年越し特別便が出ると言うことで、ターミナルはいつにも増して賑わっている。 行き交う人々の間で見かけたアリッサは、ウィリアムに抱きかかえられながら列車へ飛び乗っていった。 間一髪、彼女が間に合ったロストレイルが、ヴォロスへ向けて出発する。 それを見届け、自分の手元に視線を落とし、ブルーインブルー行きのチケットに刻印された発車時刻を確認した。 もう間もなくだ。 もう間もなく、自分の番が来る。 自然、頬が緩んでいく。 特別便の運行が発表されてすぐ、世界図書館のホールで耳にした《話》を改めて思い出す。 無限の海洋ブルーインブルー――その、とある地区で密かに伝わる噂だ。 ジャンクヘブンの近海に浮かぶ孤島のひとつに、長い年月を潮風と海水に晒され、いまも延々と崩壊を続けている《城》がある。 壁も天井も扉も至る所が崩れ落ち、シャンデリアは砕け、燭台に灯る光もなく、辺りに響くのはわずかな隙間から入り込む海水の音のみ。 歩けばきっと、足音の代わりに、水飛沫が跳ねるだろう。 しかし、そんな廃墟でありながら、一年の内たった一日、たった数分だけ、光のはしごが降りてきて翼を広げた天使が舞い降りるのだという。 壱番世界で言う《初日の出》を拝む時間帯にだけ現れるその《奇跡の光景》を目にした者は、願いが叶うとも聞いた。 ターミナルに、発車のベルが鳴り響く。 朽ちて水没した古城の遺跡の一体どこに《天使》は降りるのか。 そもそも、《天使》とはなんであるのか。 探索の楽しさと、叶えてもらうべき《願い》に想いを馳せながら、自分が乗るべき列車へと向かう――●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「天使と呼ばれる存在とは、はたして如何な姿で現れたもうモノなのか」 自身もまた背に一対の翼を持ちながら、黒のテールコートを羽織った麗人オペラ=E・レアードは、廃墟の中をゆるやかに飛行する。 途中で崩れ落ちてしまった階段、手すりのないバルコニー、砕け散ったシャンデリア、ぽっかりと床の抜けたダンスホールと、目に映るものすべてが、まるで朽ちた絵画の世界だ。 天使の手掛かりを求めて流れていく視線が、そこでふと惹きつけられる。 それは、色褪せた絵画で四方を装飾した大広間、その上部にバルコニーと共に取り付けられたパイプオルガンだった。 朽ちた手すり越しにそっと近づき、触れて、その指へと馴染む感触に知らず親愛の情がわく。 カタチの良い唇がひそやかに聖歌を紡ぎ出した。 それは、天使へ捧げるための歌。 「天国への階段、天使の梯子……そんな言葉なら、聞いたことがあるけれど」 夕篠真千流の抱く刀袋に、水面の揺らぎがひんやりと映りこむ。まるで懐中電灯の明かりが生きているかのようだ。 水に浸食された城は、ロングギャラリーを歩く彼女の足先をも浸していく。 「このお城がキレイだった頃にも、天使は降りてくれたのかしら」 ふと風を感じて見上げれば、遺跡の一部が崩れて僅かに空が覗いている。そこから、渡り鳥を観測することもできそうだ。 昇り龍に例えられるコウモリがいるのなら、天使に例えられる鳥の群れがいてもおかしくはない気がした。 「あ、ソレって結構重要なポイントかもですぅ。ブルーインブルーの気象条件が壱番世界と同じかどうかは分かんないですけどぉ、年に一度だけっていうのがすんごい気になるっていうか」 隣を歩く川原撫子は、その外見からは想像が付かないほどに容易く瓦礫を脇へ避け、歪んだ重い鉄の扉を押し開き、自ら道を切り開いていく。 彼女は推理する。 最も現実的で最も可能性の高い《天使》との邂逅手段を、ロジックでもって構築し、その証明を求めて視線を巡らせ、ある物を探し続ける。 その胸に、かつてブルーインブルーに故郷を作り、そうして矜持をもって果てた旅団の男の姿を思い浮かべながら。 「ここは本当に鏡や絵画も多いし……お城でありながら教会みたいな場所だったりするかなぁとか……と、うふふ、いいものみっけ!」 不意に撫子が屈み込み、水中から何かを拾い上げた。 「ガラス?」 真千流の目の前に掲げて見せてくれた彼女の手には、気泡と歪みが強い色ガラスの欠片があった。 「これがここにあるってことはぁ、こっちで正解かも」 彼女の瞳に確信の光が宿る。 廃墟と化したこの城は、虚ろであるが故に冷ややかさを内に抱いているのだろうか。 「……ここは、寒いわ」 漆黒のドレスをまとった東野楽園は、そっと、オウルフォームの毒姫を抱きしめる。 その視線は、子供部屋から書斎へと続く薄闇の通路をさまよい、空虚な《想い》を映していた。 「ねえ、毒姫……寒いのは、ここ? それとも、私の心? ……もう、分からないの、なにも分からないわ」 そこへ描くのは、ただひとり。 自分を置いて行ってしまった、愛おしい人。 神も天使も見たことはない。 けれど、もしいるのなら叶えてと、胸を掻き毟るほどに狂おしく祈り続けたことならばある。 なんでもするから《返して》と叫んだけれど、一度たりとも神はその声に耳を傾けたりはしなかった。 「……どうして、大切なモノはすべて、この手をすり抜けて行ってしまうのかしら」 水音が響く廃墟の無機質な壁に、指を這わせた。 ここではかつて何が護られていたのだろう。 いや、護るために作られたはずのこの城も、結局はすべてを奪われ、今に至るのだろうけれど。 冷たい石壁に想い人の無骨な指と不器用な佇まいを思い出し、そっと首を振って払う。 まるでそれを待っていたかのように、トラベラーズノートが撫子のメッセージを伝えてきた。 ぴちゃん… ぴちゃん、ぱしゃん…… 遠く近く薄闇の世界に水音が響く中、4つの影が、何処からか射し込む僅かな光を受けて冷たい石の壁を伝っていく。 「たぶんこの下に正解の場所があると思うんですよぅ」 うふふ、と笑いながら先頭を行く撫子に、低空飛行のオペラが寄り添い、真千流、楽園が後に続く。 延々と深みに向けて降りていく様は、まるで胎内回帰のよう……そう呟いたのは誰だったのか。 しかし、永遠に続くと思われた螺旋階段は、途中で階下に導く役目を放棄していた。 ふつりと途切れた、天使に至る道。 だが、その先に目指すべきモノがある。 「……手を」 オペラの差し出された救いに、自身のそれを重ねて、彼女たちは求めた地へと降り立った。 そこは、時の流れに取り残された玉座の間―― 「……まるで、神の座でありながら祈りの場であるかのよう」 オペラはどこか不思議な面持ちで、そっと周囲を見渡した。 広がるのは、目眩がするほどに高く突き抜けた天井。 一面を埋めるのは、神話世界をモチーフにしているのだろう壁画たち。 左右等間隔に立ち並ぶ円柱はどれも途中で砕け折れてはいるが、床に転がる残骸のあちらこちらに幻想生物とおぼしき豪奢な彫刻が見て取れた。 割れたステンドグラスや方々に散らばる鏡や瓦礫、引き裂かれた垂れ幕も、過去には威厳を示す優美な姿を見せていたはずだ。 「……でも今はもう、くすんで色褪せた《玉座》がひとつきり……神様の娯楽に付き合わされ、捨てられたのだわ」 「ひとりきり、ここで天使を待っているのかもしれないわ」 楽園の言葉に、真千流はそっと視線を伏せた。 誰も座ることがなく、誰も傍に寄ることすら叶わない。 玉座の周りの床のことごとくが奈落へ通じる口を開け、瓦礫を侍らし、天井から滴る水に浸されている。 「さ、そろそろ時間かな? 一瞬かもしれないし、見逃さないようにしないとね」 自身の時計を確認し、撫子が天井を振り仰ぐ。 つられ、三つの視線が彼女の声を追って動いた。 そして―― 光の筋が何処からともなく差し込んできたかと思ったその時、彼女たちは目の当たりにする。 神々しく輝く、鋭利な光輪。 波打ちひるがえる、純白の翼。 両手を広げ浮かび上がる、光と影で織りなす《天使》の姿―― 朽ちた古城は、朽ちてゆくが故に、あるはずの場所にある物がなくなり、ないはずの場所にあるはずのないモノを生み出した。 そうして。 そう、そうして、気が遠くなるほどの時を経て、ただこの瞬間にしか存在しえない奇跡の光景を現前せしめたのだ。 誰もが言葉を失い。 ただ、その胸に秘めたる想いを、光の天使へと捧ぐ。 今もなお待たせ続けているあるじの元へ、一刻も早く帰還し、彼を安心させられるように。 元の世界に帰りたいとは言わない、ソレを考えるのは怖い。だから今は、出会えた人たちとこれからもう少し仲良くできるように。 異世界を作り上げるというあの旅団の男に追いついて、一発ぶん殴ることができるように。そして世界樹を切り倒して、みんな世界図書館の仲間にしちゃえばいい。 もう一度、もう一度だけあの人に会わせて。この手が届きますように。そうしたら、自分であの人に終止符をうつのだから。 ただひとりを、あるいは誰かへと想いを傾ける彼女たちの頭上で、天使はやわらかな光を注ぎ、そして、陽の移ろいとともに姿を消していく。 捧げられた願いは、そうして、成就の時を待つ――
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