オープニング

 ここの生活、この仕事にもすっかり慣れた。
 リュカオス・アルガトロスは、石の階段を降りながら、ぼんやりと思った。
 残してきた部下や戦友――もといた世界のことは意識的に考えないようにしていた。それでもときどき、自分がいるべき場所はあの苛烈な戦場なのだと思うことは、ある。
 ロストナンバーたちは皆そうだ。それぞれが、ここではないどこかに思いを預けている。
 だが今すぐそこへ行けない焦燥を、多くが抱えていて……この場所は、そんな思いをぶつけられるためにあるのかもしれない、とリュカオスは思うようになっていた。
 無限のコロッセオ。
 連日、戦いの熱狂に荒れ狂う訓練施設も、今日から年末の休業に入ることになっていた。
 リュカオス自身も休暇となるが、その前に、コロッセオの床を――幾多のロストナンバーたちの血と汗を吸ってきた石畳を、掃除してから、と考えたのだった。

「……なんだ、これは」
 コロッセオの中央に、ぽつん、とそれは立っている。
 モミの木だ。しかも、飾り付けがされていて。……このところ、ターミナルの各所でこれと同じものを見かける。なんとかいう祭なのだと、聞いた気がした。誰かがこのコロッセオにも持ってきてくれたようだが、いったい誰が?
「ふむ」
 まあ、いいか、どうせ休業中なのだし、邪魔にはなるまい。
 そう考えて、リュカオスはデッキブラシとバケツを持ち、一人、黙々と掃除にとりかかるのであった。


●ご案内
こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。
参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。
「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。

《注意事項》
(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。
(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。
(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。
(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。
(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。
(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。

品目イラスト付きSS 管理番号1088
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメント<ライターより>
リッキー2号です。イラスト付きSSを担当させていただくことになりました。
年末のお休みに入るコロッセオで、リュカオスが一人で掃除をしています――、というところへ、やってきたのがあなたです。お休みだと知らずに来てしまったのかもしれないし、リュカオスを手伝いに来てくれたのかもしれません。あるいは謎のツリーを仕掛けたのはあなたなのかも?

このSSでは、できるだけ、ご参加の方のアイデアを取り入れたいと思います。
葛葉さんの素敵なイラストに期待しましょう!

<イラストレーターより>
メリークリスマス!葛葉です。
 WRのリッキー2号さまと二人で、皆さんの素敵なクリスマスのお手伝いが出来たらいいなぁと思っています。

参加者
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者
マリアベル(chum3316)ツーリスト 女 13歳 トレジャーハンター

ノベル

 カッ――!と、その赤い眼光がまがまがしく灯った。
「ぬお!?」
 あまりにあやしい気配に、リュカオスが思わず飛び退く。
 くっくっくっ、という含み笑いは、ツリーのてっぺんに出現したサンタのペーパークラフトが発したもの……で、あるはずもなく、その向こうに燃えるような赤毛の女の顔がのぞいた。
「ふっふっふー。このツリーは私が侵略した!」
「……」
 数秒の間の後、リュカオスは無言で掃除を再開する。
「って、無視!?」
 緋夏はすたり、と飛び降りると、つかつかと歩み寄ってくる。
 彼女がこの日、ターミナルのあちこちのクリスマスツリーに、目が光るあやしいサンタ人形を仕掛けてきているのは知る人ぞ知ることであった。アリッサが館長公邸の中庭に立てた巨大ツリーさえ、そのターゲットになったという。
 いつもより、気温が低く設定されているターミナルだ。
 緋夏は寒いのが苦手なようで、ファーのついたコートをきっちりと着込んでいた。
「手伝おうか?」
「俺の仕事だ。……というか、何しに来たんだ」
「別に? ただ、こんなとこにもツリーがあるな、と思って」
「おまえが置いたんじゃないんだな?」
「あたしはツリーを侵略していくだけよ」
「だから何なんだ、それは」
「まあ、せっかくだし、手伝っていってやろう」
 緋夏はリュカオスからバケツを奪いとると、おりゃーー!と威勢のいい掛け声とともにコロッセオにまき散らした。
 やれやれ、と息をつくリュカオス。

 それから、ふたりぶんの、ブラシで床を磨く音が森閑とした闘技場のBGMになった。
 正確には、リュカオスは黙々と床を磨いていたが、緋夏はこれも楽しい遊びのように、ブラシを押し付けたまま走り回ったり、どれだけ素早くブラシを振るえるが試してみたり、そんなことばかりしていた。
 しかしそれでも――
 いつしか、石の床の汚れは落ちていくものだ。
 コロッセオが長年の封印を解かれてから、相当数のロストナンバーが、ここでさまざまな戦いに挑み、血と汗を流してきた。ロストナンバー同士の模擬戦なども行われた。毎日のように、幻影の歓声に囲まれて、戦いの音が響く。今日の日はこんなに静かでも、来年もまた、きっと。

「あ、掃除してるんだ?」
 ふいに、のんびりした声がかかった。
 大きな兎の耳を持つ少女が、にこにことリュカオスたちを覗き込んでいる。
「……ああ。わるいがコロッセオは休業でな」
「いいよ。扉が開いてたから、誰かいるかなと思って見に来ただけだし。手伝おうか?」
 マリアベルは言った。
 そして張り切った様子で腕まくり。
「……」
 なんだか妙な日だ、とリュカオスは思ったが、彼の返事を待たずに、マリアベルもデッキブラシを手に掃除に参加しているのだった。
 リュカオスひとりではこの闘技場の床をすべて磨くのは一日がかりだと思われたが、3人で取り掛かると、さすがに早く終わった。
「……もう片付きそうだな。手伝ってもらって悪かったな。もういいぞ」
「そう? じゃ、お茶でも飲まない?」
「何?」
「せっかくのクリスマスなんだもの!」
 マリアベルは微笑む。
「こうしてツリーまであるのに。せっかくのお祭り、みんなで楽しまなきゃ損だと思うんだよね。掃除もいいけど、年に一度くらい羽目を外してみても良いと思う。……辛気くさい顔しちゃってさ」
「俺は――」
 ぽん、とリュカオスの頭の上に、三角帽子が置かれた。

 用意のいいことに、お茶会のセットをマリアベルが持参していた。
 緋夏にはむろん断る理由がない。磨き上げられたばかりのコロッセオの床に敷物が敷かれ、飾り付けられたツリーの前で、即席のお茶会の用意が整う。
「聞いた話だけど、聖夜は家族や友人と過ごすお祭りらしいよ」
 言いながら、マリアベルがポットからお茶を注いでゆく。
 あらかじめ温めたカップへ、ストレーナーを通して注がれる深い色の紅茶。その香りが、ふんわりと漂った。普段、血と汗にまみれた闘技場では嗅ぐことのない匂いであった。
 それに華を添える焼き菓子――しっとりしたブラウニーに、こんがりと香ばしいクッキー、フィナンシェ、マドレーヌ、厚切のバウムクーヘンに、宝石のようなマカロン。
「はい、どうぞー」
「うん、うまい!」
 緋夏が歓声をあげた。
「……」
 ずず、と紅茶を啜ったリュカオスの感想を、ふたりが待っているようだったので、彼も仕方なく、
「……あったまるな」
 とだけ言った。
 聖夜は家族や友人と過ごすお祭り――。マリアベルはそう言ったのだ。
 だが、ロストナンバーの多くが、それはかなわないことを、みな知っている。
 リュカオスはツリーを見上げる。
 雪を模した綿に、セクタンの飾りもの、キャンディケーン、ぴかぴか光る玉の飾り、クッキーマン、金のモール……コロッセオのただ中にぽつんと立つクリスマスツリーは、せいいっぱい、見るものを励まそうとしてくれているようだった。
「これは……おまえたちが置いたんじゃないんだな?」
 リュカオスは問うた。
「え? 何のこと?」
 マリアベルと緋夏の顔に浮かぶ疑問符は、本物のようである。
「いや。ならいい」
 そうだ。仕掛けたのが誰であれ、どうでもいいこと。
 ただ、ツリーを置いた人物は、ここにもクリスマスの幸あれと願ってくれたのだろうと想像することにする。
 それで十分ではないかと思ったとき、ふと、リュカオスの表情がゆるんだ。
「……誰か、呼ぶか」
 彼は言った。
「え?」
「3人ではもったいなかろう。この茶菓子も……このツリーも」
 トラベラーズノートを取り出す。
 ページをめくりながら、リュカオスは、過去にコロッセオを利用したロストナンバーたちの名前を思い出している。思えば、それは結構な人数であって。
(いつのまにか、それだけの繋がりが……ここへ来てからの俺にも生じていたのだな)
 そんなかすかな感慨をおぼえながら、声を掛ければ幾人かは来てくれるだろう。
 クリスマスのお茶会、開催中。
 会場は、無限のコロッセオのツリー前――。
 そんな報せが放たれると、名も知らぬ誰かの立てたツリーは、新たな客人の訪れを待ちわびる期待に、いっそう輝きを放つかのように思われるのだった。

クリエイターコメントコロッセオのクリスマスをお届けします。
このあと、コロッセオにはたくさんの人が顔を出してくれたみたいですよ(今後、そういうことにしていただいて構いません)。

しかし、ツリーを置いた主は、謎のまま。

それは、永久に解かれることのない謎なのかもしれません。
公開日時2011-01-30(日) 15:00

 

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