年の瀬のある日、画廊街を歩く柊マナを見かけた。 いつもはロストレイル車中でワゴン販売をしている姿が印象的なだけに、この場所で出会うのはなんだか不思議な感じだ。「こんにちは旅人さん。絵画のご依頼ですか?」「そういうマナさんこそ。珍しいですね、こんな場所で会うなんて」 素直に感想を告げると、「そうなんです」とマナがはにかむ。 今日はオフの日であると前置きしたうえで、この場にいた理由を明かしてくれた。「今度の特別便で≪壱番世界≫へ初詣に行く予定なんです。今日は、その準備のためにあちこちで買い出し中で」 初詣というのは、壱番世界の日本で古くから行われている新年祈願の行事のことだ。 年明け後の三が日ともなれば、全国各地の住人がこぞって神社仏閣へ参拝に訪れるという。「せっかくの機会ですから、壱番世界の伝統に則った格好で行ってみたいと思い立って。ちょうど今、リリイさんにお着物の仕立てを依頼してきたところなんです」 年が明けてから着付けをして特別便に乗りこみ、三が日の壱番世界へお参りに行くという。 そこまで説明して、マナは「そうです!」と顔を輝かせた。「ちょうど、ひとりで行くのは心細いと思っていたんです」 年に一度しかない特別便だ。 衣装まで用意しておきながら、一人で行く旅ほど寂しいものはない。「私、壱番世界行きの定期便に乗務することもあるので、あちらのことは多少詳しいんです。壱番世界や初詣を知らない方へのご案内もできると思いますし、良ければご一緒しませんか?」 現地で新年の祈願を済ませた後は、おみくじを引いて運だめしをしたり、参拝客向けに出ている出店を眺めて回るのも楽しそうだ。 マナは「そうそう」、と続け、「リリイさん、今ならまだ手が空いてるって言ってましたよ。着付けならお手伝いできますし、せっかくですから特別便合わせでお着物を依頼してみてはどうでしょう」 もしご一緒できるなら、約束の日にロストレイルでお待ちしています。 そう告げると、マナはせわしなく買い出しに戻っていった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
初詣の当日。 ターミナルで振袖を受け取ったヘルウェンディ・ブルックリン、神園理沙、柊マナの三人は、着付けをしてすぐに壱番世界行きのロストレイルに乗りこんだ。 ヘルは黒地に色とりどりの花束を散らした、華やかな振袖姿。 理沙は臙脂(えんじ)の地に牡丹を咲かせた、少女らしい振袖姿。 マナは白地に梅を咲かせた、艶やかな振袖姿。 着慣れぬ振袖に四苦八苦しながら、手に手をとって奈良のお寺に到着した時の感動はひとしおだ。 「下駄って歩きにくいわね……。でも、ヒールの高い靴よりマシかしら?」 着物も初詣も初めてというヘルは下駄の扱いに苦労していた。 それでも背筋をのばして立つ姿は美しく、さきほどから行き過ぎるひとの目を惹きつけてやまない。 「ここまで歩いてくるだけで、もう一仕事した気分です……」 ひごろ列車内できびきびと働くマナも、振袖のきゅうくつさに辟易していた。 振袖であることを忘れて腕を振りあげたり、大またに歩いてコケそうになったり。 寺にたどり着く前から着崩れを直しているのはマナばかりだ。 「でも、リリイさんが仕立ててくれた着物で初詣にいけるなんて、凄く嬉しいわ」 壱番世界出身の理沙にしても、振袖を着る機会はほとんどない。 それを今回、リリイが特別にあつらえた着物を着用してのお参りとあって、さきほどから笑顔が絶えない様子だ。 「さ、まずはお参りを済ませちゃいましょう!」 マナの示した先には拝殿があり、参拝客がこぞって歩いていく。 お寺や初詣の風習については多少勉強していたマナだが、参拝マナーの詳細は覚えきれなかったという。 三人は先を行くひとびとの姿に習い、見よう見まねで各所の作法をこなしていくことにした。 参拝客がまず目にするものといえば、御手洗だ。 「ねえ。これって『おてあ――」 「これは、『みたらし』とか『みたらい』って読むのよ」 ヘルの言葉をみなまで言わすまいと、すかさず理沙がツッコミを入れる。 「最初は右手にひしゃくを持って、左手に水をかけるの」 続く説明に、すでに水を使っていたマナが凍りついた。 「右手からかけてしまった場合は、どうすれば……」 「ええと、とにかく身を清めるって気持ちがあれば大丈夫と思うんですけど」 フォローする理沙の隣で、 「それにしてもこの水、冷たすぎよ! 指が凍っちゃうわ!」 申しわけ程度に指先を湿らせ、水の冷たさに負けたヘルがさっさと先へ歩いて行く。 理沙はヘルとマナの後姿を見送りつつ、せめて三人分しっかり身を清めようと律儀にひしゃくを清めた。 道なりに進んで参拝の列に並び、各自お賽銭を手にささやき合う。 「お二人はなにをお祈りするんですか?」 「私は、今年こそ料理が上手くなりますように、って」 ヘルは明確な願い事を胸に抱いているようだ。 ぐっと手を握り、「それでアイツをぎゃふんと言わせてやるんだから!」と意気込んでいる。 「私は、家族や屋敷の人たちの健康祈願かな」 思いつく願い事はいくつかあるものの、せっかくの初詣だ。 自分を含め、みんなのことを願っておきたい。 「私も、ロストレイルの旅の安全と、みなさんのご無事の帰還をお祈りするつもりです」 ロストレイルに乗務し、誰よりも旅人たちに近い位置で異世界を行き来するマナにとって、それがなによりの願いなのだ。 やがて三人の番がまわってきた。 横並びになり、思い思いにお賽銭を投げこむ。 天井から垂らされた太い紐を手に、鰐口(わにくち)をひと鳴らし。 ごおんと短く響く音を聞きながら、厳かに手を合わせる。 胸のうちでそれぞれが願い事を唱え、一礼。 「うまくお願いできましたか?」 本堂の前から退くなり、マナが問いかける。 「鰐口がうまく鳴らせなくって」 理沙の感想に、ヘルが同意する。 「鈴だったら良かったのにね」 「ここはお寺だから、鈴は鈴でも、仏具の鰐口なのよね」 理沙の言葉に、ヘルが立ち止まった。 「あら。ここって神社じゃなかったの?」 ゴーン 境内のどこかで鐘の音が響いた。 すぐさま、その場でお寺と神社の違いを説明する会が開かれたのはいうまでもない。 お参りがすんだら、次はおみくじだ。 六角形のくじ筒を逆さに振り、出てきた棒の先に書かれた数字が自身のおみくじの番号となる。 窓口でその数字を伝えると、おみくじを手渡してくれる手はずだ。 「私は大吉狙い! 今年は絶対彼氏ゲットするんだから! 貧乳だってやればできるとこ見せてやるわよ!」 勢い込んで筒を振ったヘルが引いた数字は【四十四】。 「『吉』だわ!」 書いてある言葉がいちいち難しいが、要するに『良いことがかならず訪れる』というような内容だった。 「理沙とマナは――」 どうだったの、と問いかけようとして、言葉をとめる。 理沙は【七】、マナは【六十三】。 二人はそろって青い顔をしていた。 「私は『凶』……」 「『凶』でした……」 とはいえ、おみくじの結果を信じるか、信じないかは引いた者しだいだ。 「境内に結んで帰ると、悪い結果も良い方向へ転じるって聞いたことがあるわ」 理沙の言葉に、三人は気を取り直しておみくじを結んで帰ることにする。 こういう風習も、普段できないと思えば楽しいものだ。 「ね、ちょっとだけ、お店を見てきても良い?」 ヘルの示した先には、お守りや破魔矢が並ぶ店があった。 「じゃあ私も」 ちょうど、土産になるものがあれば買って帰ろうと思っていたのだ。 理沙とマナも店を覗き、それぞれ『健康祈願』と『商売繁盛』のお守りを買い求めた。 理沙は家族の人数分。 マナのお守りはリリイへの土産だという。 少しして戻ったヘルは、お守りの入った紙袋を大事そうに抱えていた。 ――遠くで幸せを祈るくらいなら構わないわよね。 いつか手渡せるその日がくるまで。 抱いた想いと一緒に、大切に持っていようと思う。 そうしてお守りをしまうと、携帯電話を手に提案する。 「ね。本殿が入る位置でみんなで写メを撮りたいんだけど、どう?」 ヘルの父親はインヤンガイへ行くと言っていた。 こちらはこちらで、めいっぱい楽しんで土産話を持ち帰りたいのだ。 「あ、じゃあ私も」 理沙も手持ちの携帯を取りだし、すぐさま撮影大会がはじまる。 「せっかくだし、さっきマナさんが買ったお守りと一緒に、リリイさんに写真を贈るのはどう?」 理沙の提案に、二人が反対する理由はない。 自身が製作した振袖の写真とあれば、リリイもきっと喜んでくれるだろう。 「みんな、にっこり笑ってピース!」 三人がOKを出したとっておきの一枚が撮れたところで、お寺に並ぶ屋台を見てまわることにする。 「あ、リンゴ飴屋さん。あれ食べてみない?」 と、理沙が誘えば、 「あのタイ焼きっていうのも美味しそうですね」 マナが紙袋いっぱいに三人分を買い求める。 「見て、見て! あそこでわた飴を作ってるわ!」 実演販売に惹かれたヘルが、袋詰めのものを人数分にちぎって分け合った。 射的や輪投げなどもあったが、そこはそれ。 色気よりなんとやらで、女子三名は食べ物屋ばかりを巡り歩く。 そうしてロストレイルの発車時刻ぎりぎりまで、三人は屋台めぐりを満喫した。 数日後。 仕立屋リリイのもとに一通の手紙が届いた。 封筒のなかには『商売繁盛』のお守りと寄せ書きのメッセージ。 そして振袖姿の三人娘が微笑む、あの日の写真が入っていたという。 了
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