その日、世界司書たちは図書館ホールに集められていた。なんでも館長アリッサからなにかお達しがあるというのである。彼女が新館長に就任してから初めての、正式な館長通達。一体、何が発せられるのかと、緊張する司書もいた。「みんな、こんにちはー。いつもお仕事ご苦労様です」 やがて、壇上にあらわれたアリッサが口を開いた。「私が館長になるにあたっては、いろいろとみなさんにご迷惑をおかけしました。だからってわけじゃないんだけど、世界司書のみんなの『慰安旅行』を計画しました!」 慰安旅行……だと……? ほとんどの司書たちが言葉を失う。「行き先はブルーインブルーです。実はこの時期、ジャンクヘヴン近海で、『海神祭』っていうお祭りをやってるの」「あ、あの……」 おずおずと、リベルが発言の許可を求めた。「はい、リベル。バナナはおやつに含みます」「そうではなくて……われわれが、ロストレイルに乗車して現地に向かうのですか?」「あたりまえじゃない。慰安旅行なんだもの。年越し特別便の時に発行される、ロストメモリー用の特別チケットを全員分用意してあります。あ、念のため言っておくけど、レディ・カリスの許可もとってあるからね!」「……」 そうであるなら是非もない。 時ならぬ休暇に、司書たちは顔を見合わせるばかりだったが、やがて、旅への期待が、その顔に笑みとなって浮かび始めるのを、アリッサは満足そうに眺めていた。「コンダクターやツーリストのみんなのぶんもチケットは発行できます。一緒に行きたい人がいたら誘ってあげてね♪」 さて。 この時期、ジャンクヘヴン近海で祝われているという「海神祭」とは何か。 それは、以下のような伝承に由来するという。 むかしむかし、世界にまだ陸地が多かった頃。 ある日、空から太陽が消え、月が消え、星が消えてしまった。 人々が困っていると、海から神様の使いがやってきて、 神の力が宿った鈴をくれた。 その鈴を鳴らすと、空が晴れ渡って、星が輝き始めた。 ……以来、ジャンクヘヴン近海の海上都市では、この時期に、ちいさな土鈴をつくる習慣がある。そしてそれを街のあちこちに隠し、それを探し出すという遊びで楽しむのだ。夜は星を見ながら、その鈴を鳴らすのが習いである。今年もまた、ジャンクヘヴンの夜空に鈴の音が鳴り響くことだろう。「……大勢の司書たちが降り立てば、ブルーインブルーの情報はいやがうえに集まります。今後、ブルーインブルーに関する予言の精度を高めることが、お嬢様――いえ、館長の狙いですか」「あら、慰安旅行というのだって、あながち名目だけじゃないわよ」 執事ウィリアムの紅茶を味わいながら、アリッサは言った。「かの世界は、前館長が特に執心していた世界です」「そうね。おじさまが解こうとした、ブルーインブルーの謎を解くキッカケになればいいわね。でも本当に、今回はみんなが旅を楽しんでくれたらいいの。それはホントよ」 いかなる思惑があったにせよ。 アリッサの発案による「ブルーインブルーへの世界司書の慰安旅行」は執り行なわれることとなったのだった。 ◇◆◇「やはり……サブマリンは黄色かのぉ?」 大きな旅行鞄の中身の最終チェックに余念がない世界司書アドルフ・ヴェルナーは子供みたいにはしゃいだ目をしてそう切り出した。目の下にはいつもより濃いクマが出来ている。まるで遠足前夜に一睡も出来なかった子供のようだ。 いつも自らが赴き、自らの手でそれをやりたいオーラ満載で語る彼だったが、この時ばかりは今まで以上の熱い語り口調だった。何せ、今回は自分も同行出来るのだから。「タコさんウィンナー…カニさんウィンナー…エビさんウィンナー…朱雀さんウィンナー…鳳凰さんウィンナー…」 などと彼のどうでもいい弁当の中身についての話を割愛して要約するとこういう事だった。 ジャンクヘヴン近海で『海神祭』と呼ばれる祭りがあるという。当然、祭りともなればやってくる商船も増えるだろう、それを狙った海賊どももセットで増えるというわけだ。これに伴い海軍はいつも以上の警備体制を敷くことになる。 しかしヴェルナーの懸念は海上にはなかった。 かつて『大砲をぶっ放すワニガメ』という、どこから見ても人工の水陸両用機械海魔が出現したことがったが、それは潜水機能を有していた。つまり、海賊が襲ってくるのは、何も海上からだけ、というではない。 そう、彼は対ワニガメ用に警備を行うという名目で、潜水艦による出航許可を得ていたのである。現時点の海軍の潜水艦性能といえば、未だ試作品であるという事実と、動力源の確保が困難という理由から、長時間の航行が出来ないものであったが、メンテナンスも出来ると豪語する(マッド)サイエンティストが同行するという事で、航行実験も兼ねた許可がおりたのだった。 とはいえ、ただ潜水艦でジャンクヘブンの周りをぐるぐるまわるだけではつまらない。運良くワニガメに出くわせばいいが、そうでなければ――もちろん海賊など現れないに越したことはないのだが――ヴェルナーにしてみれば面白くないどころの騒ぎではないのだ。 だから彼はもう一つの楽しみを用意していた。 海底遺跡の発掘調査。なんといってもブルーインブルーには、かつてこの世界を支配した文明の残滓がそこここに残っているのだ。その大半が海に埋没してしまい、これまでは残った島などを調査するばかりであったが……。「海底遺跡の発掘。これはきっと大きな一歩になるであろう」 ヴェルナーは陶酔しきった顔でそう嘯いた。 もちろん、それは決して悪いことではない。潜水型機械海魔が存在する以上、それを裏で操るジェローム海賊団も、海上にある小島の遺跡発掘から、海底遺跡へと手を広げていないとも限らないのだ。 何より、ブルーインブルーの古代遺跡には古代文明の謎が埋もれている。それを掘り起こすことが出来れば……。「そのためにわしは今回、これを用意した!」 そう言ってヴェルナーは根拠のない自信に満ちあふれた顔で何やら怪しげなものを取り出した。「オキシグルミじゃ!」 テーブルに置かれた、それ。思わず我が目を疑いたくなる、それ。ペンギンの着ぐるみにしか見えない、それ。相変わらず胡散臭いにもほどがある、それ。「ウェットスーツになっておって、なんとこれを着ておれば、2時間も海中で行動が出来るのじゃ」 彼は胸を張って言った。恐らくは一度も試したことがないだろう代物だ。何故にペンギン。「なぁに、今回はわしも同行する。万一のことがあったら、その場で修繕出来るよう準備は万端じゃ!」 いや、万一のことがあったら、海底深くで溺死確定なんじゃ……とは、脳裏に浮かんでも誰もそれを口にする者はなかった。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!お願い!イベントシナリオ群『海神祭』に、なるべく大勢の方がご参加いただけるよう、同一のキャラクターによる『海神祭』シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
「やっぱりゴールドだぜ…」 間下譲二は2tトラックくらいはありそうな潜水艦を見上げながら額に滲む汗を左手の甲で拭った。右手には金色のペンキのついた刷毛を握っている。やりきった顔だ。 「ふむ。まぁまぁ、じゃの」 まるでどうでもいい事のようなおざなりっぷりでアドルフが感想を述べた。 「これで海底探索できるんだね!? やったー!」 エルエム・メールが両手をあげて喜ぶ。その表情には心なしか疲れの色が伺えた。潜水艦はやっぱり金色だと主張してやまない譲二の作業が終わるまで待たされていたのだ。待っている間にベヘル・ボッラと土鈴を見つけてそれなりに祭りを楽しむ時間もとれたわけだから、それはそれでよかったのだが。 「こころから動かしてみたい」 ベヘルはぽつんと呟き、アドルフの白衣の袖を引っ張った。 「これ、取り付けてもいい?」 ベヘルが見せたのは球体のスピーカー。彼女のトラベルギアである。「うむ」と頷くアドルフにベヘルは表向きは淡々と、だが内心は意気揚々と潜水艦に駆けだした。青い艦体に金色の文字で小さくサブマリンと書かれたその文字の上に取り付ける。 「ちょっ!? おまっ!!」 今し方、塗装を終えて満足げに佇んでいた譲二が悲鳴をあげた。 「なんてことしやがんだ、てめぇ! せっかくの金色をぉ!」 本当は艦体全部を金色で塗りたかった譲二である。しかしそれは全員からの顰蹙の視線によって阻まれ、文字だけで妥協したのだ。その唯一の金色部分を塞がれたのである。 「ドンマイ」 ベヘルは抑揚なく譲二の肩を叩いた。 「では、拙者から…」 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードが早速潜水艦の上部のハッチを開けて入ろうとした。 「ふむ、狭いでござるな。胸筋が邪魔して……このっ……このっ……」 「壊す気かっ、てめっ!!」 慌てて譲二がガルバリュートの頭をはたく。確かに、無理矢理入口を広げて、水中に沈んだ瞬間浸水させるわけにもいかない。不承不承ガルバリュートは下半身まで入った体を引き上げようとした。 「むむっ……今度は引っかかって出られなくなってしまったでござる」 譲二は舌打ちしつつ辺りを見渡した。ここは、潜水艦のドッグなのだ。ちょうど油差し用のオイルがある。 「これでいいか?」 などと言いながらガルバリュートの胸筋にオイルを垂らした。 「おお、ありがたい! これならば!!」 スッポーン、という音と共にガルバリュートが潜水艦から出た。 「ったく、てめぇは!!」 ぶつくさ言っていた譲二が改めてガルバリュートの巨体を見上げる。猫背の譲二からすれば彼は自分の2倍くらいに見えた。だからそれは脊椎反射だったに違いない。 「今度から気をつけてくださいね。あ、いつでもオイルは用意しておきますんで」 手を揉み愛想笑いなど浮かべる譲二、ガルバリュートにまでこの変わりよう、見事な三下細胞といえよう。 「ふむ。下は広いんじゃがなぁ」 残念そうなアドルフにガルバリュートはペンギンを着込みながら笑顔を向けた。 「いやいや拙者は潜水艦など必要とせぬでござる。水圧なんぞ何のその。ジェットエンジンで進めるでござるぞ!」 「なるほど。では、おぬしを神風特攻隊隊長に任命しよう」 「神風特攻隊?」 「魚雷を誘導し敵艦に命中させる隊じゃ」 首を傾げるガルバリュートにアドルフは無邪気な顔で言ってのけた。 「おお!!」 なんだか凄そうなそれにガルバリュートは目を輝かせた。それは正に自分にふさわしい隊ではないのか。細かいことは気にしない。 ただ一人、コンダクターの譲二だけがその言葉の意味するところを正確に捉えていた。 「ま、適材適所ってやつだな」 潜水艦に譲二が乗り込むと、続いてエル、ベヘルが乗り込み、最後にアドルフが乗り込んだ。 中は外見の大きさに反して狭かったが、それでも8人乗りワゴンくらいの広さがある。とはいえガルバリュートが乗っていなくてよかったと譲二は心の片隅で思った。 操縦席にアドルフが座ると譲二が補助席の席を引っ張りだして座る。程なくして、ゆっくりと潜水艦は水中に沈んだ。 前面に巨大ディスプレイで潜水艦の全包囲映像が映し出されている。右側面の映像に映ったガルバリュートらしきぱっつんぱっつんのペンギンが手を振っていた。顔は見えないが中ではにこやかな笑顔をしているに違いない。 エルはかさばるオキシグルミを隅に積み上げビニールシートを広げて座ると魔法瓶を取り出した。完全にピクニックの装いだ。潜水艦が海底まで沈んだらオキシグルミで海中散歩を楽しんでもいいな、と思っている彼女である。何と言っても機械海魔ワニガメのサイズを考えれば奇襲されることはないからだ。ただ……エルは小さな丸い窓の外に視線を馳せた。そこではガルバリュートがHAHAHAと楽しそうにジェット推進で併走している。果たしてあのスピードについていけるだろうか。 魔法瓶の中身をカップに注ぐ。 「コーヒーどう?」 エルが声をかけたのは、計器を一つ一つ確認しているベヘルだった。ちなみに彼女が先ほどから探しているのは自爆スイッチである。 「いただきます」 アドルフの座る席の横にドクロマークのついた赤いスイッチを見つけて満足げにベヘルはビニールシートに腰を下ろした。コーヒーを啜りつつ虎視眈眈と操縦の機会を狙う。 「海で遊んで暴れて探検して、最高だねっ!」 「うん」 「一つヤなことがあるとしたらさー……このデブペンギンのきぐるみ。もうちょい軽くできないの?」 エルの視線にベヘルもそちらを振り返る。ペンギンの着ぐるみにしか見えないオキシグルミたち。ただ一つだけペンギンに見えないものがあった。金ぴかのお札柄に塗り替えられたオキシグルミである。誰の、とは問うだけ野暮だろう。 「でも、水の中は浮力があるから」 「そっか」 「あたたかそうだ。ペンギンって泳ぎ速いんだっけ」 「でも、こんなじゃラインダンスがせいぜいだよ!」 泳ぎに自信のないベヘルはラインダンスを想像してみた。それは泳げなくても出来るのだろうか。 と、思い出したようにエルが言った。 「そういえば後の2人は?」 明らかに人数が足りない。 「さぁ?」 ベヘルは首を傾げたが、助手席で話を聞いていた譲二は後の2人の行方を知っていた。ナオト・K・エルロットと青海要は今、別の遺跡を探検しに行ってるのだ。「遺跡探索と言えば、財宝だわっ! 隊長! 行くわよ!」という彼女の言葉を、そういう事に耳聡い譲二が聞き逃すはずもなかった。だが彼の特製三下的脳のコンピュータが弾き出した答えは“こちらの方が特”だったのである。そもそも、ジャンクヘヴン近海で宛もなく探し回ってオキシグルミの潜水時間2時間で行って帰ってこられる遺跡など高が知れている。それこそシュノーケリングで行けるような遺跡に財宝など残っていようはずもなく、ジャンクヘヴンから離れるとして海また海では船が必須。下手に沖に出て海流にでも流されたらたまったものではない。その上、2時間の内往復の時間を引いた分しか遺跡探索が出来ないのだ。その点こちらは2時間丸々探索に費やせる。 結論。断然潜水艦。おまけに金の成る木もついてくる。譲二はアドルフの発明品にも目をつけていたのだ。 戦闘要員や探索の人手が減るのは多少心許ないが、お宝の報酬分配を考えれば2人を止めるどころか笑顔で見送る。そういうやつだ。だから。 「キミ、知ってる?」と聞かれても。 「さぁ?」と譲二はとぼけたのだった。 ◆◆◆ 一方、ナオトと要。2人は今、ジャンクヘヴンの片隅にある岸壁の上に立っていた。譲二の推察通り確かに泳いでいける海底遺跡など高が知れている。しかし2人が見下ろすような沖から打ち寄せる強い波と渦潮に行く手を阻まれ誰も近寄らないような場所についてはその限りではなかった。情報の勝利。 岸壁を削らん勢いの波を前にナオトはピーチボールなど投げてみた。かなり遠くまで投げたつもりが瞬く間に岸壁に打ちつけられ破裂する。この後の自分と重ならなくもない。 「本当にここ?」 ナオトは念を押すように尋ねた。 「はい、であります、隊長!」 敬礼と共に要が答える。そういう情報だ。ナオトは岸壁に張り付いたかつてピーチボールの一部だったものを見、そして要を見た。 「…………」 ま、人生なんとかなるだろ。 「ペンギンに着替えるか」 ナオトは諦念に満ちたため息を一つ吐いてオキシグルミの胴体部を引き寄せた。 「あ…水着着てくるの忘れた」 てへ、と要が自分の頭に拳を当てる。 「段取り~」 と言いながらナオトは服を脱ぎ捨てた。ばっちり下に水着を着込んでいた彼である。 「わー、ナオト意外に足綺麗~」 「なっ!? 何見てんだっ!! さっさと着替えろ!」 今にも向こう臑を撫で回しそうな目つきの要にナオトは慌てて背を向けると、ペンギンの着ぐるみに足をつっこむ。 一体どういう構造になっているのか外見の寸胴に反して中は窮屈だった。着てみて気づくが酸素タンクやチューブのようなものはない。どうやら内蔵されているようだ。 見た目はペンギンの着ぐるみだが、着てみた感想は、宇宙服ってこんなかな、という感じだ。 ナオトは再び海に視線を馳せた。高さは5mくらいか。波しぶきがここまであがる。命綱が必要だな――と。 「隊長! 準備万端です!」 ペンギンの着ぐるみを着終えた要の敬礼。「ああ」と頷くナオトの横で岸壁の下を覗いていた彼女がおもむろにナオトを振り返った。もし彼女の顔が見えていたなら、怖いから先に飛び込んでっ、という口ほどによく語る目も見えただろう。しかし聞こえてきたのは。 「レッツゴー!」 「のぉわっ!?」 要に背中を押され、ナオトは有無も言わせず付き落とされていた。 水の中に沈む沈む。しかしオキシグルミを着ているせいか息が苦しいということはない。落ち着いて両腕をあげる。と言ってもペンギンの手では肘から上くらいまでしか動かないのだが、慌てず水面を目指すと程なくしてゆっくり浮上した。 どうやらオキシグルミにはアシスト機能がついているようで、この荒波でも立ち泳ぎが出来る。足首を伸ばすと波にもあまり流されない。 「隊長!」 要の声がはっきりと聞こえた。どうやら通信機能もあるようだ。思った以上の高性能っぷりにナオトはペンギンの右手をパタつかせた。 「おー!!」 「ちゃんと受け止めてよー!!」 「へ?」 次の瞬間、突っ込む暇もなくナオトの頭上に降り注ぐ太陽の光がペンギンのお尻で遮られた。 ◆◆◆ 潜水艦の前面のディスプレイではなく小さな丸い窓から海の中を見つめていたベヘルがぽつんと呟いた。 「ワニガメがいる」 「何じゃと!?」 「大丈夫。まだヤツらは気づいてないから」 ベヘルの口ぶりはあくまで淡々としている。しかし彼女がもっと表情豊かであったなら、ニヤリと不敵な笑みを零していたことだろう。 「どこどこどこ?」 エルが丸い小窓に顔をくっつけるようにしてワニガメを捜した。しかしその姿はディスプレイにも捉えられてはいない。 ベヘルが潜水艦に取り付けたトラベルギアがソナーの役割を果たしていた。それ故、彼女だけがその位置を正確に把握していたのだ。 「ワニガメは有視界操縦だったから……。ふふ。水中でぼくを相手にする恐ろしさ思い知るが良い」 ベヘルは積み上げられたペンギンの頭部を被った。外にいるガルバリュートと話をするためだ。 「ワニガメは2時の方向1海里の地点にいる」 『なんと! まことでござるか』 驚いたようにガルバリュートは目を凝らすが、この深さの海底ではどこまでも濃蒼が続いているばかりだ。そちらの方へ行きかけたガルバリュートを止めてベヘルが言った。 「海中の土砂で土煙を」 『了解でござる』 ベヘルの意図を察してガルバリュートはジェットエンジンを噴射してワニガメがいるであろう方角に向けて海底の土砂を巻き上げ煙幕を作った。 「何も見えないよー」 巻き上がる土砂に水が濁り更に視界が悪くなって声をあげるエルにベヘルがサムズアップを返す。 「大丈夫。ちゃんと見えてる」 外ではガルバリュートが土煙を裂くようにワニガメに急速接近していた。 正しくそれは鋼鉄の鎧を着た海魔ワニガメ。その背に大砲を背負ってる姿はまるで戦車のようだ。 巻きあがる土煙に海魔出現と思ったのかワニガメが臨戦態勢に入る。土煙に向けて闇雲に撃ってくるワニガメ二にガルバリュートは水中機動で間合いを変えつつ翻弄した。歯を全部砕いてやろうか、などと思ってみたが、そもそもワニガメはワニガメの形をしているだけで生体ではなく機械である。魚雷を撃ってくるのを見ても口で攻撃するわけではない。甘噛みなんてのも期待出来ず正攻法を考える。 「よし、魚雷発射じゃ!」 アドルフが潜水艦の中から意気揚々と号令した。 「魚雷発射!!」 譲二が復唱し、魚雷の発射スイッチを押す。 「神風特攻隊、任せたぞ!」 アドルフの指令にガルバリュートが雄雄しく応えた。潜水艦側面のハッチが開き姿を現した魚雷を担いでガルバリュートはワニガメへ向けて泳ぎだす。 その一方で、それらの光景が全く見えないエルが不満そうに頬を膨らませていた。これでは暴れられないではないか。 「エルも行く!」 言うが早いか、ペンギンの着ぐるみに足を突っ込んでいた。水中ではスピードに限界があるが、敵はワニガメといっても潜水艦である。ならば搭乗口から突入して殴り込めばいい。 「わかった」 頷いてベヘルはトラベルギアを操作した。彼女のギアは索敵といったソナー以外にも音響兵器として使えるのだ。音波を発し衝撃波にしたり、大砲や魚雷を誤作動させたり出来る。 確かワニガメの搭乗口は上部にあった。このまま搭乗口を開けたら中は瞬く間に浸水だろう、敵はぶっ飛ばされる前に溺死である。エルとてペンギンを着たままの戦闘など望んではいないだろう。だから。 ベヘルはワニガメを裏返すことにした。平衡感覚を失わせる音波を放つ。 ところで、ワニガメに向けてガルバリュートが魚雷を抱いて特攻していたことを、ベヘルはあまり考慮していなかった。 ただ、それは当然ワニガメと潜水艦の間に存在していた。 『なっ!?』 突然眩暈にも似た感覚にガルバリュートは襲われた。世界が歪む。視界はただただ自分が巻き上げた砂嵐。一体自分がどこへ向かって突っ込んでいるのか上下さえもわからないまま。 『なんとっ!?』 ガルバリュートが声をあげた時には世界は光に包まれていた。ベヘルの音波に魚雷が反応したらしいとは思う間もなかった。 「あっ」 ペンギンを着こんで準備をしていたエルの手が止まる。 譲二は、ベヘルを敵に回さなくてよかった、と心底思った。 アドルフは目をキラキラと輝かせながら光に向かって敬礼した。 海に消える星。或いはもくず。 ベヘルが光に向かってサムズアップした。 「ドンマイ」 ◆◆◆ ナオトと要はゆっくり海中を進んでいた。ちなみに、最初に飛び込んでからしっかり仕切りなおした2人である。背中には防水仕様のリュックサック。ペンギンのお尻からは命綱兼酸素チューブがはえていた。ペンギンは高性能な割りに腕時計も見られない不便さなのだ。万一2時間を越えたらシャレにならない。予備としてナオトが用意していたのである。そういう段取りは完璧だったのに、危うく全部捨てて突き進むところだった。くわばわくらばら……内心で呟いてなんのまじないだったかとナオトは首を傾げた。 海の中は深く進むにつれ海面の荒々しさが嘘のような静けさと穏やかさだった。色とりどりの魚が巨大ペンギンに驚き慌てて逃げていく。そのさまを見ながら、要は「ごめんね」と手を振った。 ナオトが先行し要が続く。まるでスキューバーダイビングをしているみたいだ。さんご礁の海から、濃蒼の深海へ更に進むと程なくしてナオトが声をあげた。 『あれか?』 ナオトの呟きに要が目を輝かせる。 『どこどこどこ!?』 きょろきょろしている要に、あっちとナオトペンギンが指す。そこにはピサの斜塔にも負けない傾きっぷりの建物が海底に半ば埋もれるようにして立っていた。 『おお!! あそこに財宝が眠ってるのね!!』 要は意気揚々と建物の屋上らしき場所に降り立った。一体何のための建物なのか。入れそうな場所を求めて周辺を泳いで回る。窓のようなものがあるが意外とペンギンは大きい。サイズを確認してナオトを振り返る。 『隊長! 行くであります!』 『いや、明らかに無理だろ、このサイズ……』 と声をあげるナオトを要は有無も言わせず窓の中へ押し込みひっかかるお尻を蹴りとばした。 『ぬぁっ!?』 拍子に酸素チューブがはずれてぼこぼこと貴重な空気が泡となって消える。 『お…俺の酸素!!』 慌ててナオトが泡に手を伸ばすが掴みとれるはずもなく。これで2時間で戻らなくてはならなくなってしまった。 『あはは…失敗、失敗』 てへと舌を出す要にナオトが脱力する。 『大体、こんな狭いところから入らなくても、そっちにバルコニーがあるじゃねぇか』 見れば確かにある。 『あははははは』 要は笑ってごまかしながらバルコニーから中へ入った。 遺跡内はさすがに光が殆ど届かず薄暗く音のない世界を進む。まるでお化け屋敷の中を進んでいるみたいな気分に要は心細くなった。 『た、隊長、ちょっと待ってよ!』 夜目がきくらしいナオトがすいーっと泳いで進もうとするのに、要は慌ててナオトの腕を掴もうとした。だがペンギンの手というかヒレというかでは腕を組むこともままなならない。 すると突然パッと周囲が明るくなった。 『ひゃぁっ!?』 思わず悲鳴をあげてしまう。 『ヘッドライトも付いてるんだな』 『そういうことはする前に言ってよ~』 要が腰砕けに座り込む。 『どうした?』 『バカバカ! ナオトのバカ!』 驚いたのだ。びっくりしたのだ。 『…………』 その時だった。激しい閃光が窓から迸って消えた。あまりの光の強さに呆気にとられていた要が我に返る。 『だから、何かする前には言いなさいよ!』 『いや、今のは明らかに俺じゃないし……』 『…………』 その光がガルバリュートとワニガメの壮絶な戦いの光だったと、この時の2人が知る術はなかった。 ◆◆◆ 「ワニガメはどこに行ったの!?」 エルがベヘルに詰め寄った。 「さぁ?」 ベヘルは首を傾げる。とぼけているわけではない。気づいたら消えていたのだ。ワニガメは偏向シールドなんてものまで搭載していた。もしかしたら、他にもそういった類のステルス性を有しているのかもしれない。 「せっかくの暴れられるチャンスだったのに」 エルは口惜しげに地団太を踏んだ。 そんな2人を見ながら譲二は思った。誰もガルバリュートの心配をする奴はいないんだな、と。 「ううむ、まずいぞ」 アドルフが操縦棹を見つめながら呟く。 「どうしたんです?」 譲二が尋ねた。 「動かなくなった」 「何だってぇ!?」 エルとベヘルもさすがに振り返る。 「爆発の衝撃のせいかのぉ」とアドルフ。 「一体どんな魚雷を仕込んでたんだ」と譲二。 「大したことはない。ビル一つ吹っ飛ばすプラスチック爆弾並だ」 「あいつ、大丈夫かな……」譲二はそっと視線を未だ暗く濁った海底に投げた。 「それより問題はこっちじゃ」 「振動で何とかならないの?」とエル。 「うーん」とベヘルは首を傾げる。 「神風特攻隊隊長の力を借りるしかないようじゃな」アドルフが厳かに言い放った。 「生きてたらな」譲二はそっと視線を落とす。 「わかった」とベヘルがギアをとった。 爆発による衝撃のためだろう、既にガルバリュートとのペンギンによる通信機能は途絶えてしまっていた。ベヘルはスピーカーを通して海に指令を放つ。 「ガルバリュート。潜水艦が動かなくなったから引っ張って」 譲二はしみじみ思った。 頑張れ、ガルバリュート(合掌) ◆◆◆ 遺跡探索といえば財宝。人によってはそれはお宝であるに違いない。あくまで人によっては……だが。ナオトと要はそれをあっさり見つけてしまった。何故かそこには空気だまりがあって2人はペンギンを脱ぎ捨てると、そのお宝に駆け寄った。 「すごい。本当にあった」 「これ、本物であります、隊長!」 要は箱の中からライフル銃を取り出した。ずっしりと重みがある。そういうものに詳しい人間がいたら、目を輝かせたに違いない。 「こっちはダイナマイトか?」 ナオトは別の箱を物色している。まるでここは武器庫のようだ。人によっては宝物庫。他にも2人にはよくわからないものがいろいろ置いてあった。 「これ、どうやって運ぶの?」 海水につければすぐダメになってしまうと思われる代物。完全防水で海上まで運ぶ必要がある。 しかし要の問いに答えるでもなくナオトは首を傾げていた。彼はとても重要な何かを忘れているような気がしたのだ。これだけの武器を運ぶ方法。それを考えれば思い出せそうな気がする。 たとえばそう、潜水艦。機械海魔。ワニガメ。それはまるで連想ゲームのように。 「ああ、そうだっ!!」 「誰だ!?」 ◆◆◆ ワニガメとの短い攻防を終え、潜水艦は遺跡を求めて動き出した。 ベヘルは手の中で土鈴を転がしながら海神伝説のことを思い出す。海神は海に棲む。もしかしたら海神に会えるかもしれない。何故なら今は海神祭の真っ只中だから。これから向かう遺跡が海神の住処だったらもっと面白いと思う。そうするとその遺跡は元々海底に造られたもの、ということになるのだろうか。神とまで記すのだから当時の人々にも馴染みのない力がそこにあるかもしれない――などと、ロマンチックに思考を遊ばせながら、ベヘルはサンドウィッチに手を伸ばした。彼女が持ち込んだ弁当である。 「このサンドウィッチ結構いけるね」 向かいでエルが卵サンドを頬張っていた。ワニガメ消失でしばらく不機嫌を絵に描いていたエルだったが、また現れるかもしれないし、と今は再戦に向けてエネルギー補給に勤しむことにしたらしい。 本当は海中散歩を楽しみたかった彼女だったのだが、今下手に外に出ると潜水艦を引っ張れと言われそうで断念したのである。遺跡というくらいだからどこかに自然ではない、何かしらそういった痕跡があるのだろう、それを探してたどっていけば遺跡に辿り着けるかもしれない。そういうのも楽しそうだが、それは外の人間に一任したようだ。 エルはサンドウィッチの隣にアドルフの弁当も広げた。 カニさんウィンナー、タコさんウィンナー、エビさんウィンナー、鳳凰さんウィンナー、朱雀さんウィンナー……。 その匂いに誘われるように譲二もビニールシートに腰を下ろす。 そういえばナオトが『朱雀さんウィンナーに鳳凰さんウィンナーって、それ最早ウィンナー違う!』とか突っ込んでいたが、弁当の中身がウィンナーだけであることには誰も突っ込まないんだなぁ、とぼんやり思いながら、譲二はサンドウィッチにかぶりついた。 ベヘルが鳳凰さんを手の平にのせる。ウィンナーをこんな風に細工するとは器用なとしみじみ感じ入り、食べるのを躊躇していると。 「ウィンナーはやっぱりウィンナーね」 朱雀さんを頬張りながらエルが言った。カニさんだろうが、タコさんだろうが味は変わらない。 「うん」 ベヘルも鳳凰さんを口の中に運んでみた。それはやっぱりウィンナー味だった。 それからふと思い出したようにギアに声をかける。 「ウィンナーいる?」 彼女の声はギアを通して外に取り付けられたスピーカーから海の中へと届いた。そこにはぼろ雑巾よりもズタボロのペンギンだったものに身を包んだガルバリュートがいた。ガルバリュートは今、潜水艦に取り付けられたロープを引いているのだ。 『拙者は、カニさんが食べたいでござる』 「じゃ、とっとくね」 ベヘルは一つだけ取り分けた。 「いよいよ遺跡探索ね」と期待に満ちたエル。 「どんな遺跡なんだろう」ベヘルが首を傾げる。 「そりゃもう、お宝が眠っているに違いない!」と譲二は小声で呟いた。 やがて。 「あれか……」 アドルフが腰を浮かせた。前面のディスプレイに映し出される遺跡。海藻やら海草やらに埋もれるようにして佇む過去の遺物。ガルバリュートは潜水艦のロープを手ごろな場所に結びつけると、潜水艦下部に付いている扉を叩いた。2重扉が開く。こちらは上部のそれより大きくガルバリュートも難なく出入り出来た。 「着いたでござる」 声をかけるガルバリュートに4人はペンギンを着込んでいるところだ。皆、服の上からそのまま着ている。 「はい、カニさん」 ベヘルが思い出したようにカニさんウィンナーをガルバリュートに手渡した。その光景が、芸をしたアシカにご褒美の魚をやるトレーナーを彷彿とさせ、譲二はそっと目尻の涙を拭ったとかかんとか。 一番に潜水艦を出たのはペンギンは重くて動きにくいと文句を言っていたエルだった。しかし海に出てしまえば浮力もあり重さは殆ど感じられない。確かに動きにくいがアシスト機能が付いているので楽に移動できる。泳ぎに自信のなかったベヘルも何とか付いていけそうだ。ギアが流されないよう気をつけねばと思っていた彼女だが結局どうやって掴めばいいのかわからずギアはペンギンの中に一緒に入れた。 2人の後にアドルフと譲二が続く。アドルフは潜水艦の修理をするというので、ガルバリュートがしんがりを務め4人で遺跡探索となった。 建物の一部なのか全部なのか。丸い屋根のようなものが長く連なっている。 ベヘルは周囲の警戒をしつつ音波で遺跡の計測を行う。元世界での類似施設と脳内比較して入口を探してみたがどうやら海底に埋もれているらしいということで、大きな窓から中へと入ることにした。 薄暗い中をヘッドライトで照らす。中のものは水に押し流されてしまったのだろう、柱と梁と壁があるだけで殆どが、がらん堂だった。魚たちが棲家にしていたのか闖入者に逃げ惑う。 目ぼしいものは何も見当たらない。 譲二は金目のものを物色すべく何もない部屋をさっさと進んだ。石造りの壁に色の違うところを発見し、これだとばかりに押し込む。 ガルバリュートが止める暇もない。 次の瞬間床が開いた。水の中じゃなかったらひとたまりもなかったろう、幸いここには浮力というものがあった。にもかかわらず、まるで条件反射のように譲二は穴に落ちた。その背を足場代わりにエルとベヘルが進む。ちなみに穴の中には槍のようなものが突き立っていた。さすがに刺さることだけは免れた譲二をガルバリュートがやれやれと助けあげる。 先陣をきるようにずんずん進むエルの後を追うようにしてベヘルは遺跡を探索していく。テクノロジーの残骸を自分の世界と比べてみたいと思っていた。しかしテクノロジーどころか先ほどの罠はあまりに古典的すぎるだろう。この建物は一体なんのための建物だったのか。興味は尽きない。 譲二が金目のものを求めてすぐに列を乱すが、金色に札束柄という目立つオキシグルミに、すぐにガルバリュートに首根っこを捕まれた。 程なくして行き止まると先頭のエルがそこにあったレバーを掴んだ。 「これで開くのかな?」 「不用意に動かしてはいかんでござる!」 と言いながらガルバリュートが駆け寄る。水中で少し加減がわからなかったか。勢いあまってレバーに突進。ガコンとレバーが入った瞬間、バキューム音と共に4人はどこかに吸い込まれそうになった。かろうじてガルバリュートが壁に手をつき胸筋で3人を支える。程なくして吸水が止まるとホッと息を吐いてガルバリュートが言った。 「無闇に触らない方がいいでござるな」 「…………」 3人は敢えてコメントを控えた。 かくて譲二が目先の欲にくらみ触っちゃいけないスイッチや、引いちゃいけないレバーを次々作動させ、一人で勝手に自爆していき助けようとしたガルバリュートも巻き込まれ、結果としてベヘルとエルは無傷というのを繰り返しながら進む。 しかし、どれもこれも古典的なトラップばかりだ。かのワニガメのような最先端テクノロジーとはほど遠いことに首を傾げたくなる。だが、壁の隅にカメラのようはものがついていた。どうやらこの部屋は監視されているようだ。といっても水没しカメラは機能していないようだが。ということは監視ルームのようなものがどこかにあるのだろうか。 通風口のような場所に吸い込まれたり、左右の壁に押しつぶされそうになってガルバリュートが破壊したりしながら、やがて4人は空気だまりの部屋にたどり着いた。 「やったね!」 いの一番にエルがペンギンを脱ぎ捨てる。遺跡の中に空気があればいいなと思っていたエルである。ペンギンは動きが制限されてしまうのだ。この先またどんな罠が待っているとも限らない。 「あー、さっぱりした!」 他の面々もペンギンを脱ぐ。既にズタボロでペンギンの破片しか残っていないガルバリュートだけは、そのままだ。ペンギンの頭部は無事だったのだが、兜を付けていてその事に気づいていないのか。敢えて誰も何も言わなかった。 「やっぱ、この方が身軽よねー」 「ここはどの辺だろう?」 「途中で落ちたり吸い込まれたりしたからな」 と、ベヘルがふと手を横に伸ばして、エルの行く手を阻んだ。 「なに?」 「声がする」 「声?」 「敵?」 エルが楽しそうにベヘルの前に出た。 「……知ってる声」 「知ってる声?」 こくんとベヘルが頷く。 「知ってるって?」 ◆◆◆ すっかり失念していることがあった。そうだ。ジェローム海賊団の存在だ。このブルーインブルーに於いて、過去の遺物たる古にして最新の科学を極め、唯一実用に耐えうる潜水艦――海魔に似せた水陸両用戦車ワニガメを持つ海賊団だ。海中に補給拠点などを持っていても不思議ではない。 どうやらナオトと要はそこに忍び込んでしまったようである。 というわけで。 「誰だ!?」 と誰何したのはジェローム海賊団の一人だった。 「ナオト隊長! 出番よ!」 要がナオトを前面に押し出す。しゃーねーな、と躍り出たナオトだったが。 「…………」 彼は2度瞬きして、要を振り返った。それから向き直って2度瞬きする。文字通りの多勢に無勢。ここは敵地なのだ。 一触即発のそれにナオトは「ははは」と乾いた笑いでその場を誤魔化そうとした。 「かかれ!!」 リーダーらしい男の号令と共に、敵が得物を手に襲い掛かる。ナオトは光速で踵を返した。三十六計逃げるに如かず。 「こっちだ!」 要の手を引いて走り出す。廊下を駆け抜ける2人を追う海賊ども。 「ね…ねぇ……」 要が全速力で走りながらナオトに声をかけた。 「なんだ?」 舌を噛みそうになりながらナオトが要の方に視線を投げる。 「私たち、ペンギンから離れてない?」 ナオトはしばし脳内にマップを描いてみた。ペンギンは最初の部屋に置いてきている。かろうじてリュックは背負ってきたが。 「……離れてるかも」 ナオトは血の気が引くのを感じながら答えた。空気があるから忘れそうだがここは海の底。ペンギンがなくては海上に戻れないのである。だが、だからといって今この状況で戻れるわけもない。ペンギンが奴らに見つかっていないことを今は祈るばかりだ。 しかしいつまでこうやって逃げ続けたらいいのか。この先もずっと空気のある部屋が続いている保証はない。むしろ追い込まれるのは時間の問題だった。地の利は奴らにある。 だからナオトは意を決して足を止めると踵を返した。 「俺が足止めする。要ちゃんは逃げろ!」 「隊長!? ……了解です!」 あっさり駆けて行く要の背を視界の片隅にナオトは腹を括った。海賊がそれぞれに得物を持って駆けてくる。彼らに騎士道精神を求めてもいいものだろうか。出来ればタイマンでと思いつつリュックから取り出したトラベルギアの銃を構える。弾数より遥かに多い敵。だが、だからこそこの狭い廊下が意味をもつ。狙うのは足。先頭がこければ後は将棋倒しだ。ツータップに2人が転んだ。足元に転がる仲間に彼らの足が遅くなる。それも束の間2人を乗り越え踏み越え襲い来る連中の足に再び鉛弾をお見舞いしてナオトは後退した。 さても、この後どうしたものか。 一瞬の隙。 海賊の一人がナイフを投げていた。至近距離では銃よりアクションの少ないナイフの方が速い。 元いた世界ではゴーストバスターなんてものをしていたのだ、格闘術にも自信がある。だが、隙を作ってしまった自分の迂闊さを今は呪うほかない。ナイフの軌跡をナオトは目で追っていた。それはスローモーションで見えるのに、体は高速では動いてくれないのか。 「くっ……」 息を吐く刹那。 廊下の壁を突き破り突然何かが飛び出してきた。 それが筋骨逞しい巨体だと思った時には、ペンギンの頭が喋っていた。 「大丈夫でござるか、ナオト殿」 「ああ……ガルバリュートか……」 安堵の息を吐きかけてハッとする。何、敵に背を向けてるんだと思った時、ガルバリュートの向こうから可愛い声が聞こえてきた。 「さぁ、エルのオンステージの始まりだよっ!」 彼女はワニガメ戦で暴れられなかった事を大変不満に思っていた。そんな彼女にとって敵の数は多ければ多いほどよかったのである。たまったストレスをひたすらぶつける。鬱憤晴らし、愛さ晴らし。ナオトたちを追ってきた海賊どもは不運だったに違いない。 「舞布ラッシュで天国までぶっとばしてあ・げ・る!」 彼女は飛んでくるナイフに舞布を巻き付けると、二段ジャンプで天井を蹴った。一転、舞い降りた先は敵のど真ん中。踊り子の舞布がふわりと彼女の後を追いかける。それだけだ。しかし周囲にいた海賊どもが苦鳴をあげて次々に倒れた。巻きとったはずのナイフが彼女の足下に落ちる。 再びエルは床を蹴った。まるで舞でも舞うかのようなステップで軽やかに海賊どもの合間をすり抜け、奴らを床に這わせていく。 その見事さに思わずナオトが拍手すると、その後ろからも拍手が聞こえてきた。振り返ると譲二とベヘルと要が並んで拍手していた。 ガルバリュートが要に声をかける。 「青海殿のモップでここの掃除と行こうではないか!」 床に倒れている海賊どもをモップでどうやって掃除するというのか。要はリュックからデッキブラシを取り出した。 とにもかくにも助かったようだと安堵の息を吐くナオトにベヘルが声をかける。 「一つ聞いてもいい?」 「なんだ?」 「どうして裸?」 裸と言うには語弊がある。正確には水着姿。ナオトはベヘルと譲二とそれからエルを交互に見て、自分と要とガルバリュートを見た。ガルバリュートと踊り子姿のエルは除くとして…。 「ペンギンを着てきたからだ」 と、その時ナオトは答えた。ベヘルが怪訝な顔をするのを訝しみながら。 潜水艦に戻るため皆がペンギンを着る段階になってナオトはベヘルの質問の意図を悟った。 彼は両手両膝を床につきがっくり肩を落として呟いたものだ。 「段取り……」 ◆◆◆ どうやら譲二らが探索した遺跡には倉庫のような場所があったらしい。それに目をつけたジェローム海賊団が、倉庫を発掘していたのだ。要たちがいた遺跡の方はといえば、補給拠点というより掘り出したものを一時的に置いておく場所だったようである。ちなみに2人は武器の箱を開いたが、実際にはこうもり傘などもあった。 この2つの遺跡はジェローム海賊団が繋いだものではなく、最初から繋がっていたようである。ワニガメを有する海賊団も所詮は過去の遺物の継ぎ接ぎでしかなく、海底要塞を作れるほどの技術力は持ってなかったということか。ただ、空気溜まりは海賊団がポンプで空気を送り込んで作ったものだった。 2つの遺跡の関係については今後の調査を待つほかないが、プロトタイプの潜水艦が使い物になるまで、まだ先の話になりそうだ。 これは余談になるが、消えたと思われたワニガメは遺跡と遺跡を繋ぐ空洞に逃げ込んだため突如消えたように見えたらしい。あの爆発の直前だったので難を逃れたようである。その話を聞いてベヘルはちっと内心で舌打ちした。 エルが倒した海賊団の下っ端連中は海軍に引き渡すとして、肝心のワニガメをまたも逃してしまったことは悔やまれた。あれを手に入れていれば潜水艦も一気に実用化が進んだかもしれない。 とはいえ、それなりの成果は得られただろう。 結局潜水艦はなおらず、ガルバリュートが潜水艦を引っ張り、7人は暗い水底から光まぶしい海上へ戻ることが出来たのだった。 「ふぅ~、やれやれだね」 最後に、譲二がこっそりくすねようとした海賊団のお宝は、全て没収されたことを付言しておく。 「なんでだぁ~!!」 ■大団円■
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