それは、館長が救出されて、ほどなくのこと。 世界図書館に出向いたシオンが、仕入れたばかりの情報に、息を弾ませて戻ってきた。「聞いたぁ、てんちょー? クリスマスの間って、ハロウィンの時みたいに夜が来るんだって。雪も降るらしいじゃん。イベントやろうぜイベント。こー、みんなを招待してぱーっとさあ」 にぎやかなお祭り騒ぎが好きなシオンは、さっそく計画を練り始めた。その勢いにラファエルは苦笑し、片手を上げて制止する。「そう焦るな。日頃お世話になっているお客様がたをお招きして、この店でクリスマスの夜をお過ごしいただくのは賛成だが」「だろー? プレゼントも用意しないとな! みんなの欲しいものをこっそり調べて驚かすと盛り上がるぜ」「……その趣向も、基本的には賛成だ。だが、たまには、シックで落ち着いた、本 来 の クリスタル・パレスをお楽しみいただきたいと思うのは、間違っているだろうか?」「間違ってねーけどさぁ。堅苦しいのって、くつろげないじゃん?」「聖夜の祝祭にふさわしい雪の夜の演出は、アリッサ嬢の心遣いと思われる。図書館の中庭には、大きなクリスマスツリーが飾られるらしい。館長の部屋の窓からもよく見えるように。……館長は、まだ、お身体の具合が思わしくないそうだから――シオン」「うん?」「穏やかであたたかなクリスマスディナーというのも、良いものだよ。当日は、店内の緑をオーナメントで飾り、照明を落とそう。ガラス越しに、雪が降るさまがよく見える」 。:*:★。:*:★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★:*:。★:*:。 お客様各位 クリスマスディナーのご案内 聖夜の祝祭は、お楽しみでいらっしゃいますでしょうか? 当カフェでも、日頃、お世話になっている皆様をご招待し、 夕食会を催させていただく運びとなりました。 ご多忙中とは存じますが、ぜひご出席いただき、 ご参加の皆様との親睦を深めていただきたく存じます。 なお、当日は、ささやかなプレゼントをお渡ししたいと思います。 お気に召すとよろしいのですが……。 店員一同、お会いできますことを楽しみにしております。 クリスタル・パレス店長:ラファエル・フロイト 同店ギャルソン:シオン・ユング 。:*:★。:*:★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★:*:。★:*:。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「雪が降ってきたな」 上質のコートをうっすらと覆った雪片を払い落としもせず、むしろ名残惜しそうに、相沢優は振り返る。今夜、雪が降ることは聞いていたので、あえて傘はささずに歩いてきたのだ。 「お待ちしておりました、優さま。コートをお預かりいたしましょう」 「ありがとうございます、ラファエルさん。みんなは、もう?」 「はい。エレナさまも、杏さまも、花篝さまも、綾さまも、予約席にお揃いですよ」 しずかな音楽が、流れている。壱番世界の夭逝したアーティストの『Happy Xmas』だ。蜜蝋のクリスマスキャンドルが灯されたオレンジ色のフロアは、どこか冬の暖炉に似ていた。 今宵、植物たちには、クリスタルスノーのオーナメントが飾られている。 大きなモミの木には、花のようなリボンがかけられた箱が5つ、実っていて―― 「ユウ! 今日はハーレムだよ、良かったね」 日和坂綾が、明るい笑顔で手を振る。 彼女の衣装がミニスカサンタなのは、いつも楽しいイベントを企画してくれる、ムードメーカーの綾ならではの正装なのだろう。セクタンのエンエンも、サンタ帽に赤いパレオのクリスマスバージョンだった。 心持ち、大人びた服装の優に、綾は目を見張る。 「その服、すっごくカッコいい。似合ってるね」 「あはは、綾も」 「ゆっちゃ、こんばんは。エシャロックも一緒なんだね」 エレナは、赤が基調のふんわりしたドレスに身を包み、相棒たるトラベルギア、ウサギのぬいぐるみ『びゃっくん』を膝に抱き、向かい席の花篝と挨拶を交わしていた。優が、百貨店ハローズで見つけたベアのぬいぐるみを同伴しているのに気づき、にっこりする。エレナの髪とドレス、そしてびゃっくんの首には、クリスマスローズモチーフの花が咲いている。 「やあエレナ、ハローズぶり。花篝さんと杏さんははじめましてだね、よろしく!」 「はじめまして。花篝と申します。このたびは、皆様とご一緒することがかないまして、とても嬉しく思います」 やわらかな声音が、可憐な口元からもれる。 「……この衣装、如何でしょうか。くりすますといえば赤、白、緑だと聞きましたので、取り入れてみたのですが……」 赤地に白の花が描かれた振袖に、緑の帯。長い黒髪をすべらせて、花篝は面映そうに、自らの衣装を見直した。 「めっちゃいけてるで、花篝はん。うち、花咲杏ゆうねん。よろしゅうにな」 本日の杏は、白いドレス、白いリボン、白いストール。そして黒のチョーカーというコーディネートである。 実は杏は、招待に応じることを迷っていた。 猫又の本能は、鳥店員たちに対して、食べてしまいたいほどの愛情(つまり食欲)を感じている。それを押さえる自信が、まだ持てなかったからであるが。 (気持ちのこもった招待状をもらったからには、此処でやり遂げんと女がすたる!) と決意しての、参戦であった。 「杏さま。ストールをお預かりしなくてよろしいですか?」 本日の接客コンセプトは「エレガント」であると、店長に強く言い含められているシオンが、うやうやしく問う。 「いえ、御用はわたくしめにお申し付けを!」 ヴォロスの烙聖節で面識を得たジークフリートが、杏の葛藤も知らず、指名を得ようと身を乗り出す。 (……やっぱり、美味しそうな羽根……。はっ、いけへんいけへん) 「……おおきに。そやけど、大丈夫やから」 ふたりを交互に見て、熱い視線(註:食欲的な)を送りながらも、杏は誘惑に耐える。 * * 「それでは、お食事の前に、プレゼントをお渡ししたいと思います。シオン、用意を」 「おっけー! じゃなかった、喜んで!」 ……それもちょっと違うぞ、というラファエルをよそに、シオンは、モミの木に吊るされた箱を外していく。 「そんじゃ、最初は優から」 「何だろう? 楽しみだな。これって、シオンさんが選んでくれたんですか?」 「うん、東京駅近くのブックセンターで」 手渡されたプレゼントは、分厚い本のようで、ずしりと重い。 「……あ」 【究極のクッキングブック 〜お料理大全〜】と題された中身に、優は微笑む。 優の両親はそれぞれに仕事をもっていて、優が小さなころから忙しかった。 だが、あるとき、料理人の父が料理を教えてくれ、料理下手な母が焦げたクッキーを焼いたりなどして――そんなことを、思い出したのだった。 「エレナお嬢様にはこれな」 薔薇色のラッピングがひときわ華麗な、小ぶりの箱である。 小さな手が、そっと、絹のリボンを紐解く。 ――あらわれたのは。 精緻な細工の、薔薇の髪飾りだった。 エレナは、思い出す。 探偵の称号をもらった時に、両親から贈られた、エレナのための薔薇園と、そこから摘んだ薔薇を使った、美しいアレンジメントのことを。 (おめでとう、エレナ) (よく、がんばったわね) 「ありがとう……」 いつも気丈なエレナの長い睫毛に、わずかに水滴が宿り――すぐに満面の笑顔になる。 「ほい、杏」 どうやら照れくさくなったようで、シオンはわざと無造作にプレゼントを渡した。 手すき和紙を使用したラッピングを解けば、蓋つきの桐の木箱が現れる。 「……?」 蓋を開け、覗いてみれば。 「……湯呑み!」 薄い青色の、陶器の湯呑みだった。それは奇しくも、杏がもとの世界で好んで使っていたものによく似ていて……。 「日本橋のデパートで見つけてさ。そんな高級品とかじゃないんだけど、普段使いにいいかなって」 「おおきに、シオンはん!」 食欲は棚上げにして、杏は、シオンの手をぎゅっと握る。 「うち、縁側でお茶とお団子が一番好きなんよ! 湯呑み、ほんまにありがとう!」 「これは……」 花篝は、小ぶりの手燭に、息を呑む。 漆黒に磨かれた銅製で、蝋燭を乗せる土台の部分が桜花の形に広がった、繊細なつくりである。 「それがさぁ、『特急しらさぎ』にふらっと乗って、降りた駅が銅器で有名な街だったんで」 入手経緯を語るシオンに、花篝はゆるりと頭を下げる。 「……わたくし、幼い頃から桜が好きで、昼間に眺めるのはもちろんのこと、夜もこのような手燭を持って見に行くことが度々あったのです」 この手燭は、幼い頃に使っていたものとよく似ている、と、花篝は言った。 「宴の間、どこかに飾っておきましょうか?」 そして、小さなキャンドルを灯した手燭は、窓際に置かれた。 夜桜ならぬ夜の雪の花びらが、小さな灯りにちらちらと揺れる。 「綾さまには、私から」 ラファエルが綾に渡した箱には、『導きの書』を連想させる、重厚な革張りの本が入っていた。 開いてみたところ……。 「無名の司書さんが、どうしても綾さまにと」 「えっ、ちょ、これって」 「……私を含めまして、男性店員全員の隠し撮り写真(オフィシャル&プライベート)に、それぞれのSS(註:司書の妄想)が添えられた私製本です」 「ありがとう! でも、いいの? こんな豪華なモノ!?」 「無名の司書さんの責任編集ですので、苦情などございましたらそちらへ。今頃はコロッセオにいるかと思います」 * * * * * 本日の担当シェフは、魚料理にかけては店内ナンバーワンと名高い、シャイで寡黙なペンギン店員であるそうな。 「それでは皆様、お食事をお楽しみください」 ゆらめくキャンドルのもと、あたたかなスープと、焼きたてのパンがサーブされていく。 クリスタル・パレスの聖夜は、始まったばかりである。
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