オープニング

 青々とした海の上は、表向き平穏。
 しかし、文字通り水面下では着々と大きなうねりを作り出している。
 ロストレイルの停車場があるジャンクヘヴンから小型から中型の海魔が群れを成して棲む海域を抜けた向こう側に、アトラタという海上都市がある。
 神槍の砦・アトラタ――そこに存在する天突くように聳える山からそう名付けられたのか、数あるブルーインブルーの海上都市の中でもジャンクヘヴン海軍とは別に独自の戦力を保有しており、それ故に今までジャンクヘヴンをはじめとした海上都市同盟には加わっていないという些か特異な立ち位置を保っていた。
「今回皆には、そのアトラタへ向かう船の護衛をして貰うわね」
 そう言って、開いた「導きの書」を手に瑛嘉は皆に向かって詳細な説明を行って行く。
 これまでも海賊達との諍いはあったものの、ジャンクヘヴンの海軍とアトラタは御互いの均衡を保つ為に不可侵のような関係を続かせていた。しかし、海賊達の中でも無視出来ない程に脅威となりつつある存在――全面対決も止む無しと考えられるジェロームの事があるのだが、ジャンクヘヴン海軍の戦力だけでは対抗するには難しい。故に今までは互いに静観を決め込み協力していなかったアトラタと軍事同盟を結ぶという判断が、ジャンクヘヴンの海軍上層から下ったのだった。
「表向きの体裁は商船ね。というか、実際商船に乗せて貰う事になるのだけど。大きな船を用意する必要も無いし、海軍の協力も表立っては頼めそうにないと思うわ。皆で何とか頑張ってね、って事」
 軍事同盟を結ぶ手始めとして、ジャンクヘヴン海軍はアトラタへ同盟を結ぶ打診を兼ねた密使を送る事になったのだという。
 その密使をアトラタ行きの商船に乗り込ませる形になるのだが、外から見て不釣り合いな装備や武装を準備する事は難しいと見て良いだろう。
「通って貰う海路は海魔がよく出没しているみたいだし、こんな無茶振りを皆にしちゃってホント、困っちゃうわよね?」
 悪戯っぽいような笑みを浮かべて瑛嘉は手を上下にひらひらと振るが、言葉が意味する所はそれだけ危険性が高いという事でもある。
 護衛を頼むのは海魔が頻繁に出没しているからという所為もあるのだが、それだけではなく海賊達――特に今回、アトラタと軍事同盟を結ぶ要因となったジェロームに対抗する為の事なので、それを遂行するこの依頼の意味は非常に重要だろう。
「この書状や計画は全部、秘密裏に行われているっていう事みたいね。ジャンクヘヴン海軍がジェロームに対する戦力を整える為の大事な先駆け任務、ってあっちは念を押してくれちゃってプレッシャーかもしれないけど内容自体は大したものじゃないから、あまり気張り過ぎないでねって言う所なのだけど――」
 ロストレイル乗車の為の往復チケットを差し出しながら、不意に瑛嘉は連ねていた言葉を止める。「導きの書」に瞳を落とし、何か引っ掛かるような、何処か言葉に困っているような、そんな風に眉を潜めてから皆の方へ顔を上げると微笑みを向けた。
「御免なさい、変に皆を引き留めちゃってもいけないわよね。皆は、書状をアトラクへ届ける事。そして、ちゃんと戻って来る事。くれぐれも、無理しちゃ駄目よ?」

 アトラタへ向け、密書とロストナンバー達を乗せて舵を取る船。
 それに近付く影は何の思惑を以って、船の行き先を遮ろうというのだろうか。

品目シナリオ 管理番号1225
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント ブルーインブルーにて御送り致します、月見里 らくです。
 今回は「神槍の砦・アトラタ」に向けた密使を乗せた船の護衛任務です。詳細はOPの通りですが、何やら不穏な予感。司書もはっきりとは分からないようですが一波乱、あるかもしれません。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
エルエム・メール(ctrc7005)ツーリスト 女 15歳 武闘家/バトルダンサー
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生

ノベル

 青々とした空の下、蒼々とした海の上、その水平線を船は行く。
 からりとした気候のブルーインブルーの海は、今日も晴天。風は強いが見渡しは良く、届いて来る陽光が酷く眩しい。
「うむ、視界良好じゃのう!」
 セクタンの能力で視覚を共有し、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは降り注ぐ陽光を目の上に手を翳しながら満足気に頷く。上空で様子を伺っていたセクタンのマルゲリータも、何処となく上機嫌に羽を動かした。
 ジャンクヘヴンの港から乗り込んだロストナンバー達は、船員達と共に神槍の砦・アトラタに向かっていた。
 届いて来る陽光が海面に反射して煌めき、寄せる波や海路を進む際に上がる飛沫も光の粒のように輝いていて、変わり映えしないような海路行きの目を楽しませる。船員達は勿論の事、このブルーインブルーに住む者達には然して珍しくもない光景なのかもしれないが、普段では見られないような光景を堪能出来るという所が護衛という依頼内容の意味を差し引いても異世界に赴く醍醐味でもあるのだろう。
「今の所、何にも無いみたいだねっ」
 暖かな日差しを受けながらジュリエッタがマルゲリータの頭を撫でていると、エルエム・メールが明るくその肩を叩いた。
「便りが無いのは良い便り、とも言うからのう。何も無いのならば、それで構わぬのじゃが……」
 エルエムの言葉に頷きながら、ジュリエッタは嘆息を零す。
 今の所は、何も起こっていない上にそのような気配も無い。何かある事を期待して良い依頼でもない。護衛という役回りだが、必要とされないに越した事は無いだろう。
「はいはーいっ、ちょっと御免ね?」
 明るく声を弾ませながら、日和坂 綾は大きな荷物を積んだ荷車を押して走っていた。
「ゼロさん、大丈夫? 狭くない?」
「御気遣い有難いのです。ゼロは大丈夫なのです」
 荷車に乗せられている多くの荷物の中で、ちょうど人が一人分収まりそうな程に大きな箱の中にちょこんと座り込みながらシーアールシー ゼロは日和坂の問い掛けに頷く。
 ゼロの存在は船員にも伏せてあり、護衛は「三名」と伝えてある。ゼロは有事の際までは、貨物の中に潜んでいる心算だった。
「では、ゼロはまた口にチャックするのです。もし万が一見付かったら、ゼロはよく出来た御人形という事にしておくです」
 指を口許の方へ横に移動させて沈黙するポーズを取り、箱の蓋が閉められる。トラベラー達の護衛に必要な荷物だという説明をしてある為に船員達も触りに行かぬだろうし、船の貨物室でも他の積み荷に埋まらない所に置くような配慮もしてある。
「一先ず、何か異常があるまであまり無闇に動いても意味がないじゃろう」
「うん。今の内に船員さんの方とも、仲良くなっておこうかな。何かあるまで、暇だもんね。えへへっ、エルはこういう護衛は三回目だから、色々慣れちゃった」
「それじゃ、私も御仕事……でイイのかな? 邪魔しない程度に頑張って来ま~す。あっ、モチロン商船の護衛だし、船員の人達と仲良くするのは重要だからそっちも忘れないからねっ?」
 そうして昼頃になると、調理の手伝いもしていたジュリエッタが昼食を皆に知らせる。船員達の方は船の上では食事時が数少ない楽しみとなっているらしく、呼び掛けに直ぐ様食事をする場所まで集まって来た。
「わっ、良い匂いだね」
「手伝いしてたから、お腹ペコペコになっちゃった」
「わたくしは手伝いじゃが、腕によりを掛けた心算じゃ。ああ、勿論、食事の前には手を洗うのじゃぞ?」
「はーいっ」
「女の子同士の御話しだから、覗き見はしちゃ駄目なんだよ?」
 口許に人差し指をあてて悪戯っぽくエルエムが言い、首を傾げる。そうやって人払いをした所で、箱を積んだ荷車を引きながら日和坂が戻って来た。
「やっぱり狭かったよね。っていうか、揺れる方が辛いかな」
 箱の蓋を開けると、今まで隠れているゼロが顔を出す。ゼロは首を左右に振りながら、テーブルの上に並べられている食事を見て目を瞬かせた。
 世界は色々ある為に文化も様々だが、ブルーインブルーの方は壱番世界で言う地中海方面に近い食文化を持っているらしい。
 水分をほとんど含まない乾いたパンに、ブルーインブルーで獲れた魚がごった煮になっているスープ。魚の切り方は割と豪快で、ぶつ切りになっている。生臭さを取る為か油と香草で炒めた魚を主に、スライスしたトマトとチーズ、此方も香草を織り交ぜて塩で味付けした副菜を添えたもの。此方はジュリエッタが調理の手伝いをしていた為に、手製したものだった。
「大丈夫だったのです。……御食事時なのですか?」
「そうそう。皆一緒の方が楽しいもんね」
「うむ。船員方の分まであるので、量も充分であるからのう」
「船員さん達の方の見張り? にはエンエンがしっかりやってるから心配無しっ」
「マルゲリータにも頼んであるのでな。食事に呼んだ際には船員方は皆揃っておったし、」
 セクタン二体というか、二匹というか、単位はさておきセクタンの方も中々重要な事をして貰っているらしい。
「貨物室の方には、誰も入って来なかったのです。荷物の方も怪しそうな物は貨物室には無かったのです」
 他に怪しそうなもの、といったらそれはゼロ自身になる事はさておき、隠れていて異変が無かった事をゼロが報告する。
「エルの方も、見た感じは無さそうだったよ?」
「わたくしの方も、じゃ。食事の際も見ておったが、何か仕込むような様子も無かったしのう……部屋で食事を摂る者も配膳の時に顔は分かるし」
 食事をする者は居ない、という事で全員分の顔を知るには調理の手伝いが手っ取り早く、それを確認してジュリエッタが続ける。
「私も今の所、怪しいな~って所は無かったけど……船の中に内通者みたいなのが居てもおかしくなもんねぇ」
 船員を疑う事はするべきではないのだろうが、これまでの事や今回の依頼の内容からしてその可能性も無くはない。書状を持っているという密使の方も、海軍の方で厳重に伏せられていた。
「いよいよ海軍もジェローム対策に乗り出すんだね」
「やっている事を考えると、無視は出来ないのです」
「そういえば、この中にジェローム本人と会ったコトあるヒト居る? 私と凛はあるよね」
「うむ、恐ろしい野望を持つ男じゃったが……あの時は肝が冷えるかと思うたぞ?」
「あはは……あの時はね~、鉤爪の下の銃で撃たれて負けちゃったし」
 同意をしつつも咎めるようなジュリエッタの視線から気まずそうに乾いた笑い声を立てて逃れながら、日和坂は言葉を続ける。
「わ、私の事はともかくとしてさ、その時ジェロームは言ったんだ。この海を全て支配する、それが目的だって。ジェロームは他の海上都市のヒトを攫って軍艦都市ジェロームポリスで働かせてる。みんなの海で、そんなの許しちゃダメじゃん?!」
 その時に聞いた事を他の面々に説明しながら、机の上を強めに叩いて熱弁する。
「今よりも危なくなったら、この世界の人達全員にまで何かあるかもしれないもんね。やっぱり噂とか色々あるみたいで、すっごく心配してるみたいだよ」
「脅威が拡大してしまった場合、海軍の方も潰されてしまう可能性もあるかもなのです。今もゼロ達ロストナンバーに協力を仰いでいる状態ですから、余裕が無い状態が更に悪化すると思うのです。それに海軍の方達が制圧されてしまうと、ゼロ達ロストナンバーがブルーインブルーに赴く手立ても難しくなると思うのです」
 トラベラー達がブルーインブルーに赴けるのはジャンクヘヴンに「駅」があるからで、ジャンクヘヴン海軍とはこれまで依頼を通して世界図書館とは協力関係にある。世界図書館側の「真理」など様々な部分など伏せられているが、今の所ジャンクヘヴン海軍の協力無しにはこのブルーインブルーでの活動は難しくなると言っても過言ではないだろう。
 それに、と海賊の立場からしても、もしかしたら海軍の立場からしても、ロストナンバー達の存在はかなりの不確定要素に近いものと考えられるだろうとゼロは思う。旅人の外套などの力によって割良く隠蔽されているが、一度二度ならともかくとして何度も出くわしているようならば海賊達の方も事あるごとに自分達に立ち塞がる謎の存在を警戒するのは当然という所。海軍に何故協力しているのかも、人数も住居も全てがあちらにしてみれば分からない。野望や野心旺盛な者達が多い海賊達、ともすればロストナンバー達の正体解明に掛かる可能性もあるだろう。
 また、海軍の方も以前やや疑いを持たれてしまった事もあって、トラベラー達の身上は依頼で信頼関係を結んでいる状態である。海軍と海賊、このブルーインブルーでは既にロストナンバー達は無関係なものとして居られなくなっているのかもしれない。
「そっか、それもあるんだよね。……けど、何の密書なんだろ? ジャンクヘヴンとの同盟、って事みたいだけど、気になっちゃうよね。それに海魔が心配ならもっとばばーんって護衛つけて運んだら良いのに……何で隠すのかな?」
「今は内々に済ませたい、という段階なのじゃろう。海軍の中で内通者が居るとも限らぬ。特にジェロームは他の海賊……ガルタンロックと言ったか? 其方と一時的に協力関係を結んでいると聞くしのう」
「……杞憂かもしれないけど、その可能性もあるかもです」
「や、あるでしょ、襲撃とか内通者くらい? だって、ガルたんの手先は海軍内にうじゃうじゃ居るもん」
 ぽつりと呟くゼロに、日和坂はひらひらと手を振る。
「全く、そなたは……」
「でも、そうじゃない? そ~でなきゃこの前の遺跡の塔だって、足場を崩す要石がドレかバレてないって。悪気は全然ナイけど、ガルたんはお金で落とせるヒト、的確に見分けるよねって話」
 御互い反目し合っている海賊達が何かしらの協力関係を結ぶとすれば、それはそこに相互にとって利益があるからに相違無い。
「アトラタは良質の鉄や鋼が採掘出来る鉱山があると聞く。そういった場所があるのは、ブルーインブルーでも珍しいそうじゃ」
「だから、独自の軍事力も持っていると聞いたのです」
 何でも、アトラタはその鉱山資源がある故に財力や良質の軍艦や武器を保有出来ているとの事らしい。メカ海魔や蒸気、ブルーインブルーのロストテクノロジーを利用したジェロームポリスなどを開発しているジェロームにとっては珍しい鉱山資源があるそこは何としてでも押さえておきたい場所である上に、ガルタンロックの方にしてみてもアトラタの鉱山資源が生み出す莫大な資金力は見逃せない所である。
「こんな状況だし、共闘したいと思うのは当たり前じゃん? ジャンクヘヴンがやられちゃったら、アトラタだって危ないってコトでしょ? どっちにも悪い話じゃないし、それなら別にヘンな話でもないよね?」
「そっか、軍事同盟を結ぶって先に知られちゃったら、その前に個々で邪魔されちゃうに決まってるもんね。話が決まるかどうか、っていうのはエル達には分からないけど、それには密書を届けないと話にならないよね」
 ジャンクヘヴンは対ジェローム海賊団の戦線を張るために、アトラタと軍事同盟を結びたいと考えているらしい。今までは軍事同盟に加わっていなかったが、この有事では協力を求めた方が双方にとっても吉であるだろう。今回の書状はそれについての打診であり、数週間にジャンクヘヴンである祭にアトラタの領主を招待して会談したいという旨が認められてあった。
「確かに……いつか対峙する時の為にも、この密書運びを成功させねばのう……くれぐれも、無茶なぞするでないぞ?」
 頷きつつ、ジュリエッタは釘を刺すように言う。特に前科がある日和坂に対しては、少々言葉が厳しかった。
「あう……そ、ソウデスネ……」
「もしかして、エルも言われちゃってるのかなー……?」
 日和坂とエルエム、二人して何処かしょんぼりと肩を落とすと神妙な顔でそれぞれ呟く。その様子を、ゼロが首を傾げながら不思議そうな顔で見つめた。
「じゃっ、またちょっとアトラタに着くまで一踏ん張りしなくっちゃね~っと!」
 またジュリエッタの方から御咎めが来る前に、日和坂はそそくさとその場を退散する。ジュリエッタは溜め息を吐きながらも苦笑し、エルエムも護衛を再開しようとゼロをまた箱の中に入れるのを手伝った。
 荷車でゼロが入った箱を運びつつ、甲板に出て海の様子を伺う。
「海魔、全然だね。どの道、エル達に掛かっちゃえば楽勝なんだけど」
「はいなのです。海魔の目的は餌なので、自分より脅威と思ったものに近付くような事はしない筈なのです」
 元々、海魔とはいっても必要以上に刺激しなければ危害を及ぼさないものも多いらしい。海魔の生活と人間達の生活、どちらとも重なる部分があるから海魔の被害等が発生する――という事であり、必ず襲われるという訳でもないらしかった。
 海面から見える魚群に混じって、ちらほらと海魔のような影も見える。しかし、そのどれもが船を襲って来ようとはしていない。寧ろ、何処か船から逃げるような――。
「!」
 それを疑問に思った所で、不意に周囲に深い霧が立ち込める。
 あの晴天が嘘のような、数瞬で辺りを包み隠すような不自然過ぎる霧。
 それによって船内が慌しくなって来た所で、エルエムの方へ日和坂が駆け寄って来る。少し遅れて、船内からジュリエッタも出て来た。
「……! ねえ、もしかして!」
「エル、これすっごく覚えがあるよ! あのでっかいカニを相手した時に!」
 この霧が出て来た後に、出現するのは。
 直後、船体が大きく揺れる。接船されたのだろうか。それを把握するよりも先に、霧に紛れて幾つかの人影が現れた。
 時代遅れの、使い古されたようで何処か不自然で仮装にも見える海賊服。全員が顔を見られないように何かしらの装飾がなされている。
 ジェロームではない。ガルタンロックでもない。その二人も含む列強海賊と呼ばれる数ある名のある海賊達の中の一人――亡霊船長・ジャコビニ。
「後は頼みましたです。ゼロは船の方の足止めをして来るのです」
 箱の中から飛び降り、船員達に見付かる前に甲板から躊躇い無く海中目掛けてゼロは飛び込んでいく。
「危険と思うたら、直ぐに退くのじゃぞ!」
 リュックの中から小太刀を取り出し、それを構えながらジュリエッタが声を飛ばす。
「分かってるって! エンエン、火炎属性ぷりーず!」
「エル達のオンステージの始まりだよっ」
 右側を日和坂、左側をエルエム。左右両翼に分かれ、そしてジュリエッタは後方で支援に徹する。
「よぉ~っし、燃やし尽くすよ!」
 掛け声と共にセクタンのエンエンの狐火が霧の中で揺らめき、牽制のように海賊達へ向けられる。
 炎の方は正面からだったのでまともには当たらなかったが、その隙に接近すると一番近くに居た海賊に横から蹴りを喰らわせて船の上から叩き落とした。
「エルも負けてらんないねっ」
 日和坂の戦いに対抗意識を燃やし、エルエムは明るく一声掛けると軽やかにステップを踏んでトラベルギアである「虹の舞布」を振るう。
 エンエンの狐火で出来た熱気を振り払い、そして周囲に立ち込める霧も薙ぎながら極彩色の舞布が閃き、歩や手の動きに合わせて海賊達に叩き付ける。
 そこから更に舞布を揺らし、先程の攻撃を目にした海賊達を怯ませつつ日和坂がその間に海賊達の背後に回る。エルエムの方に気を取られていた海賊達は日和坂への対応に遅れ、下段からの足払いで足元が疎かになった所で追い打ちを掛けるようにエルエムが舞布で足を絡め取り、船の壁まで押し付けた。
「やった、ナイスっ!」
 エルエムと日和坂が御互い笑顔でハイタッチをする。
 そして三人が船の上で海賊達を相手している一方で、海の中へ飛び込んだゼロは海面に頭が見えないかの所まで巨大化をして海賊船の方へ近付いていた。元々ゼロには呼吸をする必要が無い為と、人の目に付く事を避ける為である。
 足は海底に付き、海流に無闇に逆らわないように海賊船に近付く。海賊船の見た目はボロボロで、この深い霧の所為もあって幽霊船か何かに見える。しかしそれは一見、であって冷静さを以って凝視してみると、古めかしさはあくまで装ったものであって実際はかなり新しい年代らしいという事が伺える。過去の報告書を見てみると、ジャコビニは他と遭遇した場合はあまり深追いせずに早々に退くらしい。他に比べ、慎重な方なのだろう。
「と、すれば、ある程度の損害を与えれば、素直に退く筈なのです」
 今回は海賊を倒す事が任務ではなく、船の護衛であり書状を無事にアトラタに届ける事にある。それならば、とにかく護衛する船と海賊船の引き剥がしに掛かるのが妥当だろう。そう判断し、ゼロは巨大化の為に大きくなっている腕を海賊船の方に伸ばす。
「そう易々とは通さぬぞ」
 小太刀を振って雷を落としつつ、ジュリエッタはセクタンのマルゲリータの目を通して状況を確認する。
 今の所、エルエムや日和坂の方は問題無い。船員達の無事も確保出来ている。しかしながら、気になるのは海賊達の動き。
 妨げになっているトラベラー達を排除しようとするのは当然として、どうにも海賊達に「他の動き」が見える。
 まるで、何かを探すような――そう、この船に密書がある事が分かっているかのような動き。
 ジュリエッタが見た限りはこの船に怪しい船員は居なかったので、やはり、他の海賊達と同じように海軍に内通者が居るのだろうか。それとも、それとは別に余程ジャンクヘヴンの事情に精通しているのか。海賊達がジャンクヘヴン海軍を目の仇にするのは当たり前だが、それとは別の思惑があるのかもしれない。
 それが何なのかは分からないが――そこまで思考が行った所で、エルエムが「虹の舞布」で纏めて海賊達を薙ぎ払う。これでもかなり片付けた方だろう、と海賊船の方を見る。
 海賊達の方はトラベラー達の働きによって随分と片付いている。元々、金で雇われた傭兵か荒くれ者達なのだろう。個々に結束は無く、不利が知られると不用意な動きもして来ない。
「あっちの船長の方に事情を聞かないと駄目かな?」
 この者達に何か思惑を訊いても、あまりアテになりそうにない。とくれば、やはり首謀者であるジャコビニに聞くべきか。
 そこで、巨大化していたゼロが海賊船を掴んで此方の船とを引き剥がす。舵を壊そうとも考えたが海流でやや動きが取り辛い為、とにかく船との距離を取る事に努めた。
「逃が――」
「駄目じゃ! 深追いはしてはならぬ!」
 海賊船を追おうとした日和坂とエルエムに、見越したようにジュリエッタが険しい顔で引き留める。
 正体を知りたいのは、山々。しかし、今は密書を運ぶ事と船員達の安全の確保が優先事項だろう。ゼロが引き剥がしに掛かっている内に、此方からも離れた方が良い。
 依頼の内容やジュリエッタの制止に二人が追撃を止め、海賊船の方も襲撃を諦めたのか、ある程度距離が離れると霧が晴れていく。そうして暫くすると、海中で巨大化していたゼロがまたこっそり船の上に戻って来た。
「あ、エルの手に掴まっていーよ?」
「有難うなのです。何処に退いていったか、ゼロにはちょっと分からなかったのです」
 エルエムの手を借りて甲板の上に出ながら、ゼロはエンエンの狐火で濡れた服や髪を乾かす。
 ジャコビニの方が去っていくと、海魔も海賊の方も特に脅威は見当たらない。何故か船員達が「巨大な美少女が海賊船を捕まえているのを見た」と囁き合っていたが、それは取り敢えず横に置いておくべき事なのだろう。
「うーん、ジャコビニの方だったんだね」
 目的が目的だったので、ついつい其方に意識が行きがちではあったが、懸念するのはそればかりではないという所だろうか。
 日和坂が思わずぼやくと、ジュリエッタが神妙に頷く。
「そうじゃのう……ともあれ、船員の方達も書状も守れて良かったと思う」
「ただ、これで終わるとは限らないと思うのです」
 ゼロの言葉に誰かが頷く訳ではなかったが、その思いは全員同じだったのだろう。
 アトラタへ運ぶ密書は、確かに守れた。しかし、これは軍事同盟を結ぶまだ前段階。話によるとアトラタの領主をジャンクヘヴンの催しに招くという事なので、他にまた動きがあるのならその時という所か。
 懸念はまだ晴れず、ただ渦のようにロストナンバー達も巻き込みながら回り続ける。
 それを知らせるような波音が響く中、船は天目指すような山が見えるそこへ向かっていた。

クリエイターコメント 大変御待たせ致しました、シナリオリプレイを御届け致します。
 「神槍の砦・アトラタ」に向けた密使を乗せた船の護衛任務です。海魔が云々、と言っていましたが、しれっとほとんど出て来ませんでした。
 そして密書の内容が内容でしたので、ジェローム関係のプレイングを多く拝見したのですが、襲撃者はジャコビニの方でした。OPの方でも伏せている為、その辺りのプレイングは中々活かせない結果となりまして申し訳ありません。
 最後に、この度はシナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2011-04-08(金) 21:20

 

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