ヴォロスの一地方に、「遺跡の町ガザン」と呼ばれる都市がある。 丘陵をゆくキャラバンの路がいきつく先、背後には険しい山々を臨むこの町には、常時、キャラバンの商人や、冒険家たちが集まっている。 というのも、周辺の山岳地帯にかつて栄えた文明の遺跡が、この町の周囲には数多く残り、まだまだ手付かずの遺跡も多いからだ。 冒険家たちは、遺跡から竜刻をはじめとする宝を発掘せんと意気込み、商人たちは発掘された品を買い取ったり、ほかの地方から運んできた物資をかれらに売ろうとする。 ガザンでは毎日、賑やかなマーケットが開かれているし、町から少し歩けば到着する遺跡群のどこかでは、多少の危険はものともしない冒険家たちの活動がある。 それは、ヴォロスではどこででも見られる風景であったのだが――。 『導きの書』は、奇妙な遭遇を予言する。 ロストレイルの旅人ではなく、また覚醒直後でもない、ロストナンバーがあらわれるというのだ……。 *「いやー、苦労した甲斐があったってもんだぜ」 冒険者の一行が、町はずれに立つ朽ちた遺跡から姿を現した。その手に握られているのは、揺らめく様に美しく煌めく、鱗にも似た何か。掌を広げたほどの大きさもあるそれを空に透かし、彼らは相好を崩して笑いあった。幻を生み出すこの竜刻のおかげでこの遺跡の場所をつかむことすらままならなかったのだが、こうして手に入れば苦労も報われると言うものである。街に帰って調べて、自分達でも使えそうならそのまま冒険に生かせるだろうし、無理でも売れば次の冒険の資金になる。 そんな風に和気藹々としたなか歩きだそうとした彼らの前に、三つの人影が立ちはだかった。……何のことはない、剣を腰に提げた青年と、ふわふわしたローブをまとった少女に、緑色の竜に似た姿の取り合わせ。この辺りでは見ない風体だが、世界のどこかにはそんな奴等も居るだろうと思えるし特に違和感は感じない。 眼前に立ちはだかられ何事かと緊張が走る中、気楽そうに青年が口を開いた。「あんたたちの『ソレ』、こっちに寄越してくれないか?」 *「遺跡の町って知ってる? ロマンだよね」 旅人達を集めた金髪の司書……鹿取燎は、そう言ってほころばせていた口元を咳払いと共に引き締めた。「普段だったらロマンを求めて冒険しに行かないかいって言うところなんだけど、ちょっと予言の書に気になる予言が出てね……」 そう言って彼は形だけ前髪を払うと、予言の書のページに手を滑らせた。「遺跡の町ガザンは知ってるかな? 今回君達に行ってもらうのはその町なんだけど、なんでも、ヴォロスにある遺跡の沢山ある町らしい。そこの近くの遺跡でちょっとした争いが起きるって予言なんだ。出来れば……それを止めて欲しい」 他にもっといい解決方法があればそれでなくても良いけど……と彼は続けた。「竜刻をめぐって二組の冒険者が死者もいとわず争うって言うのは、正直あり得ない事ではないのだろうし、世界図書館がそんな事にまでくちばしを突っ込んでいいのかって思う人もいると思う。ただ……今回はちょっと事情があって」 そう言って彼はとん、と予言の書のページを軽くはじいた。「冒険者のうち片方は、遺跡から竜刻を持ちだした現地の冒険者なんだけど、もう片方は……それを奪おうとする正体不明のロストナンバー、なんだ」 彼らが世界図書館に所属する者でない事はもうはっきりしている、と燎は続ける。「こうなってくると話は別、ってわけだ。正体不明のロストナンバーについてはいくつか報告も上がってきているし、そのことも考えて皆にはヴォロスに向かってもらいたいんだ」 その正体不明のロストナンバーについて何か予言では出ていないのかと問われ、彼は少しページをめくった。「そうだね、彼らは剣士と魔法みたいな不思議な力を使う人と、竜めいた姿で戦う人の三人組らしい。腕も立つようだし……急げば戦闘前に着くかもしれないけど、用心して欲しい」 そこまで行って彼はチケットをあなた達に手渡した。「それじゃあ、よろしくお願いします。――旅人達に、祝福がありますように」
漆黒の獅子が、ガザンの外れを駆けていた。リズミカルに身体を波打たせるようにして、五頭の獅子は地を駆ける。影からそのレギオンを呼びだしたレイド・グローリーベル・エルスノールは、獅子の背に乗ってその先を見据える。自分の居た世界もファージの被害に遭っていること思えば、世界樹旅団を見過ごすことはできない。……問題の遺跡のあったところは、司書の予言からするともう少し先だ。鬣を軽く叩き、出来るだけ早く着くよう想いを馳せる。 同じように獅子の背に乗り、落ちることの無い様自分の前に相棒のフォックスフォームのセクタンを乗せている日和坂綾も、何かを思い出しているようだった。それに並走する相沢優が過ぎる風に少し首を振って、考える様に口を開く。 「世界樹旅団、か……」 訊いてみたい事はいくつでもある。 「ファージとかにも警戒しなきゃいけないだろうし……綾?」 「はっ、……だっ、だから、今日はちゃんと依頼を聞いてましたじょ! って違う、ゴメン。いっ、今のは忘れて!」 「い、いやこっちも唐突に話しかけてゴメン。――そんなに何考え込んでたんだ?」 唐突に呼ばれ、吃驚したように返ってくるオーバーな反応に優が少し笑う。……というのもその台詞が、司書から依頼を聞いた後で『やっぱイケメンはイイ……』などと呟いていたのを聞かれていたことが判明した時の台詞だったからだ。 つられて綾も少し笑うが、すっと表情を引き締めた。思い出すように、あるいは考えるように口を開く。 「んー、世界樹旅団と天秤パパが別物だったら、敵が多すぎてイヤンなカンジだなーと思って。一緒なら良いなってのは根拠レスな希望だケド。あと、世界樹旅団って、流石にまだ判んない事多いなー、とか」 「……だな」 「とにかく、どうにかして冒険者との争いを止めないとねっ」 綾がぽん、と獅子の背を柔らかく叩くと、応えるように僅かに獅子が駆けるスピードが増す。彼女はそれに顔を上げて少しだけ先を行く背を見た。影の獅子の上、オレンジの肌が覗く肩と首元の布地の赤が映える。その隣に並ぶのは銀糸の髪を風にはためかせる姿だ。 「なんとかして、止めないと……」 長槍――自身のトラベルギアであるマドゥルガータを片手に、もう片手は振り落とされぬよう獅子の背に添えたルオン・フィーリムが呟く。彼女は茶色の瞳に真剣な色を浮かべ、先を見据えた。並んで獅子を駆るセスが、ほんのわずか右目を動かした。 「見えました。おそらくあの集団が冒険者かと――」 彼女の中で、そこだけがよくよく見ると瞳では無くカメラのようになっており、一見すると人にしか見えない彼女の周りに幽かに漂う、無機質さを形として覗かせる。 「三人組は?」 ルオンの言葉に、セスは整ったおもてをぴくりともさせずにじっと見つめているようだったが、やがて口を開く 「今はみあたらないようで――、いえ、あれは」 彼女が何に口ごもったのかは駆けている全員に見えた。冒険者たちが歩いているその背後に、ふわりと優しい色をした光の珠が現れてぱちんとはじけたのだ。 「アレの様ですね」 「三人見えるかい?」 獅子を寄せてきたレイドにセスは頷いた。小さな影はもう肉眼で見えるほどになっている。あと、少しだ。 * 鱗にも似た美しい竜刻はきらりと光を跳ね返す。それを誇らしげに見つめるその視界に、くるりと三つの人影が回り込んできて立ちはだかった。緊張が走る中、気楽そうに目の前、三人の真ん中に立つ青年が口を開いた。 「あんたたちの『ソレ』、こっちに寄越してくれないか」 「ソレ……って、この竜刻のことか?」 警戒しながら訊ねると、青年は隣の少女を振り返る。 「……だっけ? そんな名前だったか?」 「あんたはつくづく話を聞かないわね。何なの? そうよ竜刻よ合ってるわよ」 「これは俺達が先に手に入れたモンだ、ホイホイと渡せるかってんだ!」 「そーか。じゃ、ちょっくら――」 にやっと青年の唇がつり上がる。どこか凶悪さと人を惹き付ける二つの相反するものが混ざった、稀有な表情。その右腕が滑らかな仕草で腰に吊った剣の端に手をやったその時、頭上に真っ黒な影が落ちた。 「そこまでだよ、世界樹旅団!」 朗々たる声と共に、真黒な獅子が五頭、飛ぶように踊りこんでくる。その場の全員が驚いたようにぴたりと動きを止めた。先頭の獅子の背からレイドが身を起して叫んだ声に、隣の竜人がレギオンを見渡してひゅう、と口笛を吹く。油断なくお互いの様子を探り合うように、ぴんと空気が張り詰めた。世界樹旅団と言われた途端に、こちらを警戒する様な色が浮いたその表情が、呼びかけが正解であった事を知らせる。 「うわ~、やっぱり来たか世界樹旅団! 強奪まではアリかもだけど、人殺しはナシなんだからね!」 「……なっ、なんで強奪ルートがばれたんだ」 「あんたが今バラしたのよ!」 はっと本気で僅かに身を引いた青年の足を少女が踏みつける。その隙に、優はこっそりと自分達の後ろに庇った冒険者たちの方を振り返った。 「すみません、俺達に協力してくれませんか? その竜刻に興味は無いけど、それを欲しがってる彼らに興味があるんです」 「協力っつったって……」 唐突にいろんなものが現れて流石に混乱しているのか、冒険者たちは困ったように顔を見合わせた。 「その竜刻の力を使って、彼らに幻を見せる事ってできませんか? 代わりに、ではないですが、この状況から脱出するのに手を貸します」 「……あいつら、そんなにやばいのか?」 いぶかしむような視線が注がれる。冒険者達も五人ほどいるが、相手は三人、しかも一人は年端もいかぬ少女だし、真ん中の偉そうなのは態度の割りととぼけた発言ばかり重ねている。優もそれは目にしたが、出された予言は、状況次第ではあるものの彼らが容赦なく冒険者から竜刻を奪って行くことを示唆していた。 「危険だって事はわかってます」 「……まだ使い方は判らない。試してみない事には判らないだろうが……」 「じゃあ、これだけ貼らせて下さい」 優は綾から渡されていた封印のタグを取り出した。暴走すると困るからと言って彼女が借りてきたものだ。暴走されるよりはましだろう。ぺたりと竜刻にタグを貼り付ける。 「とりあえず暴走を防ぐものです。あとは俺達が引きつけてる隙に逃げて下さい」 言い置いて三人組に視線を戻す。緊張した空気の中、セスが口を開いた所だった。 「他人が苦労して手に入れたものを横合いから奪おうとするとは……恥を知りなさい」 強盗への第一対応としての台詞は効果覿面だったようで、ぐっと三人組は言葉に詰まる。優はそちらを振り向いた。 「世界樹が、あなた達の言うところの神なんですか? ……故郷に帰りたくはないんですか」 「俺はいつだって今が楽しいしなぁ?」 「あんたはね!」 優の質問に、特に深く考えることもなく青年が目をしばたたかせる。言ってまた彼の足を踏む少女の頭に、諫めているのか手をやって竜人が口を開いた。男性らしい低い声。その視線は警戒心と共に、探るようにこちらをうかがっている。 「――おぬしらは何をしにここへ来た?」 「――なぜ竜刻が必要なんですか」 それに返したルオンのコメントに、三人組は顔を見合わせた。青年が眉根を寄せる。その表情に少女が顔に手をやった。 「必要っつーか……なんでだっけ?」 「つまりは目的が知りたいのだろう? 今回は手に入れることが目的だ」 青年の頭を叩いて黙らせ、竜人が口を開く。少女が、だから脳細胞が減るのよと呟いたが、それ以外に言葉もなく数瞬の沈黙が流れた。手に入れることが目的。答えているようではぐらかされたのか……けれどその表情を見るに、あるいは本当にそれが彼ら自身にとっての答えなのかもしれない。 「――目的の為に多少の無礼は承知の上。……押して通る!」 その一言が皮切りだった。すっと姿勢を低くした竜人が初速度でトップスピードに乗って瞬時に間合いを詰めると、立ちはだかる獅子の一頭の下にするりと分け入る。 「っく……!」 超常的な膂力で獅子が投げ飛ばされ、冒険者たちの前に立つルオンへとその勢いのまま突っ込んできた拳の一撃に槍を沿わせ、絡め取るべく翻す。するりと抜けられた拳に小さく呻き、穂先を翻す。鼻先で閃いた鋭い刃に本能的に怯んだ一瞬に、叩きつけるようにして腕を叩くと間合いを取る。 「待って! 聞きたいコトがあるんだ!」 その言葉にも止まらず、青年が剣を引き抜く。けれど彼は綾の方を見ていた。自分もすぐ動けるよう構えながらも、綾は声を張り上げる。 「私は日和坂綾! キミたちの、名前は? バトルしたいだけなら、いくらでも相手になるよ! だから、ねぇ……私たち、トモダチとかにはなれないのかな?!」 「今回ばっかりは目的がぶつかってるみたいだし、なぁ? ……でも俺はバトルは大好きだ」 そうして思う以上に軽やかに綾の横をすり抜けると、彼はにやりと笑った。 「先に名乗られたんじゃ名乗らないわけにはいかないな。……俺はジェイ。残りは残りに聞け」 唐突に切り落とされた火蓋に、ロストナンバー達も動き出す。鋭い、鞘走りにも似た細い金属音と共にセスの腕からブレードが現れ、彼女は青年剣士へと間合いを詰める。 「汝、血と涙の祈りを忘れるな」 レイドの呟きと共に紋章『鍵の番人』が発動し、獅子と、そして新たに呼び出された豹が地を這う様な咆哮を轟かせる。 「……っ、エンエン!」 綾が声をかけると彼女の肩でセクタンが応え、彼女のシューズが狐火を纏って燃え上がる。狙いは一人動かない少女だ。魔法使いらしいとの話の通り武器を持つ様子もないが、彼女の瞳がゆうらりと煌めき、闘う意思が無いわけではない事を知らせる。 「行っくよ~、狐火操り火炎乱舞!」 彼女ののびやかな足が翻り、回転蹴りの要領で火炎弾が次々と打ち込まれる。 「――六十四式」 少女が静かな声で呟いて細い腕を前にかざすと同時に火炎弾が炸裂し、辺りに華やかに火花を散らす。煙が立ち込める中、戦況や戦闘の方法を注意深く観察していた優は、背後の冒険者に声をかけた。 「早く、今の内に!」 彼に呼応するように獅子の一頭が牙をむき出して威嚇する。想像を超えた戦況に、泡を食った様に冒険者たちは頷いた。 「お、おう!」 「させないわよ。……百三式」 踵を返した所に火炎の直撃を喰らったはずの少女の声が響き、地面が割れて蔓がその足を絡め取る。煙が晴れた中に無事で立っているその前に、薄らと魔法の障壁が煌めいた。鋭くレイドが視線を飛ばす。見据えて強く踏み込んだその足が次に踏むのは、少女のすぐ目前。瞬転の靴の力によるものだ。突然のことに驚いて見開かれた少女の顔を覗き込む。金と銀のオッドアイが、ひたりと少女の紫の双瞳を射た。 「え……っ、あ――」 射すくめられた途端、少女が混乱したように瞳を揺らす。この隙にと刃の爪を翻したレイドの視界にぶれるように何かの塊が突っ込んできて、辛うじてかわす。爪を鋭くはじいて追撃を掛けてくる相手に合わせ、素早く間合いを取る。 「――遅い!」 「今日は乱暴に投げたの見逃してやらぁ!」 視線から解放されて我に返った少女が声を上げ、青年が竜人の方へ声を飛ばしながら鋭く斬りかかって来たセスの刃を避けた。その刃は言動とは異なり鋭く、見た目とは異なり一撃が重い。しかし数度刃を合わせて判ったことは紛れもなくそれが金属だという事だ。――ならば。 セスは袈裟がけに振りおろしてきた刃へ手を伸ばして意図的に掴みに行く。触れた先から、刃が分解されて彼女の中へ取り込まれていく。手応えと刃の喪失に、青年は舌打ちしながらにやりと笑みを見せた。 「なかなかやるじゃねぇか」 「冷や汗たらしながら言う事じゃないわよ。……二百三十七式」 少女が口早に言うと同時に、きんっという音と鋭く突き刺さる痛みにも似た一瞬の冷気が走る。氷の刃を手に入れた青年は、再びその剣を構えた。 「大丈夫ですか!」 「少しずつ切れてはいるんだが……!」 優の声に冒険者たちが応える。セクタンのタイムに火炎弾を任せながら、優自身はトラベルギアである剣を握った。いざというときは防御壁を文字通り最後の防壁にするつもりだった。 後ろで蔦と苦戦している冒険者たちを庇いながら、影の軍勢と共に優とルオンは竜人を食い止めていた。鋭いかぎづめと驚異的な膂力、とにかく耐久性の高い鱗が厄介だった。ルオンの槍を半ばもろに受けながら防ぎ続け、豹の軍勢をやり過ごしながら、なおかつ優がセクタンから飛ばす狐火も相手にしている。勿論こちらが優勢のはずなのに、スタミナが切れる様子が無いそのタフネスに、僅かに心臓が冷える。槍で拳を受け流し、石突きで突き飛ばしながらルオンは声を張り上げた。 「ここを通すわけには行かないよ!」 「――ならば通るまで」 はっ、と短く息を絞り出した竜人が下からねじり上げるような一撃を打ち込んでくるのに下がりつつ、雷を落とす。鋭い閃光が弾け、短い呻き声と共にその巨体が動きを止めた。 「それじゃあ斬れないんじゃないのっ!」 氷の剣に殴りかかられていったん引いたセスと入れ替わりに、綾が躍り込む。炎を纏ったその足が翻り、揺らめく三日月を描く様に跳ね上がる。受け流すように合わされた青年の氷の剣が、ものすごい音を立てて蒸気を辺りに立ち込めさせた。 「殴らせてももらえねぇみたいだな!」 熱気に溶けはじめた剣をそれでも構えなおして、青年が笑う。その背後で小さな悲鳴が聞こえて彼の顔が凍りつく。それでも綾から視線を外さずに窺った先では、セスがゆらりとギアの能力を解除して姿を現した所だった。口をふさがれた少女がその腕に歯を立てているが、あまりの硬さに絶句しているようにも見える。 「足元お留守だよっ!」 綾が鋭くローキックを放つと、青年は避け損ねこそしなかったがバランスを崩す。彼は舌打ちすると声を上げた。 「ダメだ、手数の問題じゃねぇ!」 その言葉に竜人が鋭く身を翻す。セスの腕の中で少女が小さく頷いて、その身体に文様が浮いた。次の瞬間に彼女は小さな光の珠になってその腕をすり抜け、弾けて元の姿に戻ると竜人に駆け寄った。痺れる腕で豹達を相手取る彼の背に手をやる。 身を翻す彼に、綾ははっとして声を張り上げた。 「逃げる!」 「そうは……いかせないよ!」 ルオンが雷を呼ぶ。その中で、振りかえった青年がにやりと笑った。綾と眼が合う。 「楽しかったぜヒワサカ! こんなの関係無くやれればもっと楽しかったかもな」 「早く来なさいよ楽しいとかふざけてないでよ!」 少女が早くしろと言いながら彼の方に手を伸ばす。けれど青年は心底楽しげに、そちらへ駆けながら叫んだ。 「じゃあな! そのなんたらってのは仕方無いからもう諦めるわ!」 「――三十六式っ!」 彼女の身体に文様が浮き、その身体が光の珠になって拡がる。見る間に三人組の姿が光の中に取り込まれ、光の弾は中空にふわりとうきあがると、少女の声と共にふいに描き消えた。 * 「ふう……なんとか追い返した、かぁ……」 綾は膝に手をついて息をついた。彼らが居なくなってしばらくすると、蔓が消えうせて冒険者たちもやっとこさ自由の身となった。とりあえず彼らにけがは無く、ロストナンバー達も疲労困憊はしているが大怪我は無い。 「捉えどころのないひとたちだったね」 「捉えられたら良かったんだけどな……」 ルオンがマドゥルガータを三分して仕舞い、優が詰めていた息を吐く。セスもブレードをまた仕舞い込んだ。レイドも考えるように腕を組む。 「目的も判らずじまい、だな。あれは本心にも見えたけど……」 知りたかった答えでは無い、と思える。 「……あんたら、よく無事だな」 冒険者たちが蔓の残骸を払って、旅人たちに声を駆けてくる。はっと思い出して、綾とルオンは彼らの方を向いた。言い出しづらいが、ルオンが口火を切る。 「その……その竜刻の事なんだけど」 「それ持ってるとさ、またアイツら来ると思うんだ。……悪いけど譲って貰えないかな」 それに冒険者たちは顔を見合わせた。出来れば回収して行きたいが、彼らとて冒険を繰り広げた末で手に入れた品物のはずだ。彼らは二言三言言葉を交わしていたが、やがて頷きあうとリーダーらしき男が向き直った。 「譲っても良いが――」 「無理にとは言わないけど……」 歯切れ悪く付け加えるルオンに、彼らはにっと笑って見せた。 「高いぜ? ここからガザンまでの護衛、でどうだ?」 「どうも判らんけど、俺たちがあいつらに襲われてたら多分ひとたまりもなかったしよ、これでいろいろチャラ、って事にしてくれよ」 「よっし、それ乗った! みんな、いいよね?」 綾が皆を見回せば、皆が一様にこっくり頷く。ロストレイルが出るまで、ガザンのマーケットを見るのも良いかもしれない。レイドが獅子の鬣をもふもふと撫でながらふわりと笑い、声をかけた。 「それじゃあ、最後ガザンまでひとっ走り、お願いしますよ?」
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