年越し特別便――ロストメモリーである世界司書も自由に0世界外へ出ることが出来るその日、ツギメ・シュタインはヴォロス行きのチケットを握っていた。「ああ……お前達も同じ行き先か」 足を向ける先を同じとする者を見つけ、ツギメは口の端に笑みをのせる。 壱番世界と同じように、異世界にも初日の出は存在する。ヴォロスのサントティア西部には数多くの活火山があり、それに伴うかのように温泉が数多と湧き名物のひとつとなっていた。今回はその温泉に浸かりながら初日の出を拝もうというのだ。「初日の出自体、この目で見るのは初めてだが……美しいと聞く。楽しみだ」 やはり楽しみにしているのだろうか、ツギメは普段よりも素直に気持ちを口にした。 目的地は山頂付近に位置する、乳白色の湯が眩しい露天風呂。 普段は野生動物がたまに憩いの場にする程度で、周囲に人の気配はない。手入れもされていないが今回は皆で訪れるためにそれなりの見た目にはなっているそうだ。 詳しい効能や成分は不明だが入った時の気分は最高なのだと、以前仕事でこの地を訪れたロストナンバーは感想を漏らしていたという。「露天風呂か~……。広いのか?」 別の車両へ向かうロゼ・アギシェムがそう訊くと、ツギメは肩を竦めた。「泳げる程度には、な。私は泳ぐ気はないが」「……」 もし泳ぐ気があっても、そんな姿なんて欠片も想像出来ないぞ、と思うロゼであった。 新しい年まであと少し。 それに様々な想いを抱えつつ、ロストナンバー達は見慣れた扉を、ロストメモリー達は未だ見慣れない扉をくぐっていった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
● 以前入った温泉を思い返しつつ石階段を上がったジョブ・チョップは、目に飛び込んできた乳白色のお湯に普段は下がっている口角を少し持ち上げた。 後に続いていた五人もそれぞれ思い思いの表情を浮かべ、早速入浴の準備を整える。 「温泉って、美容に良いっていうわよね。楽しみだわ」 「そうでありますね、きっと美容だけでなく健康にも――……っジ、ジルダ殿!?」 ジルダ・ロッティの声に振り返ったジョブは、彼女がその場で服を脱ごうとしているのを見て文字通り飛び上がった。 ジルダは目を丸くした後、色っぽく笑う。 「あらいやだわ、下に水着を着てきたのよ?」 「ハッ。そ、そうでありましたか。自分はてっきり……」 「てっきり?」 「なッ、何でもありません!!」 引っ繰り返った声を上げ、数歩距離を取るとジョブも着替え始めた。 女性に免疫がないのが丸分かりだが、それを隠す余裕すらないのは言うまでもない。 今回、男性参加者は五人中三人居る。その一人が橘神 繭人である。 「お風呂、大好きだから、嬉しいな……」 ほわほわと幸せそうな表情を浮かべ、繭人は鳴れた手つきでタオルを腰に巻いてゆく。 「ふむ。繭人はこういった風呂に慣れているのか」 「うん、好きだからよく入るよ」 そう言って振り返った繭人は一瞬で真っ赤になった。 視線の先を見て原因を悟ったディーナ・ティモネンがツギメ・シュタインの手を引く。 「ツギメさん、着替えるのは、こっちで」 「そうか。気が急きすぎたようだ。すまない」 簡易個室に入ったところで、ツギメがディーナに訊いた。 「こういった湯に入る時は、どんな恰好をするのが一般的なのだろうか?」 「えーと。タオルか、水着……ツギメさんの、楽な方でいいと思う、けど。何もない、と……男の人が、目のやり場に困る、かも?」 「……先ほどの様子を見る限り、そのようだな。さて、どちらにするか」 そこへ服を脱ぎ、セクシーな黒ビキニ姿になったジルダが顔を覗かせた。要所要所をリングで留めたデザインの水着が目を惹く。 そんなジルダの手にあるのは、同じデザインだが色の真っ白なビキニ。 「これなんか似合うと思うわ。肌の色に映えるわよ?」 「ふむ……」 ツギメはそれを手に取って吟味――する間もなく、二つ返事で借りることにしたのだった。 ブーメランタイプの黒い水着姿になったジャック・ハートは、湯に浸かると温もりに感じ入るように目を瞑った。 しかしその裏で彼がやっているのは、安全確保のための透視と精神感応。もちろん同行者は対象から省いている。 「わあ……」 ジョブは丁度良い湯加減に顔をほころばせた。 そんな彼より一足先に入っていた……浮いていたトラベルギアのダッフィー君を手元に引き寄せ、まだ暗い空を見上げる。 そこへゆらりと漂ってきたのは、お銚子とお猪口がのったお盆。 「温泉で飲むと美味しいって聞いたから」 繭人がお猪口を手に持って笑う。 「ホォ、どこの酒だァ?」 「お酒じゃないよ、りんごジュース」 こくりと一口飲み、ジャックにそう答えながら繭人はほわりと和んだ。 「なンだ、酒じゃネェのか」 「こっちにあるわよ」 湯に浸かりながらジルダが言う。彼女の手には赤々としたワインが握られていた。 隣のディーナもお盆を上げてみせる。 「うふふふ。お酒と、おつまみ……いっぱい、持って来た。みんな、も……飲むよね?」 温泉の醍醐味が揃う。 初日の出まで退屈することはなさそうだ。 ● 「あれは……」 縁に置かれたテディベアを見、ツギメが首を傾げる。 花束を持った可愛らしい人形だ。濡れても良いよう袋に入っている。 「この前の礼だよ、アッチはナ」 「わ、私にか」 「決まってンだろ? あとは……」 荷物を手繰り寄せ、ジャックは中身を一気にツギメに向かって放り投げた。 ばらばらと散らばって落ちたのは多種多様なぬいぐるみ達。 「遊んでろヨ、コイツらでナ」 「……!? 不思議なものだ、色が変わるのか」 そう、しかも湯に浸かると色の変化する変り種だ。 手に持ったままディーナ達に見せに行くツギメを見届け、ジャックはまた目を閉じた。 自在に動く髪の毛でワインを注いでいたジルダは、仄かに赤い顔でディーナに訊いた。 「貴女は温泉は初めて?」 「初めて、だよ。初日の出、も……わざわざ見に来たのは、初めて」 「初めてづくしね。……理由、聞いてもいいかしら?」 「う~んと、ね。私が青と認識している色、は……多分、他の人が青と認識している色と、違って見えてる、と思う。でも、ね……青を選べ、と言われたら。私も他の人、も……同じ色を選ぶ。選べる、はず」 言葉を選びながらディーナはジルダに言う。 「同じ色に、見えなくても……ただ目が痛いだけ、でも。共有できるもの、あるかもしれない。感動、出来るかもしれない。だから、来たの。私、多分……知りたがり、なの」 ジルダはどこか優しげに笑う。 「知りたがりなのは良いことだわ。初日の出、一緒に見ましょうね」 ディーナは目を見開いた後、嬉しそうに頷いた。 「――幸せだなあ」 温かい湯に肩まで浸かり、繭人はぽつりと呟いた。 他の言葉で飾らないそれはじわりと胸に沁み込み、本当に自分が幸せだと自覚して嬉しさと同時に少し気恥ずかしさを感じる。 湯の中にぶくぶくと沈みつつ、繭人は心の中で同居人二人に対して礼を言った。 (ありがとう、あなたたちがいてくれるから、俺は生きられるよ) その言葉もまた、湯のような温かさで胸の中に広がっていった。 酔えば一度は出るのが色恋の話。 ジャックはもう何杯目かも分からない酒を呷りながら言った。 「俺はヴァネッサとツギメは同じくらい好きだぜェ? ツギメはターミナル一美人で真面目で可愛いし、ヴァネッサは優しくて面白ェ。どっちも構いたくなる佳い女ろうがヨ?」 「……言われ慣れない単語が聞こえた気がした」 顔を半分湯につけたツギメをにやにやと見つつ、ジャックは片眉を上げて笑った。 きっと色恋とは方向性の異なる話なのだろう。だが予想通りの反応が楽しい。 「い、色恋でありますか」 もじもじとしているのはジョブ。何だか全員の中で一番赤くなっているような気がするのは気のせいだろうか。 繭人に話を振られ、更に真っ赤になるのはこの直後のことである。 「あのね。耳……触らせてもらったら……駄目?」 「耳? ああ、そんなに面白いものではないだろうが、良いぞ」 首を傾げたディーナにツギメは頷く。 「可愛くて、フカフカだったから……興味、あったの。こういうの、壱番世界、だと……裸のおつきあいって、言うんだって。親しい人と、するもので……少しの我が儘なら、許して貰えるって、聞いたの。ごめん……嫌、だった?」 「そんなことはないさ。それに裸のお付き合いか……良い情報を貰った」 ほんの少し笑い、耳を撫でられながらツギメはディーナの頭に手をのせた。 ● 「あっ!」 地平線に一筋の光が見えた。 初めに気が付いたジョブが嬉しげな声を漏らす。 光はゆっくりと広がってゆき、森林を照らして緑色を際立たせる。 「そろそろだ」 いつの間にか眠ってしまっていたディーナを揺り起こす。 雲の形がはっきりと分かるようになり、ゆっくりと、しかし確実に朝日が――今年初の朝日が姿を現した。 温泉の温もりを感じながら初日の出を眺め、誰からともなく口にする。 「今年も宜しく」 ……と、着飾らない言葉を。
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