世界樹旅団の出城のひとつで、リシー軍曹は倉庫の片付けを行っていた。 大掃除とばかりに張り切ってはじめたものの、気付けば珍しい品々に興味はほとんど奪われている。 箱に張り付けられた【超危険! ハードゲーマー向け】という付箋紙をぺりっと剥がすと、リシー・ハットの顔に埃がかかった。 慌てて手をぱたぱたと揺らして払いのけると、木製の板はぎぎぎっときしんだ音をたてて開き、60cm角ほどの大きな正方形の盤となる。 右下のスタート地点から中央のゴール地点まで、数十のマスが並んでおり、サイコロがゴールと書かれた大きなマスに鎮座していた。 リシーはサイコロを拾い上げつつ、古めかしい木板に目を滑らせる。 木板に書かれた文字はリシーの知らない異世界のもの。 当然、素養がなければ読めたものではない。「読めないわね。……マジカル☆リーディング!」 彼女は小さくつぶやき、指先で空間に印を描くと、木板はゆっくりと身震いした。「さあ、あなたの事を聞かせて」『始まりがあれば終わりがある』 木板は重々しくこの場限りの声を発する。『百の夜と百の昼を遡ること百回、語り継がれた伝説の……ざざっ、ザzzz』「ああ、古すぎて記憶も薄れたのかしら」 リシーはぱんぱんと木板をたたく。 ボードのサイコロを拾い上げ指先でもてあそぶ。『zzzz……、勇者は自分の手番にサイコロをふり、出た数だけマス目に沿って進む。書かれた古文書の試練を乗り越え、何度も進むのだ。命果てるか、栄光の階段を登りつめるまで』「ふーん」 要するに双六ということだろう。 古めかしい盤を見るに相当の年代物であり、そこから感じる残存魔力は、なんらかの魔法の品だということがわかる。 つまり、なかなか危険なもの。ということだ。 少なくとも、今、掃除という任務を持つリシー・ハットが相手にするものではない。 がちゃ、と扉があく。 同じセリンボン小隊に所属するメイベルがこちらを見て笑顔を向けた。「あ、リシーさん」「メイベル伍長、持ち場の掃除は終わりましたか?」「あのぅ、雑巾はどこに……あ、それ、双六ですか?」 リシーの背にある木盤を目ざとく見つけ、メイベルが一気に詰めよる。「あ。これは危険なものですから……」 行く手を阻むべく横に伸ばした手。 勢いを止められず、その手にぶつかった肩。 衝撃で開かれた手。握られていた賽。 転がる音。「……あ」 それから数時間、リシーハットとメイベルは様々な世界を旅することとなった。 マスを移動すると、見た事もない場所に飛ばされ、どこからともなく聞こえてくる声でルールが説明される。 クエストよろしくこなすと、サイコロが現れ、次のマスを目指す。 ――飛行機に乗り、鈴を集めた。 ――氷室の地下に閉じ込められ、氷を砕きながら地上を目指した。 ――鳥居の下でちくわを拾った。たまに鉄アレイが飛んできた。 ――大きな風船で空を飛びながら、風船を割ろうとする鳥から逃げた。 ――バイクにのって何度も何度もジャンプした。 ひとつクリアする度に、リシーの掌にサイコロが出現する。 それを振ると、目の前に木盤がホログラフのように表示され、自分達を表す駒がサイコロの出目だけ進むのだ。「リシーさん! 5ですよ。5!」「分かっています」 十数個の試練を乗り越え、今や二人は満身創痍だった。 だが、努力の甲斐もあり、あと5つでゴールにたどり着く。 リシーは掌のサイコロに念を送る。 魔法ではない。何度も試したが魔法の類がこのサイコロに効かないことは実証済みだ。「ていっ!」 気合と共にサイコロが転がる。 出た目は「4」 次の瞬間、リシーとメイベルは空間を転移する。 最初に見えたのは猛吹雪だった。 視界は白く濁り、見渡すことができない。『宿敵の名を告げよ。宿敵と戦い、勝利せよ』 リシーとメイベルにとっては既にお馴染みとなったナレーションが脳に直接響く。 升目を進み、世界を転移するたびに、この声がミッションを告げるのだ。「宿敵?」「リシーさん。宿敵って何でしょう。あ、シルバー・パール隊長とか?」「そこでいきなり上司の悪口が出てくるのは感心しませんよ、メイベル伍長。そうね、今の敵と言えばやっぱり世界図書館とか」 壱番世界の神社だった。 ――さきほどまでは。 たっぷりの出店と催し物に囲まれていた。 ――そのはずだった。 謎の光がロストナンバーを包む。 気付いた時、その視界は真っ白だった。 同時にものすごい寒波が華やかな衣装を超えて皮膚を襲う。 事体を受け入れきれず左右を見渡すが、目に入るブリザードと、目の前の雪が視界を隠す。「え、え、な、なに、なに」 戸惑う声から察するに自分の他にも同じ境遇の人がいるみたいだ。 僅かな安堵とともに、彼らと接触しようと一歩目を踏み出した時、脳裏に低く渋い声が直接叩きつけられた。「な、なになになに!?」『宿敵よ。勇者と対峙し、己が勇者となるがいい。勝てばひとつ進む。負けたら一回休み』「一回休みって何!?」『勝負はカルタ鳥。ここに50羽のカルタ鳥(とり)がいる』 そのアナウンスと共にぽんっとやけにポップな爆発音がした。 もくもくと煙があがる中から、大きなカードが一枚。 そのカードからばさっと白く巨大な羽根がはえた。 四角いカードから羽根がはえてくる。同時に、凄まじい音量の咆哮が響く。「しゃげえええええええええ!!!!! きしゃぁあああああ!!!! あんぎゃぁあああああああ!!!!!」 猛烈な声と共にカルタ鳥とやらの群れが雪原の空に舞い上がった。 大きな一羽。その影に隠れるように小さな羽根の群れが羽ばたく。 吹雪の合間から見えた姿から察するに大きな一羽は大型の猛禽類に近い。 一方、その他の四十九羽は小さく鳩程度だ。『制限時間までに、一匹でも多く捕まえたチームの勝ち。勝負、開始!』「ちょ、ちょっと待って。意味が分からな……」 「 抜 杖 ! 」 不意にリシーが叫ぶ。「マジカル☆オープン!!!」 メイベルが呼応する。 ロストナンバーの戸惑いの声を遮るように、リシーとメイベルが声を揃えて変身する。「あの人達が勝負の内容を把握する前に勝利しますよ!」「はいっ!」 端的な解説で勝負を始める。 理不尽なスタートであり、それだけにここまで試練をくぐりぬけてきた魔法少女大隊精鋭二名の動きは素早かった。 一歩遅れて、ロストナンバーも駆け出す。 世界図書館所属のロスとナンバーもまた、理不尽な事件に咄嗟に対応させられるのは慣れているのだった。============●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「うう、初詣でばっちりお願いするために、おさい銭を一番目立つ所に投げるとこだったのに……」 竜はダウンジャケットを貫く冷気に立ち尽くし、この数分後に訪れる甘酒やお団子との別れに涙する。 彼女の横で、柔和な表情の細谷が同じく空を見上げていた。 彼の声は表情と裏腹に、やや震えている。 「年明け早々に神聖なる御社に穢れを持ち込むなど……。許しがたい行為です」 「オヤシロ? あの、ここ多分、神社じゃなくて……あ」 竜のつっこみが終わる前に、細谷が走り出す。 カルタ鳥が鳴く方角に、つまり、今回の相手である魔法少女大隊のメイベルとリシーがいる方向を目指し、吹雪を物ともせず走る彼の背中を竜は呆然と見送った。 メイベルが氷を踏みしめ全身のバネを活かし、跳躍する。 「一枚目、ゲット!」 やや自意識過剰気味に着地すると、ふにゃっとした感触の地面に降り立った。 地面。もとい、B・Bである。 吹雪の中、立ち尽くしていた彼の後頭部あたりにメイベルが着地したらしい。 当然、バランスを崩した彼の前頭部は大地に触れ、地味な低音が響いた。 「あ、あの、ずしゃってちょっとえげつない音がしたけど、大丈夫?」 「い、いっきなり何を……って、ちょ! ここ、さささっ寒ーっ! 気温的にヤバ……いてぇーっ! 顔マジ痛ーっ!!」 「ご、ごめんなさい」 存外、素直に謝った目の前の魔法少女に毒気を抜かれ、何と応えるべきか迷う。 が、次の瞬間「あ、二枚目、いた!」と叫んだメイベルはBBの頭上を指差した。 反射的に見上げ、手を伸ばすと予想以上にあっさりと手の中に納まる。 激しい抵抗を予想していただけに少し拍子抜けだ。 メイベルに向き直り、彼一流のドヤ顔を見せようとしたところ。 カルタ鳥の群れが。それも。なんか凶暴そうな鳴き声をあげ、攻撃モード全開でB・Bに狙いを定めていた。 「あっそれマズ…! ちょっ?! ちょい待ち! 待ってぇーっ!」 氷山の陰にリシーを発見し、竜はこの後の対応を思案する。 と、不意に肩を叩かれて見上げると、擬人化した兎の如きツーリスト、ブランが鼻をふくふくと動かしていた。 「ここは我輩に任せておけ」 「ブランさん。来てたんですね」 「我輩も初詣をと思っていたのだがご覧の有様だ」 ブランが大きく手を広げたが、見て分かる事と言えば彼の毛皮がここでは保護色になる事くらいだ。 彼は正々堂々とリシーの前に現れ、名乗りを上げる。 「……旅団の者よ。恨みはないが、我輩が相手を……」 「まじかる・ぶりざーどっ!」 リシーの放った魔法の白光がブランを包み、雪だるまのようになったウサギはぱたりと倒れる。 「ブランさん! ……皆さんがせっかく新しい一年を気持ちよく過ごそうって言うのに、それを台無しにするなんて許せません! ついでに彼のカタキは私が取りますよーっ!」 「なんですか、私だってこんなゲームしたくないものっ」 「問答無用。チャイ=ブレにかわって、おしおきです!」 竜がパスから剣型のトラベルギア、その名も「フレイムたん」である。 極寒の地に似つかわしくない火柱をあげ、きっとリシーを睨みつけた。 「あまざけー! 飲みたかったぁぁぁ!!」 猛烈な恨みと共に、剣が振り下ろされた。 すっと差し出された腕。正確にはその腕に忍ばせたトンファーがフレイムたんの衝撃を受け止める。 同時に巻き起こる火柱は風でレジストをしかける。 「くっ、ああもう、魔力そんなに残ってないのにっ!」 「おだんごー!!!!」 「し、しつこ……いっ!」 鍔迫り合いのまま、リシーは竜の腹部を蹴り上げる。 竜が怯んだ姿を見て取り、彼女は後ろに数歩跳んだ。 そのまま、全力で走って逃げ出す。 「ああ、待ってください。まだ、ワタアメの恨みがっ!!!」 すかさず、竜がその姿を追いかけた。 「作ったヤツはゲーム本編よりも罰ゲームに燃えるタイプだったんだよ、きっと!」 B・Bが軽口を叩くが、細谷から返事はない。 意図的に無視しているわけではなく、何らかの術を用いていて、その集中故に返答まで気が回っていないようだ。 「んー。なぁ、おっさん。さっきから何の術かけてんの?」 質問に対する返事はなし。 「ここ、南極とかいう? ……あれ?」 振り返り、細谷の肩越しに獣の姿が見える。 白い毛皮に覆われた熊である。あらぶっている所を見ると空腹なのだろう。 「白い熊? ホッキョクグマーっ!! おい、おっさん、早く逃げろ!」 ようやく、細谷が瞳を開く。 同時に彼の腰の刀が鞘ごと取り外された。 目にも留まらぬ一瞬に動きで、熊の鳩尾に鞘が深々と差し込まれる。 時間にして、わずかコンマ五秒ほど。 「すげ!?」 「ここは神域ですので血の穢れも死の穢れも相応しくありません。鞘打ちで昏倒させたのみでございます」 「……鳩尾に鞘つきこんで昏倒? ……うげ、えげつねぇな」 「それよりも」 細谷の瞳がすぅっと細くなる。 「罰当たりなお嬢様方にお仕置きをせねばなりません。そろそろ呪の効果も出ることでございましょう。追いますよ」 「ぉ、ぉぅ」 メイベルの全身が白く凍り付いていた。 自分の腕で自分の肩を抱き、がくがくと震えている彼女を見て、リシーは思わず立ちすくむ。 メイベルの方はようやく知った顔に出会い、安堵と共に涙をこぼす。 「ふわぁぁぁん、リシーさぁぁぁん!」 「どうしたの……。こほん、どうしたんですか、メイベルさん。……うわ」 「カルタ鳥を追いかけて飛んだら、一番高い所でいきなり魔力が切れて、落ちる所でカルタ鳥に啄ばまれて、氷の上に落ちたと思ったら上から雪崩が! ようやく出たら雪にとりもちが混じってたみたいで髪にべとべとついて落ちないし、ようやく捕まえたカルタ鳥は見てみたら『ハズレ』って書いてあって、なんかそのカルタ鳥に鼻で笑われるし、ずーっと後ろからひたひた……ひたひた……って尾行てくる足音がするのに振り返ったら誰もいないしで!」 メイベル渾身の絶叫を耳にして、細谷は眼鏡を位置を直す。 「お泣きになられる程度ですか。手加減しすぎましたね」 「手加減て、あんた……、鬼だろ」 B・Bはごくりと唾を飲んだ。 『競技時間、終了』 開始時と同じく、前フリも事前予告もなく、唐突に空を覆わんばかりの大声が響く。 「ほ、ほとんど取れなかった」 メイベルが手持ちのカードを見て呟いた。 だが、それは世界図書館の三人も同じである。 基本的に妨害行動に終始した結果、カルタ鳥のほとんどは未だに空を舞っていた。 『敗者!』 メイベルとリシーの頭上にどこから現れたのか、くす玉が現れ、割れた。 「残念でした!」と書かれた垂れ幕が下がる 「やった。勝ちましたよ!」 竜がB・Bと細谷の肩に手をおいて、きゃっきゃと飛び跳ねる。 やがて、メイベルとリシーの姿が掻き消えた。 が、自分達の身の振り方については説明がない。 「……で。これ迎えに来るまでどーやって耐える訳?」 B・Bが呟くと、細谷が手を伸ばした。 「いつのまにやら、私の手の中にサイコロがございましたが」 『勝者よ。新たな勇者よ。では、サイコロを振り、己が道を進めるが良い』 「……ふむ?」 どういう事か頭が処理しきれていないうちに、細谷は手の中のサイコロを地面に落とした。 出た数字は6。 盤面の駒はひとつ進んでゴール地点へと辿りつく。 そして。 駒は2、3、4と、元来た道を戻り始めた。
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