた。 「それはまた……さぞや、美しいのであろうな」 「まあ、日本三景、と呼ばれてはいるが」 生まれ育った国の事であるからか、または彼本来の性質からか、桐山はそれとだけ言うと、身を翻して軍人と巫女の元へと向かった。 檜扇をはためかせて首筋を扇ぎながら、虚月は一歩を踏み出す。風が靡き、淡い橙の髪が揺すれる。高い空、澄んだ水面、聳え立つ鳥居。まさに絵画のような光景――古い馴染みの夜人がこの場所に立ったなら、筆と墨を手に取り画にしていただろうか、と満足そうに眼を細め、岸辺に屈みこんだ。 戯れに、流れる水面に手を伸ばす。 閃く。 視界が、朱に染まる。 流れる肢体、閃く鱗。 朱に似た昏い色を伴って、その獣は怒りと共に身を震わせる。 澄んだ水が紅の色を纏い、濁流と化して大地の一部を容易く呑み込む。 容赦のない奔流で聳える山さえもを打ち砕いたそれは、穿たれた陸地にその身を納めた。逆立った鱗が、徐々に流れゆく水へと変じていく。巨大な肢体が、厖大な河へと変じていく。 そして、大地はふたつに別(わか)たれた。 ――この地は我が身を以って、一定の均衡を保っている。 ――故に、そなたらの介入など欲しておらぬ。 ――“また”この豊葦原を荒らすつもりか、異邦の者共よ! はたと、我に返る。 眠っていたわけでもなければ、瞳を閉じていたわけでもない。視界に広がるのは澄んだ青と一片の朱であり、怒りに任せて大地を蹂躙したあの獣は何処にも見当たらない。――否、すぐ目の前に、それは横たわっているのか。 叩き付けられた強烈な敵意、憎悪にも似たその感情に、肌が粟立つのを抑えきれない。茫洋と頭を巡らせれば、彼女と同じように水面に足を浸す、薄青の女が目に留まった。 「……視えたのですね?」 静かに開かれた、流の瞳が虚月を射抜く。ああ、と小さな声で応え、夢の民はひとつ首肯した。 彼女の心に直接語りかけた言葉。心の中に直接沁み込んできた映像。厖大にして深遠な世界をもつ、しかしそれは虚月にとって何よりも見慣れたものだ。恐らくは、龍神である流は彼女よりも更に明瞭に、その音と映像を受け取っていたのだろう。 それは、夢だ。 この世界を別つ何者かが、永劫の眠りに微睡み、その狭間に視る、夢だ。 「この河には、龍が眠っておる」 異世界の龍神は微笑み、正解だとばかりに頷いた。
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