「よく来たわね! 今から貴方達に仕事の話をするわよ」 びしっと指をさしながら、無茶振り世界司書『飛鳥黎子』は集まったロストナンバー達を見ながら不敵に笑う。「今回は永久戦場カンダータからのオファーなのよ。ロストナンバーの力をかなり評価してくれているようね」 ぺらぺらと本をめくり一つのページで手を止めた。「世界図書館としてはあんた達が協力したいっていうならそのために送り出すことはやぶさかじゃないと思っているわ。もちろん、強制じゃないわよ。この依頼を受けてもいいと思う人だけが参加してくれればいいの」 その言葉に一瞬場がどよめくが、飛鳥はスルーする。 飛鳥黎子の口から強制じゃないという言葉がでるのは意外なのだ。「逆をいえば、依頼を受けた以上は途中で放棄はできないし目的のために努力すべきよ。だからカンダータの住人に文句を言いに行くために参加するのは絶対に許さないわ。いい、わかってる?」 睨み付けるような目で一同を見回すと飛鳥は本を閉じてチケットを取り出す。「さぁ、ここまで聞いてそれでも参加する人はここのチケットを取りに来なさい。先着5名よ」 ピラピラとチケットを揺らし挑発的な目で飛鳥は無い胸を張るのだった。~特攻野郎達~ カンダータの街、ノア市に到着するとさっそくカンダータ軍の一つの部隊と合流する。「いいか、貴様ら! 敵は心を持たないマキーナだ! 弾を撃って避ける連携の取れたマキーナもいる! 心臓を撃たれるのは馬鹿だ。手や足を失うのは訓練された馬鹿だと思え!」 厳しい口調の現場指揮官は隊員とロストナンバーに大きな声で告げた。 ビリビリと空気が震え、緊張感がはちきれんばかりに詰まっているのを肌で感じる。「今回の作戦は一番単純な人型マキーナを大量に狩ることだ。辺境の平原を哨戒し、見敵必殺[サーチ&デストロイ]する。岩場で野営をして帰ってくる方向だ。夜だからといって油断をするな! 奴らに常識は通用しない! 以上だ、質問は受け付けん。貴様らの目で確かめて、その脳みそで生きることを考えろ!」 あらかたの説明を終えた指揮官は暴言のような言葉を吐くとその場を後にした。 すさまじい部隊に配属されたことをロストナンバー達は後悔をするも、もはや戦場は目と鼻の先。 帰ることは出来なかった。
~雪中行軍~ 見渡す限りの雪原の中を100人規模のカンダータ軍と5人のロストナンバー達が歩く。 乱れの無い軍隊の動きにアルティラスカは感嘆の声を上げた。 「それにしても……グンタイとは、何だか厳しいのですね」 現場指揮官の話を思い出しながら、軍人達の後ろ姿を見つめている。 「千年たっても変わらないものもあるようだ。嫌いではないよ、あの現場指揮官。やるべきことは言ってくれているのだから」 素肌を露出させて歩くアティとは違い防寒着を着込んだ紫雲 霞月はシニカルに笑みを浮かべてアティの隣で歩いていた。 「にしても、あんたらも大変だよなあ。故郷守る為とはいえ、一度は戦った俺達と共闘するって結構、不本意なんじゃねえのか?」 二人の先にいるのは木乃咲・進で、コートに手袋と厳重な防寒対策を施している。 手荷物は毛布のみで埋まってしまったが、この凍土で野営なら不要ということはなかった。 尋ねられた軍人は何かをしゃべろうとしたが指揮官の視線が向いたことで黙る。 「ずいぶんと教育が行き届いてるなぁ」 進は苦笑を浮かべた。 図書館の館長の手がかりを貰い、美味い飯を食わせてくれた借りがあるので返すのが筋というものだ。 「おい、毛布あるんだろ。よこせよ」 進の手荷物である毛布を奪って身に纏ったのはファルファレロ・ロッソである。 スーツをラフに着こなし、銀縁眼鏡を時折拭きながら苛立ちを見せて歩いていた。 ロッソは壱番世界のロサンゼルスマフィアの頭領[ドン]であり、人の下につくのが嫌なのである。 「今のところ敵は見当たらないようだね」 目を閉じて偵察に出した使い魔の大鷹『白陽』の視線でさぐりをいれていた篠宮 紗弓は言葉を漏らす。 動きやすさを重視した薄手の格好だが、魔術による防寒を施しているために不自由はないようだ。 足元にはもう一匹の使い魔である銀狼『銀月』を従えていた。 風は吹いていないが息が白くなるほどに冷え込む世界は容赦なく軍人やロストナンバーに死への手招きをしている。 「いや、いるぜ。三時の方向にバンビーナが捕らえたぜ。数はざっと20くらいか」 眼鏡を掛けなおしたロッソが鮫のような笑みを浮かべた。 「各自戦闘態勢! コードαからコードβだ! 数は少ない無駄弾は使うなよ!」 現場指揮官が大きな声で隊員に指示をだすと銃の安全装置をはずした男達が身を屈めて移動を始める。 銃声と共に『狩り』が始まった。 ~仕事の流儀~ 骨が全て金属で出来ているようなマキーナ達がガシャガシャと足音を立てて攻めてきた。 左手にある回転するトゲのついた盾を正面に構え、右手のガドリングの砲塔を敵に向けて発射してくる。 目の辺りの窪みには温かみの無い赤い光が爛爛としていて、言葉の通じる相手では無いことを示していた。 指揮官の指令によって左右に展開したカンダータ軍は牽制の銃撃ち攻撃のチャンスを狙う作戦で動いている。 だが、ロストナンバー達は真っ向からこのマキーナへと挑んでいた。 進がナイフをひゅっと投げると先頭を進んでいたマキーナの盾の前に現れ、その空間をループしながら何度もナイフが当たって盾を砕く。 空間遣いと呼ばれる彼の能力であり、それは離れた距離の空間を繋いだ移動にも可能だ。 何がおきたか理解できていないマキーナの前に進が瞬時に姿を現す。 「集団戦ってのは臨機応変に集団を指揮できる奴が居て初めて成り立つ。プログラムされた機械がそれをやろうって時点で既に負けてんだっつうの」 ニヤリと笑いナイフでガドリングを持つ腕を切り落とす。 集団の一角で動きが変わると同士討ちもかまわずガドリングを進に向けてマキーナは撃ってきた。 マキーナのボディを砕かない威力の銃でも、人間相手なら上等なのである。 「ちっ、何も考えてねぇというのも面倒だな!」 無論痛未も感じない腕を壊されたマキーナも体当たりや噛み付きなどで生物の息の根を止めようとしてきた。 空間を再び繋いで進が距離をとるとマキーナのいた雪原が陥没する。 ロッソの持つ拳銃型のトラベルギア『ファウスト』が作り出した五芒星の魔方陣による結界だ。 「ようやく出てきたか! 鉄火場はなれてんだよ。出番だファウスト! 感電させてやっちまえ!」 魔方陣が光り輝くと紫電が迸り、結界内にいたマキーナたちをまとめて縛りつける。 プスプスと黒い煙を上げたマキーナ達の目から赤い光がなくなっていった。 だが、結界内から外れていた数体がガドリングを乱射してロッソを狙う。 「いいか! ロストナンバーに遅れをとるな! 集中砲火で潰してしまえ!」 近くには現場指揮官が身を屈めながら無線機を通して指令を隊員たちに飛ばしていた。 「丁度いい、でかい図体なんだ盾にさせてもらうぜ!」 ロッソは現場指揮官の男を蹴り出してマキーナの一体に向かわせる。 トゲつきの回転盾を構えて指揮官をガードしたマキーナの隙をついてロッソはファウストで火炎弾を叩き込んで首を吹き飛ばした。 「大丈夫ですか! すぐさま治療します」 指揮官の体が切り裂かれて真っ赤に染まると、攻撃魔法の詠唱を止めたアティが光の波動の魔法を使って指揮官の深い傷を治す。 「軍人なら戦場で死ぬのは本望だよな? 人に指図されンな大嫌いだ、偉そうなてめェらは最初っから気に食わなかった」 倒れている指揮官を後にロッソは残りのマキーナの排除に回るのだった。 ~野営の中で……~ 「美味しくできていればいいのだけど食べて頂戴ね」 昼間のマキーナを倒して近くの岩場で野営をすることとなる。 篠宮は炊き出しを手伝い、軍人達との交流に精をだしていた。 カンダータ軍は無傷とはいえず治療を受けているものが多いが、アティのお陰ですぐにでも動けるようになるのは驚きを見せていた。 いくつものテントが立ち並び、固形燃料を燃やして暖をとる軍人達はそれでも銃の手入れや弾の残量を確認し、いつでも戦う様子を見せる。 「君のトラップにあわせて私も罠を晴らせて貰ったよ。罠師としても経験があるからね」 霞月は手当てをしているアティの傍によりつつ持ってきた血液パックを啜った。 冗談ではなく、これが彼なりの食事なのである。 見通す夜目は遠くのものの動きを昼間のように捉えることのできる『夜の住人』が霞月という男だ。 「そうですか、頼もしい限りですね」 アティは優美な笑みを浮かべる。 「長く生きてはいるものだからね‥‥と、どうやら客人のようだ」 そんな彼女の姿を霞月は既知感のようなものを得ていた。 しかし、話を続ける暇をマキーナ達は許さない。 昼間よりもより多くの数で野営地を襲おうとしてきた。 しかし、すぐに野営地の周囲で落雷が降り注ぐ。 「出迎えの祝砲にしては地味すぎたかな」 書画魔術と呼ばれるモノで仕掛けた罠にマキーナ達はその体を打たれて火花を散らして倒れていった。 味方が倒れようともプログラムされた行動で動くマキーナ達は怯えることなく味方を踏みしめて野営地を囲もうと動いてくる。 第二波としてアティの爆発トラップも発動し、迎撃体勢を整える時間は十分稼げた。 「私の方は手当てを続けて動ける人を増やしますので、宜しくお願いしますね」 アティは霞月に願うと魔法による手当てを続ける。 「派手に戦いやがってクソどもが‥‥お前ら! よそ者に負けずにカンダータ軍の力を見せてやれよ!」 怪我を抑えながら立ち上がった現場指揮官は激を飛ばし、夜襲するマキーナへの迎撃を指揮するのだった。 ~魔術大戦~ 風を使って上空へ篠宮は飛んでいる。 冷たい空気が肌をさすが、魔術で体温を保っているので気にはならなかった。 月明かりの下で蠢く鋼の骸骨が何十体と確認され、陣地を囲んでいる。 眼下では戦っているカンダータ軍の兵士や離れた場所で待ち構えていたロッソなどがいた。 「ロッソさんが孤立しているわね。援護するわよ、白陽は警戒をお願いね」 使い魔に指示をだすと篠宮は風を使って急降下し、突風でマキーナ達を一度煽る。 だが、それも序の口振り向きざまに炎を両手から作り出して、バランスを崩したマキーナを燃やした。 強固な金属の体をしていても所詮は金属、溶けるほどの高熱の火弾に抗える筈は無い。 「余計な事をこれくらい一人でも何とかなったってのによ!」 「わかったから、口より手を動かして頂戴ね。ほら、後ろ!」 借りを作ったと思われたくないロッソは悪態をつくが、敵が止まってくれるわけはなく片っ端から片付けていくしかない。 撃ちもらしたのはカンダータ軍が倒していくといった流れが自然と生まれ始めていた。 「懐かしい空気だよ」 散歩でもするかのような足取りで霞月はマキーナの迫る雪原を歩く。 ガドリング砲を撃たれるが霧に姿を変え、次に現れた時には背後からナイフを投げていた。 後頭部から鋭いナイフを差し込まれたマキーナは顎をがくがく揺らすと人形のように倒れる。 周囲のマキーナが霞月を攻撃しようとしたとき空から流星のごとく雷が落ちてきてマキーナの体を貫いていった。 「派手なお嬢さんだ‥‥怒らせるのはきっと得策じゃないだろうね」 驚きを見せながらも口元は笑みを浮かべたままに霞月はナイフで襲い掛かってくるマキーナを確実に止めを刺していく。 倍以上の戦力による奇襲を受けたものの、ロストナンバー達と共に戦ったカンダータ軍の被害は驚くほど少なかった。 「ようやく終わりか‥‥夜明けまではあと3時間。それまで見張りをしておくか、そこのアンタも当番なら話し相手になってくれないか?」 時計見ながら進が軍人に話しかけると、彼は頷き進の隣に座る。 共に戦いを潜り抜け、戦友[とも]と認められたようだった。 ●帰路につき 「今回のことは正式に世界図書館に向けて抗議をさせてもらうからな! 確かに腕はいい様だが態度によっては我々にも考えがある!」 一命を取り留めた現場指揮官の男は苦虫を潰したような顔でロッソを睨みつけるがロッソは鼻を鳴らしてそっぽを向く。 『文句をいったりするために参加させるのは絶対に許さない』という出発前の黎子の言葉がロストナンバー達の頭によぎった。 『協力したい』というなら送り出すという決まりでもあるため、今回のロッソの行動は世界図書館側とすれば大きな問題になりかねない。 しかし、起きてしまった以上はどうすることもできなかった。 「そろそろ出発いたしましょう」 アティが場の空気を少しでも和らげようと退散を促す。 「そうだな。また何かあったら手助けに来るぜ」 「ええ、今度は私の世界で食べていたものもふるえたらと思っているわ」 アティの気遣いに乗るように進と篠宮が前向きな言葉を残した。 下の軍人達は気にした様子もなく、軽く手を振ってロストナンバー達を送り出す。 多少の問題はあったかもしれないが、何とか依頼は達成できたのだった‥‥。
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