駅前広場に続く商店街の道を、赤茶色の犬が勢いよく駆けて行く。尻尾を振り回し、四本の足でちからいっぱい石畳の道を蹴る。時々、「わん! ぅわん!」 心底楽しげな鳴き声を上げる。 その後を追って、白い鳥が細い足で駆けて行く。細いとは言え、大柄な人間ほどもある巨躯持つ鳥の足だ。鋭い爪が道を掻く。白い鳥頭から生えた黄色の飾り羽がひょこひょこ揺れる。 一頭と一羽、力の限りの疾走に、道行く人々が慌てて逃げる。逃げ遅れた人の足元を犬が潜り抜ける。鳥が巨大な翼を広げる。走って来た勢いで以って、ふわりと飛び上がる。人々を飛び越し、「ゴール! わたしの勝――」 駅前広場に駆け込む犬の頭上を飛び越える。「僕の勝ち」 ふうわり、翼に風を集めて広場に舞い降りる。「飛ぶのズルい! エア、ズルい!」「鳥は飛ぶ」 喚き立てる犬の司書を軽くいなし、「じゃ、お願い」 エアと呼ばれた白い巨鳥は、広場の片隅に羽根を休めた。犬の世界司書は水から上がった時のように一度全身を激しく震わせる。ついでに顎の下を後ろ足でカカカと掻いて、ひょいと二本足で立ち上がる。そうして、「ヴォロスのお祭り! 行ーこーうー!」 広場の人々に向け、出来うる限りの大声で呼びかけた。「幻の一族。いつもはどこに居るのか分からない一族。一年に一度、ヴォロスの大草原に現われる。現われて、一日限りのお祭り。どんな種族もその日は皆仲良し。皆で遊ぶ。大騒ぎ。喧嘩も事件も、不思議と起きない。何にも。きっと楽しい」 集まってくれたロストナンバーたちに向け、ヴォロスで開催されるという祭りについて話し始める。「一族の傍に居るモンスター、どの子も皆大人しい。暴れない。誰も襲わない。皆仲良し。でもどうやって大人しくさせるのか、一族以外の人、誰も知らない。教えられない。秘密。モンスターたち、一族の傍、離れれば暴れだす。不思議ふしぎ」 鳥の大きな背中に付けられた鞍の下から、大きな紙を取り出す。鳥が嘴にくわえて広げた紙には、下手な文字の羅列と、特徴を捉えてはいるけれどもやっぱり下手な何かの絵。どうやらモンスターの説明と絵らしい。 黄色に黒の斑点、長い首と長い脚持つ、『KIRINの味方』麒麟。 風になびく白い毛持つ大玉、転がる速度は誰にも負けない、『遺跡の宝』煙玉。 朱色の毛皮と隆々たる筋肉持つ狼、『国滅ぼしの裔』焔狼。 金属鎧に包まれた謎の人型モンスター、『中身は誰も知らない』粘土。 どんな槍穂も貫けない頑丈な鱗持つ巨大鰐、『黄金砂漠の王』黒鮫。 極彩色の飾り羽と発達した長い脚を持つ巨鳥、『翔ばずの大鳥』駝鳥。 『KIRIN』の文字の下には、読み取れないほどの小さな字で、『彼女いない暦=年齢』という注釈がつけられている。「正式名称『麒麟たちの疾走』。元々、一部の人だけに懐く『麒麟』と呼ばれる種族のモンスターだけ、走っていた。でもいつからか色んなモンスター、走るようになった」 大真面目な顔で犬は続ける。麒麟きりん、KIRIN、と続ける。「通称『モンスター競馬』。色んな種類のモンスターたち、競走。今年、六種のモンスター出走。一位当てれば何か貰える。賭博。賭け事。でもお祭り。だから罪ナシ」 犬の司書は尻尾を千切れんばかりに振り回す。それだけでは足りず、お祭りお祭りと何度か飛び跳ねる。「お祭り! お祭りお祭りおまつりー!」 わたしは留守番、とちょっとだけしょんぼりした表情を見せるが、「皆で行ってみてください。きっと楽しい。お土産話、たくさん聞かせてください」 桃色の舌を見せて笑う。 =============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
夏草の原を風が渡る。 髪を撫でて空へと駆け上がる風を追って、クリストファー・ティムはモノクルを掛けた眼を上げる。鮮やかに晴れ渡る空に、日除けも兼ねているのだろう、意匠化された花や動物の織り込まれた布が左右の露店から渡されている。布に織り込まれた花は、ヴォロスのどの地方のものなのだろう。花や動物のひとつひとつに、どうのような歴史が隠れているのだろう。歴史学者であるクリストファーの眼は、好きなものを見つけた子どものように輝く。 歴史学者としての思考と同時、同じ花の模様を見て、想う。 ――彼女が好きだった花に似ている。 ――あの露店に並ぶ銀細工の髪飾りは、彼女の髪に似合いそうだ。 花の形の銀細工を手にしながら、思う。再会する時は、こんなお土産をたくさん持って彼女に渡したいものだ、と。 穏かな笑みを浮かべるクリストファーの眼の端に、茶褐色の手が映る。 「……あいつにも煙草入れか何か買っていってやるか」 ちょっと不機嫌な振りをするように難しい顔で呟いて、少女か少年か分からぬほど中性的な容姿の持ち主は、屋台に並ぶ布製品の中から煙草入れをその手に取る。誰かへのお土産を探しているのか、金色の眼は楽しげだ。 クリストファーと眼が合い、今日は、とナウラは笑みを浮かべた。 「んー、この布なんてどうだろ?」 その脇から、ひょこんと銀色の猫の獣人が顔を覗かせる。 緋色の頑丈そうな布を手に取り、アルド・ヴェルクアベルは猫耳をぴこぴこと動かす。もう片手を顎の下に当てて、考え込む。咬み応えありそうなこの布、クロハナのお土産に買っていこうかな? 「クロハナさん達が遊んでくれたら良いな」 私はこれにしよう、とナウラが手に取ったのは、紋様化された樹蔦の描きこまれたフリスビー。 留守番の犬の司書へのお土産をそれぞれに選びながら、ナウラとアルドは楽しげに笑み交わす。 「お留守番、えらいえらいって頭撫でてやるんだー」 燻製肉の並ぶ隣の屋台から、長い黒髪を風に遊ばせ、華城 水炎が人懐っこく笑いかけてくる。手にした紙袋には、大きな燻製肉。犬の司書へのお土産らしい。 「な、ミト」 隣に立ち、真剣な顔で燻製肉を選ぶミトサア・フラーケンにも、水炎は笑みを向ける。 「お留守番は可哀想だもんね」 樹の香り漂う肉塊を見詰めたまま、ミトサアは頷いた。 「……うーん、骨付き肉とか喜んでくれるかな?」 「それも美味そーだな」 二人は楽しげに土産物を選ぶ。 司書へのお土産を片手に、アルドの銀眼は土産物屋に並ぶ銀細工にも向かう。花蔦を意匠した銀細工の小箱、あれは拠点のみんなへのお土産のひとつに欲しいな。 「はいF組集合ー!」 土産物に食べ物に、様々な種類の露店が無節操に広がる屋台広場に、よく通る声が響く。聞いたことのある声に、アルドは猫耳の頭を巡らせた。 広場の真ん中、穏かな女性のような容姿のファーヴニールが、この指とーまれ、と片手を挙げて立っている。祭りの人込みの中でも目立つ彼の元に、『F組』なのだろう、何人かの男女が集まろうとしている。 「っと、あたしもF組だ」 いつの間に買っていたのか、果物ジュースと氷菓子を抱え込んだ水炎がのんびりと声をあげた。 「ミトも来るー?」 水炎に誘われ、ミトサアは今回は遠慮しとくよ、と小さく首を横に振った。気が向いたらおいで、とF組集合場所へと向かう水炎の背中に、手を振る。 人込みを縫って、ファーヴニールの元に辿り着いたF組の面々を待っていたのは、 「そして解散ー!!」 そんな非情な号令。 「ちょっと待ってー?!」 浴衣姿の肩にセクタンのエンエンを乗せた日和坂綾が慌てた声を上げる。鉄板入りシューズの足元には、大きな鞄。 「みんなで楽しく騒ぐんだろ?」 相沢優が不思議そうに首をちょっと傾げる。背中には、大きな保冷鞄を負っている。保冷鞄のポケットには、こっそり『賭博の草原』で買っておいたチケットが一枚。ヴォロスの言葉が刻まれた紙には、『焔狼』の文字。 「皆で屋台巡りーしよーぜー」 まだ焼肉串も食べてねーしー、と水炎が氷菓子を持った手を抗議に突き上げる。 ファーヴニールは大ブーイングを食らい、 「じゃあこうだ! じゃーんけーん、」 言うなり、この指とまれ、の手を大きく振りかぶった。 「ぽん!」 反射的に皆がそれぞれ出したじゃんけんで、 「負けたー?!」 ファーヴニールは大敗した。全員に負けた。 「全員分の焼肉串買って来る!」 焼肉屋台の香ばしい匂いを辿って、ファーヴニールは走り出す。待機のF組は屋台広場の休憩所へと移動する。移動ついでにあちこちの屋台を見て回る。錫の細工物や陶芸品、木彫りの人形。 「これ、水炎さんに似てるよ?」 長い髪を風になびかせる、小さな木彫りの人形を綾が手に取る。綾の楽しそうな笑みと小さな人形に彫られた笑顔に惹かれて、水炎はついつい散財する。あの民族衣装、管理人のじじさまに似合いそうだ。 椅子の並ぶ休憩所で、戦利品の食べ物を分け合い、土産物を見せ合い、笑いあう。 「優さん」 幼い声で名を呼ばれ、優は声を辿って振り返る。 「久しぶり。覚えてる?」 喧騒の中、民族衣装の子どもが立っている。親しげに笑む金色の瞳は、瞳孔が横に開いた見慣れぬ形。 「ルーノエラ」 もちろん、と優は笑みを返す。ルーノエラ・アリラチリフ。以前、インヤンガイの旅を共にした。聡明な優しい子だ。 「賑やかで、いいね」 ニコニコと楽しげにルーノエラは笑む。 「大好きだ、こういう雰囲気」 「ああ、いいよな」 またね、と緑色の変わった形のマントに風を集めて、ルーノエラは軽い足取りで歩き出す。何かを、誰かを、探しているのだろうか。金色の眼は絶えず辺りを注意深く見詰めている。 「じゃーん!」 綾の声に、優は視線をルーノエラの背中から傍へと引き戻した。綾が得意げな笑顔で鞄を開いている。中には、色とりどりのカキ氷シロップに練乳、カップとスプーン、 「来た時よりも美しく、で材料とゴミ袋は持ってきたけど」 しまった、と困り顔で頬を引っ掻く。 「氷と機械は? あれぇ?」 大きな鞄の中をどれだけ探しても、氷も機械も見当たらない。 「氷ならあるぞ」 優が背中の保冷鞄を下ろす。中の氷が涼しげな音を立てた。 「さっすがユウ!」 「あ、……でも機械が無い」 頭を抱える綾と優の傍ら、ちょこん、と黒髪の頭が覗いた。 「優君、綾ちゃん」 おっとりと笑うのは、春秋 冬夏。連れの璃空と一緒に食べ歩きしていたのはいいが、人が多くて迷子になったのだと言う。 「探そうか?」 焼肉串を両手に持ち、ファーヴニールが帰ってくる。皆に串を渡して回る。自分の分は冬夏に渡す。 「食べていいよ」 「ありがとう、ニール兄」 璃空ちゃんの方がきっと見つけてくれるよ、と呑気に言って、冬夏はF組の皆と一度分かれ、歩き出す。それまでに歩き回って美味しいものを見つけとこう! 祭りの活気の中を、冬夏は元気に歩き回る。歩いていれば、きっと色々見つけられる。 「あ、これ、璃空ちゃんに似合いそう」 例えば、大好きな璃空ちゃんに似合いそうな髪飾りとか。 露店に飾られた、深い蒼にも鮮やかな青にも見える、不思議な石の髪飾りを見つけ、冬夏は眼を輝かせる。 露店に近付き、同じように輝石飾りに眼を奪われている少年の傍に立つ。綺麗ね、と話しかければ、綺麗だね、と優しい声が返ってくる。 夏草の深碧、太陽の琥珀。髪飾りや耳飾り、額環に腕環、露店の台に飾られた雑貨に見蕩れたまま、ルーノエラは母や弟を想う。一緒に、来たかったな。 お土産に、と手に取ったのは、お小遣いで買えるほどのささやかな、指先ほどの小さな石の首飾り。氷雪をぎゅっと固めたような、銀蒼色の石を太陽に透かして、ルーノエラは金の瞳を嬉しげに細める。 太陽に煌く銀蒼色に、フェリシアは足を止めた。木実入りパンに野菜と肉のごった煮に、ロストナンバー達に分けてもらったかき氷。刀で削るかき氷は初めて見たけれど、あれはあれで面白かった。わあわあ言いながら氷を削る、ある意味とてもお祭りな様子はしっかりと携帯電話の写真機能で撮らせてもらった。くすり、小さく笑みを零す。 空にたなびく日除けの色鮮やかな織布も、広場を行き交う見慣れぬ姿の人々も、風に乗って届いてくる不思議な音色の音楽も。全てが珍しい。背筋を伸ばしてきちんと歩こう、そう思っていても、心は弾む。心と一緒に、思わず足も小さく跳ねる。眼が好奇心に輝く。 輝石飾りの露店の前、足が釘付けになる。太陽の光を鮮やかに、時には柔らかに跳ね返す、色とりどりの装飾品。眼はうっとりと魅入られているのに、 「……わ、悪くないわね」 口から出て来る言葉は平静を装っている。 「ふむ、民芸品か」 涼やかな声が肩越しに聞こえた。振り返れば、露店に飾られた蒼い輝石と同じ色彩の眼がすぐ傍にある。 「どのような輝石も、貴女の美しさには敵いませんよ、レディ」 鮮やかな笑みを唇に浮かべ、アインスは装飾品を一瞥する。庶民の作るものであれば、この程度であろう。皇子である、 「このアインス様のお眼鏡に適うものは何も――む?」 呟く唇が動きを止めた。細い指先が誘われるように伸びる。様々の輝石の中から、愛おしむように拾い上げたのは、水珠のようなクリスタル。よく見れば、細緻な薔薇の彫刻が為されている。 掌に馴染むそれは、アインスの故郷にあった特産品とよく似ていた。 「店主、これを一つ」 王族然としたアインスの言葉に、店主は慌てた。品物を包もうと、手を伸ばす。 「ああ、包んでくれなくていいぞ」 アインスは穏かな笑みを向けた。代金をその手に乗せる。 「このまま持って行く」 クリスタルの薔薇を掌に、颯爽と踵を返しながら、アインスの顔はどこか複雑だ。つい勢いで買ってしまったな、と怜悧な眉を寄せる。次には、ふ、と苦く微笑む。 ――どうやら私もホームシックとやらに罹患してしまったらしい。 「この焔狼の革、なめすのに用いられた薬、または植物について知りたいのだが……」 獣皮やその加工品の並ぶ露店の前では、流芽四郎が店主を質問攻めにしている。手にしているのは、緋色も鮮やかな獣皮のブックカバー。渦巻く焔のような模様が浮かび上がっている。 獣皮屋の主人に、安くはないブックカバーの代金に加え、皮なめし技術の情報料まで請求されても、 「では、それで」 四郎は温和な笑みを浮かべるばかり。静かな笑みの奥に何か感じるものがあったのか、主人は焦ったように手を振る。商品の代金だけで結構、と言い添える。 小さく頷いた四郎の眼が、ふと、ゆらゆらと上機嫌に揺れる茶色の狼の尻尾に向かう。頭にはぴこぴこと動く艶やかな狼の耳。柔らかそうな皮だ、と眼を細める。 自分の尻尾と耳がそんな風に見られているとはつゆ知らず、アルウィン・ランズウィックは鰍が開いた飴細工の屋台に釘付けになっている。口は半開き、尻尾はぱたぱた。鰍の手が素早く動く度、色んな動物の形が出来上がっていく。屋台に並ぶ飴細工は、まん丸『煙玉』に凛々しい『焔狼』、首長『麒麟』。『モンスター競馬』に出走するモンスター達だ。 「ま、魔法使い!」 屋台の端に両手を掛けて、アルウィンは魔法使いと呼んで尊敬する鰍に話しかける。 「麒麟! 麒麟ちょうだい!」 「落とすなよ」 アルウィンや集まる子ども達に、飴細工を作っては振る舞う。隣の揚げ物屋の兄ちゃんにも話しかけついで、飴細工のお裾分け。 「どう、儲かってるー?」 お返しにと揚げパンを差し出しながら、揚げ物屋はぼちぼちでんな、と笑った。 「やっぱどこ行っても、こういうのは変わんねえんだな」 賑わう雑踏、活気付く屋台。祭りの最中、鰍は楽しげに笑う。 「よう、お前も持ってけ」 鰍に麒麟型の飴細工を差し出され、璃空はきょとんと瞬いた。 「ありがとう、頂く」 大人びた仕種で礼を言い、受け取る。大事に鞄へ仕舞いこみ、はぐれた冬夏を探して視線と足を雑踏に分け入らせる。符を貼り付けておいたから、どの辺りに居るかは分かる。こんな朗らかな風の吹く場で、そうそう物騒なこともないだろう、と迷子の連れを探してはいるものの、その顔に焦りはない。 少し見て回ろう、と屋台を巡る。何かいいものが見つからないだろうか。たとえば、冬夏に似合いそうな装飾品とか―― ぺたんと座り込んだまま、ディーナは膝に集まってくる煙玉の仔らをまとめて抱き上げた。きゅーっと抱きしめる。 うふふ~、幸せな笑みが込み上げる。 「か~いい~。一遍こういう子達、モフってみたかったんだ~」 隣では、ナウラが粘土の仔の頭を撫でている。兜型した頭は、けれどふにふにと柔らかだ。 場の管理人らしき老人に確かめて後、ナウラは一人の粘土を抱き上げ、 「凄く高い高いー!」 ぽーんと空へ投げて。落ちてきた仔をぎゅっと抱きしめ受け止める。寡黙な粘土の仔がきゃあと声を上げて喜ぶ。ビスケットの欠片をその小さな手に渡せば、欠片を両手で持ち器用に齧る。その様子を、ナウラはきらきらした眼で見守る。抱いたままの粘土の額に額をぐりぐり押し付ける。 「イタタ……」 ふと上がったディーナの小さな悲鳴は、 「でも幸せ~」 煙玉や焔狼の仔らに群がられたディーナのもの。遊べ遊べと甘噛みされたり引っ掻かれたりされているらしい。 マグゥ~、マグゥ~、とスベスベぷにぷにの肌を惜しげもなくさらして、マグロ・マーシュランドは可愛らしい声で鳴く。モンスターの仔の振りだ。本人曰く、『どちらが沢山の人に遊んで貰えるか、勝負だよーっ』、なのだが、 「こぉゆう生活、憧れるかも~」 モフモフ成分の幸せに酔ったディーナに頬擦りされ、ふかふかの煙玉達に遊ぼう遊ぼうともみくちゃにされ、 「よしよしよし、お兄ちゃんが遊んでやるからなー!!」 眼を輝かせたツヴァイに麒麟の仔達と一緒くたに抱き上げられ肩車され、仕舞いに高い高いされて眼を回したところを、焔狼の群に美味しそうと舐められる。勝負だか何だかも分からなくなる。 「キリン? KIRINって、なんじゃー!」 がおうと吼える虎のロストナンバー、グランディアに、 「麒麟はこの仔だよぅー」 マグロは勝負しているうち仲良くなった麒麟の仔を紹介する。ついでにマグゥ~、と鳴いてみる。麒麟の仔とマグロと、並んでつぶらな眼で見詰められ、グランディアはぐるぅ、と眉間に皺を寄せた。 「生まれてこの方、独り身な者のことも言うよ」 麒麟の仔の群に囲まれ、紫色した長い舌でべろべろと舐め倒されながら、トリシマ カラスは言う。煙玉に突進されても、焔狼に甘噛みされても、でれでれにやにや、嬉しそうに仔らを撫で続ける。 カラスの言葉に、グランディアはますます眉間に皺を寄せた。寄って来た駝鳥の仔に鼻先を寄せる。巨大な虎の鼻先にそっと押され、駝鳥の仔はころりと転がった。 「あんたは出走しないのか?」 一見、モンスターにも見えるシベリア虎のグランディアに、カラスは問う。モンスターの仔らに囲まれながら、祭りの様子を絵に描く様子はとてもとても、幸せそうだ。 「スタミナ切れが早いんでな」 縞々尻尾を揺らして、煙玉の仔と遊んでやりながら、グランディアは眼を笑みに細める。 「なーに怖がってんだよ!」 焔狼を抱いたツヴァイに元気良く声を掛けられ、レインは身体を強張らせた。頭から白い布を被った、てるてる坊主のような格好の少年は、楽しそうな気配に誘われ、ふらふらと柵へと近付く。 「大丈夫だって! こいつら超大人しいから!」 人込みに惑い、きょろきょろしながら歩いてくるレインを、ツヴァイは元気いっぱいの笑顔で迎える。 「ほら、こうやって手を出しても……」 言って、足元の駝鳥に手を伸ばした途端、かぷりと食われた。けれど。 「噛まれるかもしれねーけど痛くねーぜ!!」 ツヴァイの笑顔は変わらない。その笑顔と、ツヴァイの抱く焔狼の丸い目に誘われて、レインは恐る恐る、そうっと左手を伸ばす。なんだか怖いけど、可愛い気もする……。 小さな手を、焔狼の仔はかむかむ噛んだ。 「うわ、大丈夫かっ?!」 大騒ぎするツヴァイに、大丈夫、と小さく頷いて見せる。首を傾げるようにして、じっと焔狼の仔を見詰める。しばらくそうしていると、焔狼の仔はレインの指を舐めだした。ツヴァイが笑顔になる。焔狼の仔の暖かな身体をレインに抱かせる。 「な、痛くねーだろ?」 モンスターの仔と人が無邪気に遊ぶ。その様子を見ながら、クアール・ディクローズは柵の端に座り、絵を描く。足元では、犬の獣人ウルズが紅い毛並みの焔狼とじゃれあっている。 「ラグズ」 頭の上に陣取り、クアールの眼鏡を取ろうと必死な猫の獣人ラグズの肉球の手を掴む。 ふわり、甘い酒の匂いと、 「どうせこういう静かな隅っこだろと思ったゼ」 蝙蝠翼の立てる風と共、ベルゼがやってきた。ラグズがクアールの頭からベルゼの肩へと跳ね移る。 隣に座り、呑め、とベルゼが酒瓶を差し出してくる。先に酒宴の場で呑んできたのだろう、ホロ酔いの上機嫌な顔をしている。呑めないと知っているだろう、とやんわり断れば、 「ノリが悪ィゼ全く」 ベルゼはキシシと笑った。お前もそう思うよなァ、とラグズの頭をがしがしと撫でる。楽しげな大人たちに誘われ、ウルズと焔狼が駆けてくる。ベルゼとクアールの足元に、遊ぼう遊ぼうとじゃれつく。 「キッシシシ、このかわいいヤツらめ!」 ラグズもウルズも焔狼も、みんなまとめて抱き上げて、ほろ酔いベルゼは大笑いする。思いっきり撫で回されて、ウルズもラグズも、モンスターの仔も、皆で大笑い。 草原に転がって遊ぶ皆の姿を、クアールは静かに描き続ける。眼鏡の奥の眼を伏せ、筆を走らせ、ふと眼を上げて、 「どうした?」 覗き込んでくる獣人達と眼が合った。 「何でもねェ」 満面の笑みで、ベルゼは首を横に振る。 笑っている、と指摘すれば、この主はきっとまた元の無表情に戻ってしまうだろうから。 優しいハーモニカの音が風に乗って届いてくる―― モンスターの仔と、祭りに集う様々の種族の子らが転げまわって遊ぶ広場の片隅で、ミトサアは独り、ハーモニカを吹いている。優しい音に誘われたエルフの子が傍に座り、ドワーフの子が正面に座り込む。モンスターの仔らが脇で昼寝を始める。 うつらうつらと頭を預けてくるエルフにそっと笑いかけ、ミトサアはハーモニカに唇を寄せた。流れ出すのは、どこか懐かしくて悲しい、子守唄。 「ミトちゃん」 子らを起こすまいと小さく潜めた声がミトを呼んだ。演奏を止めずに、伏せていた眼だけを上げる。 煙玉の仔をもふもふと抱きしめ、春秋 冬夏が立っている。エサくれエサくれと足元に絡みつく焔狼の群にしゃがみこみ、ポケットから出したパン屑を掌に載せる。あっと言う間にモンスターの仔塗れになりながら、冬夏はくすぐったい笑い声を上げた。 「もふもふと随分楽しげだな」 私も、と広場を囲う柵を軽やかに飛び越えて来たのは、迷子の冬夏を捜していた璃空。一緒になって遊び始める少女達を穏かな眼で見、ミトサアは淡く笑む。ハーモニカに息を吹き込む。 吟遊詩人のエルフが竪琴を掻き鳴らす。酔っ払いドワーフが空の酒樽を打ち鳴らす。祭りの明るい音楽に、オルグ・ラルヴァローグの陽気なヴァイオリンが混じる。アルド・ヴェルクアベルの伸びやかなフルートが合わさる。金色の狼と銀色の猫の飛び入り参加に、周囲の酔客達から喝采が沸く。 「へへっ、やっと俺の演奏の出番ってワケだな!」 弓を操りながら、オルグは笑みを零す。アルドと視線を合わせ、お互いに笑みを深くする。アルドは、本人が日頃から自信があると言っている通り、柔らかな音も跳ねるような音も、自在にフルートで表現する。アルドほど上手いってワケじゃねえがな、とオルグは負けじとヴァイオリンを弾く。ニアミスなら祭りの陽気が誤魔化してくれるさ。 隣のオルグに貰った楽譜に合わせ、アルドはフルートを吹く。オルグが音を重ね、周囲の楽士達が即興で音を盛り上げる。 華やかな音楽に誘われて、阮 緋が手にしていた酒瓶を傍らの呑み仲間に預け、立ち上がる。期待の拍手に迎えられ、阮は褐色の精悍な頬に笑みを浮かべた。 右足と左足の銀輪飾り、『封天』を飾る幾多の鈴を打ち鳴らす。鈴が空気を震わせる。曲刀を抜き放つ。異国の楽器の音が混ざり合う。舞う刃を、黒と白金の混ざる阮の長い髪を、陽の光が白く青く、走る。 「軽業師なんだから、こういうお祭りにくればいいのに……」 阮の演武を肴に、ディーナは呑む。木の碗に直接唇を付けたまま、小さく呟くのは、憧れの相手の名。 「大好きな方のことですか?」 ふふふ、と軽やかに笑うのは、神埼玲菜。 「ち、違……ッ」 目元を紅く染めるディーナの碗に、自作の梅酒を注ぐ。これも持参して来た、色々な種類のチーズやクラッカーやナッツ類を並べた皿を勧める。くすくすと楽しげに笑みを零しながら、 「ね、その方のこと、教えてくださいませんか?」 柔らかな口調で問いかける。ディーナから返杯を受け、ありがとうございますと丁寧に目礼し、 「乾杯、ね」 「はい。乾杯、です」 木の碗をコツリ、ぶつけ合う。 碗の中には、澄んだ青の酒。笑み崩れていた玲菜の眼が、不意に伏せられた。優しい眼に、涙が溜まる。 ディーナの掌が零れた涙を拭う。どうしたの、と聞かれ、 「逢いたい人のことを、思い出してしまいました」 悪い人?、と聞かれ、首を横に振る。 「違うんです、……とても、」 瞼を閉ざして涙を追い出せば、すぐに浮かぶ面影がある。 「……とても、逢いたい人……」 酒のせいか、泣き出す玲菜の肩をディーナは抱きしめる。 「うん、逢いたい、ね……」 頷く。 「無くして見つける……簡単だよなァ、本当なら」 肩を寄せ合う女達を眼の端に捉え、ジャック・ハートは酒瓶を呷る。 「お酒のおかわりは?」 ふわり、ヴィクトリアンメイド服の長い裾が掠める。古風なメイド服と丸眼鏡姿で、メテオ・ミーティアは酒宴の場を給仕して回っていた。 酒の入った切り子グラスを満載した銀盆を片手に、軽やかに酒宴の場を歩き回る。ロディ・オブライエンにグラスを手渡し、ロジオン・アガンベギャンの空のグラスを取り替える。小さく目礼するロジオンの鋭い眼は、仄かな酔いのためか、微かな笑みを帯びて柔らかい。 ロディの持ち込んだおつまみや振る舞い酒にあずかりながら、ロジオンは人の多さに圧倒されたように押し黙る。黙ったまま、もう何杯目かも知れない酒を干す。 「賑やかだな」 ロディの注ぐ酒をグラスに受け、返事の代わりに僅かな笑みを浮かべる。ロディのグラスに酒を注ぎ返す。 「いくら飲んでも無料というのは悪く無いな」 こういう日ならではという感じはするしな、と続けるロディに、応じるように杯を空にする。続けざまに酒を呷っても、ロジオンの顔色に変化はない。結構なペースで飲み続けているロディも、それは同じだ。 「美味い」 ロディの持ち込んだローストビーフをつまみ、ロジオンは眼を和らげた。寡黙に杯を重ねる二人の周りには、いつか空の酒瓶が何本となく倒れている。 「まあ、精々潰れてしまわない様には気を付けて飲む事としようか」 ロディの言葉に応えて、ロジオンはグラスを掲げた。どこか無骨な音を立てて、グラスの縁と縁が合わせられる。 「どうぞ?」 メテオは銀盆に乗せた酒のグラスを、ジャックに優雅な仕種で手渡す。 「ウヒャヒャヒャ、……いいねェいいねェ、酒宴ってェヤツは」 屋台広場で買い込んだ食べ物を山と積み、ジャックは酒瓶を次々とあおる。隣で酒を干すドワーフの老人のごつい肩をバシバシ叩く。 「ジィさん、いい呑みっぷりじゃァねェか? 俺と呑み比べするかァ」 ヒャヒャヒャ、笑うジャックの肩をドワーフの老人は叩き返す。髭面で笑い、酒を干す。 「二人共、いい呑みっぷりね」 メテオはジャックの傍にメイド服のスカートを広げて座った。手にしていた銀盆を横に置き、杯を手に取る。 「さあ、お酒お酒ー」 「ハッハァ、姉ちゃん、いい尻してンなァ」 ジャックを間に挟んで、老人がヒョイと手を伸ばした。つるりと尻を撫でられ、メテオは立ち上がる。メイド服の裾が際どく翻る。スラリとした足がジャックの屈めた頭を越え、老人の頭を蹴ろうとして、 「止めないでよ」 メテオは顔をしかめた。足が見えない力で無理やり止められている。メテオの足が起こした風に押され、老人は横に倒れた。 「パンツ見えてッぜェ?」 メテオの足を掴んでいたESPの力を解き、ジャックは頭を下げたまま酒を啜る。スカートの裾を押さえ、メテオはその場に座り込んだ。整った顔を怒りと恥じらいの朱に染める。 「じゃんじゃん飲むわよ!」 酒瓶を握り締め、頬にうっすら朱を残しながら宣言する。 「呑め呑めェ」 ジャックは酔いの出ない顔で、けれど酔ったように笑みを弾けさせる。 「この場を絵にしても、楽しそうだよ」 紫雲 霞月は何杯目とも知れない酒の杯に唇を付けた。眼を細め、微笑む。酒宴の場を見回し、帰ったら描いてみようかと思う。 どれだけ呑んでも変わらない顔で、今回、酒宴の場への誘いを掛けて来た黒藤 虚月の空の杯に酒を満たす。 「妾、エルフと似ておるかのう」 長く尖った耳に指先で触れながら、虚月はいつもより幼い表情を浮かべる。オルグやアルドの音楽に拍手し、阮の演武に歓声を上げるエルフの女達の耳は、虚月の耳とよく似た形をしている。 「清げ、……」 隣で静かに杯を傾ける青い髪の男の本名を口にしかけて、虚月は僅かに眉を寄せた。 「青燐」 元の世界での役職名で呼び直す。青燐と呼ばれ、都の長でいたあの頃に何かあったのだろうか。何が、あったのだろうか。青燐は感情を笑みで隠すようになってしまった。絶えず、ずっと。 「久しぶりですねー、酒盛り」 いつも顔を隠している、単眼模様の青布は膝に置いて、青燐は穏かな笑みを浮かべている。 同郷の古い仲間の様子がおかしいと思いながらも、虚月も霞月も、その理由を問うことは出来ずにいる。 (まあ、真実の表情は見せてくれんがの) それは声にせず、青燐に酒を差し出す。 虚月の酒を受け、青燐はいつものようなにこにことした笑みを顔に浮かべる。杯を重ねても変わらない、仮面じみた笑顔の下、 (やりにくいんですよねぇ) 苦笑いのような、困惑するような。そんな感情を隠している。霞月も虚月も、昔の自分を知っている。二人共、何も聞いては来ないが、 ――知られぬままに済ませている過去を、いつか知られてしまいそうで。心の奥底に押し込めて殺した感情を、いつか感づかれてしまいそうで。 (……やりにくいんですよねぇ) 青燐はほんの僅か、眼を伏せる。 「やあエア」 俺の事覚えているかな?、と問うルゼ・ハーベルソンの明るい笑顔に、エアはくぅ、と嬉しげに鳴いた。祭りに沸く草原の外れ、今まさに飛び立とうとしていた巨鳥は、その翼を一度収める。 「クラウスも来てくれたんだ」 ルゼの隣で両前肢を揃えて座る、巨躯のドーベルマンにも笑いかける。尖った耳を動かし、クラウスは頷く。 「元気そうで良かった、傷は開いたりしていないかい?」 ルゼは白い羽毛の身体を抱きしめ、 「ちょっと太ったみたいだけど」 肥満病で俺の所に来るのは止めてくれよ、と笑う。世話になった船医の言葉に、エアはもう一度鳴いた。照れたように翼を羽ばたかせる。 「きゃ……」 翼の起こす風に、髪を、小柄な身体を煽られ、コレットは小さく悲鳴とも歓声とも取れない声を上げた。ごめん、と咄嗟に謝るエアに、 「大丈夫よ」 花が咲くような笑顔を向ける。 「エアさんの傷が治っているみたいで良かった」 「こっちはコレット……俺の妹みたいな人」 ルゼの紹介に合わせ、コレットはお土産にと持って来た鮭を差し出す。エアの眼が輝く。ここに結わえ付けて、と背中の鞍を示す。 「エアさんさえ良かったら、背中に乗せてもらいたいな」 「一度、お前の背中に乗ってみたくってね。頼めるかい?」 恩人のルゼと、鮭をくれたコレットの頼みに、エアは大きく頷いた。 「クラウスは? 乗る?」 「いや」 翼を広げ、背中の鞍を示すエアに、クラウスは首を横に振る。短く笑う。立ち上がれば、クラウスの風の力が発動する。屈強な足が地を蹴り、空へとその身を舞い上がらせる。 「オレは自分で飛ぼう」 エアの背に、コレットを後ろから抱きかかえる形でルゼが乗る。 白い翼が広げられ、羽ばたく。エアをさりげなく助けて、クラウスの風が鳥の身体を押し上げた。 風に乗り、二人と一頭と一羽は、飛ぶ。皆を護るように隣に並んで飛ぶクラウスを、エアは頼もしげに見る。 広がる青空と、遥かに続く碧い草原に、コレットは息を呑んだ。 「……どこまでも続いているのね、この草原」 エアの背を撫でる。身体を支えてくれるルゼの大きな手に、小さな手を重ねる。 「今日は空に連れて来てくれてありがとう」 視線を下に向ける。賑わう大地、一際人の多いあの場所は、何があるのかしら……? 酒瓶を片手に、阮 緋は出走表を見仰ぐ。大樹の一枚板には、出走するモンスター達の名が雄々しく刻み込まれている。 視線を巡らせる。初めに眼に入ってきたのは、 「あれは……走るのか?」 そもそも生きているのか。真っ白ふさふさな毛皮を草の汁と土で汚しながら、ころころと大地に円を描く、『煙玉』。それでも、艶やかな白い毛並みは気に入った。あれに賭けよう、と手持ちの貴金属を出走表下に天幕を広げて座る胴元の老女に差し出す。 樹の皮で出来た賭け札を阮に渡し、老女は歯の無い口で、掛け金は要らんよ、と笑う。 「祭りじゃからの」 黒葛一夜とアルウィン・ランズウィックは出走表前にうきうきと駆け寄る。天幕の下には、酒樽や獣肉や織布、金の粒に銀細工、琥珀色の輝石に籠一杯の果物、賭けの賞品が山積みにされている。掛け金不要、祭りの大盤振る舞いなのだろう。 二人は出走表の向こうに並ぶモンスター達を見回す。どれに賭けようか、ときらきら輝く大人と子どもの眼が、ふと、大きな体を見つけた。 ぶひひんといななく、長い首と黄色と黒の斑模様の身体の持ち主。つぶらな眼と眼が合いそうになり、一夜はとても生温かな表情を浮かべた。ふっと笑う。そっと眼を逸らす。 「煙玉に賭けます」 「麒麟! 麒麟!」 一方のアルウィンは眼を輝かせて麒麟の掛札を求める。あの珍しい生き物がきっと一番になる! 老女から掛札を貰った一夜は、 「シンイェさん?」 同じく、老女から『黒鮫』の掛札を貰い受けようとする漆黒の獣を見つけた。思わず呼び止める。馬の姿したシンイェは、掛札を咥えて金色の眼を上げる。挨拶するようにちらりと瞬く。 「レースに参加するんですか」 一夜の問いに、シンイェはこれが見えないかと掛札を咥えた顎を上げた。 「……馬なのに賭ける方なのか……」 意外そうに呟く一夜の頭を、シンイェは反射的に馬の形した前肢でドツく。馬扱いするな。 「大人しくさせる作用のある竜刻かなにか持っているのかな?」 秘密じゃ、と笑う老女から、トリシマ カラスは迷わず『麒麟』の掛札を受け取る。慈しむような眼で、出走を大人しく待つ麒麟を見つめる。 「どれも個性的過ぎて選ぶのに悩んでしまうね」 ヴァンス・メイフィールドは出走モンスター達を眺めている。賭博もやってるとはね、と楽しげな笑みを浮かべる。とってもお祭りらしくて良いじゃないか。 悩んだ末、ヴァンスが選んだのは、草地の上、硬い鱗で覆われた短い肢で跳ねる『黒鮫』。 「外れたら外れたで良いんだけどね」 見ているだけでも、結構楽しそうだ。 「いやいや、拙者は賭博なんぞには興味無いでござるよ」 老女に掛札を示され、雪峰時光は首を横に振る。何せ元の世界でも精錬潔癖に生きてきたサムライなのだ。 賭博は金を失い、身を滅ぼす。 「拙者は殿に誓っているでござる、賭博には手を染めぬと……」 固辞する時光の耳に、 「KIRIN is NO.1ーーッッ!!」 草原一杯に高らかに響き渡るは、坂上 健の雄叫び。叫びながら、健は麒麟の傍に走り寄る。危ないから下がれ、と言うエルフの騎手を得物のトンファーで撥ね飛ばし、 「俺が出る!」 ぶひひん、応えるように麒麟が鳴く。前肢を折り、登れと示す麒麟の背によじ登る。 「俺たちは風になる……」 風になって全てのカップルに見せつけてくれる! 出走の合図も待たず、健の興奮につられた麒麟が眼をらんらんと輝かせ、走り出す。目指すは手近な非KIRIN、即ち敵、 ――黒葛一夜。 「ええぇえッ?!」 草を蹴立てて襲い来る、巨大な獣に一夜は悲鳴を上げる。 「待て!」 一夜の前に、カラスが両手を広げて立ち塞がる。否、諸手を広げて麒麟を歓迎する。 ぶひひひひん、麒麟が鳴いた。一夜を蹴ろうとしていた肢を優しく踏みかえる。長い首を曲げ、カラスの頬を紫色の舌でべろろんと舐める。それは正に、仲間に対する親愛の印。 「応援してるよ」 カラスは麒麟の毛深い大きな頬をそっと撫でた。 猛る麒麟を細腕一本で鎮めたKIRINの雄姿は後々までの語り草となったが、それはまた別の話。 雄叫びを上げる健を乗せ、麒麟は胸を張って出走場へと戻る。レース開始はもうすぐだ。 「エルの踊りでモンスターも賭けてるみんなも応援してあげる!」 エルエム・メールは出走場の脇で跳ねる。肌を覆う布地の少ない踊り子衣装を彩るのは、色とりどりの飾り布。目立つ色彩の塊と、躍動的な舞に、エルエムの周りには見る間に人だかりが出来る。 「こういうレースにはレースクィーンがつきものでしょ?」 勝気な瞳を楽しげに煌かせ、エルエムは舞う。人だかりから拍手と歓声が起こる。ヴォロスは実は初めてなエルエムは、けれどその天真爛漫さと屈託の無い舞で以って、ヴォロスの人々と容易く馴染んだ。 法螺貝が吹き鳴らされる。 出走場前に集まった人々から歓声とも鬨の声とも付かない声が沸いた。 ――出走だ。 黒鮫が短い肢を必死に動かし、一番に踊り出る。追うは紅の焔狼。三番手に鎧をガシャガシャと鳴らして粘土、その粘土を潰そうと追い立てる形でごろんごろんと転がる煙玉。 「行くでござる駝鳥!!」 掛札を握り締めて時光が応援する駝鳥は五番手。 「賭博には手を染めない、んじゃなかったの?」 くすくすと笑うヴァンスに突っ込まれ、 「……よ、良いではないか。金は賭けていないのでござるから……」 時光はうろたえた。が、それも僅かの間。 駝鳥が長い肢を絡ませて転ぶ。飛ぶことの出来ない短い翼をばたつかせて起き上がるも、ライバルのモンスター達は土煙を上げて既に遥か彼方だ。 「負けたら丸焼きにするでござるよー!!」 泣き出しそうな駝鳥の極彩色の尻を、時光の応援の声が蹴り飛ばす。ヒィと鳴いて、駝鳥は更に翼をばたつかせる。そうして、 ふうわり、浮き上がった。飛ぶことはないとされていた駝鳥の飛翔に、観客達がどよめく。小さい翼を必死に羽ばたかせる駝鳥の脇を、 「ぶひひひーん!」 麒麟が喚きながら駆け抜ける。紫の舌を口の端から零し、ついでにヨダレも零して、長い肢で走る、走る。 「負けるな麒麟! やれば出来る子だ! 挫けるな!」 尻尾をぱたぱた振り回し、興奮の余りキャアキャア叫びながら、アルウィンは必死に麒麟を応援する。傍で聞いていたKIRINのカラスが思わずうっかり涙ぐむ。そう、挫けちゃいけない。 コースは円になっている。モンスター達のゴールは、スタートを見守った観衆の目の前だ。 黒鮫の硬い鱗の背中を踏んで、焔狼が跳躍する。焔狼の着地地点に待ち構えて、煙玉。真っ白な身体ががばりと裂ける。体の半分はある大きな口が、焔狼の胴をくわえ込む。その脇を駆け抜けて、粘土。重たい鎧で必死に駆ける。転ぶ。スライム状の中身がぶちまけられる。ぬめぬめスライムを踏んで、黒鮫がひっくり返る。腹を晒して起き上がれない。 ぎゃわぎゃわと喧嘩する煙玉と焔狼を横目に過ぎて、粘土の上でもがく黒鮫を軽やかに飛び越して、一番でゴールしたのは、 「KIRIN is NO.1ーーッッ!!」 高笑いする健を乗せた麒麟。 「見たかコノヤロウ!」 「ザマ見ろリア充共!」 「うおおおおおおー!」 怨嗟にも似たKIRIN達の大歓声に包まれて、歓喜の麒麟はぶひひんぶひひん、草原を駆けて行く。 最後尾は駝鳥。自分が飛べることが信じられず、まだまだ羽ばたく。ばたばた浮き上がっては地面に落ち、飛び上がっては地面に転がり。何だか楽しそうだ。 「駝鳥に賭けた理由?」 真っ白に燃え尽きた時光は、ヴァンスに問われて空を仰ぐ。 「大きな鳥がいるようでござるからな」 青空に白い翼を広げて、巨大な鳥が祭りの大地を舞っている。 一等賞品の袋一杯の飴玉を貰い、アルウィンはご機嫌だ。カラスは砕けば塗料にも使える瑠璃色石を掛札と交換する。麒麟を見事一着に導いた健には、麒麟の騎手の証である麒麟の毛の首飾りが与えられた。 喧嘩する焔狼と煙玉を止めるため、粘土を鎧に戻すため、黒鮫を起こすため、駝鳥を落ち着かせるため、主催者達がコースに走りこむ。どさくさに紛れて観客達も雪崩れ込む。先陣を切って飛び出すのは、エルエム。 「わーい、祭りだ祭りだーっ!」 お祭りはこれからが本番。 終
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