オープニング

 その日、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。彼女が新館長に就任してから初めての、正式な館長通達。一体、何が発せられるのかと、緊張する司書もいた。
「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」
 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。
「私が館長になるにあたっては、いろいろとみなさんにご迷惑をおかけしました。だからってわけじゃないんだけど、世界司書のみんなの『慰安旅行』を計画しました!」
 慰安旅行……だと……?
 ほとんどの司書たちが言葉を失う。
「行き先はブルーインブルーです。実はこの時期、ジャンクヘヴン近海で、『海神祭』っていうお祭りをやってるの」
「あ、あの……」
 おずおずと、リベルが発言の許可を求めた。
「はい、リベル。バナナはおやつに含みます」
「そうではなくて……われわれが、ロストレイルに乗車して現地に向かうのですか?」
「あたりまえじゃない。慰安旅行なんだもの。年越し特別便の時に発行される、ロストメモリー用の特別チケットを全員分用意してあります。あ、念のため言っておくけど、レディ・カリスの許可もとってあるからね!」
「……」
 そうであるなら是非もない。
 時ならぬ休暇に、司書たちは顔を見合わせるばかりだったが、やがて、旅への期待が、その顔に笑みとなって浮かび始めるのを、アリッサは満足そうに眺めていた。
「コンダクターやツーリストのみんなのぶんもチケットは発行できます。一緒に行きたい人がいたら誘ってあげてね♪」

 さて。
 この時期、ジャンクヘヴン近海で祝われているという「海神祭」とは何か。
 それは、以下のような伝承に由来するという。

  むかしむかし、世界にまだ陸地が多かった頃。
  ある日、空から太陽が消え、月が消え、星が消えてしまった。
  人々が困っていると、海から神様の使いがやってきて、
  神の力が宿った鈴をくれた。
  その鈴を鳴らすと、空が晴れ渡って、星が輝き始めた。

 ……以来、ジャンクヘヴン近海の海上都市では、この時期に、ちいさな土鈴をつくる習慣がある。そしてそれを街のあちこちに隠し、それを探し出すという遊びで楽しむのだ。夜は星を見ながら、その鈴を鳴らすのが習いである。今年もまた、ジャンクヘヴンの夜空に鈴の音が鳴り響くことだろう。
「……大勢の司書たちが降り立てば、ブルーインブルーの情報はいやがうえに集まります。今後、ブルーインブルーに関する予言の精度を高めることが、お嬢様――いえ、館長の狙いですか」
「あら、慰安旅行というのだって、あながち名目だけじゃないわよ」
 執事ウィリアムの紅茶を味わいながら、アリッサは言った。
「かの世界は、前館長が特に執心していた世界です」
「そうね。おじさまが解こうとした、ブルーインブルーの謎を解くキッカケになればいいわね。でも本当に、今回はみんなが旅を楽しんでくれたらいいの。それはホントよ」
 いかなる思惑があったにせよ。
 アリッサの発案による「ブルーインブルーへの世界司書の慰安旅行」は執り行なわれることとなったのだった。



 しゃらしゃらと耳をくすぐる鈴の音に、いつもはとことんまでやる気のない世界司書もふと気にしたように顔を巡らせた。
 慰安にと連れてこられたブルーインブルーの海神祭、昼間の喧騒をひっそり遣り過ごして後は終わるのを待つばかり、だったのだが。昼間に探し出した土鈴を手に、各人が何かを願うように祈るように、そっと鳴らしている音が静かに訪れ始めた夜を揺らしている。誰もが極力息を潜めた夜の中、少し遠い波音に紛れて風に乗る鈴の音は懐かしい記憶を刺激する。
 とはいえロストメモリーである世界司書にとっては、思い出せる記憶などターミナルでの事ばかり。どちらかといえば思い出したくない顔ばかりが浮かんできて、知らず不愉快そうに顔を顰めた。
「せっかく羽を伸ばしている時に、気の悪い」
 そっと溜め息をつき、感傷的な気分にさせる鈴の音から逃れたげに夜に踏み出す。そのまま極力誰にも関わりたくないと、人気のないほうへと足を進めたのが悪かったのか。
 ふええ、と誰かが泣いているような声を聞いてしまい、思わず足を止めた。ちらりと視線をやると、浜辺の岩陰に隠れるようにしゃがんだ誰かが泣いているようだ。
 面倒臭い、が心からの本音だ。けれど見つけてしまった以上、放っていくのも躊躇われた。
「あー……、どうかしましたか」
 何か泣いていますかと投げ遣りがちな声をかけると、泣いていた少年は顔を上げて縋るように見てきた。
「誰?」
「ただの通りすがりです」
 素気無く答えたけれど目を瞬かせてじっと見てくる視線に負けて、溜め息混じりに側に寄った。今にも落ちそうに涙を湛えたまま、不思議そうに見てくる少年に諦めて尋ねる。
「どうして泣いているんです?」
「鈴……、お兄ちゃんが見つけて僕にくれた鈴が……」
 壊れちゃったと、ぼろぼろと再び泣いて目を擦る少年の足元には、綺麗に四分割された鈴だった物が落ちている。今回同行しなかった知り合いなら、このくらいさらりと直してしまうのだろうが。生憎と彼は単なる世界司書だ、直す術もなければ慰める手段も知らない。
「どうしよう、お兄ちゃんがくれたのに……、お兄ちゃんと過ごせる海神祭は今年で最後なのに」
 大事に取っておくつもりだったのにと声を上げて泣き出す少年に、司書は痛い頭を押さえて軽く唸った。
 見なかった振りをして行けばよかったと後悔はするが、見て声をかけ、事情を知ってしまった以上はしょうがない。そして自分にできない事は、他人様に任せるに限る。
「……、そんなに泣かないでください。何とかできる──かもしれません」
 本当? と嬉しそうに顔を上げる少年に、あまり期待はしないようにと言いつけてから億劫そうに立ち上がる。つられて立ち上がる少年をちらりと一瞥した司書は、仕方なく鈴の音を頼りに人が集うほうへと足を向けた。
 後ろから彼の服の裾を掴み、ちまちまとついてくる少年をぶら下げたまま世界司書はロストナンバーたちを探す。
「子守の得意な方ー。若しくは壊れた物の修復ができる方ー。お仕事してください」
 相変わらずやる気なく面倒そうな呼びかけに答えてくれるお人好しか、通りすがりのお人好しを探して、世界司書はさほど大きくない声で誰にともなく呼びかけた。



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!お願い!
イベントシナリオ群『海神祭』に、なるべく大勢の方がご参加いただけるよう、同一のキャラクターによる『海神祭』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。
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品目シナリオ 管理番号1304
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメントせっかくのお祭りで嘆く少年に、手を貸してやってもらえないでしょうか。

とはいえせっかく鈴の鳴る静かな夜ですので、過去を思い、誰かに焦がれ、未来を夢見るのも乙な物。
泣き声と司書の呼びかけに邪魔されるまでは、しっとりとした夜の風景も書かせて頂きます。
思い耽らず屋台で目一杯楽しんでおられたり、海でずぶ濡れになるほど弾けられるのも祭りの醍醐味。
どんな風に海神祭の夜を過ごされるか、聞かせてください。

気が向いて少年の鈴修復に手を貸してくださる方、若しくは直せずとも慰めてやろうと行ってくださる方は、その方法も教えてください。
全員スルーされても司書が貧乏籤を引くだけですので、添え物程度に考えてもらえたら幸いです。
最初から最後まで司書を振り回してもらっても構いません、ご自由にどうぞ。

それでは、ひよこよろしく少年を引き連れたままお待ちしています。

参加者
イスタ・フォー(ccbc8454)ツーリスト その他 25歳 都市環境維持用アンドロイド
秋吉 亮(ccrb2375)コンダクター 男 23歳 サラリーマン
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
五十嵐 心(czub1300)ツーリスト 女 15歳 サイキック女子高生

ノベル

 秋吉亮は、コン太を肩に乗せて歩きながらきょろきょろと何かを探していた。
 世界司書たちの慰安旅行についてきて本当によかったのかといった疑問は今も覚えているが、久し振りに見かけた知り合いと一緒できるならと思って参加したのだが。ブルーインブルーに着くなり姿を見失い、どこに行ったのかと探したままこんな時間になっている。
「せっかくここにも、人参は売ってるのになぁ」
 以前、モフトピアへの依頼を受けた時。やたらとオレンジに拘っていた司書の為に出された料理を持って帰れないかと画策したが、失敗に終わった。ここでなら焼き立て熱々の人参を奢れるのにと、先ほど屋台の男性に頼んでお皿に山盛り載せてもらった人参をちらりと見る。
 ソースの焼ける香ばしい匂いは鼻腔をくすぐり、思わず亮の腹もくぅと鳴りそうになる。
「いやいや、これはあの司書さんにあげる分だからな」
 俺たちは別の物でも食おうかと鼻をひくつかせているコン太に声をかけると、お仕事してくださいとどこかで聞いたような声が力なく耳を掠めた。はっとして顔を上げると、探していた姿。
 相変わらずどこまでもやる気がなさそうで面倒そうな世界司書が、服の後ろを捕まえてちょこちょこと歩く男の子を連れて歩いている。緊張感や緊迫感といった物は欠片もないが、物を直せる人ーとだるそうな声を続けているところを見ると何か困っているのだろう。
「司書さん!」
 やっと見つけたと笑顔になって駆け寄ると、気づいたらしい司書は心の底からほっとしたような顔をした。
「待ってました人ばし、」
 ごほごほと咳き込んで続ける言葉を誤魔化した司書は、秋吉さんでしたっけと名前を言い当てた。
「覚えてくれてましたか」
「はぁ、まぁ、仕事を頼んだ相手の顔と名前くらいは多分どうにか」
 どこまでもやる気がなさそうに見える彼がまさか覚えてくれているとは思っていなかったと、笑顔になった亮は司書の後ろから顔を覗かせて窺ってくる視線に気づいて腰を屈めた。
「今晩は。司書さんのお子さんかな?」
「やめてください。ただの通りすがりです」
 名前も知りませんよと溜め息混じりに話す司書にふぅん? と語尾を上げてしゃがんだ亮は、少年に目線を合わせて笑いかけた。
「俺は秋吉亮。君は?」
「カゥズ」
 おずおずと名乗った少年は、窺うように司書を見上げる。亮も同じように見上げると、司書はふらりと視線を外して少年が持っている欠片を指した。
「その土鈴が壊れて困っているんです。助けてもらえますか」
「これ、……あー、見事に割れてるなぁ」
 司書の指した先にある欠片の有様に思わず呟くと、カゥズがまたへにゃりと泣きそうになる。慌てて泣かないでと慰める前に、カゥズの肩に飛び移ったコン太が彼の頬にそっと顔を寄せた。ふわりとした毛に撫でられてカゥズが知らず口許を緩めたのを見つけて、よくやったコン太と誉めた亮は体勢を戻して頬をかいた。
「接着剤とかあったら簡単なんだけど……、どこに、」
 売ってるか知らないかと司書に尋ねようと振り返った亮は、彼の目が何故か一点に注がれたまま動かないのに気づいて言葉を止めた。どうかしたのだろうかと首を傾げながら視線を辿り、駆け寄ったところで溢すことのなかった山盛りの人参焼きを見つけた。
「あ、そうだ、忘れてた。これは司書さんに」
「っ、は!?」
「いつだったか、モフトピアから持って帰れなかったから。今回は是非ご馳走したいって思って、さっき買ったんだ」
 特別に人参だけにしてもらったんだとにこにこと差し出すと、司書は人参を凝視しながら、はぁ、と返事とも溜め息ともつかない声を洩らした。
「わざわざ……人参だけ……」
 オレンジ塗れと口の中で呟いている司書に、遠慮なんかしないでと差し出すと震えそうな手で何だか恭しく押し頂いた司書は乾いた声で笑った。
「心から……有難く頂戴します……」
 オレンジ塗れと繰り返しつつも泣きそうに受け取った司書は、交換条件でとコン太を撫で回して泣くのを忘れたカゥズをそろそろと指した。
「それ、差し上げますので。どうか心行くまで助けてあげてください」
 ついでに誰かオレンジ塗れも助けてくださいとぼそぼそした声が続き、亮が不審そうに首を傾げかけた時。
「お困りと聞いて!!」
 一一一参上! と、しゅばっと挙手しながら学生らしき少女が現われた。



 りぃん、と耳に優しくどこか悲しい鈴の音が響き、五十嵐心は静かに目を伏せたままそっと息を吐いた。
 お祭りなどの人が集まる場所は、どうにも得意じゃない。四方八方から心の声が大音量で聞こえてきて、頭痛さえしそうに疲れてしまうからだ。夜の帳が下り、誰からともなく鈴を揺らし始めてからは皆どことなく声を潜めたけれど。実際の物音が少なくなっても、心の声は変わらず聞こえてくる。
 逃げるように人気が少ない場所に向かい、人影のない静かな浜辺に向かった。
 打ち寄せる波の音が大きく、少し離れた人々の声が聞こえなくなる。ほっと息を吐いた心は浜辺に座り、夜の中でも僅かに白く見える波頭をぼんやりと眺める。
 りぃん、と近く遠く、鈴の音が風に乗って届けられる。聞くともなしに聞きながら、心はそっと息を吐いて故郷に思いを馳せた。真っ先に思い描くのは、心配性でちょっと過保護気味だった父の事。
(父さん、今は何をしてるかな……)
 いきなり行方を晦ました心を思って、眠れない日々を送っているのではないだろうか。
 帰りが少し遅くなっただけで、涙目になってあたふたしていた姿を覚えている。悪気もなく帰るとどこに行っていたのかと泣き出しそうに詰め寄られ、けれど叱るよりもそこにいる心にほっとして抱き締めてくれた。
 無事でよかったと震える声に、その時は大袈裟にも過ぎるとちょっとばかり呆れたけれど、心の無事を喜んでいるのはその仕種だけで嫌でも伝わってきたから。遅くなってごめんなさいと、素直に謝る事もできた。
 ほっとしたように笑う父の、どこか子供めいた表情の移り変わりが可愛らしく、大好きだった。
「帰りたい……」
 ぽつりと、知らず呟いた言葉と一緒に涙が落ちる。慌てて眼鏡を押し上げて手の甲で拭うと、立てた膝に額を押しつけて誰もいないのにまだ見つからないように努めながら奥歯を噛み締めた。
 帰りたい。呟いてしまえば止められないくらい、望郷の念が募る。
(帰りたい。帰りたいよ、父さん)
 ターミナルで、生活をする為の場所はある。でもそこは、家ではない。だって、誰も心を迎えてくれない。遅くなったと心配してくれない。一人、ただ、過ごすだけだ。
「独りは嫌だよ……っ」
 強く膝を抱いたまま、誰にも聞こえない程度の声で嘆く。十五にもなって、ホームシックで泣いているなんて格好悪い。誰にも見られたくない。けれど今だけは思いを隠せず、慰めるように鳴る鈴の音に紛れて弱音を吐く。
 りぃん、──、りん。りぃん。……りりん。
 鈴は誰かの気持ちが赴くまま、間を開けても途切れる事なく時に重なって聞こえてくる。しばらく膝を抱えたままじっと耳を欹てていた心は、そっと息を吐いて顔を上げると眼鏡を外し、改めて頬を拭った。
「……恥ずかしい」
 やだなと泣いてしまった自分に顔を顰め、誤魔化す為に海にでも入ろうかとぼんやりと考える。着替えを持っていないのはどうしようかなとちらりと考え、とりあえず顔は洗おうと海に近寄って膝を突いた。そこに、これ! と後ろから声をかけられて思わず振り返る。
「早まるでない、夜の海は危険である」
 泳ぐのは感心せぬと声をかけながら、急ぎ足でこちらに向かってくる皇帝を見つけて心は目を瞬かせた。



「フフッ、鈴の音が鳴り響く静かな海岸、そして美味しいお祭りグルメ……たまりませんね!」
 ぐっと握り拳で嬉しそうにした一一一は、りぃん、とどこか遠くで聞こえる鈴に少しだけ気を取られたように振り返った。
 昼間の騒々しいまでの催しに悉く参加し、土鈴探しに全力を傾け、果ては準備が追いつかなかった屋台の組み立てにさえ協力しと、力一杯思う存分お祭りを楽しんでいた一だが、夜になって鈴が鳴り始めると何だかざわざわした。
 鈴を持つ誰かは、皆優しい顔をしている。どこか寂しそうだったり、飛び切り幸せそうだったりと表情は様々だが、とても土鈴とは思えない柔らかな音を奏でる鈴を揺らす時の空気は一様。
 りぃん、と、誰かを思って、祈って、鈴が鳴る。
 どこからとも分からず鳴る鈴の音を探すように目を細めた一は、けれど鼻先を掠めた香ばしいソースの匂いにぱっと顔を輝かせて振り返った。
「ヤキソバがあると見たー!」
 勿論シーフードですよね獲り立てぴちぴち新鮮ですよね当然頂きますよー! と張り切って片手を振り上げながらソースの匂いを辿っていったが、途中で鼻腔をくすぐる焼けた醤油の匂いに負けた。じゅわじゅわと聴覚までも刺激する美味しさにすかさず視線を変えると、殻を半分に割ったホタテにバターを乗せ、醤油を垂らして炙っている屋台を発見する。
 さすが海の国海産物の宝庫ー! と堪えきれない歓喜の悲鳴を上げてふらふらっと近寄ると、見越したように一つどうだいと声をかけられる。
「これが食べずにいられますかー!」
 勿論買いですと手を振り上げて宣言し、熱々ほやほやのホタテを購入する。いやもー堪んない美味しすぎるーっと店前できゃーきゃー叫んでいると、どこに行こうか迷っていたらしいお客さんたちが惹かれたように足を向けてきた。邪魔にならないようにと隣の屋台に行き、今度は網の上で焼かれている海老に目を輝かせた。
「どうだい、嬢ちゃん。もう焼けるよ」
「頂きます!」
 ホタテを食べたばかりだというのに一も二もなく頷き、はふはふと熱く息を吐きながらもぷりぷりの食感に身を捩る。
「っくぅー! どうしてこんなに美味しいんですかーっ」
 これを食べないなんて人生損しすぎですね! と屋台のおっちゃんに感動を伝えていると、やっぱりそこにもお客さんが集まってくる。
 次はどこに行こうかなとふらりと視線を揺らすと、嬢ちゃん嬢ちゃん! とその先の屋台の人たちから次々に声をかけられた。
「お代はいいから、ちょっとこれも食ってきな!」
「いやいや、そろそろ味も変えたいだろ? こっちにおいで」
 こっちが先だいいやこっちだと大騒ぎしながら招かれ、一は困ったなーと照れたように笑って頭をかく。
「どうしよう、私もってもてー」
 皆さんのお心遣いは有難いのですがっと嬉しそうに困っていると、誰か助けてくださいとぽつりと小さな声が聞こえた。はっと顔を上げると小さな子供を連れたやる気のなさそうな司書を見つけ、屋台の人たちにごめんなさいと断りを入れると急いで駆けつけた。
「お困りと聞いて!!」
 ヒーローを目指す身としては、困っている人を見捨てる事は出来ませんね! と張り切って声をかけると、フォックスフォームのセクタンを連れた男性が何度か目を瞬かせた。
「えっと。壊れた物を直すの、得意かな?」
「え? 壊れた物、」
 物にもよりますけどと呟きながら、少年の手にある壊れた鈴を見つける。これ? とそろそろと男性を窺うと、それと頷かれる。
「接着剤ででくっつける……ってワケにはいきませんよね、流石に」
 お持ちですかと縋るように男性を見上げるが、残念ながらと首を横に揺らされる。どこか期待したように黙って眺めていた少年が、じわっと涙を浮かべるのを見て一は慌てて手を揺らした。
「だ、大丈夫! ヒーローに不可能はないから! 男の子だもん、泣かないよ。ねっ!」
 強いなぁ偉いなぁと励ますように拳を作って声をかけると、泣きそうにしていた少年はぐっと涙を堪えた。よしよし偉いと頭を撫でたはいいが、さて、接着剤もないのにどうやって直したらいいのだろう?



「良き夜よ。この鈴の音もなんとも心地よいものだ」
 静かに笑みを交わして鈴を鳴らす人々を眺め、イスタ・フォーは嬉しそうににこにこしている。
 昼間、子供たちと一緒に探した土鈴は今も大事に持っている。夜になったら鳴らすんだよとはしゃいだ声で教えてもらったが、彼としては人々が鳴らす鈴の音のほうが心地いい。
 りぃん、と、また小さな音がする。
 音の行方を探すように顔を巡らせたイスタは笑顔でいる人々を見つけて目を細めたが、自分が持っている土鈴に目を落として少しだけ考え込む。
「我が民は、どうしておるか……」
 覚醒前、長くイスタは独りだった。彼を作り愛してくれた民たちは、災害を予知して避難したままだ。今もどこかでひっそりと暮らしているのだろうが、そこでもこんな風に楽しく賑やかなお祭りを開いているだろうか。
 そうだったならいいと、微かに口許を緩めてイスタは祈るように呟く。
 彼のように独りでぽつんと待っているのではなく、誰かとこんな風に楽しく過ごしながら帰れる日を待っているなら幸いだ。帰ってくる民を迎える時、彼も楽しい映像を沢山用意できればなおいいだろう。
 その為にも、今日は彼もお祭りを楽しまなくては。はしゃいで過ごす人々の笑顔やこの楽しい空気を丸ごと記録として残し、今度は一緒にお祭りを開くのもいい。
「うむ、余も楽しまねばな!」
 大きく頷き、特に子供たちが目を輝かせて覗いている屋台を中心に見て回る。
 食べられないのに美味しそうなお菓子を買ったり、子供が作ったような拙いけれど味のある小物を買ったり。転んだ子供を助けたり、喧嘩をしそうな子供たちに買った物をあげて仲直りさせたりと人助けにも努めつつお祭りの雰囲気を楽しんでいたが、気づくと屋台のある通りを抜けて人気のない浜辺まで来ていた。
 背後には喧騒が響いているが、静かに闇を浸した海は鈴の音さえ飲み込んでいる気がする。それでも時折夜を震わせる、りぃん、とした音に惹かれるように海へと足を向けると浜辺に外影を見つけた。
 今にも海に入っていきそうな空気で砂浜に膝を突いている少女に、思わずこれ! と声をかけるなりそちらに向かった。こんな暗い夜の海で泳ぐなんて、危険すぎる。昼であれば泳いでも差し障りがない地域らしいが、万が一にも溺れてしまっては生命に関わる。
 あまりに急ぎすぎて、途中でぽふっと砂に突っ伏して倒れてしまったが、それどころではないと身体を起こそうとすると目の前にすっと手を差し出された。
「……大丈夫?」
「余は大丈夫である。よかった、泳ぐのはやめたのだな。それがいい、何かあれば助けるが、余は水があまり得意ではないのだ」
 先に沈んでしまうかもしれぬからなと頷くと、反応に困ったような顔をした少女はふらりと視線を外した。でも必ず助けようぞと慌てて付け足すと、少女はふっと笑って顔を戻してきた。
「ありがとう。でも、泳がないから平気」
「うむ、それがよい」
 泳ぐのは昼間がよいぞと言い聞かせていると、壊れた物を直せる人ー、と遠くどこかで聞いたような声が困ったように呼びかけているのが風に乗って届いた。光速で反応したイスタは、即座に足をそちらに向けた。
「困り事であるか!? 何事か、余に話してみよ!」
 遠慮するでないと続けながらダッシュでそちらに向かうイスタの後ろから、多分に成り行きでついてくる少女が戸惑ったように声をかけてくる。
「急いでるなら、……服、持ち上げたらどうだろう」
 歩いてる私と変わらないよと恐る恐る提案されに、名案であるとイスタは服を持ち上げた。そして、改めて走る。
「──ごめん、何か色々根本から違ったみたい」
 どれだけ着てるのと横目でちらりと窺ってくる少女に何の話だろうかと首を傾げたイスタは、何だかゆったりと歩いて横をついてくる彼女を引き離せないまま困った人に向かってまっしぐらに駆けつけた。



 一一は秋吉と一緒にカゥズから話を聞き、大事そうに持っている欠片を見てしみじみと言う。
「そっか。お兄さんに貰った物なんだね」
 尋ねられて兄を思い出したのか、じわりとまた涙を滲ませながらカゥズが頷く。大事な物だよなと秋吉がそれを眺め、接着剤さえあればなと何故かこちらを見てきた。
「さっきは聞きそびれたけど、司書さん、接着剤を売ってる場所って知らないかな?」
「そんな事を聞かれても」
 ここに来たのは初めてですのでと答えると、それはそっかと秋吉も納得したようだが困ったなとカゥズを見下ろす。
「そのお兄さんは、今どこにいるの? ひょっとしたら、お兄さんなら直してくれるかも!」
 行ってみようよと一一が促すと、カゥズはぎゅっと眉根を寄せて俯いた。そのまま小さく頭を振るのを見て、秋吉が首を傾げる。
「近くにはいないって事?」
「あ、ひょっとして怒られるのが怖い? 大丈夫、私も一緒に謝るから。それか私が壊した事にしてもいいよ!」
 そしたら怒られないよと一一が励ますように言うが、唇を噛んで俯いたままカゥズは小さく首を振るだけ。どうしたものかと二人が戸惑っていると、
「お兄さんが……、がっかりするのが嫌なんだね」
 不意に後ろから声がかけられ、何気なく振り返ると五十嵐がそこにいた。もう少し視線を後ろにやれば、一生懸命駆け寄ってくるフォーを見つける。
 まだ温かい人参を箸の先で摘み上げ、しばらく逡巡した後に口に放り込んで何とか咀嚼していると、カゥズははっとしたように五十嵐を見てますます俯いた。
「そっか、がっかりされるのは嫌だよな。帰るまでに直したいところだけど」
 君は直せる? と秋吉に尋ねられた五十嵐はカゥズを見てゆっくりと否定し、ごめんと謝る。そこにようやく辿り着いたフォーが、何事であるかと尋ねてくるので簡単に説明する。
「その少年が、兄から貰った鈴を迂闊にも壊したので直してほしいとの依頼です」
「司書さん、デリカシーがないですよ!」
 もうちょっと言葉を取り繕ってくださいと一一が指を突きつけてくるので、はぁ、すみませんと謝ってもう一度人参を口に入れた。
 無心だ。無心になれ。
 誰かもっと大量のソースを、と切実に考えている間にフォーが悲しげに眉を寄せ、
「大切な鈴が壊れてしまったとは、一大事であるな」
 カゥズの前にしゃがみ、今にもまた涙を落としそうになっているのを見てよかろうと請け負った。
「余に任せよ! ちちんぷいで直して進ぜよう」
「本当?」
 本当に直る? と不安そうに尋ねられ、フォーは勿論であると胸を叩いてカゥズの手から欠片を取り上げた。多分に彼が持つ水晶で欠片を分析し、修復してくれるのだろう。
 カゥズには見えないようにと気遣っているフォーを見て察したらしい五十嵐が、折角だからと少年に視線を合わせて声をかけた。
「直るまでに、何か食べたい物があったら買ってあげるよ」
「食べたい物……?」
 フォーの様子を気にしつつも首を傾げて考え込むカゥズに、一一がぱんと手を打った。
「屋台でも見て回ろうか! 美味しい物、一杯あったよ!」
 楽しそうに勧めた一一が早速と向かう前に、五十嵐がこちらを見てきた。
「どうも司書さんが持ってるそれ、気になってるみたいだけど」
「あ、君も人参が好きなのか?」
 だったらもう一皿頼んでおけばよかったなと笑った秋吉に、も、とは何事か。と心中に突っ込みつつも皿を五十嵐に渡した。一一は近くの屋台から新しい箸を貰ってきて、どうぞとカゥズに渡している。覚束ない仕種で箸を使って人参を捕まえたカゥズは、恐る恐るそれを口に入れて複雑そうな顔になった。
「気に入らない?」
「というか、どうしてここまで人参だけ山盛りなんでしょう?」
「ああ、俺が頼んでわざわざ人参だけにしてもらったんだ」
 前に司書さんに持って帰れなかった事があってさとあくまでも悪気はなさそうな笑顔で話す秋吉に、言いたいあれこれを堪えてフォーを窺った。
「直りそうですか」
「うむ、余に不可能はない。いくぞ……、ちちんぷい!」
 言って袖口から復元した鈴を取り出したフォーに、箸をくわえたまま眉根を寄せていたカゥズが目を輝かせた。
「すごい、直った……」
「おおお! 完全修復じゃないですかー!」
 よかったねとカゥズと一緒になってはしゃぐ一一に、五十嵐もどこか嬉しそうに目を細めている。喜んでいる姿を見て嬉しそうにしたフォーは、カゥズの手にそれを戻してもう落とすでないぞと柔らかく頭を撫でた。
「うん、どうもありがとう!」
 よかったと元通りになった土鈴の紐を持ち、ころん、と鳴らしたカゥズは笑みを深めた。
 秋吉は微笑ましげに眺めながら、満足そうにしているフォーに声をかけている。
「すごいですね、イスタさん」
「困っている者の役に立つのは、余の務めである」
 えへんと胸を張って答えたフォーは、実はさっきからずっと足元をうろうろしているコン太に気づいて首を傾げた。秋吉も視線を落としてコン太を見つけ、フォーと見比べて手を打った。
「モフトピアで、イスタさんがモフ塗れてたのを覚えてるみたいだ。登りたいんだろう」
 迷惑だから俺で我慢するようにと言い聞かせながらコン太を抱き上げた秋吉に、フォーは構わぬぞと手を出した。
「ここにアニモフはおらぬが、そなたを乗せてやる事はできよう」
 高い高いであろうと秋吉の手からコン太を抱き上げて高く手を伸ばしたフォーを、カゥズもどこか羨ましそうに眺めている。気づいた秋吉は、
「あそこまで高く持ち上げられるかは分からないけど、君もするかい?」
 よかったらと笑顔を向けられ、カゥズはおずおずと近寄って手を広げる。よしこい! とカゥズを抱き上げた秋吉をぼんやりと眺めている五十嵐に、参加したいですかとぽつりと尋ねると嫌そうな顔をされた。
「この年で高い高いなんて、されたいわけないよ」
 だよねと話を振った五十嵐に、一一ははっと我に返った様子で勿論と大きく頷く。
「ちょっぴし羨ましいなーなんて、そんな、全然、まったく! するのもされるのもいいなーなんて、そんな、ちょっとしか思ってないですよ!」
 だから大丈夫と大慌てで頭を振っている一一に、フォーがうっかり親切心で声をかける前に少ししか減らなかった人参の皿を受け取ってそっと息を吐いた。
「そういえば、もう大分遅くなったけど。そろそろ帰らなくても大丈夫か?」
「でも、まだ鈴を鳴らしてないよ」
 鳴らさないと、と必死な面持ちになるカゥズに、一一はそれも大事だろうけどと目を合わせて言う。
「今年が一緒に過ごせる最後なら、少しでも長くお兄さんと顔を合わせておくべきだと思うよ」
 後で悔やまないようにとどこか自分にも言い聞かせるように告げる一一に、カゥズは躊躇ったように視線を揺らした。
「でも、鈴、鳴らさないと」
 頑なに告げるカゥズの様子を見て、分かったと秋吉が頷いた。
「折角直ったんだ、鳴らしたいよな。どこで鳴らす?」
「海。誰もいないところで──、フィラに聞こえるように」
「フィラとは兄であるか?」
 不思議そうにフォーが尋ねると、五十嵐が女の人? と首を傾げる。カゥズは驚いたように五十嵐を見て土鈴に視線を変え、頷いた。
「フィラはお兄ちゃんの恋人。……連れていっちゃう人だけど、お兄ちゃんが幸せになるのに必要な人」
「あ。ひょっとして、結婚して島を出るのか」
「それで一緒に過ごせるのが今年だけなんだ」
 リア充めとは思うけど悲しい話じゃなくてよかったと胸を撫で下ろした一一に、フォーもそれは目出度い事であると嬉しそうにしている。
 カゥズはきゅっと口を引き結んだまま小さく頷き、四人から少し離れて海に向かい始めた。一人にするのも心配だからと何となく全員で後を追ったが、何となく近寄り難い物を感じて砂浜の途中で足を止めた。
 一人だけ波打ち際まで進んだカゥズは、そこでゆっくりとした動作で土鈴を鳴らし始める。
 ころん、ころん、と一度ずつ、しっかりと振って鳴らす音は波の音に紛れて、どこまで届いているか分からない。
「……何かの儀式みたいだ」
 ぽつりと、隣に並んだ秋吉が呟く。
「何か、ちょっと悲しいですね」
「だが、誰かの為に祈る姿はよいものである」
 邪魔をしないようにそっと囁き合った三人から少し離れた場所で、五十嵐は遠く空を仰いでいる。
 ころん、ころん、とまた何度か鈴の音が夜を震わせた後、振り返ってきたカゥズは鈴が直った時と同じくらい嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「鈴、直してくれてありがとう! 一杯、優しい気持ちをありがとう!」
 もう平気ーと大きな声で宣言する声は、全部が本当ではなく強がっている風でもあったけれど聞いた全員の口許を緩めるには相応しい。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はいはいはいっ! 送りがてら、屋台巡りの使命も待っていると思いますっ」
「うむ。折角のお祭りである、楽しまねばな」
 駆け寄ってくるカゥズを待って再び喧騒の中に戻って行く四人をどこか羨ましそうに眺めている五十嵐に気づき、どうかしましたかと声をかけると静かに目を伏せられた。
「帰れる、のは、……いいな、って」
 言って顔を上げ、再び星空を仰いだ五十嵐は泣くのを堪えるように目を細めた。
「この星空のどこかに、私の世界はあるのかな」
 答えなど求めていなさそうな独り言に、冷めてきた人参をつつきながら肩を竦めた。
「とりあえず、ターミナルには帰れますよ」
 皆一緒にねと続け、お皿を持っていないほうの手で砂浜の感触を楽しんでいるらしいコン太を摘んで持ち上げた。遠く前方では、カゥズを囲んではしゃぐ三人の声が聞こえてくる。
「あ、すごい。人参の丸焼きだって、司書さん!」
「人参がよいのか? では、余が他にも探してきてやろう!」
「司書さーん、止めてほしかったらカキ氷六人前、奢ってくださーい。五十嵐さん、何味がいいー?」
 空恐ろしい事を口にしながら楽しそうに振り返ってくる面々に、五十嵐も我知らずといった様子で頬を緩めている。


 りぃん、と海のほうから郷愁を誘う鈴の音はまだ聞こえてくるけれど、大騒ぎして笑っているロストナンバーたちがいる限りは、静か過ぎる祭りの夜に苛まれる事はなさそうだ。

クリエイターコメント鈴の修復と子守りに手を貸して頂き、ありがとうございました。
思いがけないプレイングに、おお!? とちょっと面白がりながら、楽しく書かせて頂きました。

目指したのは、賑やかなお祭りの喧騒の中に時折響く鈴の音。
過ぎる郷愁や、小さな胸の痛み、それを内包して繰り広げる日常の一幕であれたなら幸いです。

ご参加ありがとうございました!
公開日時2011-06-13(月) 21:20

 

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