「クリスマスはツリーがあってこそ、だそうですよ」 ぐったりした様子でかけられた声に振り返ると、何だか遣り切れなさそうな顔をした世界司書がそこだけ北風に吹かれた様子で立っている。 導きの書は小脇に抱えたまま、いつもより一層やる気のない様子にひょっとしてと誰ともなく口を開いた。「また、わすれもの屋主催の……?」「悲しいくらいに大正解です。とりあえず伝えましたから、詳細はあの兄妹に聞いてください」 それではと片手を上げ、そそくさと逃げにかかる世界司書の服を捕まえて、諦めなってと誰かが苦笑がちに宥める。「ここまで宣伝しに来たんだから、知ってることは語ってけ?」 でないと今度はサンタコスでもさせられんじゃねと笑うような忠告に、世界司書はそんなことですむのなら……! と拳を震わせる。どうやら、それ以上の脅迫を受けているらしい。 とりあえず気になるから話せと促されるまま、世界司書は盛大な溜め息をついて蹲った。「いつぞやわすれもの屋が用意したチェンバーの川上に、深い森がありまして。その最奥に、ツリーに相応しい馬鹿でかい樅木があるそうです」「へえ。それを飾れってこと?」 今度は比較的まともなお誘いなんだと誰かが感心したように呟くと、世界司書は蹲ってどこか別の場所を見たまま、ふんと鼻を鳴らした。「そんなまともな提案ならいいんですけどねぇ」 やさぐれた様子でぼやいた世界司書は、溜め息混じりに続ける。「参加者はプレゼントを一つ用意してください。但しクリスマスになるまではツリーに飾られるので、生物は厳禁です」 腐らなければ何でもいいそうですけどねぇと記憶を辿りながら呟いた世界司書は、決して集まっている誰の顔もまともに見ようとしないまま続ける。「クリスマスになれば今回参加してくださった方全員に、サンタクロースの気紛れ基準でプレゼントが配られます」「ちょっと待て。気紛れ基準って」 何だそれと顔を顰めての質問に、そんな事は本人たちに聞いてくださいよと世界司書は投げ遣りに答える。「とりあえずあなた方が用意されたプレゼントを、サンタクロースが誰宛かの確認もせずに届けに行くそうですよ。わすれもの屋に曰く、サンタクロースに気遣いを求めるな。だそうです」 ただの偏見ですけどねぇと、皮肉に呟いた世界司書は分からなさそうな顔をしている面々をちらりとだけ見て言い添える。「サンタクロースが欲しい物をそのまま持ってくる気遣いの人だった覚えがあるか? と問われて、返す言葉がなかったので。それについての反論は、わすれもの屋にお願いします」 そんな問答がしたいわけじゃないのでと相変わらず蹲ったままそれ以上の問いかけを制止した世界司書は、そんなわけですのでと勝手に話を進める。「あげたい贈り物がある場合は当人に手渡ししてください、そのほうがよっぽど確実です。クリスマスの奇跡に賭けるとゆー奇特な方がいらっしゃるなら止めはしませんが、撃沈は必至だと思います」 それともう一つ重要なお知らせがと指を立てた世界司書が、森にはトナカイが出没しますとどうでもよさそうに続けた。「……トナカイ?」 不審そうに聞き返され、トナカイと鸚鵡返しにして世界司書が頷く。「今回の目的は用意したプレゼントとツリーの飾りを手に森に入って頂き、樅木を飾ってもらう事ですが。聖夜に働いていられるかとゆートナカイの団体様が、ツリーを飾るあなた方の行方を阻みます」「阻まれる意味が分からない!」 誰かが悲鳴のように主張したそれに、世界司書は強く深く頷いた。「分からないの言葉には同意しますが、提案したのはわすれもの屋ですので。抗議はそちらにお願いします」 知ったこっちゃないのでと断言した世界司書は、ようやく立ち上がりながら溜め息をついた。「トナカイの目的は、プレゼントが飾られるのを阻む事です。プレゼントを奪うべく襲い掛かってきますが、危害を加える事はありません」 襲ってくるのに? と聞き返され、怪我をさせるのが目的ではありませんのでと頷かれる。「トナカイはプレゼントを一つ奪ったら引き上げますので、ダミーで目晦ましをするか、奪われるのを前提に幾つも用意するかは皆さんのご自由に」「じゃあ、トナカイを避けて樅木に飾れたらこっちの勝ちって事?」 勝負なのかと苦笑気味に確認され、世界司書はそうですねとやる気なく頷いた。「因みにツリーのてっぺんを飾る星を取り付けてもらえれば、その時点でトナカイは引き上げます。トナカイが取り上げたプレゼントも、サンタクロースが回収しますのでご安心を」 そんなところですかねと説明を終えた世界司書は、それではこれでと疲れたように一礼をして踵を返した。
「ツリーの飾りつけも、クリスマスの楽しみの一つだよね」 なんて呑気に呟いた自分が憎い! と猛ダッシュで森の奥に向かいながら佐藤壱は数分前の自分を恨む。 ツリーを飾ると聞いて気軽に参加したのに。森に入るなりトナカイに襲われるなんて聞いてない。 「オレが何か悪い事した!?」 トナカイの好物でも持ってたかと自分の持っている物を走りながら確認するが、わすれもの屋が用意していたツリーの飾りくらいしか持っていない。後はポケットに持っている、ケーキモチーフのアクセサリ程度だ。 「っていうか、そもそもトナカイの好物って何!」 何食べるんだよーっと走りながら突っ込むが、答えてくれる誰かはいない。無茶を承知で望むなら今後ろを走っているトナカイが一頭……、 「なにこれトナカイ怖い!!」 ちらりと振り返った顔を戻しながら増えてるーっと正に悲鳴を上げてしまうのは、さっきは確かに一頭だったはずのトナカイが五頭くらいに増殖して追いかけてくるのを見つけたからだ。 「多対一は男らしくないって、トナカイの矜持にかけてやめとくべきだって!」 オレなんか食っても甘くないし美味くないよと叫んでいると、いきなり少し先の木の陰から、こっち、と皮手袋に手招かれた。それはそれでちょっとホラーと心中に突っ込んだが、迫り来るトナカイよりはましかもしれない。 そう思って招かれるまま手の出ている木の影に滑り込むと、仁王立ちしたミニスカサンタが大きく振り被った。 「え、え、何事!?」 おろおろと周りを見回して尋ねられる相手を探すが誰もなく、ミニスカサンタは何かをばら撒くと壱の手を取って駆け出した。 「久し振りだね、壱さん」 「え、サンタに知り合いはいなかったように思うけど……、ディーナさん?」 ひょっとしてと目を瞬かせるのは、鮮やかなサンタ帽から靡く銀の髪とサングラスに見覚えがあったから。もう大丈夫かなと背後を確認して足を止めたミニスカサンタは振り返ってきて、改めて笑いかけてきた。 「やっぱりディーナさんか、久し振りー! さっきは助かったよ、ありがとう」 「それはいいけど、壱さん、トナカイ対策はしてないの?」 「トナカイ対策って、ツリーの飾りつけに来ただけなのにどうして必要なの!?」 そもそもどうしてトナカイが襲ってくんのと頭を抱えたくなっていると、知らないの? とディーナ・ティモネンは首を傾げた。 「ツリーに飾るプレゼントの奪取に、トナカイが襲ってくるんだよ?」 「何その迷惑な決まり事っ。そもそもオレ、プレゼントなんて何も、」 持ってないのにと自分の持ち物を見下ろし、選んだ飾りの中にプレゼント然としたリボン付きのボックス見つけて沈黙する。 これか。これのせいで追い掛け回されたのかと思わず握り潰しそうになっていると、くすりとティモネンが笑った。 「プレゼントを一つ奪ったら、引き上げるらしいから。それを投げて逃げるのも手かも?」 「あ、じゃあさっきディーナさんが投げたのってプレゼント?」 「そう、トナカイの」 頷いてベルトポーチからティモネンが取り出したのは、小さなリボンがついた五センチ大の石ころ。これはと首を傾げると、岩塩と短く答えられる。 「図書館で調べたら、トナカイの好物みたいだから。彼らにプレゼントの意味も込めて、ね」 ちまちまとリボンをつけて用意してきたのだと説明され、凄いなぁと感心する。 「準備万端だね! オレ、ちょっと気軽に参加しすぎたかも……」 まさかトナカイに群れで襲われるとはと顎先に手を当てて考え込んでいると、ティモネンが楽しそうに笑いながら取り出した岩塩を幾つか渡してくれた。 「よかったら、これ使って? 私は上から行くから」 「上って?」 どういうことと岩塩とティモネンを見比べて尋ねると、大丈夫と足元を指された。つられて視線落とすと、ミニスカサンタとしては可愛らしさのないクライミングシューズを履いている。 「まさか木登りするんだ!?」 「うん。樅木のてっぺんに、星もつけないといけないしね?」 青緑色の星飾りをちらりと覗かせて微笑んだティモネンは、さてと皮手袋を打ち鳴らした。 「早めに辿り着いて星を飾ったほうが皆の為みたいだし、行くね?」 言うなりリュックからフック付きのロープを取り出したティモネンは、側の木にそれを引っかけて器用に登っていく。 「落ちないように気をつけて!」 「ありがとう、壱さんもね?」 無事に樅木に辿り着いてと上から涼やかな声が降ってきて、壱が感心している間にも木の上を移動して行ったらしい。 「……凄い。凄すぎて、あの格好に色々突っ込むのも忘れた……!」 何故にミニスカサンタが双眼鏡を下げていたのか、でっかいリュックに何が入っているのか。通り過ぎてからも、気になる様々が多すぎたのに。聞きそびれたーと項垂れた壱がはっと顔を上げると、じりじりと間合いを詰めている蹄の集団に気づく。 「って、こっちもしまったーっ!」 樅木ってどこーっと悲鳴を上げ、ティモネンに貰った岩塩をばら撒いて走り出した壱が樅木に辿り着くのが早いか。増殖するトナカイが壱をぎゅむぎゅむと押し潰すのが早いか。 もう遠く離れたミニスカサンタの知るところではないらしい。 エルエム・メールが参加した理由はただ一つ、自分より強い奴(トナカイ)に会いに行く! とそれだけだ。 「赤鼻のトナカイって強いよね。強いんだよね? 強い相手がいるなら勝たなくちゃ!」 勝つぞー! と息巻いて選んだのは、ツリーのてっぺんに飾る星。下手な小細工はしない、真っ向勝負あるのみだ。 他の面々が飾りを持って楽しそうに森に入って行くのを横目に、エルエムは入念な準備運動をして静かに森に足を踏み入れた。 大きく息を吸い、トナカイさーん! と辺りに響き渡る声で呼びかける。 「これからエルはツリーのてっぺんに星を飾りに行くよー! 奪い取れたらキミたちの勝ち、無事に辿り着けたらエルの勝ち!」 いざ正々堂々と勝負! と大声での宣言に、木の影からのそりとトナカイが姿を見せた。一頭、二頭、続々と姿を見せるトナカイたちにエルエムはにっこりと微笑んだ。この辺にいるトナカイはどうやら引き寄せられたようだ、何だかわくわくする。 「よーし、エルとスピード勝負!!」 コスチューム、ラピッドスタイル! と衣装の一部を脱ぎ捨てたエルエムは、高速機動形態に変身する。今にも飛び掛ってきそうなトナカイをエアダッシュで飛び越し、こっちこっちーと持った星を見せつけるように高々と掲げ、飾り布をひらりと揺らす。 「早く来ないとツリーまでひとっ飛びだよ!」 遅い遅ーいとからかうように語尾を上げると、トナカイたちは一度地面を蹴り、猛ダッシュで突っ込んでくる。そうこなくちゃ! と笑みを深めたエルエムは、飾りを借りる時に聞いた樅木の場所を脳裏に描きながら軽々と木々の間を縫って駆ける。 途中で横からいきなり角が突き出してくる事もあったが、今のエルエムにはあっさりと避けられるスピードだ。突き出されてきた角を捕まえてふわりと飛び上がり、くるりと一回転して華麗に着地する。 即座にその場を離れて駆け出しながら後ろを窺えば、悔しそうに鼻を鳴らしたトナカイが改めて追いかけてくるのが分かる。 「ふふーん、このままじゃエルの楽勝だね!」 樅木までどのくらいかなーと目の上に手を翳して探る余裕まで持っていると、どわあっと悲鳴じみた声が耳についた。 ちらりと視線をやれば、少し遠い木の影に赤い服が見えるような? 「何だろ、サンタさんでもいるとか?」 このまま真っ直ぐ樅木まで辿り着けば勝ちは見えているが、かと言って誰かを見捨てるのは寝覚めが悪い。そこにいるトナカイとも勝負して注意を逸らせばいっかと足を向けると、飾りは渡さねぇっ! とトナカイとガチンコで組み合っている男性を見つける。 「サンタってお爺ちゃんじゃないんだ?」 まだ若そうだけどと首を捻ったエルエムは、とりあえず取っ組み合っているトナカイの背に体重を感じさせない軽やかさでふわりと舞い降りた。 「キミがサンタと喧嘩してる間に、エルがツリーに星をつけちゃうよー?」 それが嫌ならここまでおいでとトナカイの目の前で星を揺らし、トナカイが気を取られたのを察してぽんと背中から跳ね下りる。 「嬢ちゃん? 何してんだ、危ねぇぞ!」 「ヘーキヘーキ、エルは最速最強だよ!」 今トナカイと勝負中なのと笑顔を向けると、いけねぇいけねぇと頭を振ったサンタは袋からプレゼントを取り出した。途端にトナカイの目つきが変わり、サンタが投げたプレゼントを華麗に空中でキャッチするとそのまま森の奥へと引き下がっていく。 「おめぇみたいな嬢ちゃんが、トナカイ相手にして怪我したらどうするよ! つーかそんな格好じゃ寒いだろ、待ってな、今俺が服を貸してやっから」 言いながら着崩した作務衣の上から羽織っていたサンタクロース風の上着を脱いで差し出してくれる眼鏡の男性に、エルエムはちょっとだけ嬉しくなりながら苦笑して頭を振った。 「そんな事言ったら、森に下駄で来てるキミのほうが寒そうだよ? エルはだいじょーぶ、トナカイとスピード勝負中だから重そうな服は着られないよー」 寒くもないんだよと証明するように軽く踊りを披露すると、こりゃ余計なお世話だったかと頭をかいた男性は憎めない様子で笑った。 「でもプレゼントを持ってるなら、どうしてトナカイと組み合ってたの?」 「いやー、サンタの格好して手懐けようと思ったのに襲ってきやがってなぁ。しょうがねぇからタイマンはってたのよ!」 「あー。じゃあエルも勝負の邪魔しちゃったんだ。ごめんね?」 「何、いいって事よ! 嬢ちゃんも勝負の途中だったのに助けに来てくれたのか? ありがとな」 にかっと笑った男性が無造作に手を伸ばしてきて頭を撫でてくるので、何だかくすぐったい気分になって慌てて離れる。 「エルは子供じゃないんだからねっ」 「ああ、悪い悪い。ついいつもの癖でな」 気ぃ悪くしたならすまねぇなと謝る男性に短く息を吐き、駆けつけてくるトナカイの足音に気づいたエルはそれじゃあねと軽やかなバックステップで男性から離れた。 「エルはスピード勝負に戻るよ!」 「おう、気ぃつけてな! 勝負もいいが怪我しねぇようにな!」 いざとなったら鹿センベイでも振り撒けとアドバイスしてくれる男性に苦笑して、エルは飾り布を揺らすと勝負に戻った。 山本檸於は樅木を目指して森の中をてくてくと歩きながら、気紛れサンタ基準かぁと呟いた。 「サンタって欲しい物くれたけどな。手紙とかも書いたし」 わすれもの屋が主張するところの、気遣いの人だったよなと記憶を辿りながら首を捻る。けれど表立った反論が寄せられなかったところを見ると、他の人のところに訪れるサンタは檸於が迎えたサンタと違うらしい。 「……そっか、俺って幸せだったんだな……」 成る程と納得して頷く檸於が、とっても美人な彼女持ちでクリスマスも勿論彼女と過ごすなんて知ったら、トナカイはおろか参加している野郎どもの大半を容易く敵に回せるだろうが。幸いにして呟きを聞いていたのはトナカイくらいで、立派な角を見せつけるようにしてそこに立ちはだかっている。 「っ、出た……!」 目の前にするとでっかいなと、ちょっとばかし腰を引かせながらもダミーのプレゼントを取り出す。手にしたそれを見るなりトナカイの目の色が変わったようだが、慌てて遠くに投げつけるとプレゼントを追ってそちらに鼻先が向く。 今の内と急いでそこを通り過ぎると追いかけてくる気配もないので、ほーっと大きく息を吐いた。 「よかった、あんなごっついのに襲われたら勝てないよ」 確かあの角で雪かきとかもしちゃうんだよなと感心しながら先を進み、でも今のは悪かったかなぁと肩でぷるぷるしているセクタンのぷる太に話しかける。 「トナカイだって残業したくないだけだよな。うん、せっかく好物も持ってきたんだし、今度は餌付けしよう」 言いながら取り出した人参を見下ろし、これでいいんだよな? と首を傾げる。詳しく調べてはいないけど、何となく人参の気がする。 多分いいはずだと自分に言い聞かせるように見下ろしていると、いきなり右手からふんふんと大きな鼻息が聞こえた。はっとそちらを見るとさっきより一回り大きなトナカイがもう間近にいて、うわあっと思わず声を張り上げて身を引いた。 檸於が後退りした分、トナカイも鼻を突き出してくる。咄嗟に人参を突き出すと、何度か匂いを嗅いだトナカイは徐に口を開けて人参を食んだ。 (か……、可愛いじゃないか) 何だか絆されてほわっとしていると、味を確かめるように咀嚼していたトナカイが今度は角を突き出すようにして迫ってくる。 「え、あのちょっ、待って、気に入ったのか気に入らなかったのか分かんないんだけどっ。それは何、もっとくれアピールなのか!?」 それともお気に召しませんでしたかーっと思わず敬語になるのは、角でぐいぐいと木に押しつけられるから。 「ぎゃー! あーでもモフっとしてこれはこれでありかもー!?」 逃げ場をなくし、もふもふの顔が押しつけられてくるのを退けようと頑張りながら叫んでいると、失礼な獣ですわねと少し離れたところから女性の声が聞こえた。 「まったく、そんな獣は食われておしまいなさい」 何やら不吉な言葉が聞こえたと檸於がちらりとそちらに視線をやると、低い唸り声が聞こえる。振り返ったトナカイが目に見えて驚き、檸於を見捨てて跳ねるようにその場を退くと、そこで唸っていた狼は牙を剥いて檸於に襲い掛かってきた。 「ちょっ、トナカイは聞いてたけど狼は聞いてないって何この命懸けー!!」 無理無理死んじゃうってクリスマス前なのに俺が死んだら彼女が泣くぞーっ等々頭を抱えて蹲りながら叫んでいると、羨ましいですわねと悩ましげな溜め息が耳を打つ。 あれ、そういうと狼に襲われているにしては痛くない。この声の主も無事なのかと気になって頭を抱えたままそろそろと顔を上げると、今にも襲ってくるところだった狼の姿がない。 「あれ……、狼は?」 「ご心配なく、ただの3D映像ですわ。私もトナカイを本当に害する気はありませんから」 「3D……、うわー超リアル。本物じゃなかったんだ。俺、本気で襲われたかと思ったー」 格好悪いところを見せたなぁと頭をかきながら苦笑すると、そこに立っていた女性が持っていたパソコンを閉じた。 「あ、助けてもらったお礼が遅れてごめん。山本檸於です、ありがとう」 「天空寺光です。お礼は必要ありませんわ、道を阻むトナカイが邪魔だっただけですから」 お気になさらずと微笑んだ天空寺は、それでは先を急ぎますのでと小さく会釈した。 「あの、プレゼント以外は身軽そうだけど大丈夫?」 よかったらダミーのプレゼントを分けようかと提案すると天空寺は僅かに眉を上げて口許を緩め、小さく頭を振った。 「お気持ちだけで結構ですわ。狼の群れの動画も用意してきましたから、トナカイを追い払うくらいはできそうですし」 他にも森を彷徨する方は多そうですからそちらを助けて差し上げてくださいなと言い置くと、天空寺はもう一度頭を下げて歩いて行ってしまった。 「そっか、他にもトナカイに襲われてる人はいそうだよな」 俺もトナカイにモフられてる場合じゃないかと拳を作った檸於は、でもあれも気持ちよかったなと思わず口の端を緩めたのは内緒にしておく。 現は自分でエルと呼んでいた少女と別れた後、目の色を変えてくるトナカイに三回ほど突進されていた。そのどれも角を掴んで投げたり飾りを死守すべく荷物を持って逃げたりと遣り過ごしたが、どうにも彼の前に現われるトナカイは凶暴ではないか? と大事に荷物を抱えながら溜め息をついた。 「ガキどもが描いた大事な絵だ、これだけは死守しなきゃなんねぇってのに……」 ツリーを飾りつけるという話を聞いて、現は自分が勤める孤児院の子供たちに「大好き」の絵を描かせた。ちゃんと飾ってきてやるからなと約束した以上、プレゼントを犠牲にしてもこれだけは死守せねばならない。 「しょうがねぇ、次に備えて鹿センベイは出しとくか」 これをばら撒きゃ時間は稼げるだろと楽観視しながら樅木を目指して下駄をからころと鳴らしつつ歩いていると、だからもう持ってないってー! と悲鳴が聞こえて顔を上げた。誰かが襲われているなら一大事だ、待ってろよと駆けつけた先ではしゃもじを振り回した少年と追い回しているトナカイの姿。 これは果たして突っ込み待ちなのだろうか。 一瞬頭を捻りかけたが、どうやら本気で逃げているのを見て取って持っていた鹿センベイをばら撒いた。 「罪のねぇ人様を追い掛け回すんじゃねぇ! 兄ちゃん、こっちだ!」 「助けてもらってばっかですみませんでもありがとうございますーっ!」 しゃもじを抱えて駆け寄ってくる少年に、いいって事よ! と答えながらもう少し鹿センベイを撒いて一緒に逃げ出す。 「すみません、助かりましたっ。ディーナさんに貰った岩塩もばら撒き尽くして、もうプレゼントも持ってないのに追ってくるんですよ」 トナカイ怖いと涙を堪えるような仕種をする少年に、奴らは聞くより凶暴みてぇだからなぁと深く頷く。 「俺もさっきからトナカイに突撃されてよ、ありゃあ軽く殺意があるんじゃねぇかと思うぜ」 人がせっかく友好的に接しようとしてんのになぁと頭を振ると、少年がそろそろと手を上げた。 「あのう、助けてもらっておいて大変言い難いんですが一ついいですか」 「お? 何でぇ、言ってみな」 「そのサンタクロースの格好は、狙ってやってるんじゃないんですか?」 何だか不審そうに尋ねられ、何かおかしいか? と自分の格好を見下ろす。子供たちに読んで聞かせた絵本に描いてあるままだと自負していたのだが、どこか変なのだろうか。 首を捻っていると、いやいやいやと緩く頭を振った少年が突っ込んでくる。 「聞いた話だと、深夜残業が嫌でトナカイがプレゼントを強奪してるんですよね? ならその扱き使う上司が目の前にいたら、とりあえず攻撃してくんじゃないかなーって」 だから狙ってるのか聞いたんですけどと苦笑しながらのそれに、現は徐に手を打った。 「おお、そういやそんな話だったか!」 っかー、間違えたかぁ! と思わず声を上げて笑うと、気づいてなかったんだと少年はかっくりと項垂れる。 「まぁまぁ、気にすんな! そうと分かりゃ脱げばいいだけの話よ!」 言いながら脱ごうとしたところに、何やら獣の唸り声らしき物が聞こえる。思わず少年と顔を見合わせ、そろそろと声が聞こえたほうに顔を向けるとトナカイの団体様が現の着ている服を睨むように見据えている気がする。 「悪ぃ、兄ちゃん、こりゃ巻き込んだ、か?」 「は、ははは、すごくそんな感じですけど……、でも助けてもらった恩くらいは返しますっ」 一緒に踏まれましょうと引き攣った顔で笑う少年に、いやおめぇは逃げろと庇うように手を出しかけたところへ、上からばらばらと何かが降ってきた。 見ればプレゼント然とした包みと、人参。 何故に人参、と隣で少年が呟いていると、 「今の内に早く逃げて!」 もうプレゼントも打ち止めだからとトナカイの後ろから聞こえた声に、少年の腕を取って立ち上がりながら視線をやる。こっちこっちと最後の一つらしいプレゼントを振ってトナカイたちを挑発している青年が一人、早く行ってと現たちに声をかけると反対方向に走り出す。 「いけねぇ、あれじゃあの兄ちゃんが襲われるじゃねぇか!」 はっとしてプレゼントを取り出した現は、先ほどの青年がしたようにばら撒いて少年と一緒にトナカイを引きつけた青年の後を追う。 どこにと探すまでもなく、少し先でトナカイに追い詰められている青年を見つける。 「しまった……、これって俺が無防備だ」 何気なく大ピンチとあまり切羽詰った様子もない声にちらりと苦笑した少年は、 「それ、そのプレゼントを投げて!」 狙いはそっちだからと声を張って教えたが、視線を上げてきた青年がこれは駄目なんだと頭を振る。 「ガラス製セクタンストラップ(五色セット)なんだ、投げたら割れる……!」 せっかく道具まで借りて作ったのにと悲しそうな顔をする青年に、そいつぁいけねぇと現はプレゼントを取り出した。 「トナカイ、ここはこいつで満足しときな!」 言いながら投げつけるとゆっくりと鼻先を向けてきたトナカイは、仕方なさそうにそれを銜えると渋々といった足取りで離れて行った。 ほーっと大仰に息を吐き出した青年は、助かったよと笑いかけてくる。 「何、先に兄ちゃんが助けてくれたんじゃねぇか。これでお相子よ」 気にすんなと現が頷くと、山本ですと名乗った青年は頭をかいた。 「もうちょっと先まで考えて行動しないと駄目だよなぁ」 「でも山本さんのおかげで助かりましたよ。あのままだと、えーと、」 誰さんでしたっけと向けられる視線に現だと名乗ると、オレは佐藤ですと名乗り返した少年は 「現さんと一緒にトナカイに踏まれてるところでしたし」 ありがとうございますと頭を下げ、そうだと鞄を探る。 「オレが持ってるのってお菓子くらいですけど、よかったらどうぞ」 糖分補給もしないとと言いながら早速チョコレートらしき物を口に放り込んでいる佐藤に、じゃあ遠慮なくと山本も貰った飴を食べている。 「森に入ってから結構な時間も経つし、もうそろそろ樅木には着くと思うんですけど」 「ああ、そろそろ見えてもいい頃だと思うがなぁ」 とりあえず向かうかと何となく三人で歩き出すと、それにしてもと山本が自分の肩に乗っているセクタンをちょっとばかり恨めしそうに見た。 「おまえ、俺を助ける気ゼロだよなぁ」 肩でぷるぷるしてても癒し効果しかないんだぞと溜め息混じりに言う山本に、それはオレも思うーとつけているマフラーを引っ張って前に持ってきた。 今まで気づかなかったがマフラーの端を銜えてぶら下がっているのは、フォックスフォームのセクタンだ。 「テン、走ることさえ放棄していつからぶら下がってんの」 首も絞まるんだけどと苦笑している佐藤に、テンと呼ばれたセクタンはぱっと口を離すと素知らぬ顔でちまちまと歩き出す。山本の肩では、プル太と呼ばれたセクタンがぷるぷるしている。 「兄ちゃんらは相棒付きかぁ。羨ましいな」 まぁ、俺にはガキどもの絵があるけどなとちょっぴり羨ましくなって荷物から絵の束を取り出すと、ででんとでっかくサンタの絵。 ──あ、何か視線が痛い。 「「とりあえず今はサンタを隠して!!」」 もうトナカイに渡すプレゼントもないからと山本と佐藤に声を揃えられ、現はすまんと謝罪しながらサンタの服を脱いで絵は大事に片付けた。 光は山本と別れた後、何度か狼の群れの映像でトナカイを追い払いながら樅木へと向かいつつ小さくない溜め息をついた。 「クリスマスだと言うのに、どうして私はこんなところにいるのでしょう」 暗い森を一人で歩き、トナカイ退治だなんて。華やかなりし聖夜には程遠い。 恨めしいのは、パスホルダーだ。これさえなければ今頃は、と心中に呟く。 「本当だったら今頃、台場でデートもしていたかもしれませんのに」 今のままでは彼氏の一人も作れないと噛み締め、さっき行き会った山本を思い出す。 肩でぷるぷるしていたセクタンをつれていたところを見ると、彼もコンダクターだろう。同じコンダクターなのに、彼女持ち。クリスマスも一緒に過ごすのだろうか。 (……でも覚醒前に彼女がいたなら、私とは条件が一緒というわけでは) クリスマスを一緒に過ごす相手がいないのは自分の資質に問題があるわけではなくてやはりコンダクターとしての云々。 思わず深く考え込んで足を速めていると、危ないよ? といきなり上から声をかけられた気がして足を止めた。 どこからと周りを見回すと、目の前の木の枝からひらりとミニスカサンタが降ってくる。 「後ろ。もう来てるよ?」 プレゼントが狙われてると冷静に告げたミニスカサンタは、ポーチから何かを取り出して光の背後に投げた。思わず振り返ると空中でそれをキャッチしたトナカイは、何だか嬉しそうな足取りで帰っていく。 「あ……、気づきませんでしたわ。ありがとうございます」 「気にしないで? 偶々通りかかっただけ」 偶々と言うには不思議なところから登場しなかっただろうかと思ったが、当のミニスカサンタは気にした風もない。ただ片手でポーチを探り、しまったなとぽつりと呟いた。 「一グループ八頭で十グループ以下って思ったんだけど……、読み違えちゃったかなぁ」 岩塩が尽きちゃったと頬をかいたミニスカサンタは、つ、と進行方向を指した。 「もうそろそろ樅木に着くから、一緒に行ってもいい?」 「ええ、構いませんわ」 岩塩とは何の話だったのだろうと思いながらも頷くと、サングラスを軽く持ち上げたミニスカサンタは嬉しそうに笑った。 「木の上なら、真っ直ぐ進めたんだけどね? さすがにトナカイが増えたから」 下りざるを得なくてと呟くように話すミニスカサンタに、木の上? と首を捻る。 「木の上を移動して……、トナカイが増えましたの?」 「そう。樅木が近いからかもね?」 思った以上に頭数が多いねとさらりと流して話され、木の上にトナカイ? と首を捻っていると、ここを歩いてたら危ないよー! と忠告が風のように通り過ぎた。 「エルは勝負中でこのまま樅木に直行するから、二人とも走って逃げるか避けてー!」 もう少しでゴールだよ! と大分遠い前方から届いた頃には、不吉な足音が迫ってきた。咄嗟に振り返るとトナカイの団体が必至の形相で走っていて、ミニスカサンタに腕を引っ張られるまま木の影に潜む。 何頭かはちらりとこちらを見たようだが相手にしていられないといった様子で、多分に忠告を残して通り過ぎた誰かを追いかけているのだろう。何となく気になり、腕を取ったままの彼女と目を合わせるとトナカイの後を追って走り出した。 「あ、あそこ」 トナカイが溜まってると隣を走るサンタが指すのを見て息を切らしながら視線をやると、トナカイの団体様が疲れたように息をしているのを見つける。はっきりと姿が見えるようになると、トナカイたちの前でぴょんぴょんと跳ねている少女を見つける。 「エルの勝ちー! やっぱりエルが最強だねっ!」 踊るような足取りで喜んでいる少女の後ろでは、山本がツリーと定められた樅木の前にいるのを見つける。 「天空寺さん。何だ、俺のほうが先に着いてたんですね」 「ディーナさんも今到着ですか。木の上、大丈夫でした?」 ディーナと呼ばれたミニスカサンタは、忘れていたと自己紹介をしてから呼びかけてきた少年を指して佐藤壱さんと紹介して話を続ける。 「この辺はトナカイが凄くて、さすがに下りて歩いてきたの。……てっぺんの星はまだ?」 「ここに辿り着いた人のほうが少ないし、まだみたいですね」 「あー。そしたらギアを使うしかないのかなぁ」 佐藤の答えを聞いて気乗りしない様子で呟いた山本がそろそろと取り出したのは、夕方の特撮戦隊物に出てくるロボットのフィギュアにも見えた。 「おおっ、ガキどもが喜びそうだな!」 「現さん、他人事だと思って……」 「ギア? ひょっとしてそれが動くんですかっ」 現と呼んだ男性や、見たいと目を輝かせる佐藤に促され、何この羞恥プレイと嘆きながらも山本は意を決したように息を吸い込んだ。 「発進! レオカイザー!」 どこか自棄気味の山本の声でギアの足に仕込まれているジェットが起動したらしく、音を立てて浮かんだ。おおおおお! と何故か盛り上がっている男性陣の前で星を持った山本のギアは、ツリーのてっぺんを目指して飛んでいく。 が。 「えええええっ、ちょっ、どうしてトナカイが飛ぶんだよ!?」 フォックスフォームのセクタンを抱えた佐藤が突っ込んだまま、飛び跳ねて喜んでいた少女の前で心なし項垂れていたトナカイたちがまるで地上を走るように空を飛んで山本にギアに向かっている。 「はっ、それはエルに対する挑戦だね!?」 確かに星をつけるまでが勝負かもっと目を輝かせた少女は、空を駆け出したトナカイの背を利用して器用にツリーのてっぺんを目指し始める。危ないとはらはらするのは男性陣に任せて、光はオウルフォームのシルフィードに星を渡した。 「トナカイを避けて、これを木の上に飾りつけてきて」 お願いねと声をかけると、星を銜えたシルフィードは素直に従って木のてっぺんを目指し始める。 おかげでツリーの周りでは、山本のギア、トナカイ、エルと名乗った少女、オウルフォームのセクタンが入り混じって攻防している、ちょっぴし直視に耐えないような光景が繰り広げられている。 「あー……。何、このツリーやクリスマスの空気からかけ離れすぎたシュールな光景……」 乾いた声で呟いた山本に、佐藤は視線を逸らしながら深く考えたくないと答えている。 「あれ、やっぱり俺も一因かなぁ」 「嬢ちゃん。左からトナカイだ、危ねぇぞー」 「助言ありがと、エル負けない!」 緯線を逸らして現実逃避している山本や佐藤、空中でトナカイと渡り合っている少女に助言している現たちを何となく遠巻きに眺め。近寄りたくないのは許してほしいと、光はそっと目を逸らした。 何やら騒がしいツリー周りを気にした様子もなく、てっぺんの星がまだと聞いたディーナは黙々とツリーを登っていた。Z.M.A.にフック付きロープを射出できる銃を借りに行ったのだが、プレゼントをばら撒けるショットガン同様貸し出し中だったので自力で登るしかない。 ただここに着くまでに何度も練習はできたので、何の支障もなくすいすいと登っていく。星を飾ってトナカイを退けるのも然る事ながら、服の下に大事にしまっているプレゼントを飾るのが一番の使命だ。 (多分、戻ってきちゃうんだ、私のところへ。それでも確かめたいの) 住んでる場所も、知らないから。クリスマスの奇跡に僅かな望みを懸けて、届けたい相手にこそ届きますようにと祈りを込めて。 (そろそろ頂上、かな?) 細くなってきた枝に、先端が近い事を確信して顔を出す。少し下に視線をやれば、トナカイたちは別の星に気を取られたままディーナには気づいてないようだ。 リュックに片付けていた青緑の星を片手で取り出したディーナは、未来の自分の為に努力しているトナカイたちにごめんねと謝りながらそれを頂上に飾りつけた。 途端、しゃーんっと涼やかな鈴の音がチェンバー中に響き渡り、トナカイたちがはっとしたように仰いでくる。何やら絶望的にも見える仕種に申し訳ない気持ちにもなったが、わすれもの屋店主がそこまでだとかけた声に従ってトナカイたちはゆっくりと地上に下りている。 それを確かめたディーナは取られないように用心して服の下に潜めていた、綺麗にラッピングした大事な人宛のプレゼントを取り出した。星の少し下に飾りつけるとそっとリボンを撫で、お願いね? と小さく囁いてツリーを下り始める。 「ディーナさん、グッジョブ!」 「あのカオスを終わらせてくれてありがとう……!」 下りるなり佐藤や山本に感謝され、どう致しまして? と照れながら答えると、山本がそうだこれとプレゼント然とした包みを差し出してきた。 「トナカイに取られてたプレゼントなんだけどさ。今、店主が返してくれたんだ。ダミーのつもりで用意したけど一応お菓子も入ってるから、どうぞ」 皆の分はあると思うよと照れた様子で告げる山本に、せっせと絵を飾りつけていた現がはっとしたように顔を上げた。 「すまねぇ、ガキどもの分も貰っていっていいか!?」 「うん、余分に持ってきたから足りると思う」 「足りなかったら俺の持ってるお菓子もどうぞ。そういえば、現さんもプレゼント返してもらってたね」 それは飾らないのと佐藤が首を傾げると、現はそれがなぁと頭をかいた。 「ガキどもが作ったクッキーなんだが、投げたせいで粉々でな」 しゃあねぇから飾らねぇで食うわと苦笑した現に、佐藤がはいはいと手を上げた。 「砕けてもクッキーはクッキー! 食べるって心意気が正しいから俺にも食べさせて!」 「おっ、兄ちゃんも食ってくれるか!」 「エルも。トナカイに勝ったのはいいけど、お腹減ったー」 食べるーと近寄ってくるエルエムは、キミは食べないのとツリーを眺めている天空寺に声をかけた。 「頂きますわ。けれどその前に、ツリーに生物を飾るのは禁止じゃありませんでした?」 お菓子が飾られているようですけれどと顎先に手を当てた天空寺の言葉に、佐藤の肩がぴくっと震えている。 「そ、ういえば天空寺さんはもうプレゼント飾りました?」 「ええ、シルフィールが持って運ぶには重いですから、そこに」 「あ、何かおっきいねー。なになにー?」 エルエムが砕けたクッキーを早速頬張りながら尋ねると、天空寺はちらりと苦笑した。 「アウトレットのパソコンです。型落ちしてますけど、新品でハイスペックですのよ」 「へー。エルはトナカイさんへのプレゼントしか用意してないや」 これは残念賞でトナカイさんにーとエルエムが取り出したのは、何故かメッセージカード。 「おいおい、嬢ちゃん。こりゃカードじゃねぇのか」 「うん。トナカイって紙食べるよね?」 「……人参を持ってきた俺が言うのもあれだけど、それって山羊?」 じゃないかなと山本が苦笑し、メッセージカードにして飾ったらどうかなと佐藤も勧める。 知らずほっと息を吐きたくなる呑気な光景に思わずディーナが口の端を緩めていると、サンタクロースはと唐突に店主の声がして振り返った。 「気遣いの人ではないが、他人の想いを運ぶ役目は担っていると思う。君の用意したプレゼントが届かずとも、想いは何れ聞こえるよ」 大事な人になら尚更と微笑んだ店主は、ディーナが返す言葉を見つける前にぽんと肩を叩いて通り過ぎた。 「ツリーを飾るには、森でまだ迷っている客人たちが来てからでも遅くないだろう。先にお茶にしようか」 「そりゃいい、クッキーだけじゃ喉が乾くからな!」 嬉しそうに声を張り上げて盛り上がる全員に、ディーナさんもおいでーと招かれるままそちらに足を向ける。 ああ、そういえば店主たちに用意したプレゼントもあるのだった。渡さないとと片隅で考えながら、さっきの店主の言葉を繰り返す。 (……届く、かな?) 届くといいなと呟いたのは胸の内、お茶にしようーと喜ぶ声に紛らわせた。
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