「よう、暇ならちょっと話を聞いてくれ」 そう言って呼び止めたのは、うさぎ面に人間の体、仰々しい衣装に身を包んだ貴族風のロストナンバー、ブラン=カスターシェンだった。 ターミナルの中は壱番世界のクリスマスのイベントが行われ、ハローズのテディベアイベントは盛況を迎えている。 緑と赤を基調にした彼の服は、なるほど、それなりにクリスマスに相応しい。 ハローズのテディベアのイベントも一段落したようで、彼はどこからともなく取り出したハンカチで額を吹く。 白い毛皮に吸われた汗がハンカチで拭けるかどうか、はよくわからない。 ともあれ、話を聞いてくれるロストナンバーがまた増えたと微笑んだ彼は、呼びとめに応じたロストナンバーにしばらく待つようにと言い含め、次の相手を呼びとめに向かった。 この酒場では有志による出し物をウリにしたクリスマスパーティが予定されており、多数の観客を収容できるステージが用意されている。 クリスマスに因んだ企画は数多く催されており、ハンドベルや聖歌、奇術ショーから落語まで様々な出し物が演じられていた。 その演芸ホールと化した酒場の前、そこを通りがかったロストナンバーに、ブランは手当たり次第に声をかけ呼びとめている。 人通りの多さも手伝ってか、選りによってクリスマスに「暇か?」という失礼な勧誘でも、ものの十分ほどで五人の足を止める事に成功した。 ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ。 二回、手袋に覆われた指で呼びとめたメンバーを数えると、ブランはこほんと咳ばらいをした。「諸君に依頼したいのは、バンドだ。知っているか? 軽音楽。ロックでも、メタルでも、ポップでも構わない。吾輩も高貴なクラシックではない大衆音楽の違いはよくわからないんだが」 と、人間大のうさぎ貴族が一枚のチラシを差し出してきた。 チラシにはこの演芸ホールの進行表が書かれているらしく、演目と出演者の名前がちらちらと見受けられる。 中には見知った顔もあるようだ。 なんとなく眺めていると、ピンクの蛍光ペンでマーキングされた一節が気になった。 それは「クリスマス・スペシャル。ロストナンバー・バンド」という文字列。 詳細を見ると、バンド名は決まっていないが、要するにギターやドラム、ベースにキーボードという御馴染みの楽器を使って、じゃんじゃんじゃかじゃかと賑やかなクリスマス・ソングを数曲やるという内容だった。 そのテキトーな内容に輪をかけて酷いのは、各項目の欄が×だらけで消されている点。 たとえばボーカルの欄にアリッサの名前が書かれてはいるが、二重線で消されている。 忙しいからとあっさり断られたそうだ。 ギターにベース、ドラムにキーボード。 それらの担当者の欄は空白のままである。 つまり、ボーカル不在のバンドは演奏者が全くいないものだった。「実はな」 ブランの耳がぺたりと垂れた。 なんとなく鼻まわりも元気がなさそうだ。「吾輩がメンバーを集める担当だったのだが、それをすっかり忘れていたのだ。はっはっはっ、さっきから吾輩も超頑張っているのだが、事ここにいたって練習時間がほとんどない……というと、皆、なんだか急用を思い出すらしくてな。……そこで吾輩は貴君らならやりとげてくれると信じたのだ」 鷹揚に。 かつ、余裕たっぷりに話してはいるものの、ブランの赤い瞳からは「助けて」というメッセージが溢れている。「客層はロストナンバーだ。老若男女、なんでもいるから客層にあわせた音楽ではなく、おまえらの好きな音楽をやってくれればいいぞ。楽器はこちらで用意しよう……と言っても楽器決めはそれだけで時間がかかるからな。公平にクジで決めよう。ここに五枚のカードがある」 そう言ってブランが手の中で広げたのは絵柄のついたカードだった。 ひとつは、竜の"卵"のイラスト ひとつは、ヴォロスの"月"の写真 ひとつは、歌舞伎役者の"プロマイド" ひとつは、バナナの"樹"の写生画 ひとつは、群青色に染まった夜のブルーインブルー「ここにあるカードでとりあえずの楽器分けをしよう。何、深く考えないでくれ。それではカードを引いたら、みんなでどんな音楽をやるのか考えようか」=====!注意!このイラスト付きSSは、イベント掲示板と連動して行われます。イベント掲示板内に対応したスレッドが設けられていますので、ご確認下さい。掲示板への参加は義務ではなく、掲示板に参加していないキャラクターでもSSには参加できます。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
飾り立てられた酒場にアップテンポのクリスマスソングが流れる。 メドレーの最後のリズムが刻まれ、じゃんっ! と、ドラムと共に照明が暗転し、小さな拍手はキャーキャーと黄色い声援に変わり、口笛交じりの盛大な拍手へと変わる。 ――思ったよりうまくいった。 最初のメドレーを演奏し終え、メンバーはそれぞれに安堵のため息をついた。 だかだかだか、じゃんっ! と、ドラムロールが鳴り、灯ったスポットライトはボーカルのナオトへと向けられる。 「めりーくりすまーっす!」 ナオトの振り上げた腕にあわせ、観客から一斉に「「「メリー・クリスマス!」」」と返答が飛ぶ。 予想以上のノリの良さに、音頭を取ったナオトの方が僅かにたじろぐ。 「お、俺なんかがこんな目立っちゃっていいのかな」 どっ、と、会場から笑い声。 「でもまぁ、うん。みんなが楽しんでるならいいよね! それじゃあ、メンバー紹介! まずはー、ベース! リョー・アキヨシ!!」 スポットライトは亮へと移る。 予定ではこの合図と共にベースのソロプレイに入るはずだった亮が、それより先にマイクを手にとり「それ。トオルって読みます」と呟くと、観客から笑いが起きた。 「……ああ!? ごめん。やっちゃった!」 あたふたするナオトに手を振ると、改めてベースを鳴らし始める。 ボンボンと腹に響く低音の旋律は力強く鼓動をかきたてた。 大観衆の視線を一気に引き受けると、さすがに緊張が引き立てられる。 「おおー、うまいうまいっ!」 「練習したからね。でも一人で練習したわけじゃないんだよ」 ぼん、ぼん、ぼぼんぼん。 太い弦が打ち鳴らされ重低音のリズムが加速を極める。 と、同時に、亮の周囲に炎がひとつ、ふたつ、みっつ。 中央に赤い帽子をかぶったセクタン(狐)のコン太が踊っていた。 やがてクライマックスのコードを引き終えると、亮はふぅとため息をつく。 満場、拍手の雨が降り注ぐ。 「ありがとう。それじゃ、次のメンバー。ギター担当はエドガー・ウォレスさん! ……コン太はまだ出番が欲しいみたいだから、エドガーさんの出番にもお邪魔します」 紹介を受け、エドガーがギターをかき鳴らす。 にこにこと楽しそうな笑顔を浮かべ、やがてギター単独で童謡定番のクリスマスソングを弾き語る。 からんからんとハンドベルを手にクリスマスリースに身を委ねたセクタンが飛び回っていた。 会場の子供たちから、手拍子を受けて歌い終わると「ありがとう」と手を振って応える。 「紹介させてくれるかな。ステージの上の……あそこにいるセクタン。ハンドベル担当はビリケンさん」 わー! とこちらは子供からの拍手と歓声が大きい。 当のビリケンさんは慣れない拍手に戸惑っているようだったが、それさえも「カワイー」と声援が飛ぶ。いつのまにか先ほどのコン太がそれに並び、えへんぷいと胸を張っていた。 「と、その横は、亮さんのセクタン、コン太」 いぇーいと二匹は腕をあげてぴょこぴょこと踊り始めた。 そこでライトはエドガーへと戻る。 ギターの音色に、はじめはゆっくりと、しかし気がつくとギターよりも激しい音でドラムが鳴り響いていた。 リズムの数は三重奏。三つ以上のドラムが同時に打ち鳴らされている。 「OK、それでは次のメンバー。オン・ドラム。スポットライトあててごらん。ちょっと面白いよ。ミスター・ファーヴニール!」 がんがんがんがん!! どどっ! どどど、どどどど!!!! 「オーライッ! 本日はお集まりありがとぉーっ!!」 本の腕が激しくスティックを振り回すが、時折、激しい鼓動を打つシンバルは彼の臀部から伸びた尻尾が担当している。 腕が一本増えたように器用なもので、やがてリズムはスピードと激しさを否応なく増し続けた。 ばちばちっ、と火花が飛ぶ。電撃が光る。 やがて照明が落とされ闇夜となったステージ上でファーブニールの叩くドラムセットから飛び散る火花が、花火のように弾け飛んだ。 「どうもファーヴニールでーす! えー、この前、俺んちのポストに山芋流し込んだ人!」 どかんと爆笑が巻き起こり、絶妙のタイミングでスポットライトを受けたナオトが咄嗟にマイクの電源をいれる。 「うん、つっこむところだよね! でも、オレにライトあてるトコなの、これ!? ちょっと待ってよ。それってどんな恨みを買ってるのさ!? っていうか、特殊過ぎない!? そもそもステージの上で言うこと!?」 「お兄ちゃん怒らないから出てきなさーい」 「怒ろうよ!? 手紙がにゅるにゅるだよ。手の甲についたらすっごいかゆくなっちゃうし!?」 「尻尾がかゆくてさ」 「どんな取り方を!?」 ファーヴニールはドラムから降りると舞台中央へと歩み出る。 やっほー! と声をあげると会場から元気な声が帰り、彼は満足そうに頷いた。 「クリスマスだぞー! 聖夜だぞー! ホテル取ってるかー!?」 「「「「いぇーい!」」」」 「取ってるのか。取ってるんだな! そんなヤツは爆発しろー!!!」 おー! と笑い混じりの咆哮と共に、ステージを笑い声が包む。 それは、ファーブニールへの合図でもあった。 「OK、爆発しろって言っても本当に爆発させたやつはいないよね! でも、彼が爆発させちゃうかも知れないぞ!」 スポットライトが消え、舞台が闇に包まれる。 五角形に配置されたキーボードの中心。 ばちばちばちっと火花をあげて、彼は自ら光りだす。 ドラムを鳴らし、次のメンバーの名前を呼ぶ。 『キーボード! ジャック・ハート!!』 「ギャハハハッッ! ヒャハハハ!!!」 大きな笑い声に包まれ、彼を取り囲む五つのキーボードが同時になりだした。 てんでばらばらなクリスマスソングだが、全てのメロディは禍々しい呪詛のような音素を持っている。 思わず観客から感嘆のため息。 「俺サマはエレキ=テックだぞ! こんなちゃちい機材なんぞ何十だって操れるに決まってンだろォが! 曲なんざ1度聞きゃァ充分なンだよ。いッくらでもアレンジしてやるゼ」 盛り上がっている観客のうち、幾人かの精神をダイレクトに除き、望むままのメロディを奏ではじめる。 脳をスキャンされた対象の脳を撫で回されたような嫌な感触は、熱気とリズムでかき消す。 キーボードのみで構成される楽曲はメロディアスなものになりやすい。 悪魔を讃える賛美歌のような荘厳なキーボード五重奏に、彼の笑い声が響き渡る。 「よっしゃぁっ、ノってきたぜ。うひゃひゃひゃ。おい、次の曲行くぜ!」 再びスポットライトはナオトにあたる。 「メンバー紹介でした。えと、俺、ボーカルとか初めてで、ちゃんと歌えてるか不安だけど……少しでも見にきてくれたみんなと楽しい時間を過ごせたら嬉しいな! じゃ次の曲。――聞いて下さい」 マイクの横に顔を出したのは亮。 にこっと微笑むと、彼はナオトより早くマイクに声を入れる。 『あいあむつりー』 「曲名違うよ!」 どかん、と客が笑ったのを切欠にファーヴニールと亮がリズムを刻む。 仕込んでおいた雪が舞う。 エドガーが苦笑交じりにリズムを入れ、ジャックは「けっ」と悪態をつきつつ演奏を開始した。 「もう、どうしろっていうのさ!?」と困惑し、ナオトはアドリブで歌い始め、挫折して。プログラム通りの曲へと戻す。 それがわりとウケているようで。 そんな、クリスマスのステージに、白い雪が舞い始めた。
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