オープニング

 太鼓の音が樹海に響く。
 鳥たちがぎゃあぎゃあと鳴きながら飛び立ってゆく。
 木陰の動物たちもどこか落ち着かない。
「森が慄いている」
 ドラグレットのまじない師たちが厳かに告げるなか、戦士たるドラグレットたちは武器を携え、その時に備えた。
「勇敢なる戦士たち」
 樹海の奥深く、ひっそりと隠れるように存在していたドラグレット族の集落は、その日、熱く沸き立っていた。
 《翡翠の姫》エメルタが、戦士へと呼びかける。
「悪しき魂が、森を侵すのを許してはなりません。この地はわれわれの聖地にして、この大地そのものの源につながる場所なのですから。……客人エドマンドの友人たちが、このたびの戦に力を貸してくれます。かつて、エドマンドがそう約束してくれたとおりに」
 ドラグレットたちの瞳が、ロストナンバーたちに向けられた。
 館長の足取りを追って、前人未到の樹海を旅してきたヴォロス特命派遣隊、そしてその援軍要請にともない、急ぎターミナルから駆けつけたもの。かれらは今、ヴォロスの古き種族ドラグレットとともに、かれらの領域へ侵略を企てる軍と、斬り結ぼうとしているのだ。
 太古の時代、ヴォロスを支配したとされるドラゴンの末裔、それがドラグレットだ。かれらはワイバーンなる小型の飛竜を駆り、空を征く勇猛な戦士だった。樹海を開拓し、おのれの領土拡張を目指す人間の国、ザムド公国は、竜刻使いの一団の結び、魔力で空に浮く船を手に入れた。その力をもってすれば、ドラグレットをも退けられると考えているようだ。
 なるほど、いかにワイバーンに騎乗し、空中戦も挑めるとはいえ、ドラグレットの原始的な武器だけでは心許なかっただろう。だが今は、ロストナンバーたちがいる。
 戦いは、ドラグレット精鋭による小隊が、飛空船を襲撃するという形で行われる。
 ロストナンバーも小班に分かれ、ドラグレットの部隊に加わることになる。
 戦意を高揚させる打楽器のリズム。燃え盛るかがり火。
 やがて、見張りのドラグレットが、空の彼方にその影をみとめた。
 ザムド公国の飛空船が、再び侵攻を挑んできたのだ。
「よし、いくぞ!」
 荒々しい雄叫びとともに、竜の末裔は、愛騎とともに空へ。
 これこそのちに、ヴォロス辺境の歴史書にひそやかに記された「ドラグレット戦争」の始まりであった。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 飛空船が近づきつつある空へ、ドラグレットの精鋭たる戦士とロストナンバーを乗せたワイバーンが飛び立ってゆく。
 かれらを見送った集落は、騒然とした空気はそのままに、万一に備えて守備のための兵が護りを固め、戦に加わらない女・子どもや老人はその背後で出陣したものたちの武運を祈った。まじない師たちの、呪歌が朗々と響く。
 そのときだった。1匹のワイバーンが引き返してきたのは。
「大変だ!」
 それは飛空船へと向かった中のひとりだった。
「樹海の中を……やつらの軍はあの船だけじゃない」
 地上部隊。
 ザムド公国は辺境の小国だ。あの飛空船を調達するだけでも相当な資力を要したはずだが、そのうえまだ、別な戦力を投入してくるとは。
 飛空船が影を落とす地上を、樹海を切り開きながら進軍してくる部隊があるというしらせに、集落の防衛のために残っていた戦士たちも出陣を与儀なくされた。ドラグレットの精鋭たちは飛空船へと向かってしまっていたのだ。ロストナンバーたちがいてくれたのはさいわいだったが……地上で戦うとなれば、文字通り地を這うような熾烈な消耗戦になりかねない。
 押し寄せる軍靴の響きに、樹海が震えるようであった。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 ドラグレットの聖地の一つ、ラダクファナイは樹上にある。ラダクファナイの精鋭勇者達はザムドの飛空船と戦いに出ていき、おもだった若者達も前線の地上軍阻止に出向いてしまった今、残されたのは老人と女子供ばかりである。ドラグレットの領域の奥深くあるこの集落は大河からも離れ人間が到達するのは容易ではない。
 そんな、ラダクファナイからほど無い距離にある密林にぽっかりできた空き地には、この辺りではまず見かけることのない人影達が陣を張っていた。

 ヴォロスに竜を旗印に掲げる傭兵団はありふれている。
 この炎帝親衛隊もその一つである。伝説に謳われる竜王、炎帝クファナイの旗は緋地に黒の竜鱗が描かれている。
 彼らは一様に異様な甲冑に身を包んでいる。竜型の面当ての背後の兜からは矢払いの垂れが長く伸び、その体躯を覆い隠す外套と共に得体の知れない雰囲気を醸し出している。鎧は、革だろうか光沢が見られ鋲を打っているのかも知れない。そして、ときおり腰にぶら下げた筒のようなものが見え、その筒はホースのようなもので背嚢とつなげられている。
 壱番世界の者であれば消防士を思い出すかも知れない。しかし、彼らの武器は水ではなく炎である。クファナイの涎と呼ばれる可燃性の香油が彼らを特徴付ける装備である。クファナイの涎はこの地域で時折見いだされる熱帯樹の実から取れる物質で、この実を食べることによってドラグレット族は一時的にドラゴンブレスの能力を得ることができると言う。そのためにラダクファナイの部族神官によって厳重に管理されているはずである。ともかく炎帝親衛隊の兵卒は背嚢一杯に背負った香油を筒から噴出して敵を焼き尽くすことができ、そのために他域では非常に恐れられている。その実力を考えればザムドがごとき小国が簡単に雇えるものではない。

「クファナイ殿、人力牽引式投石機の準備ができたようですね。ククク、投石機と我が術があれば、野蛮なドラグレットなぞ一瞬で蹴散らせますな」
 整った顔をした軽装の竜刻使いが傭兵の隊長に告げる。彼が炎帝親衛隊の真の雇い主であった。目的は当然にラダクファナイの一族が保有していると噂される伝説の竜刻石である。
 意気揚々と投石機の元に戻る竜刻使いを見送り、隊長が腕を掲げ号を発すると、傭兵達が一斉に投石機の一端に飛び降り、巨大な機構を始動させる。男達の位置エネルギーを運動エネルギーに変換してクファナイの涎が空高く打ち出され、と同時に突風の術で一気に加速されていく。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 ロストナンバー達が長い階段をぐるぐると登っていくと、樹上の集落は、樹々の間に橋を架けられ家々をつないでいた。それぞれの熱帯樹は細くても多数集まれば人々の暮らしを支えるだけの力強さを持つ。素朴な作りであるが橋板に刻まれた凝った紋様は歴史と文化を感じさせる。ロストナンバー達はその光景に心を奪われているようであった。
 遠くの戦場ではそろそろ戦端が開かれているところかも知れない。千を越える地上軍の阻止のために強力なロストナンバーが投入されている。樹海の奥深くにあるこのラダクファナイではなにも起きないだろうと、ここにいるのは竜刻石の調査に赴いたロストナンバーがほんの数人。
 と、橋の一つが唐突に炎上した。続いて火球が視界を横切り住居の一つが爆発する。哀れなドラグレットの女性が悲鳴と共に飛び出してきてそのまま転落した。まず助からないだろう。
「ミサイル!?」「ファイアボール!?」
 不自然な風が渦を巻き、火のついた樹を燃え広がらせる。ショックを受けた子供達が泣き出し、逃げ惑っている。老人達の中には火を食い止めようと右往左往する者もいるが、煙に巻かれて咳き込むばかり。いかんせん、火を消すほどの水となると樹を降りないと手に入らない。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

「焼き尽くし、奪い尽くせ!」
「焼き尽くし、奪い尽くせ!」
 クファナイ隊長の号令と共に炎帝親衛隊が進撃を開始する。

――ああドラグレットは野蛮頑迷だ。だからと言ってそれを人間に指摘されるというのは妙に腹立たしいな。腕のいい竜刻使いではあるのだが…… 一族の秘宝は奴には過ぎた玩具だ。

それすなわち――――

                    炎帝の逆鱗




・・・・・・・・・・・・・・

!注意!
イベントシナリオ群『ドラグレット戦争』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『ドラグレット戦争』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。
また、「ブルーインブルー特命派遣隊」に参加中のキャラクターはこのシナリオには参加できません。
※「ヴォロス特命派遣隊」に参加していなくても、参加は可能です。

品目シナリオ 管理番号970
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメントと言うわけで、みなさんこんにちわ。
そろそろ見習いを卒業したいWRの高幡信(たかはた・しん)です。

しばらくぶりです。

さて、今回は絶賛鬼畜難易度です。

・炎帝親衛隊は100人です。他の戦場と比べたら少ないですNE!
・白兵戦が始まる前に投石は終了します。
・歩兵の武装は火炎放射器と斧槍刀です。
・竜刻石使いは風術を使います。
・予言による事前情報はありません。周到な準備はできないと思ってください。
・集落にはまともな戦闘員はいません。
・集落を支える樹木は1000本以上あり、それぞれの樹木の外周に階段やはしごが設けられています。
・煙は下から上に昇ります。
・炎帝親衛隊は何らかの手段により炎と煙にかかわらず行動できます。

一応、WRなりの正解ルートは2つ用意してありますが、それ以外の解決手段はいくらでもあると思います。しかし、八方美人プレイングではどこかが行き詰まって大崩壊を招きやすいです。ヒントはopにばらまいていますので不確定情報の中にある可能性に賭けるようなプレイングの方がヒロイックでしょう。捏造歓迎

参加者
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
レナ・フォルトゥス(cawr1092)ツーリスト 女 19歳 大魔導師
アルジャーノ(ceyv7517)ツーリスト その他 100歳 フリーター
ツィーダ(cpmc4617)ツーリスト その他 20歳 放浪AI

ノベル

 ラダクファナイの集落は樹上にある。
 そこから地上を見下ろすのはなかなか肝の冷えるものではある。今は幸い、立ちのぼる煙のおかげで地面がよく見えないので高所感が紛らわされる。
 その煙の中を魔法使いであるレナ・フォルトゥスが風の精霊をまとってゆっくりと降下していた。彼女は敵部隊の動向を探りに、本拠地を探しに、先行している。煙の中を進むというのはぞっとしないが幸い風の精霊の精霊のおかげで息は苦しくはない。とは言え、精霊の力で煙は防げても炸裂音や悲鳴が聞こえてくるのまでは防げない。かと言って不快だからと遮断するわけにもいかない、これも貴重な情報だ。襲撃者の正体がわからない今はあらゆる情報が欲しい。飛んできた火球が、クファナイの涎を藁で固めた物体であることがわかっただけでもありがたい。これは村のドラグレットの指摘による。敵は本物のドラゴンでは無いようだ。少なくとも人間(か亜人)だ。
「それにしても、遠距離から砲弾を打ち出してきますか。とにかく、何とかしないとまずいわね」
 レナが地上に降り立つと、彼女はサーチアイの魔術を使って視界を拡大した。
 赤と黒の装束に身を包んだ異様な一団が下生えを踏みしめ樹海を進んで来るのが見える。彼らは総勢100人と言ったところだろうか。一般的な刀剣類の他に簡易梯子などの攻城装備が見える。若者達の出払ったラダクファナイにとっては大きな脅威である。

 彼らは何者だろうか。それを議論する時間的余裕は無かった。わずかな情報でもわかり次第、トランスファーメッセージの術で上に残ったロストナンバー達に知らせる予定だ。
 さらに視界を遠くにやると、巨大な機械仕掛けが見えてきた。投石機だ。ざっと全長10m程のそれは攻城用の投石機としては小ぶりだが、通常のものより遙かに遠くから狙いをつけてきている。投石機から打ち出された弾は上空で不自然に加速しあり得ない距離を飛翔した。
「風が見えるわ。間違いない、魔術的支援で機械仕掛けの性能の限界を超えている。ヴォロスにこんな魔法と科学融合させる技術があっただなんて」
 だが、逆に考えれば魔術師…… ここでは竜刻石使いそのものの力純粋な魔力はさほどでもない。隕石落としなどされたらひとたまりもない。この程度ならばまた方策はいくらでもある。
 レナは儀式魔法「ストームレイン」を準備するすることにした。


 その遙か樹上では、木造の薄い家々や村を優しく覆っていた葉が燃え始めていた。傭兵達のボールは着弾すると、中にしみこんだクファナイの涎がべしゃっと飛び散り、空気を吸い込んでたっぷり炎上する。火に弱いテントに火がつけば一気に燃え広がっていく、太いラダクファナイを支える樹木達も熱に逆らえず、表面を焦がし、乾燥しているものから耐えきれずに焔を立ちのぼらせる。
 長年住み慣れた家が炎と共に倒壊するとドラクレット達の女が子供を抱きかかえて泣き崩れた。

 鳥人間と言った風貌のツィーダはデータ体のアバターである。
「1個でも直撃させたら集落大炎上とか、洒落にならないものを投げてくるなあ」
 アバターはシムネットから棒のついたかごのデータを取り出し、具現化したそれをそらにかざした。飛来物が到来してきている方向を確認し、飛来物の予測弾道上に、壱番世界のウンドウカイのタマイレで使うようにして、飛来してくる弾をキャッチしていった。
 ツィーダはコマドリのように忙しく集落の木々を跳び回り集落にこれ以上は火の玉が落ちてこないようにした。
「ははっ、焼き鳥は勘弁してくれないかな?」
 仮想化されているといえ、アバターへのダメージは本体に反映される。そう言う仕様であるので、油断できない。

 そのツィーダの下の方では液体金属生命体のアルジャーノが燃えている家屋を食べていた。消火のつもりのようだ。普段通りの人畜無害な装いのアルジャーノであるが、その姿で燃え盛る建物に近づくと頭を膨らませバクんと口を広げて、家をひと呑みにしていっていった。

 マフィアのファルファレロ・ロッソにとってはこの状況は面白くて仕方がないようである。彼は集落の調査などという、言ってしまえばシケた任務に腐っていたからだ。
「おもしれー風向きになってきた、やっぱこーこなくっちゃな」
 と、逃げ惑う住民を尻目に炎の中を闊歩している。
「女子供が犯されようが焼かれようが知ったこっちゃねえ、派手にドンパチできりゃそれでいい。なぁ、アルジャーノさんよ。それうめぇのか?」
「有機物がメインだからイマイチ」
 アルジャーノは食べた家屋を体内で細かく砕いて圧縮し砂にし、高圧で噴射して火を覆い窒息消火しているところだ。
 おかげで火の手の上がり具合は一段落し、当初のショックから住民もさめつつある。ここから、どうにか待避ルートを見つける必要がある。

 レナは魔術師の慣わしとして考えを巡らせた。侵略者達の正体がわからなくても彼らの目的は概ね想像がつく「炎帝の逆鱗」と呼ばれている竜刻石であろう。炎帝とは、伝説に謳われる竜王「炎帝クファナイ」のことであり、この集落の名称であるところのラダクファナイもそれから取られている。「炎帝の逆鱗」はその竜王に由来するとされる竜刻石だ。調査に訪れたロストナンバー達に、集落のドラクレット達は「炎帝の逆鱗」の輝きとその力を自慢された。村の象徴だ。侵略者達はいずこかでその存在を聞きつけて来たのだろう。
 クファナイの涎を用いるくらいであるので、侵略者とこの村ラダクファナイには縁がある。しかし、それが侵略者達の名前とともにロストナンバーに明らかになるまでには今しばらくの時間が必要である。

 砲撃が止んだことにはタマイレを掲げているツィーダはまっさきに気がついた。いつの間にか火を巻き上げていた風も止んでいる。
 いぶかしんで下から立ちのぼってくる煙を覗き込んでいると、純白のオオカミたちが器用に木を登ってきた。思わず身構えると、先頭のオオカミがレナの声でしゃべり始めた。
「この子達はあたしが召喚したウィンターウルフよ。傭兵達が木を登り始めたわ。100人くらいいる。こちらで嵐を準備しているから、あんた達は持ちこたえてちょうだい」

 やがて、煙の中から竜型の面当てをし赤に縁取られた黒外套に身を包んだ男達が続々と現れた。オオカミ達が真っ先に躍りかかり、魔法生物らしく吠え声と吹雪を吹き出した。
 しかし、戦闘の傭兵が外套を翻すとその冷気はあっさり逸らされる。そして、彼が脇に覗く筒を構えるとそこから紅蓮の炎が噴き出した。相対するウィンターウルフは炎を正面から浴び溶け消え去った。続いて背後の傭兵達も火を放ちレナの召喚獣を消滅させた。
「今の魔獣はなんだ? 氷を使うってことはドラクレットじゃねーよな」
「ドラクレット共に荷担している人間がいるって言ったろ! 気をつけろ」
「俺らのやることは変わらねーがな。で、ドラクレットって燃えんの?」
「クファナイ隊長の命令は焼き尽くせだぜよ」
「グズグズしてっとどやされっぜ」
 傭兵達はどっと笑うと「炎帝親衛隊バンザイと」手短な家屋に火を放った。さらに、その建物から這い出そうとするドラクレットに火炎放射器を向けた。
 と、傭兵の手に持った筒からではなく、背嚢から火が吹き出し、程なく燃えさかる液体があふれ出し外套に燃え移り、瞬く間に哀れな傭兵は火だるまになった。
 ファルファレロが背嚢を狙撃したからだ。

 一丁あがりと銃口にフッと息を吹きかけるファルファレロの横にツィーダが戻ってくる。傭兵達は樹上で隊列を整えるのに手間どっているようだ。その隙に、ツィーダは火炎放射器のホースっぽいものの中にボールサイズ上の物体を生成して詰まらせた。すると圧力に耐えきれなくなったホースが裂け、クファナイの涎が勢いよくほとばしって別の傭兵にかかる。「引火する」と騒ぎ立てる二人は思わず足を取られ樹から転落した。彼らの装備は樹上で戦うには余り向いていないのかも知れない。
「こういう攻撃は暴発した時の森への被害が深刻そうだから、ほどほどにしないとね」
「俺にそんな器用な戦い方ができるかよ。他に当たってくれ」
 くたばれ、とファルファレロがさらに一人の傭兵を狙撃した。どうせレナの儀式魔法が完成したら嵐で火事もどうにかなるかも知れないとツィーダも諦めるほか無かった。そこに一巡り火消しをしてきたアルジャーノももどってきた。
「彼らは炎帝親衛隊と言うのですネ」
「連中、クファナイとか炎帝とか、この村に関係あんのか?」
「あの火炎放射器って、クファナイの香油だよね、たぶん。傭兵には使いやすそうな武器だよね」
「あーっ、クファナイの香油の原料は倉庫にしこたま蓄えられてんだろ? 儀式だの何だのジジィ共が言ってたよな」
 クファナイの涎と呼ばれる香油はこの地域で時折見いだされる熱帯樹であるガクファの実から精製される物質である。ガクファはこのラダクファナイ以外の地でも野生していることはあるが、安定して生育するための条件や、実からクファナイの涎を精製するための方法は秘技としてラダクファナイの長老達が秘匿している。もちろん、具体的な方法はロストナンバー達にも知らされていない。
「どこかでニンゲン達がこの村の秘技のことを聞きつけてきたのでしょうカ?」
「おらっ、そんな議論は後回しだ。あれは残されたドラクレットも使えるんだろ!」
 その通り、ガクファの実を食べることによってドラグレット族は一時的にドラゴンブレスの能力を得ることができると言う。なんでも毎年の炎帝祭ではドラグレット達はドラゴンブレスの美しさを競い合ってクライマックスにするのだとか。

 ファルファレロがおろおろするばかりのドラクレット達に檄を飛ばす。
「おめーら、あのナントカの実を食えばパワーアップするんだってな! 非戦闘員だって手伝い位はできるよな? てめェの村が焼き尽くされんの指くわえて見てんのかよ腰抜けどもめ、死ぬ気で、いやいっそ死んだ気で抗え!」
 それでも長老達は、渋っているようである。儀式に使う神聖なガクファの実を野蛮な戦いに使うことに抵抗があるようだ。 と、まずは出兵に取り残された年長の少年達から「オレっち戦います」と声が上がった。すると、少年の母親達がそれに続いた。

 儀式の文言を唱えつつ、先程の少年がガクファの実を割る。そして、爬虫類の口を大きく開けて香る汁を一気に飲み干した。他の少年も続く。少年達にとって、大人の勇士達が祭りで美しく火を吹く様はあこがれである。ちょっとした興奮状態だ。
 いくつもの方向から傭兵達は進軍してくるのでロストナンバーだけでは守りきれない。彼らも知能のある人間だ。銃器に対して手近なものを遮蔽物にし始め、火炎放射器も用心して無節操に使わなくなった。弱点でもあった背嚢を外套で隠して簡単には狙えなくなったのは大きい。悪名高き傭兵で団は斧や槍を構えて迫ってくる。そこに準備のできた少年達が走り戻ってきた。
 橋を渡ってくる傭兵に狙いをつけて、大きく息を吸い込むと、まばゆい閃光が噴出された。気化したクファナイの涎が濁流となって傭兵に迫る。ドラゴンブレスは、盾にしていたテーブルを消し炭にし、傭兵をなめ回す。が、そこまでだった。
「あちち、本当にこいつら火を吹けるんだ。驚いたぜ」
「隊長は使わない方に賭けていたのにな」
 槍を失うなど、無傷ではないようだ。しかし、致命傷からはほど遠い。彼らは自らが炎を使うだけあって、背嚢を狙った自爆誘発はともかく、炎の直接攻撃には耐性があるようである。当初より燃え上がる家屋も煙も意に介してはいないのは、それなりの裏付けがあるからなのだろうか。
 勢いづいた傭兵達が橋をなだれてくる。撃たれた傭兵もぐらつきはするものの止まらない。ファルファレロの退魔用途の拳銃ではストッピングパワーが足りないのだ。
 槍の穂先がファルファレロに届かんとしたとき
「バカめ。調子に乗りすぎだぜ」
 横滑りに発射した弾は橋脚のロープに吸い込まれ、傭兵を乗せた橋を引きちぎった。穂先は宙を迷い傭兵と共に下からわき上がる煙に消えていった。
「よし、下がるぞ」
 橋を一つ落としたからと言って戦いは終わりではない。ロストナンバー達の今いる木も下から焼かれている。また、反対側からは鉄梯子を準備しているのが見える。手際を見ると彼らは攻城戦の経験もあるのだろう。
 ともかく、ここで一瞬の足止めができたのでドラクレット達を極力逃がすことにした。

 アルジャーノが戦車に擬態し、老人達を乗せた。戦車と言ってもここは空中であので、蜘蛛のように細長く脚を伸ばして木々の間をえっちらおっちらすり抜けていく多足戦車だ。そのアルジャーノを追いかけて若いドラクレット達が橋を渡り徐々に高度を下げる。
 しんがりをつとめるのはファルファレロだ。一番危険な場所は譲れないらしい。

 煙の中から再び姿を現したツィーダは傭兵達の格好になっていた。彼はデータ体であるので外見は自由に変化させることができるのだ。
『竜刻使いは風の中心にいるわ。煙の流れを辿れば彼に辿り着くわ』
『レナ、ありがとう』
 小声をトランスファーメッセージにのせて歩を進める。奴らが炎と煙の影響を受けないのは竜刻使いの術によるものだとツィーダは考えたのだ。
「奴らがおかしなものを召喚したんで、対策を竜刻使いさんに聞きに行くよ。通して通してー」
 橋をいくつか渡り、はしごを下りたところで、一人だけ軽装のやせた男が見えた。偉そうな雰囲気の傭兵と議論をしている。しばらく隠れていると竜刻使いは一人になった。
「クファナイ殿にも困ったものです。ここまでやっておきながらどうも合理的でありません。所詮は武人というところですか」
「竜刻使い様、大変でーす」
「おや、どうされました?」
「竜刻使い様、戦死されまっすよ~」
「えっ」
 リボルバー型のギアをかかげ、鮮やかなヘッドショット。この距離なら外しようもない。死体を木から蹴り落とし、今度はツィーダが竜刻使いの外見をコピーしたオブジェクトを作り出しその場にしつらえた。これでしばらくは時間が稼げただろう。
「これで、奴らにも炎が通じるようになればいいんだけどなぁ。あ、しまった。この人の竜刻をアルジャーノが食べたがっていたっけ」


 木々を渡り歩く多足戦車ことアルジャーノを傭兵達は止めることができなかった。なにせお互い炎が通じる気配がしない。一人の傭兵がぐねっと巻き付いた金属触手に引きずり込まれてからは、遠巻きにされている。アルジャーノもアルジャーノでドラクレットの老人達を上にのせているので大拮抗劇に出られない。
「火炎対策はこっちかナ」
 捕まった傭兵は未知の恐怖にじたばた暴れたが、触手の人類を超越した力には逆らえない。外套と兜をひっぺがされた。
「あ、頭ももげちゃっタ」
 外套を目にした老人がつぶやく
「……ワイバーンの鱗」
 黒い外套には鋲を打ったかのような光沢が見られる。それは金属、例えば、貧乏な傭兵に好まれるリングメイルではない。爬虫類の鱗だ。蛇革のようにも見えるワイバーンの革ならば炎も易々と防げよう。それが炎帝親衛隊の防御力の秘密だ

 ファルファレロはドラクレットのドラゴンブレスで橋を落としながら後退していた。
「おい、おめぇらよぉ。あいつらの狙いってアレだよな。アレアレ、あのジジィどもが自慢していた竜刻石。なんつたっけ」
「炎帝の逆鱗?」
「そうそう、それさ。ガクファの実も香油もあいつら既に持っているもんな。だから、そんのお宝よ」
 そこになんとか身軽なツィーダが追いついてきた。そのツィーダに適当な石ころを投げ渡した。
「おい、ツィーダ。お宝よお宝。あいつらの狙い。それさえ渡せばいいんじゃね」
「あっ。了解っ!」
 ツィーダが力を行使すると石ころはみるみる光り輝くテクスチャーが重ねられきんきらしたいかにもな見た目になった。
「秘宝って言われるくれえだ、どーせ実物見た事ねえんだろ? 後はハッタリで押し通すさ。つーわけでごにょごにょ」
 炎帝の逆鱗(偽)が宙を舞うと、傭兵達の目が釘付けになる。状況を理解したドラクレット達も調子を合わせた。
「もはやこれまでか……竜刻石は頼みましたよ! エドマンドの友!」
「おらおら、お前らが探しているのはこれかぁ?」
 隣の木に跳んだツィーダに投げる。ツィーダはタマイレのかごを取り出して炎帝の逆鱗(偽)をキャッチ。
「あ~い、オーライオーライ」


 やがてその場のドラクレットが全ていなくなった頃に、傭兵達の後方からひときわ大きい男が進み出てきた。先程、竜刻使いと話していた男だ。
「貴様ら、なぜ下等なドラクレットに荷担する」
「しらねーよ。図書館の命令だからさ。あーあー、そんなこと言っていいのかなー。落としちゃうよー。お宝」
 しかし、大男は意に介さず足を踏み出した。斧槍の一閃が振るわれるとタマイレのかごは両断され炎帝の逆鱗(偽)はそのまま落ちていった。
「あ~あ。やっちゃった~って、バレているよね」
「俺は、炎帝親衛隊の隊長のクファナイだ。炎帝の逆鱗を貰い受けに来た。差し出していただこう。俺の目はそう簡単にはごまかせないぞ」
「クソが、力ずくで来な!」
 ファルファレロとツィーダの銃撃はワイバーン革の外套に絡め取られ、敵の体に届かない。対するクファナイの斧槍はツィーダのシールドオブジェクトががっしりと受け止める。
 ならば、とファルファレロは右手で拳銃メフィストを連射しながら、腰に手を回しギアであるファウストを抜いた。
「俺は本当はデュアルウェルドなんだな。ファウストの弾のはひと味違うぜよ。オラァ!」
 合計3丁の銃がクファナイをポイントし、首の付け根、面当ての眼、槍を持つ手をそれぞれ狙う。クファナイは咆哮し、竜型の面当てを跳ね上げた。


 アルジャーノは、レナからの報告を聞いてから老人達が大事に持っている炎帝の逆鱗が気になっていた。
「侵略者の隊長さん、クファナイさんテ、ラダクファナイの出身者じゃないですかネ? それも相当地位の高い人の子供。お名前似てるじゃないですカ」
「クファナイは炎帝様の御名だ。そんな不遜なドラクレットはもういない」
「もういないっテ、喧嘩したのですカ。私にはよくわかりませんネ。この状況では無傷では行けないかもしれませんシ、無駄足かもしれませン。けれど身内から出た間違いなら身内で正すのが一番良いかたちかト。私説得とかマジ無理ですシ」


 青くきらめくデータの破片が空中に散乱している。とっさにウォールを出現させたものの簡単に破られてしまっていた。直撃を受けた巨大樹は消滅し、千切れた葉っぱが風に流されている。
 かすめただけでツィーダはデータ構造の多くを破壊されていた。ファルファレロと言えば持ち前の五感の鋭さ、というか強運により身を投げ出し避けえることができていた。
「おいおい、こりゃ反則だろ」
 子供達の即席とは違う、鍛錬を重ねた本物のドラゴンブレス。クファナイの竜型の面当ての下からあらわれたのは紛れもない竜の顔。
「君…… もドラクレットだったんだね」
 ツィーダとファルファレロは傭兵達に囲まれていた。

 そこに、アルジャーノがドラグレットの老神官を連れて戻ってくる。
 風向きが変わり、嵐が来た。レナの儀式が完成しストームレインが発動したのだ。戦場の熱気が洗い流されていく。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

一行は戦車の姿のままのアルジャーノに乗って回収地点を目指している。
「しかし、それにしても、奴らは、いったい、ここで何がしたかったのでしょうね?? ザムド公国。どうにかしないといけないかな??」
「ねぇねぇ、結局何だったの?」
「あいつらザムドとは関係ねーよ。ただの内輪もめだ。よくあるつまんねぇ話しだ」
足を止めた戦車は道を塞ぐ瓦礫は食べては、またゆっくりと進み出した。

クリエイターコメントご参加ありがとうございます。

どういうわけだか、いままでで一番苦労しました。
いやはや冷や汗たらたらです。

これに懲りていなければまた参加していただきたいと思います。
それでは
公開日時2010-11-15(月) 22:00

 

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