銀色の箔押しに彩られた4通の封筒は、赤い封蝋によって閉じられていた。「これを、届けていただきたいのです」 美しい女主人――《赤の城》のあるじにして、館長の後見人、レディ・カリスことエヴァ・ベイフルックは集まったロストナンバーたちに告げた。その美貌に変わりはなかったが、注意深く彼女を観察していたら、いつになく、彼女の困惑を見てとることができたかもしれない。「クリスマスに、この赤の城でパーティーを行うことになったの」 アリッサが、ロストナンバーたちに向かって言った。「大ホールを開放して、ダンスもできるようにするし、盛大なものになると思うわ」 館長はにっこりと笑った。そして、「それで、『ファミリー』の皆様にも、もちろん、出席していただきます。でないと、格好がつかないでしょう?」 と付け加え、ウィンクしてみせる。 アリッサを知っているものなら、そんな格式に必ずしもこだわる少女でないことはわかる。「格好がつかない」と思っているのはレディ・カリスだと、彼女は言外に告げているのだ。「ロバート卿に、ヴァネッサおばさま、エイドリアンおじさまに、リチャード翁と奥様。この4つの招待状を、それぞれにお届けして、出席の約束をとりつけてきてほしいの」 レディ・カリスは、あとの説明はアリッサに任せたとばかりに、彼女が話しはじめてからは視線をよそに投げていた。だからアリッサが話を続ける。「ヴァネッサおばさまは、出席して下さると思うわ。でもわがままなところもある方だから、ご機嫌を損なわないように。失礼のないようにしてくれればいいと思うの。せっかくだから、『エメラルドキャッスル』を見学させてもらうのもいいと思う」 異世界の宝石のコレクターとして知られるアリッサの大叔母。ヴァネッサ・ベイフルックは、『エメラルドキャッスル』という、豪奢な宮殿のチェンバーで、宝飾品に囲まれた暮らしを送っているという。カリスとは仲が良いというから、招待には応じてくれるだろう。問題は、その他の面々だ。「ロバート卿は、とてもお忙しいようなの。でもそこをなんとか。きちんとお話すればわかって下さる方だと思うけれど」 アリッサは少し含みのある言い方をした。 このところ、とみにロストナンバーたちへの歩み寄りを見せている前館長の従兄弟・ロバート・エルトダウン。《ロード・ペンタクル》の称号で知られるかの青年紳士は、壱番世界に莫大な資産を保有する実業家でもある。礼節を重んじるロバート卿がレディ・カリスの招待を断るとは思えないが、考えられることとしては、「渋る態度」を見せるかもしれない。ロバート卿は此度のパーティの意図を見抜いているに違いないからだ。すなわち、レディ・カリスが、ロバート卿がロストナンバーたちの好感を集めすぎるのを牽制したい、という。「エイドリアンおじさまは、もともとこうした派手な催しは好まれない方よ。でもエドマンドおじさまがいない今、エルトダウン家の年長者としては出席していただきたいの。奥様は無理だろうから、おじさまお一人でいいわ」 ロバート卿の父であるエイドリアン・エルトダウン。生来の人嫌いに加え、息子ロバートと仲が悪いとされているため、彼に出席を承諾させるのは難しいことだと思われた。「そして一番の難関はリチャードおじいさま。春の花宴以来、おじいさまと奥様のダイアナおばあさまは、一切、公の場にいらしていないの。リチャード翁のチェンバー『虹の妖精郷』は翁の許しがなければ立ち入ることさえできない場所。レディ・カリスの招待状があれば入ることはできるけど、お二人が話を聞いてくれるかさえわからない。お二人はロストナンバーとは距離を置きたいようなの。どうにか心を開いてもらえるといいんだけど……」 どうやらこの任務、単なるお使いのように見えて、決して簡単な仕事ではないようだ。 † † †「質問がある」 ロストナンバーのひとりが、アリッサと、レディ・カリスを交互に見る。「ロバート卿は壱番世界を拠点にしているんだろう? ターミナルのチェンバーを訪ねるようなわけにはいかない。ロストレイルに乗って、壱番世界へ行く必要があると思うんだが」「その通りです。チケットは用意してますので、おとめ座号を使ってください。……ということでいいんですよね、エヴァおばさま?」「その名で呼ばないで頂戴」「あ、ごめんなさい」 悪びれもせず肩をすくめるアリッサに、別のロストナンバーが片手を挙げた。「そんで、壱番世界を股にかけてるロバート卿は、今、どの国のどこにいるわけ? ドバイやベネツィアってことはもうないだろうから、ロンドン証券取引所かウォール街か太平洋のタックスヘイブンのビーチでiPadで仕事してるとか」「さあ……?」「さあって、おいこら館長!」「それがね。ロバートおじさま、スケジュールが押してるときは分刻みで移動するから……、でも大丈夫だよ、壱番世界のどこかにはいるはずだし」 最近、とみに大物感をかもしだしているアリッサ館長のアバウトな命を受け、ロストナンバーたちを乗せたおとめ座は、まずロンドンに向かった。 第一候補がロンドンであったのは、ロバート卿の現在の公的立場が、エネルギー関連分野のスーパーメジャー企業、ザ・パンゲア・ペトロリアム・カンパニー・リミテッド( The Pangea Petroleum Co Ltd.)グループ最高業務執行役員「アーサー・アレン・アクロイド」であり、役員室のある本社ビル所在地がロンドンであったからだが……。「申し訳ありません。アクロイド氏は先ほど、ビジネスジェットでバミューダ諸島の証券取引所と現地事務所に向かわれたばかりで」「なんだとぉー! やっぱ太平洋のタックスヘイブンのビーチでiPadかよ!」「……?」「何でもない、ありがとな、秘書室長さん!」 ということで、ハイド・パークにこっそり停車していたおとめ座は、今度は、約150の珊瑚礁と岩礁からなるバミューダ諸島へ――しかし。「申し訳ありません。アクロイド氏は所用を済まされ、北欧の別荘にお戻りになられました」「マジ? ロバート、じゃなかったアーサー、仕事速ェ」「……?」「何でもない、ありがとな、美人秘書さん!」 透明度の高いバミューダの海。パステルカラーの壁に白い屋根のかわいらしい家々。だが、観光をしている暇はない。 美しい珊瑚礁をゆっくり観賞できる位置に止まっていたおとめ座は、ややゆっくりめに、北欧へと進路を変えた。 晩秋の北欧の、きんと冷えた空気の中、ロストレイルは紅葉と黄葉のトンネルを抜ける。不意に開けた視界いっぱいに、のどかな田園風景が広がっていた。 このあたりの丘陵には、200もの古城や貴族の館が点在しているらしい。そのひとつが、ロバート・エルトダウンの別荘である。「それは、申し訳なかったね」 ロストナンバーたちから事情を聞いたロバート卿は、その労をねぎらい、ディナーを勧める。『ホタテのポワレ、香草5種のハーブソース』や『ノルウェー産サーモンのグリエ、太陽のサフランソース』などが出てきたあたりで、カリスの招待は受けれられたかと思われた。 しかし。「せっかくのご招待だからね、応じたい気持ちは、もちろんあるのだが……」 ロバートは彼らしくもなく、言葉を濁す。「今年のクリスマスは、一緒に過ごさなければならない女性がいましてね。……ああ、誤解しないでくれたまえ。きみたちならわかってくれると思うが、僕は、特定の女性と堅実な関係を維持することができない身の上なので」 だから、可能であれば、彼女のためにもこの予定はキャンセルしたい。けれども、そう簡単には行かない事情があった。 ――私、気づいてしまいました。アーサー様が年を取っていないこと。だって私、小さいときからアーサー様のこと、知っていたんですもの。どうしてもアーサー様の秘書になりたくて、必死に勉強したんです。「きみたちも会ったんじゃないかな。バミューダ諸島の事務所にいる、現地秘書なんですよ。聡明で健康で美しくて、彼女には幸せになってもらいたいが、それは僕の役割ではない」 ――アーサー様が私を愛してないことくらい、わかってます。だけど、いえ、だから、今度のクリスマスだけは、一緒に過ごしてくれませんか? そうしたら、あきらめますから。アーサー様が本当はヴァンパイアだってこと、誰にも言いませんから。「……ええと?」「それって」「つまり」 ロストナンバーたちは、絶句して顔を見合わせる。「つまり、バミューダ事務所の美人秘書さんからヴァンパイア疑惑かけられてて、それをネタにクリスマスデートを迫られて、予定を押さえられてると?」 そのとおりです、と、ロバートは頷く。「彼女は非常に有能な秘書でしてね。僕のクリスマスの予定をすべて空白にしてしまったのですよ。逆に言えば、彼女との予定を調整することが可能なら、僕は、レディ・カリスのもとに馳せ参じることができるのですが」 想像以上の難題だった。(もし、ロバート卿が招待に応じてくださらなかったときは……) チャイ=ブレも鳥肌を立てて凍りつきそうなカリスの視線を、つい思い出す。(どこに不備があり、どこに問題があったのか。失敗の原因について、わたくしとゆっくり、お話しましょうね。《赤の城》の薔薇園で……)!注意!『カリスの招待状』は、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる『カリスの招待状』シナリオへの複数参加(抽選へのエントリー含む)はご遠慮下さい。
ACT.1★そは3人の使者なりき 「ベツレヘムの星を見て、3人の占星術師がキリスト生誕を予言したといいますが」 磨きこまれたテーブルには、銀の食器が並んでいる。蜜蝋を灯したキャンドルが淡い光を投げる中、ディナーは終盤に向かっていた。テーブルフラワーは冬の貴婦人、クリスマスローズ。花言葉は「スキャンダル」なのが意味深であった。 レディ・カリスの招待状を携えて訪れた3人の「使者」を、ロバート・エルトダウンはひとりひとり見やる。 「ハジメカズ、ヒメさんと仰いましたか。良いお名前ですね」 「はひっ?」 デザートの、苺のロゼシャンパンのジュレを口に入れたばかりだった一一 一は、この場でロバート卿から名前に言及されるとは思いもよらず、あまりの衝撃にごっくんと一気飲みしてしまった。ジュレなので喉に詰まらせることはなかったのがさいわいである。 「……そ、そふですかぁ? どのへんが?」 「はじめに言葉ありき、言葉は神とともにありき」 「はひぃ?」 「言葉は、神であった」 そう言って、一の隣の席の「神」に、視線を移す。 「ヨハネによる福音書、第一章一節にある光景を、まさか目の当りにできるとは光栄です」 「まあまあロバートくん。そんなにかしこまらずに気楽にいこうぜ」 神――エウダイモニクは、めまぐるしい外見変化を行っていた。 青年。少女。老人。幼女。壮年。幼児。普通にディナーを食べながらオードブルをメインをデザートをおかわりしながら、どってことないぜ、という調子で、万華鏡さながらに移り変わっていくさまは職人芸である。さすがは神。あなたの心の大黒柱。 きらめくプラチナブロンドの長髪美形だったりゴスロリ包帯美少女だったり黒髪の壮年ガチムチ角刈りだったりぼんきゅっぼんのセクシーダイナマイツなビキニ甲冑美女だったり総白髪の枯れきった和装おじいちゃんだったり光輝く(ある意味)禿頭のプロレスラー風だったりと、やたらキャラクターヴァリエーションが豊富である。 「……おいしい……!」 南雲マリアは、オードブルが出されたときから現在に至るまで、そっれはもう全力全開で料理を堪能していた。 実は最初、ロバート卿から事情を聞いたときは、え〜? なんか自分勝手だなあ、とか思わなくもなかった乙女なマリアたんだったのだが、繰り出される絶品料理に幻惑され、舌鼓を打つうちに、うっかり本来の目的を忘れそうになっている。そのへんもまた乙女なのだった。 乙女ついでに、 (最後の想い出のデートとか、切ない。でも憧れる……!) とも思っていて、デートが実現したらどこに行くのかなやっぱりロンドンかなオックスフォード・ストリートやリージェント・ストリートのクリスマス・イルミネーションがすごく綺麗だって聞いたとこあるしそしたら食事とかどこでするんだろう王室御用達のリッツホテルのレストランとかだとロールス・ロイス・ファントムの送迎サービスがあるんだよねステキ〜〜〜、などと、妄想世界に羽ばたきかけてもいた。 (だけど……) 微かな違和感が、マリアの心をよぎる。 (ヴァンパイアだと思っている相手と、クリスマスにデートがしたいって思うかなぁ?) 「お褒めに預かり、料理長も喜びます」 揺れ動く乙女心を知ってかしらずか、ロバート卿は、にこやかに頷いた。新緑いろの肌を持つ給仕が、無言で頭を下げる。 「南雲マリアさん。聖母の名を持つ乙女。一一 一さん。全てのはじまりを象徴する乙女。そして、全てを司る神。聖夜の宴への使者にふさわしい3人ですね」 「じゃあさー、このエウダイモニ君に免じてさー、パーティー行ってやりなよー。カリスっち、あれで結構苦労してるしファミリー方面に気ぃ遣ってるみたいだぜ?」 「神のお言葉ではありますが……、さて」 微笑んだまま、返事を保留するロバートの肩を、青年のすがたに落ち着いたエウダイモニクはがしっと掴んだ。 「ふぅ〜〜ン? ロバートくんは、神を信じてないのかな?」 「そういうわけではありませんよ。盲信し、頼りすぎてはいけないとは感じてますが」 「チャイ=ブレっちのことも?」 「たしかに、あれもまた神の一種ではありますね。裏をかこうとしても、僕ひとりの力では難しい」 エウダイモニクは、ほんの一瞬、探るようにロバートを見た。 しかし、すぐににやりと笑い、ロバートと肩を組み直す。 「まあいい、そんじゃバミューダ諸島までひとっ飛びして美人秘書と交渉してくるから、ビジネスジェットのひとつも貸したまえよ?」 「かまいませんよ。ご自由にどうぞ」 「えっ、いいんですかジェット借りちゃって!?」 あまりにもあっさりと許可が出たので、またも一は、新しく運ばれてきたオレンジ風味のクレームブリュレをごくっと飲んでしまったが、こちらもブリュレなので無問題。銀のスプーンをがりっと齧って歯形をつけたくらいは許されよう。 「美人秘書さんのフルネームを教えてくれ。名前で呼びたいんでな」 「エヴァ――です」 「……いま何つった?」 「エヴァ・ガーディナー。それが彼女の名前です」 「エヴァっちか。どっかの誰かと同じだなぁ」 わざとらしく首など傾げてみる神に、ロバートは微笑を崩さない。 「そう、馴染み深い名前ですね。アダムをそそのかして知恵の実を食べた、人類最初の女性ですから」 ACT.2★神も仏もあるものか隠し子大作戦 バミューダ国際空港でビジネスジェットから降り、現地事務所のある首都ハミルトンへバスで向かった3人を見て、同乗した人々はどう思ったろう? 何となれば……。 「ば、ばぶぅ。ばぶぶぶぅ〜」 「おーよちよち。いい子ですねぇ〜。目元がパパそっくり」 「パパ、早く認知してくれるといいね。家族は一緒に暮らすのが一番だもの。……あ、笑った」 一は、 赤ちゃんを、 抱いていたのだ。 いつもの活動的なファッションを心もち大人びた服に着替えた一は、どこからどう見ても、悪い男の甘い言葉に騙されて妊娠して子どもを産んだ後捨てられてしまった可憐な10代のママである。そばで赤ちゃんをあやすマリアは、友人を気遣う同年代の少女という役回りを熱演中だった。 金髪の赤ちゃんは天使のように愛らしく、ロバート卿の面影を宿している。 ――そう。 この赤ちゃんこそが、エウダイモニクの変化した姿であった。 ロバート卿にカリス様の招待を受けてもらおうお仕置きはいやぁぁぁ〜大作戦その1。 名付けて、 【アーサー様に弄ばれて捨てられた15歳の母作戦!】 ……って、そのまんまだけど。 † † † とんでもない来客を出迎える羽目になったエヴァ・ガーディナーは、しかし、にっこりと笑って、彼らを応接室に案内した。 グラマラスな長身をシャープなスーツに包み、やや癖のある黒髪を耳元までのショートカットにした、島育ちの陽気さと都会的な雰囲気を併せ持つ女性である。どこかリベル・セヴァンを思わせる、褐色に近い小麦色の肌と青い瞳が美しい。 問われる前に彼女は、自分は英国人の父とバミューダ出身の母との混血なのだと、来客に開示した。 流暢なクイーンズ・イングリッシュと聡明な話しぶりは、本人の資質もさることながら、彼女が今まで積み重ねてきた研鑽を感じさせる。 一はあらかじめロバート卿から携帯電話を拝借していた。 リアルタイムで音声が届くよう、設定しておいたそれを、さりげなくテーブルに置く。 ――現場の情報は把握しておいた方が良いと思いますよ。……ロバート卿にとっても。 そう言って借り受けた携帯ではあるが、渡すさい、ロバートは含み笑いをしていたような……? 出された紅茶に手もつけず、一は、きっ、と、赤ちゃんを抱き直す。 「単刀直入に言います! この子、アーサーさんの子なんです」 「アーサー様の……? 本当に? あの……、あなた、おいくつ?」 「15歳です!」 どうだ参ったか! とばかりに、一は胸を張る。 「あなたのような若いお嬢さんとおつきあいがあったなんて、ひとことも……」 「そうでしょうとも。口が裂けてもカミングアウトできませんよ、アーサー・アクロイド氏が実は東洋人の少女にしかときめかない趣味嗜好の持ち主だなんて」 「そんなこと、とても信じられないわ」 「でもホントなんです。認知要求中のこの子がその証拠です。私、日本からの私費留学生で、ピカデリーサーカスを散歩してたらアーサーさんに声かけられてバッキンガム宮殿の衛兵交代パレードを見るのに一番いい位置は公園と宮殿の間にある三角形のグリーンエリア付近だよとかセントポール大聖堂の螺旋階段を頂上の塔まで登ると展望台からロンドン市内が一望できるよとか教えてくれて高いところ好きですよねあのひとヴェネツィアでもサンマルコの大鐘楼にいたっていうし」 一気に畳み掛けた一であるが、しかしエヴァに動揺は見られない。 それどころか、しみじみと赤ちゃんを見つめ、ふっと微笑むではないか。 「よくできたお人形……。実習用ね。生後3ヶ月くらいを想定しているのかしら?」 「はひぃっっ!?」 神渾身の変身赤ちゃんを、大学の保健学部とかの助産学講座で使用する教材あつかいですか!? な、なんで、嘘ってバレるんですかぁー! と絶叫したい気持ちを、一はぐっと押さえた。 一に抱っこされたままの神も、屈辱でぶるぶる震えていた。 「アーサー様は、『受難を受けている子どもがいたら、すべて僕が引き取ろう』と、常々仰っていますので。本当にあなたが赤ちゃんを産み、その認知を要求したのであれば、それが誰の子であれ、捨て置くようなことはしないでしょう」 「あ、あのっ!」 形勢不利と見たマリアは、援護射撃に出た。嘘をつくのは苦手だが、この場合一の意を汲んで合わせるのが乙女の漢らしさというものだろう。 「はい?」 「アクロイドさんの隠し子は、わたしです」 「あなた、が……? その、あまり、似てないようだけれど……?」 「母親似なんです! ママが亡くなってからはずっとひとりぼっちで、パパはお仕事が忙しいからってあまり一緒に過ごせなくて。パパはお金持ちだから、欲しいものは何でも買ってくれるけど……。やっぱり……、やっぱりクリスマスくらいは……、パパと過ごしたい……」 わっ、と、両手を顔に当てる。思わず涙がこぼれたが、これは演技というよりも、両親への後ろめたさかも知れない。 あるいは、ホームシックだろうか。懐かしいあの街への。 「……でもあなたは、アーサー様の娘ではないわ」 エヴァが静かに言い、マリアはいっそう、ぽろぽろと涙をこぼす。 「ロバ……、いや、アーサーさんって、子ども好きなんですかね?」 思わず素に戻った声を、一は発した。エヴァは気にするでもなく、目を伏せる。 「そういうことではないと思います。子どもは、この世界の未来を担う存在だから、大切にしなければならないのだと、この世界の未来を守るためなら何でもしよう、と、そうも仰ってましたので」 何か大きな秘密を抱え、滅びの影と闘ってでもいるような横顔を、私はずっと見つめていましたから。 そう呟くエヴァには、アーサー・アクロイドの女性関係への不信は、微塵も見られない。 ACT.3■吸血鬼じゃないよ宇宙人だよ大作戦 (ちょ、どうします? イイ話で終わっちゃマズいですよ。このままだと薔薇園で華麗に逆立ちしたまま生き埋めされるフラグ立っちゃいますよ) (待て待て。お仕置きってそういう設定だったか? カリスっちのキャラに合わんぞ) (カリスさまならコメディふうシチュもエレガントに決行しますよ!) (エレガントに逆立ちって、難しい……。スカートはいてちゃだめよね) (正座するほうがよっぽどましですよね。じゃなくて、次の作戦に入りましょう!) ((そんな打ち合わせしてたっけ?)) 一と赤ちゃんモニ君と涙を拭いたマリアは、顔を突き合わせてひそひそ話をしていた。 やがて一は、おもむろにサングラスとペンライトを取り出し、装着する。 「そうですとも、エヴァさん。アーサーさんは人間離れしています。分刻みで世界中を回るスケジュール、異常なまでの仕事の速さ、そして若さを保ったままの容姿」 ……【MIBの秘密捜査員作戦】が、急遽決定したのある。 「あなたがヴァンパイア疑惑を持つのも当然といえましょう。ですが彼は吸血鬼ではありません。実は」 すう、と、息を吸い、吐き出す。 「実は彼は、宇宙からやってきたタコ型異星人だったんですよ!」 あまりの急展開に、エヴァは目をぱちくりさせている。 「あの……。お話が、よくわからないのですが……」 「宇宙の平和のためにご理解ください。とある支配者ファミリーの一員である彼は、大銀河をすべる女王陛下の呼び出しを受けていて、銀河宇宙連邦のクリスマス平和維持会議に出席しなければならないのです」 「女王陛下の招集……」 「残忍で容赦のない女王様なので、もし、この呼び出しを断って女王様をぼっちにしてしまうとファミリー間に戦争が勃発します。アクロイド氏の命も保証できません」 「わかりました」 「わかっていただけましたか!」 「つまり、アーサー様は、クリスマスに別の予定が入ってしまったので、私と過ごすことはできないのですね?」 「そうですそうです! ピカッと記憶を消されたくなければ、クリスマスデートはあきらめて……、って、ええ……?」 くすっと笑ったエヴァに、一のサングラスがずり落ちる。 「はっきりと聞いたわけではありませんが、アーサー様は、ご家族との折り合いが良くないのでしょう?」 「え、ええ、そんな感じですね」 「でもクリスマスは、ご家族と過ごしたほうがいいと思って。だから私、クリスマスのスケジュールを空白にしたんです。デートは口実です。どうせ断られると思ったから、ヴァンパイアだとか、荒唐無稽なことを言いました」 だけど、余計なおせっかいだったみたいですね、と、エヴァは肩をすくめる。 「アーサー様にお友達がいなさそうなのも心配だったんですけど、こんなに若いお嬢さんたちが親身になってくださって……」 あなたがたも、ご家族とクリスマスを過ごしてもらうために、私との予定を変更しようと尽力してくださったのね? そう言って、有能な美人秘書は微笑んだ。 ちなみに。 アクロイド氏が年を取らないのは、最先端のアンチエイジング技術の恩恵だと思っているそうな。 ACT.4■聖家族 依頼は遂行した。 エヴァ・ガーディナーは快く予定を変更してくれたし、それにともない、ロバート卿も、カリスの招待に応じることを承諾した。 「で、それでどうして、きみたちはそんなにふくれっつらなんだい?」 北欧の別荘に戻ってきた3人がずっと黄昏れているのを、ロバートは面白そうに見る。 「計画どおりにいかなかった……」 一の予定では、アーサーについてあることないこと並べ立ててぶちまけているところを、リアルタイムで音声を聞いていたロバート卿からストップがかかったところで、本人からエヴァに直接断りを入れさせ、ビンタのひとつもされやがれ! と、なるはずだったのに。無念。 「恋バナを聞けなかった……」 ロマンスに興味津々なお年頃であるマリアは、エヴァに根掘り葉掘り、いったいアーサーのどこらへんがいいのか、今までにいい雰囲気だったことはあるのか、それはいつどこでどういうシチュエーションだったのかいろいろ聞きたかったのに。残念。 「神としてのゲームができなかった……」 今から私がこの世の真実を話す。それで君が全てを心から理解できれば君の勝ち。アーサーくんとのクリスマスを堪能するがいい。もし君に何の変化もないならば負けだ。彼の為に現世を捨てるか、世界のために彼を捨てるか。大切なもののために大切なものを捨てる決断をしたまえ。 てなことをいって、うっかり彼女が覚醒してどっか飛びそうになったら直前に肩を掴んで糸をつけて笑顔で「愛の試練だ。頑張ってきたまえ」って送り出す。んで引っ張って戻すつもりだったのに。ま、旅人の掟的にアレなのでナニだが。 「お客様がしばらく留まっておられるので、楽しそうですね」 金属の肌の執事が、お茶をサーブしながら、ロバートに声をかける。 「そう見えるかい?」 「パーティーには、最初から出席なさるおつもりだったのでは?」 「さてね。だがエヴァが、クリスマスをファミリーで過ごすことを、それほど重用視していたとは思わなかった」 「……それは、どちらのエヴァさまのことで?」 さてね、と、またはぐらかし、ロバート卿はティーカップを手にする。 「たまには、それもいい。クリスマスの本質は、神の子が、人となって生まれてきたことを祝うものであるそうだから」
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