――――本当に奇妙な客だこの店は平たく言えば古物商だ、但し資金洗浄をメインにした交換を扱っている目の前の客も今回始めてここに来て、ある商品の換金を依頼してきたが……「かなりの時間を要するんだね」「申し訳ございません、なにぶん情報量の多い品物ですから」「いや、構わないよ。それだけ多い情報らしいし」目の前の客人の名前は「高橋惣一」、換金する商品はHDD、その中身は数十万人の個人情報だ。誰でも知っている通り、今や個人情報はこの世界では価値のある、それも彼が用意したものは住所だけではなくアドレスやカードの暗証番号等がセットになっている特級品だ。こんな特急品を信用の分からない店に売りに来たのにも驚いたが、それよりもこの男『携帯電話を使えない』ことがおかしかった男はどう見積もっても20代後半か30代手前、普及率90%以上、それも携帯を1番多く使用する年代であり、見目も口調も完全な日本人でありながら先ほどかかってきた電話をたっぷり20秒以上かけても、結局消すことが出来なかった。そんな人間がこのような、それも最上級のセキュリティーで保護された商品を自分で手に入れたとは信じれない「…………随分と人が増えたようだね」調べさせていた沼田が、やはりと言うか上の若い衆を引き連れて戻ってきた「高橋さん、残念ながらあんたは交渉もお帰りもさやせん」「おや?僕としてはこれ以上情報が無ければ帰りたいんだけれども」一般人なら肝を冷やしているこの状況でもまるで彼は動じていない「さっきあんたの身分証明に使った免許証を調べさせてもらったが、その免許証は紛失届けを先ほど……10分前に『あんたと瓜二つの人間』が出してきて、しかも『まだ警察署に居る』んだよ」 ……最後には私も驚いた、免許証は偽造だとは予想していたが同じ顔の人間に化けるなんてする必要が無い。いや、そもそもこんな人口の多い街でも『瓜二つの人間』がたまたま居ることすらありえない。ならば……「あんたどうやってこんなブツを持ってきた?そしてどうすればこんなにイイ変装術なんかあるんだ?わりぃがそれを言うまではしばらくこちらにご滞在」「ん……情報は解ったしこのまま死ねば楽だけど、『意味が無い』のは『あの方』の為にはならないかな……」 若い衆よりも体格もドスも格段に上の沼田の威圧にも動じず、寧ろ周囲の状況を値踏みするように彼は見渡している。そして……「戦うつもりは無いけど仕方ない。それじゃあ『前を食べて』」『食べて』……その単語に疑問を持った私が考えるよりも早く、業を煮やした沼田が彼に掴み掛かるよりも早く、目の前が灰色になった============================「幸いこの予言はまだ、始まっていまセン。今から駆けつければ田畑サンが、『ファージ』に殺される前にたどり着けマス」後頭部を冷やしつつ語るのはロイシュ・ノイエン、その肌は中紅色のせいで判りにくいが、普通の肌色なら顔面蒼白ものだ それはこの席に居る参加者も一緒だ。彼の話している人物の中には世界図書館が倒すべきと認定したファージを『操れる』人間が居るのだ。その人物が何であれ、世界侵食をするファージを使役できる以上それは危険人物にも等しい「まず起きる場所は壱番世界の夜の東京の繁華街の地下デス。そこの地下1階で田畑サン、あのお店の人と高橋サン、偽名の人デスネ。まだお2人だけの時に、皆さんはたどり着けマス。でものんびりしていますとすぐ上の沼田サンと、10人ほどの怖そうな人達が、入り口が1つなので来マス。でも今回は出来る限り普通の人たちはゼッ……タイ入れないで下サイ」ふだんはのんびりとした口調で話す人間の急ぐ会話は途切れ途切れだが、その分必要な情報のみが語られる「彼らは『ある程度食べると分裂して増殖』シマス。未来では大体大人1人で10体以上増えマシタ。最初は地下の管から100体出てきて、えと皆サン『ハーメルンの笛吹き男』って知っていマスカ?笛吹き男サンがネズミを操るお話デスガ、高橋サンはそれを笛無しで操れマス」 そして彼は頭を下げながら人数分のチケットを差し出す「でも高橋サンが操らないと彼らは動けまセン、しかも『固まって行動』しかできマセン。怖いですがそこを突けば皆サンは負けることが無イ、と私は思いマス。後『高橋サン』は勿論偽名です。どうやら変装しているようですガ、ア」 頭を上げる、何か大事なことを思い出したようだ「あの、高橋サンですが……もし可能なら捕まえるか、無理なら情報を聞き出して欲しいんデス。最近これまでとは違う事件に関連あるかもしれないので、出来れば……イエ本当に少し手もいいのでお願いしマス」 そう言って彼はロストナンバー達を送り出したが、実は彼は一つだけ話すことを忘れてしまった。そしてそれがその『高橋サン』の能力の一部という事も勿論知らない
―――6月下旬、梅雨と猛暑の境界線になりやすいこの季節。先日の豪雨とうって変わり今年初の猛暑を記録した今日 「だからなんなんだてめぇらは!!?」 東京のとあるビルの二階、沼田率いる一団が地下一階に殴り込もうとしていた。理由はそこに居る高橋と名乗った男、前触れも無く高額情報を売り込もうとした男をようは尋問してその情報源を利用、ひいてはその裏を取ろうとしていた。しかし…… 「ひぃぃぃ、バケモンがこっち! こっちに!!」 不幸な事に彼らはその高橋から情報を奪えないどころか 「逃げてんじゃねぇ! せめて止まって的にでもなりやがれ!!」 ある一団によって逆に利用にされることになったのだから 「ったく、ジャパニーズヤクザってのはこんなもんなのか」 「あの、あまり乱暴は……」 先程気絶させた沼田達を苛立たしげに蹴り転がす男―――ファルファレロ・ロッソの行動を同じく沼田の部下を担いで上がってきた竜人―――モービル・オケアノスが思わず苦言を呈す。 だが苦言は苦言、何時も以上の睨みの効いた眼光に30cm以上長身の竜人は首を縮める。元来の性格以上に、彼が不機嫌になる理由が自身の負い目になっていた。 「相変わらず荒事が好きのようですね」 「………!」 2m越えの巨体が跳ねる。何時の間にか現れた長身の女性―――レナ・フォルトゥスに驚いたようだ。実は先ほどから彼女は居たのだが、下準備の為に彼女の使役するイタチに変身していた為小さ過ぎて見えなかっただけだったりする。 「『アノ一件』以来ですかね、ファルファレロ。初めて会う方もいらっしゃるので、挨拶はしておくわ。あたしは『レナ・フォルトゥス』ですわ」 「あ、はい。レナさんにファルファレロさんはじめまして、どうぞよろしくおねがいします」 落ち着いたレナの対応に、若干表情を和らげて丁重に挨拶を返すモービルだが…… 「レナさんお久しぶりです! そして初めましテ! その羽根美味しそうですネ! 」 「!!?!」 真下の鉄筋コンクリートから『顔だけ』出した人間、ではなく金属生命体―――アルジャーノの登場に今度は完全に腰を抜かした。 げしっ 「気味悪いことしてんじゃねぇ」 「わっ! これって人間には痛いんですヨ~~」 「嘘つけ、その人間が床から顔なんか出すか」 「ま、本当は痛くないですけどネ」 ファルファレロの踏みつけにも慣れたように対応するアルジャーノ、傍から見ればホラーな光景だが、そんな事は顔見知りになってきた所為か本人達は気付いていない。 「アルジャーノも久しぶりですわね。それで地下の方はどうなったのかしら?」 「あ、地下のほうですネ、司書さんの言ってたとおり二人だけみたいですヨ。目立った配管も多分1本だけだと思いまスネ、他は壁から出ていないシ」 彼は沼田達の取り押さえに参加していない。その代わり彼は人型ではなく本来の姿の液状型に戻り、彼なりに情報を収集できる様一足先に地下へ準備に行っていたのだ。 「お、カチコミお疲れさまでス! どうでしタ?」 「いや、あの」 「済んだ、さっさと高橋のとこに行くぞ」 アルジャーノの問いにモービルが慌てる中、興味が無いように下へと向かうファルファレロ 「そうですわね、時間を掛け過ぎて田畑や高橋に怪しまれたら分が悪いわ。さっさと行きましょう」 「はい行きまショ~~」 「あ、あの皆さん。彼らは大丈夫かな?」 レナだけが振り返る、モービルが言う彼らとは沼田達の事だ。彼らは気絶させられた後レナのスリープを掛けた事により、数時間は寝続ける。しかし彼が気にするのは別な事で 「彼らにとってぼくを『化け物』と言ってましたけど、目が覚めたら思い出して怖がらないかな?」 確かにモービルは竜人、二次元や特撮でしか見る事が無い世界にとっては驚愕すべき対象だ。事実田畑達と対峙した時、偶然三下の手によって顔を隠していたローブを剥ぎ取られ、その瞬間ファルファレロ好みの緊迫した雰囲気が二流映画風パニックものになってしまったりする。 「大丈夫よ、『旅人の外套』で彼らの記憶からは何時か忘れるわ」 「ならいいですけど……」 若干の後ろ髪引かれる思いを感じつつも、彼も次いで階下に向かう。今は彼らの事よりも高橋―――下手をすれば自分達以上に恐ろしいかもしれない彼に会うのが先決だった 「あとどちらが『高橋さん』だろう。世界司書さんは何も言わなかったけど……」 なおも不安を吐露するモービルだが、一つ種明かしをすれば高橋だけはその心配、基必要は無かったりする 「みんな、入ったわね」 入口手前でレナの手が鳴る。瞬間体が浮くような感覚、ふと、上を見れば階上の人ごみがぼやけて見えた。これは彼女の掛けたシャッティングの効果で、暫く地下の喧騒は地上に洩れないだろう。 「それにしても、彼は……高橋さんは何の目的でこんなことをしているのでしょうか」 「しかもファージねぇ……どうしましょ?? あたしとしては、倒すほうが早いとは思うけど」 ふとモービルが疑問を呟き、レナも今回の問題点を考察する。 とりあえず列車内の相談で基本は情報交換後『高橋さん』を撃破するつもりだが、今回の相手は最近話題のファージ使いの一人。世界司書の予報では戦闘を避けたがっているそうだがそれが好戦的かどうかの指標にはならない。立地上なるべく穏便に済ませたいものだが…… 「構うもんか」 彼は気にしていないようだ 「高橋は個人情報を欲しがってる。ならくれてやりゃいい、フェアな交渉の材料を」 先程得た冊子を弄りつつ、ファルファレロが語る 「それでも暴れんなら黙らせればいいだろ」 どんな方法では言わなかったが、その愉しそうに細めた瞳は明らかに穏便以外のものを含んでいた 「…………随分と変わった人が来たようだね」 「………………」 外で蒸した体が冷房で冷える 地下一階は想像以上に手狭で、先客の二人と侵入した三人でも十分に手狭に感じる。 先客の一人は手前でゆったりと椅子に座っているハイショートの男、奥のもう一人はインテリタイプのナチュラルショートの男。どちらも黒髪の一般的な日本人だが前者は席を離れずゆったりと、どこか値踏みをするように眺めているが、後者は自然体に見せながらも警戒心を崩さない。恐らく前者が、件の『高橋サン』だろう 「あなたが『高橋さん』ね。とにかく、聞きたいことがい~~っぱいあるわ。と言う訳で、覚悟しなさい。」 「……だそうだけど、君の仲間じゃなさそうだね。田畑さん」 「おっとあなたは寝なさい。スリープ」 「!!」 「おや?」 喋る間も与えず崩れ落ちる田畑。若干目が丸くなった高橋のこめかみに、ファルファレロの愛銃の一つ、メフィストの黒い銃口が当たる 「君達もロストナンバーのようだね。争う理由は今日は無いけど?」 「交渉だ、それもてめぇの欲しいもんだ」 瞳だけを動かす高橋、今度は傍目から判るほどに目を見開く 「携帯もろくすっぽ使えねーんだ、アナログの方がいいだろ。仲介の手間も省けて一石二鳥だ」 「もしかして鑑定結果のやつかな? ありがとう、これを待って……」 触れようとして離れる資料 「どっこいタダじゃ渡さねえ、世の中そう甘くねえ。このリストはてめェが他人に化けるのに必要なんだろうが……てめェの目的は何だ?一体何しようとしてる?」 「化ける? 必要? 少し話を整理したいけど、その前にこの人をどうするんだい?流石に攻撃があたったら不味いと思うけど」 高橋の眉が上がる。流石に突然の事に若干驚いて入るようだが比較的冷静に、同じ部屋にいる三人には武器を構えていないように見える 「あん? その辺に転がしておけばいいだろ?」 「いや、だめですよ! とりあえずこの人を何処かに動かしましょう」 「あぁ後先に言っておくけど、僕は情報収集できるなら戦う気は無いよ。だから武器を下げてくれない?」 「残念だけどそれはできないわ。これまでの報告から貴方たちを信頼できない……」 レナの言葉が止まった。次いで田畑を隅に寄せていたモービルが田畑を庇う様に剣を構える 「あぁ、時間が来たんだね」 高橋の代わりに『顔の解らない男』が座っていた 勿論彼の顔がのっぺらぼうでは決して無い、目も鼻も口もある、髪や瞳の色が黒色など傍目からは普通の人間に見える。ただ彼の顔が『判別不可能』なまでに身体の特徴が無さ過ぎて酷く憶え難いのだ (アルジャーノとは違うか) 更に高橋へメフィストを押し付けつつファルファレロは推測する。今回の参加者の中には同じく変身を得意とする、今は地下の床天井全域に広がって高橋に見えないように擬態しているアルジャーノが居る。 しかし彼の場合は見た目を自分の細胞を人に似せているだけで、実は触感は金属のままであり、先ほど踏みつけた時も水銀を踏んだような感触の無いものだ。しかし一瞬消えて戻った高橋の感触は圧し慣れた人間の皮膚に近い、顔を除けば普通の人間のようだ 「そういえばてめェは化けられるんだよな。なら自分に化けてみろ」 思い出したように呟くファルファレロに初めて首を動かして彼を見る高橋 「僕は構わないけど、他の人はどうなのかな?」 「あたしは構いませんわ」 すかさずレナが応じる、本来なら変身を得意とする相手に変身を許すのは無謀だ。しかし今は面積の狭い地下、交渉する以上喋られない巨大な機械にはならないだろう。更に運動神経に定評があるファルファレロが急所を狙っている上、彼女には練成し終わったエレキバインドがあるので最悪何時でも戦闘は可能。 何より大魔導師としての彼女の予想、変身に魔力を使う人間ならば、精度の高い変身は大量の魔力を消耗する。アドバンテージがある以上逆に戦力を減らす意味で有効だと彼女は判断したのだ そんな二人の様子を見て、緊張しながらもモービルも了承の意味で首を縦に振る。その様子を受けて高橋が一瞬だけ消えた後 「「「…………」」」 似ているけど似ていない『笑顔の』ファルファレロ・ロッソが現れた 「……クスッ」 「Ehi(おい)……」 「…………」 一つ弁明させてもらえばファルファレロは笑わない人間ではない、ただ笑顔が威圧的な嘲笑であったり恍惚的な冷笑なだけである。対して高橋の化けたファルファレロは事務的ながら『無欲な微笑』という、百年分の酒の肴になれる『ファルファレロが絶対しない表情』をしている。 その為彼を知っているレナや部屋の周囲に擬態中のアルジャーノは笑いをこらえ、変身させたファルファレロは苦虫を噛んで磨り潰した表情をしているが、彼と面識のないモービルだけは純粋に、実際誰が見ても判らないほど完璧に変身した高橋に純粋に驚いていた。 「一応しばらくはこのままだけど……何で僕の眼鏡を外すのかな?」 「どこまで精確に化けられんだ、眼鏡なしでも歩けんのかよ」 精度を確かめつつ嫌がらせも兼ねて高橋の方の眼鏡を外す。『そろそろ交渉をしたいんだけど……』とぼやきつつも目頭を押さえているので、視力もしっかりコピーした模様。その後痛くなったのかそろそろ眼鏡を返して欲しいと一悶着が有ったりもしたが…… 「とりあえず、他の報告書じゃ慈善活動とかほざいてやがったが、これもその一環か。あの方ってなあ誰だ、何企んでやがる」 そんな遅くなった理由は割愛しつつ、やっと情報交換が始まる 「今回は情報収集であって仕事だね。『慈善活動』とは君達にとってどういう意味かな?」 「ロストナンバーの保護についてよ。最近あなたたちと取り合いになっているのはご存知かしら?」 基本は一対二、ファルファレロとレナが対談する形だ。引き続きモービルが田畑を守りつつ、アルジャーノ同様何かあれば対応するように構えている。 「あぁ、君達もロストナンバーだから知っているだろうけど、僕らは元居た世界から拒絶されたのは知っているかな? このままの状態だとロストナンバーは消失するから、僕らの方でも彼らが消えない様に助けているだけだよ」 「それにしてはかなり荒っぽいわ」 「そこは否定できないね、荒っぽい人は多いのは事実だと思うよ」 対して変身中の高橋は相変わらず微笑を浮かべたまま、表情が全く崩れない 「『あの方』ってのはてめェにとってどんな奴だ? 神か悪魔か、ただの人間か?」 「人によって変わるけど、僕としては『神』そのものだね。あの方が在ったお陰でロストナンバーを消失の運命から解放してくれたのは事実だから。その点だけでも殆どの人達はそう思っているのかな。ところでやっと返してもらったけどこれは別の資料だよね?」 「それは裏商売関係の顧客リストだ。それが欲しい情報じゃねぇのか?」 「いや、ここで頼んだのは情報の解読だね。情報を採ったのはいいけどこの機械だけじゃ読めなかったから」 確かに先程から高橋の横にあるHDDは外付けHDDだ。中の情報を見るには最低でも後電源付きパソコンとそれを繋ぐケーブルが必要になる 「ちょっと待て、『採った』って事は自分でスったのか?」 「そうだね、一応僕がここで手に入れたけど残念ながら読めなくてね。初めてこれが住人リストの一種だと知ったよ」 「『読めなくて』? 自分で解読することはできなかったのかしら?」 ふと引っかかる、今レナ達は『旅人の言葉』を用いて日本語で喋っている。その言語で喋っている以上、高橋は少なくとも日本語で話しているはずだ? しかしレナの知る『旅人の言葉』は文字も使える、もしや彼らは会話能力しか出来ないのかと期待した。 初めて高橋の表情が固まる。瞳が若干横にそれて、言うべきかどうかと若干迷ったようにも見えた。そして少しだけ息を吸い込んで、律儀に彼女への質問に答えた。 「ん……少し専門用語になるけど『旅人の言葉』って言う能力は持っているけど、今回は読めない言語で採ってしまったから翻訳しにここへ来たんだよ」 「『旅人の言葉』も使えるのですか!!」 思わず控えていたモービルが声を上げる。残りの二人は声こそ上げなかったものも確実にその情報の意味を理解する。別の依頼情報には『旅人の外套』を使うファージ使いが報告されていた。という事は…… 「……『旅人の足跡』もご存知かしら?」 レナが単語だけを質問し 「あぁ、綺麗に忘れてくれるね。君達も使えるようだし、そろそろ僕の今一番聞きたい事、そちらの方の『神』を教えてくれないかな?」 高橋は相変わらず変わらぬ微笑で返した 誰も喋らなくなる。ここで言う『神』は恐らく『チャイ=ブレ』が当てはまるが、正直な話言うのは躊躇われる。今の所交渉は続いているが、決して高橋の所属組織と友好関係を結んだわけではないし、相手の戦力が判らないまま自分達の消失を止めている、彼らの生命線であるチャイ=ブレをみすみす教える事は出来ない 「『世界図書館』だ。俺達は世界図書館に所属している」 沈黙をファルファレロが破った 「それは回答ではないね。僕が聞きたいのは君達の消失の運命をとめている存在だけど」 「てめェは馬鹿か? わざわざ敵に自分のタマを晒す馬鹿が居ると思ってんのか?」 「おや、残念だね。せっかく聞けると思ったのに」 ほんの少しだけ残念そうに語る、どうやら只の鎌掛けだったようだ 「それとそっちの所属は何処だ?」 「所属? その前にこっちの質問には答えてないよね?」 「てめェも答えてねぇだろう。『あの方』ってのを『神』で誤魔化して本当の名前を言っていないじゃねぇか」 「………」 今度は高橋だけが止まる 「無い情報に賭ける馬鹿はいねぇ。だが俺はさっき『世界図書館に所属している』と言った、所属先も十分な『情報』だ」 「………」 「俺が聞くのは間違っちゃいねぇだろ? それもサービスで先にに答えてやったんだぜ。言わねぇ訳にはいかないだろ?」 銃口が眉間になるのも気にせず、高橋が初めてファルファレロを正面から見る。全く同じ、鏡を見るように同じ顔だ。一方は見下しながらもありありと自信を浮かべ、もう一方はもはや仮面や人形に近い笑みを崩さない。でも、それは実際数秒も無いことで 「…………『世界樹旅団』」 返答が来た 「僕は『世界樹旅団』に所属している。そして僕らは僕らの目的の為に、君達の所有する世界に来ているよ」 「てめェらは壱番世界だけじゃなく他の世界にもファージをばら撒いてる。侵略か?にしちゃあまどろっこしいな」 「へぇ、ここは壱番世界って言うんだね。他の世界、と言うとまだ幾つも見つかっているのかな?」 「話を逸らさないで、あたしたちにとってファージは危険な存在なのよ」 すかさずレナがサポートに回る、ファージの話は最も需要な情報だ。特に彼らのファージを制御する技術は驚異だからこそ、その一端でも知りたい情報でもあった 「ファージが? あぁ、確かに制御していない彼らは凶暴極まりないかな。でも僕らにとって彼らは大事な道具だね、君達の持っているこれと同じかな?」 そんな気持ちは気にせず、高橋が何気なく着崩したスーツから何かを取り出した瞬間…… その右手はファルファレロのメフィストによって千切られ、同時に高橋の周囲が灰色に染まった 「……!」 「エレキバインド!!」 モービルが火を噴き、レナは捕縛する為に練成済みの電撃を高橋に放つ しかしどちらの攻撃も当たらない、高橋を覆った灰色の固まり、隠れていたネズミ達が事前に命令していたかのように高橋の身代わりになる しかし高橋は動かない。いや、もう動けない 既に脚は水銀様のアルジャーノに纏わりつかれ、燃えて絶命した、更に彼を守ろうとするネズミ達と一緒に取り込まれつつある ファルファレロは千切た手を踏み付けた。高橋が持っているのは紛れも無い彼の白銀の愛銃ファウスト、高橋には未だ見せていない。そして本物のファウストは自分の懐に在る、つまり高橋は見える見えないに拘わらず見た対象を完全に模写できることを意味した 「おや、反撃する暇も無かったね。まぁいいか」 そんな誰に聞かせる訳もなく、相変わらず口調も、同じ様に表情も特に変化せず、アルジャーノに咀嚼される中、慣れた動作で残ったメフィストを心臓辺りへ押し付けて、自らに引き金を引いた 「ン…………まさかの大外れですヨ」 高橋を完全咀嚼後のアルジャーノの第一声 「完璧な有機生命体ですネ。変わったトコロも何も無いですしファルファレロさんと同じカンジ」 高橋の死体は放置する事は出来ないのでアルジャーノに分析がてら処分して貰う事にした。そしてその結果は見事な大外れだ。彼の予想する変身特化の生物ではなく、その味は試しに食べた哺乳類、実は壱番世界の人間の味と全く変わらなかった 「ア! チョット発見でス!」 突然自分の腹、基金属状態の部分に手を突っ込み、何か親指のサイズのクリップを取り出すアルジャーノ 「それは俺の盗聴器だ」 が、それは高橋の物では無くファルファレロの物だ。実はメガネを高橋から取った際、逃走用に保険として仕掛けたが、結局死体になった為バンビーナの追跡も併せてこちらも当てが外れていたりする 「まったくもって、不明な所も多くなって来ましたわね」 「それにしても、僕らと同じような人達がいるみたいですし」 正直、これまでの話から彼らがチャイ=ブレと同じ超生物の加護を受けているのだと当てはめられる。おそらく報告に出ている円盤みたいなものも、ロストレイルと同じ世界間を移動する乗り物だろう。 しかし、その予想が当たっているなら、世界司書と同じ存在が彼らにも居るかもしれないし、ファージを道具にする世界図書館以外の技術もまだあるのかもしれない。 「もう少しじっくりと調べるべきだったかしら」 「いや、もしかしたら死んでねぇかもな」 「え?」 ファルファレロに視線が集まり、その手に持ったものを見る 「これは……!」 「?……ア」 それは撃ち落とした高橋の手だ。訝しげながらも観察すると、レナ、次いでアルジャーノが気付いた 「ええと、何が違うのですか?」 気付かなかったモービルのみが問う 「こいつは女の手だ」 正確に言えばファルファレロのよりも小さい、計れば150㎝程度の小柄な『特徴ある』女性の手だと気づくだろう、因みに偽のファウストは銃声が消えた瞬間に融けるように消えた為もう無い 「でもしっかり包みましたヨ。逃げる素振りもまったく見せなかったですシ」 「あそこまで余裕ぶっこいてたんだ。何か隠し球でも持ってんじゃねぇか?」 「うう~~ん、また食べたいですねア!!」 また腹の中を探るアルジャーノ、今度はファルファレロの用意した物ではないが 「この前食べたファージに似てたかナ?」 「…………針なのかな?」 取り出したのは15㎝ほどの金属にも似た何かの『針』。それはアルジャーノが前に食べた物と同じであり、それが高橋達世界樹旅団のアドバンテージの一つである重要な物だったりするが その正体を知るのはまだまだ先になるのだった 「世界図書館…………ね」 一方どこかの、実は先の地下から一駅だけ離れた別の繁華街を高橋は歩いていた。その姿は偽名の高橋でも化けたファルファレロでもなく、勿論手の女性でもない、相変わらず『顔の解らない男』のまま、特に目的も内容で適当に視線をさ迷わせながら考え事をしているようだ。 勿論彼は先程レナ達と会話し、アルジャーノに取り込まれながら自殺した本人である。ちなみに本人曰く「死ねなかったから生きているだけ」らしいが………… 「まぁやはりと言うか…………ならナレンシフと……」 殆ど雑踏に紛れ声は聴こえない、がその表情は何処か納得したようにも見えた 「まぁいいかな、次の…………だろうし、予想以上の……大丈夫だろう」 そしてくるりと踵を返して彼も来た道を、基所属する世界樹旅団へと戻っていった 【Fin】
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