「年越し特別便? ああ、もうそんな時期か」 世界司書、モリーオ・ノルドは言った。「そうだねえ。せっかくだからどこかへは行こうと思うけれど。……またブルーインブルーにでも行ってみるかな。このまえの慰安旅行で行って、多少、慣れた場所だから」 そんな話をしたのが、すこし前のこと。 そして、いよいよ特別便が運行される段になって、果たして、モリーオの手にはブルーインブルー行きのチケットがあった。「初日の出、というそうだよ」 彼は語った。「壱番世界の習慣だけど、いくつかの世界でも、やはり、暦が改まるときの日の出は特別なものと考えられている。……ブルーインブルーといえば? そう、海だね。見渡すかぎりの水平線から昇ってくる初日の出は、きっと美しいと思うよ。どうだい、一緒に見に行くかい?」 水平線から昇る太陽を見よう、という計画にあたって、モリーオが思い出したのは、ジャンクヘヴン近海の、ある海上都市の廃墟のことだ。地盤沈下のために都市の大半が海に呑まれ、すでに住民は去った無人の街。そこからなら、誰にも邪魔されることはないだろう。 夜のうちに上陸し、都市の東端で日の出を待つ。 いくら温暖なブルーインブルーでも夜は冷えるから、ジャンクヘヴンで食材を買って行って、焚き火で料理でもしようとモリーオは提案した。 やがて、水平線から新年の朝がやってくる。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「私の故国では八百万神信仰が盛んだった――」 ロストレイル車中。 語るのは雪・ウーヴェイル・サツキガハラだ。 「中でも太陽神といえば花形だったから、初日の出参拝は新しい年を始めるうえでも大切な行事だった。中央大陸の連中はそうでもなくて、私が初日の出をありがたがっていたら珍獣を見る目をしていたけどな」 「年は巡り、日は沈んで、また昇る。それは当然のことわりだ」 うっそりと、玖郎が述べた。 言外に、そうではない世界――0世界への辟易とした気持ちをにじませる。彼がモリーオの旅行に同行したのは、あの停滞した世界から抜け出したかったからに他ならない。 「……どうかした?」 雪たちの話に耳を傾けていたティリクティアが、ふと、隣の南雲マリアへと視線を移し、微笑みかけた。 「ううん。ただちょっと……場違いだったかも、って」 「何が?」 「海と初日の出は会うけど晴れ着が……」 「どうして? とっても素敵よ。リリイさんの仕立てなんでしょう?」 マリアは淡い桃色の振袖だ。 大輪の花柄は、若い娘でなければ着こなせないあでやかさである。 「そうかな」 言われて、マリアは後悔しかかった心を持ち直した。そうすると、旅のはじまりに感じたわくわくが戻ってくる。大晦日の夜、つい夜更かししてしまうせいで、元旦の朝は遅く起きるのに決まっていた。だから、いわゆる初日の出を見るのは、マリアは初めてのことだった。 「おや? モリーオくんじゃないですか!」 さて、そんな一行がブルーインブルーに着いたとき、世界司書に声をかけてきたのは Q・ヤスウィルヴィーネだった。 聞けば、上司の命令で酒を買いにきたのだという。 「初日の出! いいですなあ。オレもご一緒しても? お邪魔じゃなければいいんですけどね!」 とか言いつつ、あっという間に一同になじんでしまった。 かくして一人増えて6人になった旅人は、黄昏に染まりつつある海原を、目的の海上都市の廃墟へと、船に揺られてゆくのであった。 * * * 「少々騒がしくなるやもしれぬが、済まぬな。決して脅かしはすまい」 上陸して、まず玖郎がしたことは、鳥たちの住まいがないかと探すことだった。 果たしてそこかしこに、海鳥たちの塒がある。日が落ち、眠りにつこうとしている鳥たちに、玖郎は律儀に仁義を通してゆくのだ。 それから、ふと、海原へと目を移す。 暗くなるまえに仕事を済ませたほうがいいだろう、と、石造りの尖塔の屋根を蹴り、天狗(あまきつね)は宙を翔ける。翼を広げて滑空し、白波泡立つ海面へと向かった。 一方、平らかな建物の屋根のうえを今夜の短い宿営地と決めた一同は、薪を組んで火を起こしている。 「そろそろお湯が沸くけど」 モリーオがティリクティアたちの様子を見る。 巫女姫は、マリアと一緒に懸命に野菜を切っているが、どうにも危なっかしいようだ。 「た、食べられればいいのよね」 「そうよ、どうせ煮ちゃうんだもの!」 マリアに励まされ、どうにか切り終えた不揃いなニンジン、セロリ、タマネギを、火にかけた鍋のなかへ――。ほどなく温かい野菜スープができるだろう。 「へえ、木に刺して焼くんですか!」 「故国の習わしでな。これを食べれば息災だ。邪気を払い、身を守るちからがつくのだ」 雪が持参した餅を、木の枝に刺し、焚き火で炙っているのを、ヤスウィルヴィーネが興味深く観察する。 清められた餅には、霊的なパワーを高めるちからがあるのだという。 「こんなものでよいか」 そこへ玖郎が戻ってきたようだ。 かれは食材の調達には兎か猪でも狩ればいいと思っていたのだが、あいにく、ブルーインブルーで野生動物の住む野山を見つけるのは難しい。やむなく、あまり得手ではない魚獲りに挑んだのだが、得手ではないといいつつ、幾匹かの魚を見事に捕らえてきた。 これも、焚き火で焼かれて今夜の食事に加わる。 いつしか日はとっぷり暮れて、頭上は星の天蓋と化す。 人の気配のない海上の廃墟で、ささやかな晩餐が催される。 ヤスウィルヴィーネは機嫌よく、マリアとティリクティアにスープをよそってやり、上司に言われた買ったはずの酒を、「すこしなら平気ですよね?」と、自分の盃に注ぐのだった。 「生のほうが美味いのか?」 「命をもらうのにいちいち細工をするのは面倒なことだ。……もっとも、ヒトとはそういうものだとは心得ている」 玖郎は魚を生のまま食す。雪は驚いたようだが、さまざまな世界からきた数多の種族がいることは理解していた。ティリクティアは、スープのほかに、ジャガイモをアルミホイルで包んで焚き火で焼いたものもつくった。このアルミホイルというものの存在を、ティリクティア自身、ターミナルで知ったものらしい。壱番世界の産物だというそれの中では、ホクホクに火が通ったジャガイモに、溶けたバターが絡んで良い匂いを放っていた。 「どうですか!もう一杯!」 「いや、もう充分」 ヤスウィルヴィーネが雪に酒を注ごうとする。 「……飲み過ぎじゃないの」 モリーオが呆れて笑う。 「あ――」 日の出まではだいぶある……そう思っていたはずが、そうこうしているうちに時間は過ぎてゆき、やがて…… 誰かが気づいたときには、水平線が明るいではないか。 いつしか皆無言で、その方角を見つめていた。 人の済まぬ廃墟である。 かれらが黙れば、聞こえるものは潮騒と、風の音だけだ。 廃墟を吹き抜ける海風の、びょうびょうという鳴き声に、波の砕ける音が混じる。 そしてはるかな空と海のあわいを、さっと白い光が貫いた。 朝陽だ。 「……」 マリアはデジカメを持参していたが、すっかり忘れてしまっていた。 それでも、彼女はこのとき見た光景をずっと忘れることはないだろう。 ゆっくりと、空が明るくなってゆく。漆黒の夜空が、深い藍色を経て、暁の紫へと変じてゆく、それはうつくしいうつろいだった。 雪は静かに頭を垂れ、目を閉じる。 ここはかれの世界ではなく、そこに雪たちのカミはいない。それでもかれは太陽に祈った。故郷に残してきた大切な人たちの幸いを願うのだ。 (必ず帰る。だから、それまで、どうか) ティリクティアもまた、朝陽へと祈りを捧げる。 すっと、なかば無意識に、進みでた。そのまま廃墟の突端から海に落ちるのではないかと、ヤスウィルヴィーネが心配して手を延ばしかけたが、ふしぎと、彼女は寸前でぴたりと止まり、海風を一身に受けてたたずんでいた。朝陽のなかで、彼女の髪と瞳が黄金色に輝くのを、ヤスウィルヴィーネは女神の降臨を目の当たりにした敬虔な信徒のような面持ちで見つめた。 ふいに、鋭い声がした。 玖郎が見上げた空を、早起きの鳥たちが飛んでゆく。 雲がゆっくりと流れる空で、星たちはもはや輝きを失い、穏やかな青空が広がっている。 ブルーインブルーに、新年の朝がきたのだ。 そのあと、雪が、かれの故国でのやり方にのっとって、太陽神へ奉納する舞を披露した。 朝の張り詰めた空気が、いっそう清浄になるかのような、厳かなひとときであった。 「……お茶でも淹れるかい」 モリーオがそう言って、日の出の光景にうたれたように静かだった空気は、ふたたび和やかさを得る。 熱い茶で身体をあたためたあと、旅人たちは野営のあとを片付けて、帰路へとつくのだった。 (了)
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