「モフトピアのとある食材がどうしても欲しいんじゃが、ちょっと人を集めてくれんかのう」 事の起こりは甘露丸の一言からだった。たまたま近くにいた撫子に甘露丸が声を掛けたのだ。「あらこんにちは。また何か新しい料理の開発ですか?」「そうじゃ、どうしても必要でな」 料理への探究心が人一倍高い甘露丸の事だ、手に入れてくるまでその事しか考えられなくなるのだろうと撫子が笑う。「何を笑っておるのじゃ」「いーえ、なんにも。それじゃ少しお待ち下さいな」 そして数十分後。集められたロストナンバー達の前で、改めて甘露丸が求める食材の話をしてくれた。「わしが欲しいのはモフトピアのとある島にあるという、水中で育つ木に生るという極めて珍しい果実なんじゃ」 その実は薄く光を放っていて、とても美しく味も美味だと言う。 撫子が『導きの書』をその指先で捲りながら記された場所とそこに住むアニモフ達、そしてどうすればその果実を手に入れる事が出来るのかを調べながらロストナンバー達へ視線を向けた。「甘露丸さんの求める果実はモフトピアのエスタって島にあるみたいねー。エスタはそんなに大きな島ではないのだけれど、その半分が湖で出来ているんですって。住んでいるアニモフちゃんはシロクマ型とペンギン型のアニモフちゃんねー」 島の大きさは直径にして2km程で、島の中央に湖がありその湖にはカラフル魚や珊瑚もあり水中散歩を楽しむ事もできるのだとか。「その島の湖、不思議な事に息ができるし喋る事もできるみたいねー。泳ぐの苦手な人でも問題なさそうよ、もちろん水着は必須だから忘れないようにねー!」 水着がなければ、ターミナルにある店で購入して行けばいいわと撫子が微笑む。「あとはそうね、その実を手に入れるにはアニモフちゃんたちと遊ぶのがいいみたい。一緒に遊んで、満足したら水中散策に連れて行ってくれるからそこで果実を探すといいと思うわー」 アニモフ達と遊び、更に美しい水中を散策できるなんて、なんとも楽しそうな話だ。「わしが求める果実も忘れんようにな」 甘露丸がそうロストナンバー達へ言うけれど、既に心はモフトピア。 撫子が差し出したチケットを手に、ターミナルへ向かうのであった。
モフトピア全般に言える事かもしれないが、エスタと呼ばれるこの島は実にのどかでのんびりとするのに向いているように思える。 島の直径は2km程で、その中央には大きな湖のある小さい島ではあったけれど、そこに住むアニモフ達はそれを気にする事もなくここを訪れる旅人達の来訪を心待ちにして、そのもふもふでふかふかな体を期待でいっぱいにしながら今日も楽しく暮らしているのだ。 そして今ここに、この島を訪れた冒険者が六人。 胸弾むエスタでの食材探しが始まろうとしていた。 ◆ 「たまにはこういうノンビリした仕事もいいね、遊んで依頼が達成出来るなんて素敵だよ」 エスタに上陸し、その長閑さにうんと背伸びをしてルゼ・ハーベルソンが穏やかな笑みを浮かべて言う。 「だな、俺昔っから水の中で喋ったり息吸ったりしたいと思ってたんだ!!小さい頃は実際やってみて、酷い目に遭ったっけなあ……」 幼少時の思い出に、少し遠い目をしつつツヴァイが頷いた。 あぁ、お風呂とかで頭突っ込んで喋ったりはするよねという同意は得られたけれど、息を吸う事については余り同意が得られず少ししょんぼりするツヴァイの肩を虎部 隆(トラベ タカシ)がポンポンと叩きながら前へと進む。 その横を、風船が浮いている。否、風船につかまった陸 抗(リク コウ)がPK飛行によって移動していた。 「アニモフ……俺ちょっと苦い思い出が……」 以前依頼でモフトピアに来た時に、その身長17.5cmという体躯によりマスコットのようにアニモフ達にもみくちゃにされた記憶が甦ったのか抗がぽつりと呟く。 「抗さん、遠目から見たらお人形さんみたいだものね」 新井 理恵(アライ リエ)がアニモフ達の気持ちもわかるかも、とこっそり呟く。友達と一緒に来たかったモフトピア、生憎都合が付かず自分だけ来てしまったけれど目一杯頑張って皆と楽しもうと理恵がぴょんっと跳ねる。 「そういや、男ばかりじゃのぅ。新井さんは紅一点じゃの」 ショーゴ・ウメネズが理恵の方を余り見ないようにしてスタスタと歩く。日々鍛錬に明け暮れてきたショーゴは女の子に弱いのだ。弱いと言うよりも、恥ずかしいと言った方が近いのだろうか。とにかく、なるべく目線を合わさないように、けれど失礼のないようにと気を付けながら道を進む。 島に上陸してから少し歩くと、すぐに広い湖が目に飛び込んできた。キラキラと陽の光を反射してまるで宝石の様にも見える。 湖へと六人が進むと、岩陰からひょこりひょこりと現れる白い影。条件反射でショーゴが構えを取ったけれど、すぐに警戒を解いてその頬に笑顔を浮かべる。白い影の正体は、そう―――エスタに住むアニモフ達だったからだ。 「こんにちは、いらっしゃい!ようこそ僕達の島、エスタへ!」 シロクマ型のアニモフが代表するようにそう言うと、他のシロクマ型アニモフとどこからか現れたペンギン型のアニモフが口々にいらっしゃい、ようこそ、と歓迎する。 アニモフ達に案内されるままに湖へと歩を進めると、ペンギン型のアニモフがその手をパタパタさせながら問い掛けた。 「おにいちゃんとおねえちゃんたちは、ここに何をしにきたの?」 小首を傾げた仕草が可愛くて、つい目尻が下がってしまうけれど目的を忘れては甘露丸に怒られてしまうと言うもの。 「えっとね、ここの島に水中に生る不思議な果物があるって聞いてきたの!それを欲しいって人がいてあたし達が頼まれて来たんだけど……皆、知ってるかな?」 「あるよ!湖にあるんだよ、とっても甘くておいしいんだよっ」 理恵の言葉にアニモフがぴょんぴょんと飛び回って、その果実が美味しい事を体全部で表現している様だった。 果実が欲しいなら一緒に取りに行こう、でもその前に遊んでくれたら嬉しいなとアニモフ達が提案し、渡りに船な話に六人が同意を示す。 「湖に行く前に、水着に着替えたいのだけれど……どこか場所はあるかな?できれば男女別の場所がいいんだけれども」 理恵を気遣ったルゼの言葉に、シロクマアニモフがすっと指を湖から少し外れた所へ向ける。その先には、ぱっと見ると氷で作られたかまくらの様な建物が見えた。 「ぼく達が住んでる家なんだ、よかったら使ってね」 「可愛らしい家じゃの」 「おー、ほんとだな。……交代で着替えた方が良さそうだな」 近付くにつれ、そのかまくらの大きさがアニモフ達には丁度いいけれど自分達には少し狭い事を確認しツヴァイが笑う。 そして、よく見れば氷ではなく氷砂糖のような物質でそのかまくらはできていた。正確には氷砂糖ではないのだろうけれど、例えるならばそんな感じだ。 理恵が別のかまくらに入るのを確認し、男性陣が交代で着替えを済ませる。アニモフ達は水着を知らないようで、着替えて出てくる度に珍しそうに触ったりと興味は尽きないようだ。 「いよーし、準備は万端!遊ぶぞーー!!」 隆が腰に手をあてぐっと拳を作った右手を上に突き出すと、アニモフ達がきゃーと喜んで走りだす。 その隙に、こっそり抗が隆の水着の裾を硬質化したうさ耳帽子で切り取って自分専用の水着を作り出す。ターミナルには抗のサイズに合う水着がなかったので苦肉の策だ。テンションが上がっている隆は気が付いてないし、いいだろうとこっそり微笑む。 「あーでもこれって隆とペアルック……いや、気が付かなかった事にしよう、俺」 「何やってんだよ抗、行くぞー!」 ぶんぶんと右腕を振り回す隆に返事をし、すーっと風船につかまった抗がその後に続く。 知らなかったり、気が付かない方が幸せな事もあるのだ、うん。 「ねぇねぇ、あたしの水着姿、どこかおかしいところない?」 決して太ってはいなくても、体型が気になるのは乙女たるもの。そして選んだ水着が似合っているのか知りたくなるのも乙女だ。アニモフや、同行の男性陣に理恵が思い切って聞いてみる。 「似合ってると思いますよ」 「うん、いいんじゃねー?」 卒なく黒のフィットネス水着を着用したルゼとシンプルだけど自分に良く似合う水着のツヴァイが返事をし、アニモフ達もうんうんと頷く。虎柄ぴっちりウェットスーツ、尻尾の穴もばっちりバージョンのショーゴだけは直視せずによう似合うとる!とだけ叫んでダッシュしていったけれど。 湖前に辿り着くと、既に隆と抗、そしてアニモフ達があれやこれやと忙しく動き回っていた。 「何作ってるのかな?」 水着の評判に満足した理恵がうきうきと問い掛ける。 「イカダだって!」 「あのねぇ、これで作れるんだよ」 よく見れば湖周辺の木はふ菓子のようで、落ちている細い枝や太い枝を集めて蔓で縛り畳四畳分程のイカダを作り上げていた。せっせと材料を集めるアニモフの隙間をぬって隆が楽しそうにそれはこっち、ああそいつはあっちだと指示をしている。 アニモフ達も楽しそうにその指示に従って自分用の小さなイカダを作ったりもしているようだ。 水際はまるで海辺のようになっていて、そこに作ったイカダを並べると中々に壮観な眺めで隆を始めとしてアニモフ達も満足そうに飛び跳ねている。 イカダに乗るのは最後のお楽しみとして、次は何をしようと皆で相談する。 「だるまさんが転んだとかはどうじゃろの、わしはこれ得意なんじゃ」 0世界に来てからだるまさんが転んだの遊びを学び、よく子どもたちと遊んでいるショーゴがその虎耳をぴこぴこ動かして言う。なんとも負け無しという功績付きだ。 「純粋なアニモフ達と遊ぶんだ、鬼ごっこみたいなのも楽しそうだと思うよ」 アニモフ達、鬼ごっこって知ってるかな?と首を傾げつつ、知らなかったら教えればいいよねとルゼが笑う。 「鬼ごっこって、かくれんぼとあんまりかわんねーよな?水中でやるのも楽しそうじゃねーかと思うんだけどよ」 鬼ごっこだと陸だとこっちが有利で、水中でだとアニモフ達が有利かもな、とツヴァイがぱたぱた動くアニモフを見て言う。かくれんぼなら関係ないだろうしとルゼに笑ってみせる。 「かくれんぼなら俺がもみくちゃにされる心配もない……ってえぇぇぇ!?」 風船につかまっていた抗が安堵したように言いかけて、その言葉の最後が悲鳴に近い物へと変わる。ペンギンアニモフがふわふわと浮いている風船の紐をくいっと引っ張ったのだ。 なんとか俺は人形でも玩具でもなくって、こういうサイズの人間だと説明をしてアニモフ達に理解を得るとよろよろしながら隆の肩へと落ち着いた。隆に何かお前の水着、俺のと似てるなと言われたけれど曖昧に笑って誤魔化すのも忘れない。 「ビーチボール遊びも忘れちゃいけないと思うんだよ!」 理恵が持参のカラフルなビーチボールを手に力説する。やはり水辺、しかもなんとなく海辺に似た感じとなればやるしかないだろうとビーチボールを天高く掲げて見せる。 沢山のお遊び提案にアニモフ達も嬉しそうにあれがいい、これがいいと飛び跳ねてはしゃぐ。 「よーし、それじゃ全部やっちまおうぜ!だるまさんが転んだに、ビーチボール遊びにかくれんぼだろ?全部楽しいぜ!かくれんぼは後で皆ですりゃいいだろうしさ」 中々決められずにいるアニモフ達に、隆がにかっと笑って提案するとアニモフ達もぜんぶ!と両手を上げる。それを合図としたように、ショーゴと理恵の周りにアニモフ達が集まった。 柔らかい日差しの下、きゃあきゃあと歓声が上がるのはすぐの事。 ◆ ショーゴのそばに集まったアニモフ達が、ショーゴからだるまさんが転んだの遊び方を教えてもらっていた。 「要はあれじゃ、鬼が『だるまさんが転んだ』っちゅー言葉をゆっくり言ってみたり早く言ってみたりするんじゃ。言い終わるまでは鬼に近付けてな、言い終わった後に動いとると鬼に捕まるんじゃの」 「つかまるのー?つかまる?」 「そうじゃ、鬼に捕まらんようにして鬼の背中に触れると捕まっとったもんも逃げれるんじゃ。百聞は一見にしかずじゃけぇ、やってみるとするかの」 楽しそうに首を傾げるアニモフに豪快に笑って見せてショーゴが木に向かう。アニモフ達は線の引かれた位置へと一斉に並んだ。その姿が可愛くて、見ているツヴァイとルゼの頬が思わず緩む。 「準備はええかー?ほしたらじゃあ、始めるけぇの」 はーい!と後ろからいい返事が聞こえて、ショーゴがだるまさんが転んだを開始する。 負け無しではあるけれど、あんまり自分ばかり勝っていた為に子ども達が遊んでくれなくなったのを思い出してそうなっては困るし、何より自分が寂しくなると適度に手を緩めようと思いながらだるまさんが転んだの声を出す。 くるりと振り向けば、懸命に動くのを堪えるアニモフ達。そして上手く止まる事が出来ずにバランスを崩してしまい、こてんとすっころんだペンギンアニモフ。 その様子が可愛らしくてショーゴが目を細めながら動いた!と宣言して手招きして呼び寄せた。ぺたぺたと近寄ったアニモフの手を膝を付いて握って笑うとだるまさんが転んだを再開する。 勝っても負けても楽しいだるまさんが転んだは、暫くアニモフ達の間でブームになりそうな気配を見せていた。 水辺では理恵を筆頭にしてビーチボール遊びが行われ、皆が輪になる形でボールを落とさないように楽しそうな声を上げている。 「いっくよ~~!あたしのスパイク受けてみろ!なーんてね、あたし運動神経悪いから変な方向に飛んじゃったらごめんね~」 理恵がそーれ、とボーチボールを軽く打ち出す。 打ち出されたビーチボールはふわふわとアニモフの方へと飛び、それをアニモフが打ち返したり取り落としたりと賑やかだ。ボールが遠くに飛びかけると抗がこっそりとPKを使ってアニモフが取りやすいようにしているのはご愛嬌。 理恵が持ち前の運動神経の悪さを発揮してボールを顔で受け止めたりと、何かと賑やかなビーチボール遊び。 慣れるまではアニモフ達も何度もボールを落としていたけれど、次第にコツを掴んでラリーが続くようになっていた。 カラフルなビーチボールが青く透き通るような空に向けてまるで踊っているかのようだ。 そんな中、隆はいつの間にか作ったイカダを波打ちぎわに浮かべ、ビーチチェアを設置してバカンス気分を味わっている。便乗するようにルゼもイカダに乗り足を水に付けながら釣り糸を垂らしていた。 「フフフ、みんな一生懸命遊んで…シエスタと言うものを知らないとは。俺が動くのはもう少し後ってな」 「もう少ししたら一度休憩してかくれんぼかな、それまでのんびり釣りでもさせてもらおうか」 ぷかぷかと浮くイカダの上は心地よく、ともすれば眠くなってきそうだ。イカダの上で昼寝も悪くないと思いかけた頃に少し遊び疲れた仲間から、ずるい!と声が上がる。 「何だよお前ら優雅に昼寝かー!?」 ショーゴのだるまさんが転んだに途中から参加していたツヴァイが隆へと近付くと、むんずと足を掴んで水中へと引き摺り下ろす。 「あばぶっ!?がぼが……お、ほんとに息が出来るし喋れる!」 浅い場所ながらも体全体を湖に浮かべた隆が驚きの声を上げる。 「お、ちゃんと声も聞こえてるぜ」 ツヴァイが湖に顔を浸けたままの隆へと返事をし、そのまま自分も屈んで顔を浸けて大きく息を吸い込んだ。どうなっているかはわからなかったけれど、水が口の中に入ってくる代わりに空気が入ってきているようだ。 「ほんと、不思議な仕組みだね」 ルゼが波打ちぎわで座る仲間の近くに座りながら、アニモフが差し出してくれた飲み物を受けとって口にする。 隣では既に寛いだ様子のショーゴが喉を鳴らして飲んでいた。 「これ、すっごくおいし~♪」 「この島に沸いてる泉のジュースなんだよ!いっぱいあるから、たくさんどうぞだよ」 アニモフ達へありがとうとお礼を言って、お代わりもたくさんもらって少しの休憩。 ジュースの入ったグラスが空になる頃には、気力も体力も十分回復していて次はどうしようと笑いあうほど。 「じゃあね、じゃあね、かくれんぼ!終わったら、おにーちゃん達を案内するよ。ね、みんなー!」 かくれんぼーとアニモフ達が立ち上がり、六人の手を引いて立ち上がらせる。 そしてそのまま湖の中へと入っていく。 「いよいよ水中だね!あーちょっとドキドキしちゃうよ~」 「息ができるのも喋れるのも隆が実証済みだからな、安心して入れるってもんだぜ」 「引き摺り下ろしたのはツヴァイだけどな!」 隆がツヴァイに引き攣った笑みを浮かべたけれど、それもいつものスキンシップだ。アニモフ達の後ろを追いかける様に湖へと飛び込む。 最初は息をするのも少し躊躇われたけれど、慣れてみれば陸上と何も変わりはなかった。 水の中は空から射し込む陽の明かりでとても明るく、所々が光り輝いてるようにも見える。歩くよりも泳いだ方が進むのは速いようで、皆それぞれが楽なように泳いで進んでいた。 「なんだか、水の中っていうか空気の中みたいな感じもするな。なんていうか……早い乗り物に乗って空気の抵抗を受けてる感じって言うか」 風船では浮いてしまうから、その身ひとつで水中へと入った抗がそんな感想をぽつりと洩らす。 「あー、俺それわかるぜ!壱番世界にある車って乗り物があってさ、それの窓から手をちょっとだけ出した感じっつーか」 じゃあ今度乗ってみないと、と乗ったことのない者が興味深げに頷いた。 アニモフ達が立ちどまり、ここならいいかなぁと首を傾げる。 案内された場所は隠れる場所も沢山あるようで、かくれんぼには適していた。そして何より、その光景の美しさにため息が漏れる。 「ほー、こりゃ見事じゃの!」 「本当にカラフルな魚がいっぱいですね、目に楽しいとはこの事かな」 青や赤、オレンジに緑、黄色に紫と鮮やかな魚たちが群れを作って泳ぐ姿は見た事のないものでつい目を奪われてしまう程。 「よーし、それじゃかくれんぼだな!……誰が鬼をやる?」 ツヴァイが隠れ場所を探しながら、ふと首を傾げる。 皆で相談をして、それじゃあくじ引きにしようと決める。くじ引きの材料はそこに生えている草だ。 人数分の草を引き抜いて、当たりには小さく結び目を作る。あとは全員が一斉に引くだけ、いっせーのーで引いたその結果は……。 「わー!ぼくが鬼だよー!」 ペンギン型アニモフが嬉しそうに手をぱたぱたと動かして、自分が鬼である事を誇らしげに宣言する。 「じゃあ、二十秒数えてから探すんだよ~♪あんまり遠くに隠れると時間かかっちゃうし、そのくらいでいいよね~?」 「そうだな、隠れる場所も沢山あるしそれくらいで丁度良さそうだな!」 あまり遠くには隠れない事と決め、鬼役のアニモフがしゃがんでその可愛らしい手で目を塞ぐ。 「王宮のミミックとよばれたこの俺のかくれんぼ手腕を見せる時がきたようだな、準備はいいぜ!」 ツヴァイが隠れる場所を探しながら声を掛けると、鬼役がゆっくり声を出して二十秒を数えていく。 こうして、六人+アニモフ十人のかくれんぼ大会が始まった。 岩陰に隠れる者、珊瑚(珊瑚っぽいし、おそらく珊瑚だろう、と言う事で珊瑚と呼ぶ事に決めた)に隠れる者、水草に隠れる者と、皆がここならと思う場所へと急いで隠れ終わる頃に鬼が二十秒を数え終わる。 「どこかなっどこかなっ!ぜーったい見つけるんだからねー!」 ぴょこぴょこと歩いて隠れやすそうな場所を鬼がチェックして歩く。 次々に、アニモフの仲間を見つけては湖に響く『みーつけた!』の声。次は自分の番だろうかと探してもらえるわくわく感に心が躍る。 「みーつけた!尻尾のおじちゃん、みつけた~~!」 水草から色の違う尻尾がふわふわしていたのを見つけ、その尻尾を掴んでペンギンアニモフが笑う。 「ははは、見つかってもうたの。しかしあれじゃ、わしはおじちゃんって年齢じゃないんじゃが……あと尻尾引っ張るんは痛いから、やめてくれな?」 ショーゴが笑いながらも少し複雑そうにそう言うと、ペンギンアニモフが尻尾を放してごめんなさいと頭を下げた。 「きちんと謝れるんはええ子の証拠じゃ、ええ子ばっかじゃの!」 同じみつかった者が待つ場所へ向かいながらショーゴが楽しそうに、はははと笑った。 岩陰に隠れていたルゼと隆も、珊瑚に目を奪われていた理恵も、その珊瑚にうまく身を隠していた抗もすぐに見つかってまだ見つかっていない者を待った。 「ふふふ……あとは俺だけか?」 皆が見つかる様子をそっと伺いながらツヴァイが笑う。王宮のミミックの名は伊達ではないという事か、彼はそーっとカラフルな魚たちに紛れていた。 移動する魚に合わせて自分もすっと泳ぎ位置を変える。なかなか見つからないのはそのせいだ。 けれど、魚がふいに動きを変えた瞬間にその動きに合わすのが遅れてしまい、鬼の声が響く。 「最後のおにーちゃん、みーつけた!」 得意気な声で、ツヴァイの腕を引っ張りながら皆のもとへと連れて行く。 全員見つけたぼくの勝ち、とアニモフが満足そうに笑うのにつられて、見つかった皆も笑ってしまう。 みつかっても、また楽しいのがかくれんぼだ。 水の中から空を見上げ、少し陽が傾き始めたのを見るとアニモフが果実の生る場所へと案内すると前へと進みだす。 改めての水中散策、射す光の加減によって水の色も薄くなったり濃くなったりと見ていて飽きない。 「わーい、何だかわくわくしてきた♪」 「俺も、いつもはエアーPKで泡を作って海底探検とかだったから何かこういうのって新鮮っていうか……うん、わくわくするって感じだ」 自分よりも小さい魚を見つけて、抗が追いかけたり追いかけられたりしながら理恵の言葉に同意を示す。 「わしも興奮しすぎて眩暈がしそうなくらいじゃ!七色の魚に珊瑚的な何かに、興味は尽きんの」 きょろきょろと辺りを見回して、あれはなんじゃ、これはなんじゃとアニモフへと問い掛けるショーゴの姿はまるで子どものようだ。 「この珊瑚は、お土産に持って帰ったりしても大丈夫かな?こういう綺麗な物が似合う妹がいるんだよ」 ルゼが道行く先にまるで咲いているかのように並んでいる珊瑚を指差して聞いてみる。 「大丈夫だよっ!んとねぇ、これ、すぐに生えてくるんだよ。あとね、あとね、下に落ちてる欠片も綺麗だからそっちの方がいいのかなぁ」 言われて珊瑚の生えている下を見ると、確かに珊瑚の欠片が落ちていた。角が丸くなっていて、アクセサリーにもできそうな程の美しさだ。 「あ、あたしも持って帰りたい!お土産にするんだ~喜んでくれるかな~♪」 一緒に来れなかった友達へのお土産に珊瑚なんてきっと素敵だと理恵が嬉しそうに笑う。 「それなら、折角の珊瑚を削るよりは落ちているのももらった方がいいかな。ありがとう」 ルゼが幾つかその欠片を拾うと、アニモフも手伝うようにこれも綺麗、あれも綺麗だよと集めてくれる。 なんだかんだで、全員が自分用だったり親しい誰かのお土産にと珊瑚の欠片を拾って持ち帰る事になった。 「あ、あっちのほう何だか光ってないかな~?」 理恵がすっと指差す方向を見れば、それは確かに陽の光が差し込んでいるものではなく何かが発光しているような柔らかな光が見える。あれがきっと探している果実に違いないとわくわくを胸に近寄っていく。 「おー、すっげぇ……!」 ツヴァイの声が初めて見るその果実の美しさをそのまま現しているようだ。 その果実は、まるで葡萄のように木に生っていた。鈴生りという言葉がしっくりくるほどで、取りきれないほどの果実が成っている。 「自ら光っているということは、壱番世界ならエネルギーを放射しているわけであって、人体には非常に有害で…」 隆が何か言ったけれど、余りの美しさに誰も聞いていないようだ。 「くそー、こうなったら皆が見とれてる隙に、一番乗りだっとっわぁ!?」 伸ばし掛けたその腕の上を、抗が軽々と走り抜けて淡く光る果実へと辿り着く。 「残念、俺が一番乗りだな」 その小さな手で一粒もいで隆へと見せて笑う。一口サイズのその実も、抗からすれば両手で抱えるサイズだ。 隆と抗のやり取りに笑いながら、皆で果実を収穫していく。 アニモフが用意してくれた籠に目一杯果実を入れる。不思議な事に果実はもいでもその淡く美しい光を失わずに発光していた。 やがて果実を採り終えて、岸へ上がる頃には陽も傾いて辺りはほんのりと薄闇に覆われていた。 「はー、しっかし不思議な果実じゃの。まだ淡く光っとる」 薄闇に光る果実はまた美しく、ショーゴが手の上に一粒乗せて突付いて笑う。 「ねぇねぇ、これって味見しちゃってもいいかな……?ちょっとぐらい、いいよねぇ?」 「甘露丸に渡す前に、毒見は必要だよなぁ?」 理恵の言葉に隆も同意し、全員で一粒ずつ食べる事にした。 手の平の上に乗った果実は美しく、食べるのがもったいないようにも思えたけれどそっと口にする。 「「「「「「……美味しいっ!」」」」」」 六人の声が綺麗にはもって、そのあと笑い声へと変わる。 光る果実は今まで食べた事の無い程に甘く、口の中で溶けていく。 「この果実に名前はないんかの?なけりゃ『なんかきらきらしてる実』って名付けるんじゃが」 見たままじゃねーかと誰かに突っ込まれながら、ショーゴが言う。 「これはねぇ、エスタビトゥレって言うんだよ」 甘露丸に教えてやらないと、と言いながら少し舌を噛みそうになる名前だと抗が復唱する。 「エスタビトゥレ、うん覚えたぜ」 ツヴァイも頷きながらもう一つ口へと放り込んだ。 「これを持って帰ったら、甘露丸はどんな料理を作ってくれるんだろうなあ~。さ、そろそろ帰ろうぜ!甘露丸が首を長くして待ってそうだ」 隆の言葉に頷いて、全員が帰り支度を済ませる。 大き目の瓶に詰めたエスタビトゥレはランプのように明るく帰り路を照らす。 空には星と月、湖には水中から輝いているエスタビトゥレの光。 冒険者たちの来訪を誘うように、優しい光を湛えていた。
このライターへメールを送る