『手前ぇら、ちいっと星、とってこいや?』 ラジカセ世界司書、E・Jの選ぶ今日のBGMは、高音の讃美歌だった。埃のこびりついたスピーカーが、微かにキンと音を割る。『正確には、ただの星じゃなくて流れ星なぁ。モフトピアの端っこの方になんとかっつー島があってぇ、そこに落ちるんだとよ。流れ星が。理由なんざしらねぇよぉぉ。とにかく、それ、とってくるのが今回の依頼なぁぁぁぁ』「……なんのために?」『お前のカーチャンとデートするのにお前が邪魔』「帰っていいか。いいよな」『おいおいキレんな若者ぉ、ジョークを解する余裕がないと人間モテないぜぇ?』「じゃあお前もモテないんだな」『人間の方に注目してんじゃねぇよ!? あれだよ、クリスマスパーティ。その準備に必要なんだっつーの!! ……会場にツリーを一本立てといてぇ、来た奴らに一つずつ手持ちのモンを飾ってもらおうって企画なんだが、丸裸で放っとくのも地味だからよぉ。最初は流れ星でキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラッキラ、とにかく派手に飾り付けといてぇ。飾り一つぶらさげられたら、流れ星一つ、お持ち帰り。最後にゃあ流れ星ツリーはとっくり消えて、何か別のツリーが出来上がるってぇ趣向よ。だからお前らには、最初にツリーに飾ってある星をとってきて貰わにゃあならん訳さぁ。でっけぇツリーらしいからチケットと一緒にホレ、優しい優しい撲様ちゃんは袋も用意してあげましたぁぁぁぁ』 ラジカセの載せられた机の後ろには、チケット共に真っ白い布が折りたたまれている。ラジカセは自分では歩けないから、きっと人の頼みを断れない心優しい世界司書が用意してくれたのだろう。『一番でっけぇ流れ星はてっぺんにかざるからなぁぁぁぁ。ま、詳しいこたぁ現地にもがもが先、行って、準備してるからよぉ。アレに聞けや?』 湖を囲む山の向こうから、あるいは天井の雲を貫いて、流れ星は確かにその湖――身の内に沈めた流れ星の白い光に照らされて、ぼうやり濃い藍色に浮かび上がっていた――を目指して落ちてくるように見えた。水面に触れた瞬間、流れ星はぱっと火花のように白い光を散らす。 流れ星を溜め込んだ湖は、しかし所々が黒く塗りつぶされたままだった。首をかしげていると、その場所めがけて流れ星が降ってくる。どうなるだろうと見守るあなたたちの目の前で、流れ星は砕けた。耳障りなところのない、深い響きが水面を震わせる。飛び散る小さな破片が水面に落ちて、また白い火花。 なるほど、おそらく、あの部分には小さな島が浮かんでいるのだろう。見回せば他にもいくつかそういう部分があって、その気になれば小島を渡って対岸まで行けるかもしれない。「おーい」 静かに納得していると、汀から声が聞こえてきた。長手道もがもが手を振っている。そちらに歩き出したあなたたちの足元からは、砂を踏む柔らかい感触が伝わってきた。もしかしたら湖ではなく海なのかもしれない。 砂浜にも流れ星がぽうと淡く、あるいは激しく輝いているから、転ぶ心配はない。流れ星は白っぽい光を纏って静かに輝いていた。 もがもはなぜか、ぐっしょりと濡れそぼっている。「今日は一緒に頑張ろうねえ! それでね、あっちにボートがあったんだ。今日はいないけど、きっとアニモフたちが遊ぶ用だと思うんだ。これを借りれば沖の方まで拾いに行けるよ。あと、あそこ、浮島があるの見えるかなあ? あれをぴょんぴょん伝っていってもかなり遠くまでで行けるんじゃないかな。って言うか行けた。流れ星が沢山浮かんでるおかげかなあ、温水みたいにあったかくて、落っこちても風の心配はしなくて済みそうでした!」 そう言ってもがもはへらりと笑い、張り付いた前髪の理由に得心がいく。「流れ星は水面にいっぱい浮いてるから、そのまま素手で拾っちゃって大丈夫。泳ぎが得意な人なら、水の中まで探しに行くのも良いと思う! 辺りじゅう全部がキラキラしてて、きれいだったなあ……オレは溺れてただけだけど……。捕れたてぴちぴちが良いなら、ジャーン、虫取り網! これで飛んでくる流れ星をキャッチするのも乙だよねぇ!」 道具を並べながら、もがもは足元に転がる小さな流れ星に手を伸ばす。ヒマワリの種のような形と大きさをしている。もがもの指先が触れた途端、流れ星から放たれていた白い光は一瞬強く輝いて、すぐに内側に引っ込んだ。代わりに現れたのは、金と緑の混じった淡い輝きだ。 これは一体どういうことかと尋ねてみる。もがもは「オレもよくわかっていないんだけど」と前置きして言った。「多分だけどこの流れ星、最初に触る人によって色とか、変わるっぽいんだよねぇ。オレはこの色だけど、みんなは何色の流れ星になるのかなあ?」 話している間にも、流れ星は次から次へと水面に、浮島に、あるいは砂浜の上に白い火花を散らしていた。あなたたちに触れられるのを待つように、流れ星は未だ白く輝いている。========<ご案内>このシナリオは、12月17日頃から運営される掲示板イベント「ターミナルのクリスマス2011」関連の内容です。このシナリオの結果をもとに、同イベントの掲示板内で、企画スレッドが運営されます。このシナリオに参加したからといって掲示板に参加する義務は発生しませんが、合わせてご参加いただけるとより楽しめる内容になっています。もちろん、掲示板イベントはシナリオ参加にかかわらず参加できます。========
砂浜は、どうやら細かな星らしい。数えきれない幾色もの流れ星は、掬った端からさらさら、福増 在利の掌を滑り落ちる。ここを訪れたアニモフが星を踏んで、踏みつけて。砂になるまでずっと繰り返されて。 それがこの浜か。 ふわぁ、ともほぅ、ともつかないため息を吐いて立ち上がる。空気は透明だった。遠く、星が燃える音が遠く聞こえる。 「しかし、流れ星を捕まえるってのも変な話ねぇ。そもそもこれって鉱物なのかしら? 生き物なのかしら?」 蜘蛛の魔女のつま先が、小石大の流れ星を蹴り飛ばす。流れ星は白いままあらぬ方向へ転がっていった。どうやら先のような変化は直接、身体が触れた時にしか起こらないようだ。 軽く肩を回す蜘蛛の魔女の手には、道具の一つも携えられていない。どうやら己の身体一つで捕獲に臨むらしい。在利は既に虫取り網を借りていた。 在利の後ろでは、ハギノが……おそらく、ハギノなのだろう。ハギノはいつの間にか金髪グラマー美女に成長していて、濡れ鼠になったもがもを眺めにやにやしている。 「水も滴る良い男って奴ですねー? キャー、もがもさん、ステキー!」 すごく棒読みだった。蜘蛛の魔女の脳裏でピン、と何かがひらめく。両手と蜘蛛の脚をわきわきさせながらハギノへにじり寄った。 「……ついでだし、あんたも良い男になってみるぅ?」 「え? い、いや、僕はいーですよぉ」 「遠慮なんかしなくていいのよ。私は拒否したって構わないでやっちゃう女なんだから……ねぇっ!」 折りたたんだ脚を大げさなまでにぐわっと広げて、ハギノへと襲い掛かる蜘蛛の魔女。もちろん本気ではない。ハギノもわかっているから、笑いながらバックステップで回避し、どろんと一音。金髪グラマー美女の姿は跡形もなく、元通りの黒装束が現れる。 「うひゃあ、ご勘弁! わぁそうだ僕働かなくっちゃあ。もがもさん虫取り網お借りしますねー! 僕の芸術的キャッチを御覧にいれましょうぞ!」 わざとらしく怯えて見せて、ハギノは虫取り網をひっ掴むと湖の方へ駆けていく。遠ざかる背中が波打ち際で跳ね、手前の岩場に着地。再びの跳躍の後、黒装束の後姿はすぐに夜に紛れて所在がわからなくなった。 そのじゃれ合いを微笑ましく見守っていた在利は、水の落ちる音に背後をみやる。もがもがコートの裾を絞っている所だった。同世代の龍人よりも丸みを帯びて女性的な印象を受ける在利の瞳が、心配げな色に曇る。 「もがもさん、寒くないんですか? どうしよう、薪があれば焚火ができるんですけど……どっかに落ちてないかな。ちょっと探してきますね」 「ダメだよー。福くんはお仕事あるでしょ? 大丈夫大丈夫、風邪なんて夏にちょっとかかるくらいだし」 「……」 蜘蛛の魔女は何かを言いたくなったが、それより先に在利が「風邪を舐めてはいけませんよ、弱った身体をそのままにしておくのは何より危険で」と薬師の声で説法を始めたので、舌の上に載ったあれこれは喉の中に逆戻りした。 在利の話はまだまだ続きそうだ。ハギノも行ってしまったし、蜘蛛の魔女は一つ肩をすくめて湖へと脚を向ける。次々投身する流れ星のせいだろう、水面は寄せては帰る波の様相を示している。 少し考えて、靴と靴下を脱ぎ捨てた。これで何かあったとしても裸足でロストレイルまで帰る事態だけは避けられるはずだ。湖に落ちるようなへまを打つ気はないが、万が一ということもあるし、島から島への移動途中で飛沫がかかるかもしれない。濡れた靴下をはき続ける不快さを思えば、最初から素足でいる方が良いように蜘蛛の魔女には思えた。 星粒でできた砂浜は、予想に反してふわりと柔らかい。ぬるいさざなみときらきら砂が、指の間を通り抜けていく感覚が気持ち良かった。水着を持って来れば良かったかもしれない。 「チッ……あのポンコツ司書、もうちょっと真面目に仕事しなさいよ」 最初に呼び出した時にここがどういう場所かもっとちゃんと言ってくれれば、万全の準備を整えられたのに。想像の中でラジカセを七、八台まとめてスクラップにしながら、蜘蛛の魔女の手はいらいらと白い糸を放つ。糸はちょうど、彼女の居る場所をめがけて落下途中にあった流れ星を過たず絡め取り、蛋白質の焦げる匂いの尾を引きつつ手元へと引き寄せられる。 ほのかな温かさに手指が温まったのは一瞬。白い光がはじけ、次に目を開けた時掌に乗っていたのは、メロンほどの大きさの幻想的な七色の輝きだ。 星の内から放たれるのは、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色。光は角度を変えるたび万華鏡のように様変わりし、真珠めいた光沢の下でうねる。混ざり合う七色の毒々しさとそれらを包み込むなまめかしい表膜が、控えめであり豪奢という絶妙な美しさを生んでいた。 「あら、中々イカすじゃない。……?」 流れ星のできに目を細めていた蜘蛛の魔女は、ふと鼻先を掠めた匂いに辺りを見回す。かすかな匂いはすぐにまぎれてわからなくなってしまったが、確かにこの流れ星からしなかっただろうか。砂糖を焦がしたような、甘くぺたついた匂い。 「……まさかね。いくらモフトピアだからって、それはねー……?」 とは言ってみたものの、生き物だが鉱石だかわからないものを捕まえられるモフトピアだ。可能性としては十分、ありえるだろう。 「……星っておいしいのかしら?」 おそるおそる、蜘蛛の魔女の舌が伸ばされる。スコーンめいた凹凸を描く星の端を、カリリと一口。いぶかしげに眇められていた両目が、カッと見開かれる。 「……うんまぁ~い!アイシングクッキーみたいに硬いのに、焼き立てのスフレみたいにふんわり甘くて舌の上でとろけるぅ~!」 はぐはぐと一口、また一口と食べていく。歯を立てた最初の時は確かにザクッとしているのだが、中は完全にふわっふわだった。喜色満面、星を頬張る蜘蛛の魔女。 もしここにハギノがいたら「それ、てっぺんに飾るようにとっとかなくてもいいの?」と突っ込んだことは必定だっただろうが、美食の快楽の前に人間が(魔女が)そうそう勝てる訳もなく。 目の前に広がる星の海を見て、蜘蛛の魔女はじゅるりと涎をすすった。 「じゃあオレはその辺を走り回って服を乾かすから、その間に福くんは星を集めてるってことで」 「はい。気を付けて行って来てくださいね」 なんだかんだと話をつけて、もがもの重たくなったコートを岩(もしかしたらずっと昔に降った流れ星かもしれない)の上で広げて、在利はよしと腕まくりした。暗闇の中で時折、ぱっと白い火花が散っている。ハギノか。蜘蛛の魔女か。それを追いかけるよう在利も飛び立つ。負けてられないもんね、と心の中で呟いた。 低い位置を飛ぶと、ハギノや蜘蛛の魔女の邪魔をするかもしれない。在利はぐんぐん高度を上げ、湖を一望できる位置で輪を描く。細かく砕かれすぎたのか、砂浜の光はかすかだった。それでも周囲の暗闇からはほんのりと掘り出したように眩しい。ランプに厚く布をかぶせたら、丁度こんな光り方をするかもしれない。 と、その頬を何かがジュッと音を立てて通り過ぎる。反射的に振り返るが、何もない。視線を戻す。得心がいった。真っ白い流星が在利の足元めがけてまっすぐに落ちている。気を付けないと頭に直撃するかもしれない。 ぐっと拳を握って気合を入れる。星の採集もしないうちに気絶して落下なんてことがあってはならないのだ。と、さっきと同じ軌跡で在利に流れ星が迫っていた。さっきはうっかり見逃したが、今度こそ! 「……えいっ!」 タイミングを見計らって振りぬいた虫取り網から、確かな手ごたえが返ってくる。わくわく網をひっくり返せば、在利の掌に指先で摘まめる程度の流れ星が転がり落ちてきた。一刹那の光がはじけ、そして収縮。 「……わぁ……」 思わずため息が漏れる。 全体としては、在利の星は深い緑色をしていた。その中心部からは星状に光が放たれ、半透明の石を内側から照らしている。まるでステンドグラスのランプだ。星の光が通り抜けた部分は、夏の濃草から春の草原に季節をやわらかくうつろわせている。 「これが、僕の星なんだ」 在利の言葉に答えるように、星がこぽりと小さな音を立てる。星状の光と草原の間を、小さな泡が立ち上っていた。持ち上げて底の方を確認すると、細かな泡が一粒、二粒。外から加えられる力にゆらゆら細かく揺れていた。エメラルドの海を覗き込んだら、こんな感じかもしれないと在利は思う。今は原石らしくごつごつと無骨だが、角をとるように磨いたらたらそれは美しいに違いない。 「……そうだ、せっかくだし味も見ておこう」 薬師の好奇心が未知の鉱石(?)相手にむくりと立ち上がり、在利は迷いなく流れ星を一気に口に含む。 牙をたてた途端、星が砕ける。硬度はそう高くないらしい。その途端、草原に吹く風に似たさわやかな香気が鼻孔を満たす。同時に重たいところのない、軽やかな甘みが舌の上を滑っていく。そのあとからやってきたしゅわり、軽くはじける感触は、きっとあの泡だろう。バチバチと元気がいいのは星の光を放つ核か? 小さい物をいくつか持ち帰って、成分を解析できないだろうか。 炭酸飴に似た触感を口の中で思うさま楽しみ、こくりと呑みこんで。在利はふんにゃりと笑った。なんだかひどく気分が高揚していた。未知のものに出会うワクワク感が、腹の底で燃えているのがわかる。 「他の皆さんは、どんな星になったのかなぁ?」 きっとそれを知るのはとても楽しいに違いない。在利の星を知りたいと、他の二人は思ってくれるだろうか。うっとりと目を細める在利の視線の先で、また一つ星がちかりと燃えた。 湖の上、疾駆するハギノの足取りは軽い。水面の触れる寸前の流れ星めがけて網を置き、掬い取る。水しぶきが散る。カチリ、網目の中から硬質なものが触れ合う音が聞こえる。棒術の動きで網を振り回し、肩にひっかける。ハギノの虫取り網は中身を取り出す暇もなく振るわれ続けたため、ずっしり重たくなっていた。 「……うん、結構いいペースなんじゃない? さすが僕」 満足げに頷くハギノに応える者はいないが、ハブられている訳ではない。断じて。 単純に星捕りに夢中になるあまり岸辺からはずいぶん離れた場所まで来ていて、誰にも届いていないだけだ。それだけだ。 「とりあえず、一端戻りましょっかねー」 よいしょと軽く声を出し、ハギノは岸辺へと飛び出した。なんども背中を確認するのは、激しい運動に網が揺れて、うっかり身体が触れてしまわないか心配な所為だ。 (僕ら以外にも色んな人に触ってもらったら、きっと楽しーよね?) そういえば、ハギノの流れ星は一体どんな色になるのだろう? ターミナルの住人に触れてもらうことばかり考えて、自分のことをすっかり忘れていた。 「あっち着くまでに、もう一個くらいいけるかなー?」 視界いっぱいに広がる空を、縦に横に流れ星は落ちていく。眩しさにハギノは目を細める。どうせなら大きくて、キラキラきれいな流れ星を手に入れたい。その方がツリーにも映えそうだ。何より目立ってかっこいい。そしてハギノが生み出した流れ星も、キラキラ豪奢であればいい。 と、北の空に長い尾が引かれた。じっと目を凝らす。大きい。今ハギノが網の中に捉えた流れ星を総て合わせても、あれほどの大きさにはならないのではないか。 「なんていいタイミングなんでしょうねー……さーて、一丁やりますかっ!」 脚に更なる力を込めて、高く速く、ハギノは駆ける。北の流れ星は瞬く間に湖へ、岸辺の方に接近し、ハギノもまた黒い流星として疾く走る。小さく、蜘蛛の魔女とハギノの姿が見えた。星との距離は残りごくわずか。すれ違いざまにかっさらえるか? 「……っし、ジャストミート!」 最後の島を力強く蹴りつけ、ひときわ高く空に舞う。腰だめに構えていた虫取り網を一気に振りぬいた。星は吸い込まれるように網目の合間に飛び込んで、小さくガッツポーズをする。 「……ぅおっ!?」 網がすっぽぬけそうになり、あわてて左手を添えた。想像以上のパワーだ。上半身を持っていかれ、バランスが崩れる。網を立てて何とか拮抗を取り戻し、足裏と膝を使って無事に、とは言えないまでも砂浜に着地。強く打ちつけた膝に、じいんとした痺れが走る。 だが、勝った。しばらくその場から動けないくらい痛かったけど、網の中の小星も一つだって落としてないし、その上こんな大きな流れ星まで華麗にキャッチできたんだから、きっとハギノの勝ちなはずだ。 「さてさて、どんなんかなー? ……って熱っ!」 ワクワク伸ばした手は反射的に引っ込めてしまい、流れ星はごとんと重たい音を立てて網の中に戻っていく。降りたてほやほやのせいだろうか、流れ星はびっくりするほど熱かった。 だが再び網の中を覗き込んだとき、そこにあったのは見る者すべてを凍えさせる銀の輝きだった。 薄らとした青銀色は半透明。そこから鈍く発せられる光が、黎明の銀嶺をハギノに思い起こさせる。星の中には黒鉄色の細い針のようなものが行く筋も走り、触れるものすべてを突き刺すような鋭い印象をますます強めていた。 んー、とハギノは喉の奥で唸る。 ほんの少し、残念だった。 もっとカラフルでキラッキラしている方が、ハギノ好みだ。銀と青と黒の三色からなる凍えた色彩は、彼にとってひどく地味に感じられるものだった。 「……ま、クールな僕に相応しい色ってことですかねー?」 やれやれと肩をすくめ、二人を振り返る。 「きた! 大量きた! キキキキキッ、私ってやっぱ凄いわー!」 蜘蛛の魔女は、湖から何かを引き上げるのに夢中で。 「うん、やっぱり甘みを感じる部分は外側だけだね。星に水分が含まれているのも不思議だし、やっぱ帰ってから本格的に試薬を使って……」 在利は、小さな流れ星をカリカリ含んでは手帳に難しそうなことを書きつけて。 たとえ声が届く距離にいたとしても、ハギノはハブられる運命だったらしい。 「……誰か反応してー。同意じゃなくていいからさー」 「え? 何? あらあんたもう帰ってたの? で、何か言った?」 「……いえもういいです。蜘蛛の魔女さん、今は何してらっしゃるんで?」 「漁よ、漁。あたしの素敵な蜘蛛の糸で、星を根こそぎかっさらってやってるのよ!」 大量旗があったら振っていたかもしれないほくほく顔で、蜘蛛の魔女は胸を張る。投げ網の要領で湖へと投げられた蜘蛛の巣が、水面に浮かぶ星々を絡め取り、ちょうど浜に戻ってくるところだった。 見回せば、周囲の島と島の間には大きな蜘蛛の巣が張られている。なるほど、とハギノはうなずいた。落下してきた流れ星をあれで全部受け止めてしまおうという作戦か。 蜘蛛の魔女の指先が触れた場所から、流れ星は七色の光沢を生み出して、ハギノの顔も満面にきらめく。自分もこういう星だったらな、と無念の味もほんの少し、舌先に広がったけど。 「おおー、キラキラですっげーきれいですねぇ! このままツリーの代わりにしても良いんじゃ?」 「ん、そうねぇ」 蜘蛛の魔女が顎に可愛らしく指をあてる。 「……このツリーに魅せられたバカップルがフラフラ近寄って、あまりの美しさに触れようとしてねちゃっと捕まるから、二人とも私がおいしくいただく、と」 「何その恐ろしい計画!? そういうつもりで言ったんじゃないだけど!?」 「イベントに浮足立つ人間の心理、クリスマスというシチュエーションを巧みに利用した素晴らしい罠ね。あんたやるじゃない。何だかワクワクしてきたわ」 「なし! 今のなし! ほらあれですよクリスマスですよ? パーティでおいしいご飯いっぱい出るはずだし、そんなにいっぱい食べたらお腹壊しちゃうですよ?」 「む、それは嫌かも……仕方ない、これはまたの機会にとっときましょう」 「機会があればするんだ……」 クリスマスの食事が美味しくあれとこんなに必死で祈ったのはハギノは初めてだったが、一生初めてでいいと思った。 それぞれが捕獲した流れ星を袋に移していく間にも、流れ星の雨は止むことがない。気が付いたら在利の手は止まっていて、目が流れ星を追っていた。明るいモフトピアはメルヘンだが、こうして夜の姿を見ると、普段の印象を一変させる、とても神秘的で幻想的な世界なのだと思う。 このままずっと眺めていたいが、悲しいことにロストレイルは定時運行だ。蜘蛛の魔女に袋の口を縛ってもらっていると、ハギノの姿を捉えた。さっきの在利と同じように、目いっぱいに空を映している。 ハギノの胸に去来していたのは、遠い故郷の記憶だった。あの国ではこんなに流れ星が降ることなど(しかもそれが手に触れられて、色まで変わるなど)なかったけれど、空の深く澄み渡った感じだけはひどく、似通っていて。不意に熱くなった目頭をごまかすように、「さあて、そろそろ帰りましょうか?」とことさら明るくハギノは二人を振り返った。 「そうですね。行きましょうか。楽しみですね、パーティ」 ずっしり重たい袋ををよいしょと抱え、在利が微笑む。 「美味しいご飯がなかったら承知しないんだから」 蜘蛛の脚を器用に操り流れ星の詰まった袋を掲げ、蜘蛛の魔女はニタァと笑って見せる。 ハギノは今度こそ本当の笑顔で袋を肩にひっかけると、二人に追いつくべく歩き出した。
このライターへメールを送る