――正月。 どんな世界でも平等に訪れる、厳かでどこか心改まる瞬間。そして、新たな一年へ向けての希望を輝かせる日である。そう、それが普段は剣呑な喧騒に包まれた世界、インヤンガイであっても、である。 インヤンガイのとある街区。そこでは水餃子を食べながら新年を祝う、という風習がある。そして、そのどれか1つには『幸運のコイン』が入っており、当たった者はその1年が特に素晴らしい物になる、という言い伝えがある。 年末になると、その街区で屋台を出す者は腕によりをかけて餃子を作り、年が明けるとそれを街区の人々に振舞うのである。家庭で作る者も少なくは無いが、多くの者はプロの味を楽しもう、と寒い中屋台に家族総出で繰り出す事が多い。屋台の主人達もまた個性豊かで、客を話術で楽しませる者も居れば穏やかな笑顔で出迎え、独り者の愚痴に静かに耳を傾ける者もいる。人々はそんな屋台の主人達と顔を合わせつつ、新年の抱負などを話しながら水餃子に舌鼓を打つのである。――0世界。 インヤンガイのとある街区が持つ風習を一通り説明し、仮面の世界司書は小さく溜め息を付く。彼女は黒髪を揺らし、頬に手を当てながらロストナンバー達に言った。「なんでも、その街区の屋台で食べる水餃子は格別らしいわよ。あーあ、アタシも仕事が無かったら食べに行ったのに……」 最後のほうは溜め息を混じりに言い、集まった者たちを苦笑させる。彼女は仮面を正しながら言葉を続けた。「いつもがんばっている貴方たちのために、屋台の1つを貸しきってあるわ。ちょっと狭いかもしれないけれど、まったりとしたお正月を迎えたい人にはおすすめよ」 そして付け加えるように水餃子の他にも飲茶が堪能できる、という事を伝えると彼女はくすっ、と笑った。「それじゃあ、土産話を楽しみにしているわ。特に、誰が『幸運のコイン』をゲットしたかが知りたいかしら? 」●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
序:新年は屋台で インヤンガイ、とある街区の屋台の1つ。そこに集った4人のロストナンバー達は屋台の主人に笑顔で迎えられた。温かな湯気の立ち上る鍋にはたくさんの水餃子。そして、鼻を擽るのはどこか懐かしいような香りのする飲茶の数々。 (ここは? ) いつものように任務を受けようと思っていたコタロ・ムラタナが我に返ったのは、フォックスフォームセクタンが頭に載った時だった。それを黒髪の少年、リエ・フーが「じっとしてろ、楊貴妃! 」と小さく呟いて捕まえる。 「おっと、すまねぇな」 顔見知りであるコンダクターにあった事で少し安堵していると、どこか妖怪か何かに取り憑かれたような男、業塵が無心で水餃子を食べているのが見えた。そして、凛とした印象の女性、ハーデ・ビラールもまた静かに飲茶を……まるで異物や毒物が入っていないか念入りにチェックするように、見ていた。が、我に返り傍らのコタロに水餃子を勧める。 「ああ、すまない。これはとても美味しいぞ」 礼を述べて受け取って早速口に運んでみる。と、口の中でじんわりと肉や葱、ニンニクの旨みが舌に広がっていく。白くてとろとろとした皮が口を、咽喉をするりと滑っていく。 「甘くないのも、悪くないな」 ぽつり、と傍らで業塵が呟く。そしてグラスをぐいっ、と呷ればこれまた冷たくも華やかな香りと共に辛みが身体に染み渡った。彼は仲間達に飲まないか、とグラスを傾け、それにハーデとリエが応じた。 「しっかし、屋台で飲茶と水餃子食い放題とは世界図書館も随分と太っ腹じゃねえか」 注がれた物に口をつけながらリエが唸る。ご厚意に甘えさせてもらおうとばかりに今度はぷりぷりとした海老餃子に口を付けた。業塵はというとジューシィな春巻を口にし、ハーデもまたピリッと辛い、カリカリの辣子鶏を口にしている。 「これはどうかの? 」 小首を傾げながら業塵が言い、ぷるぷるとした白い点心にコタロもまた目が行った。すると屋台の主人が「それは豆腐花という甘い点心だよ」と説明し、それに業塵はニヤリ、とどこか悪役めいた笑みを見せ大喜びで受け取る。コタロも受け取って食べてみた。今度は優しく、ふわりとした甘さが舌を通り、それに目を丸くする。 (自分の知っている世界は、あまりにも狭かったのだな) 司書に流されるまま年越し便に乗せられてやってきた彼は楽しげな喧騒と立ち上る湯気、料理の香りに少しずつ緊張が解れていた。 破:今年の抱負は? (それにしても懐かしいぜ) リエはふと、金色の瞳を細めた。彼は故郷である上海の空気と喧騒を覚え、過去へと思いをはせる。ストリートチルドレンであった頃は、クリスマスも正月も関係なかった。市場ではかっぱらい、屋台では食い逃げ専門だったが、今ではこうして落ち着いて料理に舌鼓が打てる。 (イイ身分になったもんさ、オレも) そう内心で言いつつ、水餃子を口にすると……目を丸くする。食通で通しているのだが、程よい肉汁の旨みに思わず唸った。 「好吃、イケるじゃねえか」 驚いた様子で小さく呟く。箸が止まらない、といった姿に小さく微笑みながらハーデが問いかける。 「そういえばだが、今年の抱負は何だ? 」 不意に問われ、リエは少し考える。が、ちょこまかと動く楊貴妃を抱えつつ悪戯っぽく 「秘密さ。そういうアンタはどうなんだ? 」 今度はリエに問われ、ハーデは考える。自分の居た世界では生まれたときから神か悪魔かの陣営につき、戦ってきた。どちらにいても人間はぞんざいな扱いだった。殺伐とした世界に生きた彼女は覚醒してからも故郷での生き方がなかなか抜けなかった。遊ぶための依頼にもあまり参加した事がなかったが、誰かにこう言われ今、ここにいる。 ――そろそろいいんじゃないかな? 自分の幸運、探しておいでよ? 何気ない言葉を思い出しつつ、ハーデは風味豊かな鉄観音茶を口にし、僅かに微笑む。色々な点心と水餃子を見、抱負ではないけど、と前置きした上で自然にこう言った。 「ここで食べられただけで十分幸運だ。少し変わりたかった……願いは十分叶った気がする」 それで何かを察したのかリエは頷き、「今を楽しまなきゃ損ソン、ってね? 」と相槌を打つ。そして、今度はコタロに抱負を聞いてみる。 「俺は……」 そう言いながら彼が思い起こすのは、あまりにも自己の薄かった過去。屋台で食した水餃子や点心の数々は実に美味しく、素直に驚いた。それを認める程、彼が生き、信じていた世界について改めて考えた。 (この世界群には依然自分が知らないものや見た事もないもの、考えたこともない物事がいくらでもあるのだろう) 確かに自分の信じてきた世界はあまりにも狭いものだった、と悲観も自嘲も無く淡々と理解する。 (人からみれば、奇異な物かもしれない) そう思いながら、コタロは言う。それは、彼にとって確かな『最初の』一歩。 「俺は、世界が見たい」 その抱負に業塵がうんうん、と頷いてコタロのグラスに飲み物を注ぐ。今まで夢中になって点心や水餃子を口にしていたようだが、ちゃんと3人の抱負などを聞いていたらしい。 「業塵殿の抱負は、如何に? 」 「儂か。少しばかり、おまえの抱負と似ておるかもしれん」 彼はニヤッ、と笑いながらグラスを傾け、口を開く。 「まず1つ。洋風に拘らず、様々な世界の甘味に出会えますように、かな」 「それはまぁ、抱負というより願いだな」 と、ハーデが苦笑しつつも胡麻団子を奨めると業塵は喜んで口にする。餡子の甘みと香ばしい胡麻の香りが食欲をそそる。烏龍茶を口にして飲み込むと彼は再び口を開いた。 「もう1つ。しょっぱい物は少しだけ食べられるようになる、というのがな」 辛い物は後で倒れて死にそうになるから克服できそうも無いが、これならば少しは……と考える。そして、同時に同居人との食卓におけるおかず争奪戦で、苦手な物に怯んでいる隙に負けている事も。それぞれ頷くなり首を傾げたりする3人に対し、内心で (相手がいくら童でも、譲れぬ物がある。たとえばデザートとかな) と呟くのだった。 急:幸運の行方 4人のロストナンバーが抱負を語り合っていると、屋台の主人がくすり、と笑う。そして、こう嘯いた。 ――そろそろコインが出ますかねぇ? 4人は思い思いに器を受け取り、水餃子を口にする。そして、最初に口を開いたのはリエだった。 「よっしゃ! ツイてるぜっ」 パチンッ、と指を鳴らし、相棒にもコインを見せる。金色で『福』の字が逆さまになった刻印と今年の干支である竜の文様が実に美しい一品だった。当の本人は「やっぱり、幸運の女神様に愛されてるみたいだぜ? 」と陽気に笑っている。業塵はその様子に黙って頷き、コタロは不思議そうにコインを見つめる。 「これが、幸運のコイン……」 「おめでとう」 ハーデの言葉にリエはにっ、と笑う。 「賭け事には自信があるんだ。どうだい皆、一口ノらねぇか? 」 その言葉に、思わず顔を見合わせ笑い合う。店主もまた4人の笑顔に幸せそうな瞳で何度も頷いた。 食後のお茶を楽しんだ後、4人は店主から土産用の水餃子を貰い、ターミナルへと歩いていった。その帰路はどこか軽やかで、希望に満ちた物だった。 (終)
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