ロストナンバーが現れるようです、とリベルは集った者達に告げた。「場所は、モフトピア。どうやら、アニモフ達のいる村から離れたところになるようです」 リベルはそう言い、改めて説明を行う。 モフトピアに現れるというロストナンバーは、チドーラという少女だという。多少の混乱はあるものの、自分に何らかの異変が起こったという事を理解しているという。 つまり、迎えに来たのだと告げることが出来たならば、素直に応じるだろう、という事だ。 リベルは、じっと導きの書を見つめる。「ただ、早めに保護をお願いします」 静かに、リベルは告げる。「予め申し上げておきますが、これは不確定の未来です。保護に失敗したならば、保護対象であるロストナンバーが連れ去られてしまうかもしれません」 あくまでも、不確定の未来。 だが、ありうるかもしれない未来。 ぴんと張り詰めた一同を見回し、リベルは導きの書をパタンと閉じる。「出現予定の場所は、身を隠しやすい山の中です。どうか、よろしくお願いします」 モフトピアの、とある山の中。 チドーラはぼんやりと空を見上げる。「私、どうなっちゃったんだろう?」 ふわふわの地面に身を委ね、チドーラは大きく伸びをする。 もしかしたら、夢かもしれない、なんて思いながら。「……あれ、何だろう」 チドーラの目線の先には、青空の中に円盤がふわふわと浮かんでいるのだった。
モフトピアにある山の麓に、6人の男女が集っていた。 皆、チドーラの保護に訪れた者達だ。 通常ならば、特に気にするような依頼ではない。相手が頑として保護を拒否するのならばともかく、素直に応じるだろうという事なのだから。 それでも、皆の表情は硬い。 リベルが告げた、不確定の未来のせいだ。 「連れ去られる、ねェ……。オレ達も、保護っつー名目で連れ去ってるコトに、変わりねェ気もするがね」 マフ・タークスが、苦笑気味に言う。 「どうするのが正しいのかわかんねーけど……俺は俺の正しい事を、思う事をやるしかねーって思うんだ。だから、急いで保護しようぜ!」 虎部 隆は、そう言ってぐっと拳を握り締める。 「そうそう。一人ぼっちは、寂しいよ。迎えに行こう。お礼に、齧らせてくれるかもしれないし」 ほんの一齧り、と言いながら、ペルレ・トラオムは笑う。背中には、ジャーキー類が沢山入ったリュックがある。 ペルレのおやつだ。 「今の俺サマは、半径50mしか最強じゃねェンだヨ。ソコのおひぃさまズ、名案あるかい?」 ジャック・ハートが皆に尋ねる。それに対して誰かが答える間もなく、ハーデ・ビラールは一人、山に向かおうとする。 「どこに行くんだい?」 瀬尾 光子が声をかけると、ハーデは足を止める。 「私には、テレパシーがある。それを用いれば、チドーラの場所を特定できるはずだ。そして私は、基本単独行動を主としている。助力を求められれば、応じるが」 「そうだねぇ……」 光子がそこまで行った時、上空で何かがきらりと光った。 突然の光の反射に、思わず全員空を見上げる。 ――銀の円盤が、空を飛んでいる。 ゆっくりと、辺りを飛んでいる。まるで、遊覧でもしているかのようだ。 「あいつは……オレが報告書で見た、円盤じゃねェか?」 マフはそう言って、顔をしかめる。 「まさしく、UFOだね。モフトピアのもんじゃなさそうだし」 光子はそう言いながら、目を細める。 「報告書によれば、円盤の野郎どもは世界図書館のロストナンバーに対し、いきなり攻撃を仕掛けてやがったぜ」 「情報が、少なすぎる」 ハーデが円盤を睨みつけつつ、呟く。 敵に回ったロストナンバー。 ファージが現れた場所に同じく現れる銀の円盤。 世界群を秤にかけようという謎の言葉。 単純に繋げてよいのならば、とハーデは前置きを置いてから口を開く。 「太古のブルーインブルーのオーバーテクノロジーを持った者どものような相手が、世界群を回りながら、自分に有用な世界以外全てを作り変えようとしている、とでもなるだろう。自分の世界を見定める為に、他の世界は壊しても構わない、という考えのロストナンバーを集めて、な」 単純すぎるか、と自ら反論も付け加える。 「確かに、奴らがどこの誰で、何をしようとしているのか知りたい所ではあるよな。第二のカンダータじゃないよな?」 隆も腕を組みつつ、頷く。 「帰る場所が分からねェなら、他の世界全部ブッ壊しゃァ帰る世界も分かり易いンじゃねェのッてェ考えたヤツらが居るらしィからなァ」 ジャックはそう言いながら、眉間に皺を寄せる。 「じゃあ、早く見つけてあげないといけないね」 ペルレはそう言いながら、もしゃもしゃとジャーキーを齧る。 「私は、あの銀盤を落とす。一つでも真実に繋がる情報を得るためにも、落としておくべきだ。お前達は、彼女の保護に回ればいい」 ハーデはそう言って、移動する銀の円盤を睨み付け、冷笑する。「奴らは、怖がらせたのだ……それで、十分だ」 「俺サマも、円盤の方にかからせてもらうぜェ」 ジャックも、同じく円盤を睨み付ける。それを見て、光子が「分かった」と頷きながら、ハーデとジャックの背をぽんぽんと叩く。 「行くんなら、落とすくらいの心意気で頑張っておいで」 「ん? お嬢チャン、何かしたかい?」 「ん、おまじないさ」 光子は「効いたろ?」といって笑う。体が軽くなって動きやすくなるようにと、機動力強化の魔法をかけたのだ。 「ああ、あともう一つ。念の為、場所の把握だけ、できるようにしてもらっていいかい?」 ペルレはそう言って、自らの指を少しだけ齧り、血をハーデとジャックの服につけさせてもらう。 これで、何かあった時には、二人の位置を把握する事ができる。 ハーデとジャックは互いに目線だけ交差させ、銀盤の向かった先へと続く。 山とは、正反対の方向へと向かった為だ。 「よし、じゃあオレ達は早くチドーラを探そうぜ」 隆が言うと、マフ、ペルレ、光子が頷く。 「早くしないと、予言通りになっちまうかもしれないからね」 光子は頷き、使い魔の鳥を飛ばす。 「銀の円盤はあっちへと向かったし、対応しにも行ったからなァ。今なら、個別行動してもいいかもしれねェ」 マフの言葉に、ペルレが「そうだねぇ」と頷く。 「よしよし、手分けしようじゃないか。おっと、その前に」 ペルレはそう言い、ハーデとジャックにしたように、皆に血をつけていく。 「じゃあ、また後で!」 隆がそう言うと、皆が一斉に山へと向かう。と、マフが隆の腕を掴んだ。 「おい、ガキ。ちょっと待て」 「ん? 何だよ」 不思議そうにしている隆に、マフは姿隠しを自分と隆にかける。 「よし、行くぞ」 「あ、うん。ありがとな!」 こうして、各々がチドーラの捜索へと向かっていくのだった。 可愛らしい世界ですわね、と彼女は呟いた。 「お姉様が、嫌っていそうな世界ですわ」 レースのついた紺色の浴衣に身を包み、栗色の髪を一つに結い上げた少女が、辺りを見回しながら立っていた。手には赤い和傘、そして髪には椿の花の簪が挿されている。 「それでも、確保は必要ですから」 彼女は呟き、黒塗りの下駄で、ぐじぐじと地面を踏みつける。ふわふわの感触を、汚してやろうといわんばかりに。 「見ていてくださいませ、お姉様。私は、お姉様の為に」 綺麗に微笑み、少女は歩き始めた。頬が、ほんのりと赤い。 彼女の名は千代子。 千代子は軽やかにモフトピアの地面を、蹴っていくのだった。 「チドーラー。迎えに来たぞー!」 ペルレは、大声で叫ぶ。トントン、と早足で山の中を進んでいく。勿論、ジャーキーをもっしゃもっしゃするのも忘れない。 「助けに来たぞー、チドーラー」 時折、血の匂いも確認する。戦闘が起これば、血の匂いが増えるだろうから。 「おや?」 近くに自らがつけた血の匂いを嗅ぎ取り、ペルレは足を止める。見れば、光子が使い魔の鳥を再び捜索へと向かわせている。 「そっちはどうだい?」 「まだだよ。そちらは、どうだい?」 「まだ、見つからないよ。早く見つけてあげないとね」 光子は、肩を竦めながら言う。 「よしよし、じゃあもう一度。チドーラー!」 「……はいっ?」 大声でペルレが叫んだ瞬間、近くから返事が聞こえた。一緒にやって来た仲間の誰でもない、少女の声。 「まさか、チドーラかい?」 光子は声のしたほうに向かって、尋ねる。ペルレは「よしよし」と言って新しいジャーキーをもしゃもしゃし始める。 「……こっちの方から、今声が」 今度は違う方向から、マフの声がした。 「あれ、光子ちゃんじゃん」 同じ方から、隆の声もする。が、姿は見えない。 「何処に居るんだい?」 怪訝そうな光子に、ペルレが「ははは」と笑う。 「ああ、そこにいるんだねぇ。あたしの血の匂いがする」 ペルレの声に反応し、マフと隆が現れる。姿隠しを、一旦解いたのだ。 「耳と花を頼りに、岩陰辺りを探していたんだがな」 「こっちの方から、チドーラの声らしきものが聞こえてさ」 マフと隆が、交互に言う。 「チドーラー!」 「は、はいっ!」 再びペルレが呼ぶと、また返事があった。先程より、若干近い。呼ばれて、近づいてきているようだ。 皆は顔を見合わせ、声のしたほうへと向かう。暫く歩くと、向こうから少女がてくてくと歩いてくる。 チドーラだ。 「あ、あの、皆さんは一体……?」 戸惑った様子のチドーラに、一同はほっとした表情を見せる。無事に、会えた。意味深な予言を他所に。 「迎えに来たぜ、チドーラ」 マフはそう言い、簡単に皆の自己紹介をする。それを、チドーラは深刻な顔をして頷いて聞いている。 「俺たちは、君を消失の運命からさらいに来たのさ」 隆が言うと、チドーラは「はい」と言って深く頷いた。 「有難うございます。それで、えっと……私、どこに行けば?」 「ロストレイルに乗れば良いから、ホームに行かないとね。どっちにしても、ここにいちゃあ何も進まないよ」 光子の言葉に、チドーラは「そうですね」と言って笑う。と、次の瞬間、ぐう、とチドーラのお腹が鳴る。 ペルレがその音を聞き、自分が持っているジャーキーとチドーラを見比べる。 「……ちょっとだけだよ」 嫌々ながら、ジャーキーを手渡す。 「よし、さっさと行こうぜ。チドーラには、トラベルギアなんてねェからな」 マフはそう言いながら、出発を促す。 この場にずっと留まっている訳には行かない。まだ、チドーラをロストレイルには乗せてないのだから。 「そうだな。うん、早いとこ行こう」 隆も同意し、一同はロストレイルの駅へと向かうのだった。 ハーデとジャックは円盤を見失っていた。 馬鹿な、と二人はほぼ同時に呟いた。 「俺サマ、半径50mは最強なんだゼ?」 「視認した段階で、テレポートすべきだったか?」 それぞれが、呟く。だが、事実として円盤が無い。 どこへ、と戸惑っていると、目の前に浴衣に和傘と言ういでたちをした少女が立っていた。 「……チドーラ、か?」 怪訝そうにしながら、ハーデが言う。 チドーラと言う少女が、保護対象になっているのは分かっている。が、そのいでたちまでは情報として得てはいない。 だからこそ、目の前の少女がチドーラかどうかは判断がすぐにはつかない。 「チドーラ……?」 少女は、そう聞き返す。 「もしチドーラなら、無事で良かったぜェ、迷子のお嬢チャン」 にっとジャックは笑う。「俺サマたちゃァ、お嬢チャンのレスキュー隊ってェヤツだ」 近づこうとするジャックを、ハーデが制する。 「こんな所に、チドーラが居るだろうか。出現の予言は、ここではなかった」 予言として出されたのは、山の中。他の四人が向かった場所だ。 それに対し、今二人が居るのは山とは正反対の場所。チドーラが移動してきた、とも考えにくい。 「……そう、チドーラ、と言うのですわね」 少女はそう言って、和傘をパチン、と閉じた。 「私、千代子と申します」 上品に微笑むが、目は笑っていない。冷たい眼差しのままだ。 「千代子、お前は何者だ?」 ハーデが尋ねる。油断などしないように。 「まさか、保護対象……じゃねェよナ」 ジャックも同じく、油断せずに言う。 千代子が保護対象と言うには、違和感がある。このような状況に、慣れているけらいがある。 かといって、ロストレイルのメンバーとは言いがたい。 何より、一緒に乗車しては居ないのだから。 勿論、モフトピアの住人でもない。 ――だからこそ、問うのだ。何者だ、と。 「私は、迎えに来たんですのよ。仲間となる人を」 「仲間?」 「ええ」 千代子の言葉に、ハーデとジャックは顔を見合わせる。 リベルの言っていた不確定の未来。その原因となる一端を、掴んだのかもしれない。 「チドーラを連れ去ろうッテのは、お嬢チャンかイ?」 ジャックが、静かに問いかける。千代子は、ただ微笑んだ。 綺麗に、美しく……冷たく。 「私の用事はただそれだけですわ。邪魔をしないで下さるかしら?」 「生憎、こちらの用事はまだ終わってはいない!」 ハーデはそう言い、身構える。千代子は「あら」と言い、和傘を再び開く。 「邪魔をされると仰るなら、仕方ないですわね」 千代子が溜息をつくと同時に、ハーデは千代子の真横にテレポートし、光の刃で薙ぎ払う。 一瞬の出来事だ。避けられるはずもない。 「……まあ、怖い」 避けられるはずもないのに、千代子は光の刃から逃れていた。ひらり、と後方に立っている。 「これならどうだイ?」 ジャックはそう言い、千代子に向かって風を放つ。千代子は「まあ」とだけ答え、和傘をくるりと回してそれをいなす。 「まだまだ……!」 そう呟き、千代子の後ろにハーデは回る。そこで光の刃を薙ぎ払う。 風をいなした影響で、今度こそ逃れる事はできない。 ――ザシュッ! 捉えたと思った瞬間、千代子は身をかわした。 ただ、完全には避け切れなかったようで、鈍い音が千代子の肩から響いていた。 紺色の浴衣の肩部分が、切り裂かれてしまっている。 「……おお、恐ろしい。私のお肌に、傷をつけるなんて」 不愉快そうに、千代子は言う。腕をつう、と赤い血が流れる。「私を傷つけていいのは、ただ一人ですのに」 「情報を寄越してもらうぞ!」 「ついでに、円盤についても教えてもらうゼェ!」 ハーデとジャックが、同時に動く。 千代子は「仕方ないですわね」と呟き、胸元から巾着袋を取り出し、中身を掴んでは鳴った。 色とりどりのビー玉のように見えるそれらは、地に辿り着いた途端、巨大な芋虫の姿に変わった。 じゅるるる、と口から粘液を垂らし、ボコボコの球体をいくつも組み合わせたような体、わさわさと小刻みに動く触手を持つ。 「ワームか……!」 ハーデが、吐き捨てるように言う。 大型ではなく、小型のワームだ。大規模な作戦は必要としないものの、危険である事に変わりはない。 「何で、ワームなんかを放てるンだヨ?」 ジャックの問いに、千代子は答えない。ただ、ふふふふ、と笑う。 「私を捕らえていいのは、お姉様だけですわ。そして、傷つけてもいいのも、お姉さまだけ!」 千代子はそう言ってその場を去ろうとしたが、ぴたり、とその足を止める。 「……そっか、お前の血の匂いか」 千代子の目の前に、もしゃもしゃとジャーキーを食べているペルレが立っていた。その後ろには、チドーラを保護しにいったメンバーもいる。 もちろん、チドーラも一緒だ。 「血の匂いがしたから、戦闘が始まったのは分かったんだけどね」 ペルレはそう言って、じっと千代子を見る。 「ってか、何でここにワームがいるんだよ?」 隆がわらわらいるワームたちを見て、言う。 「そこのお嬢チャンが、出しやがッタんだヨ!」 ジャックがワームをなぎ払いながら、答える。 「ワームを出したって……そんな事」 光子の言葉に、マフが「そうか」と頷く。 「お前、円盤の奴だな?」 マフの問いに、千代子は微笑みを返す。冷たいままの目で。 「チドーラ、と仰るのね。ねぇ、貴方。私達の所に来ませんか?」 「えっ?」 「このままでは、貴方は消失してしまいますわ。ですから、私と共に来なさいな。そうすれば、消失の運命から逃れる事ができますから」 チドーラは、ロストレイルの面々と千代子を見比べる。言っている事が、ほぼ同じだったからだ。 「ちょっとまったー! この子は、こっちが先に目つけたの!」 隆が、慌てて二人の間に割ってはいる。「何かあんたらに渡すと良くない事が起こりそうだから、この子はうちの!」 「あら、決めるのは貴方じゃないですわよ?」 「そうかもしれないけど、ワームをこうやってけしかける奴には、渡したくないねぇ」 光子はそう言いながら、襲いかかろうとしてきたワームに炎の鳥を放つ。 「あたし、これ、食べたくないんだよね」 ペルレはそう言いながら、ワームに対してトラベルギア、餓刀・赤波を振り回す。 「私、その、どうしたら」 チドーラが戸惑う。迎えに来たという、二つのグループの間で。 最初に見つけてくれた面々は、自分の事を知っていてくれたようだった。簡単に事情を説明してくれ、消失の運命から救ってくれるという。 後で現れた千代子は、自分の事はよく分からないようだった。だが、同じく消失の運命から救ってくれるという。 ただ、目の前に醜悪な虫みたいなものが蠢いていて。 それらと闘っているのが、前者。それらを出したというのが、後者。 「さあ、どうするんですの?」 千代子が、選択を迫る。 チドーラはぎゅっと手を握り締め、千代子から後ずさる。 「私は、あなたとは行けない。こちらに居る人達と、一緒に行きたい」 チドーラの言葉に、ロストレイルの面々はほっとした表情を見せる。そしてそれとは対照的に、千代子は不愉快そうにしている。 「そう、残念ですわね」 千代子はそう言い、和傘をくるりと回す。 「口惜しいですわね。先に貴方が出現する場所が分かっていれば、もっと別の答えが出ていたかもしれませんのに」 「きっと、同じ答えを出します。だって、私はこの人達と一緒に行きたいんだから」 チドーラがきっぱりと言い放つ。千代子は「ふん」と鼻で笑う。 「ならば、貴方は要りませんわ。ですけど、私は少しでもお姉様に喜んでいただきたいから……」 千代子は、ちらり、とモフトピアを見る。 ふわふわの世界。色とりどりの世界。 「な、なんだよ。何する気だよ?」 不穏な空気を感じ取り、隆が尋ねる。 「可愛らしい世界ですわね。本当に、本当に……反吐が出るほど!」 あははははは、と千代子は笑う。 「お姉様みたいに、たくさんは放てませんの。ですけど、ここをお姉様が少しでも喜んでくださるようには出来るはずですわ!」 「おい、お前……!」 マフが目の前のワームをトラベルギア、クレセントサイスで薙ぎ払った瞬間、千代子は再びワームを放つ。 「それでは、皆様。ごきげんよう。少しでも、この世界がぐちゃぐちゃになりますように」 「待て! お前からは、まだ情報を貰ってない!」 ハーデは叫び、千代子のすぐ横にテレポートする。が、そこには千代子の姿はもうない。 「上だよ! 上に、円盤がいる!」 光子が叫ぶ。一瞬にして千代子の姿が消え、銀の円盤が現れた。 「逃さねェよ! 殺しかねねェから使いたくなかったんだがなァ……!」 ジャックはそう言いながら、石を投げる。それと同時に、アクセラレーションを使用する。それにより、円盤を貫通させる事が出来る! ――否、できる、はず、だった。 「……なんで、だヨ?」 石は、何かに当たって地面へと落ちてきた。落ちてきたのは、またもやワーム。ワームが、アクセラレーションを使用した投石を跳ね返してしまったのだ。 「またワームかよ! 何で、あいつらワームをこんな風に放って来れるんだよ?」 隆は襲ってくるワームをトラベルギア、水先案内人を振りかざしながら叫ぶ。 「何かがあるんだろうが、その何かを教える間もなく行っちまったからなァ!」 マフはそう言い、ワームを薙ぎ払う。 「まだだ! エレキ=テックに操れねェ電子機器なンぞねェ!」 落ちやがれ、とジャックは円盤の電子機器を制御しようとする。 が、できない。 「何でだ? 何で、できねェンだヨ!」 電子機器ではないのか、とジャックは唇を噛む。 相手は、最強であるはずの半径50m以内にいるというのに! 「ならば……!」 まだ可視内にある為、ハーデが銀盤の所にテレポートする。丁度、真上。そこから光の刃を出したまま、外周を一周してやろうとしたのだ。 「何……?」 銀盤の中に、千代子が見えた。千代子は両手に何かを持っていた。 それは、無数のビー玉。そしてその全てが、小型ワームだ。 もし、そのビー玉が全て地上に放たれてしまったら。 「脅すつもりか?」 ぐっと光の刃に力を込める。が、次の行動が出ない。今いるワームを倒すだけでも大変だというのに、更に増えてしまったら、モフトピアは壊滅状態になるだろう。 戸惑うハーデに、銀盤からビー玉が放たれた。 また、ワームだ。 「くっ!」 ハーデは襲ってくるワームを光の刃で薙ぎ払う。その瞬間、銀盤が大きく揺れ動き、ハーデを振り落としてしまった。 ――御機嫌よう。 銀盤の窓から、千代子の唇がそう動いた。 再び銀盤にテレポートしようとしたが、ワームが邪魔をして上手くできない。 「無事か?」 地上に降り立つと、そうマフに声をかけられた。 「もう一度、もう一度だ!」 「もう、行ってしまったよ」 ペルレに言われ、ハーデは「くそ」と小さく唸る。 「ワームは、まだ残ってるよ。早く、なんとかしてやらないとね」 光子はそう言いながら、今度はカマイタチの猫をワームに放つ。 地上には、千代子が放っていった小型ワームが数匹残っている。モフトピアに害しか齎さぬ存在である為、全てを倒しておかなければならない。 「ボウズ、チドーラをもっと安全な場所に連れて行け!」 マフが、隆に向かって叫ぶ。隆は「了解!」と答え、チドーラの手を引いて走り出す。 「おい、何処行くンだヨ?」 二人を追おうとするワームを見つけ、ジャックがワームに向かって蹴り飛ばす。アクセラレーション付の為、強い衝撃がワームに叩きつけられる。「おまえの相手は、俺サマじゃネェの?」 「……そうか、これは戦争だ。もう、とっくに始まっていたんだ」 ゆるり、とハーデが立ち上がる。「ヴォロスや陰陽街の住人が何人死んだか、忘れてはいない」 ハーデは地を蹴り、光の刃でワームを薙ぎ払って行く。 「本当に、しつこいよー!」 ペルレはそう言いながら、がぶ、とワームに噛み付く。「昆虫は、嫌なんだよー」 「容赦はしねェぞ!」 マフはそう言うと、クレセントサイスを握り締めたまま、ワームたちの周囲を浮遊しながら振り回し始めた。 まるで、竜巻のように。 「星獣を怒らせて置いて、無事じゃァ済まねェぜ……?」 宙に浮き上がったワームを、影の爪が切り裂いていく。 「あ、あの、いいんでしょうか?」 走りながら、後ろで繰り広げられるワームとの戦いを気にしつつ、チドーラが隆に尋ねる。「私、逃げても」 「あったり前だよ。だって、まだトラベルギアがないし」 「とらべる、ぎあ?」 「うん、そういうのも教えてくれるから、大丈夫!」 隆はにっこりと笑い、チドーラの手を引っ張った。「まずは、身の安全を確保しないとね!」 そうして暫く経った後、ワーム達は一匹残らず消えうせたのであった。 落ち着いた後、皆はロストレイルのホームに集った。 アニモフ達が、心配そうに見ている。 「なんとか、終わったな」 ふう、と溜息混じりにマフが言う。ワームを倒し終え、怪我をした者を光の治癒で治し、こうしてホームに到着した。 あとは、ロストレイルに乗車するだけだ。 「奴を逃したのは、痛かったが」 眉間に皺を寄せながら、ハーデが言う。 「まあ、いいじゃん。こうして、チドーラは無事なんだしさっ」 モフモフの体の何かが、明るくそういった。 「……あの、ええと」 戸惑いながら、モフモフの物体にチドーラが問う。 「もこもこじゃなくて、人だぞ。隆だぞ!」 ぽん、とチドーラが手を打つ。 そういえば、先程隆がアニモフ達に登られまくっていた。それを思い出したのだ。 「お礼なんて、そうだなあ……一齧りで良いんだよ」 ペルレが、じっとチドーラを見る。チドーラが「えっと」と答えに困っていると、隆が「あ」と声をあげる。 「俺はそのサメ肌が気になるから、触って良い?」 「……ちょっとだけだよ?」 「おう」 隆は頷き、そっと背びれを触る。ペルレはくすぐったくて、思わず隆に噛み付こうとしてしまう。 もふっふわっと、華麗に回避を決めた! 「やれやれ、まだ元気があるんだねぇ」 苦笑しながら、光子が言う。 「たくさん居やがッタからなァ。よくもマアあンだけ、放ッテくれたモンだゼェ」 ジャックはそう言って、息を吐き出す。 「ともかく、改めて。ようこそ0世界へ! これからも色々あるとは思うけど」 隆が歯を輝かせながら、言う。いや、むしろ輝いた歯がもふもふの間から見えるだけなのだが。 「これからは、あんたの旅の始まりだね」 光子はそう言って、ぽん、とチドーラの背を軽く叩いた。 「お嬢チャン、また何かの魔法かイ?」 ジャックの問いに、光子は悪戯っぽく笑う。 「そうさ、幸運を齎す、お呪いだよ」 「お礼に、ほんの一齧りを」 あーん、と口をあけるペルレに、マフが「おいおい」と突っ込む。 「ロストレイルが来たぜ。齧るかどうかは、乗ってからにしろ」 「分かったー」 一同が笑う。そうしている間にもロストレイルは到着し、一同はアニモフ達に見送られつつ、0世界へと向かう。 「千代子と、円盤め」 乗車した後、ハーデは窓の外を見つめながら呟く。 そして、目撃する。 「あれは……!」 ハーデの言葉に、他の皆も一斉に窓の外を見る。 ――庭園が見えた。森と、庭園。 ほんの一瞬。だが、確実に皆の目に焼きついた。 それは、ディラックの空に浮かぶのを見た、初めての風景であったからだ。 「何だったんだ、あれは」 皆が呆然とする中でも、ロストレイルは走っていく。 見慣れているターミナルへと向かって。 <不確定の未来は無事回避され・了>
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