光を遮っていた布をめくり、ポインセチアの葉がきれいに色づいているのを確かめる。 この植物はあまり光をあてすぎてはいけないから、通常は夜の来ないターミナルで育てるには気を使う。 愛用のジョウロを手にとり、鉢植えに水をやる。 温室の扉をあければ、サンルーフの下、木組みの棚には、温暖を好む植物の鉢がずらりと並んでいた。 世界司書モリーオ・ノルド。 この物静かな男が、植物を育てるのを好んでいることは、彼と面識があるなら知っていることだろう。その腕を買われて、知り合いの店の観葉植物の面倒を見たりもしているようだ。 そして、司書事務室の机に小さな鉢がふと置かれていて、これはどうしたのかと問えば、モリーオが自宅から株分けして持ってきたのだという答えがかえってくることも。「きみたち、暇があったら、うちに寄らない?」 クリスマスが近づくある日、図書館ホールに居合わせた幾人かが、モリーオにそう声を掛けられた。 司書の業務を終え、これから帰宅するところだと言う。「わたしからのクリスマスプレゼント。なんでも好きな鉢植え、持って行っていいから」 彼はそう言って、目尻に笑いじわを刻むのである。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「いかにも男やもめの部屋って感じね」 ヘル・ブルックリンが言った。 「そうかな」 「片付いてると思いますよ」 と、フェリシア。 ふたりの後ろからはワイテ・マーセイレが続いた。 簡素な木の家具が置かれた部屋を横切り、戸を押し開けると……そこは温室だった。 思いのほか、広い空間だった。 個人が自宅に持つにはずいぶんと本格的だ。所狭しと並べられた植物のうえにガラスの天井から光が降る。 「好きなのを選んで。ここは温かい中に置いたほうがいいものを並べてあるけど、向こうにそうでないものもまだあるから」 「まだあるんですか? ここだけでもだいぶありますけど」 フェリシアが眼鏡の奥で目をしばたかせた。 ヘルは、つかつかと先へ進み、品定めを始めている。 「ンー。どうしよウ。部屋に置いたら住処にもちょっと色が出るかナと思ったけド」 ワイテは考え込んだ。 「世話が大変じゃナイ? 枯らす自信があるヨ」 「じゃサボテンは?」 刺をつけた多肉植物がいくつか、ワイテを待っていたようにそこにあった。 「水やりも頻繁にはいらないしね」 「ウン。そうしよウ」 どのサボテンがいいか選びはじめたワイテから、モリーオはフェリシアへ目を向けた。 「フェリシアくんはどうする?」 「そうですね……」 「好きな花は?」 「林檎。……あ。やだ、私ったら。ムリですよね」 とっさに思い浮かんだのがその白い花だった。 だが、いかにモリーオの温室でも林檎の樹など…… 「いいとも」 「えっ!?」 モリーオはその鉢を手にとって、フェリシアに差し出す。 姫りんごが、ちいさな赤い実を、つややかに実らせていた。 呼び鈴が鳴った。 一足遅れて到着したのはアルベルト・クレスターニに、スタンリー・ドレイトンである。 「オフィスに花でもと思っていたのでね」 コートをモリーオに預けながら、スタンリーは言った。もし普段の彼をよく知っているものがいたなら、ほんの少し、この紳士がいつもより上機嫌だと感じ取ったかもしれない。 「クリスマスローズがあればいただこう」 「ありますよ」 「俺は花の名前なんか知らねェな」 「それなのに、貰いにきたのか」 と、スタンリー。 「……ただの気まぐれだ」 ファーのついたコートの肩をすくめた。 「では、見て選んで」 「シクラメンとポインセチアの違い程度は判る」 アルベルトは付け加えた。 「あァ、でもバラなら判るぜェ? ……おおまかに」 「何でも好きなのを。……そうだ。お茶を入れようか」 温室に、ハーブティーの香りが漂う。 「これは薔薇茶だ」 「きれい! これ、薔薇の花なんですか?」 フェリシアが、カップの中にふぅわりとほころぶ赤紫の花弁を見て声をあげた。 乾燥させた花に湯を注ぐと、それが咲くように広がったのだ。 「実は薔薇ではなくてハマナスでね。同じバラ科ではあるんだけれども。壱番世界から取り寄せたんだよ。現地では薬草として使われているんだ。内分泌系に作用して血液循環を促進するから――」 「うん、さっぱり判ンねェが、いい香りなのは本当だな」 アルベルトが言ったので、場に笑いが起こった。 「気に入った?」 「え? あぁ、いや――」 「これは牡丹だ」 その花の深紅に、アルベルトの目が惹きつけられているのはあきらかだった。 「いいよ。これをどうぞ」 促されるままに鉢植えを手に取る。 「そウ言えば壱番世界の風習で花言葉というものがあると聞いたことがありますネ」 ふいに、ワイテが言った。 「占い師としてハ、そういうの敏感なんですヨ」 「うん。あれは面白いよね。牡丹は確か……『王者の風格』」 「王者」 まんざらでもなさそうに、アルベルトは頬を緩めた。 「あら、でもそれニッポンの花でしょ」 ヘルが指摘する。 「お兄サン、金髪だけどその花を持つとオリエンタルだわ」 彼女は何の気なしに言っただけなのだろうが、そのときふと人々の頭に浮かんだのは、ジャパニーズヤクザが背負うタトゥーの図柄――唐獅子牡丹のイメージであって。 「ぬ……なッ!?」 「……。ん。まあ、それも一種の、王者の風格、だ」 モリーオが、なぐさめるように、そっと言った。 それから。 フェリシアは、ワイテが占い師だとわかると、がぜん興味をもったようだった。 「それなら診て差し上げましょうカ?」 との申し出を嬉々としてうけて、温室の片隅のテーブルに、ワイテがカードを広げ始める。 それを見たヘルが、 「あら、何なの?」 と気になって歩き出したところ、スタンリーとぶつかってしまったのだった。 「いかん」 スタンリーは紅茶のカップを持ったままだったので、あふれたお茶がヘルの服を濡らしてしまったのだ。 「平気よ。……ごめんなさい、ぶつかったりして」 「いや。私もよく注意していなかった。カクテルパーティでもないのに飲み物を持ったまま歩いてあまつさえレディの服を汚してしまうとは」 「レディですって」 ヘルは戸惑ったような表情を浮かべた。 「弁償させてくれないか。あいにくドルしか持っていないのだが」 「え。アメリカの人?」 「NYだ」 「うそ! 私の家もよ! ……今は家出中だけど」 思わぬ偶然に、ヘルは一気に親近感を持ったようだった。 モリーオの部屋でいったん服を脱ぎ、乾かしているあいだ、スタンリーのコートを羽織ることになった。かなりサイズが余ったが、致し方ない。 「カーネーションを貰ったのだね」 「ママのこと、思い出しちゃって。昔、よく花をあげたの。ママ、どうしてるかな。相変わらずパパといちゃいちゃしてるのかしら」 「家出中と言っていたが」 「私がいると迷惑だから。パパは本当のパパじゃないの。愛してくれたけど……。本当の父親は最低な男だったわ」 ヘルは語った。同郷人を前に饒舌になったようだ。話を聞くうち、スタンリーは思いを巡らせるような表情になり、やがて、小さく、そうだったのか、とつぶやいた。 「え?」 「彼の死は早すぎた」 ヘルは息を呑み、そして、かぶりを振った。 「別に……あんな奴父親でも何でもないし勝手に死ねばいいのよ」 「『遠くにあるものを思う』……それが貴方の“現在(いま)”ですネ」 「それってどういう……」 「たとえば――故郷が懐かしい、とカ」 「そんな。違うわ」 フェリシアは声高に言ってから、 「あっ、ごめんなさい。別にワイテさんの占いが気に入らないわけじゃ」 「イエイエ。当たるも八卦、当たらぬも八卦。信じる信じないも人ソレゾレ」 ワイテは今ひとつ読めない表情のまま、テーブルの上のカードを混ぜる。 本当は独りきりでクリスマスを過ごすのが寂しかった。そんな気持ちはとっくに見透かしているのだぞと言われたような気がして、フェリシアは傍らの、貰ったばかりの姫りんごを引き寄せる。 アルベルトはその様子を眺めながら、今日ここへ花を貰いにきた本当の理由を思い出す。 連中は、この花を喜ぶだろうか。 「それじゃ皆さん、メリークリスマス。そして良いお年ヲ」 「あァ。どっかで会ったらな」 「『夜』がくるみたいだから気をつけて。フェリシアくん、ケーキありがとうね」 「こちらこそ。お茶、美味しかったです」 「ヘル君。困ったことがあれば私を呼びたまえ。力になれるかもしれない。……たまには善いことをさせてくれ」 「ミスター……」 鉢植えを手に、それぞれの帰路へ。 ゆっくりと、ターミナルの空は暮れて始めていた。
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