インヤンガイの空は暗色で覆われている。夜だ。日頃ならば住人の誰ひとりとして見上げることのない空は、下卑た明かりを放つ派手な電飾で飾られた看板に照らされ、昼夜の差異をさほど大きくは感じさせない。 けれど、今日この日は少しばかり話も違うようだ。空には打ち上げられた大きな花火がいくつも花を咲かせている。新年の到来を祝う習慣はこの街にも存在しているようだ。空をいくつもの大きな花が彩る、その下では、爆竹を鳴らす者、練り歩く獅子舞を楽しむ者、様々な人間たちがひしめきあい街を賑わせていた。 決して広くはない路地の上にところ狭しと並んだ屋台は路地をさらに狭め、ぎゅうぎゅうに押し合い歩く者たちは、けれど窮屈さなどさほど気にしてもいないようで、おもいおもいに手にした食べ物を楽しんでいる。 この日にインヤンガイを訪れた四人もまた路地の中にいた。やたらと注目を浴びているような気がするのは、彼らがなぜか身につけている着ぐるみのせいだろうか。それとも彼らが手にしている“珍味”のせいだろうか。珍味、といえば響きもいいような気もするが。 ――おや、インヤンガイに行かれるんで? ヒョットコの面をかぶった男はそう口をひらいた。インヤンガイに足を向けることになった四人が、ターミナルでたまたま鉢合わせしただけだったが。 ――新年を祝いに? へえ、そいつァ楽しそうでやんすね、お気をつけて行ってらっしゃい 面の下、男はそう言いながら小さな笑みをこぼしていた、と、後に四人全員が口を合わせて言った。気にはなったんだ、と。 ――知っていやすかい? あの街じゃァ、新年を祝うにゃあ、こういった装束で、こういった食を食べ歩くのが“粋”ってもんらしいですぜ。 そう言って、男はなぜか手にしていた風呂敷包みを四人それぞれに手渡した。それからなにやらつらつらと何かをしたためた紙を一枚。「どうせ行かれるんでしたら、粋ってもんを楽しんでおいでなさいや、ねえ」 面の下、男はそう言って再び低く笑っていた、と、後に四人全員が以下略●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
いつもはどこか湿った粘りつくような空気が満ち、うろんな目をした住人たちが点在しているのみといった印象の色濃い街も、新年を祝う日ともあればまったく別の顔を見せてくれるようだ。そういえばインヤンガイは食の街としても知られ、美食から珍味あらゆる料理を楽しむことができる場でもある。そんなことを今さらのように思い出しながら、那智はターミナルで会った男から受け取った紙に目を落としていた。 数歩ぶん離れた先を歩いているのは鵤木 禅とかいう男だ。那智からすれば年齢もずいぶんと若く、そこかしこですれ違う女に挨拶をかけるような流れで声をかけていくさまは、そもそも他者にあまり関心を寄せることも少ない自分とは真逆な、異質なタイプの人間だと思う。しかし両者には不思議な共通性があり、那智はそれを楽しんでいた。 禅が振り向き口をひらく。 「俺らのこのかっこう、めちゃめちゃ注目浴びてんだけど」 禅の頬の鱗のタトゥーは路上で軒を広げていた男が施してくれたものだ。比較的に短時間で終わったものであり、数日もすれば消えてなくなる仕様だとはいえ、その腕の見事さは禅はむろんのこと、横で見ていた那智も感嘆の息をもらしてしまったほどだった。けれど共通しているのはタトゥーではない。ターミナルで出会ったあの男がよこした風呂敷つつみの中にあった装束だ。 移動する列車内でそれぞれに着替えたふたりは、互いの姿を互いで視認した後、ほぼ同じタイミングで頬を歪めあげたのだった。 那智が身につけているものといえば龍を模した着ぐるみだったし、禅が着ているものも同様にドラゴンを模したデザインが施されていた。むろんそれぞれにタイプやデザインこそ違うものの、テーマとしては共通したものとなっている。もっとも、禅のそれは禅の鍛え上げられた見事な体躯の魅力を周囲に知らしめるのに充分なデザイン――腹部や上腕、肩。脱いだらすごい細マッチョであるところの肉体の要所要所を惜しげもなく披露しているのだ。その上に膝上までの鱗ブーツ、爪と鱗のある肘まで届く長い手袋。とどめに龍の角を模したカチューシャと、首元には金の飾りまで取り揃え、インヤンガイの街を行く人々の視線はむしろ禅の奇抜な衣装に寄せられているようだった。 むろん、那智も、肌の露出こそ目立たないものの、そのまま壱番世界のどこぞの大きな祭りになだれこめそうな勢いの着ぐるみなのだ。好奇な視線はまぎれもなく那智にも向けられてはいるのだが、那智はいまいち自覚していないようだ。というよりも興味がないのかもしれない。ただ三日月のかたちで固定され、一見笑顔を浮かべているだけのようにも思えるその表情の下、那智が何を考え、時おり値踏みするような視線をそこかしこに向けているのか。その理由はさだかではない。 大仰しい動きで振り向き那智の目を見据えた禅は、那智がわずかに首をかしげ「どうしました?」と口を開けたのを確かめると、路面に並ぶ屋台のいくつかを次々と指差した。 「とりあえずこの紙にある指示通りに買い食いしてみようぜ」 言われ、那智も禅の手の中にある紙に目を落とす。小ワニの串焼き、豚の頭の丸焼き。サソリの串焼きなどはまだ定番といったところだろうか。ワニなどはまるでマンガ肉のような様相だ。頭とシッポを持って腹を食うのだという。 「おいおい、この豚の目。こっちガン見しすぎだろ」 「この口も、何か言いたげだね」 大皿の上の豚の頭の目を覗き返しつつ禅が言えば、那智はやはり相変わらず笑みを貼り付けた表情のままで含んだような笑みをこぼす。 「私のいた世界にも、これに似た料理を出す場所がったよ。チラガーとかいうものだったような気がするな」 実際に食したことはない。確か地元の人間もドン引きするレベルの品だとか聞いたことがあるような。 禅は那智の説明を耳にして、「チラガーってんのか。でもこれチラ見っていうよりはガン見だろ」などと言いながら、おもむろに豚の耳に食らいつく。本来どうやって食べるものなのかはさておき、周囲からわずかにのぼった「おお~」という声は感嘆を意味するのか、それとも違うのか。 那智はチラガー(仮名)を大胆に食らう禅を横目に、サソリの串焼きを一口かじってみた。サソリの形がありありと残っているそれの味はまったくの未知だったが、食してみると案外とイケるような気がして二口目を口に運んだ。そうしながらも視線を周辺に移ろわせ、あたりの屋台やそこに並ぶ品々、群がる人々。そういったものをくまなく検めていく。むろん、表情はやはり笑顔のままだ。 チラガーを豪快に食している禅には必然的に多くの視線が寄せられた。それは禅と那智が着ている衣装の奇抜さや、手にしている品々がいずれもゲテモノばかりであることへの好奇であったのだろうが、禅としてはまったく悪い気がしない。むしろ細マッチョなボディをもっと愛でてほしい、そして賞賛してほしい。そんなことも考えたりしながら、目についた女という女のすべてに声をかけていく。たまに女の連れがキレて立ち向かってきたりもしたが、禅はなんということもなくこれをあっさりと打ち負かしていた。 「ところで、禅くん」 はりつけた笑みをさらに色濃い笑顔へと変えて、 那智ば数本の串を禅に差し向ける。 「珍しかったから買ってみたんだ。食べなよ」 眼鏡の奥の双眸は笑っているけど笑っていない。 オオサンショウウオ串、ザリガニ串、カエル串、バッタやクワガタやそんな感じの昆虫を焼き鳥のように詰めて串にさして焼いただけっぽい見目のもの。 「それどこで売ってたんだ? オオサンショウウオとかマジでグロいな!」 君は食べたのか? 訊ねる禅に那智はもちろんと即答する。疑いもせず、禅は押し付けられるように差し伸べられた串を器用に持って、端から躊躇なく口に運んだ。時どき禅の表情が歪むたび、那智はわずかに目を光らせて片頬を吊り上げ笑みを浮かべた。が、那智のその表情に禅は気付くこともない。 「禅くん、向こうにあるあの屋台のもよさげじゃないか? ほら、売り子のお姉さんもすごく魅力的だしね」 「マジで!? どれどれ!? おおおおおお!」 示された屋台にはさらなるグロメニューが並んでいる。 まっすぐに走っていく禅の背中を見つめつつ、那智は眼鏡のふちを押し上げた。 「さて。私はお土産でも探しにいこうかな」 言って、サソリの残りを一息に食べつくす。 「どうやら食べられるものではあるようだし、助手くんへのお土産は彼にあげたものと同じでいいかな。はっはっは!」 愉しげに笑いながら禅の後をゆるゆると追いかけた。 離れた場所で、禅の絶叫が響いているような気もするが、その理由はさだかではない。
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