0世界のある一角。 壱番世界の古い家屋を思わせる家の中で、黒髪の少女がひとり座卓前で頭を抱えていた。 ……とはいえ、世界図書館内ではリベル・セヴァンと並んで表情変化が少ないと噂される少女だ。 しかも少女は目隠しをしていたので、はた目には沈黙したまま座卓の前に正座しているようにしか見えない。 そうは見えないが、見えないなりに、少女は真剣に悩んでいた。「この量、いったいどうしたら良いのでしょうか……」 見おろす座卓の上には、大小さまざまなロウソクが置かれている。 周りには壱番世界の『クリスマスオーナメント』も散りばめられている。その量は、かなり大量だ。 古風な装束に目隠しをしたこの少女は、日々世界図書館で働く世界司書のひとりである。 壱番世界のクリスマスに興味があり、0世界でも祝祭の気分を味わおうと、ロウソクを土産に求めたのがつい先日のことだ。 心優しき旅人たちのクチコミにより、日々あらゆる手土産が世界司書の家へと届けられるようになっていた。 最初は手放しで喜んでいた。 気持ちはありがたく、それぞれに感謝の意も述べた。 しかし気がつけば、座卓の上がすべて土産もので占拠されていた。 大量のロウソク&オーナメント。少女ひとりが手にするには、いささか量が多すぎた。 ちなみに、ロウソクやオーナメントの仕様用途は決まっている。 壱番世界のクリスマスについて調べた時から、『クリスマスキャンドル』なるものを作ろうと決めていたのだ。 旅人たちもそれを聞いて土産を買い求めているので、具材となりそうな道具はほぼすべてそろっている。 ロウソクは一般的な円柱状のものから、四角く切ったもの、動物を象ったものなど幅広く持ちこまれた。 誰が気を利かせたのかロウの原材料もあるので、溶かして好きな容器に流し込めばオリジナルのロウソクも作れそうだ。 色を入れればカラーキャンドルに。アロマオイルがあれば、アロマキャンドルも作れるだろう。 テープリボンも色とりどり様々なものがそろっている。 多くは赤・緑・白のクリスマスカラーだが、ストライプや格子模様など、デザインは幅広い。 キャンドル作りには欠かせない、硝子のキャンドルホルダーも数多くそろっている。 四角いもの、丸いもの、底の深いもの、浅いもの。 家にあるガラスコップなども使えるだろうかと、世界司書はふと考える。 ペイント用の具材は、白いロウソクに着色をするためのものだ。 絵の具も絵筆も山のようにそろっている。 装飾よりも絵を描くことが得意なら、既存のロウソクに彩色を施すのも楽しいだろう。 松の葉に松ぼっくりもあるが、これは「クリスマスなら」と、旅人がわざわざ拾ってきてくれたらしい。 ――キャンドルは作ろう。 ――しかし、ひとりでこの量はさばききれない。 壱番世界が年越しを迎えるころまで黙々と作業をするならあるいは、と考え、少女は静かにかぶりを振った。「世界図書館に張り紙を出してみましょう。もしかしたら、キャンドル作りに興味のある方がいるかもしれません」 そうと決まれば募集をかけなければ。 世界司書は紙と硯を求めて、別室へと姿を消した。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「和室は故郷を思い出すので、とても心が和みます」 キャンドル製作当日。 出迎えた司書に向かって、開口一番、医龍・KSC/AW-05S(イリュウ・ケーエスシーエーダブリュゼロファイブエス)が司書の家を褒めた。 司書は素直にありがとうと告げ、一同を案内する。 部屋は広めの和室なので、大人数で作業をするにも申し分ない。 こうして、五名のキャンドル製作の一日は始まった。 「キャンドル作りなんて初めてだわ……上手くできるかしら」 コレット・ネロは嘆息し、なにを作ったものかと思案する。 うまくできれば同席している者たちにもおすそ分けをしたいが、果たして納得のいくものが完成するかどうか。 そこへ、アインスがやってきて微笑みかける。 「私の両手は愛らしいレディのためにあるのだ。コレット、今日はキミに最高のクリスマスキャンドルを作ってプレゼントしよう」 うやうやしく少女の手を取り、軽く口づけを落とす。 製作するキャンドルはすでにイメージが固まっているらしい。 アインスはキャンドルの芯やオイルなど細かな具材を手に、すぐに作業にとりかかる。 「まあ、薬を作るのと同じようなものだろ」 軽い調子で言い放ち、さっそくロウを溶かす作業に取りかかっているのはルゼ・ハーベルソンだ。 なにを作るかは考えながら作業しているらしい。 具材の山からトナカイの型を拾いあげ、鼻歌交じりにロウを流し込んでいく。 「ワタクシ一晩かけて考えました。キャンドルと言えば基本色は白色。白色といえば真っ先に思い付くのはワタクシ自身に御座います」 材料を無制限に使えると聞き、等身大サイズのキャンドルを作ると決めたらしい。 人柄(竜柄?)から生真面目さのうかがえる医龍だ。冗談のような発言だが、本人は至って真剣である。 「ハッハァ! 等身大とはまた、豪快で良いじゃねぇか」 壮大な計画を語る医龍のかたわら、好意的に笑い飛ばしたのは狼の頭を持つオルグ・ラルヴァローグだ。 日常生活でもランタンを使用するオルグにとって、キャンドルは身近な日用品でもある。 自分で作ればしばらく買い足しに行く手間が省けると、堅実にキャンドル製作に取りかかる。 オルグは最もシンプルな丸い型を手に、ロウを流し込みはじめた。 あれこれと迷った後、コレットはケーキの形をしたキャンドルを作ることに決めたらしい。 「見た目もかわいいし、おすそ分けしても喜んでもらえそうだわ……」 パンケーキ用の型。いちごなどフルーツ用の型。 並べだ道具を見て、コレットはまるで料理をしている気分だ。 そこへルゼが顔を出す。 彼はすでに自分の作業を終え、ロウが固まるのを待っているという。 キャンドル作りと聞けば可愛らしいが、実際には火を扱うこともある。 心配で様子を見にきたのだが、案の定少女の手つきは危うい。 目の前で火傷をされてはたまらない。 「コレット、こうやるんだよ」 見かねたルゼが手を貸し、ロウの流し込みを手伝う。 「ありがとう、ルゼさん」 おっかなびっくり作業をしていたコレットが礼を言い、笑顔とともに「どういたしまして」と返す。 ランタン用のキャンドルを作っていたオルグはというと、早々に次のキャンドル作りに取りかかっている。 先のキャンドルで要領を得たらしく、土産として持ち帰るものを用意しようと考える。 「コーヒーカップ型のキャンドルホルダーとかがありゃ、アイツにはウケルよな!」 手渡したらいったいどんな顔をするだろう。 相手の反応を考えながら、手を動かす作業が楽しい。 オルグはふと作業に没頭するコレットを見やり、先ほど作ったランタン用のキャンドルを手に取る。 (……コレットに贈る分も作ってみるか) 赤いテープリボンを手に、少女向けのデザインを考えはじめた。 大作に挑む医龍の作業も順調に進んでいる。 なにしろ原型が自分の姿なので、型はすべて手作りするしかない。 手間のかかる作業には違いないが、医龍にとってはその試行錯誤が楽しいらしい。 あり合わせのボール紙で芯を作る様子はとても楽しげだ。 「この蝋燭が、脊髄の役割を果すので御座います」 アロマオイルを混ぜたロウを型に流し込み、冷ます。 この芯の部分が固まれば、次は肉付け作業をしていくのだ。 工夫をこらしたキャンドルといえばアインスも負けてはいない。 コレットのために作りあげたティディベアのキャンドルは精緻なできで、見る者を驚かせた。 およそ三十センチのぬいぐるみ大のくまは、片手を上げて挨拶をしている姿が実に愛らしい。 完成するなりコレットのもとに持ち寄り、これはキミのものだと捧げる。 対するコレットは完成度の高さに目を見開いた。 「こんなに可愛いと、使うのがもったいないわ」 「でも、ありがとう」と笑顔で礼を返す。 芯は長持ちするよう工夫し、ローズのエッセンシャルオイルで美肌効果も得られるのだという。 アインスはそっと少女の頬を撫で、ささやいた。 「遠慮なく使ってくれ。キミの美しい肌を、ますます美しくするためにもな」 とりとめのない談笑を交わしながら、五人のキャンドルは次々と完成していく。 やがて夕闇が迫るころ、風流な和室に創意工夫に富んだキャンドルが勢揃いしていた。 出だしから苦心していたコレットも、なんとか目的のキャンドルを作りあげることができていた。 紙皿に載せたキャンドルを、それぞれの前に運んでいく。 オルグにはショートケーキ。 ルゼにはモンブラン。 医龍にはチョコレートケーキ。 アインスには生クリームたっぷりのロールケーキ。 どれも可愛らしく、見ていて楽しめるケーキのキャンドルだ。 続くルゼも、揃いの赤いトナカイをテーブルの上に並べる。 「せっかくの機会だ。俺のもトレードさせてくれ」 自分用には同じものが二体残るので、良ければもらって欲しいと言う。 「ワタクシのも御願い致します」 医龍は等身大のものとは別に、手乗りサイズのものを並行して作っていたらしい。 皆の作業が終わるまでに固まりきるか心配されていた等身大のキャンドルは無事完成し、今は縁側に鎮座している。 「そういやアインス。もうひとつ作っていた、あのキャンドルはどうした?」 オルグの問いに、アインスは得意げに答える。 「ああ。これは弟に作ってやったものだ」 そう言って、がしゃ髑髏の形をしたキャンドルを皆に披露する。 「壱番世界産のハバネロを配合してある。火を点けたら涙を流して喜ぶ様が目に浮かぶようだ」 ハハハと満足げに笑う青年の姿に、「兄弟の絆とは素晴らしいですね!」と医龍が感心している。 「弟さんは気の毒に……」 もらい手が哀れだとつぶやくルゼ。 オルグはキャンドルに睡眠導入剤を配合していたルゼもルゼだと思っていたが、口には出さない。 そっとコレットの前に、赤いリボンを結わえたキャンドルを差しだす。 「これはコレットに。いつも心配かけてるみてぇだしな」 自分の分を作り損ねていたコレットは、両手いっぱいの贈り物に笑顔を浮かべる。 「みんな、ありがとう」 完成した作品を前に、五名を誘った世界司書も満足そうだ。 大きな盆に茶菓子を乗せ、運んできて言った。 「せっかくのクリスマスですから」 「時間が許せば、ぜひ」と、茶会を提案する。 五名はふたつ返事で快諾した。 作りたてのキャンドルに火を灯し、ささやかなお茶会は夜まで続いたという。 了
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