オープニング

 世界の殆どが海でできているブルーインブルーでは、いまだ世界地図が完成していない。変化し続ける海流が至る所に出現し消えていく様に、小さな島々も消失したり現れたりする。季節や気候、時期により不可思議な事が起き変化し続け、海魔の存在も邪魔をし、未知の領域が多いのだ。あの【デルタ海域】の様に困難の末に解明され名がつけられる場所もあれば、危険すぎて立ち入れず名称すらない場所が多々ある。
 その、未知の領域のいずこかに、海賊の街が存在するという。
 今、自分達はその街へと近づいているのではないだろうかと、ジャンクヘヴン海軍の偵察艇乗組員は誰もが思っていた。乗組員は皆、日毎に深くなる霧と増え続ける廃船の残骸に恐怖を感じ始めている。双眼鏡を覗く船長の眉間には深い皺が刻まれ、数刻前より停泊した船――先日脱獄した〝海賊王子〟の船を監視していた。
 一人きりの船は風任せのせいか、昼夜を問わずふらふらと航海を続けてきた。今までの航路が記された地図は一見すると行き先の無い旅路の様な、進路の定まらない道筋だ。しかし、いつからか薄く霧のかかる日が続き、視界が悪くなり続け、海を漂う瓦礫が目に付き始めたころ、誰もが船の行く先を察しはじめた。あの海賊王グランアズーロを始め、名だたる海賊達が集い作り上げた、海賊の街。
 濃霧に包まれ、常に変化する海流と壁の様に集う廃船に阻まれ、行き方を知っている海賊ですら辿りつく事の難しいと噂される島。海賊しか知らず、海賊しか入る事を許されない、陰謀と欲望の渦巻く黒真珠の砦【シェルノワル】
 その噂を聞き、存在を認識していながらもジャンクヘヴンはその砦の場所を今まで見つけられなかった。しかし、今、その砦への道が開かれようとしている。泳がせる名目でロミオを監視しているが、世間的には海賊王子は脱獄した事になっており、海軍への風当たりは厳しい今、海賊の砦の場所を見つけた事は僥倖だ。
 霧の向こうから一艘の海賊船がロミオの船へと近づいてきた。レンズ越しにじっと監視を続けていると、船から縄梯子が下され、ロミオが昇っていく。仲間と出会ったのか、ロミオを乗せた船は霧の向こうへと消えていく。その様子を見た船長は急ぎ知らせを走らせた。




 
『ジャンクヘヴンからの要請だ。少し前に脱獄した海賊王子ロミオを覚えてるか? あいつがとある島に上陸したからその島の内部の調査を頼みたいそうだ』
 大した資料がないのか、アドは看板で説明を続ける。
『ロミオが到着したのは海賊の街、黒真珠の砦【シェルノワル】って呼ばれてる。今まで名前しかわからなかった海賊達の拠点を見つけたからか、ジャンクヘブンとしてはこの情報は非常に重要な物なんだろうな。簡単な地図とか目だった建物とか、その場所にいる人達のだいたいの様子を調べくれってのが一つ。もう一つはロミオが出港する時にどの方角へ向かうのか、この二点を調べて来て欲しい』
「海賊しかいない場所って、危険じゃないの?」
『そりゃ海賊ばっかだから用心は必要だろうが、俺の導きの書には大きな事件は出てない。街とその周辺の海域までぐるっと安全だ。安心して調べて来てくれ』
「ロミオの監視とかは?」
『あー。それなぁ』
 言葉を濁したアドは困った様に頭を掻くと、導きの書を開く。
『どうも、ガルタンロックの部下――アンドレイがロミオに接触してるんだ。書によると、ガルタンロックはロミオへ資金と傭兵を数人、援助するってなってるんだが、ロミオはこれを受けるかどうか悩んでるみたいでな。同じ列強海賊に名を連ねているが、義賊のロミオと血の富豪ガルタンロックじゃぁ、迷うよなぁ。ジャンクヘヴンの依頼は島の情報とロミオが向かう方角だ。とはいえ、書がこうして記してるってことはロミオにも何かあるんだろうが……』
 ため息交じりに書を閉じると、アドはこう続ける。
『どうするかは、任せた」
「丸投げ!?」
『おう。好きに行動して調べてくれ。あ、ロミオは捕まえない、ってのだけ守る様に頼むわ。ジャンクヘヴンはまだ泳がせたいみたいだから』
「えーっと、じゃぁロミオに接触してもいいの?」
「ガルタンロックの部下に接触しても?」
「観光するだけでも?」
『それくらいならなんの問題もないな。行ってからじゃないと解らない事もあるし、そういった判断は行く奴に任せる』
 そう言って、アドはチケットを取り出した。





 船から身を乗り出し、騒がしい港へとロミオが手を振ると、かつての部下達が飛び跳ね、手を振り返してくる。人数は減っているが、元気そうな姿を見てロミオはほっとする。港には知らぬ海賊も多々いるし、聞き取れなくとも罵詈雑言を叫んでいる者もいるだろう。それでも、ロミオはこの街に戻れた事を、部下達とまた出会え、航海ができる事が嬉しい。
「んじゃ、返事だけ頼むな」
 背後から声がし、ロミオが振り返るとガルタンロックに雇われたという傭兵はにっこりと笑顔を向けている。
「……もう一度、確認させてくれ」
「あぁ、いいぜ。〝彼〟はあんたに援助をしたい。資金と俺達、これによる見返りは無し。勿論、俺達の裏切りも無し。あんたが受け入れてくれるなら、俺達は命をかけてあんたを護る。資金か俺達、どっちかでもいいし、どっちも断ってもいい」
「……何回聞いてもわからない。なぜ〝彼〟が俺に援助なんて……」
「そりゃ〝彼〟の都合だろう。俺も知らねぇし知る必要もない。傭兵だからな。あぁ、別の海賊に金積まれても裏切らないから安心してくれ」
「それだけの資金が動いてる事実が、余計にわからないな」
「悪い話じゃないだろ? 部下……、はあそこにいるが数は減ってるし、少なくとも俺達は戦力になる。資金もない、武器もない、船もないあんたにゃ最高の援助だ。ま、良すぎて疑う、ってのもわかるが」
 からからと笑う男を見て、ロミオは余計に考え込む。傭兵の言う様に、あの血の富豪がなんの考えもなく自分に手を貸すとも思えない。なにより、ロミオは血の富豪が嫌いだ。彼のせいで何人もの人の命が奪われ、攫われ、路頭に迷っている。しかし、これからの航海を考えれば必要な物は沢山ある。
「出港までに返事をくれると助かるんだが、そうだなぁ……何も言わずに出港したら断った、ととる。それでいいな? ほら、あんたの部下が待ってるぜ」
 傭兵はそう言うと、ロミオの背を押した。

品目長編シナリオ 管理番号1487
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。ブルーインブルーへのお誘いにまいりました。

長編シナリオです。チケットをご確認ください。
プレイング日数は7日です。お気を付けください。


今回は二つ、注意事項がございます。

 OPにありますように、〝ロミオは捕まえられません〟ので、ご了承くださいませ。


 今回はプレイング内容によって、手に入る情報やノベル内容が変わります。ブルーインブルーという世界やジャンクヘヴンとの関係等も、大きく変化する、かもしれませんし、何にも変わらないかもしれません。
望まない結果が訪れる可能性がある事を、ご理解いただけると助かります。



一応、注意事項として書いてはいますが、プレイングはいつも通り、PCさんのしたい事、知りたい事等をご自由に書いていただいて構いません。


それでは、いってらっしゃい。

参加者
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵
ヴィヴァーシュ・ソレイユ(cndy5127)ツーリスト 男 27歳 精霊術師
モービル・オケアノス(cbvt4696)ツーリスト 男 15歳 戦士見習い

ノベル

 潮の香りを含んだ風が下から吹き上がると、ヴィヴァーシュの前髪がふわりと舞う。顔の半分を覆う白皮の眼帯は髪の毛と同じ銀色の糸で美しい刺繍が施され、ふわふわと舞う髪と共に夕日の色を受け止めている。遮る物のない水平線へと沈んでいく太陽は海と空に鮮やかなグラデーションを描いているが次第に星が瞬き始め、ゆっくりと色を失っていく。その刹那的な美しさに目を細めていると一際強く風が吹きあがる。ごうと音がしそうな風は口の周りに壁ができたかの様な息苦しさを与え続ける中、ヴィヴァーシュが視線を下へと移すと、崖に打ちつけられる波と残骸が小さく見えた。
 眩暈を覚えるほどの高さ。シェルノワルに到着したヴィヴァーシュが一番最初に訪れたのは、島端にぽつんと佇んでいた灯台だ。とはいえ、使われている様子どころか長い間人が訪れた様子もない。日が沈んでいく中でも道標となる明かりが灯される様子もない無人の灯台だ。
 カン、と空っぽの音を立てヴィヴァーシュが一歩後ろに下がると吹き上げる風が止まり、舞い踊っていた髪が白皮の眼帯に掛かる。無人の灯台は石に混ざり鉄やコンクリートとは違う、不思議な金属でできた遺物の灯台であり、海賊も近寄りたくないのかも、しれない。
 沈みゆく太陽を眩しそうに眺めていると、水面に並ぶ幾つもの影が次第に濃くなり始める。
 海賊のみが訪れる事の出来る、海賊の街シェルノワル。航路は全て口伝のみで行われる事から、この街にいる海賊たちは兵ばかりだと予想される。教わるに値する力や知恵を、航海の技術と経験を、何より、困難な航海を共に旅する仲間がいる。そういった、いわゆる資格をもった海賊ばかりの島だ。調べたい事はそれなりにあるが、あまり長居をする訳にもいかない。
 太陽に背を向け、ヴィヴァーシュが島中へと視線を向ける。どこか見覚えのある島の形に記憶を巡らせていく、その様子を再現する様に暗闇の中にいくつもの明かりが灯りだす。白やオレンジ、赤といったランプの光がぽつぽつと増え風に乗って賑やかな声が耳に届きだし、ヴィヴァーシュはランプの光を頼りに街の様子を推測しはじめる。
 縦に細長い島は建物も縦に細長い。窓を開けたら隣の壁に手が届く様な建物ばかりが並ぶ、狭苦しい島だ。石や遺物らしき材料を継ぎはぎして部屋を増やしていき、壊れたら、気が向いたら直すのだろう。至る所に建築途中や崩れた壁材が放置されている。
 その、乱雑とした建物にも必ず、水路が巡らされていた。建物だけでなく、様々な幅の水路が至る所に張り巡らされている。生活用水にしては多すぎる水路がなんなのか、流石にこれは街を歩いて見た方が速そうだ。
 ヴィヴァーシュの視界、向かって右側には幾つもの海賊船が並んでいた。遠めに見ると鋸刃の様にギザギザとした港には小型~中型船が多く見える。いくつかある大型の船のうちどれかが、ロミオとアンドレイの船なのだろうが、残念ながら海賊旗まではわからない。その港も、ランプや篝火を焚いてるところと真っ暗な場所があるあたり、使われている船と長く停泊している船とが分かれている様だ。ランプや篝火を沢山焚いている港に程近い場所の建物は、煌々と明かりがついている。恐らく店や酒場が集まっているのだろうし、ロミオもいるとしたらあのあたりだろう。
 逆に位置する場所は、ギザギザの港と対照的に半月の様なカーブを描く崖だ。港より高い位置にあるらしく、絶壁には高い波が何度も打ちつけられ、白く泡立っている。港に比べると少ないが、ぽつぽつと灯りが付いている事からこちらが住宅街、この島から出ない人達が集まる場所なのだろう。
「あぁ……思い出しました。この島の形〝タツノオトシゴ〟にそっくりですね」
 ヴィヴァーシュはノートを取り出すとペンを走らせる。島に到着する前に、既に周囲の様子や島の大まかな形は全員が把握している。オウルフォームの視界と空を飛べる人が2人もいたおかげで海賊のいない上陸場所も船を隠す場所もあっさり見つけられた。各々、依頼内容とは別に目的があるらしく全員別行動をする事になり、ロミオが出港すると同時に自分たちも帰る事を決め、念の為、乗ってきた船を隠した場所がわからなくならないよう大まかな地図は共有している。
 ノートをしまったヴィヴァーシュは島を一瞥し、街に下りようと踵を返すが、そのまま立ち止まってしまう。先程まで見えていた太陽は姿をなくし、濃紺の空と海が広がる。
 黒の中の黒。暗闇の中に動く影。それは変化する海流と絶えずどこからか発生する濃霧。流れ着く廃船と廃材の壁、遅い来る野生の海魔。
「黒真珠の砦……、なるほど。確かに、その名に相応しい砦ですね」
 何層にも渡り守られた海賊の街を眺め、ヴィヴァーシュはそう、呟いた。



 船が島に到着するよりも先に、綾は船から飛びだした。船のカモフラージュはハーデが請け負ってくれたし、目と鼻の先に陸地があり、飛べば行ける距離だと気が付いた瞬間、綾は船が停泊するまで待てなくなったのだ。廃材の上を跳び移り、島に飛び降りると同時に綾は大地を蹴って駆け出した。フードマントの裾を翻し、石畳と舗装の壊れたような道を通り、人気のない廃墟のような場所を抜け、ぼろぼろの船が集まる港へと辿りついた。
 廃船と言ってもいいんじゃないだろうかと思う船が並ぶ港を横目で見ながら、綾は道なりに走る。いくらなんでも、ここにロミオやアンドレイがいるとは思えない。島を空からみたハーデ達が言うには、縦長の港に沢山の船が集まっていて、いくつか海賊旗は確認できたが、ロミオとアンドレイの海賊旗は見当たらなかったという。海賊腹が無くともロミオの様な有名人であれば難なく見つけられる筈だ。
 それよりも先に、綾はまずアンドレイに会いたかった。誰よりも早くアンドレイに会い、一発ぶんなぐりたい。イライラムカムカ、腹が立ってしょうがない!
 ロミオが脱出したあの日、綾は自身の姿絵を代金にガルタンロックに依頼をした。しかし、綾の依頼内容とはまったく別の事を、今、されている。それが、綾にとっては腹立たしくて悔しくてたまらない。
「なにがって、ちょっとでも海賊なんかをアテにした事が一番ムカツクんだってば!」
 小さく怒鳴り憤怒の表情で駆け抜ける綾を、海賊たちも避け、道を譲る。誰だって、とばっちりはご免だ。
 それなりの見栄えがする船が増え始めると、綾は速度を落とし、海賊たちの顔を確認していく。綾は二度アンドレイに会っており、流石に船は見分けられないがアンドレイを始め数人の海賊の顔なら覚えている。アンドレイ本人が見つかれば儲けもの。他の海賊なら、アンドレイを連れてこさせればいい。
「あぁもう、腹立つ腹立つ腹立つ! なんでいないの……あ」
 ふと、一人の海賊と目があった。両肩に乗せる様に持ち上げていた樽を下した格好で動きを止め、綾の事をじっと見る海賊の顔は酷く驚いている。お互いに、なんとなく覚えている程度だが、綾にはこれで十分だ。自分を思い出せるような海賊なんて、ガルタンロックの海賊しかいない。
「アンドレイ・ロゥ呼んでくれる? ガルタンロックの依頼人が契約不履行の痴話喧嘩に来たって伝えてよ」
 フードで目元は見えないが、口元は笑みをうかべている。ドスのきいた、怒りに満ちた声が偶然聞こえた全く無関係の男はひっと身をすくめ、一目散に逃げていく。
 伝言を頼んだ海賊が船へ戻ると、少ししてアンドレイが船を下りてきた。綾を見つけるなり、よう、と手を挙げ爽やかな笑顔を向けて来るアンドレイを見て、綾は腹の底からふつふつと怒りがわいてくる。イケメンに分類される笑顔も、今では憎悪の対象でしかない。綾はマントを一瞬だけはずしにこやかな笑顔を向ける。
「私の依頼と随分違うコトしてくれてるじゃない? 契約不履行って考えてイイよね?」
「は?」
 きょとん、とした顔を向けられ、手が出そうになるのを必死で堪える。ダメだ、今殴っちゃだめだ、ときつく手を握り、刺す様な眼でアンドレイを睨みつける。
「バレないと思った? 手が長いのはガルタンロックだけじゃないんだよ?」
 言いながら、綾は「あぁ、そうだ。こいつらは自分にバレないと思ったんだ」と改めて気が付くとさらに怒りが増し胸がむかむかとしだす。気持ち悪い。こみ上げる吐き気と怒りが混ざった物を、感情に任せて吐き出してしまいたくなる。あぁ、あぁ、うるさい。
 怒りとそれを抑えようとする想いと、自分の考えをぐるぐると廻らせる頭。アンドレイが何かを言おうと綾の耳には届かない。嫌いなヤツの声など聞きたくもない。言い訳などいらない。海賊など、この世界から消えてしまえ!
 感情を抑えきれず、綾はアンドレイへと殴りかかる。急に攻撃を仕掛けられ、完全にふいをつかれたアンドレイは綾の猛攻をなんとか受け流した。腕や腹を殴られ、痛みはあるが酷い怪我にはなってない。素早くも軽い攻撃を避け切ったが体勢は大きな隙ができている、酷いものだった。
 綾の攻撃の手が止まり、アンドレイはほっとすると同時に後悔した。綾の攻撃スタイルは、軽い攻撃を何度か繰り返した後、強力な一撃を思いっきりぶつける!
 空を見上げ綾の姿を見つけた時にはもう遅い。アンドレイは顔めがけて落ちて来る綾の踵を避け切れず、顔の前で両腕を交差させて防いだ。
 めき、と嫌な音がし、綾はアンドレイの左腕を踏み台にして後方へと飛んだ。苦痛に眉を歪めるアンドレイが綾を睨む。
「…傭兵の契約は絶対だ。この貸しは大きく利子つけて返して貰うから」
 そう捨て台詞を残し、綾は街の方へと駆け出して行ってしまう。
 突然の出来事に港がざわざわと騒々しくなる中、アンドレイは負傷した腕で樽の蓋を叩き割り、腕を中に突っ込む。ばしゃばしゃと水しぶきを上げ、跳ねる魚が数匹地面へと落ちた。
「くっそ、いってぇ超いてぇ! なんなんだあのお嬢ちゃんは! 何を勘違いしてんだ! ありえねぇだろ! ここはシェルノワルだぞ! おい! 誰か海兎の皮持ってこい! すんげぇいてぇ!」
「ほいよ。すんげぇ嫌な音したぞ」
「いった。腕半分いった。あの靴、燃えるだけじゃねぇ。なんか仕込んでたぞ」
 赤く腫れる腕は仲間の手によって薬が塗られ、海兎の皮で綺麗に包まれ、包帯が巻かれる。痛みを耐えその様子を眺めながら、アンドレイはだんだんと難しい顔になっていく。
「どうした?」
「まずい。勘違いだろうが、なんか誤解してるんだとしても、だ。あの勢いだと、またどっかで暴れる! やる! あのお嬢ちゃんやっちゃう! 笑えねぇ!」
 アンドレイの言葉に仲間達の顔がさぁっと青くなる。これ以上この街で、このシェルノワルで好き勝手させるのだけは何としてでも避けなくてはならない! 海賊たちは旅支度を急ぎ、アンドレイは一人綾の消えた街中へと駆け出した。



 雑然とした空気に懐かしさを感じながら、リエは人ごみの中を歩く。小汚い街、放置されたゴミ、酔っ払いと喧嘩の怒鳴り声、客待ちの女。値札の付いていない店は客によって値段を変え、綺麗な物など一つもない。
 別にどうしても帰りたいと思うわけではないが、生まれ育った場所と似ているこの空気は、リエの心を穏やかにする。今も昔も、やっている事は何一つ変わってない。
 隣合い向かい合う酒場の多さに苦笑し、リエは適当な店に入り酒を一つ買うとジョッキ片手に酒場を渡り歩く。適当にアテをつけ話しを聞き、情報を拾っていく。どんな街にもどんな組織にもルールがある。それが悪党であればあるほど、ルールは絶対的な効力を持つものだ。何故なら、彼らは悪党だからだ。上下関係と横の繋がりを、確固たるルールと絆を重視しなければ、悪党はあっさりと裏切る。意味も理由もなく、暴れる悪党はただ面倒を引き寄せるだけだと倦厭されてしまうものだ。
 同時に、彼らにとって当たり前のルールは束縛でもあり、日常的に愚痴る不平不満の元でもある。酒を飲んだ状態ではなおさら、常日頃思っている事がするっと出てしまうものだ。会話にならない会話を聞き、ぶつ切りの情報を集め続けたリエがシェルノワルのルールをいくつか理解した頃、〝貧乏王子〟という言葉を耳にする。
 王子というからにはロミオを揶揄しているのだろうと察し、リエは店のカウンターまで移動するとジョッキを傾け、店内を見渡した。陽気な酔っ払い達のズレた歌やとんちんかんな会話の奥、赤いバンダナをした男が座っている。大きな丸テーブルを一人で使い、何を飲むわけでもなく、眉間に皺をよせ苦悩に満ちた顔で座っていた。様子を伺っていると、数人の男が店内に入りロミオの元へと向かっていく。動きかけた身体の力を抜き、リエはまたジョッキを傾けると円陣を組む様にかたまり話し合う姿をただ、眺めていた。
 どれくらい眺めていただろうか、リエのジョッキが空になるとロミオの周りにいた男たちがぞろぞろと店を後にする。また一人残されたロミオは先ほどより険しく、疲れた顔だった。結構長い時間ロミオの様子を伺っていたが、彼の周りに誰も近寄らない。周りは醜悪な酔っ払いだらけだというのに、だ。
「警戒してるのか、関わりたくないのか」
 どうであれ、リエにとって都合の良い事に変わりは無い。リエはジョッキを二つ頼み、手に一つずつ持つとロミオの元へと歩み寄る。ちらり、ちらりと真っ赤な顔をした男達が伺う様な視線を寄こしてくるが、構う事は無い。
 俯き、どこを見るでもなく視線を落としていたロミオの目の前にこん、とジョッキが置かれる。驚いたロミオが顔を上げるとリエがにっと口端を持ち上げ、笑う。
「よぉ、一杯どうだ」
「おまえ……」
「あぁ、別に噛みつきゃしねぇよ。ちょっと聞いてみたい事があるだけさ、コレはその駄賃だ。イケんだろ?」
 呆然とするロミオを余所に、リエは椅子を引き勝手に座るとジョッキを大きく傾けた。ごくごくと喉を鳴らし、軽くなったジョッキを机に置くと、その反動で表面に付いた水滴がつうと流れる。
「……何のようだ?」
「お? なんだよ、随分素直だな」
「おまえ、旅人だろう。前に……脱獄を手伝ってくれた旅人と、なんとなく似てる」
 僅かに目を細め、はっと鼻を鳴らして冷笑するとリエはロミオに向かって座り直した。
「率直に聞くぜ、ロミオサンよ。血の富豪をどう思う?」
「ッ! ……どう、とは?」
「そのままだ。妊婦の腹を裂いて見世物にするような外道を、てめえはどう思う?」
 リエの言葉に、ロミオは目を見開き息を飲む。
「そ、そんな事までしていたのか。……嫌いに決まっている。彼が支援しなければ助かった命は数え切れない」
「だけど、援助は魅力的ってか?」
 リエが嘲笑う様軽く言うとロミオはむっつりと口を結んでしまう。〝貧乏王子〟などという呼び名が聞こえた程だ。今のロミオは資金面でもそうとう苦しいのだろう。先程ロミオの元を訪れたのが彼の部下だとすれば、彼らと話した後のロミオは更に苦悩していた。資金の当ては無く、かといってシェルノワルにずっと隠れているわけにもいかない。答えの出ない問答を一人繰り返す。
「ひとつ金貨に運命を託しちゃどうだ」
 ジョッキから手を離し、リエはポケットから一枚のコインを取り出すとロミオに見せる。
「オレが勝ったら話を聞け」
 少しの間を置き、ロミオが小さく頷くとリエはぴん、とコインを指で弾く。くるくると回るコインを手の甲に叩きつけるとくいと顎をしゃくった
「表」
 ロミオがそう言い、リエの手が離される。コインは、裏を出していた。コインの目を確認したロミオは無言でリエの顔を見る。
「ガルタンロックの援助は断れ」
 獣の様な金色の目がロミオを真っ直ぐに捉える。
「見返りはなくても弱みになる。ヤツはてめえを駒にする。装備が何だ守りが何だ、ごてごてデカ船の義賊なんざ笑い草だ。名を上げたくて海賊になったのか? 嵐をしのげるか不安なボロ船一艘だろうが、心の旗をおろさねー限り不沈だろ」
 リエの言葉を聞き、ロミオは少し顔を俯かせた。賑やかな喧騒の中でゆらゆらと揺れる液体を見降ろし、歪んで映る自分の顔を見ていた。
 もう少し悩むだろうかと思いリエが自分のジョッキに手を伸ばそうとすると、小さくロミオの声が聞こえた。何を言ったのかは聞き取れなかったが、確かに、何かを言ったのだ。その声が聞こえ、ジョッキに伸ばされたリエの手が止まる。ほんの少しの躊躇いの後、リエはジョッキを握り閉めながらまずい、と心の中で呟いた。
「ガルタンロックは嫌いだ。何度だって言う。嫌いだ。彼が手を出さなければ多くの人が助かった。離れ離れになる親子ももっと少なかった。悲しむ人だってそうだ。だが、そんな人達を助けようとした俺はどうだ。お前の言う様に、どんな船でも志さえしっかり持っていれば、仲間と助け合えば、心の旗をおろさなければ不沈だと思っていた。その結果がこのザマだ! 仲間は殺され、逃げ切る事もできず投獄された! 脱獄だって一人じゃ出来なかった! 海軍にすら! 利用価値があるからと生き延びさせられている!」
 切迫した叫びをあげるロミオを、リエは先ほどまで浮かべていた笑みを失くし無表情で眺めていた。生きるか死ぬかの毎日を送ってきたリエにとって、世界は2択だった。ありかなしか、成功か失敗か。そのどちらかが好ましい。一番最悪なのはどっちでもない時だ。例えば財布をスった時だ。成功すればなんら問題なく、失敗した場合は、相手に〝スられなかった〟〝自分は大丈夫〟という、隙を与えられる。これは次の成功に繋がる事が多い。
 どっちでもない時、つまり中途半端に見つかるか失敗すると、相手に余計な警戒心を植え付けてしまう。こうなると今後、未来永劫取るのは難しく、稼ぎそのものが一つ減ってしまう。
 そんな、一番最悪な時の嫌な感覚が今、リエを襲った。リエがゆっくりとロミオに顔を向けると、ロミオはぐいとジョッキを大きく傾かせ一気に飲み干すとタンッ、とテーブルに置く。テーブルにコインを置き、席を立つとロミオはとてもすっきりとした表情でリエを見下ろす。
「助言感謝する。おまえが言ってくれたおかげで、俺の意志も固まった。俺は彼の援助を受けようとおもう。仲間の為に」
 リエはロミオの置いたコインを指先でコンコンと叩く。
「借りは借り、なんだろう?」
 晴れ晴れとした笑顔を見せ、ロミオが去っていく。胸を張り、堂々と歩く姿を見送っていると、酒場の入口に金髪の男が現れ、ロミオへ足早に駆け寄る。顔を寄せ、何かを話した後2人はそろって酒場を後にした。
 リエは酒代なのか、助言代なのかわからないコインを眺めている。飲みかけのジョッキは温くなり、流れ落ちた水滴がテーブルにシミを作っている。
 ロミオは自らの意思で選び、ガルタンロックの手を借りてでも先へ進む道を選んだ。それは、彼なりの信念であり、リエとしても問題はない、筈だ。
 表も裏も知っているリエにしてみれば、生きるための手段を選ばないのは至極当然だ。そうだったはずだ。なのに、なぜこんなにも、心がざわつくのだろうか。
―― 理想じゃ腹は膨れねえし世の中回らねえ。けど、本気で世直し目指す馬鹿に賭けてみたくなった――
 そう、海賊王子ロミオに、賭けてみたかった。しかし、彼はガルタンロックの金を使うのだ。自身が救いたい者の犠牲でできた金を、使うのだ。
 もやもやとした想いの中、リエの脳裏にかつての記憶が浮かび上がる。川の向こうを求め船を出した記憶。仲間と共に部品を盗み、組み立て、あの向こう側を見てみたかった、あの記憶が、ちらちらと横切るように思い出される。
 希望を持って出港した船も仲間も失い、死にかけた。自分と彼を重ねわけではないはずだ。似て非なるものとでもしたかったのか。ばかばかしいとあざ笑う希望は眩しく、それに手を伸ばしたいが、できない、臆病な自分が顔を覗かせる。これは自分には手に入らないという諦めか、それとも知ることが怖い恐怖か。
 リエは温くなったジョッキを一気に飲み干すと酒場を出る。なにげなくロミオ達が向かった方を見れば、赤いジャージが覗くフードマントの彼女が見えて、消えた。
 リエは逆方向へ歩き出し、雑踏の中へと消えていった。



 ぽこり、と自分の吐いた空気が泡を作り浮かんでいく。
 明かり一つ無い真っ暗な海中は、気を抜くと上下感覚を忘れてしまいそうな程だ。暗く、どこまでも深い穴へと落ちて行くような恐怖を振り払い、ハーデは海中を泳ぎ進む。
「ハーデさん、ガルたん超嫌いだったよね? お願いがあるんだけど…ガルたんに一泡ふかさない?」
 綾に言われ、ハーデは二つ返事で了承したのだが、今回ばかりは少々、アテが外れたようだ。
 最近騒がしい海賊関連の依頼に加え、海賊の街という事もあり、ハーデは港にフランチェスカの船もあるのではと警戒していた。しかし、蓋を開けてみればフランチェスカどころか、ガルタンロックの船も見当たらないのだ。アンドレイ・ロウがいるのだからガルタンロックの船が無くては可笑しいのだが、港にある船全てを調べても、〝宝石で飾られた髑髏〟がない。海賊旗も記しの入った物も、ここには存在しないのだ。
 本当なら海賊船の竜骨を損傷させて長い航海を出来ない状態にし、近くに〝宝石で飾られた髑髏〟を落とし罪を擦り付ける予定だったのだ。少々予定は変わってしまったが、どちらにせよ海賊船の損傷はジャンクヘヴンへの手土産に丁度よいだろう。
 〝宝石で飾られた髑髏〟を探すのに手間取ったが、港にある船の殆どは最初から損傷の激しいものも多く、労力や時間に誤差はない。一通り海賊船の細工を終えたハーデは船に戻ると、酸素ボンベやドライスーツを脱ぎ棄てノートを開く。綾からのメッセージに答え、彼女からの情報でアンドレイの船の場所が解るとハーデはその船へと移動する。一度調べた船だが、改めて、アンドレイの船を隅々まで調べてみるが、やはり〝宝石で飾られた髑髏〟は無い。
 余りにも不自然な現状にハーデは困惑を覚え、思考を巡らせていると、畳まれた帆を見てハッと気が付く。
 船の帆は海賊旗ではなく、ただの、まっさらな物だ。ガルタンロックの旗称が無い事からこの船の主はアンドレイであり、そして、アンドレイは傭兵としてロミオの元に訪れている。
「あの狸じじぃが。アンドレイ達は自分の部下ではなく、金で雇ったただの傭兵だと貫き通すつもりか」
 ぎり、と唇を強く噛むと、ハーデは空間移動で街中へと移動した。明かりの多く灯っている場所の空高く、暗闇に紛れたまま、ハーデは島内全域にいる人々へ無差別に精神感応で囁く。
(ガルタンロックが裏切った)
(ガルタンロックが海賊王の秘宝に手を出した)
(皆を出し抜いてガルタンロックが秘宝を得ようと)
(ガルタンロックが)
 ハーデの囁きと同じ事を寝ぼけた男が言う。ガル~タンロックがぁ~裏切ったぁ、と。酔っ払いが怒鳴りながら言いだす。皆を出し抜いてガルタンロックが秘宝を得ようとしている!! そう、俺はきいたぞー!
 ゆるゆるとハーデの囁きは海賊達へと広がっていった。




 感情に任せひたすら走り続けていた綾は足を縺れさせ、盛大に転んだ。びたーーん、と音が聞こえそうな倒れ方をし、ぜぇぜぇと肩で息をする。地面に寝転がったまま呼吸を整えていると、様子を伺う様に人が集まっているのがわかり、綾はがばりと体を起こした。急激な動きに驚いたのか、綾の周りにいた人はあっという間に遠くへ逃げてしまう。
「はぁ、はぁ、あーー、まだ気持ち悪いやもう2,3発いれてくればよかったかな」
 ふぅ、と短く大量の息を吐くいた綾は立ち上がり、辺りを見渡す。
「えーっと、海のイルカ亭、海のイルカ亭……あ、みっけ!」
 ハーデに教えられたとおりの看板を見つけた綾は軽い足取りで店の中へと入る。海のイルカ亭も今まで見た他の店と同じく一階が酒場になった、宿屋だ。フードに赤い洋服の女、綾が入ると店内が一瞬ざわついたのだが、綾自身はまったく気がつていないまま、すたすたと店の奥へと入っていく。階段を上っていくと、視界の端に赤いものがちらつき、綾は駆け出した。
 赤いバンダナの男が扉を開け、部屋に入ろうとするとぱたぱたとした足音が聞こえ振り返る。
「あ、キミがロミオだね? 初めましてコンニチハ♪ 海賊狩りのキミのファンでっす♪ まさかこんな旅の初っ端で、貰ったバンダナ捨てるようなコトしないよね♪」
 にこにこと立て続けに話しかける綾に、ロミオはぽかーんとした顔を向ける。
「私は日和坂綾…キミが義賊を続けてく限り協力するよ」
 満面の笑みで名乗り、手を差し出す綾をまじまじとみるロミオの奥から、くぐもった笑い声が聞こえ出す。
「くっくっく、ヒワサカアヤ、ね。いやぁー、ほんっと、話きかねぇし勘違い酷いし相手の事も考えねぇしで、ちょっと落ち着いたらどうだい? お嬢ちゃん」
 声が聞こえ、ロミオが扉を大きく開けると綾の体にぞわぞわとしたものが湧き上がる。部屋の中にはアンドレイがいた。机に向かいペンを走らせ、にやにやとした笑みを浮かべながら横目で綾を見る。ハッと息を飲んだ綾がロミオを見上げる。困惑と怒りの交じった綾の視線にロミオは真っ直ぐ応えた。
「そうだ、彼らの手を借りる」
「ガルたんの援助受けるってコトは、ガルたんの手下になったのと同じだよ! キミもしかして、かなりバカ?」
「なっ」
 ロミオが驚きの声を上げると同時に、アンドレイが盛大に笑い声をあげる。アンドレイの声が聞こえる度、綾のイライラは増し、その勢いに乗せて綾は噛みつくように言い続ける。
「シェルノワルだからって海賊王子が芋引くな! 必要なら戦って奪えばいいんだよ、ガルたんから! ガルたんも海賊王の秘宝を狙ってる…みすみす渡す気?」
 綾の言葉にロミオは戸惑い目を泳がせてアンドレイの方を見る。両手を首の後ろに回していたアンドレイが視線に気が付くが困った様に肩をすくめるだけだ。ロミオがほとほと困り果てた顔を見せた。暫し思案した後、ロミオはアンドレイの元へと歩み寄ると背中を押し、綾の前へ向かわせようとする。
「その、なんだ。おまえの方がよく知っているようだし、説明したらどうだ?」
「いやいやいや、見てわかるだろ! 俺の話聞いてもらえないんだから、ロミオが説明しろよ」
 まるで、級友のような軽いやりとりを交わしだし、綾はぐっと拳に力を込める。
 そのやりとりが、その仕草が、綾の感情を刺激する。声が嫌、そこにいるのが嫌、何をしても、なにを言っても、嫌。嫌。嫌。
 最早、綾にとってアンドレイへの感情は、嫌悪や憎悪ではなく、アンドレイ・ロゥの存在そのものが、許せなくなっている。
 だん、と綾が床を強く踏みこんだ音が聞こえると、アンドレイはロミオを突き飛ばした。綾の狙いは最初からアンドレイだけだ。真っ直ぐに飛びかかり港での手合わせよりも遅く、力を込めた攻撃を続ける。綾の攻撃をアンドレイは今も受け流すだけだが、片腕を負傷しているせいで動きが鈍い。綾が執拗に負傷している左腕を狙い続けていると、ロミオが、綾を止めようと駆け出してきた。
「邪魔!」
 綾がロミオに向けて蹴りを繰り出すと二人の間にアンドレイが割って入る。綾の蹴りは腹部に深くはいり、アンドレイの体が吹っ飛んだ。どん、と音を立て壁にぶつかったアンドレイはずるずると崩れ落ち、そのままぐったりと座り込んだ。
「アンドレイッ! いい加減にしてくれ! おまえは何がしたいんだ!」
 予想外の事に綾が呆けていると、ロミオが肩を掴み、体を揺さぶって来る。
「わ、私、私は、海賊狩りのキミのファンで、ガルたんの荷物なんて、奪っちゃえばいいと」
「確かに義賊と呼ばれているが、俺は海賊狩りなんてしていない! 俺は貴族、横暴な貴族や非道な海軍の船を狙っているだけだ。自分と同じ海賊を狩るなんてするわけないだろう!?」
「だ、だってガルタン、ロックは海賊なんだし、その」
 先程までの勢いはどこへいったのか、動揺し、あわあわ狼狽する綾の肩にロミオは一層強く力を込めた。
「俺も海賊だ! 義賊だなんだ言われても、俺も同じ海賊なんだ!」
 しん、と静まり返った部屋に綾の小さな声が漏れると、壁際で座り込んでいたアンドレイが綾へと飛びかかってきた。膝を抱きこみ、持ち上げられた綾の体が窓の外へと放り投げられそうになると、綾は無意識に両手を伸ばし、壁を掴んだ。
 綾の体は殆ど外に出ている。第一関節にも満たない三つの指先が窓枠を、もう片方の掌は隣家の壁についている程度で、両足はふくらはぎのあたりで窓枠に引っ掛かっている。狭い空を睨み、ぎりぎりとはぎしりを鳴らし、ぐんと力を込めて顔をあげると、綺麗なペンダントが視界に入った。目の前で揺れる、透かし細工に縁取られたペンダントには、綾の姿絵があった。忘れもしない、ロミオが脱獄した日、彼らが放棄した依頼をお願いした時、綾が代金代わりにと描かせたものだ。
 しかし、あのとき描いたのはもっと大きかったはずだ。じゃぁ、これは模写したものだろう。
 不意に現れた自分の絵が綾の視界を行き来し、疑問がわいてくる。なぜ、依頼を放棄したアンドレイがこれを持っているのか。立て続けに予想外の事が起こりすぎ、行動の遅れた綾にアンドレイはとどめを刺した。
 綾の顔に柔らかい感触がふれる、ちゅ、と小さく吸うような音が聞こえ、綾の動きと思考は完全に止まった。
それがなんだったのか、KIRINである綾でもわかる。
「頭冷やしてきな」
 浮遊感と小さくなるアンドレイの姿、を呆然と見る綾は水の中へと落ちていった。



 
 街中を散策していたヴィヴァーシュは急に騒々しくなりだした周囲を見渡すと、路地の入口へと逃げ込んだ。ただでさえ人が多く人酔いしそうだというのに、これ以上数が増えたら確実にヤられる。
 何か起きたんだろうかと、路地から辺りを見渡していたが、ばたばたと動き回る人と色に頭が付いていかず、頭痛を覚え始める。自分の頭痛も周囲の様子も、落ち着くまで少しここにいるか、と小さくため息をついたヴィヴァーシュが路地の奥へ入りこむと、先程までヴィヴァーシュのいた場所に見覚えのある男と赤いバンダナの男が立ち止まった。
「あれは、アンドレイ。では、彼がロミオですね」
 声をかけるでもなく、ヴィヴァーシュがそっと様子を伺っていると、2人は真剣な顔で話し始めた。
「じゃぁ、彼女が依頼人、って事なんだな?」
「あぁそうさ、あのお嬢ちゃんが、お前を20日守れっていうから俺がこうして来たんだ。資金だって、20日無傷で守る為のものだ。船はともかく、水も食料もぎりぎりで航海なんさ、俺がいやだね」
「なるほど、20日という期限付きで、彼ら、〝旅人〟関係なら、ガルタンロックでも動く理由になる。しかし、どうして彼女はおまえを攻撃したんだ?」
「俺が聞きたいぜ、そんなの。あーあー、腕だけじゃなくて腹までいってるぞこれ。ロミオ、出港遅らせねぇ?」
「無理だな。むしろ、今すぐにでも出港しないと当分シェルノワルから出られなくなりそうだ」
「こんな騒動おこしちまって、なんつーお嬢ちゃんだ。ホント、海賊向きだぜ、あの子」
 2人の背を見ているヴィヴァーシュには、口調とは裏腹に、用心深く通りを眺めている様子がわかる。
 シェルノワルでは海賊同士の大きな喧嘩はご法度だ。ちょとした喧嘩ならともかく、ここまで騒ぎになるような事は、確実に処罰が下るのだろう。特にこの騒ぎに関わっている〝フードの下に赤い服を着た女性〟と港で争っていたアンドレイ、そして今同行しているロミオは――たとえ無関係だったとしても――身柄を拘束されるだろう。
「アンドレイ、船の準備は?」
「俺が戻ればずぐだ」
「よし、東北東の海流から外海へ出る。そこで落ち合おう」
「はいよ、頼むから捕まるなよ」
「おまえもな」
 通りへと2人が飛び出していくのを見送ったヴィヴァーシュはすぐにノートを取り出し、皆へとメッセージを書く。
「ロミオの出港が早まるのなら、私達も急がないといけませんね」
 気が付いてくれるといいのですが、と言いながらノートをしまうとヴィヴァーシュは船を隠した場所へと向かった。



 綾に蹴られた腹部を抑え、アンドレイは船へと駆け込む。
「出港するぞぉあぁぁだだだ、肋骨何本いったんだこれ」
 仲間達に出港を伝えようと声を張り上げようとするが、腹部の痛みが邪魔をし、大きな声がうまく出せない。綾とのやりあいでぐちゃぐちゃになった包帯と皮を外し、ひとまとめにするとアンドレイは部屋の奥へと顔を向ける。
「くっそ、まじいてぇ、おい、だれか……おい」
 ざざん、ざざんと船が波に揺れ、柱に掛けたランプも左右に揺れている。床に倒れた仲間の体と、左右に広がる赤黒く乾いた血液を照らして。
 ぞっとアンドレイの背中を冷たいものが走る。これは、なんだ。街中から港までの間に変わった事は何もなかった。渡し板も普通に掛かって、ランプも点いている。いつもと変わらない船内に、仲間の躯が転がっている。だというのに辺りに戦った様な跡は何もない。辺りが静まり返り、波の音しか聞こえない。誰の声も、聞こえない。
「……こりゃ、まずいな」
 アンドレイは首に下げたブローチを引きちぎると左手に握りしめ、たった今外した海兎の皮で掌ごと包むと包帯を巻きなおした。どんなに不格好だろうと、付けてさえいれば意外と痛みは和らぐ。解けない様ぎっちりと結びふぅ、と小さく息を吐くと、アンドレイは背筋をピンと伸ばし船内へと足を進めた。
 この船の乗組員は、自分を含めてそこらへんの海賊に引けを取らない強さを持っている。海魔にだって負けない自信がある。そういうやつらばかりだ。なのに、なぜたった一つの切り口しかない仲間の死体ばかりが見つかる。
 奥に進むにつれ仲間は手に武器を持ち、戦った跡がはっきりと付き始めるが、状況は変わらない。壁や柱にもつけられた深く大きな切り口は、斧を振り下ろした様にも見える。
 戦いの跡を追いながら、アンドレイは仲間の数を数え歩く。後何人、残りは何人と我が家と言っても過言ではない日数を過ごした船に、家族とも呼べる仲間達の体が転がる現状に押しつぶされない様、まだ生き残りがいると自信を奮い立たせ、歩き続けていると人の気配を感じ、アンドレイは足を止める。まだ赤い血痕の続く階段を見降ろし、アンドレイは船倉へと降りて行く。
「よぉ、俺もまぜてくれよ」
 肩で息をする六人の仲間が囲んでいたのは、2メートルはありそうな大男だった。




 海賊王子は義賊でなくてはならない。しかし、彼らの誘いに迷い決断できないというのなら、ぼくがこの手を下そう。そう、戦士見習いの少年は傭兵たちの殺害を決めた。
 綾がアンドレイの船の場所を記してくれたおかげで、モービルは暗闇に紛れ、迷うことなくすんなりと船に進入できた。暗闇に紛れ、一人ずつ暗殺していたものの、思っていたより乗組員が多く、次第に多人数相手の戦いへと発展した。しかし、ドラゴンであるモービルの皮膚は固く、傭兵達の剣は通らないというのに、彼の扱う武器は伸縮性のある彼と同じくらい大きな大剣だ。そんな武器を振り回している時点で力の差は歴然、大きな翼や尻尾を使い、次々と彼らを仕留めていった。普段なら逃げる獲物は追わないモービルだが、今回は一人も残してはいけない。一人でもロミオの所に行かせては、彼の迷いが残る。それではいけないのだ。
 順調に勝ち星をあげるモービルだが、彼の心にじわじわと迫るものがあった。モービルと傭兵の戦いは、傭兵からしてみれば、自分より大きく力の強い、不思議な攻撃をしてくる、よくわからない相手との戦いだ。それなのに一人も逃げ出さず、怯えた目も見せないで、モービルに敗れて行く。その勇気ある姿に尊敬と畏怖の念を覚え、同時に胸の奥底に仕舞いこんだ恐怖がチラつきだす。
 モービルは彼らが逃げているのを追っているのではなく、どこかに誘導されているんだと途中で気が付いた。気が付いたが、モービルはそのまま彼らの後を追い階段を下りて行く。
 階段の下は、薄暗く天井も低い船倉、モービルが真っ直ぐ立つことのできない、狭い場所だ。モービルの動きと剣や羽、尻尾の攻撃を少しでも防ごうとしたのだろう。現にモービルは少しひざを曲げ、大剣を短くして構えている。狭さと薄暗さを、そして地の利も利用した考えなのだろうが、暗闇でもそれほど支障なく見えるモービルにはあまり、意味がない。
 しかし、一つだけ彼に影響を与えている事があった。
 目だ。
 彼らの、負けてたまるかという目が、勝つ事を諦めていない視線が人数が減っても、誰ひとりモービルを見る目が変わらない。辺りが暗い事で余計にぎらぎらとしている様に、狭いからとても間近で見てしまう彼らの目に、兄達の目を重ね、心の奥底に押し込めているモービルの恐怖を刺激する。
「よぉ、俺もまぜてくれよ」
 ふいに声をかけられ、モービルはゆっくりと振り返る。出かけていた最後の一人が戻ってきたようだ。ここにいる全員で終わりだ、そう思うとふっと身体の力が抜け、気が楽になった。モービルが大剣を握りなおしたのを合図に、傭兵達は一気に襲いかかってきた。
 息のあった攻撃が絶え間なくモービルを襲えば、モービルは炎のブレスを吐きだし、彼らを遠ざける。反則だろと小さな声が聞こえたが、彼らは炎のブレスにも臆する事なく、戦いを続ける。戦いの最中、灯りが消えるのも構わず暗闇の中で戦い続け、気が付けば立っているのはモービルとふらふらのアンドレイだけだった。立っているのもやっとだろうに、彼の目はまだ、ぎらぎらと光っていた。
 さあ最後だ、モービルはそう思いアンドレイの目の前で大剣を振り上げる。誘われる様に顔をあげたアンドレイが、にぃと、笑い、モービルの手が震えた。
「エモノはさぁ、ちゃんと止め刺さなきゃだめだろ」
 自分達以外誰もいない筈の背後で影が動き、モービルの尻尾にどさりとした重さがのしかかる。その驚きに振り下ろされたモービルの大剣は行き先がずれ、アンドレイの左腕が宙を舞う。大剣を振り下ろしたまま、モービルが振り向きざまに炎のブレスを吐くと、ドン、と大きな爆発が起きた。モービルの尻尾にあったのは火薬の詰まった麻袋だった。一度の爆発がきっかけとなり、飛び散った火の粉が次の火薬に火をつけ、立て続けに爆発が起こり船が燃え始める。小さな火の粉は、大量に積まれた大砲の火薬や油に引火しては次々と爆発を起こし、船はあっというまに炎に包まれ燃え盛る。炎で明るくなり、辺りがはっきりと見えだしたモービルはその有様に目を丸くする。モービルが切り伏せた6人の傭兵達の身体が、列をなす様に並んでいた。モービルが炎のブレスを吐いた瞬間、彼らはモービルの炎を利用し爆発を起こさせようと、死ぬ直前まで協力し合い、たった一つの麻袋を落とす罠を仕掛けていた。
 ぱちぱちと燃える音がする中、モービルは両腕に重さを感じると、今度はゆっくりと顔を向ける。片腕を失くし、ぐったりと身体を預ける身でありながらアンドレイは今も力強い目線でじっとモービルを見ている。遠くに聞こえる爆発の音と、人の声。ここに並ぶ船はどれだって火薬も油も積んでいる海賊船だ。火薬から火薬に移っていった火は、船から船へと飛び火し、街まで届くかもしれない。
 こんな大爆発が起きてしまっては、彼らの死は直ぐに露見してしまうだろう。こっそりと殺害するつもりだったモービルは自分の両腕にのしかかるアンドレイを見る。ぺち、と血まみれの手がモビールの腕に置かれ、アンドレイは全身を震わせながら身体を持ち上げ、頭を持ち上げまっすぐに、視線を絡めてきた。
 そうだ、世界はこうやって、戦士の命を奪っていくのだと、言いようのない恐怖がのそりと顔を覗かせ、どこからか自分を見ているような気になる。
「宝石に、傷をつけたんだ、高く、つくぞ」
 これが、血と炎の赤が混ざる中に残された最後の言葉だった。



 リエは時折オウルフォームの視界を確認しながらがやがやと落ち着きの無くなった街を急ぎ足で通り抜ける。ロミオと別れた後一人街中をふらついていたリエの耳に〝フードの下に赤い服を着た女性〟の話がちらちらと入り始めた。
最初は港で金髪男と喧嘩をした、というどこにでもありそうな痴話喧嘩だと思われていた。その〝フードの下に赤い服を着た女性〟がロミオに会いに行き、宿屋では金髪男と三人で大ゲンカをし、しかもその金髪男がガルタンロックの関係者だなどと、次第に話が大きくなり、最終的にその子はどこの子だ、という、至極真っ当な疑問へと辿りついてしまった。
 海賊の街で、列強海賊に名を連ねるロミオと、ガルタンロックの部下、その2人に会う様な女などそうそういない。極めつけはあの鮮やかな赤いジャージだ。フードマントで隠したのだろうが、元が鮮明すぎる赤色であり、フードの隙間から覗く強烈な赤は逆に印象的になったようだ。
 さて、ここは海賊しかいないはずの、街だ。たとえ女一人だろうと、海賊でない者がいてはいけないと、一部の住人達が探し始め、連れて来た候補として挙がるのは、仏前的に彼女が接触したロミオと金髪男だ。気が付けば脱獄したばかりのロミオとガルタンロックの部下を拘束できるチャンスまでついてくる、特にロミオは海軍に引き渡せば大金が手に入るまさにお得な御尋ね者三人となってしまっていた。 
 面倒事に関わるのは好きじゃないが、このまま放っておくともっと面倒な事になりそうだと思ったリエは空からその目立つ赤ジャージを探していたのだが、なぜか彼女は物資運搬用の水路を流されていた。島中に張り巡らされた水路は高低差が激しく、狭い場所のおおいシェルノワルにおいて必要不可欠な荷物を送る道だ。何故綾がそこを〝通っている〟のかはさておき、リエはめちゃくちゃに広がる水路を空から見ては、赤ジャージを追いかける。彼女がやっと荷物集積所へまっすぐ向かう水路に入ったのを確認したリエは小さく舌打ちし、やっとかよ、と悪態をつきながら彼女が辿りつく水場へと向かう。
 水場から上半身を乗り出し、けほけほとせき込んでいる綾を見つけると同時にどぉうん、と身体の中にまで響く爆発音がし、リエは空を見上げた。真っ暗な夜空の中、一ヶ所だけ妙に灯るい空を見つけると、間をおかずぼぼん、ぼん、と破裂音が響き、地面が小さく揺れる。何がおきたのか呟く間もなく、港から走って来る人達が火事だと叫ぶ。
 船が燃えている、火薬に引火し、あっちこっちに飛び火している、動かせる船は逃がせ、消火に回れる男は港へ行けと住人達が声を張り上げ、動き回っている。
 道を全力で駆け回る住人たちを横目に、リエはびしょぬれの綾に声をかける。
「おい、面倒なことになる前に船に戻るぞ」
「え、ちょっと、消火手伝うとか、手伝う事あるじゃない!」
「ばかか! そんな事してたら脱出できなくなるぞ!」
「リエの言うとおりだ、綾」
 急に声が聞こえ、綾とリエがそろって顔を動かすといつのまにかハーデがすぐそばにいた。
「捕まれ、一気に船まで戻る」
「ハーデさんまで!」
「ロミオが出港しそうなんだ」
 ハーデの言葉に綾がえ、と声を漏らすと、リエもまた、怪訝そうに眉をしかめた。
「そんな、本当にロミオはアンドレイと手を組んで……」
「いや、それはない」
「そんなはずないよ! だって、私、ロミオから直接アンドレイと手を組むって聞いたし、アンドレイだって一緒に……」
 興奮気味に綾が言うと、ハーデは綾の肩に手を置き、落ち着く様目で訴える。綾の瞳が不安そうな色を湛えると、ハーデは短くこう言った。
「この火事、出火元はアンドレイの船だ」




 シェルノワルから少し離れた場所まで船を移動させたヴィヴァーシュは、燃え広がる炎を眺めていた。生き物のようにうねり広がる炎と、不意に現れ、大きく伸びては消えていく影の動きが悲鳴や爆音と共に続く。今見ている景色も、つい数時間前に見た灯台からの景色も二度と見れないのだろう。
 背後に気配を感じ、ヴィヴァーシュが振り返るとハーデがリエと綾を連れて帰って来た。周囲に目を向ける必要もないほど、目の前に広がる火災をただただ、呆然と眺める。
「いくらなんでも燃えすぎだろ。なんで船がひとっつも移動しねぇんだ!」
 リエが小さくぼやくと、綾とハーデは困惑気味な視線を交わし、また炎へと視線を戻す。かなりの距離がある筈なのに、頬には炎の熱さが伝わってくる。
「あれ、消える、よね?」
 いまだに続く爆音を聞き自信なさげに綾がそうつぶやきハーデを見上げると、彼女はこくりと頷く。ほんの少しほっとした顔を見せ、視線を街へと向けた綾が何かに気が付くと、大きく手を挙げた。
 つられる様に綾の視線の先をみれば、暗闇の中を飛び帰って来るモービルの姿が見えた。モービルが船に降り立つと綾は小さく悲鳴を上げる。
 「おかえ……ヒッ、ど、どどどうしたのそれ! どっか怪我したの!?」
 全身に施された戦化粧すら解らない程、モービルは赤黒く汚れていた。
「大丈夫、ボクのじゃないよ。ごめんね、汚くて。ススとか色々混ざってるから、なかなか落ちなくて」
 モービルが穏やかにそう言うと、場の空気が変わった。何か、穏やかじゃない気配に綾は恐る恐る皆の顔を見る。なんとなく、自分だけが何か大事な事に気が付いていない、そんな皆の態度に、綾は次第に落ち着かなくなる。
「あー、あれだ。とりあえず、帰ろうぜ」
 面倒くさそうにリエがそう言うと、綾はまた、皆の顔を見渡す。
「今、ロミオの船が出発したのを、見た。方角は、まぁ後でわかんだろ。このまま海の上でぼへっとしてんのもばかばかしい、さっさと帰ろうぜ。後は、それぞれが報告すればいいじゃねぇか。元々、全員好きにして来いって言われてたんだしな」
 リエは口端を持ち上げにやりと笑った。




 焼け焦げた匂いと残骸の残るシェルノワルに、宝石で飾られた髑髏〟の旗称を掲げた船の団体が到着した。港には集まった海賊達の中には包帯を巻くものがちらほらと見える。
 一際大きく豪奢な船から、まるまるとした男が降りて来ると、港には感嘆とも呻き声ともとれる、唸るような声が轟いた。旗称の主、血の富豪ガルタンロックその人である。
 数人の御供をつれ、ガルタンロックが歩き出すと港に集まっていた人垣が崩れ、彼の前に道ができた。真っ直ぐにのびた道の先には、初老の男が、まるで国王の様に椅子に座りガルタンロックを待っている。ガルタンロックは、彼の前まで行くと、被っていた帽子を胸元に添え、頭を下げた。
「大変ご無沙汰しております、ネヴィル卿。この度は私の不手際により、大変、ご迷惑をおかけいたしました」
 列強海賊に名を連ねるガルタンロックに謝罪をさせ、頭を下げさせる彼こそ、黒真珠の砦シェルノワル領主、ネヴィル卿、あの海賊王グランアズーロのライバルだったという噂もあり、彼を含めこのシェルノワルを取り締まる〝 海賊法〟の制作にも携わったという男だ。
「詳しい話を聞かせなさい」
「……その前に、私の部下に、会わせていただけませんかな」
「ほう、これは珍しい。人の命すら売買する〝血の富豪〟が部下を恋しがるとは」
「お恥ずかしい限りです。いやはや、やはり名をつけてはいけませんな。変に愛着が湧いてしまいます」
 ネヴィル卿が軽く手を上げると、側に控えていた男が一つの箱を持ち、ガルタンロックの前へと来た。
「流石は海兎の皮、と言ったところか、あの火災の中でも燃え尽きず、今も水を出し続けている」
 ネヴィル卿の言葉が終ると、男が箱を開ける。中にはくちゃりと丸められた海兎の皮があり、ガルタンロックはそれをみた瞬間、目を細めると両手で皮を持ち上げた。ネヴィル卿を始め、皆が不思議そうに見守る中、ガルタンロックはゆっくりとそれを開いていくと、皮の中から握りしめられた男の拳が現れる。ざわ、と周囲が一瞬ざわつくが、ガルタンロックは握りしめられた拳の指をいっぽんいっぽん解きほぐし手を開かせると、彼は楽しそうに笑った。
「よくやりました、アンドレイ・ロウ」
 ガルタンロックの手には、傷一つない銀細工のペンダントが、あった。


クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
ご参加ありがとうございました。

皆様が選ばれた行動の結果、このような形となりましたが、いかがでしょうか。
望まない結果だったかもしれませんが、少しでも楽しんでいただければ、うれしいです。


それでは、また、海でお会いしましょう
公開日時2011-11-27(日) 21:50

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル