ロストナンバーとして覚醒した際に飛ばされた世界では、大にしろ小にしろ何かしらの騒動が付きものである。 しかしアルバオルが目覚めた時、周囲はとても静かな無音に包まれていた。「こ……ここはどこですジャ?」 くぐもった金属質な声でそう呟き、アルバオルは立ち上がる。 彼はもっさりとした筆のような髭をたくわえた老人の姿をしていた。 普通の老人ならばこの髭が一番の特徴として認識されているかもしれないが、彼にはそれ以上の特徴がある。「フム、周囲に知的生命体の気配はナシ……。ここへ来るまでの記録はありませんナ。おかしい」 がしゃん、がしゃん、がしゃん、という足音。 アルバオルの体は――金属だった。 胴や手足は空洞で何も入ってはいない。その代わり頭の内側にのみ淡く輝く光が存在しており、これが彼を彼たらしめる命の根源だった。 外から見れば小柄なお爺さんにしか見えないが、独特な声がアルバオルは普通の人間ではないということを物語っている。 故郷から遠く離れてしまったこと「だけ」を理解したアルバオルは、とりあえず言葉を話せる生物を探すことにした。「まずは情報収集ですジャ。データが少なすぎて判断に迷いますわイ……」 機械的な機能も有しているアルバオルは試しに衛星を通じて地図を取り寄せようとする。が、もちろん応答は無く、仕方なく徒歩で探し回ることにした。 ……ここがモフトピアの「アニモフ達がお祭りで出払っており、無人になっている島」とは知らずに。 数分後、アルバオルは自分が通ってきたのは雲で出来たトンネルだったということを知った。 このトンネルを通った先には離れ小島があり、彼はそこで目覚めたのだ。「なんという摩訶不思議な場所ジャ」 自分の髭よりも柔らかい雲をもふんもふんと触り、アルバオルは感激を顔で表す。 もっとこの世界を見てみたい。 そう思ったアルバオルは近くに見える山へと登ることにした。 山はそれなりの高さがあり、まんまるいシルエットの木が沢山生えている。中には果実の実っているものもあり、甘い芳香が漂っていた。崖じみた場所や急な斜面もあるが、所々に雲があり、滑っても落ちても怪我をしないように見える。「……ほっほウ!」 てっぺんまで登ったアルバオルは嬉しそうな声を漏らす。 そこからは島を一望することが出来、遠くには似たような浮き島を確認することまで出来た。「あっちに見えるのは虹ですかナ、美しいですのウ。おお、こっちには巨大な雲が!」 思わずはしゃいだアルバオルは、その瞬間足元に違和感を感じた。「?」 確認しようと重心を傾ける。 しかしその違和感は足が後ろ半分、地面を踏んでいないからこそ感じたものだった。 重心を傾けたことにより体勢を崩したアルバオルは背中から下へと落ちる。(だ……だ、だ、だっ、大丈夫ですジャ、雲が近くにありました故、破損は――) ぺきん! 小気味いい音をさせ、木に引っ掛かった右足首が取れた。 そう、アルバオルはこれでも見た目通りの老体であるため、脆いのだ。 普段ならば引っ付ければすぐに自己修復され、痛みもこれといって無いのだが……「あっ! 左足まで……」 軽い衝撃でとんだ左足がくるんくるんと宙を舞う。「ふギャ!」 それが本人にヒットした。 真下にあった雲の上に落ちたアルバオルはバウンドし、そしてあろうことかバラバラになって山の各所に散ってしまった。 しくしくしく、と金属質な泣き声がする。 頭だけになったアルバオルは髭をゆらゆらとなびかせ、山の入口付近にある木に引っ掛かっていた。「バラバラになってしまったですジャ……」 それぞれのパーツがこんなに遠くては自己修復も出来ない。 最後に確認した限りでは、右足首、左足の他に胴、右手、左手、首が別々の方向に跳ねて落ちてしまった。 辺りを見回してみても、やはり誰も居ない。「だ……誰かヘルプミーですジャ~!」 うえーんと泣きながら、アルバオルはそう助けを求めた。
●アニモフ不在の島 絵本に出てくる山の方がまだリアルなのではないだろうか。 そう思えるほどその山はメルヘンでファンシーだった。 角の無い木、そこに生った甘そうな実。崖は若干仰々しいが、そこかしこにふわふわとした雲が漂い、手の届きそうな場所に七色の綺麗な虹がかかっている。アルバオルもこれを見ながら足を進めたのだろう。 駅から小さな雲でここまで渡ってきた日和坂 綾は、全員地面に降り立つと口を開いて元気良く言った。 「初めましてのヒトは初めまして。日和坂綾です、今日はヨロシク~」 「えへへ、よろしく! 私の事はティアって呼んでね」 ティリクティアが白金の髪を揺らして笑う。 「今回、ホントに初めて会うのは、ゆふさめさんだけ、かな。初めまして。ディーナって言うの、宜しくね?」 「初めまして、私はゆふさめ 照々というよ。こちらこそ宜しくねえ」 ディーナ・ティモネンにそう返し、ゆふさめ 照々は真っ黒な目を細めた。 「ところで……誰かそういう場所を特定するのに都合が良さそうな能力の持ち合わせがある人って、居るのかな?」 ディーナの問いにペルレ・トラオムはかしかしと頭を掻く。 「あたしは無いなー。他の人は?」 「私の勘は結構鋭いわよ、当ての無いパーツを探すのに役立てると思うわ」 「俺はセクタンの能力があるから、偵察や探索の補助が出来るな」 最初に答えたティリクティアの頭上を、西 光太郎のセクタン・空がくるんくるんと飛び回る。協力するという意思表示らしい。 「私は紙だからね、高い所や足場が不安な場所があれば任せてくれないかい?」 「照々さん、無茶はしないでね?」 少し心配げに言った後、綾は大仰にも見えるくらい「うーん」と唸った。 「私は……探索? 感知? ソレ系って全然ダメかな~、あはははは! ……って感じだから、とりあえず今日はロープレスバンジーしまくりに来たんだよ~」 「ロ、ロープレスバンジー……!?」 「うん、モフトピアなら、落ちたって死なないでしょ? 迷子になってお腹減ったらたらその辺の物食べればイイし。レッツポジティブシンキングだよ~」 綾の言葉を聞き、ペルレはニッと笑う。 「そうだね、あんま難しく考えずポジティブにじーちゃんを探そー!」 「おー!」 気合を入れ、一行は件の山を見た。 「まずはアルバオルさんの頭からね」 道が山に向かって伸びている。 その先の木の上に、きらりと光る何かがあった。 ●金属翁 「ふぅおおっホウッ! 生命体発見、生命体発見ですジャ!」 泣き疲れぐったりとしていた頭部だけのアルバオルは、近づいてくる六人を見るや否や一気に元気を取り戻した。 「ここは私に任せて。私、これでも木登り得意なのよね!」 ティリクティアが腕まくりする真似をして言う。 昔はよく神殿で受けていた授業を抜け出し、木登りをしていたのだ。その感覚は今でも衰えていない。それに体重が軽い方が木への負担も少ないだろう。 ティリクティアは器用にするすると登ってゆく。 「おおおっ、助けに来てくれたのですな? ありがとうですジャ……!」 「もう、いくら素敵な世界だからってはしゃぎ過ぎよ? ほら、ちょっと待ってて」 枝に手をかけ、軽く揺すってみる。見た目はファンシーだが強度はそれなりにあるようだ。 そのまま手を伸ばすと、丁度アルバオルの頭に手が届いた。 ゆっくり、ゆっくりと慎重に手元へ引き寄せる。 「……ふう。これからは年を考えてね」 「かたじけない、緊急事態終了ですジャっ。違う景色を見たのが随分久し振りに感じますワイ」 「それにしても本当に頭だけなのね。……このままにするわけにもいかないから、身体のパーツ探すの手伝ってあげるわ」 本当ですカナ!? とアルバオルは目を真ん丸くする。 「ええ。ただし、少し髭に触らせてもらってもいいかしら?」 「それで良いならジャンジャン触ってくださいですジャ!」 嬉しそうに言うアルバオルの髭を、ティリクティアはもふぅ~っと手のひらでもふる。 固すぎず柔らかすぎず、触れば存在を感じることが出来るが決してチクチクはしない絶妙な触り心地だ。 「なかなかね……!」 「自慢の髭ですジャ」 エヘンと無い胸を張りつつアルバオルは言う。 ティリクティアはそんな彼を片手に持ち、地上の仲間に訊いた。 「上から首を投げるから、ちゃんとキャッチしてね?」 「わかった!」 「フえぇッ!? そんな……あァ~れェェ~っ!!」 空中に放り出されたアルバオルは髭を風に引っ張られながら落下し、ばしっとペルレにキャッチされた。しかし目は既にぐるぐるだ。 「うう……デンジャーですジャ……」 「もっと凄い所から落ちたんだから、しっかりしてよー」 揺すられ、ふにゃふにゃとした声を出すアルバオルをディーナがそっと受け取る。 「体が全部見つかるまで、私がアルバオルさんを預かろうか? それと、ロストナンバーの説明も」 「ろすとなんばー?」 辞書にない言葉に反応を示す。 「えぇと……初めまして、アルバオルさん。私たちは、あなたを助けに来たの……この状況だけじゃなくて、ね」 ディーナは腕の中のアルバオルに優しく説明する。 「私たちは世界図書館に所属するロストナンバーなの」 「世界図書館……」 「色んな理由で自分たちの世界から迷子になってしまった人が、自分の世界に戻るために協力し合う互助組織ってところかしら」 「ふおお、つまりワシは規模の計り知れない迷子になってしまった、と。……通常なら信じられない事ですのウ、しかしこれを見ては……」 この世界そのものが故郷とは異質のものだ。 アルバオルは目で見たもの、体で感じ取ったものは信じる派である。 「今はお祭りでね、この島の住人たちが出払っちゃってるから……アルバオルさんにも頑張ってもらわないと」 「了解ですジャ、何をすれば良いのかのウ?」 「大体どの辺りからどう落ちたって、説明できそうかな? それを元に探すのがいいかなって思うんだけど」 ふうーむ、と唸る声が続くこと数秒。 あっ! という声は頭上から降ってきた。 「あっちにも何かあるわ」 木上のティリクティアが別の木を指さす。そこでアルバオルも声を上げた。 「その方向にある崖から落ちたんですジャ! 待っていてくだされ」 途端に彼の中から小さなカシャンカシャンという音が響いてきた。 壊れたんじゃないか、と光太郎は一瞬身構えたが、すぐに理由が分かった。アルバオルの目が光り、何もない空間に映像を映し始めたのだ。 「なんだ……?」 「その時の映像ですゾ」 どうやら機能としては有していたのだが、本人が思い出さないと使えない代物だったらしい。 そのとてつもなく酔いそうな映像には、吹っ飛んでいく足や腕が映っていた。 「見切れているけれど……これで大体の方角は分かるかな?」 ふう、と光太郎は息を吐く。 「さて、と……状況を確認しよう。アルバオルさんの体は分解しながら雲の上で跳ねて落ちていった……で、いいんですよね?」 「ふム、雲で跳ねて分解して落ちたという方が正しいですナ。……ただ、結果はどちらも一緒ですジャ」 光太郎はしょげるアルバオルの肩――は無かったので、頭を控えめにぽんぽんと叩く。 そして大丈夫だと励ましながら、見聞きしたことを聞きつつ簡単な地図を描いていった。現地点に赤い丸を付け、予想のつくパーツ名も書き込む。 「おー、上手いなぁ」 「よし。バウンドした高さとアルバオルさんの落下位置から散らばった範囲を予測して、皆で範囲が被らないよう分担して捜索だ」 「六人居るから、二人一組が効率いいかな?」 綾の問いに光太郎が頷き、再度地図に人差し指を置く。 「旅している時に助けてもらった救急隊員の人から聞いたコツなんだけどね」 現時点を中心に、指でくるりと円を描きながら言う。 「とにかく破片でも何でもいいから落ちてきたものを一つ見つけたら、そこから円を描くように探す。で、次の破片を見つけたらそれを中心にまた円を描いて……って」 「何かそういう法則でもあるの?」 「落ちてきたものが無作為に散らばることってそうないんだってさ」 「へ~。……光太郎さんって一体何をやってたの?」 不思議そうな顔の綾に、光太郎は笑みを返して爽やかに答えた。 「……何やってたのかって? 観光ヘリの墜落事故……あの時は死ぬかと思った!」 「やっぱりそうだった!」 アルバオルの頭部を持ったディーナと組んだ綾。彼女らはまず、先ほどティリクティアが見つけた物体の真下まで来ていた。 「左足……かな?」 「おお、あれこそ正しくワシの足!」 ディーナが双眼鏡で確認する真下で、一足先にしっかりと確認したらしいアルバオルがはしゃぐ。 左足の表面はまさしく人間のそれだったが、内側はつるつるの金属だった。これが光を反射していたらしい。 「よ~し、二人はここで待ってて。行ってくるよ!」 綾が木の幹に両手両足を回し、よじよじと登ってゆく。 その背を見送りつつ、ディーナは自分の荷物を漁り……おもむろに方位磁石を取り出した。 「それは……」 「……二次遭難防止、だけれど、方位磁石……方角はダメでも、おじいちゃんが鉄製で方向示してくれるの期待したんだけどぁ」 聞けば磁気に弱いと生活が困難なため、アルバオルの一族は皆磁気を妨害する機械を付けたり、専用の特殊なコーティングをしているのだという。 たしかに方位磁石をくっつけてみても、針はその衝撃でゆらゆらと揺れるだけだ。 とりあえずリュックに磁石を戻したところで、上から声がかかった。 「左足、確保~」 「よかった。ノートで皆に連絡、しておくね」 それに片手で答え、綾は登った時の二倍のスピードで降りてきた。 「これ、くっつければすぐ元通りになるんだよね?」 「そうですジャ、ただ……」 ここに胴体はない。 つまり、折角見つけたこれも胴体を見つけるまではくっ付けることが出来ないのだ。 「全部……ちゃんと見つかりますかナ……」 「えと、おじいちゃん、アルバオルさんだっけ? ダイジョブ、失せモノ探しとか得意なヒトたちも居るから……ね?」 語尾に優しさを込めながらそう励ますと、アルバオルは少し笑顔を見せた。 助けが来たといっても不安は不安なのだろう。それを拭いながら探すのも大切な仕事なのだ。 光太郎はペルレと組み、右足首を回収するために崖へと向かっていた。 世界司書が事前に察知したところによると、右足首は崖の途中に生えている木に引っ掛かっているのだという。 大まかにでも場所が分かっているのは助かるが、左足とは違い、右は足首のみだ。つまり小さいため、目を凝らすことは必須だろう。 「それにしても……どう見てもロボットだけど生き物、か。子供の頃に見たアニメにそんなキャラがいたっけ」 「たしかに変だよねー、こんな生き物もいるんだなぁ」 二人ともアルバオルのような種族を見たのは初めてだったため、本人の前ではしにくい話も含め、道中の話題には事欠かなかった。 しばらく山道を行くと、下に雲の見える崖まで辿り着いた。 「これは……結構高いな」 雲がもふもふであったり、所々に生えている木が丸々としていなければ命の危機を感じる場所だ。 「あ!」 突然ペルレが大きな声を上げ、崖の下を指差した。 「もしかして左足首が――」 「あの果物すごく美味しそう!」 危うくお笑い番組のようなリアクションを取りそうになった。 そんな光太郎を尻目に、ペルレは両手両足、そして鋭い歯を使って器用に崖を下りていく。 その木に生った身は地上のものより熟しているようで、丁度食べ頃といった雰囲気だった。 それをもぎ取り、丸ごと一口でぱくり。 「……んー、美味しい! 結構イケるよ、これ」 「その調子で探し物も頼むよー」 両手のひらをスピーカーにしてそう言い、光太郎はセクタンの空を呼び寄せた。 オウルフォームの空は探索にはもってこいだ。 「じゃあこの周囲を探してみるよ、そっちも何か見えたら教えてくれるかな?」 「……」 「ペルレ君?」 「……その鳥みたいなセクタン、美味しそうだなー」 一瞬空の羽毛が逆立った。……ような気がした。 食物連鎖的な不安をはらみつつ、数分後無事に左足首は確保されたのだった。 しゃりっと音をさせ、ティリクティアは赤い果実を齧る。 音は良いが、歯茎から血が出る心配のない優しい固さだ。これならアルバオルも食べる事が出来るかもしれない、と思いながら道を進む。 そんな彼女の隣を行くのは照々だった。 「皆で探せば絶対、見つかると思うんだよね」 「うん、現にもう二つも見つかったものね。場所の分かっていないパーツがちょっと心配だけれど……」 「大丈夫、ここもそんなにびっくりする程大きくはないからね。目立たないものではないし、時間をかければ出てくるよ」 二人が目指しているのは山のてっぺん、頂上だ。 そこには崖を探している光太郎とペルレが居るはずだが、目的は崖ではない。 雲でバウンドしてパーツが各所に散ったのならば、その雲の上にもあるのではないか――照々はそう考え、崖ではなくその付近を漂う雲に行こうとしていた。 「あっ、見えてきた」 崖の下から声がする。光太郎たちだろうか。 その姿を遮っている白い雲にティリクティアが臆さず飛び乗る。 「来た時も思ったけれど、乗れる雲っていうのも面白いわね」 「乗れないものもあるかもしれないから、気をつけておくれよ?」 元が紙である自分は軽いため心配はないのだが、この少女は別だ。もし落ちそうになったらどうにかしようと視線を向けつつ、照々は傘をバンッと開く。 風を受けやすい傘を開いただけで、体が少し前に引っ張られた。 それを確認しながら照々はとんっと地面を蹴り、風に任せてふわりと雲に飛び移る。 「めり込んだりしていないか確認しつつ行こうか、たしか居場所の分からないものは……胴、右手、左手、首、だったかな?」 「そうだったはずよ。さっ、行きましょう!」 もふんもふんと雲を踏みしめ、ティリクティアは歩きながら周囲に目を凝らす。 漂う雲はたまに他の雲にぶつかり、そして一つの大きな雲になっているようだった。そしてまた何かにぶつかり、小さく千切れる。知っている雲とは大違いだ。 「……ここなら良いお昼寝が出来そうね」 「同意見だよ。あー、風が気持ちいー」 照々は心地よさに目を細くし、傘をくるくると回す。そしてぽんっと飛ぶと隣の雲に乗り移った。 ティリクティアも助走をつけてそちらへ行く。 「……ん?」 しばらく進んでいると、照々の足元に妙な感覚が伝わってきた。 ごり、っとした固い何かを踏んだのだ。しかし周りは雲ばかり。固いものがあるなら中に雹を仕込んだファンシーな雹雲くらいだろう。 ならば。 「ティリクティア君、こっちこっち」 雲の裏側を調べようと穴を掘っていたティリクティアを呼び寄せる。 「掘るならここをお願いできるかい」 「何かあったの?」 もっさもっさと手応えのない雲を掘ると、にょきっ、と指が五本出てきた。 親指の向きからして右手である。 「バラバラになっても平気なんて面白いねえ。離れていても感覚はあるのかな?」 慎重に、そして優しくそれを持ち上げ、照々はつんつんとつつく。 ……近くにアルバオルが居ないため分からないが、手自体はまったく反応を示さなかった。単独でびちびちと動いていても怖い光景になるだろうが。 照々は手を丁寧にリュックへとしまい、ティリクティアに声をかけて雲から下りることにした。 ノートに届いた連絡を見て、ペルレは「ふー」と息を吐く。 「頭、左足、左足首に引き続いて右手も見つかったみたい」 「っということは、あとは左手、首、そして肝心の胴体か……」 大半のパーツは胴体に付いたままである。それが無くては首以外はアルバオルに付けられない。 「その三つとも場所が分かってないんだっけ?」 ペルレの問いに光太郎は頷く。 「胴体は目立ちそうなんだけれど……一体どこにあるんだろう」 呟いてみるが、答えは出ない。このままこうしている訳にもいかない、と二人は一旦仲間に合流するため歩き始めた。 ●おじいちゃんの体 一度合流し、情報を交換し、まだ見に行っていない場所を手分けして探索する。 すると地面の窪んだ場所に首と思しき輪が落ちていた。他にもここには石や木屑が落ちており、どうやらよく物が転がり込む場所のようだったが、これ以外にはパーツはない。 そして左手は―― 「うわっ、あんな所に!」 ――綾の視線の先、他のパーツと同じく木の枝に引っ掛かっていたのだが、場所が悪い。 その木はきらきらと光を反射する泉のど真ん中にある小島に生えていた。 「あああ、ワシの左手……」 「大丈夫、安心して?」 ディーナが擦るようにアルバオルを撫で、辺りを見回す。 「あの木、大きいよね?」 泉からほんの少し離れた所にある大木。 他の木と同じように丸っこいフォルムをしているが、壱番世界で言うなら樹齢三百年くらいの大きさをしている。 それにピーンときたのか、綾が勢い良く片手を挙げた。 「身体を張ったハーツ確保、行きま~す!」 「ま、まさか……!?」 「ホラ、ホラホラっ、おじいちゃんも行こう?」 予想外の誘いにアルバオルは目を白黒させる。 「し、し、しかしワシは~……っ」 「どうしようもないならこういう時こそ、運を天に任せてロープレスバンジーだよ☆」 「運……」 いつもの癖で成功確率を計算してしまいそうになる。 が、やめた。運を信じてみるのも良いかもしれない。何より、自分の体をここまで集めてくれた恩人の言葉なのだ。 「う……うム」 頷いたアルバオルをディーナから受け取り、綾は大木を登ってゆく。そして一番泉の方向に向いている枝を見繕い、深呼吸をする。 「……成功しますかナ」 「成功させるんだよ」 ウインクしてみせ、綾をアルバオルを小脇に抱えたまま助走をつけて ダンッ! とジャンプした。 風を切る凄まじい音。髪や髭がすべて後ろに引っ張られ、下にあった木がみるみる近づいてくる。そして。 「!!」 左手に触れた瞬間、それなりの衝撃があった。落下しながらぶつかったようなものなのだから仕方がない。 しかし痺れる腕の中には、しっかりと左手が収まっていた。 「やった! キャッチし……はぶっ」 「ごぼぼっ!?」 キャッチしたは良いものの、落下が止まるはずもなく泉の中に突っ込む二人。 岸でそれを見ていたペルレが真っ先に泉へと飛び込む。水中を素早く移動し、細かな泡に包まれた綾を抱えると一気に浮上した。 「っぷは!」 「ふうっ。驚かせるなぁ、もうー」 「あはは、服を着てると結構泳ぎにくいものなんだねー。あっ! おじいちゃんは……」 「ごぼ」 抱えたままだったせいで、未だに水中を見ていたアルバオルだった。 しかし髭はびしょびしょだが他は防水加工されているため、心配はないらしい。ホッとしながら岸へ向かう。 だが途中で「待って」と綾がペルレを止めた。 「なんだ?」 「さっき沈んでた時に、水底に何かあった気がしたんだ。あとで見てきてもらえる?」 もしかしたら残りのパーツかもしれない。 一つのパーツの近くにもう一つあったとしても、何ら不思議ではないのだ。 「……!! あった! うー、くそ。無駄に重い……!」 水面に顔を出したペルレは岸に向かって泳ぎ、それをどんっと放るように上げる。 それはぐったりとした胴体だった。 中から水がざばぁっと流れ出、幼稚園児が描いたような藻も一緒に出てくる。しかしどこも錆びておらず、内側の光沢も他のパーツと同じである。 「ふおおおおおっ!!」 喜びのあまりアルバオルが奇声を発した。 「あー、疲れた……。あっ! もしかしてくっつけるのか?」 疲れたという単語を発した次の瞬間に元気良く水から出たペルレは、アルバオルの前に並べられたパーツへと近寄る。首だけはすでに付けてあるが、他はこれからだ。 「あたしもくっつけるー!」 「おおっ、ぜヒぜヒ!」 上機嫌でアルバオルは言った。 「じゃあ、胴体からいってみる?」 ディーナが道を開けて微笑む。きっとペルレもこの瞬間を楽しみにしていたのだろう。 そう微笑ましげに見ていた……のだが。 がしょんッ!! 「ぐハッ!?」 前方の車体と結合しようとした後ろの車体が、凄まじい勢いで追突した。……と例えれば分かりやすいかもしれない。 首パーツがへしゃげるのではないかと思うくらいのスピードで、アルバオルは胴体と再会を果たした。 強引な再会ながら、素直にスゥっとくっ付く体。修復機能が無理していないといいのだけれど……とディーナは少しハラハラとする。 「次、右手!」 「はウッ、そっ、それは左手ですジャ~!」 「わっ、あはは! ごめんな!」 目をバッテンにしてひーひー言うアルバオル。謝るが超笑顔なペルレ。 この時ほど間違った位置でも修復してしまう機能がなくて良かったと思ったことはない、と、後に彼は語ったという。 ●懐かしの我が体 右手を握る。 左手を握る。 両方の足で地を踏み鳴らし、首を回して景色を確認する。 「か、カンペキですジャ……感謝してもしきれませんゾ!!」 感激するアルバオルを見てディーナがくすくすと笑う。 「また滑り落ちたりしないよう、気をつけてね?」 アルバオルは照れたように頷く。 そして改めてこのモフトピアを目に映した。 「……それにしても、本当に不思議な所ですジャ。先ほどの話が本当なら、まだまだこういう所が沢山あるんですナ?」 「あるよ。たぶん、私たちが知らない場所にも沢山」 既に見つかっている世界だけでなく、セカンドディアスポラの時のように新たな世界へ赴くこともあるかもしれない。 ディーナは真剣な顔をしてアルバオルに近寄る。 「それで……アルバオルさんは、私たちと来てくれる……かな?」 「うム、このまま消えるのは嫌ですしのウ。それに新しいものをもっともっと見てみたいんですジャ」 だから宜しく頼みますぞ、とアルバオルは片手を差し出し、ディーナは笑顔でそれを握った。 しっかりとした手ごたえ。 またアルバオル君がバラバラになりませんように……と、晴天を祈る時のように照々は願った。
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