「なんかすっげーめんどくさい事になりましたー……」 もんのっすげーしょっぺぇ……って顔をして、とてつもなくめんどくさそうな声色でロズリーヌ・グリーベルは開口一番そう言った。普段は真面目な世界司書のあまりの表情と口調に、見て聞いてるだけでめんどくさくなってきたので帰っていいですかと回れ右したくなる有様である。「壱番世界へ転移してしまったロストナンバーの保護が目的となります」 今回の保護対象は一人の人型の少女。名前なども大体わかっている。 リエルというざっと10代後半に差しかかるかといった年頃の少女だ。背丈は160センチメートル前後。髪はブルネットで瞳は灰色。壱番世界でも特に違和感のない姿だ。その背中に真っ白な翼が生えている事をのぞけば。 性格はごくごく普通の明るい少女。きちんと話をすれば特に問題なく連れ帰る事が出来ると思われる。「ただ、落ちた場所が悪かったんんですよね……」 転移の際、日本のとある住宅の屋根を突き破ってしまったらしい。 幸い、そこは田舎のちょっと裕福なお家の離れだ。周囲はその家の敷地というよりか空き地に近い。少しあるけばすぐに山だ。 そこにいた高校生の男子四人組以外には気付かれていない。「ボケ、カス、ウスラトンカ……あ、間違えました」 明らかにわざと間違ったとしか思えない。「えーっと、シンイチさん、ハヤテさん、ユウキさん、コウスケさんっていう四人組ですね。どうでもいいですけど」 四人は彼女を保護しようとすれば、あれこれ騒ぎ立てて邪魔をするだろうという。特別な力を持ってはいないが、高校生男子の力はそれなりにある。対処なしだと保護に手間取ってしまうだろう。 この四人を適当に言いくるめてくださいと彼女は言う。多少、実力行使になっちゃってもかまいませんと。「こう異世界が云々とか、封じられていた力がどうのこうのとかそういう感じが大好きらしいです。だから、そういう感じで皆さんのトラベルギアやら能力やらを見せつけちゃってください」 いくら旅人の特性があるといえ、そんな派手な事したら流石にダメなんじゃないかと一同は尋ねる。だが、ロズリーヌは問題ありませんと言う。「この人達、頭わいて……失礼。虚構と現実の区別がついてないので、適当な理由付けしておけばどうってことないでしょう」 きっと、現実であった事である事を忘れて、自分たちの妄想とごちゃ混ぜにしてしまうでしょうという事だ。万が一、後で何か喚こうとも彼らの評価は周囲の人々はまたかの一言で済まされるレベルらしい。「それともう一つ」 現時点では不確定の要素となるのですがと前置きした上で少女は話を続ける。「二組の男女の姿が見えるのです。並ぶと少しだけ背が低い方が男性、高い方が女性ですね」 男性が黒い木刀のような物を手に、女性は腰に二丁の拳銃らしきものをさしているという。「どちらもそれなりの戦闘能力があるようで、きちんと連携してくると思われます。役割、見た目にもはっきりしてますしね。皆様が対処出来ない程では決してありませんが。その二人組、どうやらリエルさんの落下を嗅ぎつけてやってきたようなのです」 それって、壱番世界の住人? それとも?「申し訳ない事に、よくわかりません。まだ未来がハッキリ決まっていませんが……」 リエルさんを無事に保護するのであれば、その二人を追い払う必要があるのだけは間違いなさそうだ。「おそらく、今すぐ行けば彼らより早く現場にたどり着くはずです。その時間が勝負です。三十分もすれば二人組も真っ正面から乗り込んでくるでしょう」 その間に態勢を整えておいてくださいとロズリーヌは言った。 ――な? めんどくさいやろ?―― 少女は最後に何も言わなかったが、顔にそうハッキリと書かれているのが一同には見えるようだった。●「まさか生きている内に、魔法少女を拝めるとは思わなかったぜ……」「え、地球を侵略しに宇宙からやってきた姫将軍じゃないの?」「何言ってんのおまえら? この純白の翼を完全スルー? どう見ても天使様一択だろうがぁぁぁ!!」「喧嘩をするな! 一人の美少女を前にして、魔法少女だ宇宙のプリンセスだ天使様だ騒ぐのがどれだけ愚かかわからぬ貴様らじゃあるまい!!」「…………」 少女は困惑していた。ただでさえ突然の転移に戸惑っていたというのに。 どっかの家の屋根を突き破って落ちて、どんだけ怒られるだろうというかよく怪我しなかったわね私とか思っていたら、わけのわからない言葉を話す男達に囲まれてしまった。「お腹空いてない? これ食べる?」 なんか怖い。 こちらに敵意は感じられないのに。食べ物を受け取りはするけれど、何となく嫌な気配に後ずさってしまう。「ちょっと照れ屋さん?」「ツンデレ?」 四人組は全くめげる事がない。そろそろ自分たちも夕食の頃合いだなぁと窓の外を見た一人が声をあげた。「うおおぉぉぉUFOじゃねーのアレ!」 少し離れた山の頭上。 光り輝く円盤がゆっくりと下降してきていた。「チャネラーの力を手に入れたぞ!」「まさかお迎え?」 (……なんなのあれ?) 何を言っているのかわからないものの、彼らの視線を追った彼女も見た。 巨大な飛行物体。「もうっ!! 一体なにがどうなっちゃってんのよぉぉぉーーーー!!!」 少女の悲痛な叫びが暮れかけた空にこだました。●「準備はいーい? 兄さん?」「お前こそ大丈夫か」「可愛い女の子とお馬鹿な男の子達がいるだけでしょぉ?」「少女の保護が第一だ。もたもたして現地の警察機構などに奪われたら面倒な事になる」「兄さんは心配性ね。可愛い妹に任せておいてよ」「彼女の力が我らには必要だ」「そうね。でも、手に入らないなら壊しちゃえばいいだけの話よ」 男にしなだれかかると艶っぽく女は笑った。「行くぞ」「はぁい」 男は女を振り払うと、すたすたと山を降りだした。
●それは人生最良の日で……彼らだけは幸せだ。 ロストレイルが旅人達を運んだ先は、話の通りの長閑な田舎であった。 時間は夕暮れ。間もなく日も落ちるだろう。人気もなさそうなので、その場で準備を整える。 まずはシーアールシー ゼロと坂上 健が某所製の素敵アイテムをざざっと広げる。 「フッ、自慢じゃないが俺とゼロの萌え力は厨二なんぞ目じゃないぜ!」 健の力強いお言葉にゼロも続く。 「男の子達対策なのです」 「奴らは任せろ! その代わり……今日の俺の雄姿も忘れてくれ!」 「はぁ」 「わかった……努力はするよ」 流とマリアベルに対してそうは言うが、なかなか忘れがたい光景である。 萌え力で動く犬耳カチューシャ。どういう作用で動いてるのかと考え始めるとけっこう頭が痛くなるのだが、萌え力。ほぼ永久機関に等しいと思われる。 天然のウサ耳を持ったマリアベルの目にもそれは本物のように見えた。見事な出来だ。 一方でゼロも七色怪光線が出せるコンタクトと無意味なメカ翼を身に纏っている。 よく動いてくれそうなメカ翼なのだけど、ほぼハリボテだ。変形したりはしてくれない。犬耳は動くのに。 「まずは四人をどうにかする方が先かな?」 「リエルさんの守護のために来たと告げるのです」 「彼らの思想はよく分からないけど、もっともらしい嘘を吐いておけばいいみたいだね」 「あぁ、考えるより感じろって感じで」 「私たちは次元の狭間に落ちたやってきた異世界人、とでも説明すればいいかな」 「あながち間違いでもありませんしね」 「無重力化能力を使って、女の子が落ちてきたっていう穴から降りてみようと思うんだ」 「ゼロ達も穴から落ちますか?」 「俺、飛んだり浮いたりは得意じゃないんだよなぁ」 「私は表から伺ってみようかと思いますけど……」 「それじゃ、マリアベルにまずは上から行ってもらってから、俺らは表からいくか?」 「畳みかけるのです」 「それじゃ行くか……?」 不意に陽が陰った。太陽は徐々に沈んで足下を伸びる影は濃くなってきていたけど、そうじゃない。 茜色の空。赤く染まる山の上へと今まで見たことのなかった何かが下降しようとしていた。 「……あれ、何?」 「未確認飛行物体というものによく似ている気がするのです」 「話に聞いた謎の二人組……」 「関係してると見るのが普通だよなー普通」 「……あれだけ離れてればここまでいくらか時間はかかるだろう。行こう!」 四人はこくりと頷いた。 「母屋に比べたら立派な作りじゃぁないみたいだけれど……痛くなかったかなこれ」 マリアベルがふわりと屋根の上に登って穴の大きさに少し引きながらもそっと中を窺う。ちなみに、穴は人型になったりはしていない。 ――もうっ!! 一体なにがどうなっちゃってんのよぉぉぉーーーー!!!―― 少女の叫び声に一瞬びくっとしつつも、屋根の上から行くねと手を振って合図をする。玄関先で三人も手を振り返す。 マリアベルはえいっと穴へと飛び込んだ。 四人の男の視線が一斉にマリアベルに突き刺さった。 「えっと……」 視線が痛いと思いつつも口を開きかけるが、男達のどよめきがそれを遮った。 「うおおおおおおお!!!?」 「ア、アリスインワンダーランドッ……イン俺ん家!!」 「いやまて。これはウサギだ。アリスたんマダー?」 「アリスとかいないけど……」 「何ソレふざけてるの?」 「いや、別にボクはふざけてはいないけど」 何だろうこの勢いと思いながら何とかマリアベルが口を挟むと、また男達がどよめいた。 「ウサ耳ボクっ娘キター!」 「え、ちょっと何それ……」 「ウサロリ様じゃー!」 「ん? いや、ババアじゃね?」 「ば、ババア?」 「キミ幾つ?」 「じゅ、じゅうさん……さい」 「ギリギリセーフ!!」 14才まではロリでOKだろロリで。いやいやババアじゃんか……などなど。よくわからない事を言っている。 (どうしよう。思った異常に理屈が通らない世界だここ!!) ――ごめんくださいまし―― 「あ、はーい?」 「この状況に普通に対応すんな」 「お前が言うな」 「どちらさまですかー?」 今日は忙しいなーとか言いながら玄関を開ける。 「ごめんくださいまし。此方に白い翼を持つお方がおられるとうかがったのですが」 玄関口で丁寧に流は挨拶をする。男共が一瞬静かになる。 「………」 「和服美人キタコレ!」 「やばい……これはやばい……」 「お姉さまだ」 「どこのお姉さまでしたか?」 「失礼、自己紹介が遅れました。私の名は流。遠き山より来る龍神でございます」 流は百聞は一見に如かずと小さな雷を一条、傍に落とす。 「きゃ、きゃあ?」 リエルが驚いて後ずさる。それに驚かせてすみませんと流は安心させるように微笑んで謝った。そのまま話を続けようかとも思ったが、男達がそれを遮るように叫んだ。 「龍神様だー!!」 「りゅ、竜化できますか!?」 「龍の姿に戻るのはご容赦くださいませ。流石に恥ずかしゅうございますゆえ……」 「恥じらう和服……イイ!」 ワイワイまた大騒ぎの一同に流の背からひょこっとゼロが顔を出した。 「ごめんくださいましです?」 「「「「「!?」」」」 「えっと、ゼロはゼロって言うのです。リエルさんの助けとなるために来たのです」 「「「「……………」」」」 ウケなかったのだろうか?とゼロが首を傾げかける。 「幼女さまじゃー! 幼女さまじゃー!」 「誰だ! こんな怪物を生み出したのは!」 「神が造りたもうた者に違いないよ。神々しいよ」 「銀髪オッドアイの天使だと? 萌え殺す気か! 最終兵器幼女めが!」 バカウケでした。 目から飛び出すカラフルな光線にもさにーさいどあっぷ! 目からビーム! と大喜びだ。 バーン それに続けと、いや真打ち登場だという勢いで健もわざわざ大きな音を立てながら扉を開け直し登場する。 「俺の名はケン・イヌガミ! 異次元帝国美少女プリンセス・アンジェ様の一のイヌだっ! アンジェ様を助けてくれた礼を言うぞ、現地民!」 腰に両手を当てて堂々登場である。ぱたぱたとしていたセクタンも健の肩の上に舞い降りるとぴしっとしてみせた。 「「「「…………」」」」 一同無言である。俺の完璧すぎる姿に言葉も出ないのだろうかなどと健は思うも、彼らは一様に顔を顰めてうわぁ。って顔をした。 「とんだガッカリだよ!! なんという犬耳と淫獣の無駄遣い」 「女の子なら、いや男でも、せめて、せめてあと十ばかり若ければ!」 「ぶっちゃけ犬耳ショタなら許せた」 「カエレ!」 「でも、俺は以外とコレはコレでイケル……」 「止めろォ!」 これは酷い。 健に対する高校生の評価は酷いものである。 「俺だってお前らなんかに萌えられたいわけじゃねーもん!」 喚く健のまわりを淫獣呼ばわりされたセクタンがのんびり飛んでいた。どうやらあまり気にしていないようだ。 「っていうかアンジェ様って姫のこと?」 「私……アンジェじゃない」 ぽつりとリエルが呟く。しー! と健が唇の前に指を立てたが、とりあえず四人はリエルの言葉がわからないのでセーフだった。しかし、彼らはアンジェねぇ? と文句をつけにかかる。 「天使イコールアンジェってなんていうか安直っていうかー」 「設定もうちょっと練り込んで欲しいよね」 「大体、言語とかどうなってんの? アニメにはありがちだけどさー。純日本人顔が急にアンジェ様とかどうなの?」 こめかみをひくつかせながら健達は続けた。 「アンジェ様は翻訳機も持たずこの地に召還されてしまってな。だから、お前たちと意思疎通が出来なかったのだ」 「彼女らは異世界より召還された存在……なれど、其れを快く思わぬ輩の邪魔が入り、準備が整わなかったのです」 「本当はここにくる予定じゃなかったんだけど、妨害で落っこちちゃったんだよね」 「ここから元の世界までの位置はまだ不明です。でも、ゼロたちはみんな同じ事情を持つ同類なのです」 「私共は、そうした仲間を保護しながら世界を巡っております」 適当に話を繋いでそれっぽい事にしていく。 (男の子達にも聴かれるので具体的な真理に抵触する部分は後なのです……) こそっとゼロが言うと流も頷く。 「申し訳ございませぬが、しばし彼女と話をしとうございます。神秘は秘匿せねばならず、危険が伴います。何卒、事情をお察しいただきますよう」 「何を言うか龍神様! 乗りかかった船から降りると思いますか!」 「もう我らは世界の真理に踏み込んでしまったのだ……」 なんも踏み込んでねーよと言いたい気持ちをぐっと抑えて一同はなんとか四人を追い出しにかかる。 「怪しい人たちが接近中で、安全な所へ移動する必要があるのです」 「もうすぐ悪漢がやってくる……奴らは平然と現地民を殺す。お前らは見つからないように隠れていろ」 「だったらなおの事! 天使様を守る手伝いを……」 けっこうしつこい。めんどくさいなぁと思いながらも押したり引いたりで頑張ってみることにする。 「あー……君達も実は選ばれた戦士なんだけど。残念ながら力に目覚めていないんだ」 「そうなのです。このままでは足手纏いになるのです」 「アンジェ様お守りする邪魔をしてみろ! 食い殺すぞ!」 「その尊い気持ちを大切に、来るべき日に備えていてはくれませんか?」 割と雑な事を言う旅人達。 しかしながら、彼らの心には響くものがそれなりにあったらしい。彼らはイイ顔で空を見上げた。 「来るべき日……聖戦を迎えるまで俺は死ねぬということか」 「まだ目覚めぬ力……そうか。これまで生きていた意味とはこれだったのか」 「我らにはまだ姫をお守りする事はできないが、決してこのままでは終わらんぞ」 「天使様は任せたぞ、残念犬耳達よ!!」 「残念犬耳言うな」 「君達の覚醒を待ってるよ……」 「それでは、速やかにここを離れてくださいまし。我らはここで敵を迎えうちます故」 「全てが終わるまで待機だ!」 心にもないことを言ったりしつつも、四人の男を母屋に追いやる事に成功する。 残されたのは四人の旅人達と迷い子の少女。 「ようやくなんとか追い出したね……」 「どうってことなかったな。ここまでは」 「お待たせしたのです」 「リエル様、大変だったでしょうが……」 「もうやだぁ……」 気づくとリエルはぽろぽろと涙をこぼしていた。これまでの四人の言葉を聞いていたリエルはすっかり混乱していた。色々と混乱したくなる気持ちはわかる。 「落ち着いて」 「俺達はあいつらとは違うから」 「これまでの話は半分くらい適当だから、ちゃんと説明するよ」 「ゼロたちもリエルさんと同類というのは本当なのです」 「悪い、あんたあいつらの神様そっくりだったからさ、あいつら舞い上がっちゃったんだよ」 彼女が落ち着くようにマリアベルや流は背中を撫でてやったり優しく微笑む。 ざっくりと階層世界やロストナンバーの事、そして世界図書館の事を話す。 「……本当に、私だけじゃないのね?」 「うん。キミだけじゃない」 「我等もまた迷い子。故郷へ帰る意思がございますれば、其の助けとなれましょう」 「俺たちもあんたも、あいつらみたいに頭の上に数字がないだろ?それが世界から迷子になった徴なんだ」 「世界の迷子……」 「俺たちは自分の世界を探してる。でも帰る世界を見つけやすくするために他の世界を壊しちまおうって奴らが居て、そいつらがもうすぐやってくるんだ……」 だから隠れててくれと告げようとした時だった。 ドゴンッ 大きな音を立てて扉が吹き飛ばされた。 「もう来たか!」 「なるべく隅へ!!」 「は、はい!」 リエルを壁際へと促し、マリアベルは警戒の目を扉の方へと向ける。健と流は前と踏みだし、ゼロも彼女の盾となるつもりのようだ。 不安げな様子のリエルに健は安心しろというように頷き、セクタンも任せておけという風にパタパタした。 ●襲撃者 「ねぇ兄さん? 私たちの話をしてたみたいじゃない?」 「……」 派手に吹き飛ばした扉から、ゆっくりと入ってきたのはすらりとした女。身体にフィットするデザインの光沢のある素材の衣服を身につけている。 女の後ろには少し小柄な男。女と同じような衣服だ。壱番世界の人間だとしたら異質な姿。 「おかしいわよね」 「あぁ」 「人数は合ってるみたいなんだけど……可愛いお嬢さん達がいるわよ?」 「現地の警察でもないな……何者だ」 女は楽しそうな表情をしていたが、男の方は無表情のまま旅人達に問いかけた。 「それってーこっちの台詞ってやつだと思うね」 「こんにちはなのです。貴方方は何者で、リエルさんをどうするつもりなのですか?」 「綺麗な翼の女の子が欲しかったんだけど……そう、小さなお嬢さんは違うわね。そんな偽物じゃないの」 「貴方達はどこのお方? そして、リエル様の事をどうして?」 「答える義務はない」 「それならボク達だって答える義務はないよね」 「リエルさんは渡さないのです」 「リエルは俺達と一緒に行くんだ!」 「そう……残念ね」 「邪魔をするなら……敵だ」 その一声と共に、男は黒い木刀に手をかけた。 「仕方ないわね」 女もすっと拳銃の銃口をこちらに向けた。 パァンッ 「水!?」 足下を飛び散る濁った液体。銃口から放たれたのは銃弾ではなかった。しかし、床は抉れている。 「……何この匂い」 甘ったるい匂いが立ちこめる。ただの水の匂いじゃない。 「人にもよるのだけどね。あんまり身体によくないと思うわよ、それ」 ふふっと楽しそうに女は笑った。 毒なのかと怯む隙に男はリエルに近づこうと木刀を構えながら駆け抜けようとする。 「物騒なものを向けて来ないで欲しいな!」 けれど、マリアベルも負けてはいない。牽制にとお返しに植物の魔弾を男に放つ。 「野郎は任せろ! 近接でトンファーは最強だぜ!」 マリアベルの攻撃を受けた男はリエルに近づく事を諦めて接近してきた健に視線を向ける。 「なんていうか人を斬る目をしてんのな!」 トンファーでしっかりと刀身を受けつつも、その重さに顔を顰める。 「そんなもんか? 俺を倒さないとリエルは連れて行けないぜ? ほらこっちこいよ!」 セクタンと共にリエルと反対方向へと男を誘い込もうとする。 「そちらは任せてよろしいようですね! ならば!」 リエルに手を出すのならと太刀を男に向けようとしていた流は、健にそちらを任せて、女へと向き直る。 女は二丁拳銃使いながらも積極的に飛び出してくる。マリアベルはその足下を掬うべく植物を絡ませるが、ゼロも他者への攻撃は不得手である以上、流が抑えに回るだけで安定感が生まれる。 「やぁね。飛び道具に対して太刀で斬りかかってくるなんて」 「雷光の方がお好みでしたか?」 「んもう……水に雷ですって。趣味合わなそうね、私たち!」 「私も水は好きですよ!」 流が女の動きを阻もうと水流を呼び込んだ。 「あら。そうだったのね」 「!?」 女をずぶ濡れにするかと思われた水流が急に向きを変えて見当違いの方へと向かっていった。 「干渉しましたか」 「うふふ……お水全般大好きよ」 女は余裕の表情だ。 その間にも、男と健の鍔迫り合いが続く。 「やはり、似たような存在か……」 マリアベルの妨害に足を取られて男が姿勢を崩す。そこを健が打ち込む。どう見てももろに入った一撃だったが、男は微塵も表情を変えない。 「壱番世界でほいほい武器振り回してたら通報されるっつーの!」 「……お前は他に比べると面倒はないようだな」 彼だけがコンダクターであるという事を戦いの中で感じ取ったらしい。 「そりゃ三人に比べれば平凡だけどな! でも俺とセクタンをなめるなよ!」 セクタンが飛びかかり視界を遮った一瞬の隙にガスマスクを装着し、小型の催涙弾を投げつける。 「くっ!」 「もらった!」 「兄さんっ!」 「おわっと! ……いい妹をお持ちで!」 「もっとほめてくれてもいいのよ」 女から援護射撃が飛んできて慌てて健は男から離れる。女の軽口に余裕の差を見せつけられたような気もしたが、怯んではいられない。マリアベルの弾丸が再び女へと飛ぶ。 「……これくらい慣れてるんでな」 僅かな時間で催涙弾から立ち直った男は再び木刀をひらめかせた。 女もまた、すぐに穢れた水の弾丸を流達に撃ち込む。だが、それは荒れ狂う風の勢いで吹き飛ばされる。 「貴女、雷に水に竜巻? ちょっとずるいわ」 「戦場でずるいもないさ!」 マリアベルの援護の弾丸が飛ぶ。硬い木の実を頬に受けて女は顔を顰めることもなく笑った。 「それに、二人がかり?」 「その分拳銃が二丁あるじゃないか」 「申し訳ございません。こちらも負けられぬ故」 「そうよね。それは仕方ないものね!」 女が不意に片方の銃口を天へと向けた。 「必殺技なのですか?」 リエルを守っていたゼロがその身を巨大化させて構えている。何をする気だと 「女の武器は一つじゃないのよ」 そう言うと同時に銃口から火が噴きだした。 「水だけじゃない!?」 驚く一同だが、吹き出し続ける炎がこちらに向いていない事に怪訝な顔をする。炎は女の頭の上を渦巻いている。 「壊れてる……? いや、違う!」 「これは、龍なのです!」 真っ赤な炎は龍の形となって後衛へと襲いかかる。 「くっ!」 「きゃあぁぁっ!」 「ゼロ様! リエル様!」 「その程度の攻撃、ゼロには通じないのです!」 ゼロの身につけていたメカ翼が全開に開いて、炎から彼女とリエルを守った。元はただのオモチャも彼女の力が作用すれば立派な翼だ。 戦況は一進一退とでもいうのか。双方の力が拮抗していてなかなか終わりが見えない。 「けっこう強いわね……そう。貴方達も大人しく一緒に来るなら仲良くしてもいいのよ?」 「信頼に値するのなら、こっちも同じ気持ちだけどね」 「ただ、ちょっとこれじゃぁなぁ」 「何もお話してくれないのにお友達というもの難しいのです」 「そもそも、キミ達はなんだ? 迷ってるわけじゃないの?」 「さぁね?」 「ロストナンバーじゃないのかよ?」 「其処彼処で現れて、力を欲しておる様子……我等と同じく異邦人である事に違いはありますまい」 「なーんかそろそろめんどうになってきちゃったぁ。帰りたーい」 「……」 「殺しちゃえばぁ……連れて帰られなくても仕方ないわよねぇ?」 女はそう言うと今まではあえて攻撃の手を向けなかったリエルへと視線を向けた。 「なっ……させるかぁ!!」 「甘い!」 男の殺気を反映するかのように木刀から黒いオーラが立ちこめていた。それは確かな質量を持つかのように健達を薙ぎ払った。 「リエルっ……!!」 マリアベルが咄嗟にリエルへと飛んで抱きかかえる。ゼロも巨大化した全身でそれを遮る。 「逆鱗に触れるは祟りの因にございます!」 「無駄だというのが判らず見苦しくあがくとは……そろそろ楽にしてあげるのですー!」 突然の凶行に怒りを覚える流。ゼロのハッタリも炸裂する。 「これで守りきれなかったらアイツらにも怒られるだろうが!!」 流の太刀が男を捕らえ、健もトンファーを男の鳩尾へとめり込ませた。 「ぐっ……」 どさり 男が遂に意識を手放して崩れ落ちた。 「っしゃぁ!」 「やったのです!!」 「あーぁ。兄さんったら……」 女はぽりぽりと頭をかきながら銃口を下げた。 「ねぇ、貴方達。その子あげるわ。今回はそれでいいでしょ?」 だから帰るわと女は言う。 「ちょっと、それで済むと?」 「一緒に来て色々と話して貰うのです!」 「一人だけ逃がすと思ってんのかよ!」 ふぅ 女のわざとらしい溜息。 「兄さん一人倒したくらいでどうにかなると思わないでね。今の私、とても怒ってるの」 一同が凍りつくような視線。銃口は地面へと向いているはずなのに。眉間に、首筋に。銃口が突きつけられているような気がした。その言葉をハッタリと断じることはできない。 戦闘を続ければ勝利する事は出来ると思えた。だが、被害がリエルや母屋にいる人々に向かったら…… 「私は兄さんをつれて帰るわ。そっちはその子を連れて帰りなさいな」 それでいいわよね? と再び女が言う。気になる事は多かったが、条件を呑むことにする。今回はリエルの保護が目的なのだから。 「わかりました……」 「物わかりがよいのっていいことよね?」 女は大切そうに兄を抱きかかえると、じゃあねと言った。その言葉と同時に彼女達の姿が一瞬でかき消える。 ――また会うかもね……―― 女の声だけが部屋に響いていた。 「……それでは帰るのです?」 「部屋、けっこう酷い事になったね」 「お掃除していきましょうか?」 申し訳ない気持ちになって流がそう提案してみたが、この惨状を片付けるのはとても骨が折れそうだ。 「ま、まぁこういう事もあるよな! このままの方が夢じゃなかったと喜ぶさ!」 「確かに。きっとそうだよね。あの人達なら」 「それでは、リエル様もお疲れでしょうし。帰りましょうか」 本当にいいのかなと首を傾げる流ではあったが、皆も疲れている。一同は速やかにその場を離れる事にする。 「あ……」 星が瞬き始めた空を、ロストレイルではない円盤状の何かが飛び去っていくところが見えた。 「結局、あいつらなんだったんだろうな……」 「ボクたちとほぼ同等の力をもってるのは間違いなさそうだけどね」 「リエルさんは見たことあったりしませんですか?」 「いいえ、私も知りません。こんな事は初めてです」 「今はわからなくても……」 ――また会うかもね……―― そう遠くない未来、彼女の言葉が現実になるのではないかとそんな予感がした。 だた、今はその時ではない。 今は、初めてのロストレイルに笑顔を見せるリエル。彼女を連れて帰ってから考えればいいのだろう。
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