オープニング

●老人の頼み
 身なりを整えた若者が訪れたのは小さな村にある屋敷だった。
 ノックをして数秒後、モッサリとしたヒゲをたくわえた老人が顔を覗かせて若者をじろじろと見る。
 しかしその視線に悪意はこもっておらず、どちらかというと好奇心による視線のようだ。
「なにかの?」
 老人は若者を見上げて聞く。
 すると若者は胡散臭い笑みを顔に貼り付けてこう言った。
「竜刻を譲ってもらえませんか?」
 単刀直入に言い切る。
 そう、若者はこの老人が竜刻を持っていると嗅ぎつけ、それを頂戴しようとここまで訪れたのである。
 老人はほんの少し思案した後、あっさりと返答した。
「良いぞ、ただしうちの蔵書の整理をしてくれ」
「蔵書の整理、ですか?」
「うむ、数年前からしようと思うとったんじゃが手がつけられなくてな。ほれ、ついてこい」
 老人は手招きして若者を家の中へと招き入れる。
(力仕事はしたくないが……まあそれで大人しく渡してくれるというのなら、悪い話じゃないか)
 そんな考えを巡らせつつ若者は老人の後に続いた。
 しかしすぐに絶句した。
 蔵書の数がもの凄いのである。
 大広間と言って良いほどの部屋にびっしりと並ぶ本棚。その本棚に隙間無く詰められた本、本、本。
 若者には理解出来ない光景だった。
「棚には収まっているが巻数がバラバラでの、きちんと1から最後まで並べてほしいんじゃ。シリーズものも固めてな」
「……」
「どうした、やってくれんのか」
 しゅんとする老人。どうやら追い返すために言っている訳ではなく、本当に竜刻を渡しても良いから蔵書をどうにかしたいらしい。
 おずおずと作業を始めた若者だったが――結局30分も経たない内に、ここから退散したのだった。

 屋敷から少し離れた森の中で、若者はぶつぶつ呟きながら爪を噛む。
「クソッ、馬鹿にしてるのか……!?」
 あの後若者は金目の物で解決しようとした。しかし老人は「いらぬ」と言う。
 若者は名をベングといった。別の村に居る裕福な一族の長男で、幼い頃から手に入れたいと思った物は何が何でも入手してきた。
「………」
 今もそのために熟考している。
 盗むのは保管場所が分からない以上、リスクが高すぎる。
 ならず者を雇って襲うのはもっと危うい。老人・コーダは近所付き合いが上手く、何か異変があれば最近妙な用件で訪れたベングが真っ先に疑われてしまう。
「こうなったら――」
 竜刻を狙う者は自分だけではないはず。
 誰かがあの依頼を完遂し、竜刻を受け取って帰路についたところを襲撃しよう。
 なに、譲ってもらいに来たのなら大抵はこの地に縁のない者。襲った犯人が誰かなんて想像出来まい。
 そう考えたベングは暗い笑みを見せ、手下を雇いに歩き出した。


●依頼
 数日後に暴走する竜刻がある。
 世界司書、ツギメ・シュタインはロストナンバー達を見回してそう言った。
「早急に封印のタグを貼らなくてはならない。その竜刻を持っているのはある村の老人、コーダだ。彼は数年前にたまたま竜刻を見つけたが、あまり執着していない。願いを叶えてやれば譲ってくれるだろう」
「願い?」
 ロストナンバーの問いにツギメは答える。
「蔵書の整理、だ」
 何冊あるのか持ち主のコーダさえ把握しきれていない本たち。
 古いものから新しいものまで様々で、中には亡くなったコーダの妻が書いたレシピや、今は遠方に居る息子が書いた日記等も収められている。
 雑然と積まれているということもなければ埃まみれということもないが、巻数はバラバラで同じ作者の本が棚の右端と左端に一冊ずつあったりとヘンテコな並び方をしているらしい。
 それをきちんと並べていってほしい、というのがコーダの願いだ。
「一日がかりで行えば終わるだろう。ちなみにコーダは腰痛のため手伝ってはくれないので注意するように。……それと」
 ツギメが一枚の似顔絵を皆に見せる。
 しゅっとした美男だが目つきの鋭い若者だ。
「ベングという。恐らくこの男が帰りにロストナンバーたちを襲うだろう」
 屈強な手下四人を引き連れ、自身も斧を持って現れるのだという。
「苦戦するような相手ではないだろうが、頭の隅に置いておいてほしい」
 ツギメはそう言うと、予言の書をパタンと閉じた。

品目シナリオ 管理番号882
クリエイター真冬たい(wmfm2216)
クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
今回は「本の整理」が目的で、「ベングへの対応」はその付属です。
メイン描写は整理場面になると思いますので、プレイングではそちらを重視してください。

以下はキャラクターの情報です、ご参考にどうぞ。

●コーダ
男、69歳。
尖った耳とモッサリとしたヒゲを持つ老人です。
妻は既に他界しており、息子は別の地で家族を養っているため、屋敷に一人っきり。
腰が悪いため蔵書整理を諦めています(日常的な動作に支障は無し)
ややぶっきらぼうな面もありますが、基本的には好々爺です。

●ベング
男、25歳。
本人はひ弱ですが悪知恵の働く方。しかし金で解決出来ないことには弱く、無駄に大胆な行動を取ることもあります。
襲撃時(恐らく日没前後)は斧を持っています。
が、使い慣れていないため逆に武器に振り回されている感じ。

●手下四人
ベングに雇われた男たち。
二十代後半でムキムキです。なぜか揃いも揃って顎がしゃくれています。
武器は刃の反り返った剣。ベングよりも素早く動き、攻撃力も高いです。

参加者
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
ファレル・アップルジャック(ceym2213)ツーリスト 男 18歳 反乱軍の一員
エルエム・メール(ctrc7005)ツーリスト 女 15歳 武闘家/バトルダンサー
カルム・ライズン(caer5532)ツーリスト 男 10歳 魔道機器技術士見習い

ノベル

●訪れたのは本の海
 静かな村だった。
 楽しげにさえずる小鳥達を眺めつつ、ロストナンバー達は目的の竜刻を持っている老人・コーダを訪ねる。
「こんにちは! お邪魔しても良いですか~?」
 カルム・ライズンがリズミカルにノックしてそう声をかけると、程なくしてコーダが扉を開けて顔を覗かせた。
 モッサリとしているが手入れのされているヒゲと、ヒゲと同じ色をした髪の間から伸びる尖った耳が特徴の老人だ。
「なんじゃ?」
「本の整理をすれば竜刻を譲ってもらえると聞いてな……まだ有効か?」
 ハクア・クロスフォードの言葉にコーダは目を真ん丸くし、そして破顔した。
「もちろんじゃ、あれから全く手付かずでの。前に来た若者が中途半端にやったせいで更に悪化してしもうた」
「あ、悪化……」
「まあこれだけ人数が居れば大丈夫じゃろう。……ああ、自己紹介がまだじゃったな」
 コーダが名乗って会釈したのに倣い、ロストナンバーの五人もそれぞれの名前を名乗って軽く頭を下げる。
「忙しくなるとは思うが――本のこと、宜しく頼んだぞ?」
 そう言い、コーダは何本か欠けた歯を見せて笑った。


「なるほど、これは見事なものじゃな」
「わぁ……ほんとに本がいっぱいだぁ……」
 本だらけの部屋を見てジュリエッタ・凛・アヴェルリーノとカルムがそう呟く。
 本当にどこを見ても本ばかりだ。唯一、入ってきた扉のある場所だけ本が無いがギリギリの位置まで本棚が設置されていた。
「コーダさんには隣室で休んでいてもらうことになりましたし……始めますか」
 ファレル・アップルジャックが空気分子を固めた小さな不可視のリフトを作り、それに本をのせて手早く運んでゆく。
「これだけ本に埃が積もっている所を見ますと、恐らくは貴重な本なども有るでしょうね。整理ついでに拝読させて頂きましょう」
「片付けながら読めるの?」
 カルムが不思議そうに訪ねると、ファレルは見えないリフトをそっと撫でた。
「不安ですか? 大丈夫です、この空気に手伝って頂きますから。それに……」
 見れば、様々なところでこのリフトが活躍しているようだ。
「……沢山ありますからね」
 そこへずっと無言で皆を見ていたエルエム・メールが駆け寄ってきた。
 ちょっと焦った雰囲気だ。
「ねえ、もしかしてもしかすると、ここの本をぜーんぶ片付けるの?」
「あれっ、ツギメさんがそう言ってなかった?」
 カルムがそう答えると、エルエムは嫌な予感が的中したという顔をした。
「うぅ、大暴れできるって聞いたのに……エルが本の整理とか、そんな重労働聞いてなーい!」
「ええっ!?」
「話よく聞いとくんだった……敵さん、来るなら早くこーい!」
 今にも暴れだしそうなエルエムを宥め、カルムがパンッと手を叩いて言う。
「ほ、ほら! これが終わったら敵さんも出てくるんだし、早く済ましちゃおう?」
「終わったら?」
 エルエムは左右を見る。本だらけで時間はかかりそうだが、これさえ終われば大暴れ出来るのだ。
「……」
 頬を膨らませ、しかしぶーたれつつも本を運び始めるエルエム。
「さーて、ぼくも頑張ろうっと!」
 カルムはそう気合を入れ、本棚から辞書を抜き取った。

 ジュリエッタの提案により整理はまず部屋にある程度の空間を確保し、どの本棚にどの種類の本を配置するのか決めてメモした後、全ての本を一旦本棚から出して行うことになった。
 配置は誤差があった時のために大雑把に決めてある。
 ジュリエッタは腕まくりして説明し始めた。
「以前、実家の蔵書の整理を手伝ったことがある。注意すべきは、まだ増えるであろう類の本は棚のスペースを空けておくことじゃな」
「買い足した時に入れられず、またバラバラになるからか」
 ハクアがそう言うとジュリエッタはうむと頷いた。
「予め空けておけば、もし本が増えたとしても整理し直すことなく入れられるからのう」
 言うと、ジュリエッタは皆からよく見える位置……出入り口の扉に配置メモを貼り付ける。
 配置は右側が料理本や運動の仕方について書かれた実用的なもの、左側が図鑑や辞書などの学術的なもの、中央が冒険譚などの読みもの系だ。奥はそのどれにも属さない本に割り当てられている。
 コーダの妻が書いたレシピや息子の日記などは量がそんなに無いため、出入り口の真横にある本棚に纏めて収めることにした。
「本の山か……」
 ハクアがぼそりと呟く。
 普段から表情の乏しいハクアだったが、今日の彼はどことなく楽しげだった。
(これはこっちのシリーズと同じ著者か……あっちも。この本は気になるから後で老人に詳しく聞いてみよう)
 本の数は膨大だが、それに対して嫌という感情はまったく無いらしい。
 そんなハクアの手が一冊の本を持った瞬間、ぴたっと止まった。
「……」
 小さめだが厚い本だ。
 タイトルは『フィリップ・フィルトレンジの大旅行記』
「旅行か。面白そうだな……」
 何気なく表紙を開き、ページを捲る。著者が描いたと思われる挿絵も随所に散りばめられており読みやすい。
 ただし旅行記というよりは冒険の記録といった風に見えた。
 それでも旅行記らしく異国の料理を紹介しているページが多く、著者の食べ物大好きっぷりが伝わってくる。
「ハクアよ。それはとっておいて、後に読んでもよいのではないか?」
「!」
 いつの間にか文字を追うことに集中してしまっていたらしい。
 ジュリエッタにツッコミを入れられ、はっと我に返った彼は凄いスピードで作業に戻った。
 作業自体は新たな発見もあり楽しいため、眠気の心配はいらない。先ほどのように読んでしまわないよう注意しておけば順調に事は運ぶだろう。
「ふむ、読み耽ってしまう魅力のある本が多いんじゃな……」
 ジュリエットはハクアが作業に戻ったのを確認し、自分の持ち場へと戻った。
 ここは辞書や図鑑ばかりを集めた場所だ。早々手に取って熟読するものは無い――と思っていたが、なんと整理していた本の中に恋愛を取り扱った小説が混ざっていた。
「ぬっ」
 恋愛小説。
 日々伴侶を得ようと試行錯誤しているジュリエッタだったが、乙女チックなものに興味が無いという訳では決してない。
 この本には一体どんな甘い物語が収まっているのだろう?
「恋か……」
 ほんのさわりだけ読み、後は飛ばし飛ばし見ればそんなに時間はかからない。
 しかしそのまま最後まで読み終えそうになり、今度はこちらがハクアにツッコまれることになったジュリエッタだった。

 一方その頃、ファレルは悠々と読書を楽しんでいた。
 自分の代わりにリフトを動かしているため、咎められることはない。
 村の歴史書を読みつつ、たまに顔を上げて整然と本が並んでいるかを確認していたファレルは、ある一冊の本を持ってほんの少しの間だけ退席した。
 戻ってきた彼は定位置に戻り、その本を開く。
 ――コーダの息子の日記帳だ。読んでも良いかコーダに訊きに行ったのである。
「……なるほど」
 息子がまだ若い頃のものだったため、書かれた当時はまだ蔵書の数もここまでではなかったようだが、どうやら本を集めるのは父親……つまりコーダの青年期からの性質だったらしい。
 そのくせして整理を出来る方ではないし、細かなこともあまり気にしない。っと日記には書かれていた。
 聞かされた昔話によると、コーダは両親と別の村で暮らしていた頃、本の重みで床をぶち抜いたことがあるのだという。
「ここもそうならないと良いんですが、ね」
 次第に整いつつある部屋を見渡し、ファレルは小さく笑みを零した。

「ぼくも、お爺ちゃんと散らかった倉庫のお掃除とかよくやってたなぁ……」
 懐かしみながらカルムは本棚に本を入れてゆく。
 ここは本ばかりだが、それぞれ装丁に個性があり色も様々だ。そういった色々なものを片付けていくのは本棚でも倉庫でも楽しい。
(コーダさんに満足してもらえるように、積極的に頑張っていかなきゃ!)
 心の中で拳を握り、ペースを早めていく。
「あれ?」
 途中で首を傾げて止まるカルム。左手に持った本は『チップル・ランツが教える作法 1巻』、右手に持った本は『チップル・ランツが教える作法 3巻』だ。
 覗いてみると3巻が最終巻らしい。見回してみるが、自分の周りに2巻は見当たらなかった。
「えぇっと、チップル・ランツが教える作法の2巻ってそっちにあるかなぁ?」
 仲間に尋ねてみると、エルエムの声が二つ先の本棚の向こう側からした。
「丁度積んでる本の一番上にあったよー!」
「よかったぁ!」
 無くしたのではないかと心配したが、すぐに見つかってカルムはホッとした。
 エルエムから2巻を受け取り、1巻と3巻の間に差し込む。
「よし、ここはこれで完了っ!」
 タイトルと著者がきちんと並んだ棚を見上げ、カルムは満足げな顔で頷いた。

 高い所に収めなくてはならない本もあったが、それはファレルがリフトを使って入れてくれたため、これといって作業が詰まってしまうことは無かった。
 そのため作業がはかどり、予想していたよりも早く終了の時を迎えることになった。
「せーの」
 カルムが掛け声をかけ、ハクアが最後の一冊を本棚に入れる。
 本は隙間無くぴったりと収まった。
「おっ……」
 エルエムがぎゅーっと両手を握り、そして笑顔で開いて天井に向かって上げる。
「……わったあぁぁ~っ!!」
 その元気な声に、コーダがひょいと顔を見せた。そしてすぐに驚いた顔をする。
「見事じゃ、こんな短時間で終わるとはのう!」
「これでも結構かかった方だがな」
 ハクアが頬を掻きつつ言う。
 確かに思っていたよりは早いが、外ではそろそろ日が沈もうとしていた。


●終わった後に皆で
 竜刻を貰って帰る前に、一行はリビングで休憩させてもらうことになった。
 出来る事なら早く帰って竜刻に封印のタグを貼りたいところだったが、整理に体力も使ったので少しくらい休憩してもばちは当たらないだろう。
「これは……!」
 コーダは本の部屋を見た時と同じように目を見開いて驚いた。
 台所を借してほしいと言ったジュリエッタが、そこからお菓子を持って戻ってきたのである。
 お菓子は名前は分からないものの、クッキー生地を丸太イカダのような形にしたものだった。持ってみると軽く、上に軽くまぶされた砂糖がキラキラと輝いている。
 コーダは恐る恐るそれを口に運んだ。
 ……甘さはしつこくなく、そんなに力を入れずに噛めるくらい柔らかなサクサク感をしている。
「掃除中に見つけた奥方のレシピを参考にさせてもらった。どうじゃ?」
「妻の作ったお菓子そのものじゃ……!」
 亡き妻のことを思い出したのだろう、数十年ぶりに妻のお菓子を味わいつつ、コーダの声は震えていた。
「わたくしも爺様用に、茶菓子を作ることがあるのじゃ。コーダ殿の奥方は、きっと料理が上手な方だったんじゃのう」
 コーダの妻のレシピには、彼女が工夫して作った料理がいくつも記されていた。
 そのどれもが夫の体を想ったものだったり、食べやすいようにと工夫されたものだった。
 料理が好きで、そして夫のことも大好きだったのだろう。
「ありがとうのう、妻の味を忘れていなかったことにホッとしたわい」
 尖った耳を下げ、コーダは笑顔でそう言った。

「ねえねえコーダさん、コーダさんはお休みの日にどこかへ行ったりしてる?」
 うずうずしていたカルムがそう話し掛けると、集会に出たり近所の川へ釣りに行ったりしているという答えが返ってきた。
「釣りかぁ……あっ! もしかしてあれって魚拓?」
 部屋に飾られていた魚拓を見つけ、カルムは目を輝かせた。かなり大きい。
「そうじゃ、あれは十年くらい前じゃったかのう……川岸に打ち上げられておったんじゃ」
「つ、釣ったんじゃないの!?」
「村のもんにはナイショじゃぞ」
「う、うん……!」
 なんだか重大な秘密を任された気がして、カルムは何度もこくこくと頷いた。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「もう行ってしまうのかの?」
 ファレルの言葉にコーダは目を瞬かせる。夜に出歩くのは危険なため、泊まっていくと思っていたらしい。
「夜には獣も出るかもしれんが……」
「近くに仲間がテントを張っていましてね、心配はご無用ですよ」
 もちろん嘘であるが、コーダを安心させるためにファレルはそう言った。
「なるほどのう、でも気をつけるんじゃぞ? ああ、それとこれじゃ!」
 コーダは戸棚から何かを取り出し、一番近くに居たジュリエッタに握らせた。
 ニワトリの卵くらいの大きさをした竜刻だ。
「むかーし、さっき話した川で見つけてのう。しかし遠方にも話が伝わるとは、竜刻とは凄いもんじゃ」
 大事にしとくれよ、と言うと、コーダは一行を見送るために玄関へと出た。

 別れ際、ハクアが声を掛ける。
「また良ければ伺っても良いか?」
 記憶が薄れて消えてしまうことは承知している。
 しかし言わずにはおれなかった。
「うむ、また来るのを待っとるぞ」
 その時また蔵書が大変なことになっていたら宜しく頼むぞ。
 そんな冗談なのか本気なのか分からないことを言い、コーダは目を細めて笑った。


●暗い中の襲撃者
 高い虫の声が周囲から聞こえてくる。
 空には幾多の星々が輝き、月が顔を覗かせていた。
「真っ暗だねー……」
「目が慣れれば平気だよっ!」
 びくびくしているカルムにエルエムが明るく言い、辺りに視線を巡らせた。
「さてさてっ、敵さんはどこかな? エルがコテンパンにしちゃうんだから!」
 その時は待つこともなく、程なくしてやってきた。
 行く先に大きな岩があったと思うと、その陰から五人の男が姿を現したのである。
 一人は目つきの悪い美男、ベング。残りの四人は彼が金で雇った屈強なムキムキ男達だ。
 男達はしゃくれた顎をズイッ!と突き出し、一行にガンをつける。
「おい、お前達。あの家から出てきたな?」
 男の一人がまだ微かに見えるコーダの家の灯りを指差す。
 そして、やはり予想通りの言葉を吐いた。
「これだけ長時間居た――ということは、竜刻を手に入れたんだろう。それを寄越しな!」
 それぞれジャキッと武器を構える。攻撃向きというより見せ付けるための構え方だ。脅しているつもりらしい。
 しかしそれに臆さずエルエムが高らかに言う。
「キミ達にあげる竜刻は無いんだからね! これはエル達がたーいへんな思いをしてゲットしたんだからっ!」
「なんだとぉ!」
「痛い目見なきゃわからねぇらしいな!」
「やっちまえ!!」
 男達が一斉に襲い掛かってきた。
 しかし慌てることなくエルエムは高くジャンプし、素早く衣装を脱ぎ捨てた。
「コスチューム、ラピッドスタイル!」
「なっ……!?」
 エルエムの特殊能力だ。機動性の増したエルエムは空中機動を駆使し、一人の男……ベングの顔に着地する。
「ぐ、ぶッ!」
 着地というより蹴りと言うべきか。
 そのままエルエムはベングの顔から離れ、別の男の両肩を思いっきり蹴る。
 鼻血を出したベングは反射的に流れる涙を拭い、真っ赤な顔をして斧を振り回した。
「使い慣れていないな?」
 ハクアはそんなベングの真横を通り過ぎるように銃弾を撃った。
 何か恐ろしいものが横を通過した。
 そう感じたのか、ベングが思わず怯む。その隙を突いてハクアは魔法の暴風を彼にぶつけた。
「ッ!?」
 吹き飛び、男を一人巻き添えにして岩に背からぶつかったベングは、激しくむせ込んだ後すぐに失神した。
「憎まれ口を叩く暇も無かったのう?」
 くすりと笑い、ジュリエッタが己のセクタンに命じる。
「マルゲリータ、他にあやつらの仲間が居ないか念のため見張っておいてくれい」
 オウルフォームのセクタン・マルゲリータは何かを啄ばむような仕草で頷き、ぱたぱたと飛んでいった。
「おらおら、子供はおねんねの時間だぜぇ?」
 男がカルムにギラつく剣を見せて近寄る。
「子どもだからって甘く見ないでよっ!」
 むっとした顔をし、カルムは相手の攻撃が当たりにくくなるよう守りの風を発動させてからギュゥンッとヨーヨーを振るった。
「へっへっへ、そんなの当たったってどうってこぅぎゃッ!?」
 ヨーヨーが命中した瞬間、体を強張らせた男はそのまま悲鳴と共に倒れた。
 カルムは戻ってきたヨーヨーをキャッチし、にこりと笑う。
「油断したね、スタンガン付きなんだよ」
 これで残りは男二人のみ……と思ったが、まだくらくらした状態のベングを支えながら、一緒に吹き飛ばされた男が立ち上がった。
 ベングがクッションになったため、一瞬意識は飛んだが痛手ではなかったのだ。
「よくもやってくれたなぁ!」
 仲間の復帰に戦う意思を失いかけていた残りの二人も奮い立つ。
 しかし――。
「まったく、しつこい方々ですね」
 ファレルが落ちていたベングの斧を拾い、その分子を操って鍋へと変化させた。
 目が点になる男達。
 ファレルは空気の刃を生み出し、そんな男達の頭を綺麗に丸坊主にする。
「は、はああああっ!?」
 パサ、パサリ、と地面に落ちる自分の髪の毛を見、男達は驚きの絶叫を響かせた。よもや自分の髪の毛が勝手に落ちるなどというレアな体験をすることになるとは思ってもいなかっただろう。
「クス。少しは美形になりましたよ?」
 笑うファレル。
 この五人は、何か異質な力を持っている……やっとそう身をもって感じた男達は小さく震えだした。
 その時ベングがぱちりと目を開け、意識を取り戻した。
「な、なにをやっている! 早く竜刻を奪うんだ! 私の斧はどこだ!?」
 さっき鍋になった。
「くそ、高い金を払ったんだからちゃんと働……なんだその頭は?」
 やっと気が付いたのか、ベングが奇妙な表情を浮かべる。
「のう、まだ竜刻が欲しいのか?」
 ジュリエッタが静かな声でそう聞く。
「も、もちろんだ!」
「やれやれ、やはり説得は無理じゃの。では」
 バチィッ!!
 小さな雷が現れたかと思うと、それが一気に膨らみ雷竜の形を成した。竜刻が力を貸したのか否か、雷竜は閃光を撒き散らしながら両翼を広げて大きく口を開く。
 その姿を見た男達とベングはぽかーんとした顔をし、そして我に返ると「夢ではない」という事実を確認し、震え上がった。
「ひ、ひぃっ……に、逃げろおおおぉぉぉっ!!!」
 倒れていた一人の男を背負い、一斉に背を向けて逃げ出す男達とベング。
 その背にエルエムの明るくよく通る声が掛けられた。
「二度と来るんじゃないよ~っ!」
 届いたかどうかは分からないが、きっと、いや絶対、ベング達は二度とここに寄り付かないだろう。
 やっと全て終わった……と背伸びしつつ、ロストナンバー達は竜刻にタグを貼り、帰路についたのだった。

クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
今回はご参加ありがとうございました!

また本の整理に尽力していただき、まことにありがとうございます。
ファレルさんのリフトは実際に使ってみたいくらい便利そうですね(笑)
整理じゃなくて別件だと思っていた、整理していたはずの本を熟読していた……というお約束も盛り込まれており、楽しく書かせていただきました。
作業しながら誰かのことを思い出す、という描写も好きなので和みました。
レシピに関してはこういう使い方をしてもらえるとは思っておらず、予想以上に良い意味でほのぼのしんみりと出来たと思います。

戦闘時のセクタンは実際にはちょっと違う場面を想定されておりましたが、
展開上なかなか上手く使えそうになかったため、こちらに採用させていただきました。
セクタンは削らずに少しでも絡ませたい派です(笑)

少しでも皆様に楽しんでいただけていれば幸いです。
それではこれからも良い旅を!
公開日時2010-09-18(土) 20:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル