「他でもない。おまえたちを見込んで、頼みたいことがある」 ロストナンバーたちに、図書館ホールで声を掛けているのはシオン・ユングだった。 今日のシオンは、一見、『導きの書』に見えなくもない分厚い本を抱えており、口調も態度も、まるで世界司書のようである。「ヴォロスの北方、薬都ヴァイシャからさらに北へ進むと、荒野の中に小さなほこらが見つかる。それは、古文書を紐解いても由来さえ判然としない、廃神殿への入口だ。中の様子はわからない。モンスターの巣窟という噂もあり、近づくものはいないからだ」 咳払いをして、シオンは本を片手で掲げる。何となく、シドを意識しているっぽい。あのワイルドさに憧れているのかも知れない。「神殿の中には、珍しい薬草がふんだんに自生している。最奥には、魔術的な効果を持つ泉が湧いている。それらを手に入るだけ、持ち帰ってくれ。ついでに、クリスタル・パレスの厨房に運んでくれると助かる」 そこまで聞いたロストナンバーのひとりが、ははんと頷いた。 シオンが持っている本のタイトルをよくよく確認すれば、『あっと驚くパーティレシピ 〜クリスマスディナー特集2011〜』だったのだ。「ふぅん。今年もクリスタル・パレスで、何かイベントすんの?」 あまり気のない声でレシピ本をひょいと取り上げ、ぱらぱらとめくる。「まあね。今、その準備中なんだよ」 途端にシオンはいつもの調子に戻り、肩をすくめた。「つまんなそうだったら、行かないからね」「そう言われると思ってさぁ。珍しい企画を考えたんだ。……けど、その、材料つーかネタ元つーか、用意しなきゃなんないものが、レアな代物でさぁ」「薬草と魔法の水を取ってくればいいんじゃねえの?」「うん、料理に使いたいから、それもすごく必要なんだけど……。もうひとつ」 ずいと顔を寄せ、シオンは声を潜める。「ボスモンスターを倒したら、宝箱落としてくれるはずなんだよね。その中身があると、かなり盛り上がる演出ができると思ってて……。頼めるかなぁ?」<ご案内>このシナリオは、12月17日頃から運営される掲示板イベント「ターミナルのクリスマス2011」関連の内容です。このシナリオの結果をもとに、同イベントの掲示板内で、企画スレッドが運営されます。このシナリオに参加したからといって掲示板に参加する義務は発生しませんが、合わせてご参加いただけるとより楽しめる内容になっています。もちろん、掲示板イベントはシナリオ参加にかかわらず参加できます。
ACT.1★☆冒険前の手荷物チェック 「じゃ、そういうことで。よろしくな」 「まって」 店に戻ろうとするシオンの手首を、川原撫子がしっとつかんで引き留める。 「……ぐぉおおおっっ!???」 思わずシオンは呻いた。撫子姉さん、ほっそりしたプロポーションからは想像もつかないほどの握力だったのだ。へなちょこシオンの腕一本くらい楽々とへし折れそうなほどだが、可愛い女の子に手ぇ握られて何の不満があろうか、いやない。 「シオンくんっていうの? 凄ーい☆ 本物の羽ですぅ☆」 「鳥が珍しい? クリスタル・パレスにくると、ひとやまいくらで大漁だぜ?」 「いいよねトリって。可愛くて美味しくて☆」 さらっと☆マークつきで危険なことを仰る撫子たんだけども、アダルティ〜な意味に解釈することもできるんでまったくもって無問題。 「是非、美味しくいただいてくださいご指名お待ちしております。あっこれおれの名刺」 脊髄反射の営業トークで差し出された名刺を受け取りながら、撫子はにっこりする。 「うふ。薬草とお水、山盛りで持って帰ってくるから、追加報酬欲しいな~☆」 「そりゃ、おれにできることならいくらでも。何がいいの?」 「空中遊泳!」 「わかった。じゃあ成功報酬ってことで!」 営業時間中に店に来てくれて、おれを指名してくれて、そんで店長に許可をもらってくれれば、撫子姉さん抱えて、ターミナルの遥かなる高みへどこまでも飛翔してみせるよ! よく考えれば公認サボタージュできてラッキー的なことを言って、シラサギに変化したシオンはぱたぱたと飛んで行った。 「珍しい薬草かぁ。どんな料理になるんだろう? 楽しみですねー」 その背を見送り、ディガーはのんびりとした声を発した。 「えーと、料理に使うんなら水筒じゃ足りないよねー。スープとかも作るかもだし」 さっそく持ち物の算段を始めるディガーに、撫子は、そうね、と、大きく頷く。 「パスにもトランクひとつぶんの物が入ると考えて、帰りにはギアとか水入り容器とかそっちに突っ込んで、んで、バックパックには水と薬草入れるとすると……、トレッキングポールも使うし、普通に80kgくらい背負えるでしょ? パスと合わせれば1人150kgくらい運べちゃうよ☆」 「えっ……!?」 普通に80kg、とかいっちゃって、最初からいろんな極限を目指しちゃうらしい撫子たんに、風呂敷と20L缶を持っていこうと考えていたディガーは絶句した。大き過ぎるんじゃない、とツッコミが入ったら「お茶にも使うし大丈夫ですよね! 大は小を兼ねるっていうし!」と返そうとすら思っていたくらいである。そうか、20L缶でもまだまだ少なかったか。まいりました撫子姉さん。 「んー。手に入るだけってことだから、そこまで限界に挑戦しなくてもいいんじゃないかな」 おっとりしたトーンで言ったのは蓮見沢理比古である。 「そっか。そんなに採集したら何もなくなっちゃいそうな気はしてたの。じゃあ120kgくらいね☆」 さすがの撫子たんも、ちょっと手加減モードになった……のか? 「クリスマスパーティかぁ。どんな雰囲気なんだろう? 楽しみだなー」 理比古の話し方や雰囲気は、ディガーとどこか似通っていて、ほんのり天然な癒しの空気が醸し出される。 名門特有の複雑な環境に育った彼は、子どもの頃は、催しやお祝いごとに参加する機会に恵まれなかったこともあり、期待値が高いのだった。至極当然のことのように「ウチのシノビを連れてくればよかったなー。そしたら荷物全部持ってもらえたのに」などと言っちゃうあたりも、お坊ちゃん中のお坊ちゃんではあるが。 「ダンジョン探索で宝探しか。わくわくするしかないよね!」 楽しいイベントの予兆に理比古は上機嫌である。ディガーもまた、別の意味で期待マックスだった。 「古い廃神殿ってことは、地層そのものにも想像を絶する歴史があるんですよね。……掘ってもいいんですよね。止められたりしないんですよね。そうかぁ……」 掘っても掘っても掘っても続く地下。永遠の迷宮。ぼくが進んだあとに新しいダンジョンが生まれる。何というパラダイス! (宝箱の中身って何だろう? もしかして、この前通販で見かけた万能シャベルが入ってたりして……!) 夢は無限に広がり、とどまるところを知らない。 「うむ。ダンジョンは慣れているのでござる。何十回も潜っている。まかせるでござる」 豹藤空牙が鷹揚に頷く。静かな気配で佇む細身の黒豹は、ひとりクールさを保っていた。 「とにかく、準備は怠らないようにするのである。そのダンジョンがどこまで広いかにもよるし、罠も多いと見た」 「僕、音の反響で道の分岐とかは分かるんですけど、道はあんまり覚えられないかもしれません。でも、迷っても大丈夫です。道が無かったら掘ればいいんですから!」 自信満々に堂々と言うディガーにツッコミを入れるでもなく、「心得た。よろしくでござる」と返すあたり、真面目な性格のようだ。 世界図書館のデータによれば、空牙は、猫科獣人フェリスリングのひとりであるらしい。魔王と孤高の戦いをし、七星将のひとりに異世界追放呪文を唱えられた結果、ロストナンバーとなった履歴を持つ。 魔王が支配する世界にあって、そこまでの戦闘能力を所持しているのだ。しかも何十回ものダンジョン攻略経験者。おそらくはそこらの雑魚モンスターなど指一本、中ボスはほんの片手、ラスボスも一刀両断で倒せるだろう。ありがたい。頼もしい。 「わぁ、強そう。私のこと、守ってくださいね☆ 壱番世界の女の子に戦闘なんて期待しちゃだめ☆」 撫子姉さんはそう言うが、彼女の握力からして、守り、いるかなぁ~? という気がしなくもない。 そんなこんなのあれやこれやで、一同は出発した。 ACT.2★☆地下1階~6階 それは、ほこらというよりは、鍾乳洞めいた洞穴に似ていた。 廃神殿と聞いていたが、神殿であったころの建物は跡形もない。廃墟という状態でさえも、残っていないようだ。 荒涼とした風景のただ中に、ぽっかりと開いた入口は、ひとひとりがようやく通れるほどの狭さである。そっと踏み込んで見下ろせば、つづら折りの白い階段が、地下へ地下へと続いていた。この階段は本来白大理石だったと思われるが、今は朽ちてすり減っている。薄暗さもあって、足元が危うい。 内部は基本的に真っ白で、ところどころ、ぼうと青く苔が光っている。天井からつらら状に垂れ下がっている岩は、鍾乳石を思わせる自然の造型だ。壁はしっとりと濡れ、時おり、天井からぽとりと雫が落ちる。 一同が滑って転んだりすることのないよう、慣れている空牙が先頭を歩く。 地下1階から5階あたりまでは、踊り場さながらの狭い空間があるだけで、分岐もしていない。ところどころ、薬草らしき植物が自生しているのが見受けられる。 「ボスがどこにいるのかが、問題である」 「地上に近いところには、いなさそうだよね。最下層じゃないかな?」 理比古はうきうき楽しそうにお散歩気分である。本人曰く、持久力は低いとのことだが、戦闘の経験は積んでいるがゆえの余裕であろう。モンスターに対しても、これっぽっちも恐怖感はなさそうだ。 恐怖感皆無ということは、つ ま り 危機感も皆無ということである。 その天然っぷりは、6階から7階へ移動する途中で発揮された。 白い壁に埋め込まれた紅い宝石を見つけるやいなや、好奇心いっぱいに目を輝かせ、 「きれいだなー。これ、押したらどうなるんだろう?」 とか言うやいなや、ぽちっとな、を、しちゃったんである。 何せ身体能力が高いので、空牙さんが止める暇も、崩落の危険を察知したディガーさんが警告する暇もありませんでした。 押さないでしょふつうー! でもアヤさんなら押すと思ってたけどね、うんうん! ずず……、ずずずず……。 ずざざざざーーー。 階段が、ゆっくりと移動する。 そ し て 一同の足元には、ぽっかりと穴が空き……。 ACT.3★☆地下13階 ぽーん。 ぷよーーーーん。 ぷほ、ぽぽん。 っぽぽぽよよーーーっんん。 6階から13階へ、4人は同時に落っこちた。 盛大に尻餅をついたのだが、何故かあまり痛くない。 何やら妙にやわらかい、大量の、ぷるぷるふにふにぽわんぽわんしたものに受け止められたような……。 そう……。まるで、秋のターミナル名物セクタン大発生祭りを彷彿とさせる、この感触。 まさか、セクタン? と思ったが、そんなはずはないのであってね! ここ、ヴォロスだから! いちお、ダンジョンだから! モンスターの巣窟だから! どんなにセクタン似の色とりどりのキュートなぽよんぷわんでも、これ、モンスターだから! キ、キキ、 キキキキキ、 キィシャアアアアーーー! セクタンっぽいモンスターは、なんとなくいちごの形にも似ていた。いっせいに獰猛な歯を見せて、そんでもって蔓状の触手なんかもあったりして、押し合いへし合いして一同を取り囲んで追いつめる! でもま、こちらには空牙さんがいるし、当の原因を作った理比古さんも戦闘能力ばっちしなんで、特に問題なっしんぐというかね。 【1階〜13階遭遇モンスター】 ・ワイルドストロベリー (ワイルドなストロベリーモンスターです。色とりどり。デフォルトセクタンのヤンデレ風。食べると美味) 【1階〜13階収穫物】 なし。 ACT.4★☆地下14階〜25階 「ごめんねー」 まったく悪びれずに、理比古は明るく笑う。 結局、ワイルドストロベリーの群れは、理比古が雷の力を発動し、まるっと気絶させて戦闘不能にしたのだ。 「殺生は好まぬのだな?」 「うん、だって無断で入ったの、俺たちだし。それで縦横無尽に殺戮とか、乱暴狼藉にもほどがあるでしょ」 「モンスターたちに、その気持ちが通じれば良いのだが……」 空牙は刀を口にくわえたまま、戦闘態勢を解かない。13階から下は、強力なモンスターが出現する率が高い気がするのだ。 「戦闘はまかせちゃう☆ 荷物持ちはまかせてくれてOKよ、……あ、ここにも薬草発見☆」 14階、15階、16階。潜るたびに空間は広がり、複雑になっていく。それにともない、ところどころ地面がむき出しになり、薬草が生えているのも散見された。 撫子はメモを取り出し、通ってきたルートを記録し始める。ポイントごとに○とか×とか△を付け、「この角、ローズマリー似の薬草」とか「壁のひび割れにミント似の薬草あり」とか、「天井すれすれにレモングラス似の薬草の群生」などの覚え書きをする。行きの道程では薬草は取らず、場所だけ控えておいて、帰り道で回収すればそれだけ効率的、という彼女の流儀であった。 そこまでのこだわりはないディガーは、撫子メモには含まれない薬草を採取しながら進……んではいるが、ついつい、きょろきょろしてしまう。 なにせ彼の興味の対象は地層地層地層であるのだから! 大事なことなので3回言いました。 (この薬草が生えている壁の向こうには、果てしない地層が広がっているんだ……!) ディガーの見たところ、通路が複雑な迷路状になっているのは、ひとの手だけによるのものではなさそうだ。 ここは、神殿の地下が長い年月をかけて変化した、人口物と天然物と竜刻的何かが渾然一体となったダンジョンであるらしい。 (階段は大理石だけど、鍾乳石があるってことは、壁と天井は石灰岩かなー。石灰岩にしては堅そうだから違うのかな。竜刻の微粒子とか含まれているのかもしれないなー。うわー掘りたい掘りたい掘りたいなー) 滑らかな身のこなしで進む空牙と、てきぱきメモっている撫子の後ろを、荒ぶる掘削欲に切なく身悶えしつつ、後ろ髪引かれながら、ディガーくんは遅れ気味について行く。 「む」 短く言って、空牙が立ち止まり、身構える。 不穏な気配を、感知したのだ。 「あの植物が、怪しい」 見れば、天井から地面に向かって枝が垂れ下がり、ぶどうの房のような果実がたわわに実っている。透きとおったエメラルド色の粒が、薄暗い空間を照らすようにきらめく。 「ぶどうかなぁ? 美味しそうだね!」 理比古は無邪気に手を伸ばし、一房もぎ取った。 またかぁアヤさんーーー! あやしいゆってんじゃん! 人一倍勘がいいくせに、何でそゆときだけ天然なのーー!? 理比古以外の一同に、緊張が走る。次に何が起こるか、予想もつかなかったからだ。 し か し、である……。 「うん、みずみずしくてすっごく甘くて、とっても美味しいよ!」 理比古さん、ぱくぱく食べ始めたが、何も起こらない。甘いもの大好きのアヤさんは、極上のぶどうにこのうえなく幸せそうだ。 「上質なぶどうだと思うよ」 「そう、なの……?」 「左様か?」 「本当に?」 おそるおそる、3人も、ひとつぶずつ、口に入れてみる。 「……おいし☆」 「うむ、美味である」 「甘いねー」 美味しいフルーツはひとの心を和ませる。 ダンジョン内とは思えないほど、ほのぼのな空気が漂ったところで。 やっぱりというか、何というか。 異変は、起こった。 ぱふっ。 ぽふっ。 ふぁーーん。 ばさばさっ。 ……4人の背に、白い翼が生えてしまいましたとさ。 なんというお約束。 そんでもって、こんなときに限って。 「敵でござる」 音もなく忍び寄ってきた植物に、いち早く空牙が気づく。 それは―― どこからどう見ても――「巨大なレタス」だった。 いやぁ、実は一同、ぶどうの影に鎮座ましまししてたそれを意識してはいたのだが、これは薬草じゃないよね回収対象外だよね重そうだし、万一モンスターだとしてもおとなしくしてるんならスルーしてあげようそうしようと暗黙の配慮をしていたというのに。 がばぁーー! まるで変質者のことく、巨大レタスは全葉っぱを開いた。中心には、おぞましい目が見える。 「んもう。女の子に不意打ちしちゃ、だめなんだぞ☆」 せっかくおしとやかにしてたのに、と、ぼやいてから、ギアの強水流を放った。 レタスは壁に叩きつけられ、強ダメージ! ぐったりと葉っぱを閉じたレタスを、裏拳で殴り倒す。頭突きをかまして、仕上げはデコピン。 そこへ空牙が、 「――忍法・かまいたちの術」 レタスの葉を、ことごとく切り落とす。 「安心せよ。命までは取らないでござる」 葉をひんむかれて芯と目玉だけになって茫然自失のレタスを残し、一同はさらに進む。 【14階〜 25階遭遇モンスター】 ・ワイルドレタス(ワイルドな巨大レタスモンスターです。ヘルシーだけど変態で凶暴) 【14階〜25階収穫物】 ・翼ぶどう(食べると一定時間翼が生えます) ・ローズマリーニ草(ローズマリーに似た薬草です) ・ミントニ草(ミントに似た薬草です) ・レモングラス二草(レモングラスに似た薬草です) ACT.5★☆地下26~49階 通路は狭いので、翼があっても今ひとつ役に立たないばかりか、むしろ邪魔だったのだが、ディガーと空牙と撫子の翼は、30分程度で消え失せた。だが理比古の翼だけはそのままである。どうやら効果の持続時間は、食べた量に比例するようだ。 ぶどうが毒でもモンスターでもなかったので、理比古は上機嫌である。ちなみに巨大レタスは完全スルー。 「わぁ。翼があるって、こんな感じなんだね」 などと、飛びにくそうにしならも楽しげだったが―― 48階を降りるあたりで、ふと、翼をたたんだ。 真剣な表情で、唇を引き結ぶ。 それは、移動するたびに地層に気を取られていたディガーも同じだった。 「理比古さん」 「ディガーくんも気づいた?」 「羽音がします」 「撫子どのは後衛をお願いするでござる」 「うん、か弱い私を守ってね☆」 すでにバレバレなのにあくまでも女子的体面を気にしちゃう撫子たんを、紳士な3名は気づかないふりで庇いながら進む。 ――そして、49階。 一同を、開けた空間が包んだ。 壁全体が、蒼く発光している。 足元には、上階のどこよりも豊かな薬草の群生が生い茂り、泉の周りを取り囲んでいる。 湧き出る水は清冽に澄み切っており、おそらくはあれが回収対象の、魔法効果をもつ水と思われた。 だが、泉の前には―― ヴヴ、ヴヴィ〜ン…… ヴィ、イイイ〜〜ン……ィ〜〜ン… 耳障りな羽音を放つモンスターが立ちはだかっている。 巨大な植物、といった風情のそれは……、 壱番世界でいうところの「ステビア」というハーブを連想させた。 「……ボスって、これだと思います?」 珍しくも、ディガーが率先して進み出た。 構えたギアを、えいっ、と、振るう。 銀のシャベルが当たった部分から、ぽこ、っ、と、手応えのない音を発し……、 モンスターは、 宝箱 を 落とした。 「え、え? ええええーーー?」 もんのすごく、ディガーは驚いた。 まさか、自分の一撃がこれほどの効果を与えるとは思っていなかったのだ。 それは空牙も理比古も撫子も同様だった。もしディガーに危険が迫ったら、背後から刀で斬って「忍法・豪火炎の術」で燃やすこともいたしかたなし、と空牙は考えていたし、理比古も、いったん行動不能にしてから「その宝箱、俺のとっておきのチョコレートと交換しない?」と交渉するつもりだったし、撫子は、デコピンを最大出力で食らわせようと思っていたのだったが。 宝箱には「鍵」が入っていた。 それは、鍵に触れたものの、望むとおりのダンジョンを出現させる『迷宮を開く鍵』―― 中身が万能シャベルではなかったことに、ちょっとしょんぼりしながらも、取りあえずは、そこらへんの薬草を摘み、泉の水を20L缶に汲み始めたディガーであった。 ここで採取した魔法の水の効果と薬草の効果については、ほどなく、判明することになる。 【49階遭遇モンスター】 ・ステビア(いちお、ラスボスです。ラスボスですが激甘でした。ステビアだけに) 【49階収穫物】 ・デナオ草(ダンジョンの内外を一往復できます) ・ゴビの聖水(語尾変化効果があります) ACT.5★☆しか~し冒険は続くのであった 帰還するなり、彼らは、戦利品をクリスタル・パレスに運びこんだのだが。 店内は別件で大騒動になっていた。 北極に放置されっぱだったブランが、ようやく救出されたのだ。 リュカオスにお姫様抱っこされて店内に運び込まれたブランは、全身が冷え切っていた。 シオンの号令が響く。 「みんなー! 今日出勤の鳥店員全員、身体張ってブランを暖めろ! クロハナも灯緒も、すまんが協力頼む!」 七面鳥がペンギンが鶏がスズメが朱鷺がカナリアがナイチンゲールがヤマシギが赤茶色の毛並みの犬が巨大な赤い猫が、長椅子に寝かせられたブランを取り囲む。 「……ん? ここはどこだ? 吾輩はいったい……」 「気がついたか。ひでぇ目にあったな」 「う、む……」 シオンからラム酒入りホットミルクを受け取ったブランは、ようやくひとごこちついたようだった。 「しばらく休んでけよ。材料集めを手伝ってくれた皆も帰ってきたし、これからクリスマスパーティーの準備に取り掛かるから、スープでも試食して待っ」 しかし、シオンは突然言葉を切った。 ブランの視線が、テーブルの上に置かれた『迷宮を開く鍵』に止まり……、 「ん? この美しい鍵は?」 何気なく伸ばした手が、それに触れたのだ。 「……それにしても、北極は寒かった。氷の城でたったひとり、心まで凍らせた魔王のような気持ちになった。ふきすさぶ吹雪は、まるで眷属のモンスターが無数にいるようで」 「ちょーーーーっとたんま、ブラン! いらんこと想像するなぁぁぁーーー!!!!」 シオンの制止と同時に、ブランは鍵を取り落す。 瞬間。 ずごごごごごーーーー! 床にぽっかりと、地下につながる階段ができてしまった。 蒼く透きとおる氷の階段は、どれほどに深い迷宮につながっているか、見当もつかない。 ブランは長椅子ごと、その中を滑り落ちる。 下へ、下へと。 「うわああ! ブラーーーン! 待ってろ、今助けに……」 慌ててシオンは、階段を駆け下りたが…… 「吾輩は……、氷の魔王なり……。近づくものをすべて、凍らせてしまおう」 「え、え? ちょ。たんまッ! うわぁぁぁ~~~~」 ――本当は。 「クリスマスプレゼントのダンジョン」を、シオンは出現させるはずだった。 小さなモミの木がそこかしこに散りばめられた、クリスタルのダンジョン。 赤いリボンで吊るされた可愛い宝箱には、素敵なプレゼントが入っている、そんな、しあわせな迷宮を。 だが、 どれだけ待っても、ブランもシオンも、戻ってはこなかった。 「これは……」 一同は感じざるを得なかった。ふたたびの冒険の予感を。 To Be Continued… 続きは【クリパレクリスマス2011:ダンジョン編】氷の迷宮の冒険(火気厳禁)にて!
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