「みなさんにはインヤンガイに向かっていただきたいのです」 世界司書、リベル・セヴァンが告げた。 いまだ居所がわからない館長。しかし、少しずつ、消息を絶って以来のその足取りが掴めてきている。目下のところ、最後に彼の所在が確認されたのはインヤンガイということで間違いないようだ。 一時期を『永久戦場・カンダータ』で過ごしたあと、かれらの異世界侵攻軍とともにインヤンガイにやってきた。だがそのあと軍を出奔し、行方不明になったあと、再びインヤンガイの暴霊域で姿を見られている。「ロストレイルにもスレッドライナーにも乗れない以上、館長は『まだインヤンガイにいる』……そう考えるのが自然です。ですからインヤンガイで大規模な捜査を行うことには意味があるでしょう。もしこの捜索で館長が見つからなくとも、それはそれで事態としては前進です。可能性をひとつひとつ潰していくこと――、それによって私たちは少しずつでも真相に近づけるのですから」 リベルは言った。 かくして、大勢のロストナンバーがインヤンガイへと向かうことになった。 今回も、頼みとするのは現地の探偵たちである。 複雑なインヤンガイの社会の隅々までネットワークを持つ探偵たちの力を、この捜査ではフル活用することになる。ロストナンバーは数名ずつ、インヤンガイ各地に散り、その地を縄張りとする探偵と協力して考えうる限りの捜索活動に力を注ぐのだ。 すでに、探偵への声掛けは行われており、「もしかすると館長に関係するかもしれない情報」について、集まり始めているという。ロストナンバーがその真贋を見極めに行くことになる。「みなさんに向かっていただくのはこの街区です。縄張りとする探偵は――」 リベルはてきぱきと、担当を割り振っていく。●「ここみたいだね。子供達が言っていたのは」「当てになるかわからないが」「何の当てもなく彷徨うよりはいいんじゃねーの?」「ま、そうだね。いこっか」 廃屋の前に三人の男。(隠れ場所はたくさんある。逃げ道も。だけど、そうタイミングだな……) 廃屋の中には一人の男。 まだ壊れずに残っていた扉がギシギシと音をたてて開かれるのを聞き、男はまだ見つかるわけはないとわかっていたが、思わず息を潜める。「お邪魔するよー」「逃げられると思うな」「いるんならとっとと出てこいよ!」(わざわざ大声で……プレッシャーをかけてるつもりかただの考えなしか……) 玄関ホールから聞こえる声を二階の一室で聞きながら、彼はタイミングを逃さないように気を張りつめていた。 ●「お前達のボスがとうとう捕まりそうなんだってな?」 一同の担当区域を縄張りにしている探偵は、人聞きの悪い表現を使って笑う。自分もひとつネタを拾ってきたぞと、横で決まり悪そうに立ちつくしていた少年を指さした。「こいつは街によくいる嘘つき坊主なんだがな」「おい!」「嘘ついたんだろうが」「……」「まあこの坊主が街でチンピラ共に尋ねられたらしいんだ。男を探していると」 唐突に少年達の遊び場の広場に見るからにガラの悪い男達がやってきたという。 この辺では見かけた記憶のない男達で、妙にひょろ長い体型の黒髪の男が、がっしりとしたスキンヘッドの男とやや小柄な赤髪の男を引き連れて子供達全員に呼び集め、一人の男の行方を尋ねた。 そして、並べ立てた男の特徴は館長を思わせるものであったという。 何した人なのかと少年が聞いても、リーダー格の黒髪の男はにこにこと笑顔でそれは君に答える必要はないねとだけ言ったそうだ。「でもなぁ、こいつは心当たりが全くなかったらしいんだ。な?」「うん、けど、あの兄さん笑顔なんだけど、なんかすっげぇ怖いし、ハゲのおっさんは完全におっかない目で睨み付けてくるし、お金くれるとかいうし、だから俺……」 近くの廃屋に最近そんな男が出入りしているのを見た。そう嘘をついたらしい。 その廃屋は、元々は裕福な人物が住んでいた建物らしいが、その人物が殺されただか事業に失敗しただかして、今では誰も住む者もなく放置されている。 ただ、元の造りは悪くなかったらしく、二階建ての建物はまだしっかりとしていて、時々子供達も忍び込んで遊ぶ事もあったらしい。 玄関から入るとそこは広いホールになっており、左右には食堂などに通じる扉、真正面には大きな階段があって、二階の各部屋には屋内からはそこからしかいけない。 二階には全部で部屋が六室程あり、全てにベランダが設けられており、外から雨樋など使ってよじ登って出入りする事は可能だ。近所ではそれが出来る男子はちょっとしたヒーローだという。「でも、適当に探していなかったら、また逃げたと諦めるだろう。そう思ったんだ」「まあそうだろうなぁ。だがなぁ……嬢ちゃん」 そう言うと、それまで黙って椅子に座っていた女性が立ち上がると両手を胸の前で組んで言った。「私、小さな食料品店で働いてるんですけど、そこで最近よく買い物をしてくれるお客様が……」「最近、その廃屋を根城にしていたというわけだな」 勝手にちょっとお借りしてしまっているんで内緒にしておいてくれるかな? 女性はちょくちょくやってくる度に話をしている内に少し親しくなった彼は、そんな事を話したという。悪い人だとは思えなかったし、ずっとそうしているわけでもなさそうだったから目をつぶっていよう。そう思っていたという。「けれど、こんな話を聞いて。あの人がもしもそんな物騒な人達に追われている人だとしたら」「あんな奴らに見つかったらどうなっちゃうかわかんないよ!」「他のガキ共にも聞いた感じだと奴ら、凶器も持ってたみたいだぞ。リーダーは懐からナイフがずらりと見えたとかいうし、スキンヘッドは思いっきり手足に金属仕込んでるくせーな。石ころ蹴ったら砕けたらしいぞ。見た目まんまな力押しタイプだな。あとなんだっけ?」「あの赤い髪の兄ちゃんは鉄パイプ持ってた」「まあなんつーか、わかりやすい奴らだな。だけど、放って置いたらまずいだろ?」 さっさと行こうぜと連れ出された廃屋の扉は既に開け放たれていた。「ここで待っててやるから、頑張れよ」 探偵はひらひらと手を振って旅人達を送り出した。!注意!イベントシナリオ群『インヤンガイ大捜査線』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『インヤンガイ大捜査線』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。また、このシナリオは『ヴォロス特命派遣隊』『ブルーインブルー特命派遣隊』に参加している人は参加できません。合わせてご了承下さい。
●突入 インヤンガイの建物としては珍しい、壱番世界でいえば洋館と言っても差し支えないような造りの廃屋。 その門扉の前に少年と探偵に案内されて四人の旅人が駆けつけていた。 「尻尾を掴めるかな? さて、ここは当たりか外れか、どちらだろうな」 「手がかりである以上逃す手はないからね」 ロウユエと紫雲霞月が頷き合う。それに神も同調する。 「館長だったらいいなー」 そう言いながら何かしている神。何をしているか具体的にはよくわからないが、明らかに何かはしている。 「何してるの?」 「神パワーを照射している」 神パワー。神は厳かな雰囲気でそう言い放った。が、具体的に何が起こっているのかいまいちわからない。 「こらこら、いい薬はすぐには効かな……わかったわかった!」 で、何してるの? というような目つきに皆セッカチダナーと呟きながら、すぐ目に見える神パワーを発揮する。 「敵と対等に戦える様に」 そう言いながらロウに照明代わりにと差し出したのは小さくも強い日差しの塊、ミニ太陽というべきもの。 確かに薄暗い建物の中では便利かもしれない。だが、ロウの色素の薄い身にとって強い日差しは決してよいものとは言えない。 「……」 渋い顔になるロウを見て、少し慌てたような素振りで神は紫雲に銀の護符を渡そうとする。 「銀、の護符ね。悪いが得意じゃなくてね」 ミニ太陽の眩しさに目を細めていた紫雲が、指で護符をつまんでぽいっと放り投げた。 「あっ! 私のマッチが!」 そして、緋夏の持っていたマッチの半分以上がライターと変化していた。 「あたし、ライターきらーい!」 緋夏がオイルくさーいきらーいと叫ぶ。 「色々便利だし良かれと思って……」 三人の好感度がダウンした気がギュンギュンとする神であったが、いかに神といえどもこの場を取り繕う事は容易ではなさそうだ。 どうしようかと思ったときだった。建物の中から、ガンッと何かを蹴りつけたような音と共に声が漏れ聞こえた。 ――……っと出て来いよ!―― 「何というか…在り来たりな脅し文句だな」 そろそろ、もたもたしてる時間はなさそうだ。一同はそう判断する。 「いつまで迷子やってんのさー。追うより追われたいなのか! 愛するよりも愛されたいのか!」 緋月のそんな館長へのちょっとした抗議の声と共に、扉は開け放たれた。 ●避けられぬ戦い バンッと扉を開けると、一斉に中にいた者達が振り向いた。 「なんだぁ?」 「……何者だ?」 「こんなところに何かご用ですか?」 あからさまに敵意を剥き出してくる男二人に対して、一人の男だけは旅人達に対して穏やかな笑みさえ浮かべて首を傾げてみせる。 すぐさま攻撃に移ろうとしていた大男を片手で制すると、もう一度、「何のご用ですか?」と問いかけてきた。 「館長を探しにきた!」 「……館長?」 「君達が探す人物が何をしたのかは知らないが、俺たちもここにいる人物に用がある」 「館長はこちらのもんだ! お前達は邪魔をするのか?」 「何をしたか知らないじゃねーよ! お前らがスパイ野郎のお仲間なんだろ!?」 「マオ、余計なお喋りはいけないよ」 スパイという思ってもみなかった容疑をぶつけられて困惑した表情の旅人達に、いらぬ情報を与えるなと仲間を睨め付ける。 そして、こちらには微笑みを向けて答えた。 「こちらも仕事なので。……邪魔されたら困るんですよ」 「はんっ! 何もしらねー奴らは引っ込んでろ!」 リーダー格らしき青年は唇をにぃっと吊り上げると、さっと残りの二人に手を振ってみせる。 マオと呼ばれていた小柄な青年が待ってましたとばかりに飛び出してくる。 「そうくるなら、君達を張り倒して退場させればいい訳だ」 三人の男達が武器を手にしたのとほぼ同時に、ロウも笑みを浮かべて答えると、緋夏も拳を振り上げた。 「殴る!」 緋夏は一際身体の大きなスキンヘッドの男に対して特殊能力はあえて使わず、指輪をはめているだけの拳で殴りかかる。 ゴッ! ガキィン! 拳同士だけがぶつかったのであれば到底ありえない感触。骨ではない硬い金属の感触にも緋夏は怯むことなく、次々と拳を繰り出していく。 緋夏もスキンヘッドも、武器など手にする事なく殴り合う。 ガッ!! 純粋な力と力のぶつかり合い。しかし、体格は男の方が上。その上、彼の手足に仕込まれている金属はその一撃一撃を重たいものとしていた。 だが、それで怯むような緋夏ではない。むしろ、彼女は戦いを楽しむような余裕すら見られた。果敢に攻め込んだ彼女の頬を男のつま先が掠める。 「いったいなぁ……!」 唇から滲む血。ぺろりと舐めると仕返しとばかりに足を振り上げる。蹴りが鳩尾に決まった瞬間、小さくうめき声をあげた男に緋夏は笑う。 「お腹は柔らかいんだー……鎧でも着込んで戦えば?」 「馬鹿にするな……!!」 激昂した男の攻撃を緋夏はさらりと避けて再び蹴りつけた。 「私たちを張り倒す?」 「ばっかじゃねーの! 俺とリンが来て負けた事なんてねーっつーの!」 ロウの言葉にゲラゲラと笑いながら小柄な男、マオが自分の背丈にも近い長さの鉄パイプを大きな動きで振りかぶった。 紫雲もロウもそこは難なくかわすが、そこにリンというらしいリーダーらしき男のナイフが飛んでくる。咄嗟にロウはその場の空間を歪めてナイフの進路をそらすが、次々と飛んでくるナイフの何本かは間に合わず、自分の手でたたき落とすもその刃は皮膚を切り裂く。 「血気盛んな子達だ……だが、私も派遣隊に参加している友人達のためにも、頑張ろうか」 「余裕ですね」 「君もね。なかなかやるもんだ」 「その口振り……子供の頃気にくわなかった教師みたいですよ!」 「おや」 自分の世界での役職を言い当てられるとはと思いながら、彼は自身のトラベルギアを手にする。 だが、彼の絵巻物が力を発揮するより早くリンのナイフが飛んでくる。 「単純な金属には強いのだけれどね……」 かわし損ねたナイフが彼の皮膚を傷つけた。そのほとんどは彼にとってどうという事はなかった。しかし、その中に銀製のナイフも混ざっていたらしい。微かに顔を顰める。 「ああ、久しぶりに吸血してみるのもいいかもしれない。私の種族は、血が主食だからね」 紫雲の唇からは鋭い犬歯が顔をのぞかせていた。彼の能力は、いわば吸血鬼のもの。 様々な能力、有利なものも不利なものもあったが、その攻撃力は様々な世界のツーリスト達の中でも上位にあるとみて間違いないだろう。 仲間の支援を得意としている彼ではあったが、この場は攻撃に重きを置く事にする。 「……」 「中、戦ってるけどいいの?」 一方、戦いからは一歩離れて、というかまだ普通に外にいた神。館の外でまだ待機していた少年が近づいて問いかけたが、神は余裕の表情だ。 「戦うだけが戦いではないのだよ、少年」 「言ってることわかるようでわかんないよ」 「かあああんんんちょおオォオォ!」 突如、呪いの叫びにも聞こえるほどの大音量で呼びかける。その声は延々と繰り返されて館中に響き渡る。 「え、ちょっ! 怖いし!」 「ここはインヤンガイ。全ては暴霊の仕業だよ」 「暴霊のせいにした!」 「戦闘は彼らがいるから安心するがよい。館長はどこだろうナー」 「微妙に噛み合わないっていうか合わせる気がないっぽい!」 少年が頭を抱えるのと同時に、建物内でも頭を抱えている男がいた。 「な……おばけ!?」 二階の一室、逃げる隙を窺っていた男だ。響き渡る声に一人怯えていた。 そして、再び一階、玄関ホール。 ――かあああんんんちょおオォオォ!―― 「なんかうるさーい!」 「誰だ叫んでるやつぁ!! 隠れてないで出てこいや!」 「神は隠れたりしていない」 単に、今入ってきただけのことである。 「まだいたのか。今度は何だ?」 「いいかい、人間には2種類ある。富める者、貧しき者……」 「何ぐだぐだ言ってるんだよ!」 一人で蕩々と語る神にマオが苛ついた様子で鉄パイプを振るう。少し腰が引ける神であったが、そこはロウが庇って事なきを得る。 神は少しホッとした様子で言葉を続ける。 「正直な者ー、嘘つく者ー。館で水攻めに遭う者ー、そうでない者ー」 ザパアァンッ 彼が言葉を紡ぎ終えた瞬間、その言葉を実現させるように館の中を大量の水が流れる。 「ぶはっ!」 「ちょっと、あたしまで! つめたーい」 「なんですかコレ……」 「そうでない者、貴方だけじゃないか!」 そういえば運命の輪で同じチームだったな……と何かを思い出すようなやや遠い目のロウ。 「ご、ごめん。ほら神の祝福で乾かすからーこっちだけはー」 思わぬ事態に戦場が一端リセットされる。 「揃いも揃って、厄介な力を持ってるようだ……気を抜くな!」 「馬鹿にしてんじゃねーぞったく!」 「終わらせる!」 再び戦闘は開始される。 「いい加減、倒れて欲しいんですが」 「しぶといな! オッサン!」 途切れる事なく飛んでくるナイフと、続けざまにやってくる鉄パイプの一撃。ロウがそれを受け止めたその隙に、紫雲は一歩さがると絵巻物を開いた。 『木行風槍』 そこに文字が浮かぶと同時に、空気の流れが一転に集中する。風の刃が男達に次々と突き刺さる。 「くっ……!」 「風は気ままに」 膝をついたマオの鳩尾にそのまま強烈な一撃を見舞った。 「はっ……ぐっ……」 「殺しはしないよ。後味が悪いし、何故、館長を探しているのかもわからないからね」 「馬鹿にすんな……」 マオの意識が途絶えたのを確認すると、紫雲は再び残る男達の方へ向き直った。 残るリンとロウ、スキンヘッドと緋夏をちらりと見る。手助けが必要ではないか。そう思ったが、緋夏の口元に笑みが浮かんでいるのを見てその必要はないと判断する。 彼は二階の階段と、それから神へと目を向けた。 「けっこー強いね」 「貴様もな」 消耗してきているスキンヘッドに対して、なんだか燃える展開だなとまだ余裕の残る緋夏。 見た感じならばどう見ても男が有利だったが、彼女は男の硬い拳に怯むことなく、的確に攻撃を重ねていた。 「もういーか」 「……なっ!」 緋夏は彼の腕を取ると、そのまま豪快に背負い投げの姿勢に入る。女性としては大柄な方かもしれないが、自分よりも背丈も体重も遙かに上の男を難なく投げ飛ばした。 ドスンッ 床に叩き付けられた男は、もう立ち上がることは出来なかった。 「フェイロンまでっ……彼らが倒れるのは久々に見ました」 「そうか。次は久々に君が倒れる番かもしれないな」 ロウの言葉にリンの顔が怒りで紅く染まった。 「………!!」 それまで遠方からナイフを投げていたリンが、懐から大振りのナイフを取り出すと一気に距離を詰めてくる。 キンッ ロウの剣とナイフがぶつかり合う音が響き渡る。彼の茨はナイフに切り裂かれることなく押し返す。 何度も何度もぶつかり続ける金属と金属。 しかし、持ち手の能力がそれに終わりを告げる。少しずつリンの力が弱まっているのをロウは感じた。そこを逃さず彼は氷塊を生みだしぶつける。その衝撃に怯んだ隙に、リンの手に力を込めて剣の柄をぶつける。 ゴリッ 鈍い音と共に、リンの骨に衝撃が走った。 カツン…… 手にしていたナイフが床に落ちる。 「きっ……さま……」 「さて、お祈りは済んだか? 痛い思いする準備は?」 素晴らしい笑顔で問いかけるロウに対して、もう十分に痛みを与えられてるんですがねと、リンは呟くと崩れ落ちた。 ●逃げる者 戦いは終わりを告げた。 (静かになった!) 未だに逃げることの出来ていなかった男は、今だとばかりに部屋を飛び出す。 飛び出すはずだった。 「え……?」 扉を開いて飛び出したら、そこはまた元の部屋。頭をブンブンと振ってもう一度外へ出ようとするも、また元の部屋。 頭がおかしくなりそうな恐怖の中、今度は窓から外へ出ようと試みるが、結果は同じ。 「な……」 男が恐慌状態に陥ったその時、外から扉が開いた。 「うっうわぁぁっ!!」 「わ! びっくりした!」 突然の出来事に男が叫び声を上げる。それに緋夏が目を丸くする。 「うん、やはりこの部屋にいたか」 「逃げようとしてただろう。神パワーからは逃げられないぞ」 絵巻物を片手にした紫雲と、自分の力が役に立ったなと偉そうな神。遅れて縛り上げた三人組を引き連れたロウがやって来る。 「あなた達は……」 「探したぞー」 「え……あなた達も借金取り!?」 男が絶望的な表情で叫ぶ。一方でぽかんとする一同。 「は?」 「借金取り? 館長借金したの?」 「館長? どこの?」 「……少しゆっくりと状況を説明しようか」 何かはずれた予感がする。そう思いながらも紫雲が彼を落ち着かせようとゆったりとした口調で話しかける。 「私は紫雲霞月という。よければ、名前を教えてくれないかな?」 「や、ヤンファンと申します」 びくびくと男が答える。 「えーはずれー?」 「いや、偽名という事も……」 何だか別人の様子。 しかし、ここまでやってきた一同にはそれで終わりというのもどこか納得がいかない。本当は本物なのに偽ってるんじゃないかとか話し合う。 「あ、あの……その、だからあなた達は……」 「俺達か? 探している人物の情報を追ってきたと言う所か? 店の娘さん、君を心配してたぞ」 おろおろする男に一同は説明する。自分たちが人捜しに来たことを。そして、彼が何をしていたのか再び聞いた。 「何でこのチンピラは君を探していたんだ?」 「お恥ずかしい話……借金から逃げていたところでして」 「は? なんだよそれ!」 縛られたままのマオが叫ぶ。 「……あ、スパイじゃなかったっけ?」 「っていうか、そういやお前達は何者だったんだ?」 「こ、答える義務なんてねーよ!」 「見苦しい、マオ。話せる部分は教えてやろう」 ――壺中天―― インヤンガイ独自の広大なネットワーク。 リンの話によると、その中でも特に強固なセキュリティのかかったエリア。そこに侵入した男がいるという。 ある公司により、かなりの金をかけて守られていた情報。その詳細に関しては話せないが、それはとても重要な物だった。 だからこそ、侵入者の痕跡を辿り続けいくつかの地点を探り当てた。そして、その一箇所であるこの地域にはリン達三人組が派遣されてきたという。 公司は決して侵入者を見逃すことはない。侵入者はいつまでも追われ続けるだろう。 「貴方達の強さに敬意を表して、適当な報告で時間稼ぎくらいは手伝ってもいいですが」 早くしないとこちらもまた動き出しますよと淡々とリンは言う。 「うーん……企業スパイか……何やってるんだ館長」 「しかし、この男、館長にやっぱり似てるような」 「似てないような?」 「逃げる途中に転んで頭打って記憶失ったりしてない?」 自分はそんな大それた者じゃないですとプルプルしている男。 「そもそも、みんな館長にそんなに会ったことがないよね?」 どうやって真偽を見極めればよいだろうと、緋夏が眉間に皺を寄せる。だが、ロウがそんなの簡単だと言う。 「我々はロストナンバーだ」 「あ……そっか」 「真理数を確かめよう」 「あ、なるほ……正しき解を導き出したか。私にはそんなこと最初からわかってたんだけど、神に頼ってばかりじゃ人間いけないだろうという……」 「えーっと真理数真理数」 色々とスルーしていく三人にちょっと淋しそうな気がしないでもない神。 何はともあれ、じっくり彼を見つめる一同。男はなんだか居心地悪そうだ。 「これは正真正銘の……」 「別人だ」 そう、彼は館長ではなかった。 「はずれだー」 「無駄足になってしまったかな」 「いや……この男達が探していたというスパイがまだ逃げおおせているというのならば」 「そのスパイが、本物のスパイこそが」 「本物の館長?」 一同は顔を見合わせる。しかし、今はここでこうしていても仕方ない。 「帰ろうか」 屋敷を出ると、少年達が彼らを出迎えた。男の無事の姿に少年は笑顔を見せる。 「おう、無事だったか」 「なんとかな」 「で、そいつが館長か?」 「うーうん、はずれー」 「そいつは……無駄足だったか」 まあ仕方ないだろと探偵は笑う。 「そいつらどっかの公司の奴らか? やるな、あんた達」 「とにかく……借金はちゃんと返した方がいい。余計な誤解を生まぬためにも」 「はい……返す言葉もないです」 釘を刺されたヤンファンはどんどん小さくなる。その横で神は少年に語りかけていた。 「よかったな、少年。今回は誰も傷つく事がなかった。だが、今後どう生きるかは君次第だ。目先の金の為でなく、どうせつくなら経済や政治の世界で大きな嘘をつきたまえよ!」 「うん!」 「……あれ、今導いてる? 神っぽい!」 「適当な事言ったのかい?」 「神は可能性の話はしない。全て事実だ」 「やっぱり適当っぽーい」 仲間達のつっこみに何と言われようと神は動じないとか言いながら何か取り繕ってる感を隠せない神。 その姿に少年は声を立てて笑った。 ――同時刻、ターミナルにて―― 「あら、本がなんだか?」 自室でのんびりお茶をしていたところ、突然反応した導きの書に首を傾げるロズリーヌ。 ゆっくりと書を開いて、そして目を見開いた。 「え、これって……アリッサちゃーん!!」 同じく、導きの書に浮かんだ予言を見て目を丸くすると、ぱたぱたと足音を立ててその場を飛び出していくエミリエ。 開け放たれたままの扉がそのままゆらゆらと揺れていた。 「……」 リベルは静かに自分の導きの書を見つめ、そしてぱたんと本を閉じて呟いた。 「……館長」 「ようやっと捕まるだろうか?」 たまたま一緒にいたシドの書にもリベルが見たのと全く同じ予言があったのは間違いない。 「そろそろ捕まえても良い頃でしょう」 「そうだな」 その時、旅人達が館長の手がかりを掴んだと思った正にその時、ターミナルのすべての世界司書の『導きの書』が反応し、ひとつの予言が浮かび上がっていた。 どうやら四人が集めた情報をもとに導きの書も館長の居所を感知したということらしい。 男が濡れ衣を着せられる原因になった『壺中天』内にいるスパイ、その人こそが……館長だ。 インヤンガイ。館長はやはり間違いなくこの世界のどこかにいる。
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