降り注ぐ雪、降り注ぐ光。 ロストナンバーたちを囲む森は、星の輝きに充ちていた。 ターミナルの一角に位置するその森は、チェンバーのようでありながら、そうでもないように見えた。街中と同じく降りしきる雪は静謐を白に染め上げて、天幕は宵闇の色に包まれていながら、星の一つも昇らない。 けれど、その空間は光に溢れている。 振り仰げば、頭上を覆う木々の合間に、数多の果実がぶら下がっているのが彼らの目に入った。様々な色の輝きを燈して、天上と彼らとに平等な光を投げかけている。 木々を覆う幾つもの光。まるでイルミネーションのようだ、と誰かが呟く。――だが、これらは実際の果実、実際の輝きだ。人工のライトとは違う、あたたかな自然の光が、幾多の色を纏って森を彩る。 たわわにみのる光の果実が、天に昇らぬ星の代わりに、彼らの頭上を鮮やかに照らした。「ここ」 輝く木々のアーチを潜りながら、彼らを先導するドードーがぽつりと言葉を落とした。「おれ、秘密で世話してた。いつ実をつけるかも判らなくて、楽しみにしてた」 それが、数日前彼の後をつけてきていたアリッサにあっさりばれてしまったのだと、訥々とした言葉で館長公邸の庭師は語る。 その口ぶりからは秘密が暴かれたことへの悔恨も寂寞も感じられず、むしろどことなく楽しげですらあった。「でも、アリッサ言ってくれた。とても綺麗って。みんなが見たらきっと喜ぶって」 だから、特別。 振り返り、素朴な笑みを浮かべたドードーは彼らに、片手で抱えられるほどの大きさの籠を手渡す。「樹、たくさん。色、形、いろんな実がなってる。齧るときっと甘い」 料理にも、贈り物にも。 のんびりとそう語り、ドードーは果実の一つを摘み取った。木から離された後も、星の輝きは失せることなく、それどころかより鮮やかにその手の中で光を放つ。 籠の中に収まる量であれば、果実を摘み取り、持ち帰って構わないらしい。クリスマスだから特別、と、また朴訥な庭師は同じ言葉を繰り返した。 果実と共にぶら下がるクリスマスの装飾――小さなサンタや色とりどりのボール、靴下のレプリカは、アリッサの助言を受けてドードーが飾り立てたものだと言う。 聳える木々の中でも一等高い木の天辺には、大きな金色の星の飾りが煌めくが、彼に言わせればそれも果実で、あの場所までゆくことができれば摘み取っても構わないそうだ。「どんな味か、おれも気になる」 森を見上げるドードーの瞳が、柔らかく細められる。 深々と降りしきる粉雪の白が、様々な色の煌めきに染められていく、その様さえもが美しい。 三人のロストナンバーたちは籠を手にし、思うがままに輝きの森へと分け入って行った。 煌めく星の果実が、聖なる夜を照らしている。=================●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。=================
金、青、紅、紫。 煌めきは視界に収まりきらないほど溢れていると言うのに、気が付けば、瞳がその色彩を探している。無意識に、いざなわれるようにして脚がそちらへと進み、神埼 玲菜は目線の高さにあるそれを手にとって優しくもぎ採る。 燐光を零しながら冴え冴えと煌めく、湖面の薄氷を思わせる青銀の果実。掌に収まる大きさの楕円形をしたそれを、両手で包んで、瞳を閉じる。 脳裏に思い描くのは、猫の尾のように翻る青銀の髪。 初めの出会いから、随分伸びた、と思う。 或いは、人違いなのかもしれない。 けれど、海洋世界の港町で見つけたコインを、異世界の舞踏会で擦れ違った蒼い瞳の彼を、玲菜はどうしても忘れられないでいる。一歩一歩、ほんの少しずつだが近付いている、そんな確信とも言えないもどかしさを抱いて、彼の色彩ばかりを追い求めている。 ほんとうに、この路を往けば逢えるのだろうか―― 「……駄目ね、悲観的になってちゃ」 心配そうにその頬を舐めてくれる子狐姿の相棒へ微笑みかけ、己に発破をかけて、玲菜は気分を改めるために鮮やかな紅金の果実へ手を伸ばした。 「あの」 そんな玲菜の背後から、声が掛かる。 振り返れば、柔らかな色の髪をした少年が立っていた。 「――律さん」 「綺麗な森ですよね」 冷泉 律という名のその少年は、ひとつ礼義正しく御辞儀をすると、腕の中の籠を抱え直す。その籠いっぱいに詰め込まれた果実の輝きに玲菜は眼を丸くし、次いで微笑んだ。 「たくさん取ったんですね」 「食費の足しになれば、と思ったんですけど」 もいだばかりの淡い色の林檎を片手に、理知的な目の少年は微か照れくさそうにはにかみ、 「こんな綺麗な果物、はじめて見ました」 手の中で煌めくあたたかな温もりに、眼前に広がる神秘的な光景に、その気も失せたのだと語る。 「せっかくだから、知り合いの連中にも渡そうかなって」 騒々しい幼馴染とその家族、少女のように典雅な少年と、一応駄犬にも。彼を取り巻く人々の姿を思い浮かべ、律は手に取った果実を玲奈へと差し出す。 「私に?」 「交換しませんか? 玲菜さんがどんな実を見つけたのか知りたくて」 謙虚な申し出を、玲奈は穏やかに笑って受け入れた。冴え冴えと光る果実で満たされた籠の中から、葡萄のように房を成した青銀の実を取りだして律へと手渡す。 「銀色がお好きなんですか」 「ええ」 籠の中に満ちる青銀の色彩を指し示し、そう問うた少年に、曖昧な答えを返す。律もまたそれ以上問うことはせず、そうですか、と眼鏡の奥で瞳を細めた。 そしてまた次の果実を探すために視線を彷徨わせ、――ふと、果実とは違う白銀を視界に認めて首を傾げた。 「すげー……!」 感嘆の声が、先程からしきりに零れている。 戸惑いがちに、しかし銀の瞳を期待に輝かせて生きた光の森を見上げる、白い翼を背負ったその青年を律は知っている。それと共に、青年が手に持つ籠が未だに空に近い状態であるのを見てとり、隣の玲菜と目配せをして、笑みを交わした。 「理星さん」 名を呼ばれ、素直に振り返る青年へ――歩み寄った二人が、共に手を伸べる。 「え?」 あどけない表情で目を丸くする彼の前に、青銀とクリーム色の、ふたつの林檎が差し出されていた。 「……えっと、くれるの?」 「はい」 「どうぞ?」 瞬きとともに自分を指さす、その仕草はいっそ幼くすらある。数秒、眼前で微笑むふたりを見つめ、やがてその言葉が紛れもない真実であると判ると、理星はこの上ないほどの笑顔を浮かべた。 「あ――ありがとう!」 受け取り、胸に抱く果実にも負けぬほどの輝きを湛えた瞳で礼を言う。 「理星さんは果実を採らないんですか?」 「うん、あ、いや、まだ。ほんとにとっても怒られねえのかなって思っちゃって」 「大丈夫ですよ。ほら、ドードーさんも笑っていますし」 過ぎる不安に首を竦める彼へ、玲奈は優しく笑って安堵づけるようにそう言うと、振り返ってこのチェンバーを世話する庭師を指し示した。釣られて向けられた理星の銀の瞳に、庭師がひとつ、確かに頷くのが見える。 その仕草が、何よりの赦しだ。 「じゃあじゃあ、俺、プレゼントしたい人たちが居るんだ!」 「ええ、きっと喜んでくれますよ」 玲菜の言葉に後押しされて、頭の上で輝く丸く小さな果実に手を伸ばし、これは誰に、あれは誰に、とひとりずつ思い浮かべては満面の笑みで歩きまわる。 一対の巨大な翼を傾け、背の高い樹に生る翠の柑橘類を目掛けて籠を片手にふわりと飛び立った。星の浮かばぬ鮮やかな宵闇を掴み、美しく凍てつく大気の中を軽やかに飛び舞う。 あの力強い翼ならば、きっと。 そう感じて、律は空を飛ぶ理星を再び呼びとめた。 「理星さん」 「んー?」 不安の消え去った、穏やかで明朗な声が彼の頭上から降る。 「理星さんの羽なら、きっとあの星にも届きますよね」 礼に頼んだけど、重過ぎて持ち上がらなかったみたいで――肩の上の梟を撫でながら、律はそう語って飛ぶ理星の更に上、森の中で一際高い樹の天辺を指差した。 尖った樹の切っ先で煌めく、黄金の星の実。 「ああ、あれ綺麗だよなー。取ってくればいい?」 「はい、できればお願いしたいなって」 律の頼みに頷き、あの大きな星を兄貴分でもある武人に贈ったら喜んでもらえるだろうか、と考えて、ふと理星は大事なことに気が付いた。 「あ、でも一個しかないな、あれ」 「……そう言えば」 すらりと長い褐色の指が、天辺に留まる黄金の星を指し示せば、律も視線だけでそれを追いかけて頷いた。彼らが見あげる限りでは、星の実はひとつしかない。 「うーん……じゃあ、形は崩れちゃうけど、半分こしません?」 「その心配は、ない、とおもう」 妥協案を示す律へ、いつの間に近付いてきていたのか、庭師が穏やかに言ってかぶりを振った。 「行ってみれば、わかる」 理星の背負う白銀の翼を、それから天辺にて待つ星の実を指さして、木訥な庭師は言葉少なに微笑む。 「うん、わかった。じゃあ行ってくる」 誰よりもこのチェンバーを知るドードーの言葉であれば、間違いも無かろう。理星の白い翼が羽撃いて風を捉え、茂る木々を大きく揺るがせて高い樹の切っ先を目指す。 低い木々の連なる枝葉を抜けた先に滞空し、広がる景色に理星は思わず目を瞠った。 「……!」 夜空から落ちた星々は、消えたわけではなかったのだ。 茂る枝葉の上、集う木々の頭上に、降り注いだ彼らは留まっている。地上からでは一等高い木の天辺しか見ることができなかったが、こうして見下ろしてみれば、全ての木の上にひとつずつ、赤銅と青銀と黄金の星が実っているのがわかる。 「すげぇ……!」 眼下に広がる木々の海と、ゆらゆらと浮かぶ星々の舟を前に、銀の瞳をいっぱいまで見開いて理星はただその情景に魅入られる。 夜の大気を乱さぬようにそっと近付き、木々の天辺に引っ掛かる星の実のひとつをもいで、その香りを堪能するように両腕に抱えた。 「これ、甘いのかな。プレゼントしたら――喜んでくれるかな」 脳裏に、輝く実を贈る人たちの姿を思い描く。 まずは、下で待っている律と、玲奈と、ドードーに。 それから黒竜の武人と、飴細工の青年と、赤い髪の少女と、包帯の―― 指折り数えても足りないほどの優しい人たちに囲まれている、そんな幸いを改めて噛みしめ、黄金の星を抱きしめて理星はわらった。
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