●少し前のこと。「ここを通りかかったお主らは幸運じゃ!」 不運にも足を止めてしまったリベル・セヴァンとシド・ビスタークの目に映るのは、世界図書館が誇る狂科学者、アドルフ・ヴェルナーの姿。 年内に片付けなければならぬ案件が山ほどあり、二人はとにかく忙しい。にもかかわらず、この世界司書ときたらどうせまた。「今度の発明はすごいぞ。これを使ってじゃな――」 アドルフは、足元に置いた大袋を指差して、自身の思惑を勝手に語り始めた。 きっちり5分後。「却下します」「いや、悪くはないんじゃないか? 時期柄、喜ぶ奴は多いだろう」「では、後片付けはあなたがやってくれますか? シド」「やらん」「皆そう言いますよ。後で扱いに困るのは火を見るより明らかです。随分弾んで散らばるようですし」「だな。それに、まあなんだ。折角作ってくれたところ言い難いんだが……」「アリッサ――館長代理の意向で、今年は雪を降らせることになりました」「ってわけで、だ。そいつはまたの機会に取っておかないか?」 リベルとシドは案の定きっぱりやんわり断ると、かたや背筋を伸ばし、かたや大きな伸びをして、各々職務に戻るべく場を後にした。「なっ――雪が降る、じゃと!?」 アドルフは、ただただその事実にうちのめされていた。 ちなみに、却下されたことに関しては、そもそも許可を求めていたわけではないのでへっちゃららしい。 それはともかく、アドルフは、今回の発明品を既に大量生産してしまっていた。そう、他ならぬ雪の代替品として。だが、こうなれば最早無用の長物でしかない。 老博士は、独り「むう」と腕組みし、他の用途を探るべく思案を重ねるのだった。 ところで。去り際、リベルとシドは、こんな遣り取りをしていた。「しかし……きらきら光るわけか。こう、箱詰めにでもして、開けた瞬間ばーんと広がったら、中々の見物だろうな」「不穏当な発言は慎んで下さい。誰かが本当にやったらどうするんですか」 偶然、この会話を耳にした『ある者』が、その足でアドルフを訪ねたのは言うまでも無い。●で、今に至る。「ここを通りかかった君達、幸運です」 不運にも足を止めてしまった君達の目に映るのは、真っ赤な生地に白のファーで縁取られた衣装に身を包むガラの姿。勿論、笑顔だ。 壱番世界の暦に倣う0世界もまた12月だ。何処も彼処も慌しくて、皆何かと忙しい。にもかかわらず、この世界司書ときたらどうせまた。「あっ、ちゃんとしたお仕事のお話ですよう」 珍しく空気を読んだか、ガラは一同の無言に対し切り返すと、傍らの――なんだか良く判らない荷物の山を示した。何故だろう、酷くいびつな印象を受ける。 ひとつひとつは、どうやら小さな紙箱のようだ。即座に判別できなかったのは、どれも妙に膨らんでおり、しかも無軌道に飾り付けられたリボンによってとどめを刺されていた為である。「そう……お察しの通り、プレゼントを配るだけの簡単なお仕事です」 やっぱり空気読めてなかったガラによると、どうもこういうことだった。「今日はクリスマスじゃないですか。だからいっぱいプレゼント用意したんです。でもでもガラは素人だから、配り切れそうになくって」 素人と言うのは、つまりサンタの素人ということらしい。「そんなわけで、君達にはサンタのプロフェッショナルとして、これを皆に配って欲しいの。ついでに報酬として、一個ずつ持って行ってくださいね。と言うか、むしろ全部持っていっても」 投げやりだ。そして根本的にサンタの定義を理解していない気がする。「場所は駅前広場。それと配る時は『0時に広場で開けると最高ですよう』って、教えてあげて下さい」「……最高なのか?」「最高ですよう?」 訝しんだ誰かの問いにも、首を傾げて山彦返し。 むしろ、言いだしっぺも疑問を感じている節がある。「じゃ、宜しくお願いしますよう。ガラも後で顔出しますから」 ガラはもう一度「じゃ」と手を挙げて、返事も待たずにすたすたと何処かへ行ってしまった。 そして、旅人達の目の前には、無数の歪んだ箱の山が残された。 中身が何なのかも、知らされぬまま――。「あっ、そうだ」 あっ、戻って来た。「クリスマスにちなんだ衣装もあるんです。好きなの着て下さい」*****●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
ガラが姿を消した後、居残った奇特な旅人は、四人。 なにぶん適当くさい説明を経てのこと、多いとみるべきだろう。 ともあれ。 「なんだか、面白そうね」 不特定の相手にプレゼントを贈るということに馴染みが薄く、それ故に。 ジルダ・ロッティは艶かしく笑い、早速気持ちを盛り上げていた。 「この箱、な~に~?」 ジルダが興味深げに覗き込んでいた紙箱の山に、バナーも顔を近づける。 ひとまず無臭のようだが……? バナーの背よりも高く積み上げられたそれらの上には、クリスマスカラーを基調とした様々な衣装がごっちゃり広げられていた。 この衣装にこそ釘付けなのは、藤枝竜とホワイトガーデン。 「わーい! これリリイさんの服ですか? うれしー!」 「もし、そうなら、なんて贅沢なアルバイトなのかしら。素敵ね」 リリイの仕立か否かの事実関係は、まあ置いておくとして。 年頃の娘達の微笑ましい様子に和みつつ、ジルダも輪に加わる。 その後、一同は一旦解散するはこびとなった。 プレゼントは手分けして運び出し、夕刻、駅前広場で落ち合う算段だ。 「じゃあ、またあとで会いましょう」 ジルダの言葉を合図に、各々支度に取り掛かるべく、その場を後にした。 「とりあえず、見てみるかな?」 バナーは図書館を出てからも、相変わらず箱の中身が気になって仕方が無い。 どのみち一つは貰っても良いらしい。ならば、いっそ。 「…………」 丁度人気の薄い路地に入り、多少のことなら収拾がつきそうだ。 バナーはきょろきょろと周囲を見回すや、迷うこと無く、開けた。 「うっ、うひゃあー!」 普段から人通りの絶えない駅前広場だが、今日は忙しなくも賑やかで。 雪がちらついているのに、温かくさえあるようだ。 ある麗しきシニョーラが、やや寒そうな、平たく言えば肌の露出の多いサンタの扮装をしていた。 色香を以って、道行く旅人――主に男性に、件の歪な小箱を掴ませる。 「私からのプレゼント、受け取ってくれるかしら?」 「あ、ああ。ありがとう」 彼女が片目を瞑ってひと押しすれば、並みの男は大抵参る。 そのすぐ傍で、大きなバスケットを抱えた小柄な少女のサンタが、こちらは愛らしい笑顔で小箱を手配りしていた。 淀みなく、健気で可憐な仕草は、ある種の魔性さえ帯びている。 ジルダとホワイトガーデンだ。 「これ、あげるよー」 一方、少し離れたところに居るバナーは、何故だか動きがぎこちないようだ。 「大丈夫? 具合でも悪いのかしら」 バナーの不調を察知したホワイトガーデンが歩み寄り、声を掛ける。 ジルダも、通行人が途切れた隙をみて、近付いて来た。 「……ひどいめにあったよー」 「酷い目?」 「ごろつきにでも絡まれたとか? やあねえ」 バナーは二人の問いに対してもふるふると首を振るばかりだった。 一方その頃、俄かに鹿角を生やした娘が、市中走り回っていた。 「クリスマスのプレゼントでーすっ」 竜が、方々のスポットやお店、果ては世界図書館にまで、直接プレゼントを配達しているのだ。足で稼ぐスタイルは地道だが、確実性が高い。 更にEKIBENバーガーも無料で一点お付けしており、こちら大変お得なセットとなっております。 「いかがですか!?」 雑務処理をしていたシド・ビスタークは、突如飛び込んできた竜に暫し唖然としたが、やがて差し出された箱と包みを受け取ると「どうも」と短い礼を述べる。 「ありがとうございましたーっ!」 来た時と同じく爆音を残して、竜は部屋を出て行った。 静けさを取り戻した室内でバーガーを一口頬張ってから、シドは溜息した。 と、まあ、大体こんな調子で、プレゼントは徐々に消化されつつあった。 「とっても楽しいことが起きるから、0時に広場で開けて頂戴ね」 ジルダは最後のひと箱を受け取った若者の背に手を振り、ほっと白い息を吐く。 「ふふ、お疲れ様でした」 「おつかれさまー」 労うホワイトガーデンとバナーに、ジルダも笑顔を向けた。 広場中が白く、じんわり明るい。 「大分積もってきたわね。……そういえば、竜は?」 ジルダが、もうひとりの同志を気遣えば――。 「ただいまーっ!」 「あら、噂をすれば」 「おかえり……って」 丁度、帰ってきた。随分走ったのだろう、熱気を帯びながら。 ついでにくねくねしたサンタの手を引きながら。 「ガラさん見付けちゃいましたっ」 竜に手を引かれる世界司書は、口一杯にハンバーガーを頬張ったまま「あふぁっ」と笑った。 五人は、駅の石段の隅に腰を下ろしていた。 夜は深まり雑踏もまばらだが、この雪共々未だ絶えることは無い。 幾人かは、プレゼントの開封を今か今かと待ち構えてもいる。 ガラとしては願ったり叶ったりである。 「君達、本当にお疲れ様。さすがプロ、良いサンタっぷりです」 奇妙な労いの言葉に、ホワイトガーデンは、ふと思う。 この世界司書からすれば、数多の世界、数多の人々と触れ合う旅人は出会いのプロ――即ちサンタのプロフェッショナルなのだろうか、と。 「こうやって私達に声を掛けて巻き込んでしまうガラさんも、ある意味プロだと思うのだけど」 くすりと笑むホワイトガーデンに、ガラは珍しくちょっぴり困ったような笑顔で、「それほどでもないですよう」と答えた。 「ところで、箱の中身って結局なんなんでしょうか?」 先程からうずうずしていた竜が、堪え切れず訊ねる。 「んふー、0時のお楽しみです。って、あらら」 ガラが答える間もなく、竜がこっくりこっくり舟を漕ぐ。 挙句、寝息を立て始めた。余程疲れていたのだろう。 「ぅわー……すごー……ぃ……」 竜の寝言に笑いをかみころしながら、皆小声で会話を続けた。 「ガラさんは0時までここに居るの?」 「勿論、一緒に開けてくれるわよね?」 「はい。ぱーっといきましょう」 「……やっぱり開けるのー?」 そんな遣り取りをしているうちに、いよいよ0時まで残り十秒。 九、八、七、六―― ホワイトガーデンが、バナーが、ジルダが、ガラが、リボンを解き、備える。 五、四、三―― 広場で待ち構えていた人々も、上蓋に手を掛けている。 ニ、いち―― 竜が目を開けた刹那。一同もまた、一斉に箱を開けた。 ――! 駅前広場の方々で溢れ出す。 ひとつひとつは小さくて。けれど、おびただしい数の、白金のひかり。 「これは……」 宙に舞う雪まで照らして。 きらきらと、鳴るかのように輝いた。 「思った通り……いえ、それ以上に……綺麗……」 ジルダは、その光景にすっかり見惚れていた。 いや、彼女だけではない。誰もが皆、目を奪われていた。 昼間の印象とは随分違い、ただ無闇に飛び散るのではなく。 これは美しいと、バナーは思った。 ひかりはやがて地に落ちて、大きく弾み、広がって。 また弾み、また広がって。 ついには広場全体が、さながら天球のミニチュアだった。 なんだか、居ても立ってもいられない。 ホワイトガーデンは、星の只中で踊るようにくるりと回る。 嬉しそうに笑いながら。 ガラも、笑っていた。 広場を囲む建物に跳ね返り、ひかりは中心へと向かう。 中心ですれ違い、また外へ中へと行き交う。 ちなみに一番驚いたのは竜。 なにしろ、寝ても覚めても夢の光景が広がっていたのだから。 だから、自身も目を輝かせて、仲間達にこう言った。 「メリークリスマー!」
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