ホワイトタワー。 霧の海に浮かぶ白亜の城砦は過去、「自由を許されない」と判断された者が収監される場所。 そこに新たに留められているのは世界樹旅団の「シャドウ・メモリ」。 見た者の姿をコピーし、食べることでその人物の能力を使用することのできる危険人物ゆえ、現在は特殊ガラスの部屋で厳重に監視されている。 ハンスのときと違い、シャドウは非協力な態度を崩さない。不愉快ともとれる笑い声を響かせて、今はインヤンガイで殺された女探偵キサの姿をとっている。「うけけけっ! オレサマには拷問は通じないぜ? なんせ、苦痛も感じないからな? 処刑? すればいいじゃないか。殺す方法があるなら、な。殺されるのも楽しそうだっ!」 司書の一人である黒猫にゃんこはほどほど困り果ていた。 尋問しようにも、この相手には何も通じないのだ。その上、会いにくるたびに図書側の人物の姿をしては――レディ・カリス、アリッサの姿をしては下品な言葉で挑発までしてくる始末だ。 どうあってもこいつからは情報は引き出せないとすら感じていると、シャドウのほうから提案がなされた。「退屈もしたし、そうだ。真っ当な取引をしよう。お前たちは『一つの質問』と一緒にオレサマに『自分の記憶』を語る。その『記憶』の質と量に見合った答えをオレサマは提供する。あん? オレサマが詐欺をするかって? そんなことはしないさ。しても意味がないだろう? うけけけっ! それにお前らが語る『記憶』がちんけなものならオレサマの答えもちんけだとおもいな。つまりだ、昨日の晩飯のメニューを口にして、「旅団の目的は?」なんてこたえるわけねーだろう、ばーか! それに嘘の記憶なんざ語れば一発でわかるんだからな? そんなやつには答えはしねぇぜ。ああ、嘘には嘘でお返ししてもいいな。うけけけっ! ……つまりだ。誰にも語ったことのないもの、知られていない記憶、それを語ればそれに見合っただけの答えを俺の記憶から返してやるよ。真っ当だろう? ああ、そうそう、質問は『正確』にな? なんせ記憶だからな、オレサマは。あと、特定の人物については知らないことがあるから答えられないこともある。よーく考えな? 語り損になることだってありうる。ああ、そうだ。あと、お前が過去を話すときオレサマはなにをしても文句いうなよ? 語られる過去に感化されて、ついその過去の人物の姿をとっちまうかもなぁ、うけけけっ!」=============!注意!パーティーシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
清潔感が漂う白壁に四方を囲まれた部屋に女が一人、微笑みを浮かべて待っていた。 ――さぁ、どうぞ。語って そして、 楽しませてくれよ。うけけけっ! 「上海で愚連隊やってた頃の話だ」 リエ・フーは一度言葉を切ったあと、下唇を舐めて先を続けた。 「娼館から逃げてきた小娘が官憲に手籠めにされかけてるとこにでくわして、思わず止めに入ったが返り討ちにされた。そしたら小娘が……俺は罪を被った。おかげで官憲に恨みを買ったが、後悔してねえ」 強い力を持つ瞳が女を睨みつける。 「お前の過去を話せ。旅団に拾われるまでどうしてた? そこまで性格捻じれちまった原因は?」 「そんなものでいいの?」 リエは瞠目した。 目の前には簪を挿した薄い桃色の衣服を纏った少女が立っていた。 「なら、答えは簡単」 にぃと笑う。 「あんたの正義感を満たすのはコリゴリよ? ああ、利用するのはいいかもね! ……残念。オレサマは世界樹からのことしか「記憶」はなくてねぇ。きっと食った奴が悪かったんだなぁ、うけけけっ!」 ティリクティアの桜貝の唇から語れるのは忌わしい記憶。 「初めて戦場に立った時の事よ。巫女姫は後方で待機しているんだけど、居ても立ってもいられなくて、こっそり戦場の前線を覗きに行ってたのよ。……その時の光景に恐くなって。元の場所に戻った後、力を暴走しかけて、熱出して倒れた事があるわ」 ティリクティアの琥珀色の瞳が見たのは 「サラ」 サラが微笑んだ。――どろりっと、血を流して。 「……園丁の人達が持っている遠くのものを見通す能力について具体的に教えてほしいわ」 「今、別の場所で起こっている出来事が見えるそうだ。見たいと思うものが絶対見られるとは限らんらしいが、見られる側が防ぐこともできない……今、お前のそのツラもあいつは見てるかもなぁ、うけけっ!」 スイート・ピーはピンクの舌で、飴を舐めながら、退屈げに足先を見つめた。 「これはまだ誰にも話したことのないヒミツなの。スイートね、男の人になにかされても何にも感じないの。痛いことばっかりなの……けど、スイートみたいなお仕事の人は、そういうのって多いんだって」 飴をぺろり。 「シャドウさんに聞きたい事? うーん、そうだなあ……世界樹を人為的に枯らす方法ってあるの? 千年以上生きてるおっきな木なら、火をつけても燃えないよねえ」 「無理よ」 断言した声にスイートが顔をあげるとママがいた。優しく微笑んで。 「アレを燃やすのは絶対に無理よ。私のかわいいスイート。あなたに痛みしかないみたいにね!」 東野楽園は、面会時間が青海棗と間近だった。二人はそのとき互いの聞きたいことが同じであることを知ると二人一緒にシャドウへの面会を望んだ。 「私は」 「待って。私は席をはずすわ。終わったら呼んで」 それだけ言うと棗はさっさと出ていった。言葉少ないが最大限の気遣いを楽園は心の中で感謝した。 迷わず夜色のドレスの長袖から、醜い傷跡を晒す。 「精神病棟に監禁されてた時の名残り。禁忌の子だからかしら、自分ではどうにもできない殺人衝動を持て余してね……自分を傷付ける事でしか狂気を宥める方法がなかったの。 これを見せるのは貴方が初めてよ」 白衣が揺れる。医者の顔が 「私の楽園。けど、そんなものはどこにもない、なぁ、楽園、お前は知ってるかい? お前の名の意味を!」 金色の瞳は細められただけ。何も言わずに棗を呼ぶと、出ていった。 「これは私たち双子の秘密」 棗は語ったのは強盗に殺された両親の話。 棗は隠れて、見ていた。すべて。 「犯人は叔父さんの婚約者……シャドウさん、秘密にしてくれる?」 顔をあげたとき、微笑んだのは、血まみれの刃物を持った―― 「もちろんよ! こんな素敵な秘密ですものね! さぁ、私の楽園を呼んできてちょうだい! 聞きたいのはなぁに? なにかしら? いいわ、いいなぁ! この量の記憶ならいろいろと答えやるぜぇ?」 二人が望んだのは 「旅団の拠点はどこ?」 棗は淡々と、楽園は必死に言い募った。 「行き方を教えて。私たちが知っている世界に拠点を置いているの?」 白衣がひらりと、血が舞う。 「世界樹のふもとの街、ナラゴニア。正確な名前は『彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア』。常に移動しているからオレサマが知る限りナレンシフじゃないといけねぇなぁ。フフ、あそこはくそったれな楽園さ。またはすべてを切りきざんでも行きたいところさ!」 ハクア・クロスフォードの森林を想わせる緑は感情なく、言葉を紡ぐ。 古人の血をもつゆえに家族を失ったこと。逃げ出したとき腹違いの妹以外はすべてなくした。痛みと屈辱の思い出。 「にぃ」 ハクアの前に幼い少女が立っていた。 「……旅団の世界樹は、今回はあとどれくらいの期間で枯れそうだ」 「にぃはツマラナイ。……園丁じゃないとわからねぇな。急かされてねぇから、あと一年、二年はいけるかもなぁ、たぶんね」 ネモ伯爵は金色の瞳で真っ直ぐに女を見た。いつもの「後妻募集」の陽気な雰囲気は一切ない。 「最初の妻と子は教皇庁のエクソシストどもに殺されたんじゃ。それは間違いではない。が、本当は、ワシがこの手でとどめを刺したんじゃ。死に切れずに苦しむ姿を見かねてな……礼を言って死んでいった」 瞬いた刹那、――黒のドレス姿、胸には杭を打たれた女が立っていた 「旅団は千年近く旅をしている。なのに根を下ろす世界に辿り着かんのか? それとも世界が枯渇したら乗り換えておるのか?」 「そうさ! いくつも、いつも食べてきた。飢えているのさ、けど空腹は尽きることがない。仕方ないわ、生きているのですもの」 にっと彼女は微笑んだ。 「それがどうして許されないのかしらねぇ? あなた」 相沢優の語ったのは誰にも話したことのない罪の話。 不安のなかにいた幼馴染の兄妹を守りたいと思いながら、自分の発した言葉が凶器となって薄いひび割れた氷を叩き壊してしまった。 そして、優は逃げた。 「優、遊びにいこうぜ?」 優の目の前に現れたのはあの頃と、何一つとして変わらない男の子。 動揺しかけた優はきつく拳を握りしめた。 「世界図書館側に対しての襲撃計画があったら教えてくれ」 「うーん、そうだな。優がまた遊んでくれたらいいぜ? ……なぁんてなぁ! オレサマが聞いた限りはない。お前らは面倒だから無視する方針なんだ」 なぁ、優 「また、オレサマと遊ぼうぜ? うけけけっ!」 ジョヴァンニ・コルレオーネは紳士としての態度を崩さなかった。それに対してシャドウの眼は嫌悪を浮かべていた。 「ワシはの、最愛の女性を巡って一度ならず実の兄に殺意を抱いた事があるのじゃよ。……兄は、ジャンカルロはワシの憧れであると同時に好敵手だった……ワシは二人を祝福するふりをして妬み、憎み、呪った。若き日の練習試合では事故死に見せかけて心臓を狙った事もあった。直前に我に返ったが」 ジョヴァンニの前に現れたのは、若い頃の自分。 「旅団で図書館との休戦協定に応じそうな人物は? 会議をもうけるなら沈着公正な人物がいい。心当たりはないかの」 「応じるかはワカラナイが、その手の決定権は世界園丁しかできねぇ。……ああ、けど、テメェを見ていて思い出したよ。世界樹に喧嘩を売った愚か者、銀猫伯爵ってやつを! 今はもう隠居しまったァがよ。あんたらのことを知ったら、アイツはどうするかねぇ?」 シャドウは笑った。 「憎悪で人を殺すって素敵だと思わないか? ジョヴァンニ」 鷹遠律志は狐憑きと言われて忌みきらわれた金色の瞳で真っ直ぐに女を見つめた。 「覚醒前、愛した女がいた。上海で名高い娼婦……源氏名は楊貴妃。ひとり息子をもうけたが、ハルビンに転属命令が出てそれっきり。息子の名は虎鋭。虎のように鋭くあれと俺が名付けた」 これは上司にも話してはいない、……律志を見つめるシャドウは眼を眇めた。 「この記憶は……へー、そういうことか」 「なんだ……っ、楊貴妃」 その名の通り、悲しいほどに美しい彼女が微笑んで首を傾げた。 「シャドウ、お前は何故記憶を喰らう? 自我の分裂は自己同一性を危機にさらす行為だ。ただ楽しいからやってるのか? 情報収集も兼ねてるのか?」 そうして姿を変えることすら、危険を伴っているのではないのか――? しかし、 「自我ぁ? くっ、くっはははははは! 傑作だぁ!」 楊貴妃は腹を抱えて笑い転げた。 「くくく、あー、笑った笑った。 オレサマはダレデモナイ、ナニモノデモナイ……自我ネ、じゃあ、命令で女も子も捨てたあんたにはあるのかい?」 ヘルウェンディ・ブルックリン――あんまり可愛くないけど、愛称のヘルで皆は呼んでいる。――は面会までの待ち時間にシュマイト・ハーケズヤと彼女の共として一緒にきていたメイドのハイユ・ティップラルと遭遇した。 待合室でシュマイトが聞きだしたいと口にしていたことが、たまたま通りかかったヘルの耳に入ったのだ。だから思いきって 「よかったら、一緒に尋ねない? もちろん、聞かれたくないことは外に出ておくわ」 ヘルの提案にシュマイトとハイユは幸いなことに快く承諾してくれた。 「聞かれても困るものではない」 「私もよ」 ここには過去を知られたとしても、それを無遠慮に他人に語るような悪趣味な者はいない。その点で、シュマイトとハイユは信用が置ける人物だ。 それぞれ別々に語る、ということでまずはヘルが一人でシャドウと向きあった。 「黒歴史だけど。私の初恋ね、マフィアの方の父親なの。貴女のパパよってママに写真を見せられて……今思えば一目惚れ。物心ついた頃にはパパいなかったし 憧れもあったのよね。その後本性を知って幻滅しちゃったんだけど、だれにも一生話すつもりはない」 ヘルはふぅとため息をついて、二人を呼びにいった。 次はシュマイト、 「友人Aがいる。それに恋人のBが出来る。わたしはBを妬んだ。Aがわたしから去ってしまうような気がしてな。Bもわたしの友人であるのに……AもBもわたしの醜い嫉妬を知らず今も笑顔でわたしに接してくれる」 眼を伏せ、かぶっていた帽子の鍔を撫でたあと、ハイユと交代した。 「あたしは御館様の「理と利を捨てて適当に生きろ」という御命令で、名も無い戦人形からぐうたらメイドのハイユになった。 あたしは何をどう言われてもいい。でも御館様をけがす事だけは絶対に許さない」 最後だけ強い想いを託して吐き出した言葉。 これはシュマイトにはあまり聞かれたくないことだったので二人の気遣いには正直、助かった。 ハイユは持っていた酒瓶を軽く傾けたあと、すぐにヘルとシュマイトを呼んだ。 そして、三人の前に―― 「……!」 ヘルは初恋の男を、 「……記憶を読むとはこういうことか」 シュマイトは大切な友人を、 「……」 ハイユは最愛の主人を、――一瞬だけ、その瞳に感情のない炎が浮かんだ。 三人が互いに顔を合わせたが、そこでそれぞれの見ているものが微妙に違うことに気がついた。 「どういうことだ、これは」 シュマイトの問いにシャドウは――友人は笑顔で 「過去は鏡。見たくなくても、見てしまうもの。お前らは違う過去を語っただろう? 覗くものは違う。で、質問はコレだけ?」 「旅団が次に侵略する予定はいつだ、どこの世界だ」 シュマイトが厳しい声で尋ねた。 「うーん、予定ねぇ」 「ちゃんと答えなさい」 ハイユの声に、最愛の人は首を傾げてにやにやと笑う。わらう。ワラウ。 「予定は常にあるさ。そして、どこでも行われる。そもそも他人のすることなんてそこまで気にしてねぇからなぁ」 「じゃあ、順位は? 悪戯に荒らしまわってるわけじゃないでしょ?」 ヘルの問いに、父親はにっと唇を釣り上げた。 「以下同文。だとつまねぇから。そうだな。三人分だ。サービスしてやるぜ? お前らの言う『壱番世界』や『朱い月に見守られて』だったか、あそこは注目されてる。良くも悪くもな」 とんとんとシャドウはこめかみを叩いた。 「まぁ、がんばって、な?」 和紙介を見た瞬間、シャドウはあからさまにうんざりした顔をした。 「あなたはどうすれば死にますか?」 ストレートな問いだった。 「記憶は……そうですね。双子の兄が居まして……まだ幼い頃ですが、兄の大切にしていた首飾りを壊したことがあります。無表情を見たかった……のだと思いますね。結果は大泣きされて、自分との感情の差を見ただけでしたが」 無表情の和紙介の前には変わらずシャドウがいた。うんざりとした顔のまま 「足りませんか?」 「足りねぇヨ。そもそも自分の死に方教える馬鹿がいるか? ……ふん、殺したいやつがいれば、自分で考えな!」 うーん、面倒そうな奴だにゃあ。 だが、シェンが亡霊になった原因を探るという目的のためにも、これはチャンスだ。 「元の世界で、差別されたにゃあ」 黒猫ということだけで。 飛行家になれば解放されと思ったが、貴族たちは差別心の塊で、フォッカーはますますひどい差別にあった。 フォッカーの目の前に嘲り笑う貴族が立っていた。 「まぁなんて色でしょうね! 不吉な色だこと! って、具合かい? フォッカー、憎いか? 苦しいか? なぁなぁ」 フォッカーは毅然と言い返した。 「そこまで話す必要はないにゃあ……世界樹旅団はインヤンガイの美麗花園って町が滅ぶのに関わった事あるかにゃ?」 「あら残念ね。……さぁ? オレサマはその場所がどこか知らねぇ」 ファルファレロ・ロッソが語ったのは生まれのこと。 「俺を産んだ売女はアパートで客をとってたんだが、仕事の後は素っ裸で寝ちまう事が多くてな。夜中、床から見上げたベッドの肩が剥き出しになって……毛布を掛け直そうとしたら突然目ぇ覚ました。また首でも絞められんのかって身構えたんだが、来ないで、触らないでって……てめえを襲った男とガキを見間違えたんだ、傑作だろ?」 皮肉な笑み、皮肉な声、――目の前に色白い女が立っていた。 「う、けけけけけ! それで? また、私を襲うの?」 「うるせぇ。カマ野郎……ドクターなんとかに爆弾埋め込まれて洗脳されてる奴と自分の意志で従ってる奴の比率はどれ位だ?」 シャドウはむき出しの肩を手で軽く撫でた。 「そんなにもいねぇよ。そもそも、部品を埋めるなんざイカレてんだよ。オレサマとこうして取引しているお前らもイカレてるがよ。くく、ねぇ……ファルファレロ、お前もイカレてるヨ?」 臣燕はいつものへらへらとした表情を少しばかり改めて、口を開いた。 「俺の妹、天才なんだ。引き換え、跡継ぎの俺は凡才。ガキの頃からさんざん比べられて貶されて、いつのまにか努力なんか馬鹿らしいって拗ねちまった。なのにあいつときたら、兄貴兄貴と懐いてくる。可愛い奴だけど……正直、鬱陶しい……嫉妬するなんてカッコ悪いな」 「兄貴!」 燕の前に鮮やかなチャイナ服の幼い、強い輝きを宿した瞳を持つ――妹が 「あんたには才能がないのよ? わからないの。恥ずかしい。どうして懐いていたのか? そばにいたほうがあんたの無能が見ていられたから!」 「っ! 妹は、そんな奴じゃない! 本当に純粋に俺を慕ってくれたんだ! ……聞きたいのはズバリ! お前の目で比較した旅団と図書館の戦力差を教えてくれ。戦力、防御力、機動力、総人数、ひっくるめてどっちが優位だ?」 妹の大きな瞳があからさまに落胆した。 「オレサマは図書館の戦力、防御力、機動力、総人数を正確に知らなねぇぜ。どう答えろと?」 本当に、馬鹿ねぇ――妹の顔をしてシャドウは嘲笑った。 舞原絵奈は幸いなことに旅団のことをまだ報告書でしか知らない。そんな自分が尋問してもいいのかと迷いはある。 自分も世界図書の一員として、これから戦う敵について知っておく必要がある。その使命感が彼女を突き動かした。 だが、絵奈には記憶がほとんどない。だから、すべて語ることに決めた。 「姉や仲間の戦士達のサポートや、戦闘訓練をしながら毎日を過ごし、ある日、仲間達が……殺されて、私は覚醒した。これが私の記憶の全てです」 ひと息ついて 「あなたは、どうして旅団に従っているんですか? あなたみたいな大きな力を持つ人が」 目の前に立つのは絵奈。 「じゃあ、絵奈はなんのために戦うの? 世界図書なんかに従っているの? 力がないくせに」 「私は……」 「殺すのが楽しい。破壊が楽しい。そう、楽しみかも。または生きたいから、かも。……全部正解。けど、違う。……きっとお前と同じさ。半分までは、な」 たれたふわふわの白い耳が愛くるしいアーネスト・クロックラックは、胸にかざした銅の懐中時計を一度撫でた。 「僕は、家族という存在がいないことにさせられた」 冷ややかな声に赤い狂気を宿した瞳がじっと一点を見つめる。 「タイムパラドックス、って知ってるかしら? 過去の出来事を改変した結果、因果律に矛盾をきたし、その矛盾を解消するために歴史が修正を施すのだけど……僕の家族は、その修正の影響である日突然消失したの」 赤い瞳が瞬き、目の前に白い耳をした――アーネストが現れた。 「なぁら、なんで自分はいるんだろうな? お前こそ、狂ってる存在じゃないのかねぇ」 「はっ」 アーネストは笑った。狂気を宿して すべて、すべて、殺せばいい。犯罪者なんて。無くしたものの原因がわからないから。すべて。 「毒が薄いわよ? どうせなら、僕みたいに裏で犯罪者を消すくらいの悪意は欲しいわね? ……質問よ、『世界樹』とはどういうものなの?」 目の前にいるアーネストも嗤った。 「どういうものって、どう答えりゃいいんだ? オレサマは言ったはずだぜ、質問は正確にしろってなぁ。お前こそ、悪意を利用するくらいの冷静さと、ココを持ちな」 とんとんと、シャドウは頭を叩いて笑う。 「語り損だ。うさぎちゃん」 日和坂綾を見たとき、シャドウはため息をついた。 「あのイヌッコロといい、テメェといい、くだらない質問するなよ?」 「……私さ、父が医師で病院経営者だから、捕まる覚悟さえあればどんな薬も手に入るの」 綾はシャドウの文句を無視して語った。 「母は私が血を見るのが好きな野蛮人で、何かあれば自分と弟が殺されると思ってる。体面を気にする母が、いつ耐えきれず私を殺そうとするか……私も怯えてた。だから大学を口実に家を出た。母に私の全てを忘れて貰うために、私は他の世界への再帰属を目指してる」 綾の前に、あの人が現れる。心の底から蔑んだ眼で綾を見つめていた。 「思ってた、思ってた……綾、あなた得意の思いこみね」 諦めた表情で綾は笑う。 「だから聞きたいの。百足を倒しても、きぃちゃんが精神的にも肉体的にも破滅しない方法を」 あの人は眉を寄せた。 「どうして?」 「きぃちゃんを助けたい」 「綾」 あの人の声で 「あなたがその道を選んだから、みんなが同じ道を選ぶと思っているの? きぃはあなたではないのよ。ましてやあなたに救われたいとも思っていないのよ」 「私が聞いてるの、答えて」 「ないわ」 心から蔑んで 「肉体を与えた水薙は、百足を盲目的に思慕するようにした。それに反すればあの子のアイデンティティは破壊される。 ねぇ綾、誰もあなたみたいになることなんて望んではいないの。強くもないし、弱くもないわ」 あの人は嗤った。 ねぇ――踊りに誘うように甘い声が囁く。 「私が初めてこの手で始末したのは幸福の魔女だったわ。名前が私と被ってて気に入らなかったのよね」 女は踊り、その姿を変えた。くるり、くるり。 「2人目は星の魔女、剣で脳天を貫いた時のあの感触は今でも忘れないわ。3人目は……」 語る。 語る。魔女の物語。 語る。魔女の物語。殺していった者の軌跡。 「28人目に始末したのは不幸の魔女、あのとき、私は最高の幸せを手に入れたわ。29人目は……貴方になる予定だったんだけれども、ねぇ」 くるり、くるり。 黒いドレスの彼女は、 「貴方は今まで何人の命と記憶を食べてきたのかしら?」 甘い声は滴る蜜のように。 「十万」きっぱりと「とんで百二十、と一人……これでいいからし? 愛してるわ、幸せの魔女」 黒いドレスの魔女は硝子越しにキスを送った。 Mrシークレットはシルクハットを軽く持ち上げて、挨拶するとお得意のトランプマジックをしながら気さくな笑顔を振りまいて、ハイテイションにまくしたてた。 「私はですね、事故にあって覚醒したんですよ。ンフフフ! ……頭を打って血を流し、命からがらでした! そのときに偶然、いいえ、運命ですね! さて、この情報でこの質問には答えてくれますかね? 貴方は旅団にどれほど従順にしていますかー?」 シークレットは前へと身を乗り出して口元をトランプで隠した。――そして、 「私と取引しません? この組織の情報と脱走の協力の変わりに貴方は旅団の情報を定期的に……もちろん、その質によってはいくらかナレッジキューブも差し上げますが?」 すっと眇められたシャドウの眼は真偽を問う。 「本当にオレサマをここから連れ出すことができるなら考えてやってもいいぜ? だだし、連れ出すのが先だ」 聞きたいことはある。けど、コイツに勝つにはどうすれば――とエルエム・メールは対峙するまでの待ち時間で考えた。 心を抉るなら、そうだ! 「エルの一番の弱みを教えてあげる! エルね、自信家で明るいけど、それって嘘なんだよ。ロストレイルが襲撃されたとき、ううん。その前から……いつだって負けたらどうしよって怖かった」 相手に指摘される前に向きあえば怖くない。大丈夫。 「ほら、もっと聞きたい? エルの弱み? 聞きたいのは世界樹旅団の皆との連絡方法だよ!」 「方法は簡単だ。ウッドパッドでメールを出せばいい。テメェらにウッドパッドがあれば、な。うけけけ!」 「微妙にカブった人がまた増えましタ! 旅団は量産型ナンデスカ?」 「うぜぇ。出てけ」 シャドウは悪態をつくがアルジャーノは気にしない。 「そんなつれないこと言わないでくだサイ! 仲良くしまショウ?」 ぜひともグルメ友人として仲良くできればいいとアルジャーノは本気で思っている。 「テメェ、運動会のときはうちの連中の装備をひっぺがしていったし、ナレンシフも喰ったよな? しんじらねぇヤツ」 「はい。しゅわしゅわでしタ! カンダータのマキーナは非常に不味いのでお勧めしませン。色んなモノ食べましタが故郷の鉄鉱石が一番美味しいかったデス」 「本当に食うもんばかりだな」 「ハイ! 今まで食べた中で一番美味しかったモノは何ですカ? 先日ナレンシフを食べましたガ、世界樹と味は違うと思いますカ?」 「はじめて食った人間。……オレサマはナレンシフなんざ食ったこと……あ、あったか。いや、世界樹は……あったな」 「本当ですカ!」 「昔、まだ慣れねぇころにやって……園丁に怒られたな」 「ぜひ感想ヲ!」 きらきら。 「帰れ」 三ツ屋緑郎はにこやかな顔で訪れるとおもむろに青い羽を一枚、差し出した。 「僕この生物の事知りたいんだけど情報が無くてね。得体が知れない生き物だけど面白そうでしょ? 君はコレに釣り合うと判断する情報を返せばいい」 羽は雲丸のものだ。これを食べてどう反応するかはわからないが、相手が相手なだけに真っ向勝負を仕掛ける気はない。 シャドウはぴくりとも動かずに、緑郎を見下ろした。 「残念、オレサマはこの鳥を知ってる。コッチにきた黒い服のヤツが連れてた。俺たちが世界樹からナレンシフやアーカイブの針をもらうようにおまえたちは自分の飼い主からこの鳥をもらってるってわけだ」 シャドウは肩を竦めた。 「残念だったな。うけけけ。食えないガキ! 謀るならもっと頭使いな!」 「大事にしない奴にあんま贈り物したくねーな。大切にできないってことは本当の記憶を持ったことがないからなんだろ」 虎部隆の言葉に女は首を傾げた。 「そんなこと言わないでよ。虎部ったら、あのときは私のことを助けてくれたじゃない? 私はオタクに会いたかったワ!」 「キサの真似かよ」 「あら、サービスなんだけど……ああ、そっか。こっちのほうがいいかしら?」 すっとその姿の変化に隆は眉根を寄せた。 「兄貴」 「きぃの記憶、お前のものもあったよ。うけけっ。前払い分と合わせて、答えやるよ。で、お前の語るもんは? ああ、隆、ちゃんとやれよ? 見ててやるから」 「うるせーなぁー。同じことばかりやって能がないっていうの」 苛々しながら隆が語ったのは、ヴォロスで竜刻と融合し死ぬ運命だった女の子のこと。 あの女の子は――マスカローゼなのか? 「俺の要求は言葉じゃない。園丁の姿だ」 その要求にシャドウは感心した笑みを浮かべた。 「ようやくか。今のところお前みたいな要求をしたヤツは一人もいなかった。はっ。落胆せずにすんだぜぇ?」 シャドウの姿が――園丁の姿――白い衣を纏った高貴な雰囲気を纏った美青年になった。 「そうそう、お前、マスカローゼの知り合いなのか? ってことは、あの女がドクタークランチにあんなことされたのは全部お前のせいってわけだ」 「どういうことだ!」 「オレサマからはとても言えないなぁ。――トラベさん、百万ドルの夜景を見てみたいわ」 うけけけっ! 不愉快な笑い声が響いた。 ベルファルド・ロックテイラーが来たのにシャドウは四度目と呟いて、笑った。 「なにを語る? 夢のない男」 「………ボクにはキミが好むような過去はない。キミが言ったように夢がない、いる意味のない人間だった」 けど 「今は誰かの為に泣いたり怒ったりして、生きてる気がするんだ。怖いけど魔女さんって友達も出来たし……ボクに語ったことはキミ自身のことじゃないのかなって思ったんだ。答えなくてもいい。ただ死んでもいいなんて悲しくない? 今だってキサさんの姿をとっているし……自分をさらして生きてみたらどうかな」 「自分ね。そもそも自分がないんだよ。オレサマは……ま、この人生にも今はわりと満足してるんでね!」 くくっと噛みしめた笑い声のあと、シャドウは身をかがめた。 「本当にお人よしね。そういうところも好きよ? ベルファルド」 だから、オレサマが食べるまで、誰にも食われないようにな? それは一見すると黒い竜だった。 否、影だった。 ヴェンニフ隆樹の――ヴェンニフが完全に表に出ている。 「キオクソウシツでほとんどオモイダセないですけど。ただ、オオカミオトコとエルフとリュウをブチコロシタようなキオクはおぼろげながらオモイダシマシタ」 淡々と。 「それはそうと。ワタシ、セイシンやキオクがシュショクです、シャドウさんはキオクのカタマリだそうで。シャドウさん、タベラレますか? クウフクなんでタベテいいですか? ライトでワタシのカゲをナカに映スんで」 シャドウが足を一歩、後ろにひいた。 ライトがゆっくりと伸びて、伸びて、伸びて。 シャドウは二歩、後ろに下がったあと、覚悟を決めたように動きを止めた。影がねっとりとシャドウに触れる。しかし、 「……ちっ。図書館側のヤツなら力も使えると思ったが」 忌々しくシャドウは舌打ちした。 「ここは力が制限されてるのさ。お前がきたら、とって食ってやろうと思ったのに。あーあ、ツマンナイ オレサマを食らう、ね? 食えるものならやってみるがいいさ! お前なんぞに愛されるのはごめんだがねぇ」 シャドウの挑発をヴェンニフは完全に無視して、ゆらっと一度だけ揺らした。 「ツマラナイヤツ」 ヴェンニフが去っていったあと、またドアが開いた。 とことことこ。 小さな猫のぬいぐるみのようなモノが一人でやってきた。 ボルツォーニ・アウグストの『使い魔』だ。 (おいらとおなじカゲでできたっていうからみにきたのだ) 「それだけか?」 こくん。 (けどわかっているのだ。おいらのほうがぐれーどでえくせれんとなのだ。どーせおまえらはおいらたちのれっかこぴーだ。こっちにはちゃいべいがいるのだ。おまえんとこにはいないにきまっているのだ) おしりぺんぺん。 そして、使い魔は小憎たらしい笑みとともに言うだけいうと来たときのように出ていった。 シャドウは――にやりと笑った。 「お手伝い、ありがとにゃあ。レウィス、アクア」 レウィス・リデルとアクアは黒猫にゃんこがてんてこ舞い状態を見かねて手伝いを買って出てくれた。 レウィスの場合は、そうして全員の尋問風景を観察することでこっそりと情報を集めもしていたのだが。 「これからシャドウはどうするんだ?」 アクアの問いににゃんこはため息をついた。 「まだ決めてないにゃあ。そんないっぺんにお仕事できないにゃ」 「要領が悪いですね、にゃんこは」 「レウィス、突っ込みがきついにゃあ。さて、しゃど……!」 にゃんこの尻尾から毛が抜けて大量にぱらぱらと床に落ちた。 「にゃんこ、どうした」 「なかになにが……?」 アクアとレウィスがなかを覗いてみたのは 「にゃう?」 クマ並みの大きな黒い猫――「使い魔」の姿をしたシャドウだ。 「うっけけ! なにか質問か?」 ぷっつん。 ストレスが極限に達したにゃんこはキレた。 「アクア、レウィス、今すぐにハンマーを用意するにゃあ! こいつを叩き殺すにゃあ!」 怒り狂うにゃんこをアクアとレウィスの二人かがりで止めたのは言うまでもない。 うけけけけけ。 うけけけけけけ。 シャドウは高らか笑い、金色の目で何もない宙を睨んだ。 「さぁて、楽しませてくれよォ」 ★ ★ ★ 尋問より数日後、世界樹旅団より面会を望む報せが届いた。 ――愚かな提案をしよう
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