ヘリウム回収都市『玄武』は豊かの海をゆっくりと移動中であった。 豊かの海は世界の辺境にあり、ここからは朱い月は低く地平線近くに見える。ここから先は世界の裏側となり海が少なく『玄武』が活動するには不向きである。 稼働を再開した『玄武』はヘリウムの豊かなここで回収作業を行っていた。作業しているのはコーギー達と雑種同盟の犬猫である。フォンブラウン市で大規模改修を受けた『玄武』は、それまでの流刑地としてよりも、採掘工達の新しい家として、設備が拡充されている。 雑種同盟の大型犬は小さなコーギーには難しい作業を肩代わりし、小型犬は食料加工プラントを新設した。 猫たちは交易を始め、今や『玄武』では都市に立ちよったときでなくとも鮮度の高い嗜好品や娯楽が入手出来るようになった。 コーギー達は一時の安らぎを反芻しつつ、黙々と作業している。 そして『玄武』の上甲板のビルが一部修復され、最上階の展望公園が再生された。元々は神々の住まう間としてスペースが空けられていたものである。 展望公園はドームに覆われ気密が確保されており、芝生と木々が植えられている。ログテーブルが並べられ、太古のバーベキューキャンプ場を模して設計されている。このような設備は帝国の中央でしか見られない贅沢なものだ。しかし、ここでは帝国と異なり、整備を身分の低い犬ではなく擬神が行っている。同盟にとっては様々な思惑があるのだろう。 その雑種同盟から、図書館宛てに親書が届けられた。「春節。あけまして、おめでとうございます」 伝説にうたわれる正月を祝いたいとのことである。ついては、図書館の有する各世界の正月の祝い方を教えて欲しいと附してあった。 この世界での時をはかる基本単位は、太陽が昇って沈む周期である「月」である。また、生体時計に同期した「日」と言う単位も伝えられており、住民が起きて寝る周期として用いられている。 それに対して、太古の昔より「年」と言う単位も言い伝えられている。一部の考古学者を除いては宗教行事でしか用いられない。 その一年の区切りを祝う正月を行うと言うことには、各方面に対する牽制および配慮があるのだと推測された。親書には、ロストナンバーと共にゆかりのある犬猫も招待するとあったからである。●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
移動都市玄武は豊かの海に停泊中である。 壱番世界の27.32倍の時間をかけて日の出を迎えようとしていた。そして、太陽を背にして朱い月が地平線の反対側に泰然と浮かんでいた。こちらの位置が動くことはない。 この世界の灰色の砂は前後から照らされシルバーレッドに浮かび上がる。 動乱続きのこの世界だが、今日という日くらいは休んでも良いだろう。 正月だからだ。 招待されたロストレイル号はディラックの空を抜けると、鉄の軋む音をたてて、玄武のドックに滑り込んだ。真空のこの世界でも、鋼鉄都市では地をつたって音はよく響く。 それが歓迎の合図だった。 † エアロックが閉じられ、気密が戻ると犬猫達が臨時プラットフォームにわいてきた。 あんまり緊張を感じさせない光景だ。もっとも人間に近い姿をしている犬はともかく、猫の機嫌というものははかりがたい。 動物学者のアーネスト・マルトラバーズ・シートンはその様子を見て、問題ないことを同行しているレナに伝えた。 「見てください。あの猫です。こちらを見てしっぽの先だけ揺らしていますね。こちらに好奇心満々な証拠です。そうでなくても猫は好奇心旺盛ですからね。そして、大きく振り始めたら機嫌が悪いときですからそっとしてあげてくださいね」 レナ・フォルトゥスは魔導師であって、イタチを二匹使い魔にしている。動物には詳しい方であるが自然な動物についての知識は学者には譲る。 ……この世界って、結構技術とかは優れていますわね。でもって、犬と猫ね。犬も猫も好きだけどね。 使い魔にしているだけあって、彼女にとってはイタチ科(フェレットとかカワウソとかスカンクとかグズリとかラーテルとか……)が一番のようであった。 「なるほど。彼らの性質があんたの知っているとおりだと助かるわ。そして、犬の方は ……間違えようがなさそうね」 犬達はわわっとロストレイルの扉に群がっている。犬たちに押し出された形になってしまった猫たちとは大違いだ。もっとも犬たちでも思慮深い大型のもの達は邪魔にならないように後ろで我慢している。 「さて、行くとしましょう」 案内役がいるという話しであったが、ぞろぞろ多くて誰がそれなのかはよくわからない。 工業用の大型プラットホームに全員が載ると、ギシギシと音を立てて都市の中心に向かって進み出した。 レナは手すりに寄りかかって、使い魔の二匹を喧噪から逃した。 プラットホームはなんだか赤と緑のクリスマスカラーに仕立てられており、アーネストはそれは間違いなのではないのか思った。微妙な表情を浮かべていると、心配になったのか、身長2mを超えるアラスカンマラミュートが情けない顔をして覗き込んできた。 そこでアーネストは説明することにした。 「これはクリスマスの飾り付けですね。確かに、クリスマスから新年まではずっとお祭り騒ぎですので、間違いではありませんよ。わたくしの住むアメリカでは年末のカウントダウンはすごいのですけどね。新年を迎えてしまうとHappy New Yearと言い合ってそのまま帰ってしまうのです。正月はさっぱりですね」 正月は重要では無いときくと、周りのテンションが下がってしまう。 「ええっと、地方によって違うのですよ。この世界でも街によって風習は違うようですよね。そうですね。むしろ、ここは日本の正月でも……」 そう言いながら、彼は日本の正月に関する本を鞄から出してきた。それはロストレイル号の中で読んでいたものであるが、なにせアメリカ人の書いた本である。細部は怪しい。 マラミュートそれをパラパラと一読すると安心したようだ。この世界の犬たちに伝わる正月風景は、壱番世界の日本のものとあまり違わないようだ。 「この白いのはなんでしょうか?」 「ああ、それは雪だよ。この世界には無さそうだね」 アーネストが雪についての説明をすると、一度下がった勢いはみるみる回復していった。そして、レナが魔法で作れると言うと絶頂に達した。 † 移動式プラットホームが都市の司令塔に辿り着くと、エレベータに乗り換えた。この上に会場となる公園があるようだ。 小さい重力だが、エレベータが上昇するときにだけ、ほんのわずか体の重さを感じる。 エレベータが上甲板を抜けると、朱い月に照らされた砂ばかりの荒野が目に入ってきた。ここは命の乏しい世界である。 そして、あっという間に最上階に着いた。 司令塔の上部を改装して作られた展望公園では、土と芝生に覆われ、木々がまばら生えていた。ドームに覆われており、天井までは相当な距離があって開放的な空間であった。いくら重力が小さくとも全力でジャンプして天井まで届かない。 壱番世界の牧場と言うにはいささか素っ気ないが、この世界の基準から行けば緑溢れていると言っても過言では無い。そして、その中をゆったりと空気が循環していた。 「お気に召していただけましたでしょうか? ここは空間を大変贅沢に使ったところが自慢です。植物を互いに離して生やしています」 公園には、猫としては大型のラグドールが待ち構えていた。 「なるほどね。緑、よりも空の方が大事と」 「はい、その通りであります。ここ以外の都市は全て地下にありますので、空が見えることはありません」 とは言え、大勢の犬猫がエレベータでピストン輸送されてくるとすぐに手狭になった。いくら公園が広くても、ロストナンバーの二人のところに集まればどうしてもそうなる。この街の大本の住民であるコーギー達が目立つ。 そして彼らは妙に神妙にしている。 「ん、ひょっとして…… カウントダウンというのは、それまでパーティーしていて最後にカウントダウンするものですから、かまえて待つ必要はありませんよ」 そして、レナが魔法を披露し、公園の一部に雪山を作ると、規律はあっという間に崩れた。 程なく無秩序な宴会空間ができあがった。重箱に適当に食材をつめただけのおせち料理や、どう見てもスパゲッティにしか見えない年越しそば、それからなんだかよくわからないアルコール。 正月がくるまではまだ何時間もある。 アーネストは獣医師でもあるので、集まる犬猫をなでてやるついでに病気が無いか見て回った。 「あら、大丈夫ですか? 問題ないようですね」 そして、レナがフリスビーを投げるとアーネストの方に飛んでいった。 獣医が診察に一段落をつけようと投げ返すと、犬たちが追いかけていった。 フリスビー遊びをする彼らを尻目に、レナはまわりに居残った。猫たちに猫じゃらしを差し出した。猫たちの手が伸びる。 知恵がついてプライドの高いつもりでいるラグドールも今日ばかりはと楽しむことにしたようだ。 そして、時間を忘れた頃に新年の到来を鐘が告げた。 あわててクラッカーを鳴らす。 そして、騒ぎ疲れた連中がへたりだすと新年が静かなにすぎてく。 少し寒い、手近な毛皮を抱き寄せ…… 木によりかかって天を仰いだ。
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