古城に灯が入っていく。それに誘われるように、仮装の人々が城門に吸い込まれていく。ある者はとんがり帽子と黒マントを纏い、ある者は蝙蝠のモチーフをあしらった杖を振り、ある者はゴーストの仮面を被っている。 ヴォロスの辺境、『栄華の破片』ダスティンクル。古い王国の跡地に建つ、微細な竜刻を多数内包する都市である。入城した人々を出迎えたのはこの土地の特産品であるお化けカボチャだった。カボチャをくり抜いて作られたランタンがそこかしこに飾られ、大広間にもカボチャを用いた料理や甘味がずらりと並んでいる。「ようこそ、皆様」 という声と共に、黒のロングドレスと仮面で装った老婦人が現れた。領主メリンダ・ミスティである。先代の領主の妻で、数年前に謎の死を遂げた夫に代わってこの地を治める人物だ。「今宵は烙聖節……この地に埋まる竜刻と死者たちが蠢き出す日ですわ」 冗談めかしたメリンダの言い回しに来客達は顔を引き攣らせた。「共にこの夜を楽しみましょう。けれど、お気をつけあそばせ? あたくし一人では手に負えない出来事が起こるかも知れません――」 未亡人探偵。領民たちはメリンダをそう呼んでいる。面白い事が大好きで、不可思議な事件に首を突っ込みたがるのだと。 時間は少し遡る。「要はハロウィンみたいなモノ? はいはーい、エミリエがやる!」 元ロストナンバーであるメリンダから依頼が届き、エミリエ・ミイがそれに飛び付いたのは数日前のことだった。 烙聖節。かつての王国が亡んだとされる日で、死者達が蘇って現世を彷徨うと言われている。そのため火――生者の象徴である――を夜通し焚き続け、竜刻の欠片を用いた仮面や仮装で身を守るのだ。今日では一晩中仮装パーティーを催す行事として息づいているらしい。 王国は巨大な竜刻を保有し、『聖なる祝福を受けた血』と呼ばれる王族が支配していたが、度重なる戦禍で亡んだ。王族は焼き殺され、竜刻も粉微塵に砕けて各地に飛散したという。ダスティンクルから出土する竜刻の大半はこの時の名残だ。「昔のお城は領主のお屋敷になってて、そこにみんなを集めてパーティーするんだよ。楽しそうでしょ? でもね……烙聖節の夜は不思議な事が沢山起こるんだって。竜刻のせいなのかな?」 エミリエは悪戯っぽく笑った。彼の地には調査の手が殆ど入っていないため、メリンダと繋ぎをつけておけば今後の任務がやりやすくなると付け加えながら。「依頼って言っても、難しく考えなくていいと思うな。あ、ちゃんと仮面と仮装で行ってね!」 * * * ターミナルに、星空が広がる夜。『クリスタル・パレス』の店頭に、一枚の掲示物が張り出された。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■カボチャづくしの謎解きイベント中止のお知らせ■ 本日、当カフェにて予定しておりましたハロウィンイベント、 【ターミナル・ナイト】ジャック・オー・ランタン殺人事件 〜仮面舞踏会の夜に起こった密室連続殺人。君はこの謎が解けるか?〜 は、壱番世界の天候不良によるカボチャ不足の影響が多大であったため、 今年は見送らせていただくこととなりました。 なお、当カフェは本日より3日間、休業いたします。 またのご来店をお待ちしております。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「……残念だなあ。舞踏会って久しぶりで、楽しみにしてたのに」 店内の飾り付けに奔走していたミシェルが、貼り紙を前にしゅんと肩を落とす。「よしよし。ミシェルは頑張って準備してたもんなあ。まあ、イベントはまたできるさ。……だよな、ジークさん?」 シオンが、その頭をくしゃくしゃと撫で、ジークフリートを見た。「ああ。今回の脚本はけっこう自信作だから、お蔵入りにするのは惜しいしな」 ミステリ劇の脚本を担当した、無駄に美形な七面鳥であるところのジークフリートが、ぽりりと額を掻く。「とはいえ、今回は仕方ないなぁ。演出上、店中を埋め尽くすほどのカボチャが必要だったんだが、仕入れを予定してた山形県の竹川さんとこも、香川県の平賀さんとこも、オレゴン州ポートランドのジェフリーさんの農場も、猛暑の影響で大不作だったようだし」「――ヴォロスに行こうか、ミシェル」 それまで無言だったラファエルが、しょげているミシェルを振り返る。「『栄華の破片』ダスティンクルから、烙聖節を迎えるにあたっての、依頼が出ている」「んんん? 聞き間違いかな? 男4人連れ立って仮装パーティーに行くの? 超空しくない? サクラさんや小町ちゃんは? お店は閉めるんでしょ?」 エミリエの背後からひょこっと顔を出した無名の司書は、気分だけでもハロウィンムードになりたいらしく、黒いトンガリ帽子の魔女コスプレで、傷口に塩すりこむようなことを言った。「女性店員たちはプライベートが忙しいそうで……」「ううう、かわいそう。不憫だわ不毛だわ。4人揃って壁の花になるくらいならいいけど……」 黒魔術書みたいなブックカバーを付けた『導きの書』を広げ、無名の司書は大げさに嘆息する。「予言いたしましょう。あなたがたはメリンダ・ミスティの古城に、すぐには辿り着けません。なぜなら……、『そんなロマンチックでミステリアスでキャッキャウフフな男女の出会いがありそうな舞踏会、襲撃して台無しにしちゃえ〜!』とかKIRINちっくな想念に囚われた巨大なお化けカボチャの群れに行く手を阻まれて鋭意戦闘しなきゃなんないからです」「おいこら姉さん!」 シオンは思わず喉を押さえた。「おれはもう『エル・エウレカ』』でツッコミ台詞吐きすぎて、喉から血ぃ噴く寸前なんだよ! このままだとツッコミ過労死すんぞ!」 * * * 古城を目指し、歩を進めてほどなくのこと―― 4人は、いつの間にか、巨大お化けカボチャの大群に取り囲まれていた。「で――当然ながら、こうなるわけですか。貴方と背中合わせの戦闘は久しぶりですね。武装財務官統括フロイト侯爵どの」「……自慢の剣の腕は鈍っていないだろうな。ジークフリート・バンデューラ財務官」「どうでしょう。そのつもりですけどねぇ」(……憎い)(……憎い)(……楽しそうなパーティに行くやつらが憎い) カボチャたちは頭上から触手のような蔓を生やしており、それをひゅんひゅんと繰り出して攻撃してくる。 最初の1体は、ラファエルがトラベルギアで蔓を叩き返したのを見計らい、ジークフリートがバスタードソードで一刀両断にした。 ラファエルとジークフリートは、それぞれ黒備えと白備えの騎士服、ミシェルは、品の良い正当派王子服という衣装である。「ぼくが、炎で焼き払えば……」 巨大翼竜に変身しようとしたミシェルを、ラファエルが止める。「だめだ、ミシェル。城が近すぎる」 シオンはといえば……。「すんませんが、おれ、もともと戦闘力ないうえに、今、王女コスプレしてるんで、騎士様と王子様、守ってください〜。擦り傷切り傷程度なら、薬もってますんで〜」 シオンだけは、銀髪巻き毛のロングウィッグに可愛いティアラ、リリイ姉さん渾身のオレンジ色のふんわりドレスという……、可憐な王女のような、こー、すこーんと吹っ切ったいでたちだった。 好き好んでの女装というよりは、「……おれだって、たまにはボケてみたいんだよ」というのが本人の弁である。(……憎い)(……憎い)(モテそうなイケメンが憎い)(ツンしてるだけでちやほやされる美少年が憎い)(オレのことをカボチャを見るみたいに冷たくスルーするかわいこちゃんが憎い) ……カボチャさんたち、ツッコミどころ満載である。 そろそろ過労死フラグかな、と、シオンは救急箱を抱きしめ、ふっと夜空を見上げた。!注意!イベントシナリオ群『烙聖節の宴』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『烙聖節の宴』シナリオへの複数参加・抽選エントリーは通常シナリオ・パーティシナリオ含めご遠慮下さい(※複数エントリーされた場合、抽選に当選された場合も、後にエントリーしたほうの参加を取り消させていただきますので、ご了承下さい)。
──── 報告書、鋭意作成中 ──── 私は記録者である。よって名は秘す。 「……あれれ?」 報告書の出だしをそう書き始めてから、無名の司書は、はたとペンを止め、首を捻る。 「何でこうなるんだろ? いけないいけない、書き直そ。リベル先輩にリテイクされちゃう」 司書は慌てて書き損じを丸め、新しい用紙に、改めて記しだす。 蓮見沢理比古、テオドール・アンスラン、花咲杏、オルグ・ラルヴァローグらの、ヴォロスの辺境『栄華の破片』ダスティンクルにおける烙聖節の夜の、冒険譚を。 ──── たとえばそんな選択肢 ──── →蓮見沢理比古編 我らがアヤたん、いや、第二十六代蓮見沢家当主国家資格多数所持長身細身な35歳男性にたん付けもどうかと思うが、すげぇ童顔ですげぇ可愛いので許してもらおう。 本日のアヤたんは、いつも通りのラフな出で立ちで、竜刻の大地に降り立った。 自他ともに認める超甘党である彼の心は、お城でふるまわれるスイーツのことで、んもーいっぱいいっぱい。ミニカボチャの焼きプリン、カボチャのなめらかブリュレ、カボチャのふわふわシフォンケーキ、カボチャのはちみつスフレロール、カボチャクリームのモンブラン、カボチャのロイヤルシュークリーム。大小のカボチャが脳内ダンス状態であった。 いちお、仮面舞踏会に参加するってゆー設定だったことだし、衣装についてはおつきのシノビさんとかがステキなのを用意してたと思われる。だが、アヤたんは大物ゆえ、こまけぇことはいいんだよ属性であるし、領主メリンダも、おめー、仮装してこいってゆったろーが的な、非エレガントなツッコミはなさるまい。 すなわち。 理比古氏は、気軽かつ上機嫌な心境で、古城への道のりを歩いていたのだ。 ゆえに、お化けカボチャと鋭意戦闘中の面々と遭遇したときも、心の余裕が十分にあった。 「顔馴染のひとたちばかりだし、放ってもおけないよねー」 →テオドール・アンスラン編 行きのロストレイル車内がざわめいていたのは、世にも華麗で、しっとりとした落ち着きをも併せ持つ、古い物語の中から抜け出てきた王妃を思わせる女性がいたからだ。 響く声音は、ゆったりと優雅なアルト。肩と背に流れる、真紅の長い巻き毛。技巧を凝らしたレースの刺繍が施された、黒のロングドレス。品の良い、露出控えめのデザインであるのに、腰の細さがうかがわれるのが心憎い。 ドレスを彩る精緻な金の装飾も、さぞ美しいであろう素顔を隠している黒の仮面さえも、彼女をいっそう神秘的に彩っている。 もちろん、誰も気づかない。 まさかこの美女が、友人たちと仮装内容についてのくじ引きの結果、【お妃】を引いちゃったテオドールさんだった――などとは。 テオドールとしては、女装には抵抗があった。しかし、皆が盛り上がっていて、いつになく楽しそうな様子だったので、その気持ちに配慮し、了承することにしたのだ。 そして、やるからには徹底的に――諜報用の変装技術と声色技能を駆使しての、つまりはプロの誇りにかけての、渾身の女装であった。 ゆえに、誰も気づかない、はずだった。 古城へ向かう途中、難儀なことになっているラファエルやシオン……、桜が満開のチェンバーにて面識があった彼らに、思わず素で声をかけるまでは。 「あんたたち、大丈夫か? とんだ災難だな」 ……テオドールさん、ちゅどーんと自爆の巻。 「あれ、その声? そっか、車中で超話題だったすごい美人な王妃様ってテオドールだったんだ! 近くでみるとますます綺麗だな!」 自分の有様のことはさておき、シオンは目をきらきらさせている。 「……くじ引きの結果、こんなことになってね。【姫】のくじを引いた友人と、城で待ち合わせしなければ……」 若干、遠い目をしながら、テオドールは事の次第を説明した。 「ところでシオンも、姫役のくじを引いたとか、そういう事情か?」 「いや。おれのは自発的なボケだ!」 「……そうか。よく似合うよ」 「ツッコんでくれよぉぉぉぉ!」 →花咲杏編 お祭り=美味しいものがたくさん! →そりゃもう全力で遊びに行くしかないやろ!!! これぞ猫又の心意気。 そんなわけで杏たんは、意気揚々とヴォロス行きのロストレイルに乗り込んだ。 すらりとしたあんよには、黒とオレンジのしましまオーバーニー+ブーツ。黒髪には魔女のとんがり帽子。オレンジ色の可愛い南瓜パンツに黒いマントをかっこよく羽織り、古典的な箒を手にした、完全魔女っ子スタイルである。 なお、杏たんの心も「おいしいもの」で占められていた。 (カボチャのポタージュ。カボチャのサラダ。カボチャのパン。カボチャのグラタン。パンプキンパイ。カボチャのパンナコッタ。カボチャづくしのフルコースを堪能するんやー) 烙聖節の夜に不思議なことがどうとかは、わりとそっちのけ。 るんるん気分でお城へ向かってスキップしている途中、何やら面倒くさそうな状態の知り合いたちを見つけてしまった。 (スルーしよっかなー。だってお腹すいてるし〜) →オルグ・ラルヴァローグ編 ひゅん! ひゅん! 一瞬の隙をつき、蔦が2本同時に、ラファエルの喉元を狙う。 「――侯爵……! 下がってください!」 出身世界で、ラファエル直属の部下であったジークフリートは、すっかり往時の心境に戻っていた。ラファエルはいつも、部下を庇うように前に出て自らが標的になる。 それが功を奏すときもあれば――危険を引き寄せるときもある。 (間に合わない!) 思いのほか俊敏な敵の動きに、ジークフリートの剣は空を切った。 あわやカボチャの蔦に、ラファエルの首が絡めとられるかと思った刹那。 ――オレンジ色の光の刃が、蔦を切り裂いた。 はっとして、ラファエルは振り返る。それが、オルグの【日輪】であると気づいたのだ。 「……オルグさま! ありがとうございます」 「危ないところだった……。侯爵がカボチャに倒されたら、俺の立場がない」 「おー、ラファエルにジークフリート、だったか? おまえらも、なかなかやるじゃねぇか!」 英雄の如く颯爽と現れた金色の狼びとは、きりりと折り目のついた袴も凛々しい、漆黒の侍装束に身を包んでいた。 脇差しの代わりにトラベルギアの日輪と月輪、頭には白いハチマキ、足元は足袋にわらじ。背中の家紋部分には狼の足跡マークの意匠がある。 「……まあ、旅のお侍さま。おかげさまで助かりましたわ。あなたさまがいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか」 シオンが、演技全開の涙目で、よよよよとすがりつく。 「どこの王女様かと思ったらシオンか。そのドレス、普通に似合うぞ」 「いやぁ、オルグもばっちりだよ。リリイ姉さんも芸風広いよなー。背中の、犬の肉球マーク、かわいいな」 「狼だ! 犬って言うな」 「ツッコんでくれてサンキュー! 今、全おれがときめいた!」 「いや、ときめくところじゃないから」 狼剣士ならぬ狼侍、参上だぜっ! と、オルグは鮮やかに見栄を切る。 「よっし、この戦、我も助太刀致す! ……って感じかな! いや、推して参る、か?」 この喋り方、難しいな、時光を真似てるつもりなんだが、と、巨大カボチャを前に、ちょっと首を傾げるオルグだった。 ──── カボチャ・カウンセリング ──── →オルグ 「ミシェル王子とシオン王女は俺の後ろに隠れてろ。あんま離れるんじゃねぇぞ」 カボチャたちは、集中してオルグを狙ってきた。 (……憎い) (……憎い) (イケメンが憎い) (美少年が憎い) (かわいこちゃんが憎い) (危機一髪のときに颯爽と現れる、かっこいいヤツが憎い) 「おいこらカボチャ! そのよくわかんねぇ嫉妬は何なんだ!」 律儀にツッコミをいれつつ、繰り出される蔦を剣で切り落としつつ、ヒットした蔦で受けた傷は白炎で回復しつつ、狼侍はじっくりと攻め時をうかがう。 「パーティに行きたいんなら、さっさと支度でもして行けばいいじゃねーか。いい加減にしねぇとテメェら、纏めて切り刻んだ後ナベに突っ込んで強火でじっくりコトコト煮込んで煮カボチャにして喰うぞゴラァ!!」 オルグの双剣が、炎を纏い始めた。 →テオドール (……憎い) (……憎い) (……絶世の美女が憎い) テオドールにも、複数のカボチャが触手を繰り出してくる。 「幸福を望むなら人を羨むより、自分が夢中で打ち込める事を探す方が賢明だ」 「テオドールはさー、ボケにボケで返すのが持ち味だよな。……うわおわっ、あぶねぇぇぇーー」 うんうんと、シオンが妙なところに感心している間にも、美貌の王妃を狙う触手は止まない。 しかし王妃は冷静に、気の刃を飛ばして蔦を切断した。 体当たりで飛びかかろうとするカボチャに対しては、爪付ワイヤを引っ掛けてバランスを崩してから、直接攻撃を仕掛ける。 ロングドレスをまったく痛めず、真紅の巻き毛も崩さずに、しなやかに戦えるのは、生来の能力と鍛錬の成果である。 「すてき……! 憧れちゃいます、王妃様!」 ぱちぱちと、シオンが拍手をした。 トラベルギアはパスに納めず、常時携帯するのがテオドール流である。今回については、腰に装備するのが困難な衣類であったため、短剣の鞘は、大腿に革帯で固定していた。 つまり……、ドレスの裾をめくって、太ももにセットした短剣を引っこ抜いて戦うという、妖艶なバトルシチュエーションが展開されていたのである。 「これは……。男性だとわかってても、だめだ俺、鼻血が」 ジークフリートは、思わず鼻を押さえる。 「我慢してよジークさん! ここで鼻血出したら、無名の姉さんの類友呼ばわりされるぞ! えと、薬!」 取り急ぎシオンは、救急箱の中を漁る。 →杏 (あっ、でもよく見るとカボチャと鳥! 美味しそ……じゃなくてげふんごふん、困ってるひとを見捨てるんも目覚めが悪いやんね!) 無視しちゃおっかなと思った杏たんだったが、つい本能、いや正義感に身を任せ(?)、その場に留まることにした。 オルグとテオドールの背後から、矢継ぎ早に、人魂状の妖火を放つ。巨大カボチャは次々に、炎の攻撃を被弾した。 「うちは南瓜をスルーなんていうもったいない真似はせん。全部纏めて美味しく『いただきます』やで!」 カボチャズは、致命傷とはなならなかったものの、程よく焦げ目がついたりした。香ばしい匂いが、森に漂う。 (あれ? でも、このお化けカボチャ、食べられるんかな?) 「ご加勢、ありがとうございます、お嬢さん」 新たな助っ人の登場に、ラファエルは真面目に感謝の意をのべる。 ジークフリートはといえば、戦闘で乱れた髪をさりげに整えたりなどしながら、魅惑的な杏たんに、ちょっとそわそわしはじめた。 「……素敵なお嬢さんだ。こうしてお会いできたのも何かのご縁です。そういえば、壱番世界の無人島で、浴衣すがたをお見かけしたような……。お名前をお聞きしてもよろしいかな?」 「花咲杏いうねん。よろしゅうに」 「ターミナルへ帰還しましたら、ぜひ『クリスタル・パレス』にお越し下さい。このお礼にごちそうしますんで。あっ、ご指名はジークフリートでお願いします。これ、俺の名刺! 裏にエアメールのアドレスと携帯番号が」 「だーめ、ジークさん。悪いけど、杏はおれを指名してくれる予定なんだ。なあ、杏?」 「ん? あれ、気づかんかったけど、その素敵な羽根はシオンはん? 相変わらず美味しそうなシラサギげふんごふん」 杏はしっかとシオンの手を握る。 「良かったらこの後、うちの食事、じゃなかった、うちとお城で食事せえへん?」 「するする」 「俺もお供します! で、あの、いつ頃、店にいらしてくれますか?」 「ジーク、この非常時に営業はどうかと思うぞ」 「……せやなぁ。うち、まだ一度も行ったことないし、行ってみたいのはやまやまなんやけど。ちょっと事情が」 (……フクロウもシラサギも美味しそう。けど、このひと! 七面鳥! 七面鳥やん! うわあよだれが出そうどうしよう) ラファエルとシオン、特にジークフリートに熱い視線(註:食欲的な)を送ってから目を逸らし、杏はもじもじと口元を押さえる。 「恥ずかしがりやさんなのかな? 可愛らしいかただ――店長、俺、もててますか? もててますよね?」 「それはどうだろう? 何にせよ、あまり強引にお誘いしてはご迷惑だ」 杏は、ふと、視線を泳がせる。 鳥の楽園、クリスタル・パレスには、行きたくても、行けない。 まだ、己の気持ちを抑えるすべが見つからないから……(おもに食欲的な意味で)。 →理比古 (うーん。ちょっと、カボチャ君たちがかわいそうになってきたかなぁ……) 一同への挨拶を終えてのち、理比古も、戦列に加わった。 小太刀の力で空から水の塊を降らし、カボチャたちのやる気を削いだり、風を巻き起こして身動きできなくするなどの、補助的戦法である。 戦闘力は申し分ない理比古なのだが、何となく、カボチャへ感情移入してしまったのだ。 比較的小さめのカボチャが、細い蔓をぺちっと振るって弱い攻撃をしてきたときなどは、あえて避けずに、 「やだなあ〜。そんなことしたら俺、喜んじゃうよ? 痛いのって実は嫌いじゃないんだー」などと、『家族』の皆さんが泣き伏しそうなドM発言をして、カボチャのほうをビビらせたりした。 (……そんなわけ、ないだろう。あんたは誰からも、大事にされてるんじゃないのか?) カボチャは思わず蔓を下げて、空洞の目を、理比古に向ける。 (そういうやつらが、オレたちは妬ましいんだよ) しかし理比古は、ゆっくりと首を横に振る。 「あんまりいいもんじゃないよー、俺の人生なんて」 そもそもアヤたんはええとこの坊ちゃんなんで、良家特有の上品さおっとりさが滲み出るような言動をするけれども、実は幼少時より苦労してきている。義兄や、使用人たちに意地悪をされて、叩かれたり転ばされたりご飯を抜かれたり、などということはしょっちゅうだったのだ。 「あ、でも、素敵な家族が出来たってのは、誇れるかな」 そのふんわりオーラに、カボチャは気圧されて、じりじりと後ずさりする。 「『妬ましい』って気持ちは、『寂しい』ってことだと思うんだ。だから、何となく、きみたちが他人とは思えなくて」 (……やめろ) (……やめろ) (……それ以上、言うな) 「きみたち、寂しいんだよね? 本当は、パーティにも行きたいんだよね?」 (……違う) (……違う) (……寂しくなんか、ない) ──── 烙聖節の奇跡 ──── 烙聖節の夜には、不可思議な事件が起きる。 しかし、さしもの未亡人探偵、メリンダ・ミスティも、想像し得なかったに違いない。 まさか、恨み妬み嫉みの気持ちに支配されて、パーティーを襲撃しようとしたカボチャモンスターたちが、旅人に浄化され、新たなる変化を遂げようとは。 「俺でよかったら一緒にパーティしよう? 折角のお祭りじゃないか」 理比古の癒し必殺技(???)に、お化けカボチャたちは、ほわわわわ〜んとなった。 「そうだ、俺の世界に、こんなお話があるんだよ。カボチャが魔法に掛けられて、馬車になるんだ。舞踏会に行くお姫様を、乗せる馬車にね」 (……馬車) (……馬車……?) (……馬車になれば、舞踏会に行ける?) (……カボチャの馬車になれば……) そ し て 一体一体が集まって―― ぽふん、ぱふん。 ぽん。ぽん、ぽぽん。 ぽぽぽぽーーーーーん!!! なんと、カボチャたちは合体した。 軽く数十人は乗れそうな、巨大なカボチャの馬車が誕生したのである。 目鼻がついてたり、傷だらけだったり、あちこち焦げ目がついてて香ばしかったり、馬車といっても馬はいなくて、蔓で自力走行するのがアレだが、ともかくも―― 一同は、超巨大カボチャの馬車に乗って、古城に到着したのだった。 ──── 幻の輪舞曲 ──── 「よし、ハッピーエンドになった(←?)」 無名の司書はペンを置き、トントンと報告書をそろえる。 ……それにしても。 なぜ、あんなふうな書き出しになってしまったのだろう。 どこからか、なつかしい輪舞曲にも似た音楽を、聞いたような気がしたせいだろうか。 烙聖節の夜には不思議なことが起こるというけれど、ターミナルにいる自分に影響があるはずはなかろうに。 しかし、物思いにふけっているヒマはない。 なぜならば。 「やだもうこんな時間。きゃーきゃーきゃー! 早く提出しないと間に合わないーー!」 遅いですよ、という、リベルの声が、聞こえてくる。 報告書を抱えて、司書は走り出した。
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