世界司書、飛鳥黎子は不機嫌だった。 それもそのはず仲良くしろといった筈の依頼で問題が起きたのである。 抗議の言葉が上に届き、そして黎子にも厳重注意のお叱りがきたのはいうまでもなかった。「まったくもー、何でこの私が反省文を書かなきゃならないのよ!」 カリカリと執務室で『今後は依頼を出すときに注意します』といった内容の反省文を仏頂面で黎子は書いている。 その途中で手を止め、ビリビリっと書きかけの反省文を破り捨てた。「ええい! 面倒だわ! 次が成功すればいい話じゃない。ようし、傭兵としての協力要請はまだ来ているし今度こそいい成果を出してもらうわよ。私のために!」 ぐっと拳を握った黎子はギリギリと歯軋りをしながらロストナンバー達に依頼を出そうと執務室を後にするのだった。~要注意事項確認のこと~「あんた達! 今度もカンダータの方に依頼よ!」 びしっと仁王立ちで黎子が指を突きつけてくる。「今回は偵察じゃなくて完全な退治よ。『実力』はちゃんと認めてくれたみたいだから大物を狙うという話ね。もう一回いうけど、現地で何があろうと参加した限りは『協力しなさい』いいわね?」 ギロリという擬音の聞こえてきそうな視線が飛ぶ。 これだけで蛙くらいは倒せるかもしれない。「注意事項をもう一度いうわよ。カンダータはロストナンバーの『力は大変評価』しているわ。私としては『協力したいという意志をロストナンバーが示すなら』こうして依頼をだしているわけよ。もちろん『協力しなければならない義務はない』から、無理に参加してもらう必要はないけれど参加した限りは『協力をすべき』なのよ。わかるわね? 二度といわせないでね」 今度は二コリと笑うが目は笑っていない。 本気とかいてマジと読めるような笑顔だった……。~『神』を狩るもの~「さて、諸君らが異世界からきたロストナンバーと言うものたちかねぇ?」 今度の派遣先の指揮官は語尾に妙なアクセントの残る嫌味な男だった。「実力は先刻承知。件の話も重々に聞いているよ。我々も君たちと無駄な争いはしたくはなぁい。故にぃ、そのすばらしい力を存分に発揮できる相手を見つけておいたわけだよ。分かるかねぇ?」 値踏みするような視線で上から下まで眺めた指揮官はふんと鼻で笑うと地図を見せた。「今、我々が追っているのは俗称『巨神型』と読んでいる大型のマキーナだ。そのうちの1体、コードネーム「デア・ヘルト」の居場所を察知したので君たちはぁ、『先遣隊』として事に当たって欲しい。我々からも追って部隊を派遣するのでそれまで相手をしてくれれば上等だよ。簡単な仕事だろぉう?」 地図の上にコマをおいて指揮官は尋ねる。 答えは言うまでもない……。 『傭兵』として受けているのだから、それに答えるのが仕事なのだ。
~Lock On~ 指揮官と別れ、目標とされるポイントへ移動するときにコレット・ネロはターミナルを出るときに見た飛鳥黎子の様子を思い返す。 「黎子さん、大変そうだったね……。きっとたくさん怒られたんだろうな。みんなで頑張って役に立って、黎子さんやカンダータの人に喜んでもらおうね」 「まあ、俺が責任を感じる責任は全くねえが、あの時は俺も居たのに止められなかったってのはあるし……あいつにはちょいとばかり悪いことをしたな」 肌寒い気候の中で口からでる息を白く染めつつ、木乃咲進は後頭部を掻いた。 「何より、帰る時に約束しちまったしな。「また手助けに来る」って。だから仕方ねえよな……」 「木乃咲さんは優しいんですね。この間も助けてもらいましたから、今度は私が助けますね」 にっこりとコレットに微笑まれると進はばつが悪そうに視線をそらせる。 「この前のレポート見たわよ。あの、腐れ外道。どうしようもないわね。そして、大型のマキーナ。それを何とかすれば、いいのよね」 二人の会話が気になったのか、レナ・フォルトゥスが近づいて来た。 「デア・ヘルト……誰が作ったかしらねえが、『英雄』なんて随分な名前付けるじゃねえかよな」 「あ、そういう意味なんだ……進は頭いいんだね。あたしは緋夏、よろしくー」 一見、不良っぽい風貌の進の博識な一面に緋夏は関心する。 美女3人に囲まれた進は更に居心地が悪そうに肩を狭めた。 これも『呪い』の一つなのかも知れない。 そんなことを進が感じていると、ズシンズシンという物音と共に地震のように地面が揺れた。 「あれをみろ、どうやらお出ましのようだぜ?」 Σ・F・Φ・フレームグライドが指差した方向には遠目でも大きさのわかる巨人が歩いている。 「何、あれ……でかい」 一歩踏み出すことに震動が起きるが、この程度で倒れるようなロストナンバー達ではなかった。 何かを探すかのように頭部がくるくると動く中、ロストナンバー達に白い目が向けられ、赤く光りだす。 「私達の実力を示す為にも、迅速に倒すべきだな。味方の増援は……はっきり言って期待出来ないしな」 紫がかったポニーテールを揺らし、紺碧の意志の強い瞳で璃空は巨人に向けた。 赤く目を光らせた巨人『デア・ヘルト』が一歩、また一歩と間隔を狭くしながらロストナンバー達の一段へ迫る。 「私はサポートの回る。攻撃手段を持っているものは攻撃へ!」 カバンから術符を右腕で取り出すとチャリンと12個の宝石の付いた銀の腕輪が鳴った。 ~Open Combat~ 双方が動き出し、戦場の空気が緊張に震えだす。 初手をとったのは術符を空中へと投げた璃空だった。 符が一瞬光ったかと思えば、それは雷撃となって機械の巨人『デア・ヘルト』を襲う。 動きが止まったかのように思われたが、ビュンと赤い瞳を光らせ、巨人はレーザー光線を迸らせた。 地面もろともロストナンバー達を焼き尽くそうとなぎ払われるレーザーではあるが、ロストナンバー達の直前で歪曲して跳ね返る。 「こんなこともあろうと、リフレクトシールドをかけておいて正解でしたわ」 レナがDカップの胸を揺らし、赤い長髪から白い肌を除かせながら微笑んだ。 弾き返されたレーザーがデア・ヘルトを焼く。 「近づけるチャンスが出来ればやりようはある! この巨大な剣の威力、見やがれ!!」 Σが相手の反撃を返すことで生まれた隙を突いて大きく間合いを詰めた。 2m近い長身のΣではあるものの、相手は30mはありネズミがライオンに立ち向かうくらい無謀にも見えかねない。 だが、瞳は闘志に燃え上がり勢いを落とすことはなかった。 手に持った大剣を大きく振り下ろし、その重量と加速を伴った一撃をデア・ヘルトの脚部に当てる。 キィィィィと火花と共に金属が擦れあう音が響くが足が斬り落とされることはなかった。 「ったくよ、どこの『ぼくのかんがえたさいきょうろぼっと』だ‥‥まともに立ち合っていたら埒があかないぞ」 進がレーザーを受け、更にはΣの一撃を持ってしても装甲を軽く削るだけにとどまる『英雄』の姿に舌打ちをする。 その言葉を肯定も否定もせず、デア・ヘルトはただ目の前で動く『生物』の『排除』のために拳を引いて打ち下ろした。 ズガガァンと地面にクレーターのような跡が出来るが肉塊はない。 「空間転移できなかったら、挽肉だな。あのレーザーを食らったら焼肉だろうが」 デア・ヘルトの後ろに空間転移をしつつ、進は息をついた。 「この竜燐は伊達じゃないぜ!!」 もう一人、同じ位置で殴られていたはずのΣは竜語魔法と呼ばれるもので赤い鱗を体表に表してパンチを受け止めている。 「でかいし、硬いし‥‥面白くなってきたんじゃないの?」 どこか楽しそうにしながら緋夏が璃空からもらった炎の術符を火種に火の玉を作り、形を裸体の美女のように変化させて体勢の建て直しを援護した。 「そのまま緋夏は援護だ。コレットは何かを作って相手の動きを止めることはできないか?」 璃空が次の符を用意しながら、距離をとりつつ次なる作戦を立て始めていた。 「うん、分かった。やってみるよ」 頷き一つでコレットは答えてデア・ヘルトに負けないくらい大きな岩の巨人を作りだして、取っ組み合いをはじめさせる。 「でかいのがもう一体増えるなんてね! 本当に楽しい戦いだよっ!」 ニヤリと緋夏は笑い、戦闘を続行するのだった。 ~Close Call~ 大地の上で30mの巨人二体が取っ組みあっているだけで、地震のような揺れが何度も響く。 その轟音と姿は壱番世界で見られる特撮番組のようにも見えた。 だが、今、目の前で起こっていることは現実であり、機械の巨人を倒すことがロストナンバー達へのカンダータ軍からの依頼である。 「がんばって、ゴーレムさん!」 岩の巨人に向かって祈るようにコレットが叫ぶ。 「食い止めてくれているなら、やりようだってあるものさ!」 「どれだけ図体があっても姿形が人間に近いなら、弱点だって同じだ!」 緋夏が再び火種を使って火を吐き、また進がナイフを使ってデア・ヘルトの膝裏の関節を潰しにかかった。 強固な装甲に覆われた部分で覆っては動きを疎外する部分であるために、他を攻撃するよりかは勝ち目がある。 両者が両足を同時に狙った事で、デア・ヘルトの上体がコレットの作ったゴーレムにもたれかかるようにバランスを崩した。 「やった!」 思わずコレットが喜ぶも、デア・ヘルトの頭部がくるりと後方の二人を狙うように向いたとき、『危ない』と口で叫ぶよりも早く、コレットは動く。 トラベルギアで翼を背中に描いて羽ばたき、進と緋夏へと高速で向かった。 デア・ヘルトの目が光り、レーザーが地面を焼かんと走りだす。 二人に当たろうとしたとき、コレットが突き飛ばすような形で横から割り込むことで二人は丸焼きになることはなかった。 ズザザザァっと地面に進と緋夏が引きずられるが、レーザーが直撃していた地面は抉られて深い傷跡が残っている。 「おい、無茶するなよ……」 「ごめんなさい、でも、木乃咲さんにはこの間、助けて貰ったから役に立ちたくて……」 いきなり起こったことに戸惑いを見せる進にコレットは目じりを下げ、しょぼんとした様子で答えた。 「そんな顔をするなよ。俺は空間転移できるんだから、いざってときは何とかなるんだからよ。でも、これで貸し借り無しだ。いいな?」 ため息をつきながら進は立ち上がって自分と、そしてコレットの埃を払う。 「もしもし~、あたしがいること忘れてない?」 「わりぃ、忘れてた」 一緒に地面に転がっていた緋夏がじとーっとした目で進とコレットを見てくると進は素直に白状し、デア・ヘルト向き直った。 「さって、厄介な敵を押しつけられたもんだが……どうするかな」 ゴーレムが未だ取っ組み合ってくれている巨人を見上げて進は漏れそうになるため息を飲み込む。 砕いた関節はゆっくりとだが再生をはじめていた……。 ~Combination~ 「やはり、ここは長期戦より短期決戦みたいですわね。皆さん、支援魔法をかけますわ」 「頼む、こちらは再生して直接攻撃が与えられないなら足元を変えて動きを止める」 再生を続けるデア・ヘルトを相手に本腰を入れるためにレナと璃空が支援魔法や術符をかける。 トラベルギアの能力制限により永続的効果が得られないが、短期決戦ときめたなら遠慮はいらない。 「加速[アクセラレーション]、攻撃強化[パワースペル]、分身[ブリンク]!」 目を閉じ、意識を集中させてレナが連続で詠唱をして攻撃を続ける進や緋夏‥‥そして、Σをパワーアップさせた。 3人とも全身の内側から漲る力を得て、デア・ヘルトを翻弄しはじめる。 一撃、一撃が重くなり、10数倍の差がある相手をよろめかせるほどの威力へと高まっていた。 「水と地の符! 奴の地面を溶かせ」 よろめいてバランスを取り直そうとするデア・ヘルトの足元に符が張り付くとぐにゃぐにゃと泥となって脛の半分まで沈める。 「風と火の符! そのまま地面を固めてしまえ!」 更に符を投げて璃空はデア・ヘルトの足の動きを完全に止めた。 組み付いていたゴーレムをパンチとレーザーで破壊したデア・ヘルトだが、最後の追い込み準備は整ってきている。 「とどめにいくぜぇ! ぎゃおおおおおん!」 大きくΣが咆哮をあげるとその体を巨大な竜へと変化させた。 デア・ヘルトが竜となったΣへ岩をも砕くパンチを繰り出すもののΣはそれを受け止め、握り潰しながら組み付く。 そして、レーザーを放つ前にその頭部へ口から炎を吐き出して熱した。 強烈な炎はデア・ヘルトの頭部を融解させ、レーザーを暴発させ吹き飛ばす。 頭部を失った『英雄』は後ろに倒れ、崩れ去るのだった……。 ~Misson Complete~ デア・ヘルトが倒れたが、ロストナンバー達はしばらく緊張した様子で武器を構えたりして様子を見守る。 しかし、再生することはなくボロボロとその体を崩していくだけだった。 「なんとか、終わりましたわね。皆さん、お疲れ様ですわ……魔法を大量に使用したわね」 緊張を解くとレナがふらりとよろめくも璃空が支える。 「厄介な相手だったが、これで多少のこちらのイメージ改善になってくれるならいいんだがな」 「やぁやぁ、増援に来たのだが遅かったみたいだねぇ? 残りの処理はぁ、我々カンダータ軍の方でやっておくことにするので君達は体を休ませて帰るといい」 呟く璃空の言葉が示すようにタイミングよく姿を見せた依頼主がねぎらった。 無論、言葉上ではなのだが……真意は掴みづらい。 「何とか、終わったぜ! 再生する奴なら、それ以上の速さで切り裂けば住む話だぜ」 人間の姿に戻ったΣが指揮官に向かって対策のアドバイスを行った。 「次回の参考までにしておこうか……もっとも、また君達ロストナンバーに頼むかもしれないがねぇ?」 見下すような視線を向けた指揮官はそのままデア・ヘルトの残骸処理の指揮に戻る。 目的であるマキーナの排除と共に、多少ばかりの関係改善へと一歩を踏み出すことのできたロストナンバー達であった。
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