「あのさ。年末年始、誰か俺ンちに泊りにこない?」 ふいに、アリオがそんなことを言い出した。 彼が語ったところによると……。 飛田アリオは、壱番世界、日本のとある地方に住んでいる。 あまり人口密集度の高くない地域で……ありていに言えばド田舎だ。 彼はもともと都市部で暮らしていたが、両親が他界にするにあたって、祖父母の家に暮らすことになったという経緯があった。 さて、そのアリオの祖父母であるが、今年の年末年始は温泉旅行に出かけることになった。祖父母はアリオもむろん同行させるつもりであったが、彼は断って、留守番をすると言った。 彼なりに気遣うところもあったのであろう。 それを察して、祖父母はかえって熱心に、気遣いは無用だから一緒に温泉に行こうと誘った。だいたい、子ども(というような歳ではないが……)を一人きりで残していけないと。 押し問答が続いて、つい、アリオは言ってしまった。 昔の友達を呼ぼうかと思っている。それならさみしくないし、かえって気楽だし、一人きりじゃないから心配はかけないだろう、と――。「そういうわけなんで……。ホントにあっちの友達呼んでもいいんだけど、せっかくだから」 特にツーリストにしてみれば、これは壱番世界の住人の家へのホームステイのようなものだ。それはそれで貴重な、興味深い体験になるだろう。「もてなしとかはできないけど……納戸に臼と杵があるから、モチつきとかできるしさ。なんにもない田舎だけど、よかったら遊びにきてよ」●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「うわ」 雨戸を開けてみると、外は一面の雪景色だった。 昨晩、すでに降り始めていたから積もるとは思っていた。見渡す限りの白い平野に、点在する古民家の三角屋根。雪は積りに積もっているが、空は快晴だった。 アリオは肌を刺す空気に一気に目覚めた身体を大きく伸ばし、深々と深呼吸をする。 2012年の、元旦だった。 ターミナルでのアリオの誘いに応じてくれたのはふたり。 マグロ・マーシュランドと、ティーロ・ベラドンナだった。 ただし、ティーロは大晦日を含む年末の3日間は壱番世界の某所で用時があるとかで、そのあと合流するということになった。 12月31日。 アリオとマグロがターミナルから壱番世界行きのロストレイルに乗車する。年越し特別便のため、車内はいつになく満員だった。壱番世界では、それぞれの目的地に近い停車場に順々に停車していく。 東京から乗り込んできたティーロは、なぜか派手なグリーンの着流しで、正月番組の落語家というか、奇妙なコスプレめいている。しかも両手いっぱいにアニメ調のイラストが描かれた紙袋を持っていた。 「用事ってコレだったの?」 「なになに~? わ、薄い本がいっぱい!」 ちょっと呆れたふうのアリオに、好奇心に瞳を輝かせるマグロ。 最寄りの停車場まで、えんえんとティーロの好きなマンガの話を聞かされるはめになった。 「お~、おっきーい家だねー。部屋もいっぱーい! ちょっと探検してみてもいいかなー?」 「壱番世界の家ってこんなのか? マンガと違うぞ」 「ちょっと、そんなに慌てなくても……ああ、勝手にひきだしとか開けないで!」 到着してからも、なかなか騒がしい。 アリオが今暮らしている祖父母の家は、この地方の古民家の形式を残したものであった。 マグロはどたばたと部屋から部屋へ走り回っているし、ティーロはことわりもせずに箪笥を開けたり台所の床下収納をのぞいたりしている。 それでも、家まで連れてきてしまえばひと安心だ。 さすがに外は近所の目があって、多少、ドキドキしていたアリオである。 マグロは、 「だいじょうぶだよ。聞かれたら、『アリオ君に街の魚市場で助けられた』ってことにするから」 と胸を張っていたが、かえってごまかすのに苦労するはめになっただろう。 ティーロは人間だが、日本人には見えないので(しかもヘンな服装なので)、これはこれでどんな言い訳にすればいいか、悩みの種だったのだから。 夜は、あたたかな鍋を囲んだ。 マグロが持ってきてくれた昆布で出汁をとり、コタツのうえのテーブルコンロで魚と野菜を煮込んだ。 「お魚おいしそ~」 「たしかにうまそうだが、ともぐいにはならねぇのか?」 「魚とサカナは違うんだよー」 「そういうものなの? さ、煮えてきたよ」 鍋を囲んでいるうちに、テレビの中では大晦日の歌番組が流れている。 「おっ、なんだこりゃ。敵のボスか!」 「違うよ、衣裳だよ。……いや、セットかな?」 「あれに似てる! 『マイティハンク』の「海上油田危機一髪!」に出てきた「獅子舞魔女ガヴリーヌ」に!」 「なにそれ……」 「この人達、綺麗な声してるねー」 「歌手だからね」 「きれいな音楽……。僕も歌う~♪」 メロディにあわせて、マグロが歌いはじめた。 それはどこか――不思議な光景だった。 壱番世界の、畳があって、コタツがあって、テレビがある……そんな茶の間にて、イルカが人に近づいたような獣人の少女と、大柄な壮年の魔術師(ただし目に痛い緑の着流し)と、壱番世界人の少年とが、鍋を囲んでいる。 しらじらとした蛍光灯の灯り。 外はしんしんと降る雪の夜。 柱時計が、大晦日の時を刻む。 それはありうるはずのない幻想のようであり、なにかの物語のようでもあり。 マグロの歌の、そこに秘められたちからのせいかもしれないが、アリオはふいに、胸がきゅっとなるような、せつないような、なつかしいような、不思議な心持ちを抱いた。 「……あれ」 目尻から、ぽろり、と涙がこぼれる。 「なんで、泣いてんだろ、俺……」 理由はわからないが、この夜のことを自分は絶対に忘れないだろう――、そんな気がした。 そして、今朝。 「あけまして、おめでとう」 「なんだって?」 起きだしてきたティーロに、アリオは声をかけた。 「正月の挨拶。モチつきの支度をしなくちゃ。手伝ってもらっていいですか。けっこう重たいんで」 ティーロは長身だし、力仕事も期待できそうだとアリオは思ったのだが、 「おいおい、朝っぱらから、疲れることはかんべんしてくれ。おお、寒い」 ティーロは外の空気にふれて身震いすると、ダメな大人感まるだしでコタツにもぐりこんでしまった。 「ちょ、ちょっと」 「まあ、まて。ものを運べばいいんだろ」 無精髭にまみれた頬をゆるめて、にやり、と笑った。 そのすこしあとに起きてきたマグロは、庭を見て歓声をあげた。 10センチほどの、「人型をした雪」が、あつまってえっちらおっちらと臼を運んでいるさまを見たからだ。 ティーロが雪の精霊のちからを借りたのである。 本人は臼運びを雪こびとにやらせて、居間のテレビで正月番組を観てげらげら笑っていた。 「おはよう。モチつきやるよ」 アリオがそういって手にした杵を見せた。 モチつきのなんたるかは、昨日、説明しておいたはずだが、マグロは、 「その戦槌使って、モチっていうのを狩ればいいのー?」 「狩る……のとはちょっと違うかな」 「貸して!」 ぴょん、と庭へ飛び出し、杵を受け取って、ぶんぶんと素振りしてみせる。 「ん~……僕にはちょっと、軽すぎるかなぁ。鋼鉄製のやつ欲しいなー」 さすがに鋼鉄の杵はない。 そうこうしているうちにもち米が炊きあがったので、モチつきのはじまりだ。 「うっし、やるか!」 本番になるとようやくヤル気を出したティーロが腕をまくって、配置につく。 まずはマグロが搗き役だ。 「いっくよ~」 すこしさがって、助走に入るマグロ。 「せぇいっ!」 渾身のちからで振り下ろした杵がもち米にヒット……! はげしい雪煙が高々とあがった。 「!?」 「ウヒョォ! スゲーぜ! これがもちつきか!」 ティーロが大声で笑った。 「やったー! やっつけたよー☆」 「あ~」 臼は文字通りこっぱみじん。 庭には衝撃でできたクレーターが穿たれており、その中で、マグロがうれしそうにぴょんぴょんはね、ティーロが大笑いしていた。 このあと、ただならぬ音を聞きつけてご近所さんが集まってきてしまい、アリオがいろいろ取り繕ったあと、ティーロの魔法でもろもろ元に戻して、モチつきを本来のかたちで再開、つきたてのモチ入り雑煮に3人がありつくまでは、それ相応の時間を要することとなるのだった。 (了)
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