ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。●ご案内このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)・それを見つけるための方法・目的のものを見つけた場合の反応や行動などを書くようにして下さい。「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。
「えーと、うーん……」 日和坂綾は難解な数学式を前にしたような唸り声をあげた。 暑さに負けてスポーツタイプのセパレート水着、赤いジャージを羽織って、下は黒短パン。 下品ではなく、可愛らしさのある姿は昼間でも薄暗い路地裏にいるにはあまりにも不釣り合いだ。それもうんうんと唸りながら地面に腰かけているというのも。 「よし、この者たち、せいばい……あ、ばいってどういう字だったけ、えーと」 目の前にあるくしゃくしゃの白い紙に油性マジックで、丸みのある文字でつらつらと書いていく。 びりぃ――。 力をこめて書いたせいか、紙が無残にも真っ二つに破けた。 「あ! あああ~~」 思わず情けのない声をあげて綾は髪の毛をかきむしった。 「どうしよう。せっかくの斬奸状が! ……し、しかたない、こうなれば……」 目の前にいるそれを見てにやりっと綾は笑った。 ことは少し前に遡る。 絶対に海軍にはいるんだ! 滾る熱い気持ちを掲げて、綾は再びジャンクヘヴンに訪れた。前みたいにただ当たって木端微塵に砕け散るなんてことはしない。たぶん。 前に得た教訓を糧に、今回は自分の身元引受人を探す予定だ。 もちろん、会う人に「身元引受人になってください!」なんて言いまわっていくつもりはない。これではただの馬鹿の子だ。いや、考えなかったわけじゃないけど、そんなの無理に決まっているしね。 それで考えた末、思い浮かんだのがアラン。 以前、海賊に襲われた彼を護衛して、面識がある。 しかし、それはかなり前のことなどで旅人の外套効果によって綾のことを覚えている可能性は低い。ただもしかしたら覚えていてくれるかもしれない、完全でなくても、再会して話したら思い出してくれるかも? 殺された仲間のためにも海軍にはいるようなことを言っていたアランだったら、事情を説明さえすれば身元引受人になってくれるかもしれない。 細い糸のような、とても希望とはいえないものでも可能性があればそれに縋ろうと綾は考えた。 あとは当たっていくだけよ。――砕けることは多いけど! 綾は意気揚々とアランを探すことにした。 港の人達は、笑顔で人懐っこい性格の人が多い。きっとぎらぎらと照りつける日差しに性格も陰気になりようがないのかもしれない。 話しかけるとすぐにいろんなことを教えてくれる。 朝のはやくから市場を歩き回ってわかったことは――今日の天気はいつも以上にからりと晴れていて暑いので水分をこまめにとること、波は高いから泳ぐのは危険、隣の家のカランちゃんの恋人はロビンくん。さらにその横のお隣さんの奥さんは不倫している……なんかよくわからない情報ばかり仕入れてしまった。 さすがに疲れた。 冷たい飲み物をこの乾いた喉に流しこみたい衝動にかられた。 ――こうなれば! ぐっと拳を握りしめて綾は歩き出した。 情報を仕入れるといったら酒場! いろんな人たちがやってくるし、お酒に酔ってぽろりっと貴重な情報を漏らしてくれる、かも。 またはお休みの海軍の人たちがいるかもしれない。 考えれば考えるだけ、どうしてこんな素敵なところを思いつかなかったのだろうと自分の愚かさにため息が出てしまう。 さっそく、昼間の聞き込みのときに仲良くなった魚売りのおばさんに声をかけて、人が多いという酒場を教えてもらった。 「行くのかい? あんた、そんな身なりで……悪いことはいわないから、いくのはおよしよ。あんたみたいな若い娘が」 「もう、そこしかもうないんです」 「アランってのは悪党だね。あんたみたいなのを捨てて海軍にはいるなんて、それも病がちな親のために身売りするなんて……」 え、ええ? そんなこと話してないのに……なんか、勝手にお話作られちゃってるよ! 「ま、いざってときは男の股間を殴ってでも逃げそうだしね。そのときはうちに逃げてきていいからね」 「はい! 大丈夫です。がっつんといきます」 訂正すると長くなりそうなので、聞き流しておくことにした。 酒場はいかにも、という見た目だった。 木造のドアを押して中にはいると、薄暗い店内には腕や胸にタトゥーを彫ったいかつい男たちが目の下にクマを作り、薄茶色の液体を義務のように流し込んでいる。それにしなだれるのは疲れ果てた、綾の数倍年上の女たち。 酒と香水の匂いが悪臭となって店を満たしている。 綾は顔をしかめて、すたすたと歩いてカウンターに腰を降ろした。 「なににします?」 ダミ声のマスターに綾は臆することなく胸を張った。はじめに侮られちゃいけないもんね。 「オレンジジュース!」 きまった! ――沈黙。 「……んなもんねぇよ」 「え! じゃあ、ジンジャエール、それもない? コーラは、ない? えーと」 マスターはだんっとミルクのはいったコップを綾の前に置いた。 「これ飲んだらかえんな。お嬢チャン、ママが心配してるよ」 むっと綾はマスターを睨みつけて、コップを片手に持つとミルクを一気に飲み干して、だんっと音をたてて乱暴にテーブルに置いた。 「ここには用があってきたの」 「なんだ、お手伝いしてやろうか」 にやにやと笑って、酒臭い息を吐きながら男たちが寄ってきたのに綾は目を眇めた。 「……アランってヒト、ドコに住んでるかわかります?」 とたんに周りにいた男たちがぷっと噴出した。 あ、いやなかんじ。 「知らないならいいです」 綾は即座にここから立ち去ろうとしたのに、行く手を遮られた。 「おいおい、ここは餓鬼のくるところじゃないんだぜ? それも酒も飲めないお子ちゃまがよ。俺らが大人にしてやろうか?」 肩に馴れ馴れしく男が手を置くのに、つい反射的に払いのける。とたんに男たちの顔が変わった。 「なんだよ、餓鬼、人が下手に出ていたらよぉ」 「ああん、お嬢ちゃん、いい度胸だねぇ」 ――ぷっつん。 自分でも気が長いほうとは思わないけれども、きれちゃいけない血管がぶちっと音をたてて切れるのがわかった。 「いい大人がこんなところで私みたいな女の子に管をまくなんてかっこわるい~!」 「ん、だとぉ! 表に出ろ。このくそアマ!」 「いいわよ」 綾は男たちに囲まれて、昼間でも暗い路地の裏へと連れ込まれた。 あ、しまった。こんなつもりじゃなかったのに。ううっ、仕方ない! 「……一つ聞くけど、あんたたち、誰にでもこうする悪人と思っていいんだよね?」 「びびったのかよ。今更泣いても遅いんだよっ。きっちりとその身体に、ごお……!」 すごむ男の股間に綾の片足が飛んだ。 「じゃ、心置きなくぶっとばす! エンエン、燃やし尽くすよ!」 ごろつきを六人をぶっとばして、縛り上げた綾は困り果てていた。 「あれ? 読み上げるのが基本だったけ? ま、いいや。こうやって成敗していたら、誰かが身元引受人になってくれるかも!」 紙がないので悪人たちの顔にきっちりと「この者たち、婦女子を路地裏に連れ込み、不埒な行いに及ばんとする。故に成敗した候。紅衣」と書いて満足げに綾は微笑む。 数分後に到着した海軍に綾は意気揚揚と事情を説明した。 少しは認められたかと期待する綾に対して海軍は深いため息をつき、懐から飴を取り出した。 え、なんで飴? ――思ったときには口に投げ入れられて何も言えなくさせた。 そして、その場に正座させられて、お説教タイムとなった。
このライターへメールを送る