『第二級緊急事態につき、ロストレイル7号車、天秤モードへ自動移行します。速やかに乗務員は原因解明に向ってください。繰り返します、第二級……』―――今の状況は、誰が見ても最悪だ 自分達は依頼で別の世界に向かう途中だった。その前に突然の列車の運行停止をくらい、先程その待機が解除されたばかりだったが……今は先頭の運転車両へと向かっている。 左右に響くのは車輪の回る音、頭上からは非常ベルのけたたましい音と、奥から聞こえる耳障りな金属の削れる音。 非常事態を告げるアナウンスは最初の自動放送以降連絡は無い、それどころか先程まで社内販売をしていたロストナンバーの乗務員や、前方に乗っていたはずの先客達も居ない。かれこれ最後尾から走り続けているが、4両目のこの列車まで人が誰も居ないのが、更にこれが通常ではない異常事態をひしひしと自分達に伝えていた。「な…………!!」「うぅ……」「おい、窓の外……」 5両目、食堂車に到着。初めて他の人達を見つけたが誰も動かない。全員座席に座って、気絶しているように眠っていた。慌てて後ろの誰かが揺り起こしに行くが、殆どは周囲と窓の外に釘付けになる。 食堂車の壁がまだら模様だ。それも紐を荒っぽく巻いたような不均一ながら連続的な赤錆色の模様が、鼻のいい人間ならそれが金属から来る腐蝕臭を放っている。そして直線的に進んでたが故に見えなかったが……食堂車より先の車両に「巻き付いている」、多分、この腐蝕の原因が見える。 長い泡の塊に見えた、恐らくはワーム。二つ先の車両に、とぐろを巻くように巻きついているのが見える。直線でも見えるのはその太さが確実に人一人分あるからだろう。 周囲が戦闘態勢に入りはじめる。状況が見えてきた、とにかくあれを引きずり下ろさない限り、この列車に悪い影響が出るのは間違いないだろう。ならばロストナンバーとしてすぐに外に出て…………「……うっし、これでひとまずは終了、すかねとうわぁぁぁぁ!!?!?」 誰もが視線がワームから扉から出てきた男に集中し、男がその様子に悲鳴をあげる。と言っても男かどうかは不明だ、声音から男だと思ったがその体は金属の棒と球体を合わせたような、棒人形のようなロボットだ。「……って、あんたら後部車両の人? だったら、今ここやばいっすよ。今ワームがこの車両を食べちゃおうと巻きついているっす。だからここで大人しくシヴォッ!」 彼が先程入ってきた扉が吹っ飛び、例に漏れず巻き込まれる棒人形。「やっと、捕まえたが、なんだこの人間は?明らかに動きが可笑しかったぞ……」「あれは……!」「車掌に何をした!」 次に現れたのは20にも満たないように見える青年。ただし車掌を担ぐその腕は爬虫類独特の鱗と薄い半透明な翼が生え、金属鎧等一式の武器防具に身を固めている。「なんだカップ=ラーメン。まだ眠らせていない乗客が居るではないか」「というか空気読もーーよコーラ君。せっかく穏便に済ませようと思ったのに」「コーラスアスだ、略すな。とはいえ敵は既に戦闘態勢だ。ならば……」 のの字を書く棒人形―――カップ=ラーメンを他所に青年―――コーラスアスは右手の両刃剣をロストナンバー達に向けた。「我が名はグレベストの竜騎士であり、世界樹旅団に属する戦士『暴風』のコーラスアス。我ら依頼により、卑劣を承知でこの列車を襲撃した貴殿らの敵である! 戦う意思のある者はこの列車の先へ、無い者は……」 車両の壁が流れ弾ではじけ飛ぶ。何かの砲弾が車両に高速で貫通したようだ。「だぁーーーから、ここは安全策施してるから壊さないでほしいっ……て、ハムネーーーーン!! 気になって行っちゃダメっす! ハッシュ! ハッシュ!」 棒人形の言葉で外を見ればあのワームが身を乗り出して破片の方へ体の半分以上を向いている。そしてその大きさが、人一人ではなく、列車一両はゆうにあることを物語っている。そんなワームを慌てたように棒人形が呼び戻す。「……回収する前に壊れるかもな、とりあえずだ」 青年が担いでいた車掌を、先の眠っている乗客同様席に座らせる。「先程言いそびれたが、戦う意思の無い者は襲わん。ここで待機していれば乗客同様傷つけないことを約束する。そして列車を取り戻そうと思う者はこの先へ進がいい。全力で臨ませてもらう」「はぁ、戦闘はしたくなかったのに、しょうがないっすねぇ……」 先程盾のように広げた翼を折り畳み先の車両へ進む青年を他所に、棒人形はポシェットからCDを取り出して噛み砕く。 そしてボンと忍者のような煙を出して一瞬消えたかと思うと、煙の中から壱番世界風の傭兵らしき壮年が出現して……「まぁ、そんなもんだ。依頼はしっかりこなさせてもらうが、もし戦うんだったら、特にあいつは手加減できねぇ野郎だ。ちゃんと考えてこっちに来な」 お調子者の雰囲気の無い、姿相応の傭兵の声で忠告した後追従するように奥へと消えていった。 さて、現在自分達は7人いる。相手は2人だから全員で行けば勝てる可能性は高いだろう。しかし、この先には彼らの他にもワームがいる。それも今まさに自分達の乗る列車を破壊している危険な存在だ。だがワームに集中すれば恐らくあの二人組が黙っているはずがないだろう。 二手に分かれる必要があるのは明白だった。そしてこの選択肢がこの事態の成功に左右することを、この成功が列車の結果を左右することを知りつつ、彼らは行動を始めた。========!注意!イベントシナリオ群『ロストレイル襲撃』は、内容の性質上、ひとりのキャラクターは1つのシナリオのみのご参加および抽選エントリーをお願いします。誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。また、このシナリオの参加キャラクターは、車両が制圧されるなどの状況により、本人のプレイングなどに落ち度がなくても、重傷・拘束等なんらかのステイタス異常に陥る可能性があります。ステイタス異常となったキャラクターは新たなシナリオ参加や掲示板での発言ができなくなりますので、あらかじめご了承下さい。========
「上にはワーム、前には旅団とな」 ロイ・ベイロードが呟く通り、現在彼らの乗るロストレイル天秤座号は二人組の世界樹旅団に占拠され、彼らの所有するワームに列車を蝕まれる極めて危険な状況にある。 そんな中眠らされず残っている7名はこの状況を打開しようとそれぞれ別々に準備を進めていた。 「さ、ゼロちゃん捕まってーー」 外から聞こえる声の主はチェガル・フランチェスカ。現在占拠されている列車を奪還する為先程砲弾で空いた穴から食堂車の外、ワームのいる車外へシーアールシー・ゼロを運ぼうとしている。 その窓際から一番離れた場所にいながら、その嗅覚から腐蝕臭と、同時に感じる複数のタンパク群の臭いに警戒顔を崩さないのはふさふさだ。 (嫌なにおいがしますね。ワームの臭いでしょうか。それにしてもワームを使役するという旅団の技術には驚嘆を禁じ得ません) 耳を後ろに倒し、尾も水平にのばして誰にでも判る警戒状態を採りつつも、その思考は敵の操縦術に対する感嘆を禁じ得ない。そんな緊張感が漂う中、ふと誰かの手が彼の白い額を優しく撫でる。 「みんな、何て顔をしているの。そんな辛気臭い顔をしてたんじゃ折角の幸せが逃げちゃうわ。ほら、笑って笑って。この状況を楽しみましょう」 撫でたのは幸せの魔女、殺気立った皆の雰囲気を和ませるように、彼女の望む幸福を呼び込める様、何時もの様に彼女は明るく振舞う。 「ゼロたちには幸せの専門家がいるのです。ハッピーエンドはゼロたちの物なのです!」「わわ……! ゼロちゃん手が真っ黒だよ!」 「ん? これは屋根のベタベタなのです。でもゼロにはなんの影響もないですよ」 その様子にそうです、と窓の外からゼロが顔を出し、幸せの魔女の幸福論を後押しするかの様に胸を張る。が、その宣言よりも手と上服にべちゃりと着いた液体の方がエルエムは気になった模様。 「これって食堂車から後ろまで塗られてるみたいだねぇ。もしかしてこれが『安全策』?」 「目立つのがそれなら可能性は高いだろうな。後ワームに向かうやつは?」 見た目はコールタール丈の液体、で舐めた時に若干の苦味を感じた謎の液体。これこそがカップが施した「安全策」で、会話をして初めて内容が判明する重要な品だったりする。 しかしこの時点ではその正体が判らないため、今は判断材料のひとつとして置いておき、改めてメンバーの人数を確認するのはリエ・フー。 「私は二人と一緒にワームを何とかしてひっぺがすつもりよ、そういうリエさんは?」 「二人組の方だな。ワームも気になるがとりあえず元凶の二人組を倒すのが先決だろう?それにカップラーメンは名前の由来からすると三分間しか保たないはず」 ここで主人の意思を組むように、リエのセクタンの楊貴妃が火の玉を吹き出す。 「だったら中身ごとポシェットを奪っちまえばいい」 そんな勝機を確信するリエに窓から覗いたチェガルが感心する中、ロイだけは気を緩めない。 「ラーメンの方はともかくとして……コーラスアス……本気で行くしかない!!」 もう片方の敵であるコーラスアスは、彼の出身世界に似た相手に見える。そしてその手の翼と、竜騎士を名乗る様子から、彼が只の戦士ではなく、戦力の高い戦士に見受けらた。 「けど……華麗に撃退すれば拍手喝采! だよね。よし、いこっか!」 エルエムもそう感じている。しかし同時に彼女の中には、その困難を突破した時の高揚感を感じ、それを得るための向上心が彼女を先の戦場への気持ちを駆り立てる。 「この列車はきっと大丈夫よ。私は幸せの魔女、私が不幸になるだなんて有り得ないんだから」 別れる最後に彼女は言う。それは自身の幸福ではなく自身を信じてくれる人を、これから行う皆の行動が、ハッピーエンドを紡げると信じて、彼らは最初の行動を開始した。 「ほぅ、3人か」 「いや、後ろのワンちゃん入れたら4人っしょ」 元は一等車であろう飴色を基本とした車内の色は、既にワームが通ったせいで斑の朽木色になっただけではなく、既にその一部が完全に溶解してチラホラと穴が見受けられていた。 そんな車内の中を、腕を組み、悠然とした様子で待ち構えているのはコーラスアス。対して座席を盾に、ヒョコリと顔を覗かせているのはカップ=ラーメンだ。すでに3分以上経過したので変身は解けている。 「ところで残りの3人はどうなのだ?」 自然に剣を抜きながらコーラスアスが問う。 「参加しないぜ、それに先に戦いたくない奴は襲わないって言ったのはあんたらだろう」 「勿論約束は守る。他に異論は?」 「それじゃあもう一つ。これはさっきの約束の補足だ。正直場所によってはオレらの攻撃が奥の食堂車に当たる可能性もあるだろ?」 答えるのはリエ、改めて相手に先程の宣言を確認をさせつつ一つの提案を提示する。 「眠ってる乗客を巻き込むなあ騎士の本道じゃねえと思うがね……どうせなら屋根の上でやろうぜ」 「ほぅ、我は構わないが」 「え〝? 」 申し出に異なる反応を示す二人。 「いや、ちょっとこの上は強酸で歩きづらいし下手したら穴にはまる可能性があるっすよ。いやっむしろこの中に居ないとこの人アレだからマズいと言うか~~」 何故かしどろもどろになるカップを他所にコーラスアスが語る。 「これ位の条件なら我は構わん。しかし貴殿らは忘れているようだが」 瞬間、コーラスアスがリエへ突進した。 「ちょ……!!」 一つ断りを入れさせてもらうならリエは決して反応が鈍いわけではない。むしろコンダクターの中ではかなりの、特に反射神経に優れたロストナンバーだ。 勿論コーラスアスの動作にも反応し、己の服を掴むその手を剥がそうとした。が、その手は一寸とも動かせず、結局は逃げれぬまま、 派手な窓ガラスが割る音を響かせ、猛スピードでリエは外に投げ飛ばされた。 『先程乗客のディラックの空への放出を確認、ロストレイル7号車、乗客の自動回収、および調整を行います。乗客の皆様は席を立たずに座席に座って暫くお待ち下さい。繰り返します。先程……』 「このような場外送りも可能という意味なら、我は構わないが」 久しぶりのアナウンスが流れる中手を払いつつ、自信満々に構えるコーラスアスの様子に、 「ちょっ……!ムリムリ!!」 エルエムが折れた。勿論彼女も車上戦は考えていたし、その対策は行なっていた。しかし列車の機能があるとはいえ、既に見えない所まで飛ばされたリエを見ると本当に列車に戻れるか心配になる。 何より今のように投げ飛ばされるのを許してしまえば、近接主体のロイが飛ばされる可能性が高く、早々に飛ばされれば二人が戻るまでタイマンで戦うことになる可能性がある。上で戦う幸せの魔女達が成功するまでは、早々にやられてはいけないのだ。 「コーラ君何手の内……はぁ、しゃーないっすね。そんじゃリングアウトはなし。ちゃんとこの列車内で倒れたら負けと数えて、降参以外はどちらか全員倒れたら負けってことでいいっすか? あと食堂車への攻撃は可能な限り無しっすね」 そんな状況に慣れているのか、居なくなったリエの代わりに条件を要約し、カップは皆に確認を取る。 「俺は構わないが」 今度はこれまで黙っていたロイが応じた。既に準備を終えた模様、勇者の銘を継ぐ剣は抜身に、同じく盾は何時でも構えられるよう腕に通してある。エルエムも異論は無い、同じく彼女の武器である虹の舞布も腕に巻かれ、力押しにも耐えられるよう若干の強化が施していた。そんな様子を見た相手も理解したのだろう。一度だけ頷いた後各々が構えて…… 「じゃ、はじめますよーー」 「さて…………いくぜ!!」 「エルは闘技世界のバトルダンサー、世界図書館のエルエム・メールだっ! 勝負!」 「望むところ、グレベストの竜騎士にして世界樹旅団に属する戦士、『暴風』のコーラスアス。いざ参る……!」 瞬間、社内がフラッシュを焚いたように輝いた。 それは最初に動いたロイのプラズマボール、相手はコーラスアス。だが気付いたコーラスアスが反射的に回避、外れた光球は後ろにあった扉に当たり、扉を巻き込んで四散したのだ。 しかし散った破片は誰も傷つけることは無く、コーラスアスは先程の車掌と同じようにその腕の翼で、ロイは構えた盾と身を守る鎧によって、エルエムは舞布を傘のように回し 創る事で破片を防ぐ。 各々の対応に各自が驚嘆の表情を見せる、ただし一瞬。すぐさまエルエムがコーラスアスへ突進、迎え撃つコーラスアスが引き続き防御を続ける間にロイは次の一手を見据えてか、「ギガボルト」を唱え自身の剣を強化する。 そんな白熱した展開が広がる前方とは対照的に、破片を浴びてハリネズミになった座席から、ひょこりと顔を出したのはカップ。彼だけはたまたま座席に座っていたのでそのまま隠れるようにしてやり過ごし、これから戦闘に加わろうと思ったのだが、既に前方は彼がいなくても十分に白熱していた。そんな様子に一言、 「……あれ、おれって戦力外?」 若干疎外感を感じつつ、大人しく戦闘組の邪魔にならないよう隅に移動するカップの側を、追従し近づく者が居た。 (図書館上層部は何かつかんでいるようですが、世界群学については彼らのほうが進んでいると判断せざるをえません) ふさふさだ、彼の目的は列車の奪還以上に情報の収集を優先している。相手は倒すべき敵であると同時に世界図書館上層部よりも近い情報源の一つであり、 (ここは脳筋はほうっておいて、ラーメンからできるだけ情報を取得したいところです) 先程のカップの言動が本心なら理性的な会話、及び情報収集を行えるとふんだからである。 ぽふっ 「はい?」 突然見知らぬ誰かに肩を叩かれつつも、律儀にカップが振り返る。その様子からふさふさは彼が対話に応じたと判断し語り始めた。 (ラーメンさん。見事なワームですね。我々もワーム使役の研究を行っていますが、まだまだです) と、本人は語っているが彼は犬である。勿論普通の言葉は喋れないので実際は 「あぅふ、わっふー。くぅん、わんわふっつ………」 このように言っていたりする。 「……………………」 残念ながら彼も全く分からなかった模様、えぇ素で解るのは車上にいる幸せの魔女さんだけです。 「コーラ君、翻訳」 「出来るかっ!!!!!」 「ですよねーー、ま、しゃーないっっす。ワンちゃんちょっと待ってなー」 カップがゴソゴソと例のポシェットを探り、また例のCDを噛み砕く。そしてボフンという音と共にその体が煙に巻かれ、煙が晴れるとそこには…… 「魔女っ娘キョウちゃん偽 参上♪」 明らかにコーラスアスよりも幼く、長い栗毛をリボンで止めた少女(何故かミニスカドレス)が現れた。 「えぇとおしゃべりできる魔法よね、それじゃワンちゃんこっちに来て~♪」 その変身前のギャップの高さより、元の無機物から完全な有機物に変化した技術の高さに感心しつつもふさふさが近寄ると、少女はそのふわふわな額にキスをする。 「おや、可愛らしい呪文ですね。いや、しかしこの声は……」 「えへ♪ これならキョウちゃんが消えても1日もつから安心だよ♪」 「これは凄いですね、私が人間の言葉を話せるようになるとは。そして意外と私の声は渋かったのでか」 「ん~~そこはワンちゃんによってちがうのキャッ!!」 そんな二人の間をロイ達の戦闘で砕けた座席の破片が横断、それに驚き反射的に手からビーム(直径30cm)を発射する少女。一応誰にも当たらず壁が貫通しただけだが、おかげで三人の戦闘が止まったのをここに記しておく。 「? どうしたのですか?」 チェガルが先程ビームの出た方角を眺めているのにゼロは気付く。 「……え? あぁ大丈夫大丈夫。ボクがビームで遅れを取るはずないし」 さも気にしてないように振舞うチェガルだが、先程のビーム、特にその太さが気になっていたのは事実、しかしゼロにはその理由も、何故あのビームだけに反応したのか疑問符が沸く。 「わわっ」 しかしその思考も中断、自身の服が焦げるに音に気付き、近付いていたワームから数歩、巨大化中のため数メートルの間合いをとる。そんな彼女の様子はお構いなしにワームは先程ゼロが落とした屋根の破片を溶かしつつ、のたのたと人が歩くスピードでゼロ達に付いてきた。 「物には反応しないようね。それじゃあ次は私の番よ」 対して二人よりも先頭車両に近い位置に居る幸せの魔女は、用意した花火『魔女のロケット花火』の設置が完了した模様、そして二人にこれ以上ワームが近づかないよう願いつつ火をつける。 ディラックの空に綺羅星が輝く。 本来ならば依頼を解決するために用意したお祭り用の花火を、奇しくも非常事態を打開するために惜しみなく放つ。 そんな夜空に輝く星の破片には目もくれず、いや、そもそも目も耳も判らない泡の体はのそりと二人から幸せの魔女へと進路を変える。 「しかし音に反応して動くワームとか猫みたいで可愛い……」 見た目が泡の塊で、未だ負傷者が出ていないためかこのワームは一見無害に見える。今の所花火に反応してのそのそと伺うそんな様子が少し可笑しく見えて、チェガルが些細な冗談を零してみただけだが、 「いや、ないなー」 近付いて訂正。基その泡の中にびっしりと生えた牙か口か判らない部分が見えた為だ。 そんな彼女の様子をよそに、巨大化したままのゼロが今度は服を焼き溶かされないように注意しつつ、チェガルから借りた巨大化させたノートパソコンを使い、光る液晶体のディスプレイを幸せの魔女とは反対の方向から浴びせてみる。 (先ほどの行動は、破片が体にぶつかるのを感じその方向に惹かれたか、走光性、走音性、動く物を感知し惹かれたのうちどれかだと思うのです) 先程の行動は蠍座からの砲弾の話、その挙動から彼女達はワームが何らかの刺激に反応して進んでいると読んだ。 (花火に反応したから、次は光か音だと思うのですが) その理論を元に物体、光源、音、動体の順にワームの反応する条件を導き出し、それを用いてワームを列車から引き剥がすのが今回の彼女達の基本作戦だ。物体の条件が外れた今、次にゼロは光源を試しているのだが…… 「んーー?」 「やっぱ音かなぁ」 数えて30秒かそこら、一向にパソコンの光に見向きもしない。変わらず端の幸せの魔女へワームは向かっている。 「でもただの音にしては微妙よね、さっきのチェガルさんのアレがあるもの」 それは幸せの魔女も感じていた、その理由はリエが吹き飛ばされる前のチェガルの行動だ。最初にワームの居る車両にたどり着いた時、彼女は自身の矢やロストレイルの破片、さらにはゼロに頼んで巨大化させた自身の槍までディラックの空に向けて放っていた。 しかし最後のゼロによって巨大化した槍を、勢いをつけて放り投げた時、それまで反応しなかったワームがチェガルに向かってきた。その際大きな風切り音が聞こえたので勿論その音に反応したのだろう。しかしワームは空に飛んだ槍には向かわなかった、そして先程の幸せの魔女の花火と同様『発射した人物』に向かっていったのだ。 「これってもしかして……」 誰かが答えを呟こうとした瞬間、突然彼女達の足元が揺れだして…… (成程、これは一筋縄ではいかんな) ここまで戦って感じたロイのコーラスアスに対する感想だ。 彼は元居た世界では魔王に支配された世界を救う為、世界中を旅してきた勇者だ。勿論その旅は常に魔王の驚異に晒され、数多の魔物と戦う日々でもあった。その中にはコーラスアスの同族であろう竜とも戦った事もあれば、一つ前の依頼ではインヤンガイの壺中天に出現した黒竜を屠った実績がある。しかし、彼はこれまで戦った相手とはかなり違った。 コーラスアスの突進を盾を正面に据えて受け止める。その進路は直線的故に判断し易いが、避けれなければこうしてしっかりと構えない限り、重装備の彼でさえ吹き飛ばされるだけの破壊力がある。この胆力は基本的な竜と大差はないだろう。 そして間髪いれずに突き出された両刃剣をロングソードで受け流し、バックステップ。突き出された翼の追撃を流すようにして懐へ潜り込もうとする。 だが完全には潜り込めない。コーラスアスが素早く左腕の翼を引き寄せ、傘のようにその皮膜を広げて進路を阻んだのだ。その翼の使い方が彼の知る竜の叩き伏せるような単純なものではなく、ある時は盾のように、またある時はその先の刺で短剣のように柔軟に使いこなす事が彼の最大の特徴だ。 「シュート・ザ・レインボー!」 鞭打つような音が聞こえた、エルエムの舞布を受け止めた音だ。 「まだまだぁぁっ!!」 「ムーンサルト・スラッシュ!!」 勿論その一手で彼女は終わらない、そのまま座席を踏み台に、くるりと回って跳躍分の力を一点へと集中させ、同時にロイもコーラスアスに再び詰め寄り、コーラスアスが移動せぬよう二人がかりで挟み込む。 「ふんっ!」 今度はコーラスアスは避けなかった。再び皮膜を広げて半回転、全身を覆った後右手は上段からのエルエムの回転蹴りを掴み、左腕は下段からのロイのスラッシュを滑らせるように受け流す。そして回った回転を利用するように、掴んだ右手を一本背負いの要領で彼女を地面に叩き付ける。 「痛っつ!」 「キュア!」 ロイの回復魔法が響く。畳み掛けるようにコーラスアスが翼を重ねて彼女に刺をお見舞いしようとする動作が見えたが、移動して防御する時間が取れないと察し、彼女の傷を癒すして衝撃に備える手段が有効だと判断したのだ。 直ぐにその魔法はエルエムの傷を癒すら。そしてエルエムも降り下ろされるコーラスアスの翼を掴み、まるで逆上がりでもするようにその腕を軸に回避する。 「イテテ。ロイさんありがと」 「ふむ、中々倒れてくれないものだ」 「まぁね、エルたちも負けられないもん!」 そして再び勝負は二対一になった。 「その翼すごいよねー、『竜騎士』っていうくらいだし竜に変身できるの?」何度目かの質問をエルエムが聞いた。 「いや、我は貴殿らの言う人では無い。どちらかと言えば人に変身している方だぞ」 対処しながらもコーラスアスは答える。 コチラはエルエムが相手の能力を読むための質問。もしかしたらボロを出さないために始終無反応で通されるのかと思っていたが、戦いながらも彼は律儀に答えてくれた。 殆どは価値観や感覚の違いからチグハグな回答を貰うが、テンペスタの知り合いではないなど、意外と世間話程度なら会話は成立している。 しかし彼の正確な能力を掴む事は未だ出来ていない、それどころかロイと協力しても実際は足止めするので精一杯だったりする。 (ほんとにあの人とおんなじ位強いかも) ふと思い出すのは食堂車での相談時に出ていた話。カップ=ラーメンが例の食品の名前と同じだったように、もしかしたら彼の名前も同じ名前があるかもしれないと相談していた時、エルエムはあるドラゴンの名前を思い出していた。しかしそれは御伽の登場人物、だが今のコーラスアスを見ると、自分の予想が嫌な意味で現実を帯びてくる。 「ギガボルト!!」 ロイの声が響き、再び雷がコーラスアスに当たるのを見て気を引き締める。 正直コーラスアスに勝てるかどうかは絶望的だ。下手をすればカップ=ラーメンすら倒せないかもしれない。それでも今は戦い続けなければいけない。まだリエが戻ってくるまでは耐えたいという意地もあるし、まだロイは彼に挑んでいる。自分だけ止まれないと。 少しだけ湧いたこの気持ちを落とさないように、再び駆け出そうとした時、 「え?」 「ん?」 突然メキメキと裂ける音が聞こえ、思わず全員が音の方を振り向くと…… 「私は、ワームはそれ単体で小世界を内包しているという仮説を立てているのですがいかがでしょうか」 「はぁ……」 一方すぐ2m先が戦場でありながら、こちらの会談はひとまず平穏そうに見える。基カップのみがやや居心地悪そうに正座しているのが見受けられる。 彼の目論見では唯一戦闘思考でない彼を説得し、なるべく死傷者なく穏便に列車を奪取するために交渉しようとふさふさに翻訳魔法を施したのだが、彼は交渉すら行わない。 それどころか彼から見て自身の展開する理論を提示し、彼に意見を求めようとする彼の行動に困惑していた。 因みに彼の足元を先ほどからリエの楊貴妃が少しでも主の敵を撃とうと彼の足を齧っていたりするのだが、あいにく彼の体は金属製、先程から小さな傷しか付いてない。それもとりあえず放って置いて、律儀にふさふさの話を聞いている。 「あなたたちも真理数を失っている以上は、存在のよりどころとする天元があるのではないのかと思慮いたします」 「あぁ、ワンちゃいやふさふさ君? つまり聞きたいことってその、要はおれらのイグシストを知りたいんっすかね?」 「えぇ、その天元を司るであろうイグシストについてです」 初めてカップが彼の持論に反応を示した、反射的に喜びを言葉に滲ませるふさふさ。 「いや、イグシストって言っても報告書見る限りじゃおたくのイグシストと特に違いは無いと思うんっすけど……」 「それでも構いません。少なくとも先程カップさんが仰った『イグシスト』は私達の世界には無い単語です。旅人の言葉で翻訳されない以上、その意味は私達にとってスパイスのように刺激的で、金のように価値あるものなのです」 「そうっすか?……と言っても報告書だけじゃどこまで一緒か知らないっすけど、一応知恵があったり、おれらの消失の運命から救ってくれたりとか、それに知識や情報がエネルギーみたいな所っすかね」 それは断片的回答だが、少なくとも相手にもチャイ=ブレと同じ性質を持った超生物、彼らの言葉でくくると同種のイグシストが彼らにも居るようだ。しかし最後の言葉にふさふさは違和感を覚える。 「おや、何故私達のイグシストが情報を糧にしていると判断したのですか?こちらの依頼報告では今の発言に繋がるような証拠は発見されていないはずですが」 「ん?それは簡単っすよ。そっちが『沢山の世界を集めてる』からじゃないっすか」 初めて会話が止まった。 「何と…………宜しければ更に詳しくご教授願いたいものです」 「え、はい……」 カップが驚いているのは人には判りにくい自分の表情の変化が原因だと簡単に予測出来た。それ程にその情報は予想外で、ひどく刺激される言葉なの。 「一応イグシストっておれらを消失の運命から助けるかわりに見返りを求めるのに、特に情報を収集させるじゃないっすか」 勿論その言葉は相手側からの情報で精度はかなり欠ける情報だ。だがもしその言葉の信頼性がひと度確立されれば、説明によっては恐ろしい可能性が見え隠れする事になる。 「おれらはその都度情報源になる世界を探すっすけど、そっちはまるで牧場……」 しかし彼は最後まで聞けなかった。 人よりも優れた聴覚でも聞き取れないほどの豪音、丸々一両分の列車の屋根が抜け落ちた音にかき消されたからだ。 「うっひゃ~~下のみんなは大丈夫かなぁ」 こちらは車上側、呟いたのはゼロを担いだチェガルだ。その脇にはゼロを抱えている。 屋根にはしった日々の大きさと、スカウト技能による経験からいち早く屋根が崩落することを予想した彼女は、すぐさま隣りに居たゼロを掴み、少し上の空へ避難したのだ。勿論ゼロもその異変に気付いて巨大化した体を元の大きさに戻している為、重さはチェガルの装備一式よりも軽い体重に戻っていた。 「あ、幸せの魔女さんなのです」 そんなゼロの指差す先に幸せの魔女が見えた。同じ彼女も陥没した車両の上にいたのだが、ワームの進行を避けるために列車の橋に陣取っていたのが幸いし、ひらりと隣の車両に移動するだけで無傷で済んだのだ。 「うっわ、あのワーム列車の中に入っちゃったよ。下の皆本当に大丈夫?」 合流後、再開の挨拶をする前にチェガルの言葉に釣られて覗けば、この陥没の原因であるワームが列車内へ侵入していくのが見える。正直宜しくない状況だ。 今は屋根だけでも、このまま中も這いずりまわられればいずれ完全にこの車両が分断し、動力部と切り離されればロイたちの居る後方車両は脚を無くし、ディラックの空をさ迷う可能性があるからだ。 「そういえば、あのワームは何故列車の中に入っていったのでしょうか」 「勿論音だよね。しかもボクらは何もしていないから」 しかし今回のワームの行動は、これまでで一番大きい音の出た『屋根のあった場所』に全体を入れようとしている行動は…… 「最初に発生した音に敏感のようね」 ワームが『最初の音の発生源』を元に向かう事を示す重要なものだ。 「じゃあボクが飛ぼうかな? なるべく離れてないとね」 言うやいなやチェガルが飛び出す、もうやることは一つだ。列車から離れ、そこから大きな音を鳴らしておびき寄せればいい。 すぐに彼女は目的の距離にたどり着く。そしてまだ貸していなかった音楽プレーヤーの音量を最大限にして…… 「ちょっつ、コーラ君達大丈夫っすかーーー!!」 一方崩落によって崩れた車両の下、正確にはその崩落物が彼らが戦っていた車両に押し流されたことにより、一等車もそれ相応に凄惨な状態になっていた。 そんな中最も崩落から離れてた場所で会談していた為一番被害の少なかったカップが生存者がいないか声をかける。 勿論隣で話をしていたふさふさも怪我は無い。今まで温存していた浮遊する手を駆使して、先程まで三人が戦っていた扉付近の、生存者がいそうな場所の破片を移動させる。 「ミリオンスピア!」 「…………」 掛け声と共に一部の破片が飛び散り、最初にロイが顔を出す。次いでその隣を左腕で破片を押しのけながらコーラスアスも顔を出した。 「おい、その腕には……」 「…………」 右腕に抱きかかえていたのはエルエムだ、ロイが気付き呼び止める……が、コーラスアスは全く反応しない。しかしずんずんと近付いた後、何も言わずに気絶しているエルエムをロイに押しつけようとする。 「……ん、あれ? ロイさん?」 が、エルエムが目を覚ました瞬間、目に見えてコーラスアスの肩が跳ねた。 「……と、とにかく彼女は返す。とんだ災難だったな、いや彼女にとっては少し嫌な思いをさせてしまったやもしれんが」 「「「??」」」 突然しどろもどろに語るコーラスアスに世界図書館側は小首を傾げる。特に彼は何もしていないはずだが…… 「あ」 「…………!」 強いて言うなら『体を抱き寄せて』彼女を庇っただけだ。そしてその事実を知るエルエムはにやにやと微笑み始め、自身の赤銅色の鱗よりも淡いさくら色に染まるコーラスアスを見て知る、 「へーっ、こういうの好きなんだ」 反射的に顔を背けるその姿に、クスリと笑ってしまう。 どうやらコーラスアスは騎士だがフェミニストではなかった模様。 「普通に福眼って思えばいいのに」 「出来るかっ!!!!!」 カップの茶化しに本気で怒るコーラスアスに、納得はするが理解できないのかロイとふさふさが顔を合わせた瞬間、今度は車両自体が大きく傾いた。 「うおっ」 「ちょ、傾く傾く!」 「見て、ワームが」 チェガル達の成果だ、彼女達の考察と誘導で既にワームの半分近くが列車から乗り出し、今まさにワームが列車から離れようとしている。その姿はそれは味方の誰もが依頼の成功条件を満たせると確信する。 しかし彼らも黙っているはずがなかった。 「うぉっと」 ふさふさの浮遊する手が、窓から飛び出そうとするカップの足を掴む。 「あ、ふさふさ君、ちょっとお話はここで中断ってことで」 「申し訳ありません、つづきはまたの機会に」 既に煙が出始めていた、その為口からCDを回収する事は諦め、せめて遠くへ放り投げようと一瞬だけ示唆して放り投げようとした瞬間、 「ぎゃっ……!」 煙から出た鈍器で座席を壊され、ふさふさはその下敷きになってしまった。 「二人は頼む」 カップは数ミリも飛ばなかった、それどころか彼は大型バイクに乗り込んだ長身の女性へと変わり、全速力で車上へ登る。 コーラスアスは交わさない、踵を返し、既に登ったロイとエルエムに追いつき阻止する為に、両翼を羽ばたかせて、彼も後を追った。 「あれは……!」 チェガル達は見たことのない女性が接近するのが見えた、誰の顔見知りでもない。おそらくあれもカップの変身技能の一つだと予想がつく。そしてその目的はワームを引き剥がす作業の妨害であることも予想できた。 「させないのです!」 「チェガルさんはそのまま続けて頂戴」 勿論黙って見ているつもりはない、手の空いた二人も阻止しようと幸せの魔女は幸福の剣を抜き、ゼロは適切なサイズまで巨大化する。 距離はもう10mも無い。お互いがお互いの感覚を伸ばして間合いを、何時バイクが到着するのか推し量っていると、目の前で運転手だけ前に飛んだ。 「……え?」 最初は二人とも事故でも起きたのかと思った、しかし幸福の魔女だけは未だ相手の殺気の絶えない様子から、まだ右手だけがハンドルをしっかりと掴んでいる事に早く気付く。 「……おらぁ!!」 着地後、倒れる事無く女は二人に向けてバイクを振り回した。 それは虚を突いた一撃、幸せの魔女が倒れるように後方へ体を曲げて回避するもゼロだけは大きさも相まってモロに腹部にめり込む。 悲鳴を出す暇も惜しかった、すぐさま幸せの魔女が体制を立て直し反撃。女は避けず、刀の容量でバイクでその刃を受け取り、剣先と車輪に挟まって大音量で不快な研磨音が響く。 瞬間幸せの魔女が剣を放す、この音でワームの気が逸れる事を恐れたのだ。 まるでバッティングマシーンのように剣は前方車両に跳んでいったが、直ぐに例の音も止み、女のバランスを崩す事にも成功する。 「な……!」 そして畳み掛けるようにゼロの巨体が女に伸し掛かり、布団をかぶせるように女を被い身動きを封じる。しかし幸せの魔女の胸騒ぎは収まらない。振り返ればワームが顔のない顔でこちらに向かっていた…… 「まずい……ワームが」 チェガルは焦る。ワームが研磨音に気を取られ始めた、しかしこれ以上音楽プレーヤーの音量は上げることができないし、パソコンも未だゼロに貸したままだ。 音が足りなかった。このまま時間を食えばワームが戻るだけではなく、今ゼロ達が抑えている二人組も復活するかもしれない。 それだけは避けたかった。 「背に腹は変えられないよね……!」 一瞬だけ躊躇ってから、彼女はバスターソード以外の武器を外し、手早く荷を軽くする。 そして改めて周囲を確認、ワームは頭は研磨音の方だが、あと1mもあれば転落してしまいそうな所まで迫っている。今しかない…… 一度一呼吸、肺に空気と残った雷を混ぜるイメージ、飛行分を除いて全てをソレに回して………… ディラックの空に、今回の中で最大規模であろう蒼い花火が上がった。 上がる花火と対照的に、空に落ちるのは力を使い切ったチェガルと、花火に引き寄せられるように顔を伸ばして足元を滑らせたワーム。 「チェガルさん」 しかしチェガルは途中で止まる、巨大化したゼロの両手に掬われて、ディラックの空を漂う事は避けられた。しかし代価にバイクの女が逃げ出し、コーラスアスに合流しようと全速力で疾る。 「まずいわ、後数秒しかもたない」 「そりゃ好都合だ」 「!!?」 初めて女の顔が驚愕に歪んだ。いつの間にかその背にあの時コーラスアスに投げ飛ばされたリエが座っていたのだ。勿論亡霊ではなく先程やっと列車が漂流した彼に追いつき、登った先で女がバイクを起こすのを発見し、ちゃっかりと同乗しているだけだ。勿論相手は変身している敵なので、躊躇う事無くチェガルのグラディウスをタイヤに擦らせた。 派手にタイヤが破裂した。受身も取れず女が空いた穴から落下、途中でカップに戻るもそのまま一等車へ転がる。その衝撃に一瞬だけ意識が眩みそうになるのを堪えたカップは最悪な事に気付く、 「ちょっ、そのカバンはダメっす!」 「お生憎様、こちとらスリとかっぱらいで生計立ててきたんだ!」 リエが掴んでいるのはカップのポシェットだ。慌てて離そうとその腕を掴むカップ。しかしコーラスアスに投げ出された時に比べれば力は弱い。少々強引に、腕を掴まれたまま金具を外しポシェットを奪い取る。と同時にポシェットは楊貴妃の炎で火に包まれた。 「ほらほら、大事なポシェットが燃えちまってもいいのかよ!?」 「!!?」 反射的にカップは手を伸ばす、がその手は自身のポシェットではなくリエの勾玉が生み出した結界。そして閉じ込められた事を気付く前にその全身を炎が包む。 「カップ=ラーメン!!」 「ギガボルト!」 「ブロウクンフィストッ!!」 「ぐ……!」 それはコーラスアス側からも見ることができた。しかしロイとエルエムの追撃を躱すのに彼は既に手一杯で、カップの元にたどり着くには余りにも難しかった。 そんな中二人組の対処は他に任せ、落ちてゆくワームを見下ろす者が居る。 「……私が望む1番の幸せは『皆が無事に帰路につけること』」 幸せの魔女だ、周囲で接戦が繰り広げられる中、まるで親しい人にでも語りかけるようにワームへ囁く。 「その幸福をここまで遮ってきたあなたを、ただ落とすなんてさせないわ」 しかしその右手はワーム殺す為の剣を、左手にはワームを確実に殺す為の魔法の結晶 あの屋根に塗っていた苦い、けどワームには毒の液体を携えていた。 両手の二つが交ざり、剣本来の美しい彫刻を残し、毒本来の艶やかに輝く射干玉色の剣が出来上がる。そして出来た剣をつまんでぽとりと針のように、落ちてゆくワームに落とした。 音のない悲鳴が響き渡る。 それは人に聞こえない周波数で叫ぶワームの絶叫で、 知らない人には只空気が震えているようにしか感じない些細な音。 しかしそれは確実に彼女の不幸の存在が消滅する心地よい音で、 それが死ぬまで、彼女は暫しその音色に耳を傾けた。 「……っつあっち」 結界からカップが脱出した。思った以上に火傷が少ないのは彼のボディが金属体であり、かなり頑丈に作られていたことに由来する。 「なんだ、生きてたか。けど勝負はこっちのもんだぜ」 「……」 しかし軽口を叩く体力は奪われた模様。そして慌てて周囲の様子を確認する。 状況は世界樹旅団側で見れば絶望的に見えた。既にカップ=ラーメンのポシェットは無く、攻撃手のコーラスアスは二人に拮抗するも、ワームを倒された今、このまま戦えば優勢を保てないのは目に見えた。 「あぁくそっ……!」 だがカップ=ラーメンは投降しなかった。 「怪我せたくなかったんっすけどっ!!」 諦めたように叫びながら、胸部を赤く光らせ口からは変身の時と同じ白煙を吐き出す。 「てめぇ……!」 勿論そんな事態をリエは良しとはしない、すぐさま陣でカップを固定、再び楊貴妃と勾玉の炎で煙ごと燃やそうとして…… リエの右腕が跳んだ。 「……!!」 リエの声は出せない、既に顔面を煙から飛び出した赤銅色の腕に掴まれ、砕けた座席に体を叩きつけられて、力任せながら念入りに、破片だらけの上で背中を削られる。 「おいやめろ馬鹿!」 チェガルの怒声が行動を遮ぎる。全体重と落下速をかけ、非道を行うカップを串刺ししようとする。ここでカップが変身したのは亜人、恐らく変身途中のコーラスアスだと全員が知る。 が、変身した人間の人格もコピーされるはずの彼の行動には、コーラスアスの騎士道らしさが全く見受けられない。 「……あぁっ」 「おや、殺されたかな?」 「……!」 串刺しにされたのはリエ。勿論チェガルの意思ではなく化けたカップが翼で受けると見せかけて受け流して刺さらせたもの。その戸惑いから間髪いれず、完成した鍵爪尾が彼女を鎧の無い腹部を串刺しにする。 「ギガボルト!!」 「二人を放しなさい!」 今度は防御出来なかった。カップが空いた翼で守ろうとした瞬間、全力で脱出したふさふさのトラベルギアがそれを押さえ、その瞬間のわずかに惑う顔にロイの最大攻撃を、幸せの魔女のレイピアが二人を掴んだ腕を貫く。 反射的に手が開き落ちる二人をラピッドスタイルのエルエムがキャッチ、そのままエアダッシュを駆使して食堂車まで一気に駆け抜けた。その後ろをふさふさがリエの腕をくわえて追従し、同じく負傷者の避難に尽力を尽くす。 時間にして3分。既に列車の屋根はめくれ、ゆうに20mを超えたカップがまだまだ巨大化してゆく。それを押さえつけようとするも、戦うのはロイと幸せの魔女の二人だけ。楊貴妃はつい先程力尽きた。 既に撤退すべきだと悟っていたが、二人は撤退せず。ロイは少しでも殿で避難した仲間の居る食堂車を護るため、幸せの魔女は先程から見えなくなったゼロを、ハッピーエンドを信じてくれた彼女を見つけてハッピーエンドにするため、どちらも戻れなかった。 そんな様子を感情の無い、生物でありながら何処か無機質で無情な瞳が発見する。 エルエムが戦場に復帰しようと、負傷者の居る食堂車の扉が開いたのを確認する。 そして躊躇うこと無く、先程から閉じていた口から赤銅よりも赫い、純粋に輝く赫い炎を吐き出した。 「危ないのです!」 だがその炎は、世界図書館の誰にも当たらなかった。 その進行をゼロの巨大化した右腕が空間ごと埋めるように塞いだからだ。 「ゼロさん!!」 幸せの魔女の悲鳴が木霊する、その身を挺しての防御はその腕が焼き落とされる可能性を意味し、実際に何かの焦げる音が見えない彼女の腕の内側から聞こえるからだ。 そして間髪置かずに列車が上下に跳ね上がり、スローモーションで見るかのように一等車両が完全にまっぷたつに裂けるのが見える。 「みんな食堂車に!!」 余裕は無かった、誰も後ろも確認せず、元の大きさに戻ったゼロと楊貴妃はロイが抱き抱えて食堂車に避難した瞬間、最後までゼロを案ずるように幸せの魔女が後ろを振り向くと、車両の端をあの赤銅色の腕が掴んでいるのが見えた。 瞬間ディラックの空へ、彼女達を載せた後方車両は投げ飛ばされた。 (痛いのに……ゼロは今何もできないのです) 眠ることも、意識も途切れることも無く、まどろみ、ぼやけた車内をゼロは眺める。 彼女は他の眠る乗員達同様席に座りながら、右腕や腹部を三角巾で固定している。腕の痛みは無い、既に彼女の炭化した腕は再生しつつあり、数日もあれば動かせるようになると分かっている。しかし痛いと感じるのは自分の怪我ではなく、むしろ自分以上に傷ついた他の皆の様子が、伝染するように彼女の何かを問いかける。 すぐそばで眠るのは幸せの魔女だ。投げられた列車が通常運転と同じ位の速度まで減少してから、ロイの後追いをするように倒れるように眠りについた。そのロイも先程まで己の単体回復魔法で怪我人を生命力が安定するまで治療し続け、リエの状態が安定したのを見届けてから、毛布に丸まり魔力を回復させるため、今も深い眠りについている。 因みに毛布はエルエムが二人を最初に担ぎ込んだ時、後方車両から見つけてきたものだ。他にも後方車両には非常時の物資が入っていたので暫く漂っていても問題はないと彼女は聞いている。 それでも早く状況が良くなって欲しいと彼女は思うのは、先程からぴくりともしないリエが気になるからだ。最も怪我の状態が酷く、最後までロイの治療を受けた彼は峠を越えたとはいえ千切た右腕も完全には結合せず、回復魔法では再生しない血液不足から何時ショック症状が起きてもおかしくないらしい。 今は応急処置としてふさふさが心臓に血液が戻りやすいよう彼の脚を上げつつ楊貴妃と共に彼の体を温める。そしてもう一つ、 (コーラスアスさんはちゃんと止めれたのでしょうか?) それは不謹慎にも聞こえる言葉。 『何をするのですか!?』 だがカップが変身した時、コーラスアスが血相を変えて前方車両に姿を消したのに気付き、単独で彼を追った。そして彼も完全に変身するのを発見し、止める前に思わずゼロは尋ねた。 『カップ=ラーメンの暴走を止める。邪魔立てするな』 答えたコーラスアスの言葉と、暴れ始めたカップで揺れる車両を睨む瞳は、 『……ゼロに、ゼロにもできることはないですか?』 敵だが、彼女には信じられた。 結局彼がカップの暴走を止めたのかは判らないが、ゼロが炎を防いだ時、カップを列車から引きはがしたのは見えた。その後は判らないが、止めれたと信じたい。 「列車が見えるよ! しかも誰か乗ってるみたい……!!」 突然上からエルエムの声が響く、 「来た! ロストレイルが来たよ! 見たことある人も見えたしいけるよぉぉ……ぅ」 「チェガルさん! 無理しちゃダメだよ」 「……あ」 次いでチェガルが部屋に戻ってきた。が、大声が響いたのか塞いだだけの腹を押さえ脂汗を滲ませる。そんな彼女をエルエムが気にかける中、ゼロはトラベラーズノートを手にとる。 彼女にも車両の半分が無くなった列車と、その中で動く人が見えた。そしてその中には彼女の見知った人が見えて…… 「ゼロさんどうしましたか? その手で手紙を書くのは難しいかと存じ上げますが」 「はい、書きにくいのです。でも、あの列車に優さんが見えたのです」 彼女は伝えようとした、ここにも仲間が居ることを。 「じゃああの列車に乗っている人達って味方?」 「そうだと思うのです。だからトラベラーズノートでお知らせしないといけないのです」 「よかったあ……流石に連戦は厳しいよねこれじゃ」 そしてその情報が、吉報のように皆に伝わって往くのを彼女も感じる。 「それでは私もその方々宛に手紙を書きましょう。怪我人の報告などを分担して送った方が早いと思いますので」 「じゃあボクも、ゼロちゃん他に知っている人って分かるかな?」 「見えなかったのですが、優さんがいるならもしかしたら綾さんや灰人さんも乗っているかもしれないのです」 「それじゃあエルは連結部を見てくるね。使えるならあの列車とくっつけられるかもしれないし」 こうして動ける者は合流する準備を始める。正直見えた車両も先頭車両は見えない。 こちらも先頭車両を奪われた今、もしかしたら動けず漂う可能性もあった。 それでも見失わないように、全員が無事に帰還できるように、 まだ出来るハッピーエンドを掴むために、彼らは行動した。 【Fin】
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