「そなた、雑煮というものを知っておるか? アリオの国では正月には餅と雑煮を食べるらしいの」 そう言って甘露丸は周囲を見渡した。 年越し特別便の行き場所を計画しているロストナンバー達は、各地の名物を、あるいは観光名所を懸命に調査している。 普段はターミナルに閉じこもっている者も、この時ばかりは異世界へと旅立つ許可がおりる場合もあるため、事前調査に余念がない。 壱番世界はそういう意味で最も選択肢に溢れた場所だった。 大陸の大草原では白い服を着飾って新年を尊び、羊の肉を食べる。 ひたすら花火が打ち上げられる盛大なお祭りの国もある。 もちろん、イベントを無視して世界の観光やレジャーを楽しむのも問題はない。 例えば、南国ならばサーフィンを楽しむこともできるし、伝統料理を楽しむこともできる。 宗教によってはクリスマスが重視され、新年はあまり大掛かりなイベントではない場合もあるが、それはそれで小さな祝日を店舗や施設が開いている状態で楽しむことができる。 甘露丸が提案したのは、そういうあまり正月に縁のないところだった。 とあるロストナンバーが北極に置き去りにされた際に、現地の民に提供してもらった見慣れぬ生物を使った料理、海鳥や海獣の料理の味について、滔々と語ったらしい。 無駄に長く、いかに当人が格好良く生き延びたかを語りに語るほど、聞き手はその場を離れていったが、それらの料理に興味を持った甘露丸は辛抱強く聞いていた。 そして、ついに結論を見出したのだ。「そなたら、もち米を持って壱番世界へ行き、餅をついて雑煮を作ってくれぬか。持ち帰ってくれぬと困るが、現地で味わうと格別らしいのう。ぜひその場で食べた感想も教えてくれい」 甘露丸は壱番世界、すなわち地球の地図を広げる。 その手が真っ直ぐに指差した先は「北極点」だった。 吹きすさぶブリザード。 荒れ狂う猛吹雪。 冷たい凍気の渦。 表現をいかに変えようと、そこは雪と風が誘う死の世界、北極だった。 現在は極夜にあたり、一日中、太陽が空に輝くことはない。 耳をすませば白熊が。 海岸線には海獣が。 そして、氷の下には微生物に混じり魚の群れが生息しているだろう。 ここは暗闇に包まれた白の世界。 とことん寒いため、食材探しどころか生存の手段を問われる。「それでは、食材を探して、料理を行い、味の感想を教えてほしいのじゃ。楽しみにしておるぞ。半日ほどで迎えに来るからの」 トラベラーズノートに届いた甘露丸からのエアメールに目を通し、無言でぱたりとノートを閉じる。 ギブアップはどうすればいいのだろうか、と再度、開こうとしたとき、トラベラーズノートはかっちりと凍りつき、開くこともできなかった。「と、とにかく食材探して料理して報告してやりゃいいんだろ。ほら、もち米はあるし!もち米に何いれりゃうまい餅になるんだか分からないけど…って、あれ?雑煮の材料って他に何があるっけ?」「でも、どうやって料理するんだ? 材料揃ったって、こんなに吹雪いてたら火なんて……」「北極といえど、広がるは大海原! 海といえば魚であるから、魚を釣るのは我輩に任せて貰おうか! 魚釣りは貴族のたしなみであるからな!! さあ! 竿はどこだ!?」「え?竿ですか? 料理道具ならフライパンや鍋がありますけど……。他に道具っぽいのはキネとウスくらいですよ……。竿なんて……」「……なんということだ……。この身一つを頼りにせよと……?」 そんな言葉とともに、極地での調理が始まった。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
「さーむーいーーー。嫌ぁぁ。もう帰るぅー!!」 大きな一つ目にこれまた大粒の涙を浮かべ、イテュセイは全力で泣き叫ぶ。 極夜に包まれた世界での吹雪。 これまた褌で出かけようか割と本気で考えていた彼女ではあるが、結局、雪女のごとき真っ白の着物に身を包んでいる。 その上から雪が降り積もり、意外と隙間の多い着物の節々から冷気が彼女の身を突き刺した。 彼女自身の体温で雪は溶け、その水分がさらに彼女の肌を苛み、わめかせる。 「ア、アノ。泣イテイテモ仕方ナイヨ。一緒ニかまくら作ロウ? ネ?」 泣き叫ぶイテュセイにどう対応して良いのか分からず、幽太郎がおろおろと彼女の周りを歩く。 「じゃあ、ガス暖房つき2階建てかまくら作ってよ!」 「エ、エッ。ド、努力シテミルヨ……」 幽太郎は建築に関するあらゆるデータをロードする。 雪を壁材に使った家。ただし、骨組みはある程度の硬度を保持した材料が必要だ。 本来なら木材や鉄鋼。もちろん、この極寒の地に植物などが生えようはずもないから代わりの材料を探す必要がある。 「コレシカ、ナイヨネ」 幽太郎は足元の大氷原を見た。 「完成後、中デノ調理・試食ニ掛カル時間ヲ確保。逆算。……目標5時間デ建設完了。可能ナ限リ大キク、頑強。オプショントシテ換気オヨビ保温性ヲ計算シ、住居的ニモ快適ナ設計デ……」 「早く動けー!」 イテュセイのつっこみが入るまで、幽太郎の計算は続いた。 やがて、足元の分厚い氷に幽太郎のプラズマトーチが入り、切り出される。 「カマクラノ第一工程。積ミ上ゲル雪ノブロックヲ確保。アト、骨組ミノ氷柱ノ切リ出シト 配置」 常態よりやや無機質な音声で応答し、幽太郎は己の宣言したとおりの行動に出る。 「ア、2mmズレタ。ヤリナオシ」 「どうでもいい範囲じゃない。もうちょっと手ぇ抜きなさいよ」 「アノ。手ノ抜キ方。ワカラナイ」 「それより寒い! もうヤだ! 現地民は獲物の肉を切り裂いて中に顔をうずめあたたまるって聞いた! びぐろ!」 「エ、何ヲスルノ……」 「北極! 闇夜! このシチュエーションはあれよね、生き残るのは一人だけ……! 食いつ食われつのバイティングサバイバル! 兎肉くわせー! 熊こーい!」 イテュセイは空に向けて大きく吼えた。 一方の幽太郎は、目の前の彼女が何をするかわからない恐怖で、完全に涙目である。 かまくら製作の拠点から数百メートル。 氷を。正確には氷の下をじっと見つめ、アキが歩く。 「強化兵士をこういう一般兵士が行けないような所で使わずにどうするんだよって話だ」 その声はやけに弾んでいた。 後ろを歩くモービルの反応はないが、足音が聞こえるのでついて着ているのはわかる。 冬場の装備ではあるものの、極地に対応できるほどの重装備ではない。 にも関わらずアキは寒そうな素振りすらなく、楽しそうに歩いていた。 「よし、雑煮作るぞ! 正直、血湧き肉躍る! いいダシを取るには何種類か組みあわせるのが一番だから、アザラキのばら肉を使うぞ。あ、氷の下にシシャモがいるな。カラフトシシャモ。知ってるか? キャペリンって言うんだ。焼き干しにしたらいいダシが出る。あ、干し椎茸と昆布もってくりゃよかったな」 「じゃあ、ぼくが魚を取るよ」 ようやく口を開いたモービルが無表情のまま、氷に手をついた。 その間もアキの口上は止まらない。 「焚き火して火をおこさないとな。ああ、火は相棒がいりゃもっと楽だったんだけどな、兵士が着火具持ってないはずないだろ。固形燃料だってあ……る……」 言葉を遮るようにぼっと爆発するような音が出た。 大量の着火剤に引火したような音がして、モービルの口から炎が吹き出る。 だが、着火剤のようにすぐに消えはしない。 暗闇の極寒の地を赤々と照らし、ついでに周囲の気温をあげつつ、モービルの炎は足元の氷に吹き付けられる。 ほんの数十秒で、足元に大きな穴があいた。遥か下には海面が見えている。 「すごいな。お前!」 「あなた、楽しそう」 「そりゃ無意味な殺し合いよか生きて食うための戦いやら仕事の方が楽しいに決まってる」 「……うん。ぼくもそう思うよ」 モービルは小さく頷くと、氷の穴に飛び込んだ。 程なくして水音が聞こえてくる。 大丈夫かよ、とアキは氷の下を伺う。透視するまでもない。気配は氷の遥か下を縦横に移動していた。 「ははっ! あいつ、すげぇ! よーし、俺も負けてらんねぇな!」 数時間後、アキが巨大なアザラシの尾を掴み、引きずって戻る。 「……こりゃすげぇな」 彼を出迎えたのは、氷のビルだった。 ついでに、ビルの入り口らしき爪で切り裂かれたような傷跡が無数に残る扉は閉ざされており、扉の横に置かれていたであろう兎耳の雪だるまはごろりと倒れていた。 よくわからない薄っぺらな鳥が空中を旋回している。 「おーい」 アキが無造作に扉をあけると、玄関らしき空間では自重で雪の床にめり込んだ幽太郎が動けなくなっていた。 リビングだろう部分まで移動すると、イテュセイは鯛の生け作りを食べつつ「やっぱり氷で作った鯛じゃ氷の味しかしなーい!」とぶつぶつ呟いている。 「この分だと準備とかできてないよな」 「ゴメンナサイ。襲ッテクル白熊サント、暴レテルイテュセイカラ逃ゲテタラ、動ケナクナッテ……」 アキは額に手をあて、小さくため息をつく。 一応、他のメンバーが動けなくなる事は想定内である。 料理さえすればいいのだ。兵士にとって極地の料理くらいはお手の物だった。 やるか、と気合を入れなおしたところで、玄関があいてモービルが左右の手に大量の魚を掴んで入ってきた。 「びぇぇぇぇ!!!」 泣き喚くイテュセイをさしおいて、アキはアザラシの肉を器用にサバいて鍋へと放り込む。 ついでにモービルが手づかみしてきた魚も、焼いて燻して鍋へ投入する。 その背後ではウスにキネがリズム良く叩きつけられていた。 料理はアキの独壇場である。 アザラシを使ったお雑煮のレシピは幽太郎のデータベースにはなく、モービルにとっては魚をお雑煮にするという風習を知らない。 焼けばいい、煮ればいい。という発想に至らない両者を差し置いて、感覚で料理をこなすアキが最も手が早い。 「醤油と酒がありゃもっといいんだろうけどなー」 「イノシン酸ノ旨味成分。タップリ。塩分濃度、通常ノオ雑煮ヲ参考ニ適量。……アザラシノ使イ方、ボク、ワカラナイ」 「大丈夫大丈夫、こうすりゃうまいって。できたぞ、食ってみようぜ!」 「びぇぇぇ!!!!」 「何だよ、さっきから」 「ヤだぁぁ、絶対に肉硬いぃぃ、獣臭いぃぃ! 高級ホテルのスイートで香油のお風呂入って世界征服の密談しながらキャビアたべた~い~!」 「あいつ見習って大人しく食ってみろって、うまいから」 「…………」 アキが指差す先にはモービルがいた。 お雑煮を口に運び、たまに停止して、再度口を動かし、また停止する。 その瞳は焦点があっておらず、たまに口の端から食材が零れており、それでもモービルは出来たばかりのお雑煮を口に運ぶのをやめない。 「ほら、うまそうだろ」 「絶対嘘だぁぁ!!!」 「オイシイヨ?」 「うまいよなぁ」 「ウン、僕、食ベラレナイケド。オイシイノハ分カルヨ」 「……」 「ホラ、モービルサン、モ、オイシイッテ」 「あの蜥蜴、視線が虚ろになってるよぉぉ!」 予想以上に賑やかな北極のお雑煮大会だった。
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