壱番世界の近代戦争においては、二つの革命があった。 一つに、国民国家による国民軍。 国家意識に目覚めた大衆による国民軍は、旧来の軍隊の10倍の規模とできる。ナポレオンは傭兵に頼るしかないハプスブルク家を圧倒した。 そして二つ目は、兵員の機械化である。 機械化とはすなわち、トラック、列車などの機械的手段による輸送の効率化である。その中でも一番早く登場した列車は戦争を一変させた。2倍の速度で進軍する軍隊は2倍の兵力と同じ価値がある。一個師団を瞬時に前線に輸送できる列車は、それまでの馬車、汽船ととりかわった。 時代は下りナポレオン三世は、プロイセン王国の鉄道網に敗退した。「館員総動員法でも作るんかい」―― 世界樹旅団とか言ったか、彼らに対抗するには全ロストナンバーの力が必要だろうよ「能力も思想もバラバラのロストナンバーでどうするんだよ。チート能力のツーリストと一緒にブートキャンプはごめんだぜ」―― それには及ばないさ。壱番世界の歴史はこう進化した「な、んだ。これはっ」 二人のロストナンバーの前に現れたのは、改修を施されているところのロストレイル8号車(蠍座)だ。汎用性の高いオープンデッキの追加に始まり、客室には無骨な防弾版が取りつけられ、弾薬車両、通信車両、作戦指令車両の追加、そしてある車体には得体の知れない機械が設置されていた。―― 世界樹旅団はUFOに乗ってあらわれる。どこかに母艦か基地があるはずだ。それを叩く 列車砲である。 野砲とは比べものにはならない、戦艦にすら乗せられない、巨大な砲。要塞にしか設置できないようなそれは移動する列車に搭載することによって、ありえない脅威となる。 通常の客室ほどもある台車が二両、それらに橋桁がごとくの台座がとりつく、台座には仰角調整の機構から、装填機が組み込まれている。 3車両分もある砲身がクレーンで運ばれてきた。慎重に台座に組み付けられる。「あの、砲身を釣っている治具はそのままなんですか?」―― 不格好だが、あれがないと砲身は自重で曲がってしまう。 工房の熱気とは裏腹に、薄ら寒い不安に襲われた。† † † † † † † † † † † † †「7号車(天秤座)から通信が入りました。大型デブリ破壊を確認」 ロストレイル8号車はディラックの深淵に停車していた。蠍座を象徴する8号車は、遠距離攻撃を得意としている。 列車砲、コードネーム「Yggdrasil-Geschu"tz」の試験中だ。元々カンターダ事変の際に開発が始められたものである。その当時から図書館上層部は本格的な世界間戦争を想定していたようだ。 今日の任務は、発射試験を行い、射撃の精度威力を検証するものである。 どこから流れてきたのかはわからないが、ディラックの空にぷかぷかと浮かぶデブリ。4号車(蟹座)からの報告によれば直径1km程のテストターゲットは一撃で粉々になったとのことだ。 これだけの威力、0世界ではテストできない。 次の砲弾を装填しようとしたときに、観測手が異変を察知した。 破片の調査を行っていたはずの、7号車から火線がのびた。 破片が動いている ――生き物か、ちがう、ディラックの空にいるならワームしかありえない。「目標をワームと推定! 総員第一級戦闘態勢を取れ! 空間戦に備えろ!」 車内が慌ただしくなる。 第二弾は遅延信管付き榴弾に変更された。砲弾が装填され、閉鎖機が作動する。観測手から、7号車が移動を開始したこと、ワームが健在なことが伝えられた。「空間風調整、ディラック係数入力完了」 合図と共に、手旗が掲げらた手旗が振り下ろされ、人よりも大きい尖鋭弾が射出された。 落雷を思わせる衝撃が走り、ディラックの空を切り裂いて、鉄塊が飛んでいく。着弾までの十数秒がもどかしい。 ふたたび観測手「着弾を確認。ワームが散っていきます」 ここからだと、7号車は点の程にしか見えない。彼らの健在は祈るしかない。 駐鋤を格納し、砲がぎしぎしと音をたてるなか、ロストレイル8号車は撤退し始めた。 と、他にもいくつかの動き始めたデブリが見つかった。 列車砲が破壊したのはワームの巣だったのだ。家を破壊されたワーム達は真に怒りをぶつけるべき相手に気付いたようである。 多数のワームがこちらへと近づいてくる。 この近くを運行しているのは ……4号車(蟹座)。慌てて救援を求めた。「新兵器の実験中、誤ってワームの巣に攻撃を銜えたため襲われた。今は反省している。援護求む」 追いすがるワームを打ち落とすのも容易ではない。特大の加農砲は、威力は高いが、連射が効かない。撃つ度に腔内は削り取られ、砲身は加熱し赤く光り始めた。 そして、ついに装填しようとしたところで、閉鎖機がいやな音と共に閉じなくなった。「何をしている! それは砲弾ではない! 宇治喜撰だ! 教育してやる!」 不慣れなロストナンバーが砲弾と誤って図書館司書を砲腔内に詰めてしまったようである。これでは次弾が発射できない。 怒号が飛び交った。 重たい大砲を積んだロストレイルは遅い。追いつかれるのは時間の問題だ。「4号車から打電『当機のスペックでは援護に十分な火力提供は不可能。早急にこの場を離脱せよ』」「返信しろ! 『ふざけるな 俺のケツをなめろ!』だ」 状況は絶望的になった。「高速飛翔体接近中! ワームではありません! 高速飛翔体接近中! ワームではありません!」―― まさか、援軍か「円盤だ…… 殺される……」 ……数に勝る敵 ……砲は不調 ……援軍は来ない「接敵されます!」「総員白兵戦用意!」 そして、ワームを従えた円盤はゆっくりとロストレイルの周りを旋回し、隙をついて兵員を投下。 オープンデッキに飛び乗った隊長が小銃を掲げ、乱射する「ほれほれっ! ババババッと撃ってしまいますよ! 危ないですよ~。降伏してくださいね。ドドドバババ~~」円盤からも音声が流れる。―― 停車し、武装解除せよ。『世界樹旅団』は諸君を歓迎する========!注意!イベントシナリオ群『ロストレイル襲撃』は、内容の性質上、ひとりのキャラクターは1つのシナリオのみのご参加および抽選エントリーをお願いします。誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。また、このシナリオの参加キャラクターは、車両が制圧されるなどの状況により、本人のプレイングなどに落ち度がなくても、重傷・拘束等なんらかのステイタス異常に陥る可能性があります。ステイタス異常となったキャラクターは新たなシナリオ参加や掲示板での発言ができなくなりますので、あらかじめご了承下さい。========
円盤は、ロストレイル8号車と併走している。この状況では決戦兵器であるはずの列車砲は重く、足枷にしかならない。列車砲の整備のために、屋根の無い車両が多いことが災いし、走りながらも円盤から続々と兵が乗り込んできていた。 彼らは、できるだけ無傷でロストレイルを拿捕しようとしているのだ。さらには、乗っているロストナンバー達も確保したい。そういう思惑が見て取れる。お互いに相手の手の内がわからず、妥協共存の可能性も未知である現状を考えると、今回の彼らは相当に大胆である。 円盤から、いくつかつきだしている機銃は、ロストレイルのデッキ上を狙っている。 ― 停車し、武装解除せよ。『世界樹旅団』は諸君を歓迎する ナレンシフからの警告は無視された。このロストレイルには武闘派が多数乗車している。偶然とも言えるが、ハーデ・ビラールと細谷博昭は旅団がはなったとおぼしきファージとの交戦経験もある。その他の戦力はΣ・F・Φ・フレームグライドとガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードだ。混乱の中、非戦闘員を待避させつつ断固とした対応することとなった。 オープンデッキには多数の兵隊と、スライム状のワーム。兵隊達はそろってダークグリーンの制服に身を包んでいた。 軍服はディラックの空に溶け込んでちょっとした保護色になっている。それにひきかえ、スライム達はレッドブルーイエローと色とりどりに透き通り、人工着色料たっぷりのジャムのようにも見えた。その中心には同じ色で鈍く光を放つ石があった。 隊長が侮辱的な仕草で呼びかけながら自動小銃から景気よく弾をばらまいている。 「煩いぞ。昼寝の邪魔だ」 そこへ、早速ハーデがテレポートしてきて斬りかかった。光剣がディラックの空とともに哀れな兵長を切り裂く。制御を失った隊長のワームは、他のワームに食われて消えた。「転移能力を持つ女性兵士、報告にあったロストナンバーかと思われます」 「フォーメーションD、ワームを盾にしつつおとりに使え!」 隊長が死んだわりに反応は機敏であった。副長のかけ声と共に兵達が散開した。敵は図書館のロストナンバーに対応した訓練を積んでいたようである。個々の兵にはさしたる特殊能力は無さそうであるが、巧妙にワームを駆使しその差を埋めようとしていた。 ハーデはテレポートを繰り返し、手近なワームに接敵しては、光剣を短く凝集させる。軌跡がスライムの核を通過する一瞬ごとに刃を出現させ、コアを破壊していった。数体を破壊したら、その混乱に乗して速やかに空間転移して逃れた。 手榴弾の閃光がはしり、煙と共に兵とワームが破れた扉からなだれ込んでいった。続々とポジションを確保していく。おそらくは面制圧攻撃を警戒してのものだろう、列車砲管理の非戦闘人を間に挟みつつの配置だ。 この点、特別の集団戦闘訓練を受けていない図書館は不利とも言える。 覆せるとしたら、それはそれぞれの規格外の能力である。 奥の車両から、レッドドラゴンの正体を持つΣ・F・Φが出てきた。人型をしている今も、威圧感は高く、大きい。背負う大剣はさらに大きい。兵達はすかさず、Σ・F・Φに制限点射した。10を超える弾数が命中し、残りの弾は、彼の入ってきた扉に当たり小窓を割った。しかし、彼自身を下がらせるには及ばなかった。 「銃とか、ワームとか出てきたか。だが、これぐらい、どうってことはない。なぜならば、俺には効かないからだ」 胸に刺さった弾丸を太い指でつまみだし、じゃらじゃらと床に捨てた。その手にはうっすら赤く竜鱗が浮かび上がっている。銃では、硬い鱗をわずかにはがす程度のことしかできないようである。 ストレッチといったあんばいで首を鳴らすと、Σ・F・Φは世界樹旅団に向きなおった。 「この狭いところで、竜変身は、無理だな。この剣でも狭い」 ならば、殴り倒すしかない!! 体を沈ませ筋肉に溜を作ると一足跳びに突貫した。 一番手前にいた兵はその速度に追いつけない。轟っ、と振り回されたフックを正面から浴び、座席を飛び越え吹っ飛んでいった。 まずは一人…… Σ・F・Φが次の兵にターゲットしたところでワームが覆い被さってきた。半透明なスライムの中には冒涜的な輝きを発する石があり、それが弱点であろうとは容易に推測された。 こぶしをたたき込むがゼリー質に阻まれる。その隙に、銃弾が龍人の頭を襲った。眼孔の縁に当たり、視界が揺らいだ。鱗の薄いところは弱い、一ヵ所に留まるのは危険だ。 「発動!! ベテルギウス!!」 腕輪の巨大な宝石が、持ち主に呼応するように赤く輝く。 「ぬあぁああ!!」 トラベルギアはレッドドラゴンの権能が強化する。竜鱗が浮き上がり、よりいっそう爬虫類然とした容貌となった。 燃焼粉の奔流が粘性を持ってワームにまとわりつき焼いていく、表面が泡立ち、吹き飛ばされ、守られていた心臓部がむき出しになった。そこへ、間髪入れずに硬質化した拳を突き込んでコアを粉砕する。スライムは輪郭を維持できなくなって、ぼとぼとと床に飛び散った。 兵達はその威容と熱気に気圧され、Σ・F・Φが始末をつけようと踏み出した。 「死にたい奴はかかってこい! ドラゴンスレイヤーになりたい奴は前に出な!!」 怖じ気づいたか、スライムを全面に押し出してきた。 「腰抜けどもめ」 続くスライムにブレスを浴びせようとした時である。 ばらららららと 耳をつんざく音が鳴り響き、窓、壁が切り裂かれるように穴穴が空けられ、シートが粉々に飛び散った。 「Σさんもライフル弾は耐えられても、機銃斉射は厳しいのではございませんか」 ナレンシフの銃座からの射撃であった。 あと一歩のところで、Σ・F・Φは服を掴まれて難を逃れた。細谷である。 口径は20mm前後といったところか、アンチマテリアルはロストレイルの客室を紙のように破れる。 「敵は、ロストレイル号の無傷拿捕を諦めたようでございます」 客室内での戦いが進む中、砲台では、筋肉甲冑男ガルバリュートが苦戦していた。 列車砲は砲座に取り付けられている。その砲座は橋桁を思わせる巨大な台で、所狭しと計測機器や調整器が並べられ混沌としていた。 砲座は高く、ここからだとロストレイル号の機関車まで見通せる。ナレンシフが客室に射撃したのもよく見えた。ディラックの空は黒く広く、吸い込まれそうだ。 それだけで客室ほどもある台車上をつたって、兵達は押し寄せてくるのだ。 「無粋な…… 己が肉体でぶつかり合ってこその戦い。飛び道具で拙者に向かってきたことを後悔させてやろう」 ガルバリュートは、砲座に登ってくる兵達をたたき落とすのに忙しい。砲の周辺には、技術要員が残っており人質としてとられたらまずいことになる。しかも、司書の宇治喜撰は砲身の中にはまったままだ。 銃弾は機械に穴を穿つ。精密な観測機器はもはや使い物にならないだろう。 「ぬぅん!」 筋肉が異形に盛り上がり、汗がしたたり落ちる。床にスクリュー止めしてある椅子は引きちぎられ、押し寄せる兵に投げつけられた。 ぐももった悲鳴を上げ兵がはしごから落下する。 続いて機械を掴んだ。ブチブチと配線が千切れ、怪しい煙がひびから吹き出した。技術要員の顔がみるみる青くなっていく。 高価な計測機器はスライムにベジャッと当たって寿命を終えた。 しかし、そのスライムをかいくぐって、兵の一人が砲座に辿り着き、逃げ遅れた技術要員にライフルを突きつけた。うろたえるばかりである。 ガルバリュートが机を引っぺがして向きなおったら、人質は腰を抜かしてへたり込んでしまった。 「むぅ」 そのまま机を投げては巻き込んでしまう。 と、銃を突きつけている兵の頭がころんと転がり落ちた。背後にはテレポートしてきたハーデ・ビラール。ダガーサイズの光剣が右腕に収束し、すっと消える。 「ガルバリュートさんも甘いですね」 そう言い残して、彼女は技術要員を抱えてテレポートしていった。 やがて、兵達は引いていった。客室の方に戦力を集中させたいのだろう。 ディラックの空を見渡せば、デブリに紛れて、色とりどりワームが集まってきている。巣からどんどんわき出てきているのだ。一様にロストレイルの先頭を目指している。機関車が押さえられたら負けだ。ときおり、閃光がはしりワームが撃破される。 「随分危険な巣をつついたものであるな」 ワームの巣で世界樹旅団はなにをやっていたのだろうか……。 「では、拙者は司書殿を救出するとしよう」 ふんっと力をこめ、焼き付いた閉鎖機をどかすと、缶型司書宇治喜撰が見事にはまり込んでいた。缶の縁に指を引っかけ引っ張る。缶が歪むばかりで、びくともしない。 「ふんぬっ」 メリメリと音をたてて缶がへしゃげた。もう少し細くなってくれればと、逞しい腕で抱え込んでねじってみたら、まだ熱を保っている砲身に触れてしまった。皮膚が焦げ、反射的に飛び退いた。 「ぬふう、ままならぬ。名誉の傷が増えてしもうた」 今のは手応えが、あった。甲冑を着直す。衝撃を与えようとガンガンと蹴飛ばしてみる。斜めになりながらも少し出てきた。反対に廻って蹴る。 と、こじってしまったのか動かなくなってしまった。 こうなったら、もう一発砲弾をこめて宇治喜撰ごと打ち出した方が早いと、思案していると、いつの間にかハーデが戻ってきていた。 「それでも司書だぞ。もっと丁寧に扱え…… 私が取り出す」 ハーデが宇治喜撰に触れると、アポートされ、砲身から缶が消えると同時に、ガルバリュートの目の前にすっと現れた。 「おぅっふ ……あちち」 落下する茶缶をとっさに、抱きかかえるが…… 熱い。だが、彼にとってはなにか心地よい痛みであった。 † † † † † † † † † † † † † 細谷博昭は政治家らしく、戦闘の先にあるものを考えていた。スライム状ワームはあまりに数が多くこの場で撃滅するのは難しいだろう。ナレンシフはロストレイルよりも速いから逃げ切れない。 Σ・F・Φとともに客席で兵達を食い止めているが、ナレンシフの機銃が兵を巻き込まないように遠慮しているから、耐えられるのであって入れまでも続けられるものでは無い。 愛刀、紫電を振るってスライムを斬り裂く。 「Σさん、最優先事項はロストレイルの奪取阻止でよろしいかと思います。合流ポイントまでロストレイルを逃げ切らせば血路は開けるものでございます」 Σ・F・Φの前蹴りが決まり、兵が列車後方にすっ飛んでいく。これで車内に敵兵はいなくなった。残るはワームばかりである。 「ああ、ワームは切りが無いな。俺は外へ出て竜に戻ろう」 と、天井からこつこつと音が響いてきた。 屋上をつたって先頭車両に向かっている部隊がいるようだ。 「良いことを思いつきましてございます。私がいた世界では、我が国から洋を越えた国にロデオというものがございまして。彼らにも暴れ牛に乗っていただきましょう」 Σ・F・Φがうなづくと細谷は機関車に向かって走っていった。 「さてと、俺も本気を出すかな」 Σ・F・Φは大きく息を吸うと、竜の臓腑から火炎を汲み出し一気に吐き出した。ベテルギウスが輝き、スライムごとロストレイルの壁を吹き飛ばした。 そのまま、広大なディラックの空にダイブ。 「やっぱ、広いところは良いな! うぉおぉおぉ、漲ってきたぜ!!」 かりそめの姿…… 変身解除されると、そこにいたのは巨大なレッドドラゴンであった。爬虫類の翼を広げ、悠々と飛翔する。 ―― ぎゃおぉおおお!! 赤竜が咆哮をあげるたびにスライムが焼かれていった。 外からは、戦場の様相はずいぶん異なって見える。長いロストレイル8号車は、機関車の先頭車両に客室が続き、そこから、オープンデッキの車両、そして台車と列車砲へとつながっている。 客室車両からは煙が昇り続け、戦闘が継続しているようである。ナレンシフは客室の上空を飛行しつつ、散発的に射撃を行っていた。屋上を走る兵達は、ナレンシフの影に入っていてよく見えない。 と、列車砲の先端が外れ、線路を突き抜けディラックの空に沈んでいった。ハーデとガルバリュートが砲の破壊を開始したのだ。砲身を釣っていた治具はガルバリュートに引きちぎられ、むなしく垂れ下がったケーブルがぶらぶらしている。 そして、砲身はハーデの光剣で輪切りにされどんどん短くなっていく。 「そろそろ片づけの時間か。ゴミはゴミ箱に捨てて、とっとと0世界に戻るとしよう」 「奪取されてターミナルを危険に晒すくらいならば世界群の彼方に消えた方がまし。彼方の世界で悪魔として君臨するであろう列車砲を探し、我々と競争をするならばそれもまた僥倖」 「戦況極めて不利にして、敵に奪われ再利用されるよりはと苦渋の決断をしたまでだ」 ハーデが砲身を斬り、ガルバリュートが付機をはがしてはディラックの空に捨てる。 役割を果たせずに落ちていく部品は哀愁を誘う。 「大艦巨砲主義は飛行機の台頭で敗れ去ったと聞いたが? もとよりこのような時代に逆行した代物など我々には必要なかったのだろう」 ずいぶん短くなった砲身を見上げてハーデは独白した。 「まぁもしも後1発撃てるなら、超至近距離の円盤でも撃ってみることだな」 「それはよき考えであろう」 賛同したガルバリュートがふんぬと押すと、大砲はゆっくりと先頭車両めがけて回り始めた。 照準のための機器はほとんど失われているうえに、操作する要員も残っていない。しかし、この距離ならそのような無粋なものは必要ないだろう。 「角度修正? 筋力で何とかしよう」 ハーデが引っかかっていた閉鎖機をアポーツで動かした。これで弾がこめられる。そこにガルバリュートが最後となる砲弾を抱えてきた。 と、突然、ロストレイルの走行する線路がぐにゃりと歪み、機関車を先頭に振り回される。 細谷の作戦が始まったようだ。 ロデオドライブだ。 空から戦況を俯瞰していたΣ・F・Φは翼をひるがえし、ナレンシフの下へと滑り込んだ。 † † † † † † † † † † † † † その直前、車内に緊急放送が流れた。 「こちらは、細谷博昭です。ただいま、本線は『世界樹旅団』世界樹旅団と交戦中であります。これより、緊急対応として、線路投射ユニットに通常の3倍のナレッジキューブを投入し、意図的に暴走を引き起こします。各人の奮起に期待します。以上」 たちまち、線路の安定性が失われ、ロストレイルは右へ左へと大きく蛇行をはじめた。捩れ、歪み、悲鳴を上げる。ナレンシフは衝突を避けるために距離をとった。客車と客車は互いにぶつかり合い火花を散らす。屋上を進む兵達にとってはひとたまりも無く、振り落とされるものが次々と出た。 そこで、屋上にしがみつく兵にレッドドラゴンが襲いかかる。 「悪いな。卑怯な感じだけど、それはワームを使う貴様らも同じだからな」 ナレンシフはΣ・F・Φめがけて射撃するも、動きについて行けない、うかつにも兵の一人に着弾させてしまい。その後は沈黙した。 「おっと、細谷の先生は一人は生きて捕まえろ言っていたっけ」 竜はかぎ爪に一人を捕まえると迷走する列車から離れた。 「お前、暴れるなよ。ここで落ちたら、どの世界に流れ着くかわかったもんじゃ無いぜ」 ディラックの空に投げ出された兵達を回収するためにナレンシフが列車から離れる。 「機だ。ガルバリュート殿いいか?」 と、砲から筋肉甲冑が消えていた。 「今ので落ちたか。あとで回収する」 ハーデは勝機を逃すまいと閉鎖機を閉じた。なにか砲からカンカンと音がする。「……もご ……拙者 ……な…か」だがそれも戦場の騒音の中にかき消えていった。 実のところガルバリュートは弾込中にバランスを崩し、砲身の中に転がり込んでしまったのである。宇治喜撰の二の舞だ。しかし、ハーデは単に砲の不調と受け取った。 「まぁいい、私に壊されるより、自壊する方がこの巨砲もうれしいだろう」 無情にもスイッチが押された。 轟音と共に、サイボーグ戦士が撃ち出された。バーニアも点火され、加速。そして、狙いあやまたずナレンシフに命中した。装甲を打ち破り、内部の隔壁を何重にも貫通した。構造物の破片がまき散らされ、ディラックの闇の中をスパークがほとばしった。 聞く耳にあるものがいたのなら、聞こえたであろう、ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの魂の叫び声が ―― ロストレイルは希望なのだ!元の世界に戻る手がかりである。そしてただでさえ二君に仕える体を成そうとしている拙者は、もう新しいものに仕えるわけにはいかぬのだ! ナレンシフはぐらりと傾き、回収中の兵が再び落下する。 ハーデがつぶやいた。 「あれ、炸裂しないな。弾種を間違えたか」 † † † † † † † † † † † † † ここにきて、世界樹旅団はロストレイルの鹵獲を諦めたようである。 距離をとり、機銃で客車を蜂の巣にしていく。Σ・F・Φはロストレイルを盾にしつつ、機銃をかわし、ワームを駆除しつづける。いつまでも避け続けられるものでも無い。 車内に侵入したワームをたたき切りながらソードマスター細谷が駆けていくのが見えた。 「潮時か……」 細谷がオープンデッキにまで出るとナレンシフに歓迎された。大和を閃かせ、射線を空間ごと斬りはなす。デッキを駆け、台車に飛び乗り、はしごを駆け上がる。 最後尾ではハーデがもはや撃てなくなった砲台の解体を続けていた。 「ハーデさん、列車砲最後の攻撃につきあってくださいませんか」 「よし」 ナレンシフが攻撃してくれば、砲を盾にして逃れる。紫電を放つが届く距離では無い。二人は追い回されていた。 そして、ナレンシフが真後ろに来たとき、細谷が動いた。大和を一閃。自分がいる空間ごと列車砲をロストレイルから分断した。 ぐらりと世界が傾き、巨大な質量がナレンシフめがけ落ちていった。 ナレンシフは軌道を変えようとするも、その動きは十分ではなかった。砲身が突き刺さり、続いて、台座が右舷に覆い被さるように命中した。脅威であった機銃は折れ曲がり、装甲板のみならず、フレームまで損傷は及んだであろう。機関部に損傷を受けたのか放浪船はその名の通り、ロストレイルの線路上からはずれ、虚空に漂いはじめた。 同時に、足枷を失ったロストレイル8号車は、余剰の馬力で一気に速度を増した。 列車にまとわりつくワーム群を振り切り、疾走する。 ハーデは客室までテレポートし戻ってきた。ぶち抜かれて風通しの良い車内にかろうじて残っている椅子にぐったりと座り込んだ。ナレンシフが離れていくのが見える。 「中立は時に悪より始末が悪い…… 全てを均等に壊さねば、真の中立足りえないからな。今回の結末は極めて世界図書館向きだったと思うが、どう思う?」 ディラックの空に投げ出された細谷は、デブリを踏み台にし跳躍、空間を斬って空隙を埋め、ロストレイルに追いつこうとする。 徐々に加速していくロストレイル。 後もう少しで追いつくというところで、足がかりといるデブリが見当たらなくなってしまった。宙域を離脱してしまったのだ。大和をかまえるが、遠い、空間を斬りでは埋められる距離ではない。 四角眼鏡を押し上げ、嘆息する。 「おや、ここまででございますか」 と、その時、赤い一閃に細谷はさらわれた。 「細谷の先生よ。赤いハイヤーはいかがでしょうか」 レッドドラゴンはソードマスターを背に乗せて、飛翔した。 多くを失ったロストレイル8号車はこうして『世界樹旅団』の本格襲撃を退け、0世界へと捕虜と貴重な情報と共に帰還した。 † † † † † † † † † † † † † ―― 多重世界のどこか ―― 「おふぅ…… 拙者最高の突撃であった。痛い、おぅふ、突撃、ぅふ」 もはや動けないガルバリュートは見知らぬ者どもに囲まれていた。
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